「ここからは篠山さんと田崎さんのご本人の口からヒエムスでの経験について語ってもらいます」
続いて篠山と田崎が自分の経験を語るのだが、嵐山がインタビュアーとなり進めていく。
これも嵐山隊ファンへのサービスと、ツグミの露出度を下げるためである。
あまり彼女ばかりが目立ってしまうと中にはそれを快く思わない人間がいるためで、彼女の身を守るためでもあるのだ。
スタジオでは前半でツグミが座っていた席に嵐山が腰掛け、篠山と田崎と向かい合う位置となる。
「ではさっそくお聞きしますが、第一次近界民侵攻の時には何歳でしたか?」
「オレは13歳で中学1年でした」
「僕は11歳、小学6年でした」
篠山と田崎がそれぞれ答える。
「それからずっと近界で暮らしていたということですね。さぞご苦労されたことでしょう。思い出したくはない辛い毎日だったと思いますが、視聴者のみなさんにお話してもらえませんか?」
「「はい」」
篠山と田崎がトリオン兵に捕獲された経緯から話し始めた。
主に篠山が話して田崎がそれに付け加えるといった形で話が進んでいく。
彼らは鳩原智史と同じくエクトスに着いた後はトリガー使いとしての訓練を受けさせられ、商品として合格ラインに達すると出荷されてレプトに売られてヒエムスとの戦争に駆り出された。
そしてヒエムスの軍の捕虜となりヒエムスへ連行された。
ヒエムスが勝利したことで戦争は終結したが、捕虜交換ではヒエムス・レプトとも自国の人間を優先したため、人数の関係で余ってしまった彼らはレプトに帰ることができずヒエムスの軍で働かされることとなった。
ただし戦争が終わったことで戦場に立たされて戦うことはなくなり、農繁期と中心として農作業に駆り出されるようになった。
農作業がない時には軍の施設から外にでることはできず、監視が厳しいために逃げ出すことはできなかったが、突然王都の軍の人間がやって来て玄界の艇が王都の近くに停まっていると教えてくれて、地図までくれるなど逃走の手引きをしてくれたので逃げ出した。
そして一晩中走り続け、目的の艇を見付けてとても嬉しかったことなどを身振り手振り交えながら話したのだった。
「ありがとうございました。こうして少しお話を聞いただけで胸が痛くなってくるような経験をされたんですね…。そして同じように辛い思いをしている人がまだ大勢いると思うと早く救出をしたいと感じました。では続きまして近界での暮らしについて教えていただきましょう」
嵐山は「衣食住」「近界民との交流」などについて質問をする。
そして篠山と田崎はそれぞれ自分がヒエムスで経験したことについてボーダーから口止めされていること以外は正直に話した。
「衣」と「住」については特に不満はなかったが、食事に関しては不満が多かったと言う。
軍に所属しているという理由で量はまあまあであったが、料理のレベルはお世辞にも美味いと言えるものではなく、食事といっても腹を満たすためだけに口に放り込むという作業でしかなかったという証言は彼らの表情からありありとわかるものだった。
しかし近界民に対しての恨み辛みや不満の言葉はなく、むしろ玄界からさらわれた上に捕虜となった彼らのことを労わってくれる良き仲間であったことを話した時の彼らの表情は穏やかで、嘘を言わされているといった様子はまったくない。
だから本心から近界民のことを嫌ってはおらず、一部の悪意の塊である近界民が実際にいることは間違いないが、ほとんどの近界民は自分たちと同じで個人は善良であってもそれが愚かな指導者によって無理やり悪の集合体にさせられてしまうのだと感じたとふたりは証言した。
近界での戦争さえなければ玄界の人間がさらわれることもなくなるはずなので、ボーダーには市民の救出だけでなく近界民たちが戦争をしないように働きかけてもらいたいという感想を言って篠山と田崎へのインタビューは終わったのだった。
ここまでの様子を見ていた視聴者も彼らの言葉に納得できる点があったはずである。
日本という国も過去に大きな戦争を経験しており、高齢者の中には実際にその戦争の中で大切なものを失った人たちが大勢いる。
そして敵国の捕虜になった人は過酷な経験をしただろうが、その中で敵国の人間とはいえ一兵士のレベルでは善良な人間であっても上官からの命令で非情な鬼や悪魔にもなるとわかっている人もいるはずだ。
とにかくすべての近界民が「悪」ではなく、ごく一部の「悪」が「善良」な大多数の人間を支配しているために無意味な戦争が延々と続いているのであり、その善良な近界民をも敵だとみなして憎むべきではないと伝えたいのである。
