ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

501 / 721
482話

 

 

「キオンという国は長い間ずっと戦争を繰り返してきました。役に立ちそうな国であれば従属させ、敵対する国にはトリガー使いやトリオン兵を大量に送り込んで国を滅ぼしてしまう。そんな愚かしいことを数百年間続けてきたのですが、テスタ・スカルキという人間が立ち上がりました。彼は武力によって『他国から奪う』『他国を支配する』ことで国力を高めるのではなく、『他国と対話・理解』して共に協力することで経済だけでなく軍事以外の科学・技術の発展が望めると考えました。しかし近界民(ネイバー)たちの多くは『強者=正義』で『弱者=悪』という考え方をしているために、戦争で勝つことが正義であり、そのためには軍備を増強して絶対に負けない軍隊をつくることこそ絶対的な命題だと考えてしまうのです。そんな古臭い因習のような国に生まれ育った我々ですが、庶民レベルの人間は決して戦争など望んではいません。そして我々の気持ちを代弁し、国を、そして近界(ネイバーフッド)そのもののルールを変えようとしているのがスカルキ総統です。近しい国々には働きかけているのですが如何せん近界(ネイバーフッド)は広く、彼の考え方は多くの近界民(ネイバー)にとって『キレイごと』にしか聞こえないようです。それでも彼は諦めずにいて、我々のような諜報専門の部隊を各地へ送って仲間を増やそうとしていた時、我々はボーダーの噂を耳にしました。()()アフトクラトルと戦って撤退に追い込んだ組織だというのですから興味を惹かれないはずがありません」

 

ゼノンはそう言ってツグミの顔をチラリと見てから続けた。

 

「ツグミとジンに出会い、我々は驚きました。彼女たちはアフトクラトルにさらわれた仲間を救出するために敵地へと乗り込むと言うのです。敵が軍事大国で戦力的に圧倒的な不利な状態だということも認識しているのにそれでも助けに行こうとするのですから無謀としか思えません。我々はここで考えました。スカルキ総統の命令に玄界(ミデン)の調査は含まれていませんでしたが、自分の隊長としての判断で彼女たちと行動を共にして玄界(ミデン)へ行くことにしました。なにしろ玄界(ミデン)とは我々キオンの人間にとって未知の世界です。文化や価値観などが大きく違うであろう国への潜入調査は危険を伴うもので、これまで玄界(ミデン)の人間と接触したこともなかったので困難を極めると思われましたが、それでも我々は任務というよりも個人的に知りたいと思うようになったのです」

 

そして持っていたマイクをリヌスに手渡した。

 

「私は玄界(ミデン)への文化よりもツグミとジンというふたりの人間に興味を持ちました。彼女たちは初めて近界(ネイバーフッド)を旅していて、近界民(ネイバー)を見たのも初めてなはずなのに私たちのことを多少警戒しながらも敵視することはありません。そんなツグミの自然体な姿に惹かれました。『生まれも育ちもまったく違う人間が出会ったのだから、せっかくの出会いを楽しみましょう』と言う彼女に感化されてしまったのです。もちろん祖国のことやトリガー技術など絶対に口外できないことは言いませんでしたが、個人的なことはいろいろと話しました。特に私は黒髪や黒い瞳など玄界(ミデン)…いえ、日本の方に似ているものですから、彼女と私は仲間意識を持つようになったのです。数日の旅の間に私たちは親しくなり、玄界(ミデン)の地に降り立った時、私たち3人の近界民(ネイバー)はツグミとジンから友人として歓迎すると言ってもらえたんです。それがとても嬉しかったです」

 

感慨深いといった表情で言うリヌスは三門市の印象を語った。

 

玄界(ミデン)近界(ネイバーフッド)の国々と比べて何もかもが明るいという印象を受けました。近界(ネイバーフッド)では日が沈むと真っ暗になってしまいます。それは近界(ネイバーフッド)のどの国でも慢性的なエネルギー不足に陥っているためで、日が昇って明るいうちに仕事をし、暗くなったら眠るという暮らしが習慣となっています。それなのに玄界(ミデン)では家の中はもちろんのこと街の中も昼間のように明るく、夜遅くまで人が街の中で余暇を楽しんでいるのを見て驚くというよりも衝撃を受けました。そしてその人々には明るい笑顔が溢れていて、幸せそうに見えます。近界(ネイバーフッド)の国々はだいたいどこも同じですがひと握りの権力者や貴族だけが人生を謳歌しており、大多数の庶民階級の人間はその日を生きていくことに必死です。ですから玄界(ミデン)は豊かで恵まれた世界なのだと実感しました。そして私の知る範囲の玄界(ミデン)の人間は争いを好まず、家族や友人を大切にする心優しい人ばかりだとわかり、キオンは玄界(ミデン)と友好的な交流を進めていくべきだと隊長は判断したようでした」

