ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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474話

 

 

ボーダー本部基地の来賓用玄関でツグミと唐沢が待っていると、ミドルサイズのSUV車が停まって運転席から愛信建設代表取締役・小笠原雪弥が姿を現した。

彼はボーダーのスポンサーであり、ツグミの父親・織羽の知己でもある。

1年ほど前に唐沢によって引き合わされ、以来何度か顔を合わせていた。

そんな彼が乗ってきたのは社用車ではなく彼のプライベートカーで、自ら運転して久住市から来たようだ。

 

「小笠原社長、わざわざお越しいただきありがとうございます」

 

ツグミが挨拶をすると、雪弥は人懐っこい笑みを浮かべながら言う。

 

「いやいや、ボーダーの総合外交政策局の局長さん自らのお出迎えなんて光栄だよ。11月のパーティー以来だけど、元気にしていたみたいだね?」

 

「はい。小笠原社長も相変わらずご健勝でなによりです。ゆっくりとお話ししたいところですが、お互いに忙しい身ですので早速お仕事を始めましょう」

 

「そうだね。…っと、大事なことを忘れていた」

 

雪弥はそう言って自分の車の助手席に置いてあった紙袋を取り出すとツグミに渡した。

 

「お土産。きみの大好きなイチゴだよ。道の駅で売っていたのを見かけたんで買ってきたんだ」

 

紙袋の中には久住市特産の摘みたてのイチゴが詰まった箱が4つも入っていた。

 

「うわぁ、嬉しい。ありがとうございます。冷やしておいて今夜()()のみんなといただきます」

 

1年前に教えた自分の好物のことを覚えていてくれてお土産まで持って来てくれる雪弥に対して心からの感謝の気持ちを伝え、ツグミたちは場所を応接室へ移動した。

 

 

 

 

「唐沢部長からきみの提案を聞かされていて、なかなか面白いと思っていろいろ検討してみたよ」

 

雪弥はB1サイズ ── 映画のポスターの大きさ ── の大きな地図をテーブルの上で広げた。

その地図は警戒区域内となっているボーダー本部基地の北西から西にかけてのもので、大規模侵攻の際に天羽が更地にした一帯を中心としたものだ。

そのうち約20ヘクタールのエリアが薄赤色で塗られている。

第一次近界民(ネイバー)侵攻後、警戒区域に設定されたこのエリアに居住していた地権者には三門市が土地と建物をすべて買い上げる形で賠償し、住民はすべて別の場所に移転していて現在は市有地となっているのだがボーダーが管理している。

ほとんどが全壊・半壊等を含め人が居住できなくなった建物がそのままになっていたのだが、北西から西のエリアが完全な更地になってしまった。

ツグミの提案とはこの広大な更地の有効活用である。

 

「去年の5月に話を聞いてから、いろいろな分野の知り合いに声をかけてみたんだ」

 

「小笠原社長は顔が広いですからね。でも三門市で近界民(ネイバー)の脅威に晒されている最前線の土地となれば誰でも二の足を踏むはず。そこはどう説得したんですか?」

 

雪弥が自信満々で企画書を見せるということは説得ができ、それぞれの分野で計画が進んでいるという証拠である。

 

「それは苦労したさ。だけどアフトクラトルにさらわれたC級隊員を全員無事に取り戻したことで、ボーダーの信頼性は一気に高まった。それに去年1月の大規模侵攻を境にして三門市内での近界民(ネイバー)絡みのトラブルは格段に減少している。それはきみたちの分野だから詳しいだろうけど、去年の9月から今日現在まで近界民(ネイバー)による市民の拉致や破壊行為などの発生件数はゼロだ。そしてボーダーがこれまでの三門市防衛と並行して近界民(ネイバー)と戦うのではなく近界(ネイバーフッド)独自の技術を取り入れて我々の生活に役立てようとする方針に興味を持つ企業は多い。そしてそのうちのいくつかがボーダーへの期待も込めて協力してくれることになったんだ」

 

そう言って雪弥はA4サイズの書類をツグミに手渡した。

そこには協力企業の一覧が載っていて、雪弥の愛信建設を始めとして電気・ガス、交通等のインフラや教育機関、総合小売店や銀行、電機メーカーなど誰でも知っている企業が名を連ねていた。

