ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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468話

 

 

国王のいない晩餐会であったが、その代わりに巫女が臨席していた。

年齢は40代前半ということだが、見た目は20代後半といったところで非常に若々しく美しい。

しかしその美しさは国民の犠牲の上に成り立っているようにしか思えず、「血の伯爵夫人」という異名を持つバートリ・エルジェーベトを思い出させた。

巫女は血族以外の人間とは口を利くことができない決まり事になっているらしく、ツグミとテオは彼女と一度も会話を交わすことはなかった。

とはいえ彼女の振る舞いを見ていればどういう人間かわかるもので、少なくともフランコ王よりも権力はあるが国民の生活に無関心であることがツグミにははっきりとわかったのだった。

 

城戸への返書は翌日の昼までには用意できるとのことで、ツグミたちはそれまで部屋で待機するよう指示された。

これまで訪問した国ではある程度限定はされるが街の様子を見物したり現地の人間と話をする機会を得られたが、ヒエムスは自国のことを極力知られたくないらしい。

それは前年11月にゼノンを隊長とした調査隊がヒエムスへ赴き、この国が事実上鎖国をしていて一部の国と交易しかしていないと報告しているから驚きはしない。

しかし現実に現地の空気を吸ってみるとヒエムス王家とその取り巻きたちが排他的、閉鎖的な思想を持っていることが肌で感じられた。

 

(ヒエムスの政治体制がどんなものであろうとも内政干渉するつもりはない。こっちは三門市民を返してもらえばそれで十分だもの。その代価だって支払うと言っているんだから、ヒエムス側に不満があるとは思えない。でもなんとなくこの取引に乗り気でないのはあの人たちの考え方が閉鎖的だからね、きっと。正式に国交を結ぶと物品だけでなく他国の文化や思想も入ってくる。自分たちに都合の良いものが入ってくるのは歓迎だけど、都合の悪いものは入れたくない。たぶんあの人たちは今の体制が自分にとって都合が良いから変えたくはないと思っている。他国のいろいろな価値観や優れた文化・技術面を自分たち以外の人間には知られたくない。いえ、国民に広めたくないのではなく、権力者のみで独占して自分たちのために利用するしようと考えているんだろうな)

 

ヒエムスでは外国との交易はすべて政府が管理している。

それは民間人が直接外国と取引をするようになると政府が「利益」を得られなくなるからだ。

国民には何も知らせず無知のままにしておくほうが「管理」しやすくなり、外国から購入した物品に対して課税など適当な理由をつけて高い価格で国民に売りつければその差額分で儲かるという仕組み。

そこで得られた金で外国から贅沢品を購入することで、王族と彼らに近い者たちは贅沢ができるわけだ。

リータがツグミたちに紅茶ではなくハーブティーを出したのもヒエムスは王族でも質素な暮らしをしているのだというアピールに過ぎない。

その証拠に晩餐会では食後に紅茶が出され、それが当たり前だといった顔で飲んでいたのだからせっかくリータが貧乏アピールをしたのも無駄になってしまったのだった。

 

(まあ、この国が特別ってことじゃないということはわかる。近界(ネイバーフッド)だけでなく玄界(ミデン)にだって腐った政府によって国民が苦労している国はたくさんあるもの。…でも、この国の人間ってみんな仮面を被っているようなカンジ。こちら側のことは知りたがるけど自分たちの本性は見せようとはしない。それは政治や外交の面では駆け引きとして当然のことだけど、それとはちょっと違った印象がある。何て言うか…わたしたち外部の人間にだけでなく、自分以外の人間のことを信用していないように思える。かと思うと特定の人間同士はべったりくっついているし。なんか気持ち悪いのよね…)

 

ツグミがソファに腰掛けてそんなことを考えていると、ドアをノックする音に続いてマリの声がした。

 

「ツグミ様、入ってもよろしいでしょうか?」

 

「どうぞ」

 

ドアを開けて入って来たマリは真っ直ぐにツグミの前に立ち、真剣な表情で声を潜めて言う。

 

「間もなく国王陛下がここにいらっしゃいます」

 

「え? ええっ!?」

 