 

そう言ってリヌスはゼノンにマイクを返す。

 

「ツグミは我々をボーダーの最高司令官のキドに引き合わせましたが、彼の反応は…いや彼の反応こそが当たり前だったといえます。彼は我々のことを同胞をさらった奴らと同じ近界民(ネイバー)だと目に映ったのでしょう。ですから我々のことを歓迎するはずもなく、我々も諜報員としての仕事を終えたらさっさと出て行くつもりでいました。それが昨年の5月のことですから、我々はこれほど長くツグミたちと関わりを持つことになるとは想像もしていませんでした」

 

すると城戸が別のマイクを手にして言った。

 

「あの節は大変失礼した。貴国がキオンという軍事大国で、貴殿らが諜報員であると聞かされていたものだからつい警戒してしまったんですよ。近界民(ネイバー)が人間だったというだけで驚きだったというのに、軍事大国の諜報員と知っていながら連れて来る霧科たちの行動にも理解が追いつかず頭が混乱してしまっていた」

 

「キド司令、お気になさらずに。アフトクラトル侵攻の傷もまだ癒えていない状態のミカド市にやって来たのですから、誰であっても近界民(ネイバー)と聞いて歓迎してくれるはずがありません。もっともツグミとジンは違っていましたがね。このふたりは我々を近界民(ネイバー)だからという偏見を持たず、むしろこの出会いがきっかけとなってボーダーが新たな一歩を踏み出すことになるとツグミは必死になってあなたに訴えていましたね」

 

昔を懐かしむように話すゼノンに城戸もわずかに顔を緩ませて頷いた。

 

「ああ、そうでしたね。あの時に彼女が途中で諦めてしまったら、こうして昔話をすることもなかったでしょう。貴殿らとキオンのスカルキ総統のおかげでボーダーは近界(ネイバーフッド)の情報を得ることができ、それ以上に頼りになる友人を得た。そしてアフトクラトル遠征の成功も貴殿らの協力があってこそ。感謝しています」

 

そう言って頭を下げる城戸。

かつて近界民(ネイバー)殲滅を掲げる強硬派だった彼が近界民(ネイバー)に頭を下げる光景など1年前には誰にも想像できなかっただろう。

しかしテレビ画面を通してだが、三門市民は今まさにその姿を目撃している。

近界民(ネイバー)に対しての憎しみや仇討ちをしたいという気持ちによってボーダーに入隊したり支持をしていた者たちにとって城戸の心変わりは裏切り行為と見えるだろうが、近界民(ネイバー)の殲滅を目指すよりも拉致被害者市民の救出に全力を注ぐべく方針転換をした彼とボーダーに理解を示す者もいるはずだ。

 

「アフトクラトル遠征に我々はボーダーに欠けている諜報という面で支援しましたが、それができたのはツグミがキオン本国までやって来てスカルキ総統に直談判したからで、彼女の勇気ある行動が実を結んだからこそです。そして彼女とスカルキ総統の考え方が同じもので、対話と理解によって異なる発展を遂げたふたつの世界の技術や知識などを持ち寄って新たな科学・技術の発展を目指したいという点で意見が一致しましたからスカルキ総統は快く、そして全面的にボーダーに協力するよう我々ゼノン隊に命じました。そうでなければこれほど長くボーダーと行動を共にすることはなかったでしょう。なにしろ総統閣下は彼女のことが殊のほかお気に入りで、彼女の話を聞いて玄界(ミデン)の文化に強い興味を持ち、近いうちにこのミカド市を公式に訪問したいと言っていたくらいです」

 

ゼノンのこの発言は視聴者をさぞ驚かせたことだろう。

アフトクラトル遠征の成功を報告する記者会見で近界民(ネイバー)の協力者の存在は明らかにしていたものの、それ以上の詳しい話は一切していなかった。

ところがここでその近界民(ネイバー)の正体が判明しただけでなく、ツグミが一隊員の立場でキオンへと訪問してテスタと個人的に親しくなり、そのおかげでボーダーがアフトクラトル遠征でキオンの協力を得られたという新事実が明らかになった。

