ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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B級ランク戦・Round3
48話


 

 

B級ランク戦Round3は3日後の2月8日に行われる。

ツグミの対戦相手は10位諏訪隊、11位荒船隊、13位漆間隊の3部隊(チーム)

漆間隊は玉狛第3と同じで戦闘員が漆間亘(うるしまわたる)ひとりというひとり部隊(ワン・マン・アーミー)だ。

ポジションは銃手(ガンナー)で、突撃銃(アサルトライフル)型トリガーによる通常弾(アステロイド)炸裂弾(メテオラ)を武器としている。

バッグワームとカメレオンの両方を装備していることから、敵に悟られないように近付いて一気に叩くというタイプであろう。

他にダミービーコンというトリガーがあるが、これは敵のレーダーにダミーのトリオン反応を捉えさせることで攪乱する用途のトリガーだと思われる。

彼女の強化視覚(サイドエフェクト)があればこれらは特に問題はない。

さらにサイレンサーというのもあり、自身から出る音を相手の耳に聞こえないようにするトリガーではないかとツグミは判断した。

というのもツグミ自身が使用したことがないオプショントリガーであり、使用者も限られていて対戦したことがないから情報がないのだ。

 

ひとり部隊(ワン・マン・アーミー)だと隠密作戦的な戦術が多くなるものなのよね…)

 

漆間隊の過去ログを見ながら自分と比べてしまうツグミ。

 

(でもこの人ってあまりにも基本に忠実というか…戦いに面白味がない。だからこそ彼の行動は読みやすいんだけど。…そして2戦して9位から13位へ転落。やっぱり団体(チーム)戦にひとりで挑むのはきついのかな?)

 

次回のステージ選択権は漆間隊にあるので、漆間の心理を読むのがポイントとなってくる。

ランク戦で使用されるステージの種類は数十種類あり、それに時間帯や天候などを組み合わせると数百にも及ぶ。

経験の少ない下位グループならノーマルな「市街地」を選ぶし、時間帯や天候も「昼・晴れ」を選ぶのが一般的である。

しかし中位グループともなれば様々な理由によってステージを選ぶのだが、自隊にとって都合の良い状況を作る場合もあれば、敵が()()()()()()()状況に追い込む場合もある。

だから漆間隊がどちらを選ぶかによっても選択されるステージは変わってくる。

敵の心理を読み取れるか否かは、その戦いで勝ち負けを左右するほど重要なのだ。

 

(たぶん漆間さんも荒船隊封じに重点を置くはず。まずは狙撃手(スナイパー)に仕事をさせにくいステージを選択し、その上で諏訪隊対策をするだろうな。そうなると…)

 

ツグミは悩んでいるはずなのだがなぜかその表情は楽しそうで、同じく次の試合に向けて悩みに悩み抜いて冷や汗をかいている修とは正反対のリアクションであった。

 

 

 

 

長時間過去ログを漁っていたものだからさすがのツグミも集中力が落ちてきたようで、気分転換でもしようかという気になった。

 

(9時半か…。ちょっと散歩でもしてこようかな)

 

2月の夜ともなれば寒さも厳しい。

しかしツグミは身が引き締まると言って夜の散歩を好む。

普通なら女の子の夜のひとり歩きは危険なのだが、ボーダー隊員の彼女には関係ないのだ。

フードの付いたコートを羽織り、毛糸の手袋をつけてツグミは外へ出た。

 

 

(第一次侵攻の時よりは被害を抑えることができたけど、街や人の心に大きな傷を残している。そして近いうちにまた近界民(ネイバー)による侵攻があるらしい。これじゃキリがないわよ…。おまけに頼りになるのがジンさんの未来視(サイドエフェクト)だけで、彼にばかり負担をかけさせてしまう。だからあんなに苦しむようなことになるんだわ。はぁ…わたしに何かやれることはないのかな…)

 

川沿いの道を歩きながら考えるのは大規模侵攻の影響と近々あると思われる次の近界民(ネイバー)侵攻についてである。

ランク戦のことから離れても、考えることはボーダー隊員としての自分や任務のことばかり。

気分転換になっているのかどうかわからない状態だ。

 

「ああ、ダメだ。こんなんじゃいいアイデアなんて浮かぶはずないじゃないの。もう!」

 

自分で自分に喝を入れるように両頬を手で叩く。

 

(そんなことより大事なことがあるでしょ! 明日の朝ごはん当番はわたしなんだから、メニューをどうするか考えなきゃ)

 

冷蔵庫に入っていた材料を思い出しながら、ツグミはメニューを考える。

 

