ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
ヒエムス国王・フランコとの謁見は昼食後の午後2時から王宮の謁見室で行われることになった。
いくらツグミが少女だといってもバックにキオンという軍事大国が控えている組織の使者ともなれば扱いは最上級の国賓となる。
したがってツグミの方も失礼のないようにとボーダーの礼装 ── 通常はトリガーの起動によって設定してあるものを使用するが、今回はトリガーの持ち込みができないために実物を作って着用している ── で出席することにした。
防衛隊員の時は海上自衛隊の常装冬服に飾り緒をつけたようなデザインであったが、幹部となった今は第2種礼装冬服に似たデザインとなりスカートは足首まで隠れるロングスカートなので
テオは従者という立場なので一般の防衛隊員の礼服と同じデザインで作ってもらい、それを着用してツグミと一緒に謁見室へと向かう廊下を歩いていた。
ふたりの前には国王専属の執事が案内役として歩いているため、会話をすればすべて筒抜けになってしまうのを承知で話をする。
「テオ少尉はキオンだけでなく他の国のお城とか元首の公邸などを訪問したことはあるのよね?」
「はい。キオンのスカルキ総統閣下のご自宅である公邸には何度もお邪魔をさせていただき2回ほど食事をご馳走になりました。自分のような若輩であっても総統閣下は優秀な若者はキオンの将来を担う大事な役目があるのだから大切にしなければいけないとおっしゃっていました。また友好国のエウクラートンではリベラート皇太子殿下へ総統閣下の親書をこの手でお渡ししたこともあります」
「そういうことならこういった公式の場は慣れているわね。わたしはアフトクラトルへ行った時にハイレイン国王陛下に謁見賜ったのだけど、あの威圧感はタダ者じゃないって感じたわ。でも弟君でベルティストン家当主のランバネイン様は庶民のわたしにも気軽に話しかけてくれて、一度は敵対した相手だけど今は気の合う友人ってカンジ。ランバネイン様の話だとハイレイン陛下も王という立場にある方だから威厳を保つために堅苦しい態度で接していたけど、非公式の場だともっとくだけた態度で話しかけてくれるそうで、『ここだけの話、兄者はおまえのことをだいぶ気に入ったカンジだったぜ』ですって。近いうちに同盟の件でアフトへも行かなきゃならないから、その時にはボーダーの役目とは別に個人的にお会いしたいとお願いしてみようかしら」
「それなら今度アフトへ行く時には自分を同行させてください。一度ハイレイン陛下に会ってみたいです」
「じゃあ、ゼノン隊長にお願いしておくわね」
こうした雑談に近い会話をするのだが、その内容が嫌でも耳に入ってしまう執事は聞き耳を立てていた。
若いふたりだが重要人物と面識があり、友好関係にあるという事実を聞いてしまえばフランコ王に伝えなければという気になるもの。
だからわざとこんな会話をしてツグミは自分たちの
もっともフランコ王は傀儡で政治的な価値はないのだろうが、
ならば彼にツグミたちの「力」を知らしめておくことは戦略上重要なポイントである。
さらにツグミたちは訪問したどの国ももう戦争によって勢力を拡大するよりももっと効率良く国力を高め、慢性的に不足しているトリオンの代わるエネルギーの導入に意欲的に取り組んでいることを話していると、そこでタイムオーバーとなってしまった。
「ここで少々お待ちください」
来賓の控え室に案内されたツグミとテオは10分ほどふたりきりにされ、ヒエムス側の
◆◆◆
ヒエムス国王フランコは見た目こそ一国の王として相応しいものであったが、ツグミにはお世辞にも王冠を戴くようなタイプの人間には見えなかった。
容姿は並以上だし恰幅も良くて着ている衣装も豪奢なものなのだが、それは国家の財政が厳しいにも関わらず王家の威厳を保たなければと無理に繕っている感があって、それが逆に精神的な貧しさを際立たせているのだ。
