ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
ヒエムス訪問は予定外のことがあったものの大きな収穫 ── 篠山と田崎というふたりの拉致被害者を保護しての帰還となった。
田崎は17歳で篠山は19歳、どちらもエクトスへ連れて行かれた後、半年ほどトリガー使いとしての訓練を受けてから
レプトまでの旅では一緒であったが、軍に引き渡された後は一度も顔を合わせることはなく、脱走してボーダーの艇にたどり着いた時に久しぶりに再会したという。
レプトはヒエムスに攻め込まれて劣勢となり、その激しい戦いの中で篠山と田崎はヒエムスの捕虜となり、捕虜交換でもレプトは自国民の捕虜を優先的に返還するよう申し出たため、
ヒエムスではトリガー使いとしてよりも繁忙期の農家の手伝いをさせられることが多く、逃げようと思えば逃げ出せたようだが精神的に限界だったらしく、ただひたすら牛や馬のように働いて、食べて、寝るということの繰り返しだったと言う。
そこにセルジョの部下がふたりの前に現れて
上手く逃げて艇までたどり着くことができれば
彼らは迷うことなく脱走する道を選び、無事ボーダーに保護されたのだった。
そしてこれは偶然のことだが田崎はツグミの小学校時代の同級生であった。
当時からボーダー活動に熱心だったツグミは事情を知らない同級生からイジメの対象となっていた。
田崎もまたそのイジメに加わっていたメンバーのひとりで、ツグミとは第一次
しかし本人確認と事情聴取をしている時にツグミの方が先に気付き、霧科ツグミを名乗ると田崎もようやく昔自分がいじめていた少女であったことに気が付いた。
彼はトリガー使いとしての訓練を受け、戦いたくもないのに敵が攻めて来るからといって無理やり最前線に放り出され、いつまで続くかわからない戦争の中で心身ともに衰弱していく。
そんな経験をしたからこそツグミの気持ちが理解できたらしく、素直に謝罪して彼女もその謝罪を受け入れて和解をした。
資料によると第一次
田崎は祖父と両親と兄との5人暮らしで、祖父と両親が死亡し、兄は行方不明者リストに載っている。
つまりこのふたりには三門市に家族はおらず、それぞれ三門市外に住む遠縁しか頼る者がいないという。
しばらくの間はボーダーの施設に滞在することになるが、いずれは身の振り方を考えなければならない。
しかし6年近くも
第一次
それぞれの事情が異なるのだから400通りの対応が必要だということになる。
総合外交政策局局長のツグミとしては単に帰国させればそれでおしまいというものではなく、彼らひとりひとりに寄り添った支援を行うには「各方面の
そこで城戸は総合外交政策局とは別にプロジェクトチームを組織することを決め、ツグミへの負担を減らすよう働きかけることにしたのだった。
◆◆◆
これまでに第一次
昨年の8月に鳩原智史がヒエムスから脱出してメノエイデスまでたどり着き、ウェルスが三門市へと送り届けてくれた。
同年10月には麟児と鳩原未来がヒエムスで春川青葉を発見して連れ戻した。
同年12月には調査隊が水戸涼花とその家族を保護し、家族を含めて三門市へと連れて来た。
このうち鳩原智史のケースのみ公表されているが、他はまだ公にはされていない。
彼のケースでは
しかし青葉のケースでは
それに彼女は第一次
そのおかげですぐに家族の元に戻り、千佳と同じ高校に通って普通の生活を送っているから、今さら彼女の行方不明事件が
むしろ騒ぎになれば本人のためにならないと、彼女のケースにおいてボーダーは無関係を装うことにしていた。
涼花のケースでは配偶者が
それに涼花はともかくカルーロや娘に危害が加えられる恐れがあると考えられるため、まだ内緒にしておいた方が彼女たちのためにも良いと判断したのだった。
そして今回の篠山郁太郎と田崎翔のふたりである。
彼らは親戚を頼らずに三門市内にあるボーダーの施設に仮住まいをし、アルバイトをしながら学校に通いたいという希望を申し出ていた。
ならば彼らのためにも帰還したことを公式に発表し、三門市民としての生活ができるようにしなければならない。
そこでツグミは城戸と相談し、またもや一芝居打つことにしたのだった。
◆◆◆
5月2日の「こちらボーダー広報室」は内容を変更して放送することとなった。
嵐山隊の登場を心待ちにしているファンには申し訳ないが、アフトクラトル遠征の計画発表からずっとボーダーの活動で大きな動きがあった時にはそちらを優先して放送しているのでそこは我慢してもらうしかない。
毎度のことながらツグミがシナリオを書くことになるのだが、今回はヒエムスで救出した篠山と田崎のふたりには番組に出演してもらうことにした。
鳩原智史の時には匿名で本人の出演はなかったが、篠山と田崎については本人の了解を得ており、自分の言葉でその過酷な経験を語ってもらう予定だ。
ただし顔出しはNG。
彼らがマスコミに追いかけられるのは目に見えていて、報道協定などというものもあるが守られなかった時のことを考えれば身元がバレないようにしておいた方がいいと判断されたのだった。
今回の番組では拉致被害者市民救出計画が本格的に動き出したことをアピールする必要があり、ボーダーが積極的に
そこでキオンという国の名を出し、ゼノン隊の3人が今回の遠征の成功の立役者であることを発表することにした。
ボーダー内部では知れ渡っていることだが、民間人にはこれまでずっと彼らの存在は明らかにしていたものの、その正体は秘密にしている。
アフトクラトル遠征の記者会見では別動隊として潜入調査や破壊工作などボーダー隊員には危険すぎる仕事をやってもらい、ツグミが本隊との連絡係であったことになっていた。
