ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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477話

 

 

翌日の午前中に交渉会議が開かれた。

参加者はボーダー側から城戸とツグミ、ヒエムス側はセルジョと計3人で、場所はセルジョの執務室である。

隣にある控え室ではテオと菊地原が待機しており、会議の内容はすべて菊地原の耳を経由してテオにも伝えられるようになっていた。

これは公式な会議ではあるが、本会議の前哨戦ともいうべきもので、ヒエムス側がボーダーの要求 ── ヒエムスにいる三門市民()()の状況把握と報告 ── を果たすことから始まる。

そしてボーダー側がその結果に納得したのであれば、次はヒエムス側がボーダーに要求を提示するという流れだ。

そうやって一手ずつ進めていき、双方が納得できる「win-win」な結果を出すことが最終目的である。

 

 

「それでは依頼をしてありました三門市民の現在の状況について報告をお願いします」

 

ツグミがそう言うと、セルジョが書類を見ながら説明を始めた。

 

「我がヒエムスは隊商国家エクトスから三門市民65人を購入しました。内訳はトリガー使いとして男性36人と女性1人、花嫁として女性28人です。その名簿はここにあります。そしてこの名簿を頼りに彼らの現在の所在地を調べましたところ、軍に所属しているトリガー使いの男性36人は全員確認されています。健康状態も上々で、全員が帰国を希望しております。トリガー使いの女性のハルカワ・アオバは…恥ずかしながら我が軍隊内にいた不埒者によって他国の人間に売られてしまったようで、居場所は判明していません。ですが、そちらでは彼女の居場所に心当たりがあるのではないでしょうか?」

 

「はい。春川青葉は5ヶ月ほど前にとある国の協力者によって無事に帰国しております」

 

「…それは幸いです。続いて花嫁として市民に払い下げをした女性28人につきましては全国各地に散らばっているために搜索に時間がかかりましたが、こちらもただひとりを除いて把握できています。該当者はミト・スズカで、彼女は夫と娘との3人暮らしでしたがこの3人は数ヶ月前から行方がわからなくなっています。国外に出る手段はありませんので国内のどこかに潜んでいるか、もしくは他国の人間に拉致されたものと考えられます。そしてこちらの女性たちはヒエムス人の家族がおりますので、帰国したいと思いながらも家族とは離れたくはないという声が半数以上です」

 

「良く調べてくださいました。どうもありがとうございます。ですがヒエムスは出入国管理が厳しく、無闇に他国の人間が入国するのは難しいのではありませんか? 水戸涼花とその家族が行方不明とのことですが、他国の人間に拉致されたというのは少々疑わしい」

 

「ですがこちらは嘘などついてはおりません! それに捜索については続行中ですから、国内にいればいずれ発見できるでしょう」

 

セルジョは自分に落ち度がないと必死になって訴えている。

実際にはヒエムスに潜入したボーダーの調査隊が涼花たちを発見して連れ帰っているのだから、セルジョの言い分もある意味嘘ではない。

 

「それではこれで貴国がエクトスから購入した三門市民の状況はほぼ把握していて、帰国を希望している人間はいつでもお返し願えるということでよろしいですか? もちろんそちらにはそれ相応の代価はお支払いいたします」

 

ツグミは涼花のことについて何も知らぬフリをしながら話を続ける。

 

「はい、もちろんです。こちらも高い金を払って購入したのですからタダでお返しすることはできません。私個人としては人道的にも無償でお返しすべきだと思っているのですが、国王陛下のお考えはそうではないようなのです。ですから玄界(ミデン)の技術や知識などとの交換という形でお話を進めたいと考えております」

 

「そうですね。特にトリガー使いが36人も…っと、そういえばレプトとの戦争で捕虜にしたトリガー使いについての回答はまだでしたね。先にそちらの報告を聞かせてください」

 

わざと捕虜になったトリガー使いの存在を忘れたフリをしてセルジョを安心させ、急に話題を振ることで彼に()をかけるツグミ。

捕虜の数など軍内部でも下っ端の兵士は知るはずのないことなので、いくらでも嘘をつくことができる。

ここでセルジョが正直に言うか嘘をつくかでツグミの態度は大きく変わるのだが、彼女はセルジョの性格から「嘘をつく」と踏んでいる。

案の定、セルジョはツグミに対して平然と嘘をついた。

 

