ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
15日午後8時、「こちらボーダー広報室」の放映時間となった。
8日にテレビ局で収録したツグミの映像が流れるということで、寮のミーティングルームにはツグミ、迅、レクス、ゼノン、リヌス、テオの6人が集合している。
ツグミは毎回欠かさず視聴しており、留守の時には誰かに録画を頼んでおいて後で見るというくらいだ。
特にレクスはテレビが大好きでアニメやバラエティなども見るのだが、それよりも自然ドキュメンタリーや旅番組などノンフィクションを好む。
その中でも「こちらボーダー広報室」は三門市に住む以上これほど身近な内容はないのだから興味を持つのは当然であった。
前半は通常の内容で、嵐山隊が3月前半にあった出来事 ── 入隊試験が行われたことや、拉致被害者市民救出計画の進捗状況など ── を紹介し、最後に新入隊員の募集要項や試験日などを伝えるとCMになった。
そして60秒のCMが明けると三門ケーブルテレビの男性アナウンサーが登場し、制服姿のツグミを紹介する。
[後半はボーダー最年少の17歳で新設された総合外交政策局の局長に就任した霧科ツグミさんをご紹介します。彼女は人類初の
続いてツグミのバストアップの映像が映し出された。
[みなさま、こんばんは。このたびボーダー総合外交政策局の局長に就任した霧科ツグミでございます。本日は所信表明…というほどではございませんが、わたしがどのような覚悟でこの大任をお引き受けしたのかをお話しさせていただきますので、みまさまの団欒のひと時を少しだけわたしにくださいませ]
そんな前置きをしてからツグミはカメラ目線でしっかりとした口調で語り始める。
[これまでわたしたち三門市民は
ここでツグミはカメラの向こう側にいる視聴者に訴えかけるように言葉を続けた。
[相手が人間であるなら言葉が通じます。対話という手段を用いることで戦闘を回避して問題解決を図ることは可能なのです。第一次侵攻でさらわれた少年が自力で脱出したものの生命の危機に陥った時、彼を三門市まで連れて来てくれたのはメノエイデスのウェルスさんという
視聴者の多くは彼女の言葉に耳を傾けていたことだろう。
ここまでに
そして発生から5年半も経つというのに手をこまねいて何もできずにいた行方不明者の捜索が現実味を帯びてきたとなれば家族や友人に拉致被害者がいる市民は期待をしたいと思うものだ。
もしアフトクラトル遠征が失敗に終わっていれば夢物語で終わりそうな話だが、遠征は成功してさらわれた32人のC級隊員全員が生還したという「成果」もあるのでツグミの話を真剣に聞こうとするのは当然である。
[ここからは市民のみなさまが知りたいと思っていらっしゃることをアナウンサーさんが代表して質問してくださるそうです]
ツグミがそう言うとこれまで彼女に
[では、ここからは私が質問をさせてもらいます。まず霧科さんはこの局長という大任を引き受ける時に迷うことはありませんでしたか? 未成年のあなたが大きな責任を伴う役職を任されたのですから、普通ならどうしようかと悩むと思うんですよ]
するとツグミは微笑みながら答えた。
[ええ、そうですね。今後のボーダーの運営にも大きく関わる部署ですから責任重大です。ですが迷うことはありませんでした。総合外交政策局は新設ですからあらゆる面において
[それはなかなかできることではありませんね。それだけ自分に自信があるということでしょうか?]