 

「三門市を含めた協議会が設立されていて、いちおう僕が()()を引き受けている。あ、これが名刺ね」

 

雪弥はジャケットの胸ポケットから名刺入れを取り出すと、そこから名刺を1枚抜いてツグミに手渡した。

名刺には「三門スマートシティ・プロジェクト協議会事務局事務局長」という肩書きと彼の名前が印刷されている。

 

「できたらきみの新しい名刺も欲しいな」

 

雪弥に言われて初めてまだ名刺交換をしていなかったことに気付いた。

 

「あ、すみません。すっかり忘れていました。…これが新しい名刺です」

 

ツグミは自分の名刺を雪弥に渡した。

 

「きみは社会人のビジネス習慣にまだ慣れていないから仕方がないね。でも大丈夫。そのうちに慣れるよ。…ボーダー総合外交政策局局長、か。局長仲間だな」

 

そう言って笑う雪弥。

 

「そう…ですね、フフッ」

 

ツグミも釣られて微笑んだ。

場を和ますことと周囲への気遣いが得意な彼はこういう時にもその実力を発揮する。

そういった点で雪弥は若くして協議会事務局長の肩書きを持つに相応しいと判断されたのだろう。

 

「スマートシティ」とは国土交通省が「都市の抱える諸課題に対して、ITC等の新技術を活用しつつ、マネジメント(計画、整備、管理・運営等)が行われ、全体最適化が図られる持続可能な都市または地区」と定義している。

「三門スマートシティ・プロジェクト」は三門市と様々なジャンルの企業が協力して、東三門地区の広大な更地に大きな街を創ろうというものだが、日本各地で行われている取り組みとは少しだけ違う。

なにしろ更地となった場所に一から街を創ろうというのだから、やろうと思えばどんなことでもできるというもの。

すべての土地がすでに市有地となっているために地権者との土地収用に関するトラブルが発生することはないために計画が決まれば進むのは早いはずだ。

そして「三門スマートシティ・プロジェクト」は「年齢・性別・()()などに関わらず誰もが健やかで自分らしい暮らしができる街を創りたい」をテーマとしている。

これまでのように既存の街で人がその街に合わせるのではなく、人がどのように生きたいかという理想や夢を叶えようというのだ。

企画書によると戸建と集合住宅合わせて1000世帯の家族が住む街となる予定で、敷地内には大型ショッピングセンター、クリニック、保育所、住民の交流のための公園や集会場、レクリエーションルームなどを完備。

さらに緑地帯を作り、太陽光などの自然エネルギーを利用した脱炭素への取り組みなど先進的な街づくりを目指している。

ツグミはこの街に帰還した拉致被害者とその家族を住まわせようと考えている。

第一次近界民(ネイバー)侵攻ですべてを失ってしまった人と生活基盤の整っていない近界民(ネイバー)の配偶者を持つ人に安心して暮らせる家と働く場所を提供しようというのだ。

そういったツグミの「理想」が唐沢から雪弥に伝えられ、協議会メンバーがそれぞれの専門分野でのノウハウを活かし、ツグミだけでなく彼らの理想も含めたプランとなっている。

 

「このプロジェクトが成功すればこれまでに例のない街ができますね。拉致被害者の方には相応の保障をする義務があります。最低でも住む場所と仕事を提供して三門市に戻って来られて良かったと思ってもらわなければなりませんから、まずはその受け入れ態勢を整えなければ始まりません。…この計画書を見るとすでに一部の工事が始まっているみたいですね?」

 

「ああ。まずは整地をして居住エリア、商業施設エリア、医療・福祉・教育エリアといった区割りをする。住宅は単身者用とファミリー用でそれぞれ3-5種のプランがあって、戸建400、集合住宅600世帯分の予定だ。住宅の屋根には太陽光発電システムを設置。基本は自分の家で使う電気は自分の家で作るということになるな。あとで現場を見学しに行こう。僕が案内する」

 

