ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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478話

 

 

ツグミたちに面目を潰されたセルジョはさっそくラーラのいる神殿に駆けつけて、文字通り彼女に泣きついた。

玉座のような椅子に腰掛けているラーラの足元に跪き、彼女の腰に腕を回して抱きついている姿は喧嘩をして負けて帰って来た子供のように見える。

なにしろセルジョは37歳だが16歳の時に政庁で働くようになり、18歳でラーラの目に付いたことで彼女の寵愛を受けるようになったという過去がある。

彼女に気に入られたことで政庁内での立場が上がり、セルジョは彼女に女児を産ませることができたために23歳にして宰相に大抜擢された。

幼い頃に母親を亡くしたセルジョにとってラーラは母親を思い出させる女性であり、自分の欲望 ── 権力欲や性欲 ── を満たしてくれる絶対的な存在なのである。

 

事情を聞いたラーラはセルジョの頭を優しく撫でながら言った。

 

「よしよし、ひどい目に遭ったようね? でももう大丈夫、心配はいらないわよ。あなたがやったことはともかく、相手の方が少しだけあなたよりも頭が良かっただけ。()()()は妾がやってあげますからね」

 

「ありがとうございます、ラーラ様」

 

心から感謝の気持ちを込めて礼を言うセルジョだが、彼はラーラの表情の下に潜む本当の顔に気付いていなかった。

 

「あなたはリータ、次の巫女となる娘の実の父親。だから宰相にもしてあげたし、これまであなたが好き勝手なことをしていたことも全部許してあげていたわ。…でもあなたはちょっと図に乗ってしまったわね。妾が何も知らないとでも思っているの?」

 

「え?」

 

セルジョが顔を上げると、そこには彼が今までに見たことのなかったラーラの顔があった。

 

「あなたは妾に内緒で私腹を肥やし、その金で何をしていたのかも妾は全部知っているのよ」

 

「……」

 

「昔、まだあなたが少年で妾のお手つきではなかった頃、財務大臣が軍幹部と手を組んで密輸をしていたことをあなたが発見して妾に報告をしてくれたわね。当時のあなたは若くて愛らしくて…妾にとって癒しとなる少年だったから、妾はとても気に入っていたの。妾を悦ばせる身体と技術も持っていて、あの頃はあなた以外の男と同衾する気すら起きなかった。ああ、懐かしいわね」

 

「……」

 

「でもあなたは歳を取ってしまったわ。今でも少年の頃の面影は残っているけど、あの頃の純粋さは失われてしまった。妾はまだ穢れていない少年と愛し合うことが好きなのよ、今も昔も」

 

ラーラはそう言うと手元にあった呼び鈴を鳴らす。

すると14-5歳くらいの黒髪で色の白い少年が近付いて来て、彼女の横に立った。

 

「この子の名前はトビア。幼年学校でとても優秀な子だと聞いたから卒業前だったけど妾が呼び寄せたのよ。とても可愛らしい子でしょ? あなたも昔はこうだったわよね」

 

ラーラがトビアの方を向くと、トビアは天使のような笑みを見せながら彼女の血のような色の唇に自分のそれを重ねた。

その姿は母親が息子にキスを求め、息子がそれに応えているかのような異様な光景に見えるのだが、さらにその行為は続いた。

唖然としているセルジョにわざと見せつけるように、ふたりは音を立てて激しいキスをしたのだ。

この様子ではすでにトビアはラーラのお手つきとなり、夜伽のために毎晩彼女の寝所に呼ばれていることは明らかだ。

かつてセルジョが同じように彼女の寵愛を受けて現在の地位を得たのだが、その時には自分の彼女への愛は純粋で美しいものだと信じていた。

しかしセルジョの目にはふたりの様子が今を盛りと咲き誇る毒々しい花とそれに群がる虫のように映っていた。

その光景に耐えられなくなったセルジョはフラフラと立ち上がり、逃げるように神殿を出て行ったのだった。

 

「トビア、あなたはあんな無様な男にはならないでいてね」

 

ラーラがトビアを抱きしめながら言う。

 

「はい、ラーラ様。…それで、お願いがあるんですけど言ってもいいですか?」

 

「なあに? あなたがオネダリするなんて珍しいわね」

 

「…だってラーラ様とキスをしたら勃っちゃったんです」

 

顔を真っ赤にして言うトビアの下半身に手を伸ばすと、服越しではあるがそこが興奮して硬直していることがラーラにもわかった。

 