「レプトの捕虜に関しましては二国間の取り決めでトリガー使いは人数に関係なく全員を帰国させるということになりましたので、レプトで捕虜になったトリガー使いは全員帰国しましたし、こちらで拘束していたレプトのトリガー使いも全員引き渡しました。したがって仮にレプトのトリガー使いの中に玄界(ミデン)の人間が混ざっていたとしてもこちらではもう手出しはできません」

 

この言葉を聞いたツグミは心の中で「よっしゃぁ!」と叫んでガッツポーズをしていた。

これによってセルジョをこの交渉の場から()()するのが彼女の作戦なのである。

 

「宰相閣下、レプトとの捕虜交換を行ったのは戦争が終結した直後ですか?」

 

「あ、はい。しかしそれを聞いてどうするのですか? あなた方には関係のないことではありませんか? それにレプトが玄界(ミデン)の人間を買ったかどうかすら我が国ではわかりませんよ」

 

「それはそうですね。いずれレプトへも訪問してこちらと同様に交渉する予定です」

 

このツグミの言葉は「エクトスに拉致された三門市民がレプトにもいる確証を得ている」ことを匂わせており、セルジョの顔色が変わったことをツグミだけでなく城戸も気付いた。

 

「なにしろボーダーではとある人物から信頼性の非常に高い資料を得ており、それを見ますと貴国の他にあと8ヶ国の国名が載っていて、それぞれの国に売却した三門市民の氏名や年齢・性別など一覧になっていました。そこで一番人数の多い貴国へお伺いしたのですから」

 

「……」

 

「ちなみに先ほどのお話ですと捕虜交換でレプトに戻った鳩原智史というトリガー使いですが、彼は玄界(ミデン)へ戻って来ています。ところが彼の証言ですと戦争中にヒエムス軍の捕虜となって連行され、しばらくの間はトリオン抽出のために拘束されていて、無理が祟ったのかトリオン抽出ができなくなってしまったとたんにどこかの農場主に払い下げされたということです」

 

「そんなはずは…!」

 

「そしてそこで奴隷のようにこき使われ、我慢ができなくなった彼は農園から逃走。運良くヒエムス滞在中の某国の交易商人に拾われ、メノエイデスという国まで連れて行ってもらったそうです。メノエイデスとボーダーは以前から親密な仲で、わざわざ彼を玄界(ミデン)まで連れて来てくださいました。…そうなると先ほどの宰相閣下のお話と矛盾する点が生じますね。彼はレプトに売られたトリガー使いで、ヒエムスの捕虜になったとしてもレプトへ帰っていたはず。それなのにどうしてこの国の農園で働かされていたのでしょうね?」

 

「……」

 

セルジョの顔は真っ青で唇が震えていて何も言えなくなっていた。

 

「こちらは宰相閣下のことを信用していたのですが、こうして重要なことで嘘をつかれてしまうと非常に困るんです! 人の命に関わることで、こちらは一刻も早く解決したいと思ってわざわざ最高司令官の城戸が足を運んだというのに…」

 

ツグミは少々大げさに怒ったフリをし、続いて困ったという表情で城戸の顔を見て言う。

すると今度は城戸がただでさえ他人を寄せ付けない厳しい顔を歪め、威圧的なオーラを出しまくりながらセルジョを一瞥した。

それはまるで「こいつではダメだ」と言わんばかりの態度で、小刻みに指でテーブルをトントンと叩きながら口を開いた。

 

「貴殿のボーダーに対する誠意がそれとはね…。ツグミからは事務的な話は貴殿と進めると聞かされていたが、私は貴殿を信用できない。そもそも国王陛下が一度も顔を出さないというのはどういうことかね? いくら体調が悪いといっても昨夜の晩餐会だけでなく、ヒエムス側は今もこうして貴殿しかいない会議だ。いくら事務的なものだとしてもこちらは私が立ち会っているのだ、ほんの少しだけでも顔を出して挨拶するのが当たり前ではないか? それとも玄界(ミデン)とボーダーを取るに足らないと軽んじているのかね?」

 

「いえ、そんなことは決して…。陛下のお身体を第一にと考えたため、今朝の段階でまだ起き上がることができない様子でしたので、ここは私ひとりで…ということにいたしました。ですがご安心ください。私は陛下から国璽をお預かりしていますので。これがその証拠です」

 

そう言ってセルジョはヒエムスの国章を刻んだ4センチ四方の大きさの印鑑を城戸に見せた。

 

