ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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485話

 

 

7日間の旅を終えて、ツグミたちはヒエムスに到着した。

いつものように迎えを待っていると、宰相となったエヴァルドが御者となって馬車を操っている様子が見えたものだからツグミは驚いてしまう。

 

「エヴァルド様、宰相閣下ともあろう方がここまでいらっしゃるとは…。わざわざ申し訳ございません」

 

「いや、気にすることはない。私は執務室で書類の整理をしているよりも外に出て視察をする方が好きなんだ。きみたちの出迎えに出るという理由は仕事を中断するのにちょうど良かったのさ」

 

「じゃあ、わたしたちとお話をして気分転換でもしてください。王宮へはわたしとテオ、そして迅が参ります」

 

「わかった。王宮では国王陛下と巫女様もお待ちかねだよ。さあ、行こうか」

 

ツグミとテオと迅は馬車に乗り、ゼノンとリヌス、千佳と麟児の4人は艇のエネルギーチャージの役目があるために夜まで艇で留守番である。

 

 

 

 

ヒエムスは三門市と季節がちょうど逆で、収穫の秋を終えてまもなく雪の季節を迎えようとしていた。

これからしばらくの間は農閑期と呼ばれる時期で、農家に嫁いだ三門市の女性たちも一時帰国(里帰り)することは可能だ。

エウクラートンと同じく農業を主産業としている国であるから健康で働くことができる若者の人口が増えることによって国力アップが見込めるはずで、それを理解しているフランコは医療・福祉の面の支援をボーダーに求めている。

そもそもヒエムスとレプトとの戦争にフランコは反対していたのだが、当時の宰相セルジョと軍総司令官アシッドが戦争推進派で、勢い勇んでレプトに攻め込んだのだが決定力不足で不毛な戦争を延々と続けることになった。

辛うじて戦争に勝ったものの国内の問題が解決したわけではなく、ヒエムスが隣国との戦争に勝った強い国であることと宰相と軍総司令官が優秀であったからこそ勝てたのだと国民にアピールしたかった()()なので、国民にとっては迷惑でしかないものだったのだ。

もし負けることがあればそれは国王フランコのせいにして逃げるつもりだったようで、ツグミがヒエムスへ来たことによって彼らを追放することができたことになり結果オーライとなったわけである。

宰相となったエヴァルドが軍総司令官に()()()の人間を推薦したのでヒエムスが再び戦争に突入することはなく、ボーダーのように専守防衛を基本とする軍になるだろうとのこと。

さらにフランコがボーダーの主宰する同盟に興味を持っているようなので、その場合は「相互尊重、相互不可侵、相互内政不干渉」の大原則を守ってくれるのなら大歓迎だと伝えてある。

その答えが聞けるだろうと期待をしながらツグミは王都の門をくぐった。

 

 

◆◆◆

 

 

迎賓館の玄関ではフランコとラーラが並んでツグミたちを出迎えた。

国王と巫女のふたりが揃ってとなると史上初の最上級の歓迎となり、それが意味するものはボーダーと玄界(ミデン)への待遇を重要視しているということである。

ツグミは馬車を降りると彼らの前に立ってお辞儀(カテーシー)をすると、それに倣うように迅とテオもお辞儀をした。

 

「国王陛下と巫女様のおふたりでお出迎えをしていただけるとは無上の喜びでございます」

 

「遠路はるばる大義であった。…ところで後ろの青年は初めて目にするが、妾たちに紹介をしてくれぬか?」

 

ラーラが迅を見て言った。

彼の雰囲気を巫女独特の勘のようなもので察したらしい。

 

「彼はボーダー総合外交政策局局員の迅悠一。わたしの婚約者で、世界で一番愛している男性です。お幸せそうなおふたりにわたしの大切な人を紹介したくて一緒に来てもらったんです」

 

以前にツグミはフランコとラーラに迅の存在を打ち明けていた。

世界でただひとり命を懸けてでも愛することのできる人間がいればそれで十分であり、その人を失えば生きていくこともできないほど大切な唯一無二の存在であると説き、フランコとラーラの関係を修復しようと試みた。

結果、ふたりは無駄に過ぎ去ってしまった時間を取り戻すかのように常に寄り添っているということだから、ふたりで力を合わせてヒエムスという国のために働こうという気持ちになったという証で、彼らの様子を見てツグミは安堵したのだった。

フランコとラーラはツグミの強さの理由が迅の存在だと理解し、彼の訪問も大歓迎だとばかりにフランコの方から迅に近付いて行って握手を求めた。

 

「ジン、よく来てくれた。私たちはきみを歓迎するよ」

 

「はあ…」

 

フランコは元来フレンドリーな気質であるから初対面な人間であっても積極的に交流しようとするのだが、国王という立場からそうはいかない。

しかしツグミの「大切な人」という()()があって、周囲の護衛の兵士たちも見咎められることもないためにこうして握手を求めてきたのだ。

それだけツグミたちが「信頼に足る人物」と認められている証拠でもある。

ただし迅は相手が国王であるために戸惑うだけだ。

 