(一昨日、卵の特売日だったからってキョウスケが卵を20パックも買って来たっけ。久しぶりにだし巻き玉子でも作ろうかな。味噌汁は小松菜と油揚げでいいか。…そろそろヒュースにも同じものを出しても大丈夫よね。卵料理は好きみたいだし、味噌汁にも慣れてきたようだから。そういえば白菜の漬物がそろそろ食べ頃だったな…)

 

 

そんなことを考えながら歩いていると、迅がこちらに向かって歩いて来るのが見えた。

 

「ジンさん、お帰りなさ~い!」

 

手を振りながら駆け寄って来るツグミに、迅はぼ〇ち揚を持っていない右手を軽く挙げて応える。

 

「ただいま。もしかして俺のお出迎え?」

 

「もちろんです。未来視(サイドエフェクト)でジンさんがこの時間に帰って来るのが視えましたから。…なんて嘘。散歩の途中ですよ。お仕事、お疲れさまでした、ジンさん。でも防衛任務じゃないですよね?」

 

「本部の呼び出しさ。実力派エリートはつらいよ、ハハハ…」

 

ふざけた感じで言うが、本部の呼び出しとは例の近界民(ネイバー)の侵攻についてなのだろうと察しがつく。

でも知らないということにしておかないといけないので、すぐに話題を変えた。

 

「夕飯は済んでますか?」

 

「いや、まだだ」

 

「じゃあ、玉狛に帰ったらシチューを温めますね」

 

「お、夕飯はシチューだったのか?」

 

「ええ。支部長(ボス)の知り合いから貰ったジャガイモと玉ねぎがたくさんあるんです。ユーマくんがクリームシチューを食べたことがないって言うので、コナミ先輩のチキンカレーから急遽変更しました」

 

「そうか。それで遊真はどうだって?」

 

「美味しいって言って3皿もお代わりしましたよ。近界(ネイバーフッド)とこちら側の世界の料理は似ているようですけど、やっぱり少しずつ違ってるみたい。近界(ネイバーフッド)は戦争が多いから、食材や調味料の種類は少ないし料理を美味しく作ろうという心の余裕がないってユーマくんは言ってました。こちら側の世界でも紛争地帯では同じようなものですしね」

 

「ああ、そうだな。なら、遊真にはあいつの食べたいものをたくさん食べさせてやれ。それからヒュースにもな。あいつにも平和のありがたさってやつを教えてやるといい」

 

「はい」

 

 

 

 

ツグミは散歩をおしまいにして迅と一緒に玉狛支部へ戻ることにしたのだが、その途中で迅が深刻な表情をして黙り込んでしまった。

 

(やっぱり例の近界民(ネイバー)の侵攻のことで気になることがあるのね…)

 

ツグミは迅の気分を解そうと、ふざけて迅が抱えていたぼ〇ち揚の袋をさっと取り上げた。

 

「おい、何するんだ?」

 

「ジンさん、わたしにもぼ〇ちくださいな」

 

そう言って袋に手を突っ込むと1枚取り出してかじり始める。

 

「いつもの暗躍ならぼ〇ち揚で請け合いますよ。もちろん暗躍以外のどんなことでも相談してくれていいです。ぼ〇ちひとつで悩みが解決するんですから安いものでしょ? もっともわたしにも相談できないようなことなら深入りしませんけど。前にも言いましたが、ジンさんはひとりじゃありません。わたしにあなたの背負っている荷物を少し分けてください。わたしが背負って一緒に歩きますから」

 

「…!」

 

白い息を吐きながら発せられたツグミの言葉は、迅にとって何よりも暖かくて心が揺さぶれるものであった。

自分を見上げるツグミの邪気のない黒い瞳に引き寄せられるように、迅はつい彼女の頭に手を置いて撫でてしまう。

しかしすぐに自分のやっていることに気付いて手を引っ込めた。

 

「す、すまない! ついうっかり…」

 

謝る迅にツグミは静かな微笑みを浮かべ、ぼ〇ち揚の袋を返して言った。

 

「謝ることはないですよ。わたしはジンさんに頭を撫でてもらうの大好きだもの」

 

「え?」

 