「シッ! 大きな声を出さないでください。これは誰にも知られてはならないことですので、陛下は隠密裏に動いていらっしゃいます。どうかこのことは宰相閣下やリータ王女だけでなく誰にも言わないでください。知っているのは手引きをした執事のエヴァルド様とわたしのふたりだけです」

 

「危険を承知でここまで来てわたしと直接話がしたいということね?」

 

「はい」

 

「わかったわ。ただしこちらもテオ少尉を同席させるけどかまわないわね?」

 

「はい、もちろんです」

 

ツグミの承諾を得たマリは窓辺へと走ると、カーテンを開けたり閉じたりして外にいる人物に合図をする。

それから5分ほど経ってからドアをノックする音がして、ツグミとテオの前にエヴァルドが姿を現した。

フランコが来るという話であったのでツグミはマリに訊いた。

 

「国王陛下がいらっしゃるのではなかったの?」

 

するとその声を聞いたエヴァルドがニッコリと微笑んで小さく呟いた。

 

「トリガー、解除」

 

その瞬間、エヴァルトの姿が消えて同じ場所にフランコが立っている。

ツグミは反射的に屈んで非礼を詫びた。

 

「申し訳ございません。国王陛下とは存じませんで ──」

 

「いや、頭を上げてくれ。ここにいるのは国王ではなくフランコというひとりのヒエムス国民だ。身分のことなど気にせずに話がしたかったからこそ、このような深夜に女性の部屋を訪問することになった。非礼を詫びるのはこちらの方だ。…マリ、茶を頼む」

 

「はい、承知いたしました」

 

「うむ。さあ、きみたちも腰掛けたまえ」

 

フランコがソファに腰掛けると、その向かい側のソファにツグミとテオが並んで座った。

 

「さて、時間もあまりないことなので話を始めよう」

 

そう言ってフランコはツグミたちが一番疑問に思っていることから説明を始めた。

 

「私の味方は親友であるエヴァルドとマリのふたりだけなのだよ。それ以外の人間はすべて巫女と宰相の側の人間で、こんなことをしていると知られたら3人ともタダでは済まない」

 

エヴァルドはセルジョがフランコを監視するために専属執事にしたのだが、実際にはフランコの味方である。

孤独なフランコに寄り添うことで信頼を得てスパイとしての役目を果たそうとしていたのだが彼に同情してしまい、逆にセルジョの行動を彼に教えるという二重スパイとなったのだった。

ふたりは変装トリガーによってお互いの姿を入れ替えて、フランコ役のエヴァルドが部屋にいることにして、エヴァルドに変装したフランコが自由に行動をすることがたまにあるとのことで、そうやってフランコは外部の情報をエヴァルドの話を聞くだけでなく自分の目で確かめていたという。

このふたりが協力関係にあるとは誰も想像できないらしく、セルジョたちはフランコを外部の人間から完全に切り離していると思い込んでいるらしい。

そしてマリはかつてフランコの専属メイドであった女性の娘で、マリが王宮勤めをすると決まった時に母親からフランコの人柄や境遇を教えられて彼の味方になることを自ら決めたのだそうだ。

そういった下地があり、フランコは自分が傀儡であると認識しながらもささやかな反抗をしているのであった。

 

 

「たぶんきみたちは賢いからすでに気付いているだろうが、念の為にこの国の醜い面を説明しよう」

 

それはツグミが想像していたものが約8割、彼女にすら想像できなかったものが約2割であった。

巫女となった王族の女性が実質的な最高権力者で、その夫が名目だけの国王であること。

政に関しては巫女の意思を忖度した宰相がトップとなり、絶大な権力を握っていること。

次の巫女となることに決まっているリータはセルジョの娘で、逆に言うと彼は王女の実の父であるから宰相になりえたということ。

さらに巫女の愛人は何人もいて、大臣や軍の幹部に任命されているそうだ。

つまり巫女のお気に入りの人間がこの国を好き放題にしているということ。

国民の不満はレプトとの戦争に勝ったことで一時的に収まったものの、いつまで経っても生活が楽にならないことで再び不満が高まってきている。

これまではそうなった時に()()()()()()()()()()()()()()()()国王を人身御供とし、国王を国民の目の前で処刑することによって収めるといったことを繰り返してきた。