しかしいつまでもゼノンたちのことを隠しておくよりもタイミングを見計らって公表する方が賢明だと判断し、ちょうど帰国者がいることから彼らの協力があって成功したのだということにする。
そうすれば彼らが三門市民に受け入れられやすくなり、これまでのように街へ出る時に変装トリガーを使用して素顔を隠す必要もなくなる。
すでに艇の中でシナリオを書き終えており、ゼノン、テオ、篠山と田崎を交えてリハーサルを行っている。
彼らはツグミや城戸と違ってテレビ番組への出演は初めてなので念入りに練習をしておかなければ
収録・編集をすれば視聴者にはバレないが、テレビ局スタッフには知られてしまうことになり、それはできる限り避けなければいけない。
そしてゼノンとテオも三門市に到着する頃にはツグミから合格点がもらえるようになっていた。
さらに寮のミーティングルームではリヌスも交えてリハーサルを行って、あとは本番の収録日を待つだけとなった。
◆◆◆
「みなさん、こんばんは。『こちらボーダー広報室』、本日は内容を変更してお送りしています」
今回の司会侵攻は嵐山にやってもらうことになった。
いつもならメディア対策室長の根付の役目なのだが、最近では嵐山隊の露出度が減ってきているために視聴者サービスが必要と判断され、嵐山隊の代表として彼に頼んだのだ。
これで少しはファンの気持ちが和らぐはずである。
「前回の3月15日の放送で総合外交政策局局長に就任した霧科ツグミさんが近いうちに
そこで画面はツグミと篠山と田崎の3人がスタジオの中央で弧を描くように並んで椅子に腰掛けている光景となった。
篠山と田崎の前にはすりガラスのパーティションが置かれていて顔がわからないようになっている。
「こちらのおふたりが奇跡の生還を成し遂げた篠山さんと田崎さんです。なお、おふたりは出演にOKはしてくれましたがこれからも三門市内で暮らしていくため、マスコミ関係者に追われたくはないということで顔出しはNGとなりました」
嵐山が紹介すると、続いて本人が簡単に自己紹介をした。
「篠山郁太郎、19歳です」
「田崎翔、17歳です」
「彼らは第一次
嵐山がそう言うと、カメラはツグミに向けられた。
「みなさん、こんばんは。ボーダー総合外交政策局局長の霧科です。前回の放送の収録の時にはまだ
次の瞬間、スタジオの照明が落とされて真っ暗になり、ツグミたちのいる場所の中央にかつてボーダーが使用していた惑星国家の軌道配置図が浮かび上がった。
「これは
続いてその地図に重ねるようにレプリカが提供してくれた惑星国家の軌道配置図が浮かび上がった。
「星」の数が数倍に増え、誰が見てもこちらの方が詳細なものだとわかるはずである。
「こちらが協力者によって提供されたものです。ご覧のように数多くの国が存在することがおわかりになると思います。中央で一際大きくて明るい
軌道配置図の
「この赤い点がメノエイデスです。ご覧のようにわたしたちの世界に非常に近い場所を周回していることがおわかりになると思います。この国は
続いて軌道配置図のヒエムスの位置が赤く点滅をする。
「協力者の存在はボーダーの活動に欠かせないものとなっています。ボーダーは敵と戦うための訓練はしてきましたが、他国に潜入して情報を探るという諜報活動は特別な訓練を受けていませんから誰にもできません。アフトクラトル遠征でも情報収集に長けた彼らがC級隊員の居場所を突き止めてくれて、遠征隊本隊との
ゼノンたちの登場はまだ先ではあるが、アフトクラトル遠征の成功などここまで彼らの存在なしにはボーダーの活動が成り立たないとまで思わせることでツグミの計画の
三門市民にとって
ツグミは惑星国家の軌道配置図を視聴者に見せることによって
現に視聴者の多くは自分たちの抱いている
当初はトリオン兵のことを
そして自分たちとは縁もゆかりもない
まあ、後者の人間の方が多いのが当然であるから、ツグミもゼノンたちのことを無条件でいい人だと紹介するつもりはない。
「彼らの祖国キオンは広大な面積を持つ大国ですが、地球にある某国と同様に広くても人が住むことに適していない荒地が多く、1年のうちの4分の3は雪で覆われるために食料の自給率が低い貧しい国です。
そこまで言ったツグミはひとつ深呼吸をする。
「その取引内容については極秘事項ですのでまだお伝えできませんが、いずれお話できる時が来ると思いますのでそれまでお待ちくださいませ。…では前置きが長くなりましたが、ヒエムスであったことのお話をいたしましょう。ヒエムスに三門市民がいるらしいという情報を得たわたしたち調査隊はメノエイデスからヒエムスへと向かいました。この国は他国との交流はほとんどないのですが、こちらは
ここからが重要なのだと言いたげな表情でツグミは続けた。
「ヒエムスは隊商国家エクトスと交易をしており、この国から65人の
ツグミがそう言うと、カメラが篠山と田崎が頷いている様子を映し出した。
すりガラス越しであるから表情はわからないが、肯定して頷いていることはハッキリとわかる。
「ですからまだどこにいるのかわからない市民のみなさんも大事に扱われていると思われますので、ボーダーでは一日でも早く全員の救出と帰国を目指しております。さて、話が逸れましたが、わたしがヒエムス国王と交渉をするために王宮に滞在していた頃、遠征艇で留守番をしていた総合外交政策局の局員が篠山さんと田崎さんを保護しました。その連絡を受け、わたしは国王と約束をしました。まず今回はふたりを
「では一旦CMに入ります」
嵐山がCM入りを告げ、