「まあ、大変。このままじゃあなたも困るわね。いいわ、妾が元に戻してあげましょう。こちらにいらっしゃい」

 

ラーラは寝室とは別に設けてある休憩室へとトビアを連れて行き、ふたりで部屋の中に入ると内側から鍵をかけた。

そしてすぐに衣擦れと音に続いてベッドの軋む音と男女の嬌声が部屋の中から僅かに漏れ聞こえてきたのだった。

 

 

◆◆◆

 

 

ツグミと城戸とフランコの会談はお互いにとって非常に有意義な時間となった。

すでにボーダーとフランコが接触したことはラーラの耳に届いており、それがセルジョによる自滅的行為によるものだということはあっという間に政庁内に広まってしまったから今さら隠し立てすることもなく、ゆっくりとお茶を楽しみながら夕方まで過ごした。

フランコはヒエムスの置かれた現状や彼の理想とする国造りを、城戸はボーダーの歩みや若者たちを戦場に送り出さなければならないという葛藤、そしてツグミは父親の目指した「夢」を自分の夢として叶えようとして近界(ネイバーフッド)の国々に協力を求めているのだと熱く語った。

そして住む世界や年齢・立場は違っても戦いのない穏やかで健やかに暮らせる日常こそがかけがえのない宝物であり、同じ気持ちの人間が手を取り合って理想の未来を創ることが今の自分の「夢」だとも言う。

フランコはそんな彼女の真摯な姿に惹かれ、共に()()ことを決心した。

しかし彼だけでは力不足で、ヒエムスという国を味方にするにはラーラをも引き入れなければならない。

ただし彼女は血族の人間としか口を利いてはいけないという()()()()の中にいるので、直接会話をすることは不可能に近い。

 

エウクラートンの女王とヒエムスの巫女は肩書きの名称こそ違うが本質はほぼ同じものである。

(マザー)トリガーを操作する特殊な能力は遺伝によって女性に引き継がれるものらしく、どちらの国でも王家の女性がその役目を担う。

しかし特別な存在であって崇め奉られる立場なので普通の人間のような自由はなく、神殿の奥深くでひっそりと暮らしているという点も同じだが、ラーラの性に自由奔放な女性で気に入った男性を侍らせている「逆ハーレム」もしくは「男女逆転の大奥」の主人公といったところだけは大きく違っていた。

エウクラートンの次期女王候補であるツグミにとっては他人事ではなく、立場上外部から隔離された環境に暮らさなければならないストレスを抱える女性の気持ちが理解できないことはない。

ラーラが多くの男性と関係を持つことも単に性欲が強いからというよりも寂しさを紛らわせるためだとすれば哀れな女性だと同情もできる。

ツグミ迅の間にまだ性交渉はないものの、抱きしめられているだけで幸せで満ち足りていると感じる彼女にはなんとなくわかるのだ。

そして自分が老いていくことで男性の気持ちが離れていってしまうのを防ぐために権力を与え、さらに自らを毒々しいまでに飾り立てる。

普通の女性であれば夫や子供に囲まれて幸せな人生を送ることができる時期なのだが、彼女の巫女という立場がそれを許さない。

(マザー)トリガーを操作できる人間が他にいないのだから仕方がないとしても、ひとりの女性の人生をすべて捧げろというのは酷いとしか言いようがないとツグミは憤慨しているので、ラーラの行動について肯定はできないものの否定もしていない。

ただ不特定多数の男性と愛し合って寂しさを紛らわせるよりも、ただひとりの男性の真実の愛さえあれば身も心も満たされると考えているものだから、ラーラの逆ハー状態が彼女にとって本当に幸せなのか本人に問いたくなってきた。

 

「巫女様とお話をしなければ根本的な解決にはならないような気がしてきました。エウクラートンの女王陛下には直接お話をして慣習や意味のない規則に縛られることよりも自分自身の人生を大切にしてほしいとお願いをして、あの方はわたしの言葉に耳を傾けてくださったので今では孤独ではなくなり健康も取り戻して生きることを楽しいと思えるようになっています。巫女様が今の状態を望んでいるのなら諦めますが、そうでないのなら本人に意識改革をして本当に幸せだと感じられる生き方をしてもらいたい。わたしにとって巫女様は赤の他人ですが、わたしがヒエムスという国の将来にも多少なりとも影響を与える行動をするのですから見過ごすことはできません。何とかしてお会いすることができないでしょうか?」

