ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
ツグミは持って来た菓子の中から「ふかふかしたマシュマロをビスケットではさみ、チョコレートでコートしました」的な国民的菓子を選んだ。
「どうぞ、召し上がれ。これはわたしたちの国では庶民でも普通に買うことができる一般的なお菓子よ。この袋のギザギザの部分をこうしてちぎるようにして開けるの」
個包装のままでリータに渡し、開け方を説明するツグミ。
リータは言われたとおりに個包装を開けると、中からチョコレートの香りの菓子が顔をのぞかせた。
「これって…もしかしてチョコレートなの?」
「そうよ。2枚のビスケットの間にマシュマロを挟んで、チョコレートで覆っているの。もしかしてチョコレートは苦手?」
「ううん、そうじゃないわ。チョコレートって貴族の口にしか入らないすごく高級なお菓子なのに、
「もちろん。あ、それとひとつ訂正。わたしたちの国も150年くらいまでは身分階級制度はあったけど今はもうないから全員が庶民ということになるのよ」
「身分階級制度がない? それなら王とか貴族のような階級がないとすると誰がどうやって国の政を行うの?」
「国民が自分たちの代表を選挙で選んで、その人たちが国会という場でいろいろ意見を出し合って多数決で決めるんだけど、お茶会の場に相応しい話題じゃないから興味があるなら後で詳しくお話してあげるわ」
「ええ、ぜひお願い。…それじゃあ、このお菓子を食べるためにお皿とナイフとフォークを出すからちょっと待ってて」
そう言って席を立とうとするリータをツグミが止めた。
「そんなものはいらないわよ。このまま噛み付いて食べるお菓子だから。お姫様育ちのあなたにはちょっと抵抗があるかもしれないけど、こうした方が美味しく感じるわよ」
ツグミは見本だとばかりに自分のエンゼ○パイを食べてみる。
一方、テオはマイペースでやはり同じように大きな口を開けてパックリと食いついた。
ふたりの食べる様子を見ていたリータは手で食べ物を持ったまま噛み付くという行為に戸惑うが、これまで大人たちから強制されてきたものに逆らってみたいという若者独特の反抗心もあって試してみた。
「……すごく美味しい!」
目を大きく見開いて驚いた様子のリータ。
彼女にとっては未知の味と食感であり、勇気を出して目の前のハードルを飛び越えたことで高揚感が湧き上がってきたようで、残りを一気に食べてしまうと満足そうな笑みを浮かべた。
「気に入ってもらえたみたいね。他にもいろんなお菓子があるけど食べてみる?」
ツグミはポテトチップスとぼ○ち揚げの袋を開けてリータに勧める。
「これは?」
「こっちのポテトチップスは原材料がジャガイモで、薄切りにしたジャガイモを油で揚げて塩やいろいろな調味料で味付けをしたものよ。こっちはわたしの住む日本独特のお菓子で米を粉にしたものとデンプンを蒸して練った生地を丸く成形して乾かしてから油で揚げ、醤油や砂糖と鰹、昆布の旨味を加えたタレに漬けて味付けした煎餅というお菓子。どっちも食べ始めるとついついやめられなくなってしまうくらい美味しいわよ」
「やめられなくなってしまうくらい美味しい」という言葉に抗えずリータはポテトチップスに手を伸ばした。
「……これもすごく美味しい! これがジャガイモで作られているなんて嘘みたい。
「
ツグミが自分を王女だと知りながらお茶会のセッティングをしたのはこのためだったのだとリータは理解した。
「でもわたしには国王陛下を動かすほどの力はありません。娘だからといってわたしの言葉に耳を傾けるような人間じゃありませんから」
するとツグミが微笑んだ。
「つまりあなた自身は協力する気はあるけど、あまり意味はないから期待しないでほしいということなんですね?」
「ええ」
「でもあなたに国王陛下に対して何かしてもらおうというのではありませんから心配しないでください」
「じゃあ、わたしに何を…?」
「国王陛下に対して具体的に何かをしてもらおうというのではなく、わたしたちの訪問の意味を正しく理解して味方になってくれさえすればいいんです。わたしたちはヒエムスにいる同胞を返してもらいたい。そのためにはできる限りのことはするつもりでいるので、お互いに納得する形で問題を解決したい。ただそれだけなんです」