そうなると城戸が17歳のツグミを総合外交政策局局長に抜擢したことも納得できるようになり、彼女がヒエムスからふたりの拉致被害者市民を救出してきたという()()も彼女への期待に拍車をかける。

敵意のある近界民(ネイバー)は断固として許さず、三門市民の生命と財産を脅かす者に対しては全力でこれを排除するというこれまでの基本姿勢は変わらない。

しかしそうではない近界民(ネイバー)とは対話を通じてお互いの利益のために手を携えるという方針にも理解を示す市民が増えるようになれば同盟締結の件もタイミングを見て公式発表できるようになるだろうし、ゼノンたちが三門市で市民と親しく暮らしていくことができるとわかれば、近界民(ネイバー)の配偶者のいる女性の帰国も容易になる。

彼女たちの最大の悩みは「帰国したいが家族とは別れたくない」というものであるから、近界民(ネイバー)が三門市民と上手く付き合っていくことができるのなら何も問題はないのだ。

もちろん近界民(ネイバー)玄界(ミデン)での生活に馴染めないのであれば難しいが、ゼノンたちという前例があればそれも解決しやすくなるはずである。

 

ここで嵐山がゼノンに質問をする。

 

「お話中、失礼します。ゼノン隊長に質問したいのですが、今日までどちらで暮らしていたんですか? ボーダーの本部基地では何度かお会いしたと思うのですが、私生活についてはまったくの謎でしたので…」

 

嵐山が質問をしたということは、この時点で残り時間が10分という意味である。

編集をするとしてもこの先の話が長くなると作業が面倒になるので、いわゆる「巻が入る」というものだ。

彼の質問を最後とし、質問の答えと()()()で10分以内に収めるのがベストで、その合図となるものであった。

 

「では我がゼノン隊最年少のテオ少尉に話してもらいましょうか」

 

ゼノンはそう言って自分のマイクをテオに渡した。

するとテオは人懐っこい笑顔で話し始める。

 

「オレたちはボーダーが用意してくれた寮に住んでいます。玄界(ミデン)では1DKという広さの単位の部屋で、ひとりひとりに部屋を与えられているんですが、キオン…いやキオンだけでなく近界(ネイバーフッド)のどの国でもオレたちみたいな兵士は4人以上の共同部屋が当たり前なので驚いてしまいました。おまけに風呂とトイレまで各部屋についていて、冷暖房完備なんて近界(ネイバーフッド)では王侯貴族の館くらいしかないんで、オレたちがそんな部屋に住んでもいいのかって不安になってしまうくらいでした。それに玄界(ミデン)は食べ物が何でも美味しくて、特に肉が日常的に食べられるのが嬉しいです。近界(ネイバーフッド)でも肉料理はありますが、一般庶民の口にはなかなか入りません。それに入手できるのは年老いて農耕で使えなくなった牛や馬、卵を産まなくなった廃鶏なのでお世辞にも美味しいとは言えません。猟師が山や森の中で狩ってきたクマやシカ、ウサギなどの肉を食べることもありますが、それは年に1度か2度くらいです。キオンには海がないので魚は川や池に住む淡水魚だけで、さらに玄界(ミデン)のように調味料が手に入りにくいので味付けが何でも薄味になります。だから玄界(ミデン)で食べた料理はどれもこれも大好きなものになりました。特に好きなのはハンバーグです」

 

未知の文化や風習などに触れた彼の驚きや喜びを楽しそうに話すテオの姿は「近界民(ネイバー)も普通の人間だ」と視聴者の目に映ったはず。

同じくらいの年齢の子供を持つ親ならば、彼の様子を見ていて微笑ましいと感じたにちがいない。

しかし続く彼の言葉にショックを受けたことだろう。

 

「オレは玄界(ミデン)に来るまで近界(ネイバーフッド)での強者が弱者を支配して、弱者の側になってしまったら生きていくことも難しいというルールが当たり前だと思っていました。だから絶対に強者でなければいけないのだと教えられ、オレはそれが真理だと信じていたんです。でも玄界(ミデン)ではそうじゃなかった。もちろん玄界(ミデン)にだって格差はありますが、だからって明日の食料をどうやって手に入れたらいいのかを悩むようなことは滅多にないと思います。それだけでも玄界(ミデン)は平和で恵まれた世界で、近界(ネイバーフッド)でも同じように誰でも明日が来ることが楽しみだと思えるようになればすごく幸せな毎日が送れるようになると思いました。早く近界(ネイバーフッド)での戦争がなくなってほしいです。そうすればオレたちみたいな人間の仕事はなくなり、また家族と一緒に暮らせるようになるはずだからです」