そして新しい王を祭り上げ、国民には今度こそ良い政を行うと言って()()のだ。

現に歴代の国王で寿命を全うした者はひとりもいないとのことで、ヒエムス国王とは王族の身勝手な行動の責任を取らされる生贄の山羊(スケープゴート)でしかない。

ある程度は想像していたものの、本人の口からそう聞かされると現実感が増してツグミは身震いしてしまった。

 

「私は貧乏な実家を経済的に援助できると喜んで国王になった。しかし恐るべき真実を知って自分が愚かな決断をしてしまったことを悔いたよ。庶民だけでなく中央政府とは無関係な貴族であれば何も知らされていないことが多い。それは権力を握った者が自分たちに都合良くしたいがために国民を無知のままにしておくのだ。いや、他国の人間は非常に悪辣ですぐに人を騙そうとするから関わってはいけないなど偽の情報を刷り込む。悪辣なのはセルジョたちの方だよ」

 

忌々しいという顔で言うフランコ。

しかし彼は騙されたままでいて、いつ殺されるかわからない状態に甘んじていることができずに()()することに決めた。

まずは自分の味方を作ることから始め、何年もの月日が流れたがエヴァルドとマリというふたりが協力してくれることになり、王族とその取り巻き連中が隠している「真実」を知ることができたのだった。

 

「私は玄界(ミデン)の…きみの同胞がこの国にいることを()()()()()()()()()()()()()()()()()。マリと同じくらいの年齢の少女が売られて子供を生むために無理やり結婚させられたことも知っていたというのに、国王である私には何もできずにいた。そんな不甲斐ない自分に嫌気がさしていたところにきみたちが現れた。ボーダーが自国の人間を返すよう言ってきたのだから、それを無視することはさすがにできないはずだ。しかしセルジョたちはきみたちの同胞を高額で購入したからにはそう簡単に返そうとはしないだろう。無茶な要求をするに違いないが、それすら国民のためではなく自分たちの利益のためだ。そしてきみたちに預ける返書には話し合いに応じる旨は記されているが、具体的に何を要求するのかはまだ書かれていない。さらに両者の会談は数ヶ月後にしたいと言うはずだ。まあ、時間稼ぎだな。きみたちが急いでいることがわかるから、わざと長引かせて好条件を引き出そうとする。そんな姑息な手段を講じるのも自分の懐を肥やすため。醜い奴らが支配している醜い国だと思うだろ? それでも私の故郷で、苦労しているのは私の同胞なのだよ。だから何とかしたいと思うこの気持ちはわかってもらえるはずだ」

 

そこまで言ったフランコは突然立ち上がって、続いて床に跪いて頭を下げた。

 

「いや、頼む! どうかこの国の民を救ってほしい! こんなことをきみたちに頼むのは筋違いだろうが、私にとっては他に頼れる人がいないのだ」

 

そんなフランコの必死な姿を見たツグミは彼が芝居をしているのではなく、本心から助けを求めているのだと強く感じた。

 

「国王陛下、顔をお上げください。お気持ちは良くわかりました。そしてヒエムス政府の真意も聞かせてもらいましたから、ボーダー(わたしたち)もそれなりの覚悟で交渉に臨むこととしましょう。陛下の訴えはそのまま上司に伝えます。そして可能な限りご期待に応えられるよう努力するとお約束いたします」

 

「ありがとう、ツグミくん!」

 

フランコはツグミの手を握って嬉しそうな顔で礼を言った。

 

「当然のことです。ですが陛下にひとつだけお願いがあります」

 

「お願い?」

 

「はい。ボーダー(わたしたち)が交渉の場に就くまで絶対に国王でいてください。こんな危険な真似をして粛正されないようご自愛ください」

 

「ああ…」

 

「では今すぐにお部屋にお戻りください。ボーダー(わたしたち)はフランコ王としか交渉する気はありませんから、時が来るまで我慢をして待っていてください」

 