「それに私は軍と政庁の事務官が作成した資料を元にしてご説明をしているのであり、その内容に矛盾等があってもそれは私の責任ではありません」

 

セルジョが言い訳をすれはするほど真実を知っているツグミと城戸には彼の様子が滑稽に見えてきた。

小心者で小悪党という印象は間違ってはおらず、あとひと押しすれば自滅することは明らかであった。

 

「ではすべての責任は国王陛下にあって、自身には何の非もないと言うのか。ならばこれ以上貴殿を責めたところで何の意味もなさそうだな」

 

城戸が諦めたかのように言うと、セルジョは安心したのかとうとう馬脚を現してしまう。

 

「そのとおりです! 私は国王陛下から命じられたことを真摯に遂行しているだけなんです! だから何も悪くはありません!」

 

「ならば交渉はここで決裂だな」

 

「え?」

 

城戸の言葉にセルジョは硬直した。

 

「貴殿にはその気がなくとも国王陛下…つまりヒエムスという国が玄界(ミデン)とボーダーを蔑ろにしているとなれば、こちらも相応の覚悟がある。ボーダーにはトリオン兵はなくとも優秀な兵士は大勢いる。あのアフトクラトルの大軍勢と戦って退却させたトリガー使いたちはますます力をつけており、キオンのスカルキ総統が同盟を結ぶ価値があると認めたほどの軍事力を()()()()()()()機会を得たと、歓迎すべき事態となったようだ」

 

「……」

 

「いや、トリガー使いを動員するほどのこともないか。同胞を救い出した後に数ヶ所で火を放てば済むこと。収穫したばかりの小麦はまだ脱穀もしておらず、乾燥させただけの状態なら良く燃えることだろう。この国には大規模な火災を鎮圧する手段は持っておらず、トリオン兵やトリガー使いでは火を消すことなど不可能だろうからな、さぞ見事な火祭りが見られることだろう」

 

城戸はツグミからこの計画を教えられた時、あまりにも芝居じみていて苦笑するばかりであったが、実際に自分が悪役を演じるとなるとノリノリで悪の組織の首脳(ドン)になりきっていた。

いくら最近まで近界民(ネイバー)は殲滅すべきだと公言していたとしても本気でそんなことを考えているのではなくパフォーマンスであったわけで、心の中では近界民(ネイバー)との協調を望んでいる人間である。

ヒエムス国民の命を奪うような無差別殺害行為を考えるはずもないのだが、ツグミの描いたシナリオに従うとその冷徹な容貌と相まって恐ろしい人間に見えてくるのだ。

その甲斐もあって、セルジョはツグミの罠に完全に落ちた。

 

「それなら国王陛下にお出ましいただいて、本人の口から説明いただきませんと引き下がれませんな。お身体の具合が多少悪かろうとも、なぜ宰相閣下にこのようなことをさせたのかくらいの説明はできるでしょう。さあ、国王陛下をここにお呼び下さい。それができなければ私が参ります!」

 

城戸がセルジョの顔をキッと睨みつけると、崩れるように床に座り込んでしまった。

 

 

 

 

「キド司令、お待ちください」

 

執務室のドアが突然開くと、そこには正装のフランコが立っていた。

 

()()()が大変なご無礼をいたしましたこと、私が代わってお詫び申し上げます」

 

部屋の中へ入って来たフランコは城戸の前に跪いて頭を下げる。

すると城戸も同様に身体を屈め、フランコと同じ高さの目線で言う。

 

「国王陛下がこのようなことをなさってはいけません。それにお身体の具合が悪いとお聞きしていましたがこのように動いて大丈夫なのでしょうか?」

 

「私は身体の具合が悪いことなどいうことはありませんよ。たぶん彼が自分の都合の良いように適当なことを言っていたのでしょうね。なにしろ私と彼は反りが合わずいつも意見が対立していますから、きっとこの交渉においても私のことが邪魔だったということです」

 

「それならこれからは陛下とお話をすればよろしいのですね?」

 

「はい。私もキド司令とツグミ嬢と共にヒエムス・玄界(ミデン)双方にとって実りあるものとしたいと考えております。こうした交渉事はどちらか一方が得をしてもう片方が損をするというのではダメです。この先長く友好的な関係を続けるのであればなおさらで、彼のように自分さえ良ければいいという考えの人間では相手によって態度を変えますので信用できません」

 

