ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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5話

 

 

3週間後の正式入隊を控え、ほぼ毎日のように修たちは玉狛第1のメンバーからマンツーマンでの指導を受けている。

遊真は小南を相手に実戦形式での訓練を繰り返し、ボーダーのトリガーにもだいぶ慣れてきた。

千佳は初心者ではあるが、レイジも驚くトリオン量とその真面目さから狙撃手(スナイパー)としての基本をすぐにマスターするだろう。

問題は修である。

京介曰く「今後に期待」で、言い換えれば現時点ではまったくダメだということになる。

B級とはいえ昇格したばかりで実戦経験は殆どなく、トリオン量もボーダー隊員の平均よりだいぶ少ないことで、効果的な攻撃・防御方法を確立できないのだ。

修は自分の不甲斐なさに唇を噛んでいた。

それを見ているツグミはやるせない気持ちになり、何か力になれないかと思い悩んでいると、そこに迅がやって来た。

 

「ツグミ、これやるからちょっと来い」

 

迅はツグミを誘って屋上へ向かい、食べかけのぼ〇ち揚の袋をツグミの前に突き出して言った。

 

「おまえに頼みごとがある」

 

ツグミは袋の中に手を突っ込み、1枚取り出して訊いた。

 

「頼みごとってなんですか?」

 

「今夜…ちょっとばかり外が騒がしくなる」

 

「それって…まさか近界民(ネイバー)の襲撃!?」

 

「いいや、近界民(ネイバー)じゃない。遠征から帰って来たA級上位部隊(チーム)と三輪隊だ」

 

「!」

 

すぐにツグミは事情がのみ込めた。

 

「なるほど…。城戸司令は自分の息のかかった隊員を使ってユーマくんから(ブラック)トリガーを強奪しようというんですね? 三輪隊だけじゃ敵わないからと、上位3部隊(チーム)まで動員するなんて横暴すぎます。…たしか遠征部隊の帰還はたしか今日だったはず。帰ってきたばかりで荒事に駆り出されるなんて、太刀川さんたちもご苦労さんだこと。…あ、でも今夜ならレイジさんたちもいるから楽勝じゃないですか?」

 

「まあそうなんだが、できれば誰にも知られずに済ませたい。穏便にことを収め、無事に正式入隊させたいんだ。それに忍田さんから嵐山隊を応援に出すって言われてるから戦闘は俺に任せておけ。ただ…玉狛支部を巻き込む未来も視える。だから万が一誰かが玉狛支部(こっち)へ流れて来た場合には応戦してほしい。おまえの強化視覚(サイドエフェクト)なら騒ぎにならないで済ませられるだろからな」

 

トリオン体を検索(サーチ)できる能力を持ち、暗闇でも長距離射撃が可能な彼女なら闇に紛れて接近する襲撃者を阻止できる。

屋上から見張っていれば、訓練室にいる修たちには知られることはまずない。

 

「ジンさんの考えはわかりました。騒ぎが大きくなれば本部と玉狛支部(ウチ)の関係はますます悪化してしまう。それを極力避けたいということですね。こちらはお任せ下さい」

 

「ああ、頼んだぜ」

 

迅はまだ半分以上残っているぼ〇ち揚の袋をツグミに渡し、真剣な眼差しで玉狛支部を出て行った。

 

 

◆◆◆

 

 

修たちがそれぞれ訓練室へと入ったのを確認したツグミはひとり屋上へ出た。

12月の夜ともなれば夜風が身に染みるものだが、戦闘体に換装した彼女は寒さなど感じない。

 

(ジンさんたちが戦っているのは…)

 

ツグミは意識を両眼に集中して東の方角を凝視する。

すると個人を特定することはできないが、いくつものトリオン体が激しく動き回っているのが見えた。

 

(お、やってる、やってる。少し離れた高い所にある動かないトリオン体は狙撃手(スナイパー)の誰かね…)

 

ツグミはスラッシュを構えると狙撃手(スナイパー)の人影に狙いを定めた。

 

「距離900か…余裕、余裕。3…2…1…発射(ファイア)!」

 

ツグミは撃たずに引き鉄から指を外した。

 

(なんて、ね…。ジンさんはわたしに積極的な戦闘への参加を求めたんじゃなくて、いざという時の備えを頼んで行ったんだもの。今のわたしのできることはジンさんを信じることだけ)

 

しばらく戦況を見守っていたが、なかなか決着がつかない。

 