 

ツグミがフランコにお願いすると、フランコは困った顔をするがしばらく考えた末に答えた。

 

「いいでしょう。ですが確約はできません。国王といってもお飾りの傀儡ですからね、私の力は彼女に及びません」

 

ツグミは長期戦になるかもしれないと考えたのだが、意外なことにラーラの方からツグミに会いたいと言い出したことで、急遽彼女だけだがラーラとの謁見が叶うことになったのだった。

 

 

◆◆◆

 

 

ツグミが案内されたのは神殿の中にあるラーラの私室である。

フランコの部屋のインテリアと比べるとゴージャスで、自由のない生活の代価として贅沢三昧をしているかのようにツグミには思えた。

奥には寝室があってそこで毎晩何が行われているのかはなんとなくわかるが、具体的にどんなことをしているのかまでは未経験の彼女には想像もつかない。

 

「よくぞ参られた、玄界(ミデン)のお客人。会うのはこれで3度目になるのかのう」

 

「はい。ですがこうしてお話をするのは初めてです。貴国では巫女様は血族としか口を利くことができないとお伺いしていましたが…」

 

「あんなものは昔の慣習で、とうの昔に廃れてしまったものじゃ。大方セルジョが妾とそなたが話をするのを邪魔しようとしたのだろう」

 

「どうして宰相閣下が邪魔をする必要があるのでしょうか?」

 

「あやつは妾を裏切って私腹を肥やしていたのじゃよ。こんな場所にいてもいろいろな情報は常に入ってくる。妾に気に入られようと媚を売る男どもが大勢いるからのう」

 

ラーラはそう言ってため息をついた。

政庁内における権力争いに勝つためには彼女に近付いてお気に入りになるのが手っ取り早く、一度でも接触できればあとは彼女と「男女の仲」になるだけ。

他者の不正行為を見付けて密告すればそいつを排除できる上に自分が成り代わることも可能なので、野心のある男たちは競って彼女の元へとやって来るのだ。

 

「セルジョは妾を裏切った。よって宰相の職を解任し、政庁から追い出すことにした。そなたたちはフランコと通じてセルジョを罠にハメたようじゃが、その点に関しては不問とす。いや、むしろ政庁の膿を出す結果となったのだから感謝せねばなるまい」

 

「まあ、それは驚きです。わたしはてっきりあなたのお気に入りの男性に恥をかかせたので、そのことでお叱りを受けるものだと覚悟しておりましたから。でも感謝されているとおっしゃるのなら、ひとつだけご褒美をいただけませんでしょうか? こんなことをお願いするのは不敬だと承知しておりますが、ボーダー(わたしたち)は一刻も早く同胞を国へ連れて帰りたいのです」

 

「そのお願いとはなんじゃ? タダで同胞を返せとでも言うのか?」

 

「いえ、そうではありません。ボーダー(わたしたち)は国王陛下の人柄や気質に触れまして、こんな言い方をするのはおこがましいかとは存じますが信頼に足る人物だと確信いたしました。したがってこの件の交渉は陛下とさせていただきたい。宰相閣下が失脚したとなれば他に方法はないかと」

 

「ふむ…たしかにそのとおりじゃ。よかろう、フランコにはエヴァルドが付いている。あやつに任せておけば心配はない」

 

「ありがとうございます。…ところで大変無礼か存じますが、巫女様のお手を見せていただけませんでしょうか?」

 

ツグミがいきなり無関係なことを言い出したので、ラーラは不思議そうな顔をする。

 

「妾の手を見せろとな? まあ、別に減るものではない。近寄って見るがよい」

 

そう言ってツグミの前に右手を伸ばした。

ツグミはその手を軽く掴み、医師が診察をするように念入りに見る。

そして確信を持ち、手を離すと訊いた。

 

「お伺いします。疲れやすく夜よく眠れないとか、すぐに息が切れて眩暈や立ちくらみをよく起こすといった傾向はございませんか?」

 

「…たしかに疲れやすいという意識はある。神殿の中を歩き回るだけでも息切れすることもしばしばじゃ。しかし何故にそのようなことを申すのじゃ?」

 

「お化粧をしていることで誤魔化してはいらっしゃいますが、明らかに顔色もお悪い。そしてこの爪です。この不自然に反り返った状態は鉄欠乏性貧血の可能性がございます」

 