そしてここで再びCMが入った。
◆
「ここからは城戸司令にも同席してもらいましたので今後の拉致被害者市民救出計画について城戸司令と霧科局長へのインタビュー、そして最後に協力者とされるキオンという国の近界民の方々をご紹介致します」
スタジオのセットはそのままで、パーティションを外して篠山と田崎の座っていた椅子に城戸とツグミが腰掛けている。
もちろん司会進行は嵐山だ。
「おれもボーダー隊員のひとりですが拉致被害市民救出計画には直接関係していないので知らないことがたくさんあります。もちろんすべてを公開できるものではないとわかっていますが、市民のみなさんも同様に知りたいと思っていることでしょうから差し支えのない程度で教えてください」
嵐山の立場はボーダー関係者ではあるが運営に関することや防衛隊員の任務以外のこととなると上層部の会議で決まったことを伝えられるだけで、そういった情報に関しては一般市民と大差はない。
実際に彼も拉致被害市民救出計画には一切関わっていない。
それは彼らが広報部隊としての役目があるために近界への遠征はこれまでも、そしてこの先も参加することはないだろう。
また防衛隊員でもこの計画に携わっているのはA級の一部の隊員のみで、それも遠征先でトラブルが生じた際の火消し役であるからゼノンたちから特別訓練を受けて諜報活動に携わることが許可された部隊に限られる。
そしてツグミたちがヒエムスから帰還したのが4月29日で、この番組の収録が5月1日で、放映されているのが2日。
ボーダー関係者やスポンサーですらヒエムスで何があったのかはまだ知らされていないため、大勢の隊員たちも興味津々で放送を見ているはずだ。
「まずは霧科局長に質問です。ヒエムス訪問は局長就任して初の大仕事となりましたが、今回の結果や感想をお聞かせください」
「はい。まず先に言い訳がましいことをいうことをお許し下さい。近界民との交渉の窓口となっている総合外交政策局の責任者ではありますが、最終的な判断は城戸司令やその他の幹部のみなさんの意思が反映されます。したがってわたしが自由に近界民と取り決めをすることはできません。あくまでも窓口であり事務的な手続きや作業は行いますが、本交渉となった時には城戸司令が近界へ赴いて相手国の元首、つまり国王などと直接対面して正式に国交を結んだ上で市民の救出を行うことになります。ですので今回ヒエムスを訪問したことは拉致被害市民救出計画の最初の一歩でしかありません。したがって市民のみなさまには長い目で見ていただきたいとお願い申し上げます」
そう言ってからツグミは続けた。
「わたしが訪問したヒエムスは人口が約30万人という主産業が農業という国です。三門市の人口が約28万ですからほぼ同じくらいですね。ひとつの国がこちら側の世界のひとつの都市くらいの人口しかないと聞けば驚く方もいらっしゃるでしょう。ですが近界ではそう珍しいことではないのです。その原因は非常に単純なことです。まず国土の面積が狭く、大勢の国民が暮らしていくことが難しいという点があります。しかしそれよりも大きな問題があるのです。出産に適している年齢の女性の数が少なく、せっかく出産しても新生児の死亡率が高い。さらに乳幼児が病気に罹っても庶民では医師に診てもらうこともできませんので、10歳まで生きられない子供が多いという現実があります。そのせいで子供が成長しないので労働人口が増えず、食料の生産もままならないために成人しても栄養失調やちょっとした怪我でも適切な手当ができずに死に至ることも珍しくありません。特に問題なのは女性特有の病気に関する知識や治療技術がないこと。そのためにヒエムスでは結婚適齢期で未婚の女性と男性の比率が1:6と非常にバランスが悪く、エクトスから購入したのはトリガー使いだけではなく、半数が花嫁となる若い女性でした」
ツグミはここまで一気に言うと水をひと口飲んでから言う。
「各地で続く戦争、医療面の技術が遅れていることによって助かる命も助からないという不条理。食料不足にエネルギー不足。そういった近界における根本的な問題を解決しなければいつまで経ってもわたしたちの世界は近界民によって脅かされてしまいます。そこで拉致被害市民救出計画を進めるに当たって、近界民が抱えているこれらの問題の解決も欠かせないことは明白です。そこでわたしは帰還するとすぐに城戸司令に近界の現状を報告しました。医師の数を増やすことはできませんが、こちら側の世界の医薬品を適切に使用すれば大勢の命が救われることは明らかで、医薬品や不足している栄養分を補うための栄養補助食品、さらに乳児用の粉ミルクと子供にはカルシウムやビタミンなどの栄養素を配合したクッキー等の菓子、そういったものをヒエムス側に送り、その代わりに三門市民を返してもらうという方法はどうかとお伺いをたてましたところ、城戸司令も近界民たちの戦争に加担することはなく、人道的援助として認められると言ってくださいましたので、この方針で交渉を進めたいと考えています」