[自信があると言うと驕り高ぶっているとか自惚れが強いなどと思われるでしょうが、城戸司令がわたしを見込んで大役を与えてくださったこと自体が自信の根拠となるものなのです。長い間ボーダーの活動を続けていて、わたしの働きを評価した城戸司令の判断が間違っていると思うことは大変失礼ではありませんか? わたしは城戸司令のことを信頼しているからこそ、自分にはそれだけの力があるのだと信じているのです]
ツグミの回答は聞く者によっては彼女が傲慢だと感じるものだ。
しかし城戸が信頼して任せてくれたのだから自分にはこの大役を完遂できるのだということを根拠としているので、今回の人事に納得できないとなればそれは城戸を否定していることにもなる。
ここで「わたしのような若輩者には重すぎる役目です」などと謙虚なことを言うこともできたが消極的な態度に思えるためにやめて、年齢や経験の多い少ないは関係なくやる気は十分で任務に励みたいという積極性をアピールすることにしたのだった。
それを視聴者がどう感じるかはわからないが、逆効果であってもツグミにとってやるべきことは変わらない。
他人にどのような評価をされようとも彼女のモチベーションは下がることはなく、それだけの根性を持っている彼女だからこそ城戸は誰にもできないと思われる役目を与えたのだ。
[それではこれからのきみの仕事はどんなものになりますか?]
[まだ日程等は決まってはいませんが、近いうちに
[でも知らない国へ行くことに対して怖くないのかい?
[怖いという気持ちより未知の世界への好奇心の方が強いものですから。それにひとりで行くのではなく、頼りになる人が同行してくれます。名目上は総合外交政策局局員、つまりわたしの部下ということになりますがとても大切な友人でもあります。彼らがいればどんな場所であっても不安はありません]
[彼ら、と言いますと男性ということですか?]
[はい、そうです。ボーダー内でも1・2を争うほどの凄腕のトリガー使いで、万が一戦闘になった時にはわたしもトリガー使いとして戦いますよ。まあ、本来の役目は
[最後にひとつ、この番組を見ている視聴者の多くはあなたに期待をしていると思います。そういった方々に何かメッセージをお願いします]
[わかりました。…三門市民のみなさま、ボーダーは拉致被害者市民救出計画を進めておりますが、まだどこかの国に約400人の三門市民が自由を奪われて生きているということしかわかっておりません。ですが生きているのであればそれが遠くの国であろうとも必ず出かけて行って連れ帰ります。人命がかかっていることですので一刻の猶予もありませんが、急いては事を仕損じるという言葉もあります。焦りは禁物だと自分に言い聞かせ、取り返しのつかないことになるような失敗をしないためにも堅実に任務を遂行するつもりでおります。市民のみなさまの中には
ツグミはそう言って立ち上がると深々と頭を下げた。
もし観衆がいたらここで拍手となっただろうが、スタジオにはテレビ局の関係者と根付しかいない。
根付はメディア対策室長としてツグミがとんでもない発言をしてボーダーを混乱させることがないかどうか
そもそもツグミはボーダーに迷惑をかけたいのではなく彼女の行動が根付たち上層部メンバーにとって都合の悪いことが多かっただけで、それも結果的には良いものとなっているので根付が勝手にオロオロしていただけなのだ。
[時間となりましたので、本日はここまでとなります。霧科さんの若い力が我々の願い、行方不明者全員の早期帰還を叶えてくれるものと信じています。霧科さん、お忙しいところありがとうございました]
男性アナウンサーがそう締めくくり番組は終了した。
◆◆◆
CMになるとツグミは苦笑しながら言った。
「やっぱり自分が出演している番組を見るのってなんか照れくさいですよね~」
「でもテレビ映りは上々だぞ。実物の方が断然良いけどな」
ツグミの隣りにいた迅がそう言うと、彼女を挟んで反対側にいたレクスも負けじと言った。
「ツグミの良さは見た目だけじゃない。お父さまもお母さまもツグミは礼儀正しくて、品の良さが表情や態度ににじみ出ているって言ってた。だからツグミは中身が魅力的だからテレビに映っても素敵なんだよ」