「それは助かります。拉致被害者市民を救出しても、彼らを受け入れる準備ができていないのでは意味がありません。スマートシティの完成には数年かかるとしても、まずは第一期分の戸建100と集合住宅150世帯分、そして大型ショッピングセンターとクリニックの建設が夏頃だということですのでそれを踏まえた上でこちらも計画を進めていきます。わたしは『三門スマートシティ・プロジェクト』に関しては何もお手伝いできませんが、小笠原社長のことを信じています。どうかこの三門市を近界民(ネイバー)との戦争の最前線であったことを忘れてしまうくらいに、そして近界民(ネイバー)と手を携えて共に生きていくことができる素晴らしい街にしてください」

 

「ああ、きみの期待を裏切らないことを約束するよ」

 

雪弥が差し出した手をツグミは握り返した。

 

 

 

 

ツグミたちは昼食後に「三門スマートシティ」の予定地へ向かった。

第一次近界民(ネイバー)侵攻によって放棄されていたエリアで長い間無人の街であったが、大規模侵攻の際に天羽が更地にしてしまった場所である。

某ドーム球場の4つ分以上の広さを持つ敷地は建物が一切なくなってしまったために余計に広く感じ、ボーダー本部基地の建物がそびえ立っている様子が良く見える。

その予定地の中央付近には十数台の重機があって100人近い作業員が整地作業をしていた。

 

近界民(ネイバー)による事件が半年近く発生していないことで作業員も安心して作業できる。周囲に人が住んでいないから騒音などの問題も起きず、作業は順調だよ。…ここに異世界の人間とこちら側の世界の人間が共存する街ができるなんて想像するとワクワクするね」

 

雪弥の言葉を聞いていたツグミの心境は複雑なものであった。

たしかに近界民(ネイバー)と共存できる街が実現することになれば、それは好ましいことではあるものの無条件で喜べるものではない。

近界(ネイバーフッド)のトリオンとトリガーを使った技術はこれまでにない「超文明」であり、正しいことに使えば人類のために大いに役立つものなのだが、悪用すれば世界が滅びてしまうきっかけ(トリガー)にもなりかねない「諸刃の剣」でもあるのだ。

そして「三門スマートシティ・プロジェクト」に参画している企業もボーダーのスポンサーと同じで、ボーダーが入手した近界(ネイバーフッド)の文明を自社の利益のために利用しようと考えていることは否定できない。

様々な分野で利用可能なトリオンとトリガーの技術であるから「ボーダーに恩を売っておけばいずれその何倍もの利益が得られる」と考えるのは当然なのだ。

だからこそボーダーはスポンサー企業を探す際にも非常に慎重にならざるをえない。

万が一にも「死の商人」の手にトリオンとトリガーの技術が渡ってしまったら取り返しのつかないことになるのは火を見るよりも明らかだ。

たぶんトリオン兵は核攻撃にも耐えうるだろうし、核を使えば人類が滅びることになる被害を与える。

そうなると勝者がいない戦争となるわけで、戦争が始まってしまったら誰も止めることができないのだから「火種」を生じないようにするしかない。

 

ならばトリオンとトリガーの技術を玄界(ミデン)に持ち込まないという手段もあるが、有用なものであるから何としてでも利用したい。

使い方によっては人の命を救うことにもなり、危険だから持ち込まないという考えは火事が怖いから火を使わないということと同じ理屈になってしまう。

 

(今ここで働いている作業員の人たちは危険な作業を行っている。怪我をしたり死亡したりする事故が起きる可能性もあるけど、もしトリオン体になって作業をすることになればそんな心配はいらない。それに身体能力が生身の状態よりも大幅に強化されるから作業の効率化も図れるし、夏の暑さや冬の寒さで大変な思いをする作業員の人たちの健康にも配慮することもできる。ブルーカラーの仕事って人気のない職種で労働力不足の感があるけど、トリオン体で働くことで危険だとかきついという理由がなくなるから人も集めやすくなるんじゃないかな。小笠原社長のところは建設会社で現場で働く若者がなかなか見付からないと言っていたけど、そういった問題も解決できるようになる。だからボーダーのスポンサーとして名乗りを上げたのだと考えれば、このプロジェクトにも力を入れているわけもわかる。そう考えるとボーダーはトリオンとトリガーの技術を独占している組織なのだから責任は取らなきゃいけないわね)