ツグミの言葉を城戸は頷きながら聞いていた。
先進国が発展途上国に医療やインフラなどの支援をすることはごく当たり前に行われており、その対象がこちら側の世界か近界かの違いだけである。
驚くようなことではないが、これまで敵だと考えていた市民から見れば近界民へ支援をするとなると複雑な感情を抱くことだろう。
だからこそ近界民に対する意識の変化を促すために、ツグミは印象操作という手段を使っているのだ。
一般に印象操作というと良い意味では使われず、相手が受け取る印象を自分の都合の良いように制御しようとすることなので適切な手段とは言えないのだが、元々「近界民=敵・悪」という間違った悪いイメージが植えつけられているのだから生半可な方法では彼らの意識を変えることなどできはしない。
真実をバカ正直に全部言えば良いというものではなく、嘘がすべて悪いものだというものでもないというツグミ自身の正義がそうさせている。
仮に麟児が第一次近界民侵攻における敵・エクトスの人間で、その第一次侵攻の被害は彼の諜報活動の結果によるものだと公にしてしまったら彼が市民から袋叩きになるだけではなく、雨取家の人間も彼が敵国のスパイと知らなかったとはいえ家族として一緒に暮らしていたのだから千佳と両親は三門市で暮らしていくことができなくなる。
そうなると拉致被害者市民救出計画にも遅延が生じるのは明らかで、誰ひとりとして幸せにはなれないという結果にしかならないのだ。
もちろんツグミも市民を騙していることに対して何も感じていないわけではないし楽しんでいるわけでもない。
ただ自分とその周囲にいる家族や友人と健やかで穏やかな日々を過ごしたいという願いを叶えるために手段を選ばないだけである。
ここで嵐山は城戸に質問をした。
「城戸司令は霧科局長の仕事ぶりに関してどのように評価しますか?」
「そうだな…彼女の仕事はボーダーの三門市防衛という役目とは180度違うものだ。防衛隊員は訓練を行って戦闘力を高め、技術者は新しい武器の開発や本部基地の強化を図るなど、迫り来る近界民を撃退することが我々の至上命題である。ところが近界民が人間であることがわかり、我々は方針を見直す時期が来たのだと考えている。我々は好き好んで戦おうというのでは断じてない。近界民によって三門市民の生命と財産が脅かされる時のみ全力で戦って守るべきものを守るだけだ。したがって近界民がこちら側の世界に来て乱暴狼藉をはたらくことさえなくなればボーダーが戦う理由はない。病気になってからの対処療法ではなく、『予防』ができるのであればその方が誰も苦しまずに済むわけで、我々は予防の観念から近界民がこちら側の世界に来ることができないように門が開かなくなる方法も考えたのだが現実的なものではないために現状では断念するしかない。だからこそ悪意ある近界民が来ることがなくなるよう、こちらから積極的に彼らに働きかけて三門市民に危害を加えないことを求めることは十分に意味のあることだと考えている。幸いなことにヒエムスは直接こちら側の世界に侵攻して市民をさらうような軍事国家ではなく、国王も他国から第三国の人間を購入するという非道徳的な手段を選んだことを心から反省していて、ヒエムスにいる三門市民を全員返す意思があります。ならば十分な代価、それも人道的援助となる物資を渡して友好的な関係を結ぶことは今後の拉致被害市民救出計画を進める上で効果をもたらすと信じている」
「城戸司令、その拉致被害市民救出計画を進める上で効果をもたらす…というのは具体的にどのようなものなのでしょうか?」