フランコはそう言ってセルジョに軽蔑の視線を送った。

さらにテーブルの上に置いたままになっていた国璽が正当な所有者の手に戻ったところで城戸に言う。

 

「気分を変えるために場所も変えましょう。私の私室まで御足労いただけますか?」

 

「はい、国王陛下のお部屋とはこの上ない光栄なことです。ぜひお願いいたします。…ツグミ、おまえも来なさい」

 

「はい、わかりました」

 

 

ツグミと城戸とフランコが部屋を出て行こうとすると、屈辱を受けた怒りによって身体をブルブル震わせながらセルジョが悔しそうに叫んだ。

 

「そんなことが許されると思っているんですか!? 巫女様…ラーラ様がお許しになるはずがありません!」

 

するとフランコが彼を上から見下ろして言う。

 

「宰相ごときが巫女の名を口にするとは不敬であるぞ。もっとも貴様はあの女の閨で夜な夜なその名を叫んでいるのだろうが。貴様らが乳繰り合ったところで私には何の不都合もなく勝手にすれば良いと考えているが、玄界(ミデン)のお客人の前での狼藉は許しがたい。ヒエムス国王フランコが命じる。次の指示があるまで自室にて謹慎していろ」

 

「くっ…」

 

対外的には国王と宰相では国王の方が上であるから、セルジョはフランコに逆らうことはできない。

唇を噛み締めながら俯くだけのセルジョを残し、ツグミたちは執務室を出て行った。

 

 

◆◆◆

 

 

ツグミと城戸とフランコの3人は上機嫌である。

彼女の描いたシナリオ通りにセルジョが墓穴を掘ってくれたおかげで、ようやくフランコとの()()()会談が叶ったのだ。

それがあまりにも上手く行き過ぎて騙されているのではないかというほどで、フランコの私室に入ったとたんに3人は声を上げて笑ってしまったくらいだ。

ツグミはともかく城戸が声を上げて笑ったのだから、よほど愉快な展開だったのだろう。

 

「陛下から宰相閣下の性格や思考についてうかがっておりましたから作戦を成功させることができたのです。どうもありがとうございました」

 

ツグミがフランコに礼を言う。

 

「いやいや、きみの芝居もなかなか堂に入ったものだったぞ。キド司令の迫力もあの青二才には効果があったらしい。おふたりには心から感謝いたします。これでようやく国王としての役目を果たすことができます。さあ、おかけください」

 

国王の私室というには質素で薄暗い部屋だが、むしろ落ち着くというか部屋の主の本当の姿が垣間見える静謐な空間であった。

 

ツグミと城戸が長椅子に並んで腰掛け、テーブルを挟んでその向かい側にフランコが座る。

するとそのタイミングでエヴァルドがお茶を運んで来た。

彼はツグミたちに微笑みながら一礼するとすぐに別室に引き下がる。

先ほどの「茶番劇」では彼もまた重要な役割を演じていた。

ツグミたちがセルジョと話をしている様子をテオと菊地原が隣の部屋で伺っていたのだが、そこに彼も一緒にいたのだ。

そして最良のタイミングでフランコを呼びに行って執務室の前で待機してもらっていた。

その際に政庁の職員 ── ほぼ全員がセルジョの味方だ ── に見付からないように上手く振舞うことができたのは彼の功績といえる。

敵地に乗り込んで敵側の人間を味方にしたり、情報操作でかく乱したりとゼノンたちから学んだ諜報活動におけるスキルはこうして役立っているのであった。

 

「前回ツグミ嬢がいらっしゃった時にお約束をした件ですが、いかがだったでしょうか?」

 

フランコに訊かれると、ツグミは自信満々の表情で答える。

 

「はい、ご希望の品は艇に積んでございます。そちらで運んでいただけるとありがたいのですが、手立てがないのであればこちらで何とかいたします」

 

「それはありがたい。では明日の朝にでも()()()()()として軍の輸送部隊をあなた方の艇へ受け取りに行かせましょう」

 

「希望の品」とはフランコがツグミに頼んだ医薬品と栄養補助食品のことである。

ヒエムスでは庶民階級だと病気にかかったり怪我をしても治療を受けられないという現状があり、その原因は医師の数が圧倒的に少ないことと、その医師の医薬知識や治療のレベルが玄界(ミデン)と比べて200年も300年も遅れているために現代医療を導入すれば助かる命もここでは助からないのだ。