支部長(ボス)や年長の隊員にされると子供扱いされてるみたいで不満なんですけど、ジンさんだとそれが気にならないから。むしろジンさんがそばにいてくれるって感じで安心します。第一次侵攻の時、ジンさんは怯えて泣きじゃくるわたしの頭を優しく撫でて『よく頑張った』って褒めてくれました。大人たちの言いつけを守らなかったせいで死にかけたことを叱るんじゃなくて、死ななかったことを褒めてくれたんですよ。それ以来ジンさんの手はわたしにとって特別な存在。…わたしはひとりじゃない。どんなことがあってもわたしのことを否定しないでいてくれる。わたしはダメな人間じゃないんだって思わせてくれるジンさんの手は自己肯定の証なんです」

 

「……」

 

「だからその手で他所の女性のお尻を触らないでください」

 

それまで笑顔だったツグミが突然頬を膨らませて訴えるように言ったものだから、迅は呆気にとられてしまう。

 

「はあ?」

 

「ジンさんが女性のお尻が好きなこと、それが男性の心理として当然のことだと理解もしています。だけど嫌なものは嫌です。ジンさんはふざけているだけなんでしょうけど、見ていてすごく不愉快です。もし本気で触っているのなら、もっと不愉快で絶対に許せません。お願いですからやめてください」

 

「……」

 

迅はツグミの意外な「お願い」に絶句した。

 

 

ツグミの抱く「不愉快な感情」は、迅がちょっかいを出す女性たちに対しての嫉妬であり、その行為に及ぶ迅への嫌悪感であった。

彼女はこう考えている。

自分と迅は幼い頃からいつも一緒で兄妹のような関係であったから、迅は自分のことを異性として認めてはくれない。

もし女性として魅力を感じるのであれば、自分にもセクハラをするだろう。

それがないということは迅にとっての自分は「女性」ではない、と。

よってツグミは自分に向けられる迅の感情は「妹を慈しむ愛情」であり、自分が迅のことを好きなのは「兄に対する愛着」だと信じている。

しかし不特定多数の女性に対してセクハラをする迅を毛嫌いし、セクハラされる側の女性に嫉妬するのは、無意識に「女性として愛されたい」という感情があるからに決まっているのだ。

だから「信じている」というより「信じ込もうとしている」というのが正しい表現かもしれない。

ゆえにツグミは迅にとってニーチェのいう「賢い女」になるよりも「可愛がられる妹」になることを選んだ。

そうすれば今の彼女にとって一番大切な「玉狛支部における()()との平穏な日常」を維持し続けることができるからである。

その大切なものを壊してしまうであろう要因はすべて排除したい。

嫉妬という負の感情を抱くことで醜い人間になるのを恐れ、それが原因で迅に嫌われたくないとツグミは強く願っている。

形はどうであれ、彼女は迅に愛され続けたいのだ。

迅の愛情を失いたくないツグミにとってこの懇願は実に切実なものであった。

 

一方、迅は自分の軽はずみな行為がツグミを悲しませていることに気付き深く反省した。

ツグミが自分を兄として慕っており、恋愛対象として認めてくれないことを寂しく思っていた迅。

なにしろツグミは理想の男性として忍田の名を挙げている。

「忍田は世界で一番強くて、頼もしくて、カッコ良くて、だらしないところや他人には言えないような恥ずかしい部分もあるが最高の男性で、迅はその次に好き」だとツグミに言われたばかりである。

しかし強くて、頼もしくて、カッコ良い…それはツグミから見ればすべて迅にも当てはまることなのだ。

もちろん迅の「だらしないところや他人には言えないような恥ずかしい部分」についてもツグミは誰よりも良く知っている。

その上でツグミは迅のことを「忍田の次に好き」だと断言している。

実際のところ忍田は血のつながりのある親族であり、迅は家族同様の付き合いをしていても生物的・法的には他人である。

つまり彼女にとっての異性=恋愛対象としてのトップは迅であるわけだが、本人はまったく気が付いていない。

それはツグミが彼を異性として意識している素振りをあまり見せないことと、自分が「強くて、頼もしくて、カッコ良い」と思われている自覚がないためだ。

そして迅には未来視(サイドエフェクト)でツグミが自分と共にある数年先の未来が視えていた。

彼の力はほぼ確定している未来は年単位でかなり先まで視えており、逆に予知で介入することができる「不確定な未来」はわりと近い将来までしか視えない。

つまり数年先の未来が視えるということは、それが確定している未来だということ。

ゆえに迅は自分が現状維持 ── 兄の役割を演じ続ける限り、ツグミがずっと自分のそばにいてくれると信じているのだ。

物理的にも精神的にも一番近い場所にいて、いつまでも悩みや苦しみから解放してくれる存在であってほしいと切に願っているからこそ、ツグミとの絆に恋愛感情が含まれていなくてもかまわないと割り切ることに決めた。