「近界の国々が宇宙に浮かぶ惑星のようになっているために隔絶されているイメージがあったものの、軌道が重なったり近付いたタイミングで人の往来や物資の移動は日常的に行われている。同時に情報も交換もされており、ボーダーがアフトクラトルの大軍勢を退け、遠征をして仲間を取り戻したという話はかなり広範囲に広まっているらしい。アフトクラトルは近界の中で一二を争う軍事国家であり、その国の侵攻を防いだという事実は『ボーダーと玄界は侮れない』という印象を与えている。そうなれば我々は近界民たちから警戒されそうなものだが、ヒエムスでの交渉が成功することによって『ボーダーという組織は近界民と敵対するのではなく、友好的な手段を用いて同胞を取り戻したいだけで危険はない』。さらに『十分な代価を支払ってくれるのであれば返してもいいのではないか』とも思わせることができるだろう。仮に…の話だが、霧科局長が調査したところヒエムスという国はボーダーの全戦力を投入することもなく、簡単に滅ぼすことができるほどの力しかないということだった。だからやろうと思えば力ずくで三門市民を救出して、同様に三門市民を購入した他国への見せしめとしてヒエムスの大地を草木一本生えない状態にしてしまうことも可能だ。しかしそんなことをすれば我々にとってマイナスにしかならないことは明白で、どのようなことになっても武力ではなく対話によって問題解決を図ることを広く示し、近界民側から交渉を持ちかけてくることも期待している」
「たしかにおれたちも近界民が憎くて戦っているのではなく、三門市に攻め込んでくるから市民を守るために戦うだけです。だから近界民が敵意を見せなければ戦う理由はないんですよね。城戸司令の考え方におれ個人としては賛成です。ヒエムスでの交渉に成功すれば他の国も三門市民を返すからその代価を支払えと言ってくることは考えられますが、こちらは返してもらう弱い立場ですから法外な代価を要求される可能性もあるのでは?」
嵐山の疑問は他の隊員や三門市民でも抱いていることだろう。
もちろんこれはツグミの書いたシナリオに従ったもので、答えは用意されている。
「その点に関しては心配ありません」
城戸がそう言ってツグミにアイコンタクイトをすると、ツグミが頷いてテレビカメラに向かって言った。
「ではここで近界民の協力者の方々をご紹介させていただきます」
するとスタジオの隅で待機していたゼノン、リヌス、テオの3人がツグミたちのいるスタジオ中央へと歩いて来る。
そしてツグミと城戸の間に3人が立ち、ツグミが自ら彼らを紹介した。
「こちらが昨年のアフトクラトル遠征で別動隊として現地で情報収集を行って本隊の活動を陰から支えた功労者であり、その後も近界へ赴くわたしの護衛や艇の操縦などで協力してくれたキオン国軍所属諜報部隊ゼノン隊の隊長のゼノン少佐、隊員のリヌス大尉とテオ少尉です」
ゼノンたちがひとりずつ簡単な自己紹介をしている間に椅子が3つ追加され、両端の椅子にツグミと城戸が座り、中央にゼノン、その両脇にリヌスとテオが腰掛けた。
「先ほど彼らの祖国について少しだけですがご紹介しました。イメージとしてはこちら側の世界の北半球に広大な面積の国土を持つ共産主義を掲げる某共和国で、軍事力も近界の中で一二を争う軍事国家です。かつては他国へ積極的に侵攻をして支配エリアを広げていったのですが、現在のテスタ・スカルキ総統がそれではいけないと考えて、就任以来他国への侵攻など武力を行使したことは一度もありませんし、今後も武力を用いる正当な理由がない限りは絶対に使わないとおっしゃっています。ですが軍事大国という肩書きは現在でも多くの近界民たちを恐れさせ、何もせずともキオンという名を出すだけで震え上がると言います。ボーダーはその軍事大国の肩書きを利用させていただくことにしました。近いうちにボーダーはキオンと同盟を結ぶことになるでしょう。相互尊重、相互不可侵、相互内政不干渉を基本とし、お互いの国が第三国による侵攻及び不利益を被る恐れがある時には協力して問題解決に努めようというものです。この同盟が成立すれば近界の国々の間にその噂はあっという間に広まることでしょう。つまりボーダーやこちら側の世界の人間に手を出そうとすればキオンが黙っていない、と勝手に思い込んでくれるので無茶な要求はしてこないという塩梅です。さあ、ここからはとても心強い仲間である近界民のお三方から直接お話をしていただこうと思います」
ツグミはマイクをゼノンに手渡した。
ここからは彼らがそれぞれどのような思いでボーダーに協力しているのかなどを自分の口で話すことになる。
収録日の前夜に寮のミーティングルームで何度も練習をし、さらに本番では何度も撮り直しをしたのだが、上手く編集してあるのでごく自然な感じで彼らの人柄や気持ちなどが伝わるようになっている。
ツグミがOKを出したくらいだから、三門市民の目に映る彼らの印象は良好なものであるはずだ。