(う~ん…見たい。すっごく見たい。迅&嵐山隊VS太刀川隊・冬島隊・風間隊・三輪隊の合同部隊(チーム)という夢の競演(ドリームマッチ)なのよ。あー…ジンさんと太刀川さんがガチで斬り合いしてるんだろうなぁ…。見たいなぁ…。見に行きたいなぁ…。見に行っちゃダメかな…)

 

かつてA級1位太刀川隊隊長の太刀川慶(たちかわけい)と迅は攻撃手(アタッカー)として1位2位を争うライバルであった。

しかし3年前に迅が風刃(ブラックトリガー)の所有者でS級になったことで、両者の決着はまだついていない。

そのふたりが久しぶりに刃を交えているのだから、ツグミでなくても見たいと思う人間は多いはずなのだ。

ぼ〇ち揚を食べながらそんな暢気なことを考えていると、突然強力なトリオン反応を察知した。

 

「あ、風刃…! やっぱA級上位相手じゃ風刃なしはキツイのかな?」

 

迅が風刃を起動した直後に誰かが緊急脱出(ベイルアウト)した。

 

「うわぁ…ジンさん、容赦ないな…。殺られたの誰だろ?」

 

見ていなくても付き合いの長いツグミには迅の行動が読める。

事実、迅は風刃を起動させると、いきなり風間隊の菊地原士郎(きくちはらしろう)の首を斬り落としたのだった。

風刃はボーダーに2本しかない(ブラック)トリガーの1本で、旧ボーダー設立時の一員である最上宗一(もがみそういち)が残したものである。

形状は弧月に似た片刃の直刀であり、その能力は物体に斬撃を伝播させ、離れた相手に攻撃できるというもの。

斬撃の射程範囲は基本的には使用者の目の届く範囲までだが、オペレーター等から対象の位置情報の支援を受けることにより、視認していない遠距離の相手にも斬撃を到達させることができる。

(ブレード)自体の基本性能においても、弧月以上の威力及び耐久力、スコーピオン以上の軽さを誇る。

よって風刃を起動させずに戦っていたのだが「トリオン切れによる撤退」を目的としていた作戦を太刀川らに見抜かれ、迅は次案である「敗退してもらう」に変更せざるを得なくなったのだ。

起動時には行使できる斬撃の弾数を表す光の帯が展開し、全弾使用後にトリオンを消費することにより再充填できる。

またこの弾数は使用者のトリオン量に左右され、迅の場合は9弾である。

しかし光の帯の数から残弾数を把握されたり、接近戦に持ち込まれると能力を発動する機会が潰されてしまう等の弱点がある。

それでも迅は未来視(サイドエフェクト)によって敵の次の行動を読むことでこの弱点を補い、高度な時間差攻撃を実現していた。

迅が風刃を起動した以上、A級合同部隊(チーム)に勝ち目はない。

 

 

それからまもなくして戦闘は終結した。

もちろん迅&嵐山隊の()()()な勝利である。

結局、ツグミは何もすることはなく、迅からの「本部へ行ってくる。今夜のことは誰にも言うな」という連絡を受けて換装を解いた。

 

(今夜の出来事についてわたしは何も知らなかったことにしろということなんだろうな。戦いに参加させなかったのも、わたしがこの計略に一枚噛んでいると城戸司令の耳に入れば面倒なことになるから。…ってか、わたしは今度こそクビよね、きっと)

 

迅の目的は遊真が無事に正式入隊し、修たちと部隊(チーム)を組んで近界(ネイバーフッド)遠征という目的を果たすまで応援すること。

もちろん可愛い後輩たちのためというだけではなく、未来視(サイドエフェクト)で彼らがボーダーという組織のために役に立つと判断したからである。

迅には未来が視えている。

不確定ないくつもの未来ではあるが、その中から彼は最善の未来を選んで行動しているのだ。

 

その後、迅は何事もなかったかのように玉狛支部へ帰還した。

そして私室に戻った彼のもとにツグミが訪ねて来る。

 

「ジンさん、入るわよ」

 

ツグミが迅の部屋に入ると、彼はベッドの上に寝転がっていた。

 

「お疲れさまでした。夜食を持って来たんですけど、いかがですか?」

 

彼女の手にはおにぎりと味噌汁の椀が載った盆がある。

 

「おう、助かる。腹ペコなんだ」

 

