ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
修と麟児が同時にバッグワームを解除して自らの居場所を明らかにすると、それをきっかけにして鈴鳴第一が全力疾走で那須隊に向かった。
「おおっ! 最終決戦の火蓋が切られたぁ! 玉狛第2の三雲隊長と麟児隊員がバッグワームを解除したとたんに来馬隊長と村上隊員が那須隊長と熊谷隊員に向かって駆け出したぞ!」
鈴鳴第一と那須隊の距離は約70メートルで、村上の旋空の射程まで一気に間合いを詰めようというのだ。
那須隊もそれは承知の上で、近付いて来るふたりに向けて熊谷が
しかし射程が短いために鈴鳴第一のふたりまで届かず、十数メートル手前の地面に落ちて炸裂した。
「惜しい! 距離を見誤ったか、熊谷隊員の渾身の
「いいえ、初めから当てるつもりはなかったようです。これは攪乱でしょう」
ツグミが桜子に言う。
村上は
玉狛第2も同じ攻撃を受けたが、端から防御に徹する姿勢でいたから修は
しかしこちらも背後からの攻撃があるととっさに判断した麟児はシールドを地面に固定してふたりはノーダメージでやり過ごした。
中レベルのダメージを受けた鈴鳴第一とほぼノーダメージの玉狛第2。
どちらか一方しか相手にできないとなればわずかでも倒せる可能性のある鈴鳴第一を選ぶのは当然で、那須の全方位攻撃
ところが那須の
ふた筋の
想定外のことに那須と熊谷は驚いて固まってしまうが、那須はすぐに修と麟児に向けて
この時点で修と麟児の位置は那須と熊谷から60メートル離れていて、麟児の
しかしその直後、彼女は…いや、那須だけでなく熊谷も何が起きたのかわからないまま戦闘体を失って鈴鳴第一を追うように
◆◆◆
「鈴鳴第一の来馬隊長、村上隊員、那須隊の那須隊長、熊谷隊員と続いて4人が
勝敗が決したことを桜子が宣言すると、観客たちは立ち上がって歓喜の声を上げた。
ランク戦スタート時は最下位で初期ボーナスもなかったというのに、Round3が終わった時点で3位にまで上り詰めていて、次のRound4では1位になる可能性が十分ある。
昨年のツグミがRound4で暫定1位になったが、それに並ぶ快進撃なのだから観客たちが興奮するのも無理はない。
もっとも下位・中位の試合を四つ巴戦にしたことで得点しやすくなっているからだが、それでも実力がなければこの結果を出すことは不可能だ。
それを達成した試合を間近で見られたのだから観客たちが大騒ぎするのも当然のことで、実況の桜子までが小躍りしそうな勢いだ。
「みなさん、静かにしてください!」
その騒ぎを収めたのはツグミだった。
彼女の一声で観客たちは一瞬にして静まる。
「みなさんの気持ちはわかりますが、総括を最後までおとなしく聞いてください」
立ち上がった観客たちが座ると、桜子も咳払いをひとつして何事もなかったかのように言った。
「コホン。…さて、振り返ってみて、この試合いかがだったでしょうか? 烏丸隊員からお願いします」
「この試合はランダムに選ばれたマップを試合開始直前に知らされるということで、どの
「それは空閑隊員のことを言っているのでしょうか?」
「そうです。転送位置も雨取隊員のいる南側でしたし、なによりもグラスホッパーという形勢を一気に逆転できる
「この時、なぜ雨取隊員が
「それは空閑隊員の居場所がバレてしまわないように雨取隊員に任せたんでしょう。そして
「なるほど…。その点で霧科さんはどうお考えですか?」
ツグミは少し考えてから答えた。
「たしかに雨取隊員は人を撃てずにいた時期がありますし、その悩みに寄り添ったのが親友の夏目隊員です。ですから彼女を自分の手で撃つことに躊躇して絶好のタイミングを逃してしまう可能性もありました。だから
「その重要な意味とは何ですか?」
「雨取隊員の
「これは三雲隊長ではなく麟児隊員の作戦だと言うんですか?」
「ええ。三雲隊長の性格だと雨取隊員に夏目隊員を倒すように指示するよりも空閑隊員に倒させる方を選びます。いくら人を撃てるようになったとはいえ雨取隊員に親友とタイマン対決させられるだけの根性が三雲隊長にはありません。ですが麟児隊員は雨取隊員のお兄さんですから、彼女にできることとできないことを正確に判断してできないことは無理強いせず、逆にできると判断したならばそれが本人にとって過酷なことでもさせるでしょう。雨取麟児という人はそういう人間です」
「……」
ツグミが自信ありげに言うものだから、桜子は黙ってしまった。
いや、彼女だけでなく京介と観客たちも声を出さずにいて、観覧室は静まり返った。
「ボーダー防衛隊員は10代の学生が大半を占めていますので、B級ランク戦が部活の対抗試合の雰囲気があることは否めません。誰も死にはしないし怪我をすることもない。安心安全なサバゲーのようなもので、通常では手にすることもできない武器を使って戦うことができるからという理由で入隊する者もいるくらいです。ですがボーダーとは三門市民の生命と財産を守ることを責務とした防衛組織ですからその覚悟を持って戦ってもらわなければなりません。昨年の9月からC級隊員の正隊員昇格試験が行われるようになったのも、入隊しても
そう言ってツグミが観客たちの顔を見渡すと、中には俯いてしまうC級隊員の姿もあった。