迅にとってもツグミの存在は自己肯定の証なのだ。

だから愚かしい行為でツグミからの愛情と信頼を失いたくないのであれば、自らの行為を律する他ない。

 

 

「そうか…悪かったな。これからはもうしないと約束するよ」

 

迅の言葉にツグミは嬉しそうに微笑んだ。

 

「その言葉を聞いて安心しました。それにしてもわたしが嫌だと言っただけでやめてくれるとは意外でした。ジンさんにとって女性のお尻はぼ〇ち揚と同じくらい好きなものだから、一生やめられないと思ってましたから」

 

その言葉に迅が苦笑する。

 

「好きなことは好きだけどぼ〇ちとお尻は全然違うさ。お尻は触らなくても死にはしないが、ぼ〇ちを取り上げられたら死ぬな、俺」

 

もちろん冗談なのだが、好きなものを自分のためにやめてくれるというのだから、ツグミは嬉しくてたまらない。

 

「じゃ、ジンさんが約束を破ったら、倉庫にあるぼ〇ち揚を箱ごと川に投げ込みますからね」

 

「そりゃ勘弁してくれ。…だがそれならおまえもひとつだけ俺と約束してくれないか?」

 

急に真面目な顔になった迅が言う。

 

「おまえも無闇に俺以外の男に触れられるようなことはするな」

 

「は?」

 

迅の意外な言葉にツグミはきょとんとする。

 

「別におまえの行動を否定しているんじゃない。ただ…おまえは可愛いし一緒にいると心が和む。そうなると男という生き物はついおまえに触れたくなるわけだ。人によっては下心があって近付く奴もいる。だから気を付けろって意味だ」

 

「下心って…。このわたしにそういう感情を持つ人がいるってことですか? ないない、ありえません。だいたいわたしの頭を撫でるのは真史叔父さんとか支部長(ボス)、須坂会長といった大人たちだけですから心配ありませんよ」

 

「いや、さっき年長の隊員とか言ってただろ?」

 

「ああ、あれは東さんとレイジさんのことです。あのふたりがわたしにヘンなことするわけないじゃないですか。彼らはジンさんや支部長(ボス)たちと同じ『保護者枠』です。ジンさんたら心配性なんだから」

 

そう言ってツグミは笑うが、迅は複雑な気分だ。

 

「俺も保護者枠なのかよ…」

 

「違うんですか? ジンさんだってわたしの頭を撫でるのは子供扱いしているからでしょ? これでもわたしは大人のつもりなんですけどね。わたしはもう16歳、相手さえいれば結婚だってできる年齢(とし)なんですよ」

 

ツグミがしれっとした顔で言うものだから、迅の胸の中はざわめいた。

結婚できる年齢に達しているということは、いつ彼女が自分以外の男性のものになってしまってもおかしくはないのだ。

ずっと先だと信じていたことがすぐ目の前にまで迫っている可能性があり、胸が張り裂けそうになる現実を突きつけられてしまったことで迅は動揺している。

ツグミが家族を想う心に疑う余地はないし、恋人ができたとしても変わることはないだろう。

しかし迅の脳裏に不安が過ぎる。

いくら未来視(サイドエフェクト)で自分とツグミが共にいる数年先の()()()()未来が視えていても、彼女に恋人がいるのかどうかまではわからない。

現在のように一緒に玉狛支部で暮らしていても、ツグミが恋人を作ってデートしたり、彼氏の家へ遊びに行ったり、あまつさえ外泊までしている…などという迅にとっては耐えがたい行為をしていても、相手が不確定であれば「ツグミが恋人と一緒にいる」未来は視えないのだ。

迅は自分の心の中の狼狽を顔に出すわけにはいかないと、動じていないフリをして答えた。

 

「それはそうだが、おまえの恋人になる奴は苦労するだろうなー。おまえの理想の男性は忍田さんだから、ボーダー隊員だとすればあの人とガチで殺り合えるくらいでないとダメだろうし」

 

「そのとおり。…っていうか、わたしはOKでも真史叔父さんに知られたら『ツグミと交際したくば私を倒してからにしろ!』とか言っていきなりトリガー起動して弧月を抜くに決まってます」

 

「たしかにあの人ならやりそうだ」

 

「それにわたしは自分より弱い男性に興味ありません」

 

「ハハハ…そりゃそうだ。だがそんなことを言ったら相手は限られてくるな。忍田さんを倒せそうな奴となれば太刀川さんか風間さん、あとはレイジさんと…」

 

迅はそう言ってニヤニヤしながら続けた。

 