「……」
「事前のわたしたちの調査で国王陛下には王女と王子がひとりずついて、国政は宰相閣下を始めとした重臣が回している。レプトとの戦いに勝ったものの長い間ずっと戦争をしていたために国力は低下してしまい、現在はその回復のために必死になっているけれどなかなか効果が上がらない。その原因が労働力不足なのは明らかで、エクトスから人を買おうとしても代価を支払えないから、国民総出で農作業に従事しなければならない状態になっている。でも
「セルジョ閣下へのお願いならわたしにもできます」
「それならお茶会を続けましょう」
ツグミとリータのやり取りを傍観しているだけのテオだが、会話に加わることができずに退屈しているかと思うと意外とそうではない。
(ツグミって目の付け所が違うんだよな。靴音からリータが使用人ではないことに気付いたのは流石だって思った。だけど使用人じゃないから王女じゃないかって飛躍した推理はあいつならではってカンジ。オレだって国王に娘がいるって知ってたけど、王女様がオレたち諜報員みたいなことをするって想像できないじゃん。たぶんツグミも半信半疑な部分はあっただろうけど、自分の勘を信じたんだろう。まったくこいつといると飽きないんだよな…)
テオはぼ○ち揚げをポリポリとかじりながら次にツグミが何をしようとするのか期待の目で見守っていた。
ここから先はいつものパターンで、ツグミは対象の
これまでは年長の男性が多かったが、同世代であり同性であるからリータの
特に王宮という鳥籠の中で飼われているような状況の彼女にツグミが自分のことを語るだけでそれは夢の世界の物語にも近いもので、学校へ行く、友人と遊びに行く、好きなものを自由に買うことなどツグミたちにとって当たり前のことでもリータにとってはどれもが憧れるものばかりだ。
小一時間ほどツグミはボーダーの活動を含めた自分の日常について話しただけなのだが、それだけでリータは
(トリオンを使わなくても動く乗り物や農作業で使う道具があれば農民たちの仕事が楽になるだろう。主食である米ですら菓子や酒の原料にすることができるほど豊かで進んだ技術力を持つ
ツグミはリータとの会話の中でいくつもの情報を得ることができた。
リータは情報漏洩している意識はないのだがツグミに心を許し、彼女の巧みな誘導によって無意識に重要な情報を口にしてしまったのだ。
(この国でも一般的な
絶対的な権力を持つ王族。
その頂点にいるのが国王ということになっているが、実質的には巫女となる女性が最高権力者であって彼女と王族の直系の人間の意思が国の意思となる。
そのことを国民は知らされていないから国民は国王によって過酷な生活を強いられていると考え、彼らの恨み辛みは国王に向けられている。
つまり国王とは
しかしそうすることでしか王家を守ることができないとなれば仕方がないのかもしれない。
これ以上国民に無理をさせれば暴動が起きる恐れもあり、最悪の場合は国王を処刑することで国民を黙らせるという乱暴な手段も取れる。
なにしろ国王は王家の人間が適当な男性を選んで婿入りさせただけの
必要であればまた別の男性を選んで国王に
(フランコ王も自分がそういう存在だと認識しているから普段は何もしないで自分の世界に引き込もってしまって隠者みたいな生活を送っているのかもしれない。だとしたら彼も哀れな存在ね。…でも案外納得して受け入れている可能性もある。どこかの貧乏貴族の次男三男だとしたら三食昼寝付きの生活が保証されている名ばかりの国王も悪くはないもの。外界とは極力関わりを持たないようにすれば、国民が苦労している様子を知ることもなく嫌な思いをしなくて済む)
さらにいくつかの情報を得た。
しかし他国から侵攻を受けるかもしれないと常に怯えていて、国防のための軍備は欠かせない。
なぜ怯えているのかと言うと国際間の交流が交易によるものしかなく、その交易も強者側が弱者側に対して不公平な取引を強いるもので、ここでも「強者=善、弱者=悪」のような公式が成り立ってしまう。
したがって常に強者側でなければならないと考えて、国民に犠牲を強いてでも国の強さをアピールする傾向にあるようだ。
攻め込まれるよりも前に自国の都合の良いタイミングで他国に攻め込んで勝つことこそ正しいのだと考える元首や指導者によって振り回されるのは名もなき市井の民なのである。