「訓練生時代なら撃てないとか撃ちたくないと言っていてもかまいませんが、正隊員になれば正規の
「……」
「…といってもまだこれはわたしの推測の域を出ていませんから真実かどうかわかりませんが、まったく根拠がないわけではありませんのでたぶん正解だと思いますよ」
ツグミの言葉に心当たりのある
「と、ところで玉狛第2はなぜ得点できる場面であえて敵を見逃すようなことをしたのでしょうか? 麟児隊員は熊谷隊員との遭遇戦で手を抜いた…とは言いませんが本気を出していなかったような気がするんです」
「本気を出していない…と言うのには語弊があります。彼らは本気で戦っているのは間違いなく、ただ彼らが単純に勝ち負け…つまりいかに多く得点するかではなく、いろいろと奇抜な戦術を考えながら
「なぜそうだと思うんですか?」
「わたしがそうだったからです。昨年わたしは
「なるほど…。たしかに去年のランク戦ではデビュー戦で茶野隊のふたりをわざわざ引き寄せてダブル旋空で一刀両断しましたし、Round4では生駒隊と王子隊を相手に完全試合でしたね。あれは印象に残っています」
「
パチパチ、パチパチ……
ツグミの言葉を聞いて観覧室は静まり返っていたが、彼女たちのいる解説席の背後から拍手の音が聞こえてきた。
ふと振り向いてみると最上段の立ち見席に迅が立っていて拍手をしている。
「ジンさん…」
迅はツグミと目が合うとにっこりと微笑んだ。
彼もまた玉狛第2の試合を見に来ていて、ツグミの解説を後ろで聞いていたのだった。
「霧科さん、終盤戦の戦いについて解説をお願いします」
桜子に言われてツグミは前を向き直してから咳払いをひとつして解説を始めた。
「終盤戦、本部基地北側に鈴鳴第一の来馬隊長と村上隊員、那須隊の那須隊長と熊谷隊員、そして玉狛第2の三雲隊長と麟児隊員の6人が揃いました。6人のうち玉狛第2のふたりは無傷で、残りの4人は軽傷といったところで十分に戦えると思われましたが、実際にはここに至る前にだいぶトリオンを消費していたことと残り時間がわずかでしたから、無得点の鈴鳴第一と那須隊は焦っていたことでしょう。なにしろ両
「たしかに夏目隊員に続いて別役隊員も北東側の出入り口にたどり着いたとたんに空閑隊員に殺られてしまいました。しかしこれまで空閑隊員はずっと姿を隠していたというのにここで居場所がバレてしまいました。それなのにバッグワームを解除せずにいたことが気にはなっていたんですが、どうしてなのか霧科さんにはおわかりになりますか?」
「たぶん最後の那須隊への攻撃のためだったと思います」
「それは空閑隊員が本部基地の屋上から飛び降りて那須隊の頭上からスコーピオンでふたりに斬り付けたことですね。あれには驚きました」
「わたしも同じです。まさか雨取隊員と空閑隊員が入れ替わっているなんて誰も想像しませんからね」
「では最後の鈴鳴第一が那須隊と交戦に入ったところから映像で振り返ってみましょう」
桜子がキーボードを操作して該当する映像をモニターに映し出した。
鈴鳴第一が全力疾走で那須隊に向かって行くシーンが映ると、ツグミは解説を始めた。
「玉狛第2の三雲隊長と麟児隊員がバッグワームを解除したところで、鈴鳴第一と那須隊はもう後がないと判断し、鈴鳴第一は落としやすい那須隊を狙って行動を開始しました。那須隊も鈴鳴第一が自分たちを狙うと考えていて、熊谷隊員の
「ですが得点したのは玉狛第2でしたね?」
「はい。ここからが誰にも想像していなかった展開となります。鈴鳴第一から点をもぎ取ったのは雨取隊員のアイビスでした。これは鈴鳴第一が警戒していた本部基地屋上からの狙撃ではなく地上からのもので、いつの間にか彼女は地上に降りて来ていて、鈴鳴第一がまったく警戒していなかった場所で待機していたのでした。さらに鈴鳴第一のふたりが想定外の場所からのアイビスによる攻撃で
「これは何が起きたのかまったくわかりませんでした。つまり雨取隊員が本部基地屋上にいると思わせておき屋上からの狙撃を警戒させていて、同時に空閑隊員が地上にいると思わせているため、那須隊のふたりは頭上の敵に気付かなかったということですね?」
「そのとおりです。入れ替わったのはたぶん空閑隊員が別役隊員を倒した直後でしょう。彼がグラスホッパーを使って屋上へ上がり、雨取隊員はグラスホッパーを使って地上に降り、三雲隊長の指示で身を隠していて最後の戦いまでじっと待っていたのだと思います。空閑隊員が一度地上に降りたことは別役隊員を倒したことでバレてしまいましたが、だからこそ彼が屋上に戻ったとは誰も考えないわけです。わたしたちも彼らが意外な場所で待機していたのを知って驚きましたからね。戦闘中の鈴鳴第一や那須隊にはそこまで想像する余裕などなかったでしょうからこの作戦は非常に効果があったわけです。そしてまた彼らはほぼノーダメージで完全勝利を得ました。ここまでの3戦を見ていると、
「その意図とは何なんでしょうね?」
桜子が首を傾げると、ツグミは名案だとばかりに言った。
「ねえ、桜子ちゃん、いいこと思い付いちゃった」
「何を思い付いたと言うんですか?」
「玉狛第2の作戦室につないで三雲隊長に直接訊いてみましょう。本人に訊くのが一番でしょ?」
そう言ってツグミは微笑んだ。