ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
昨年のアフトクラトル遠征以降さまざまな理由で何人もの
それは悪意のある敵性
しかし彼らの艇は本部基地から離れた市内北部にある鉱山跡へ誘導するしかなく、敷地が広いので大型の艇を複数停めることも可能だがそこからの移動が面倒くさい。
ゼノンのタキトゥスの
そこでボーダーは該当する鉱山跡と周囲の土地を購入していたがそこにヘリポートを設置、本部基地のすぐ横にも同様にヘリポートを設けることにした。
これによって2地点のヘリコプターによる移動可能にし、必要がある場合には例によって唐沢の
そのヘリポートが完成し、第1号の客がツグミとゼノンとテオとなった。
彼女たちは城戸の親書を携えてヒエムスへ向かい、エクトスから
当初はゼノンとリヌスが同行する予定であったが、リヌスのトリガーよりもテオのサイドエフェクトの方が役立つと判断した。
彼は自分が会話をしている人間の感情が色でわかるサイドエフェクトを持っていて、嘘・本当がわかるだけでなく自分に向ける敵意や好意、怯えや怒りというアバウトなレベルまではわかるので、ヒエムス側の言葉に嘘がないかどうかの確認ができると同時にボーダーに対して敵意があるかないかもわかるというもの。
相手の言葉を信用したいというツグミの気持ちは理解できるが、嘘も方便として交渉事には真偽入り乱れている事実も認めなければならない。
したがってテオがいるだけで相手がボーダーに対してどのような感情を向けているのか、また約束が本当のものか嘘なのかがわかればボーダー側の対応も変わるわけで、彼を同行させることは交渉を有利に運ぶ武器となるのだ。
こうして急遽メンバー交代があったものの計画自体に変更はなく、予定どおり20日の朝にツグミたちはヒエムスに向けて
◆◆◆
ヒエムスは
キオンやアフトクラトルのように軍事に力を入れているわけではないが、近隣諸国との小さないざこざが絶えないために軍備にトリオンを大量に費やしてしまう。
そうなると主産業である農業に回すトリオンが減ってしまうために収穫量が減少する。
それなのに国防を優先するあまりトリガー使いを他国から買い、戦争で勝つことによって敵国のトリガー使いを捕虜として第三国の戦争に参加させるということを繰り返していた。
実際にヒエムスはエクトスによって拉致された三門市民を大量に
レプトとの戦いにはカタがついたものの、他の国からの侵攻に備えて軍備の拡大には熱心だが未だに国民の生活は厳しいものがあり、いつまで経っても貧しい暮らしを強いられる。
これはヒエムスに限ったことではなく、
こうなるとエクトスのような交易を主産業としている国が各地で人を拉致して他国に売るという商売に力を入れるのは自然な流れで、麟児はエクトスが十数年前から人身売買を行っていると証言している。
需要があるから供給があるわけで、トリオン由来のエネルギーの大部分を別のものに置き換えることによってトリオンを求めての戦争は減るだろうし、食料の増産や医療面の充実に力を入れるなら人口は今よりも増えることは明らかだ。
したがって解決策はそう難しいものではない。
約60人の三門市民の代わりになる「ヒエムスが必要としているもの」を提供して交換するだけでいいのだ。
そしてヒエムスで計画が成功したとなればそれが今後の拉致被害者市民救出計画のマニュアルとなり、第2回以降の計画への大きな躍進となる。
ボーダー側で用意できるのは太陽光発電など自然由来のエネルギーを生むシステムと、医療技術 ── 特に妊婦や乳幼児に対するケア ── の提供などが考えられるのだが、相手がそれを要求するかどうかは別だ。
それに
テスタのように理屈はわからなくても役立つものだと判断すれば受け入れることに迷いはなく、その後に詳しい原理や仕組みを知ろうとするだろうが、頭の固い人間になるとそうはいかない。
人間とは変化を好む者と好まない者に分かれ、前者は好奇心や変化への興味関心が高く自分自身の変化をコントロールできるが、後者は新しい状況に適応するまでに時間と労力がかかる。
生物の生理状態などが一定するように調節される性質を
暑い時は体温を下げるために汗をかき、寒い時には体温を上げるために身体を震えさせるのはこの働きによるものだ。
変化とはその
つまり変化を嫌うということになるわけだが、それだけではない。
変化や未知のものを避けて現状維持を望む「現状維持バイアス」が働き、提示された変化にメリットとデメリットがある場合、現状得られている利益よりも変化による損失が大きいと判断して非合理的な選択をする傾向がある。
特に自分が所有するものに高い価値を感じ、手放したくないと思う人間に新しい未知のものを紹介したところで効果は薄いのだ。
ヒエムスの国王がどのような人間なのかはまだわからないが、今のところツグミにできるのは国王がテスタのようなタイプであることを祈ることしかない。
◆
ツグミたちがヒエムスに到着したのは2月26日で、現地は秋の収穫期を迎えていた。
艇が
涼花やカルーロの証言だとレプトとの戦争が終わってからは国力の回復が最優先事項となっており、農作物の作付面積は拡大したものの作業に従事する労働者の数が限られているものだから早朝から深夜まで働かなければならず、収穫期には軍から兵士やトリガー使いまでもが動員されるということであった。
ヒエムスのトリガー使いであった青葉やレプトのトリガー使いでヒエムスの捕虜になった智史も繁忙期には農作業に駆り出されていたのは圧倒的な労働人口の少なさによるものだ。
国交のない国を