「そんな褒め言葉を聞かされたらますます照れるじゃないの。でも嬉しいから明日の夕飯はご馳走作っちゃおうかな~。レクスくんは何が食べたい?」
「ボクはツグミの作ったものなら何でもいいよ。ツグミは料理上手で何でも美味しいから」
「う~ん、ますます嬉しいことを言ってくれるわね。それなら、すき焼きパーティーにしましょう。いつもよりお高めのお肉を買って来てみんなで食べるのはどう?」
「やった~! お肉大好き! すき焼き大好き!」
「他の人もすき焼きでいいかしら?」
ツグミが訊くと全員が大きく頷いた。
暖かい季節なら外で焼肉なのだが、まだ3月の半ばであるから少々寒いので部屋の中で温かいものを食べたいと思うとご馳走は「すき焼き」となるのだ。
「了解。明日は特に会議とかスポンサーとの面会などの用事は入っていませんので突発的な用事がなければ一七〇〇時には帰ることができます。よって夕食は定時の一九〇〇時ということでお願いします。…ああ、それと今年もお花見のシーズンが近付いてきました。今年のお花見は4月4日の土曜日で、雨天の場合は翌日5日の日曜日。場所は去年の忍田家の庭ではなく市内に超穴場を見付けたのでそこで行う計画を立てています」
「超穴場? それってどこ?」
迅が訊くとツグミはニコニコ笑いながら答える。
「それは…当日までひ・み・つ、です。でも誰も知らない場所で適当な広さもありますから遠慮なく大騒ぎできますよ。ジンさんには当日の朝に6人が乗れる車を手配しておいてください」
「…わかった」
どうやらツグミは当日まで会場を内緒にしておいて迅たちを驚かそうという計画のようであるが、場所よりもみんなで宴会ができることの方が重要な「花より団子」派の男性陣は特に気にせず当日を楽しみに待つだけである。
◆◆◆
一夜明け、「こちらボーダー広報室」が放映されたことによる市民の反響が表れ始めた。
ボーダーでは6つの支部があり、玉狛支部以外の5つの支部には地域住民への窓口としての役目が与えらている。
通常は入隊試験の申し込みや警戒区域内に家がある人が一時的に帰宅を希望する場合の申請などを受け付けていて、書面や電話・メールなどでボーダーに対する市民からの要望や苦情が持ち込まれる。
大規模侵攻直後は第一次
特にこれまでずっと足踏み状態で進展がなかった第一次
そんな状況で防衛隊員であった17歳の少女が
賛成が圧倒的に多くて市民が好意的に受け取ってくれているのだが、ツグミ個人に対して重要案件を任せるという不安だけでなく、約400人の人命を未成年者に任せる城戸たち幹部を非難する声もあった。
外野が何を叫ぼうとも城戸がこの人事を覆すことはないし、なによりもツグミがこの任務において適任者である事実は否定できない。
文句を言う連中の口を塞ぐには結果を出せばいい。
ツグミはそう考えてヒエムスとの交渉にすべてをかけているのだ。
しかし彼女の仕事はそれだけではない。
総合外交政策局の仕事は第一次
もちろんそれは三門市という行政が行うべきものなのだが、水戸涼花のように
亡命希望の
ボーダーは交渉窓口として一定の権限を与えられてはいるものの、拉致被害市民の家族だからという理由のみで受け入れることは不可能だ。
まずは
そこでボーダーは三門市内に「特区」を設けてそこに
三門市やその他の行政への働きかけは唐沢の仕事だが、
人間の生活の最大要素である「衣食住」のうち「衣」」と「食」はさほど難しくはないのだが、「住」は個人でどうこうできる問題ではない。
さらに問題は
涼花の水戸家は4人家族であったが彼女の両親は第一次
そんな彼女は頼る親戚もなく、三門市に住んでいた時の家が残っていたので夫と娘と3人でその家でひっそりと暮らしているが、家も家族もすべて失ってしまった拉致被害者もいるわけで、彼らの救済策も考えなければならない。
そこでツグミはいくつかの問題を解決する策を考えており、唐沢に依頼をして協力者を探してもらっていた。
そしてその協力者がツグミとの面会を求めていて、19日の午前11時にボーダー本部基地で会うこととなったのだった。