迅は笑顔で起き上がると、料理の載った盆を受け取った。

ツグミはベッドの向かい側にある椅子に腰掛け、迅が食べ終わるのを待つ。

そして頃合を見て尋ねた。

 

「ジンさんが戻って来たっていうことは、ユーマくんのことはもう心配ないと思っていいんですよね?」

 

「ああ。少し予定が狂ったところもあったが、ほぼ満点の結果だな」

 

「久しぶりに風刃を起動したみたいですけど、太刀川さんたちはやっぱり手強かったですか?」

 

「まあね。トリオン切れで撤退させるつもりだったんだけど、そういうわけにもいかなくて実力行使ってことになったよ。おまえも見てただろ?」

 

「ええ。やっぱりジンさんのせっかくの配慮もわかってもらえなかったんですね。玉狛支部(ウチ)は別に本部と事を構えたいわけじゃないから、穏便に済ませようとしていたのに」

 

「そうだ。近界(ネイバーフッド)遠征を目指すメガネくんたちがデビュー前から城戸さんに睨まれちゃカワイソウだからな」

 

「で、本部へ行ったということは、城戸司令と何か取引してきたんでしょ?」

 

「フッ…。おまえには隠しごとはできないな。仕方がない、おまえにだけは話しておくか。他の連中には内緒だぞ。…実は城戸さんに風刃を預けてきた」

 

「え? …ええっ!?」

 

「しっ、声が大きい」

 

「あ…すみません。…いえ、大丈夫ですよ。さっきレイジさんがみんなを車で家に送るって出て行ったから聞かれちゃマズイ人はいません。それよりどうして風刃を渡しちゃったんですか? あれは最上さん…ジンさんの師匠の形見なのに」

 

「別に風刃を手放したって最上さんは怒らないよ。それよりも城戸さんが諦めずに次の策を持ち出してきたら、かなりヤバイことになりそうだったからな」

 

「ヤバイ…って、まさかもうひとりのS級(ブラックトリガー)を…? ないない。いくら城戸司令でもあんな危険人物を使うようなリスクは…」

 

「いいや、あるんだな、これが。鬼怒田さんや根付さんは反対してたけど、城戸さんはやる気満々。なにしろ今回の戦いでは忍田さんが俺たちの味方をした。忍田さんは初めから城戸さんの強奪計画に反対だったからな。忍田派はボーダーの3分の1を占める上に、(ブラック)トリガー2本を持つ玉狛と手を結べばボーダー内の勢力地図は大きく塗り替えられる恐れがある。それを避けるには和解するか徹底的に争うかのどちらかだ。そして城戸さんは後者を選ぼうとしていた」

 

「マジですか…。まあ、そこまでしてでも(ブラック)トリガーが欲しいってことなんでしょうけど、ユーマくんの(ブラック)トリガーは彼の命そのもの。絶対に渡すわけにはいかないわ」

 

「そうだ。もし城戸さんが最終手段に出たら、今度こそボーダーという組織を揺るがす大事になる。城戸派VS忍田派・玉狛連合という全面戦争になりかねない」

 

「……」

 

「だから風刃ひとつで丸く収まるならそれが一番というわけさ。もう一度言っておくが、これは絶対に漏らすなよ。特にメガネくんには」

 

「はい、わかっています。オサムくんたちには自分のせいでジンさんが大きな代償を払ったなんて知られたくないですものね」

 

「ああ。でもまあ、これでメガネくんたちは安心して訓練を続けられる。俺の苦労も無駄じゃなかったってことさ」

 

明るく振舞っているものの、迅が大切なものを失ったのは事実である。

それは迅にとって師匠の形見というより今の彼を形作る部品(パーツ)であり、欠けてしまった部分を補うことはツグミにもできない。

できるのは迅の犠牲が少しでも報われることを祈るのみだ。

 

「疲れたでしょうから、今夜はゆっくりと休んでください。昼間、お布団を干しましたから、とても暖かいはずですよ。…おやすみなさい」

 

そう言ってツグミは迅の部屋を出た。

誰もいなくなった暗い部屋の中で、迅は再びベッドに寝転んだ。

 

「大丈夫だ…。未来はもう動き出している…」

 

迅はそう呟くとわずかに微笑む。

そして足元に畳んであったふかふかの毛布を胸まで引っ張り上げて、毛布の中に顔を埋めた。

 

(暖かい…。お日様の匂いがする…)

 

迅は幸せな気持ちになり、そのまま深い眠りの中に落ちていったのだった。

 

 

 

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