「…俺、くらいかな」

 

するとツグミは一瞬驚いた顔をする。

自分が名を挙げようとしていた人物 ── 迅のことを本人が口にしたからだ。

しかしすぐにいつもの顔に戻って言った。

 

「ですねー。でも太刀川さんと風間さんのふたりはわたしに興味がないことは明らか。玉狛支部に良く出入りしてますけど、レイジさんのご飯目当てですからね。それにレイジさんにはゆりさんという片思いの女性がいるし。ということでわたしには当分の間カレシなんてできないってことです」

 

「じゃあ、しばらくはおまえが玉狛にそういう男を連れて来るってことはないってことか…。しかしいつかおまえが惚れた男を連れて来たとしても、俺が認めなければダメだ」

 

「どうしてですか?」

 

「俺はおまえの保護者枠のひとりだそうだからな。俺は忍田さん並みに厳しいぞ」

 

「はい、わかりました。じゃあ、もしも好きな人ができたら真っ先にジンさんに紹介しますね。ジンさんもそういう人が現れたらわたしに紹介してください。わたしがあなたに相応しいかどうか見定めてあげます。わたしも厳しくチェックしますよ。大事な人をお任せするんですから」

 

「わかったよ」

 

迅はそう答えた後に小さく呟いた。

 

「…どうせそんな女は現れるはずないだろうがな」

 

「え? ジンさん、何か言いました?」

 

「いや、何でもない。それよりもさっきの話だが、相談できることであれば必ずおまえに話す。その時はよろしく頼むな」

 

「はい! …あ、そう言えば、さっきのジンさんの手、すごく冷たかったです。ちょっと手を貸してください。わたしは手袋してるから温かいですよ」

 

ツグミは自分の手袋を外すと、迅の両手を包み込むようにして温めてやる。

 

「ジンさんも生身の時には手袋をした方がいいです。いざという時に凍える手だとトリガーホルダーを扱い損ねるかもしれませんよ」

 

すると迅は不思議そうな顔をして訊いた。

 

「トリオン体でも体温や感触は生身と変わらない。それに俺は生身でもトリオン体と同じジャージ姿だから見た目では生身かどうかはわからないはずだぞ。あ、強化視覚(サイドエフェクト)を使ったな?」

 

「違いますよ。ジンさんのことならわたしにはわかるんです」

 

ツグミが自信ありげに答えた。

 

「たしかに生身とトリオン体は見た目が()()一緒ですけど、ジンさんはトリオン体の時は男前で、生身の時は表情が優しくて穏やかなんです。あなたのことは昔からずっと見てますから、些細な違いでもわたしにはわかるんですよ」

 

「そう、なのか…?」

 

「そうなんです。さあ、これを使ってください。ちょっと小さいですけど、たぶん入ります」

 

ツグミは自分の右の手袋をギュッと伸ばして迅の手にはめ、左は自分の手に戻した。

そして彼女は右手で迅の左手をしっかりと握る。

 

「こうすると昔、真史叔父さんと最上さんと4人でスケートへ行った時のことを思い出しませんか? わたしはスケート初めてで、ジンさんに手を握ってもらって滑ったことを今でも良く覚えています」

 

「ああ、そんなこともあったな。あの時はすっげえ楽しかった」

 

「その時に使っていた手袋、まだ大事に持っているんですよ。小さくてもう使えないんですけど、真史叔父さんに買ってもらったお気に入りなんで」

 

「ハハハ…。おまえは何でも忍田さん忍田さんだな。そのリボンだって忍田さんに買ってもらったものだろ?」

 

「そうです。わたしが初めて叔父さんに買ってもらったとっても大切なものだから肌身離さずつけているんです」

 

「じゃ、俺が何かプレゼントしたら、それも肌身離さず持っていてくれるか?」

 

思いがけない質問にツグミは目を丸くするが、すぐに答えた。

 

「もちろんです。でもぼ〇ち揚じゃダメですよ。プレゼントしてくれるならちゃんと女の子らしいものにしてくださいね」

 

「ああ、わかった」

 

ツグミと迅はしっかりと手を握り、寄り添いながら玉狛支部までの道のりをゆっくりと歩いた。

お互いの手の温もりをいつまでも感じていたいと言わんばかりに。

 

 

 






本文中に出てくる「賢い女」がわからない方は、36話(「大規模侵攻 と 後始末」の最終話)をご覧ください。
迅にとってツグミこそが唯一無二の「賢い女」なのですが、「賢い女=恋人」だと考えているツグミ本人はまったく気が付いていません。




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