 

ツグミはそんなことを考えながら南の方角を見た。

南側も放棄地となっているために警戒区域として民間人の立ち入りは禁止されている。

そこにも可能性を生む土地が広がっていて、彼女の頭の中にはすでにいくつもの「案」があった。

それは「近界民(ネイバー)との交流と技術交換の発信地」にするというもの。

三門市立大学のトリオン研究の規模を拡大して玄界(ミデン)の人間が近界民(ネイバー)から直接トリオンやトリガーの技術や知識を学んだり、逆に近界民(ネイバー)玄界(ミデン)の技術を学んで本国で役立てることができるような学校を創る。

いつかふたつの世界を誰もが自由に往来できるようになった時には国際港や宿泊施設などを建設して、近界民(ネイバー)が侵攻ではなく観光で玄界(ミデン)へやって来られるようにする。

これらは彼女の「自分と手の届く範囲の人たちの幸せ」というささやかな願いから生まれた壮大な夢。

直接関係ないように思えるが、近界民(ネイバー)と戦うことがなくなれば「迅が未来視(サイドエフェクト)で辛い思いをしなくなる」とツグミは信じていて、彼女はそのために()()()()()のだ。

 

 

◆◆◆

 

 

視察を終えたツグミと唐沢は雪弥に本部基地まで送ってもらい、ツグミは報告書を書くために自分の執務室へと戻ったのだが、するとまもなく迅が訪ねて来た。

 

「ツグミ、大事な話があるんでちょっと時間をくれ」

 

部屋に入るなり迅がぶっきらぼうに言うものだから、ツグミは心当たりはないが何か不機嫌なことがあったのかと思った。

しかし実際はそうではなく仕事絡みの話であった。

 

「俺、城戸さんに命じられて今日付で本部に異動になった」

 

「………え?」

 

「だから俺は城戸さんに命じられて今日付で本部に異動になったんだ」

 

ツグミは自分の聞き間違いかと思ったが、すぐに迅が同じことをもう一度言ったので自分の聞き間違いではないということは確認された。

 

「どうして…? それって城戸司令が決めたんですか?」

 

「正確に言うと俺が城戸さんに本部異動の希望を出して、それでOKが出たってわけ」

 

「でもどうして異動の希望なんて出したんですか? 玉狛支部にいられない理由ができたなんて言わないですよね!?」

 

「別に玉狛にいたくないとかいられなくなったってわけじゃなくて、おまえの仕事を手伝いたいって思ったら玉狛よりも本部の所属になった方がいいかなって。それで本部所属になっただけでなく総合外交政策局に配属された。つまりおまえの部下になったってこと。今日からよろしく、局長」

 

驚くツグミに向かって迅はおどけて敬礼をする。

 

「ジンさんがそばにいてくれるなら心強いですけど、そうなるとオサムくんたちはどうなるんですか?」

 

「メガネくんたちはもう俺がいなくても大丈夫だ。むしろこれからのおまえの方が大変で、俺はおまえのために何かできることがあれば手伝ってやりたいんだ。邪魔ってことはないだろ?」

 

「もちろんそんなことはないですよ。それに城戸司令が私情に走ることはありませんから、この人事がボーダーのためになると考えてのこと。実力派エリートの入局は大歓迎です」

 

ツグミはそう言うと少し顔を赤らめて続けた。

 

「これからますます近界(ネイバーフッド)へ行く回数や期間が増えるのは間違いないので寂しいなって思ってました。だからジンさんと一緒にいられる時間が増えると思うとすごく嬉しい。…本当はこんなことを考えたりしてはいけないと思うんですけど、少しだけ甘えてもいいですか?」

 

「ああ、いいよ」

 

するとツグミは迅に抱きついて彼の胸に顔をうずめながら言う。

 

「本当のことを言うとすごく不安なんです。人前では自信満々で期待して待っていてほしいなんて言っていますが、実のところ何をどうしたらいいのかわからなくて怖くなる時もあるんです」