「わかった。…これで私は自分の部屋に戻るが、たぶんきみたちが発つ時に見送りをすることは適わないだろう。だから別れの挨拶をしておく」

 

フランコはそう前置きをしてから言う。

 

「ツグミくん、きみに会えて良かった。これをきっかけにヒエムスは…いや、ヒエムス国民は生きることが辛いことではなく楽しいと思えるようになると信じている。この国と国民のことを頼む」

 

「はい」

 

ツグミの力強い返事に満足したフランコはトリガーを起動してエヴァルドの姿になるとツグミの部屋を出て行った。

 

「それではわたしもこれで失礼させていただきます。おやすみなさい」

 

手早くティーセットを片付けたマリも出て行き、部屋にはツグミとテオのふたりだけとなった。

 

 

「なんか…想像していたのと全然違ってたな…」

 

テオが感慨深く言う。

 

「ええ。でもたった30分だったけど、とても有意義な時間を過ごさせてもらったわ。フランコ王はこの王宮にいる人間の中で一番国民のことを考えている『国王』に間違いない。あなたもそう思ったでしょ?」

 

「ああ。オレの能力を使わなくてもあの真剣な目を見ていたら嘘やハッタリなんかじゃないってわかるもんな。宰相とかリータの言葉や態度には真偽入り乱れていてそばにいると気分が悪くなる時もあったけど、フランコ王はそういったことがなかった。もっともこのままじゃいつ自分が粛正されるかわからないからって気持ちもあるけど、やっぱこの国が一部の人間によって私物化されていて国民が苦しい思いをしていることが我慢ならないって憤ってんだ。…この国は昔から謎が多かった。以前は自給自足ができていたから完全に鎖国をしていて出入国の管理がものすごく厳しくてオレたちみたいな諜報員も潜入するのに苦労するほどだったけど、レプトとの戦争が始まるとトリオン兵やトリガー使いを()()ってことでエクトスとは交流するようになった。戦争のどさくさに紛れて第三国の人間がこっそり潜入することもできるようになったけど、戦争が終わってもボーダーの調査隊が潜入できたくらい出入国の管理がユルユルになってんだよ。こういうところの緩みは内政がきちんと機能していない証拠で、実際に上の連中と会ってみてそれが良くわかった。あんな連中が仕切ってる国だもん、このままじゃヤバイんじゃないか? 別にオレはヒエムスがどうなったってかまわないけど、フランコ王やマリのことを考えるとそうも言ってられねえ。これってツグミがいつも言っている『縁を結ぶ』ってことで、一度結んだ良い縁は家族や友人との関係と同じで大事にしなきゃならないってことだろ?」

 

「そう。世界は途方もなく広くて大勢の人間がそれぞれ生きている。その中には食事もままならずに苦しい生活をしている人もいれば、そういう人たちの犠牲の上にふんぞり返ってのうのうと生きているクズな連中もいる。わたしにできるのは自分と自分の手の届く範囲にいる人たちの幸せを考えて行動することだけ。だから無関係な人のことまで手が回らない。ヒエムスの国民なんてわたしにとっては赤の他人だけど、フランコ王とマリと縁を結んでしまった以上は彼らだけでなく彼らの大切な人たちも一緒に幸せになってもらいたいと思う。顔も見たことのない人ばかりだけど、だからって見捨てていいということにもならないからね」

 

「ツグミは自分のことを利己主義者だと言って悪ぶってるけど、実際はみんなのことを大切に思っているから身を粉にして働いているんだよな」

 

テオがしみじみと言うものだから、ツグミはハッキリとそれを否定した。

 