「フッ、まるで医師のようなことを言うのじゃな」

 

「わたしは以前にエウクラートンへ参りました時に女王陛下との謁見が叶いました。あの方も巫女様と同じような環境にいらっしゃいます。日頃から太陽の光の当たらない神殿から一歩も外に出ないという点や、運動不足、食事の栄養バランスが非常に悪いということが原因で鉄欠乏性貧血と診断されました。現在は適切な治療を行っていて健康を回復し、普通の人と同じように神殿の外に出て光を浴びて健康的な生活を心がけているそうです」

 

「つまり妾がエウクラートンの女王と同じ症状だと言うのだな? そして治療をせよ、と」

 

「はい。わたしは医師ではありませんので治療はできませんが、生活環境を変えることで症状の回復は見込めることは知っております。鉄欠乏性貧血は女性ならではの身体の仕組みによるもので、体内にある鉄分が不足することで様々な不調につながります。疲れやすいというだけでなくイライラしたり肩こりが激しいなどの症状は鉄分不足が原因となっている場合が多いです。幸いなことに健康改善に有効なサプリメントがございますのでそれをお譲りいたしましょう。毎日の食事と日常生活を改めることによって多少なりとも症状は良くなるはずです」

 

ツグミが親身になって言うものだから、ラーラは半ば呆れ、そして嬉しいと思ってしまった。

 

「そなたは面白い娘じゃな。赤の他人の妾の身体を気遣い、自分のことのように必死になっておる」

 

「他人事ではありませんから。…ここだけのお話ですが、エウクラートンの現女王はわたしの大叔母で、わたしは次期女王候補という立場なのです」

 

「なんと!? そなたは近界民(ネイバー)の血を引いておるのか?」

 

「わたしの父は近界民(ネイバー)で母が玄界(ミデン)の人間です。ですから巫女様のお立場は他人事ではないのです。わたしはこの事実を知った時に、なぜ王族の女性として生まれたというだけで人生をすべて国と国民のために捧げなければならないのかと憤慨しました。わたしは望んで王族に生まれたのではありませんし、玄界(ミデン)で生まれ育ったわたしには父の故郷であるエウクラートンなどその存在すら知らなかった状態です。ですが知ってしまった以上は放ってはいけません」

 

「……」

 

「女王、巫女、神官…呼び方は様々ですが、人として、女性としての幸せをすべて放棄して国と国民のためにその命を捧げよと強制されていることに変わりはありません。わたしの大叔母や巫女様のように多くの女性はその運命を受け入れてきましたが、わたしは何も抗うことをせずに受け入れることはできません。そこでエウクラートンで慣習となっていた理不尽な決め事を廃止しなければ絶対に女王にはならないと宣言し、今ではその慣習も合理的ではないものに限って廃止されました。女王陛下はこうして身体だけではなく心にも健康を取り戻したのです」

 

必死に訴えるツグミの目を見つめていたラーラは自然に笑みがこぼれていた。

 

「そなたは優しい娘じゃのう。そしてそのような穢れのない目で見つめられると妾はたまらなく愛おしいと思えてくるのじゃ。こちらへ参れ」

 

ラーラに促され、ツグミはカウチソファのラーラの隣に腰掛けた。

 

「そなたは妾が大勢の男を侍らせて、お気に入りの男に政庁内での役職を与えていると聞かされていると思うが、それは…そのとおりじゃ。たぶんそなたのように純粋な娘にとっては色と欲にまみれた薄汚い女じゃと思っておるのだろう。言い訳をするつもりはないが、妾の話を聞いてはくれぬか?」

 

「はい。それで巫女様のお気持ちが楽になるのでしたらいくらでも」

 

「やはりそなたは優しい娘じゃ。ならば聞いておくれ、妾のことを。そなたには少々刺激が強いかもしれぬが」

 

そう前置きをすると、ラーラは語り始めた。

 

「妾は生まれ落ちた時から巫女になることを定められており、母と引き離されて育てられた。父は…妾は父の顔もどこの誰とも知らぬ。前の巫女であった母も妾と同じように複数の男と関係を持っていたから誰なのか母自身もわからぬのかもしれぬ。それはともかく妾は尊敬の対象となるために世の中とは隔離された状態で15年間育てられ、フランコという地方の貧乏貴族の青年と結婚させられた。結婚したといっても手すら触れたことはなく、顔を見たことも数えるほどしかない。なぜ夫となった男とそのような疎遠な関係であったと思う?」