(やっぱお飾りの王ってことなのね…。たしかに外国の人間に貧相な姿の王を見せられないだろうけど、それが国民の犠牲の上に成り立っているのは事実。そんなに立派な服を着ていたいのなら、それこそトリガーで必要な時にそれに相応しい姿になるだけでいいじゃない。いくらトリオンが不足しているといっても使うべきところには使うことは必要。それに適度な運動もせずに引きこもりなんてやっている中年は長く生きられないわよ)
ツグミがそんなことを考えているなど夢にも思っていないフランコは床よりも60センチほど高い場所に据えられている玉座に座ったままで声をかけた。
「遠路はるばる良く参られた。儂がヒエムス国王フランコである」
「わたくしは
そう言ってからツグミとテオは最上級の礼をした。
「そう畏まらずとも良い。
「はい。キオンのテスタ・スカルキ総統閣下とは個人的にも親しくさせていただいており、遠征の際にはご助力をいただきました。閣下は
「キオンを味方につけたとなればアフトは黙って指を咥えて見ているなどということはなかろうな」
「アフトクラトルのハイレイン陛下は同盟締結式典にご臨席くださいました。一度は敵同士として戦った間柄ではありますが、腹を割って話をしてみればあの方とスカルキ総統、そしてボーダーは立場こそ違いはあれど目指すものは同じでした」
「目指すものとは?」
「戦いのない平和な世界です。アフトクラトルは軍事大国として武力によって次々に他国へと侵攻し、アフトクラトルの国王の意思による
ツグミの説明を聞くフランコだが、彼女が想像していた以上に熱心に聞いているように思えて力が入る。
「キオンには大勢のトリガー使いや一般兵、それに大量のトリオン兵が存在します。ですが閣下はそれらを行使する軍事的な最高司令官の立場にありますが、あの方は自分が元首であるうちはその権利を
「なぜ積極的に使わぬのだ? アフトのように侵攻によって支配域を広げていくのが当然だというのに、キオンはせっかく整えた軍備を見せびらかすだけのお飾りにするつもりなのか?」
「そのとおりです。キオン本国に強大な武力があることを誇示するだけで、十分に効果が出るのですから」
フランコは意味がわからないという顔をした。
「おわかりになりませんか? 陛下を始めとして貴国の方々は
「……」
「これまで次々と他国に侵攻して勢力を拡大していった軍事大国としての『歴史』を持つキオンはそれだけで十分に強者であり続けるのです。アフトクラトルとキオン…このふたつの軍事大国はやり方がまったく逆です。アフトクラトルは軍事力を誇示して武力で制圧し、キオンは侵攻などせずに相手に畏怖の念を与えるだけ。どちらも結果的に中小の国々を傘下に収めていくことになります。ボーダーは
「……」
「そういった経緯があり、ボーダーはキオンだけでなくアフトクラトルとも協調して
「なるほど…。そのようなわけがあったのか。親書にはそこまで詳しくは書いてはなかったが、いくつか疑問点があったもののそなたの話を聞いて腑に落ちた。
フランコの言葉を聞いたツグミは表情を変えずに心の中でニヤリとした。
(この人、お飾りの王という役を
「そのお言葉、大変嬉しく存じます。当方の希望は同胞の帰還のみでございますから、陛下がそのようなお気持ちでいらっしゃるのであればわたくしは使者として上司に喜ばしい報告ができるというもの。感謝の念に堪えません」
ツグミが深々と頭を下げて礼を言うと、頭を上げるタイミングでフランコの脇に控えているセルジョの顔をチラリと見た。
その表情は明らかに不満であるというもので、何が原因なのかはなんとなくツグミにもわかる。
(たぶんこの謁見のシナリオはセルジョ宰相がすべて書いていたんだろうけど、一部そのシナリオに反することをフランコ王が言ったから機嫌が悪くなったのね。『国王として』と言うべきところを『儂個人として』って言ったのが気に入らなかったのかな? セルジョ宰相は国王という傀儡を思うがままに操りたいと考えているタイプだもの。自分は国王のサポート役だという顔をしているけど、実質的には彼が国を動かしているんだものね。まあ、巫女という名でありながら女王として君臨してる女性がいて、その人の意思を忖度しつつ自分が国のトップってカンジで振舞っている。わたしも彼やリータからフランコ王を軽んずる悪い話しか聞かされていなかったから変な先入観を抱いてしまったけど、やっぱり人ってものは直接話をしてみないとわからないわね)