(戦争によって得るものはあっただろうけど、失ったものがその何倍も大きいなら明らかに『損』をしていることになる。ずっと我慢をしていた分以上の『利益』を目に見える形で与えなきゃ国民が納得できないのは当たり前よ。だけど利益といってもささやかなものでいい。毎日お腹を十分に満たすことができて、家族と一緒に暮らすことができれば何も望まない。望めば上は限りないけど、身近な小さな幸せが一番大事だということは真理だもの)
◆
ツグミに正体を見破られたからには監視役としての役目も意味ないとして、リータは事情をセルジョに説明すると言って部屋を出て行った。
そして30分ほどすると本来のドレス姿に着替えた彼女と、彼女が着ていた制服の持ち主と思われる少女がツグミたちを訪ねて来た。
「この子はわたしの侍女のひとりでマリという名前です。今後はこの子がおふたりのお世話をしますのでよろしく。さあ、ご挨拶なさい」
リータに促され、マリはたどたどしいながらも
「マリでございます。何卒よろしくお願いいたします」
「わたしはツグミで、こちらはテオ。どうぞよろしくね」
ツグミとマリが挨拶をするとリータは部屋を出て行った。
そしてマリと少しだけだが個人的な話をする機会を得て、ツグミは彼女の
マリの年齢はリータと同じ16歳ということだが、ツグミの目には12-3歳くらいに見えた。
王女専属の侍女であっても庶民階級の出身だということから実家はそれほど豊かではないために、満足な食事もとれずに成長できなかったのだろう。
それでも王宮に上がって4年経つそうだから食事面はある程度改善されただろうが、子供の頃に栄養が不十分であったために幼く見えてしまうのは無理もない。
これは彼女に限ったことではなく
そして子供が生めるようになると結婚をするのだが、未熟な身体では出産に耐えられずに産褥で死亡することも珍しくない。
マリは日本における小学校のような学校で非常に優秀な生徒であったことと、容姿が愛らしいとのことで王宮の職員としてスカウトされたそうだ。
おかげで十分な収入が得られ、実家の両親や妹に仕送りができると同時に王宮勤めのエリートか軍の将校クラスの人間に見初められたとしたら玉の輿となる。
だから彼女は家族と離れて暮らしていて、年に2度しか里帰りができない状態でも寂しくないし頑張れるのだと言う。
この話を聞いてツグミは自分が恵まれた環境に生まれ育ち、優しい人たちに囲まれて幸せな日々を過ごしてきたことを改めて実感したのだった。
◆◆◆
その夜は歓迎会的なものはなく、ツグミとテオのふたりだけで夕食を済ませ、特別なことは何もなく夜は更けていった。
小高い丘の上にある王宮とその敷地内の迎賓館からは首都の様子が良く見渡せるのだが、建物に灯っている明かりは驚くほど少ない。
ツグミが理由をマリに尋ねると、住民たちはトリオンを節約するためと朝早く起きて農作業に従事するために暗くならないうちに食事を済ませてしまって暗くなったら早々に眠るのだと答えた。
小麦の収穫期であるから可能な限りの労働力を提供するために、商人や職人も通常の経済活動を後回しにしてでも農作業に従事するのだそうだ。
首都周辺の畑だけでも10日以上かかり、その間に雨が降れば作業はできないために期間は延長し、それが終われば次は地方の収穫作業を手伝うために軍の9割以上の人間が首都を離れるという。
それができるのもレプトとの戦争に勝って以来、今のところ侵攻してくる可能性のある国がないからで、この時期に攻め込まれたらひとたまりもないだろう。
したがってボーダーやキオンを敵に回したくないから非礼な真似はできないのだ。
(たぶんセルジョ宰相はこの時期にトラブルを起こしたくはないからフランコ王を無理にでも謁見に引っ張り出そうというんだろうな。ボーダーとは話し合いの場を持ちたいという前向きな姿勢を見せれば今はそれで十分。どうせわたしのことをガキの使い程度だと思っているだろうから、具体的な話は時期を見てということで先延ばしをし、時間稼ぎをしながら対応をどうするか審議するってところかな)
ツグミは小さくため息をつくとカーテンを閉めてからベッドの端に腰掛けた。
(多くの人間を導く
そう思うと闘志が沸いてくるツグミであった。