 

「それは…ヒエムスでは王家と国民の間に何度も衝突があり、その都度国王が責任を取るという意味で処刑されてきたと教えられました。もし巫女様が夫である国王陛下と心通わせてしまうと、万が一の時に哀しい思いをすることになるからできるだけ関わりを持たずにいるのではないでしょうか? 赤の他人のままであれば罪の意識や哀しい思いはせずに済みますから」

 

「そのとおりじゃ。しかし夫からも愛されずに神殿の奥で永遠とも思える長い時間を過ごすのは寂しすぎる。巫女様と崇め奉られてもそれは愛情ではない。妾が欲しいのは愛情じゃ。誰かに愛されたいし、愛したい。その気持ちはフランコと出会ってますます募るものとなった。今思うと妾は彼に恋をしていたのじゃ。婚儀の際にちらりと見ただけじゃが、その時に彼は妾に微笑んでくれた。自分がどういう意味で妾と結婚するのかを知っていながら、それでも夫としてその時にできる精一杯のことをしてくれたのじゃな」

 

「……」

 

「妾の初めての相手は当時14歳、妾よりも3歳も年下の食事の配膳係の少年じゃった。彼は毎日食事を運ぶだけで用事が済めばすぐに帰ってしまうのだが、妾にとって唯一外の世界と繋がっている男として興味があった。ある日、妾はその少年と個人的な話をして、彼には妾と同い年の姉がいて妾に似ているので毎日この神殿に来るのが楽しみだと言ってくれたのじゃ。それが妾にとっては生まれて初めて感じた嬉しいという感情で、以来妾と彼は神殿という隔離された場所であることをいいことにふたりだけの時間を過ごすことになった。周囲に怪しまれないように短い時間でお互いの話をし、心を通わせているうちに触れ合いたいと思うようになると抱き合ったりキスをするようになった。そしてとうとう身も心も結ばれた。お互いに初めてであったから満足な行為とは言えぬが、それでも妾は満たされていた。これが人を愛することで、愛されることだと知ることができたからじゃ」

 

「……」

 

「しかしそれも長くは続かなかった。その少年は15歳になると軍の訓練学校へ入学することになったのじゃ。元々巫女の世話係となる少年は14歳までで、15歳の誕生日を迎えるとお役御免となるのが慣例であった。たぶんそれは巫女と平民が親密な仲になることを防ぐためだったのであろうな。平民…特に軍人になる男と深く関わっては辛い思いをするのは妾なのじゃから。そして新しい配膳係の少年が配属され、妾はその少年を求めて関係を結んだ。彼は妾に対して愛情など欠片もなかったが、それでもベッドの上で抱き合い、拙い技術でも妾を悦ばせようとしているいじらしい姿を見ていると愛されていると感じつことができたからじゃ。彼にとっては仕事の一環だとしても、妾にとっては十分じゃった。行為の間はずっと孤独ではないと感じられるからじゃ」

 

「……」

 

「そのうちに妾と使用人の少年との関係は知られるようになったが、妾を叱る者も諌める者もいなかったから好きにしていられた。初めのうちはひとりだけだった愛人も2人3人と増えていき、妾の愛人になれば役職を与えられるといった噂が流れたものじゃから、何かと理由をつけて男たちが神殿に現れるようになった。セルジョもその中のひとりで、セルジョとの間に子が生まれてそれが娘だったので彼に宰相の座を与えた。次の巫女となる娘の父親なのだから当然じゃ。なぜセルジョの娘だとわかったのか、という顔じゃな? それは簡単じゃ。そなたもリータに会ったことがあるから知っておるだろうが、あの子は父親そっくりじゃ。生まれた時に妾はすぐにわかった。この子はセルジョの娘なのじゃと」

 

「……」

 

「妾はこれまでに多くの男と契ってきたが、まだ穢れのない少年が特に好きじゃ。キラキラとした目で妾を見つめ、妾の胸に顔を埋めて幸せそうに眠る姿が愛おしくてたまらぬ。…じゃが彼らもまた年を経るに従って権力という魔物に取り憑かれてしまう。利用されているとわかっても、妾は逆にそれを利用している。妾は誰かに愛されたい。だからまだ権力争いなどに無縁の少年を呼び寄せて有り余る愛情を与えてやるのじゃ。彼らは妾の愛情を求め、妾もその気持ちに応えることで愛されていると実感できる。それを繰り返していないと妾は寂しくて死んでしまいそうになるのじゃ。たぶんそなたには理解できないじゃろうな、この気持ちは」