フランコに勝手なことをさせまいとして、セルジョは謁見を終わらせようと動いた。
「お客人、国王陛下はお疲れのようでございますので、これにて謁見は終了とさせていただきます」
そう言うと配下の役人に命じてふたりがかりでフランコを玉座から
その間フランコは抵抗もせずされるがままであったが、謁見室を出る瞬間にツグミに視線を向けて真剣な目で何かを訴えていたようであった。
しかしこの状態では彼女にできることは何もなく、黙って見送るしかなかった。
◆◆◆
ツグミとテオが迎賓館の客室に戻って休んでいた頃、フランコの私室ではセルジョが難しい顔をしてフランコに詰め寄っていた。
「あの時なぜ私の筋書きどおりにしなかったのですか!?」
セルジョがこういう態度をするのが日常茶飯事なのか、フランコは彼の怒りなど気にもせず平然としている。
「
「途中までは問題ありませんでした。しかし最後に『儂個人としては
苛立っているセルジョのことを面白がっているのか、フランコは意味深な笑みを浮かべながら言う。
「どうせ私は王冠を戴いただけの道化で、この国は
「……」
「おまけに私は夫といってもあの女には一度も触れたことなどなく、表向きは王女と王子がいてもそれはあの女と誰かの子供だ。リータはきみの娘なのだろ? 将来の巫女となる王女の父親が宰相となるのは良くあることだからな。まあ、きみは優秀だから宰相としての役目を十分に果たしているから問題はない。この国もきみたちの手で上手く運営されている間はこの体制でも十分だろう。…しかし私はきみたちに利用されるだけでは終わらないぞ。
「どうしてそう思うのですか?」
「きみからの報告の内容と、直に会ってみて抱いた印象だ。できることならもっと話をしてみたいものだが、どうせきみがそれを邪魔するに決まっている。直接話をするときみやあの女にとって都合が悪いだろうからな」
「…あなたは余計なことを考えず、こちらで用意した書面に署名だけしていただければ良いのです。それから晩餐ですが国王陛下はお身体の具合が良くないので欠席ということにしてありますので、ご夕食はいつものようにここでおひとりでお召し上がりください」
「わかっている。…私が王宮入りをして18年になるが、一度たりとも誰かと共に食事をしたことなどない。それどころか勝手にこの部屋を出ることすら許されていないからな。まるで牢に繋がれた罪人のようだ」
「しかし死ぬまで何もせずに衣食住を保証されているのですから幸せではありませんか? この国では朝早くから夜遅くまで汗水たらして働かなければ生きてはいけない人間が大勢いるのですよ」
「それはきみたち一部の人間が愚かな戦争を続けて国が疲弊してしまったからにすぎない。私は運良く飢えることも冬の寒さに凍えることもない人生を送っているが、それだっていつ
「…まったくあなたは口が達者ですね。だから私はあなたをできるだけ外部から切り離しているというのに、今日みたいに何かあるとすぐに情報を得ようとして勝手なことをしようとする。困りますねえ」
「18年もこんな狭っ苦しい部屋に閉じ込められていれば外の新鮮な空気が吸いたくなるものだよ。特にヒエムスのように閉鎖して他国を信用しようとしない国に生きていると、
「あなたはそんなことをしなくても良いのです。
「言われなくてもわかっている。そもそもドアを開けようものならきみの忠実な部下が見張っていてすぐに睨まれるからな」
「わかっていらっしゃるならそれで良いのです。では、私はボーダーへの返書を書かなければなりませんのでこれで失礼いたします」
フランコの「暖簾に腕押し」の態度に呆れ返ったセルジョはそう言い捨てて部屋を出て行った。