 

自分の子供やきょうだいがボーダーで近界民(ネイバー)と戦っているという親や家族は三門市に大勢いて、テオの姿を見ていると他人事には思えなくなってくるというもの。

こちら側の世界でも世界各地で戦争が繰り広げられていて、その最大の犠牲者は名も無き市民、それも子供や老人、女性といった弱者と呼ばれる人たちである。

最後の「早く近界(ネイバーフッド)での戦争がなくなってほしいです。そうすればオレたちみたいな人間の仕事はなくなり、また家族と一緒に暮らせるようになるはずだからです」という言葉には近界(ネイバーフッド)では子供でも否応なく戦争に加担しなければならず、家族と離れ離れになっていることが暗に含まれている。

テオの15-6歳くらいの見た目もあって、この言葉は多くの視聴者の胸を打ったことだろう。

ここまでの流れで「近界民(ネイバー)も自分たちと同じ人間で、共に手を携えて生きていくことができる可能性がある」と()()()()市民は以前よりも増えていることは間違いない。

しかしゼノンたちが三門市にとって有益な存在だとアピールしたところで「近界民(ネイバー)はすべて悪である」と妄信している人間にとっては効果なく、むしろ彼らの気持ちを逆撫でするようなものだ。

近界民(ネイバー)の存在に限らず自分の考えこそが絶対で、それに反するものはすべて間違っているという考え方をする人間には他人の言葉に耳を貸すようなことはないので何を言っても無駄である。

もちろん彼らにもそうなった理由があるわけで、近界民(ネイバー)を憎む人も第一次近界民(ネイバー)侵攻で大切なものを失った哀しみや苦しみを味わっているからこそとツグミも理解している。

だからそういった人を否定することはなく、人それぞれだと考えてそれ以上は何もしない。

人が変わるのは自分が変わろうとする意思がある時だけで、ない時に周囲が何を言っても聞く耳を持たないので効果はないが、変わろうとする気持ちを持った時の()()()()になるとツグミは信じているのだ。

 

最後に城戸がマイクを握り、視聴者に訴えた。

 

「視聴者のみなさま、ボーダーは第一次近界民(ネイバー)侵攻から6年近く経ってようやく拉致被害者市民の手がかりを掴むことができ、こうしてたったふたりですが彼らの帰国を実現させました。しかしこれで終わりではなく、まだヒエムスには60人以上三門市民がいて帰国できる日を待っていることを確認しています。彼らの帰国が成功すれば続く第2回、第3回遠征成功への大きなステップとなり、みなさまの家族や友人たちが帰国することもそう遠い未来ではなくなるでしょう。…これまでボーダーは近界民(ネイバー)怪物(モンスター)だと考えていましたから、とにかく三門市に侵攻してきた奴らを倒すだけでした。さらわれた三門市民の行方もわからず、生きている可能性があっても救出しに行く手立てはありません。ところが近界民(ネイバー)が我々と同じ人間であることがわかり、アフトクラトルのように敵としてやって来るものだけでなく、ここにいるキオンの方々ように友好的な近界民(ネイバー)がいることを知りました。今のボーダーの力では自力で拉致被害者市民の居場所を探すこともできませんが、近界民(ネイバー)に協力者がいればこうして同胞を取り戻すことが可能なのです。ずっと敵だと考えて近界民(ネイバー)殲滅を目標と掲げてきた私は愚かでした。私はボーダー最高司令官として隊員たちを間違えた方向へ導いていたのではないかと反省しています。私は個人的な感情で動く立場の人間ではなく、三門市民の生命と財産の守護者の代表でなければなりません。そのためにはプライドとか世間体など捨ててでもみなさまの大切なものを取り戻し、そして二度と奪われることがないよう全力で戦う覚悟でございます。ただし戦うといっても武器(トリガー)を使うのではなく、対話によって相手が何を望んでいるのかを知り、穏便な手段によって誰も傷つかない方法で目的を果たす。これが私の戦いです。みなさまの中には納得できないという方もいらっしゃるでしょうが、どうか私とボーダーにすべてを委ねて待っていてください。よろしくお願いいたします」

 

最後に深々と頭を下げ、嵐山の締めくくりの挨拶で番組は終了した。

ツグミがシナリオを書いて時間内に上手く収まるようにしたから編集作業も楽だったようで、収録の翌日にこのように放映が可能となったのだった。

現時点でやれるだけのことをやったのだから、あとは視聴者の反応を待つだけである。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。