 

「ああ、誰だってそうさ」

 

迅はツグミの頭を優しく撫でながら言うと、ツグミは迅の背中に回した腕に力を入れた。

 

「こんな弱音を吐けるのはジンさんだけ。大好きなあなたにだからこんな情けない姿を見せられるんです。こうしてあなたの温もりを感じていると安心します」

 

「俺なんかに相談したところでおまえの役に立つ答えなんて出せないだろうけど、話を聞いてやることはできる。こんなことでいいならいつでもやってやるよ」

 

そう言って迅はツグミの腰に手を回して抱き寄せた。

 

「ジンさんに抱きしめられると自分があなたの腕の中に収まってしまうほどちっぽけな女の子だって自覚します。そしてそんな小さなわたしが近界(ネイバーフッド)玄界(ミデン)というふたつの世界を変革する道の先頭を歩んでいるんです。道なき荒野をわたしが切り拓いて歩き、その後ろに大勢の人たちが続いている。もしわたしの判断が間違ってしまえば、大勢の人間の人生を狂わせてしまうかもしれない。わたしは他人がどうなろうとかまいませんが、わたしのすぐ後ろにはジンさんや真史叔父さん、城戸さんや玉狛のみんながいて、その人たちを巻き込んで不幸にしてしまったらと思うと死ぬほど怖くなってしまうんです」

 

「……」

 

「でも一度やると決めたからには必ずやり遂げますし、みんなの期待を裏切るようなことはしないと覚悟を決めて行動しています。…ただ、時々こうしてわたしを安心させてください。わたしにはいつでもあなたがいてくれるって…」

 

「ああ、いつでもそばにいてやるよ。だから安心しろ」

 

「はい。…なんだか勇気とやる気が湧いてきました。やっぱりジンさんはわたしにとって王子様です」

 

「当然さ。おまえが正真正銘のお姫様なんだから、俺が王子でなきゃバランスが取れないだろ」

 

「フフッ、そうですね。それにわたしたちは比翼の鳥ですもの、一緒にいなければ飛ぶことすらできなくて死んでしまいます。いつまでも一緒に。そして幸せになりましょう」

 

「ああ」

 

ツグミはこれまでにたくさんの経験をしてそれをすべて自身の糧としてきた。

それを彼女は自分の武器(トリガー)だと言うが、その中でも幼い頃からずっと紡いできた迅との絆こそが最強の武器(トリガー)であろう。

男女間の性愛だけでなく、信頼や敬愛といったものがツグミの精神面での強化に大きく影響しており、こうして迅に触れることで自分の価値を確認するだけでなく力をチャージしているのだ。

城戸もツグミと迅の関係を承知していてふたりに絶大の信頼を抱いているからこそ迅の申し出を承諾したのであり、ふたりのことを良く知る者であれば誰でも当然の配慮だと思うはずだ。

 

迅はツグミを抱きしめながら思った。

 

(最近の俺は未来が視えなくなってきている。以前は不確定なものを含めていくつもの未来が視えていたが、今ではほとんど何も視えない。それは俺の未来視(サイドエフェクト)の能力が衰えてきたのかもしれないし、確定した未来しか視えないという()が変化してきたのかもしれない。…でもきっとこれはツグミ(こいつ)のおかげなんじゃないかって思えてきた。城戸さんはこいつが必死になって戦っているのは俺が人が死んだり傷つく未来を視て辛い思いをしなくて済むようにしたいからだと教えてくれた。なんていじらしいんだろう…。だけど俺にはこいつのそばにいて愛してやることくらいしかできない。そう思って自分の不甲斐なさを恥じたが、それだけでこいつには十分なんだな。だったら俺はいつでもそばにいて何度でも抱きしめてやる。…それに俺自身もこうしていると満たされる気がするもんな。大好きだよ、ツグミ…)

 

愛し合う恋人同士が密室でふたりきりになって抱き合っているのだから()()()に進んでしまいそうなものだが、迅はともかくツグミが「節度をわきまえた交際」を忍田に約束しているのでハグだけで終わったのだった。

 

 

 

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