「それはテオくんの勘違いよ。わたしは自分のことが一番大切なの。…たとえば食べるものがなくてみんな飢えていた時に自分だけパンを10個持っていたとするわね。わたしはその10個のパンを全部ひとりで食べる権利があるんだけど、すぐそばにテオくんとゼノン隊長とリヌスさんとジンさんの4人がいたとする。そうなったら5人で2個ずつ食べてみんなでお腹を満たそうとするわ。だけどちょっと離れた場所にテオくんのご家族やエリン家のみんながいるとわかっていたらその人たちにも分けてあげようと思うのは当然よね? だって自分だけがお腹いっぱいになっても親しい人が飢えていたら哀しいもの。自分ひとりだけがたくさんの幸福を得たところでそれは本当に幸せだとはいえない。みんなで一緒に少しずつでも幸せだと思えることが大事だと思うの。でもパンは10個しかないのだからそれを大勢で分けてしまえば意味はない。たったひと口しか食べられないなんてことになれば逆に不満が生まれてしまうものね。だからわたしはパンを100個手に入れられるように行動する。それができたなら今度は1000個、次に1万個というように増やしていくの。そうすればわたしがお腹いっぱい食べることができて、テオくんも同じように食べられて、さらにテオくんのご家族、それにテオくんのご家族の親しい人にもパンを分け与えられるようになるわ。だけど1万個のパンを手に入れたとしてもすべての人間に分け与えることは不可能。結局のところわたしのやっていることは自己満足でしかないのよ」

 

「だけどひとりの人間ができることなんて限られている。おまえひとりで1万個のパンしか手に入らないなら、オレや隊長やリヌスが協力することで2万個になるだろうし、キオンだけでなくアフト、エウクラートンにもおまえのことを評価する人間がいて協力すれば5万個や10万個だって手に入れられることになるはずだぜ」

 

「……」

 

「…あ、ツグミが例え話としてパンの話をしたから思い浮かんだんだけど、おまえのやってることってひと握りの小麦の粒を畑に蒔いて育てているのと同じなんじゃねえ? たったひと握りしかないから最初の年はほんの少しの収穫しかないからパンだって少ししか作れない。でもその収穫した小麦を翌年蒔いて育てるんだ。そうやって繰り返していくうちに収穫量は増えていく。そうなるとパンを作っても余るようになって、余った分をまた翌年蒔いて育てていくと自分だけでなく家族や仲間が食べるパンも作れるようになる。だけどあんまりたくさん育てるとなるとひとりじゃ無理で、手伝ってくれる人間が必要だ。おまえが蒔いて育てた小麦で作ったパンを食べたオレたちが作業を手伝う。そうすればおまえは少しだけ楽になって、収穫量は増える。そしてたくさんのパンを作ることができるようになって、その恩恵を受けられる人間も増える。始まりこそおまえひとりだけだけど、おまえが正しいことをやっていればオレたちみたいな味方が増えていき、みんなで少しずつでも幸せになろうという気になるんだ。まあ、おまえが利己主義者だとか自己満足だとか言ってもオレたちはそのおかげで一緒にいられるんだ。一緒にいるだけでも十分幸せで、そのために協力することってオレの自己満足だけど顔も見たことのないどこかの誰かのためになっているはず。それでイイじゃん」

 

ツグミがゼノン隊の3人に拉致された事件から1年が経つが、一緒にいる時間が長いために考え方が彼女に似てきたテオ。

幼年学校に入学して軍人になる教育しか受けていなかった彼だが、ツグミと出会ったことで彼の人生は大きく変わった。

いや、彼だけでなくゼノンとリヌスも同じで、ツグミと良い縁を結んだからこそキオンに忠誠を尽くすだけのタダの軍人()ではなく、自分と手の届く範囲にいる親しい者たちを大切にしようという人間でいられたのだ。

ツグミはテオたちの心にひと粒の小麦の種を蒔き、今の彼らの姿はそれが見事に実った結果なのである。

 

「そうね、誰かのためにやったつもりはなくても誰かが喜んでいるならそれを否定する必要はないわね。…さて、もう夜も更けたことだし明日に備えて眠ることにしましょう。この国の人間は油断できないけど、せめて眠る時くらいはリラックスしたいわ」

 

「オレがそばで寝ずの番をしてやろうか?」

 

テオがそう言うと、ツグミは少し驚いてすぐにクスッと笑った。

 

「そんな冗談が言えるなんて余裕たっぷりね。気持ちだけはありがたくいただいておくわ。おやすみなさい、テオくん」

 

「じゃ、また明日な。おやすみ、ツグミ」

 

ふたりはおやすみの挨拶をし、テオは自分の部屋に戻って行った。

 

 

 

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