この場合、どの国から来たのかを示すために国旗かそれに準ずるものを艇の外に掲揚する。
そうしないと敵意があって攻め込んで来たという意思表示となるため、無用なトラブルを避けるためには必須だ。
また軍用ではなく政府の公用艇の場合は艇の外壁に国章を描いていて、ツグミたちが使用している艇はテスタが政府専用機を払い下げしたものなのでキオンの国章がそのままになっている。
これを見ればヒエムス政府もツグミたちを蔑ろにはできず、
そしてツグミたちの艇がヒエムスの森の中で待機していると、20分ほどして兵士5人が現れた。
ゼノンが彼らに事情を説明し、ツグミとテオが王宮へ向かうこととなる。
17歳のツグミと18歳のテオという若者ふたりでは相手に舐められそうだが、この人選はテオのサイドエフェクトが欠かせないものであり、ゼノンが艇で待機しているのなら万が一の時でもツグミとテオを救出して安全な場所まで逃走することが可能であるからだ。
ツグミのチョーカー ── 白地の布に金色の糸で刺繍したリボンに紺色の石が付いたもので、エウクラートン王家の一員の証 ── の裏に発信機が仕込まれていて常に彼女の居場所がわかるようになっているため、彼女が身の危険を察して逃げなければならないという緊急時に合図を送ればゼノンがタキトゥスの
王宮に
したがってツグミとテオは
もっともそうなったら拉致被害者市民の引渡し交渉を行うこともなく、別の手段によって市民を救出しなければならないのでボーダー側は可能な限り避けたい事態である。
しかしヒエムス側もボーダーの背後にはキオンという国がいるとわかっていて無茶なことをするはずもなく、現在のキオンの位置を考えれば
そのために三国同盟締結を急いだのであり、たとえそれが「虎の威を借る狐」であったとしても「名より実を取る」方を選んだのは第一次
トリガー使いとして戦争に駆り出されている人間がもちろんのこと、農業や鉱業などさまざまな場所で働かされているとなれば医療・衛生・福利厚生などの面で格段に劣る
だから目的達成のためには形振りかまっていられないということで、キオンの力を借りているのであった。
◆
ツグミとテオが案内されたのは王宮の敷地内にある迎賓館であった。
それは彼女たちがヒエムスにとって危険ではないと判断された証拠だが、信用されたというわけではないからまだ安心はできない。
来客の控え室と思われる場所で待機を指示されて1時間ほど経ち、ようやく宰相のセルジョへの面会が叶った。
エウクラートンの例にもあるように宰相とは「君主の命を受けて宮廷で国政を補佐する者」で国王に次ぐナンバー2の立場の人間だから、ツグミたちをそれなりに厚遇しているのは間違いない。
しかし国交のなかった
おまけに
したがってまずは
時間はかかるかもしれないが、セルジョを説得できたなら力強い味方にすることも可能であるとやる気まんまんのツグミの様子にテオは彼女のことを改めて「すごいやつ」だと感心してしまう。
(こいつ、見た目はタダの小娘だっていうのに人の気持ちを掴むのは天才的に上手いんだよな。誘拐して
従者らしくツグミの後ろを歩くテオはそんなことを考えていた。
(それに初対面のお偉いさんにも全然怯むことはないし、おまけに相手がこいつのことを気に入って話が弾む。スカルキ総統閣下は相手の身分や立場なんてものをあんまり重視しなくて人懐っこくて親しみやすいからこいつとすぐに打ち解けたのは当然だけど、あのハイレインまで
ツグミには不安や恐れといった感情がほとんど見られない。
そういった感情が欠落しているのではなく自信や好奇心などがそれを上回り、未知の世界に赴いて知らない人間と出会うことも楽しいのである。
そしてその人間と話をすることが自分やボーダーの未来に大きく影響するとわかっているから入念な下準備をして想定外のことすらも想定しているので慌てることもない。
彼女のそんな堂々とした姿を見ていると難しい問題であっても成功させてくれると思えてきて、城戸たちが彼女に外交の窓口役を任せたのもそのためだと納得できてしまう。
しかし彼女にも相手が言葉の通じる人間であるから対応できるのであり、たとえ人間を相手にするとしても聞く耳を持たないのであれば彼女の知識や弁舌は何の役にも立たない。
そこで「道具」を使うわけだが、それが
今回も相手の数少ない情報からいくつかの「武器」をヒエムスに持ち込んでいて、いつでも使えるように準備してあった。
ツグミの最大の武器はこれまでに積み上げてきた経験とそれに由来する自信で、それに彼女の好奇心が一層拍車をかけているのである。
現に今もヒエムスの兵士に案内されて政庁の建物の中を歩いているのだが、建材や建築様式などに興味が向けられていた。
(
さまざまな研究者によってアトランティス文明の解明が行われてきたが、その中に「アトランティス人は生命力を操ることができた」という説がある。
それは植物の種子から発芽力を取り出しこれを技術に役立たせる手法で、植物の種子を
どこまで信じられる説なのかはわからないが、現代人が石油の力を他の推進力に変換できる装置を所有しているように、アトランティス人が植物の種子を
さらに植物の種子ではなく人間の身体に備わっている器官が生み出す生体エネルギー、つまりトリオンの存在を認識していてあらゆるものに利用していたとしたらどうだろうか?
そして何らかの理由で祖国を捨てて新世界へ旅立ち、そこに祖国と似た世界を創造した。
テオとヒエムス兵士にはツグミがそんなことを考えているなどとは想像できず、余裕たっぷりで辺りをキョロキョロと眺めている彼女の様子を不思議に思っていた。