 

「ええ、わたしには理解できない感情ですね。わたしには将来を約束した男性がいます。彼とはお互いに愛し合っていて、その愛情は永遠に変わらないという自信もあります。ですからわたしは大勢の男性と関係を持って束の間の安らぎと快楽を得たいという巫女様の気持ちは理解できません。まあ、快楽を得るための性行為の魅力は経験のないわたしには想像できないという理由もありますが。誰かに愛されたいという気持ちは誰にでもあります。でも性行為をしなければ確認できないものは本当の愛といえません。わたしは恋人とキスしかしたことがありませんが、キスだけで十分彼の気持ちが揺るぎないものだという確証を得られます。そして真実の愛に必要なのは信頼だとわたしは考えています」

 

「信頼とな?」

 

「はい。相手が自分を裏切るかもしれない、自分に飽きて離れていってしまうかもしれない。そうして傷つきたくないから相手を自分の手元に置くために相手が最も欲しいと思っているものを与えて縛りつける。彼らが欲している政庁内での地位や役職を与えれば、せっかく掴んだ権力を失いたくはないと考えて自分の言いなりになる。寂しいあなたは()()()()の愛情と知りながらも求めずにはいられず、裏切ったとわかると非情にも切り捨ててしまう。宰相閣下もあなたを裏切ったことですべてを取り上げられて政庁から追い出されるのではないかとわたしは想像しています。なにしろあなたの愛情を利用して権力を得て、宰相という立場を利用して私腹を肥やしていたのですから」

 

「……」

 

「あなたはこれまでに多くの男性を愛してきたとおっしゃいましたが、それはすべて初恋の男性…フランコ王への届かぬ思いを成就させるための身代わりでしかなかった。あなたの愛人となった男性はあなたのことを本心から愛していたわけではありませんが、あなたこそ彼らを本心から愛していたとは言えないのでは? 打算的で満たされない心の隙間を埋めるために性交渉による刹那の快楽を求めていただけ。違いますか?」

 

ツグミの鋭い指摘はラーラの胸を貫いたらしく彼女の美しい顔を歪ませたが、それも一瞬だけですぐに穏やかな表情にまった。

 

「そなたは真っ直ぐな目で妾の一番聞きたくはないことを言うのじゃな。そなたは誰も恐れてやろうとしないことができる勇気の持ち主じゃ」

 

「違います。理不尽なことに対して諦めることをせず、納得できるまで抗うだけの人間です。お話を聞いていてあまりにも単純なことに気付かず、ずっと苦しんできた巫女様のことが哀れで、同時に我慢できなくなりました」

 

「……」

 

「巫女様がフランコ陛下のことが好きで今でもその気持ちがあるのなら、正直にその気持ちを打ち明けたらいかがでしょうか? 今からでもまだ遅くはありません。陛下のお気持ちはわかりませんが、少なくともあなたのことを嫌ってはいません。もしかしたら陛下も自分が最悪の最期を迎えるかもしれないと考えてこの世に未練を残さぬようにあなたへの愛情を誤魔化しているのかもしれませんよ。陛下はこれまで誰ひとりとして女性をそばに置かず、心を許せるのは執事のエヴァルドさんとマリという使用人の少女のふたりだけで、敵ばかりの王宮でずっとひとりで耐えているのです。一度ふたりだけでお会いしてお互いに気持ちを吐き出してみたらいかがでしょう?」

 

「しかし…」

 

「そもそも王家と国民の間に何度も衝突があり、その都度国王が責任を取るという意味で処刑されてきたという愚かな慣習が諸悪の根源なのです。そんなことさえしなければ巫女様とその夫となる男性は愛し合うことを許され、()()()幸せになれるのではありませんか? 万が一の時に哀しみたくはないから愛し合わないって、わたしから見ればものすごく愚かしい。人の命を犠牲にして物事を解決するという短絡的な考えは近界民(ネイバー)らしいと言えばらしいのですが、少しは根本的な解決法を模索してみましょう。たとえ答えがでなかったとしても考えることに無駄はありませんよ」

 

ツグミの表情は「大丈夫、恐れることはありません。重要なのは一歩前に踏み出す勇気を持つことで、わたしが一緒にいます」という相手を鼓舞するものであった。

 

 

 

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