すぐに医師の数を増やすことは難しいが玄界(ミデン)の医薬品を適切に使用すれば大勢の命が救われることは明らかで、不足している栄養分を補うために栄養補助食品と合わせて国民に広く配りたいとのフランコの希望であった。

さらに乳児用の粉ミルクと子供にはカルシウムやビタミンなどの栄養素を配合したクッキー等の菓子も運んで来た。

ただしこちらは数が限られていて全国に配布することは難しく、人口の多い街を優先することになるだろう。

これがすべてというわけではなく、とりあえずヒエムス国王へのお土産としてで、これから先は三門市民の返還の代価として様々なものを譲渡することになる。

 

「貴国の市民の現在の状況につきましてはセルジョが説明したように我が国で購入した65人のうち63人は居場所が確認されており、健康状態も良好です。そしてレプトのトリガー使いとして我が国の捕虜となった3人は資料によるとシノヤマ・イクタロウとタサキ・カケル、そしてハトハラ・サトシです」

 

ツグミは持参していた資料を開き、レプトに売られた市民の名簿を確認するとその中に「篠山郁太郎」「田崎翔」の名前があった。

彼らの名前は智史の証言にはなかったが、それは別の部隊で戦っていたことと、捕虜になったタイミングが違うことで出会うことがなかったからであろう。

しかしエクトスの名簿にある名前とヒエムスの情報が一致したことで、現在ヒエムス国内には65人の拉致被害者市民がいることは確認された。

 

 

「私個人としてはすぐにでも全員を帰国させたいと思うのですが、いくら私が王であってもできないことはありますし、何よりも国益を損ねることはできません。ですから65人の人命と同等の価値のある物品もしくは知識・技術などをヒエムスにお譲りください」

 

「それに関しましてはこちらでご用意できるものの一覧表を作ってまいりましたので、これをご覧下さいませ」

 

ツグミがフランコに渡した書類には農作物の種苗や作業に使う機材や道具類、ポータブル太陽光発電システム、ヒエムスでは手に入れるのに苦労する塩や砂糖などの調味料など現時点で「譲渡することに何ら問題はないもの」が載っている。

65人の三門市民は一度に返してもらうが、その代価としては2回に分けて支払うことで()()()()()()()()()()()()()約束していた。

1回目は短期的なものですぐに必要としているもの、2回目は長期にわたって支援するものと分けているのだ。

電気や水道などの生活インフラ、本格的な自然エネルギー発電施設の建設などは単純に現物を引き渡せば良いというものではなく、玄界(ミデン)の技術者を派遣して建設をしたりヒエムスの人間に使い方を指導しなければならない。

そうなると2回目の()()()が可能となるのはもうしばらく先になるのは明らかであるから、ボーダー側が必ず約束を守るという「保証」がなければヒエムス側は納得しない。

そこでツグミはフランコと個人的な信頼関係を結び、国王という最高権力者の力で臣下たちを納得させる道を選んだ。

いくらセルジョが巫女の愛人であって実質的なトップであっても対外的には宰相でしかないので、ボーダーが交渉するのは国王フランコなのは当然である。

それにセルジョたち政庁の幹部たちが私利私欲を貪っていると聞けば、ツグミはそんな連中と手を握ろうなどという選択肢は絶対にありえない。

城戸はそういう彼女の正義感が嫌いではないし、フランコもヒエムス国民のためを思うと彼女の手を借りたいと思うため、お互いの利害関係は一致することとなった。

 

しかし対外的には国王のフランコが最高権力者だが、実質的には巫女であり女王ともいえるのラーラがヒエムスのすべてを握っていると言える。

今頃セルジョは神殿に駆け込んで彼女に泣きついていることだろう。

フランコが国王なのはラーラの夫であるからだが、ふたりの間に夫婦生活はない。

万が一の時に人身御供とするための人員として適当な男性を婿にしているだけなので愛し合う必要はないし、むしろ愛し合うことになれば不幸なことにもなるので当然であろう。

だから巫女は何人もの愛人を持ち、その中でも次の巫女となる娘リータの父親であるセルジョが宰相として権力を振りかざしているのだ。

したがってセルジョがフランコとボーダーに()()()()()となればタダでは済まない。

ラーラの怒りの矛先となることもツグミには想定内で、その場合のシナリオもできているから心配はしていないのだが、フランコはそうもいかないらしい。

 

「ご心配には及びません。この先のシナリオにつきましてはただ今からご説明いたします」

 

ツグミはそう言って微笑んだ。

 

 

 

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