「長旅の疲れを癒して…と言いたいところだが、ツグミの顔はすぐにでも仕事に取り掛かりたいという表情をしている。晩餐会の前に()()に会ってもらおうか」

 

フランコがツグミに言うと、彼女は笑顔で頷いた。

1日でも早く拉致被害者たちを三門市に連れ帰りたい彼女にとってヒエムスでの滞在は1分1秒が惜しいのだ。

 

「はい、お願いします。ですがわたしひとりで十分なので、迅とテオのふたりは部屋へ案内してください。わたしはいつもの部屋でしょうから、荷物だけ運んでおいてくだされば結構です」

 

ツグミ自身が疲れていないわけではない。

艇の居残り組はヒエムス滞在中にトリオン抽出作業に専念してもらうために艇内では寛いでいてもらったので、操縦は迅とテオが担当となっていた。

だから自分が疲れている以上に迅とテオが疲労しているのは明らかで、せめて彼らだけでも休ませたいと思ったのだ。

そうなると当然ふたりは「何で俺たちだけ休むんだ?」という顔をする。

しかしツグミの気配りがわからないほど馬鹿ではないから、彼女の厚意は素直に受け止めることにした。

それに局長であるツグミの指示であれば局員の彼らが従うのがは当然であり、彼女の判断が間違っている時以外は口答えもしない。

今の彼らに必要なのは「休息」であることは誰の目にも明らかで、ツグミの指示は適切なものである。

 

「ツグミ、じゃあ俺たちは部屋で休ませてもらうよ。でも何か用事があったら遠慮なく呼べよ。そのために俺たちはいるんだからな。テオ、おまえもそう思うだろ?」

 

「ああ、もちろんだとも。オレたちはツグミの騎士(ナイト)だからな。いざという時に役に立つためには休息も必要だ」

 

そういうことでツグミはエヴァルドと一緒に軍の宿舎へと向かい、迅とテオとは別行動となった。

 

 

◆◆◆

 

 

軍の宿舎には三門市出身の36人のトリガー使いが集められていた。

近界(ネイバーフッド)のどの国でも同じだが、他国の出身者 ── 捕虜や人身売買で購入した兵士は同じ小隊にふたり以上所属させず、必ずひとりだけにするのが通例である。

それは仲間がいれば力を合わせて脱走をする可能性があるからで、逆に孤立していれば脱走しようとする意思さえ生じないというもの。

だからこそ全員がヒエムスにおいて一度も顔を合わせたことすらなく、ヒエムスに到着してすぐに別れたきり数年ぶりに同胞と再会した。

それが4日ほど前のことで、集められた理由が帰国という喜ばしいものであったから、彼らは一日千秋の思いで迎えの艇の到着を待っていた。

そして彼らはボーダーの艇が到着したという連絡が入るとすぐに屋内訓練場に集められ、総合外交政策局局長という肩書きの人間の姿を見て唖然としてしまったのだった。

なにしろ自分たちの前に現れたのが17歳の少女だったのだから驚かないわけがなく、ヒエムス政府に騙されたと思っても不思議はない。

彼らは騒然とし上官の静粛にしろという命令にも従わずにいたが、ツグミが指揮台 ── 学校のグラウンドにある校長先生や他の先生が立って話をする一般に朝礼台と呼ばれるもの ── に立って第一声を上げると場内は水を打ったかのように静まり返った。

 

「みなさん、一緒に三門市に帰りましょう。ボーダー(わたしたち)はみなさんをお迎えに来たのです。わたしは界境防衛機関ボーダーの総合外交政策局局長、霧科ツグミです」

 

明らかにヒエムスの人間ではなく日本人とわかるツグミの言葉には重みがあった。

それまではヒエムスの軍人から「玄界(ミデン)に帰ることができる」と言われただけであったから半信半疑でいたものの、少女とはいえ同胞から「迎えに来た」「三門市に帰ろう」と言われると胸の奥底に押さえつけていた家族への愛情や祖国の思慕などが浮かび上がってきて、それがジワジワと目頭を熱くしていく。

そして両目から溢れる涙を手で拭う者や、隣にいる同じ境遇の仲間と抱き合ってこれが夢ではないのだと確認する者などが現れ、それぞれが長かった辛い日々がこれで終わるのだという喜びに感無量となる。

ツグミはそんな彼らに呼びかけた。

 

「これからみなさんを帰国させるためにいくつかの手続きや作業があります。今日はひとまずそれぞれ控室で待機していただき、順にわたしがみなさんをお呼びして確認作業をいたします。作業の進み具合にもよりますが、順調に進めばみなさんは明後日の昼までにはヒエムスを発つことができるでしょう。もう少しだけ我慢してください」

 

単に帰ることができるといっても漠然としているため、具体的に今後の予定と()()出発ができるのかを教えることで彼らに実感を与えることになる。

そして自分たちが協力的な態度でいればあと2日弱で夢にまで見た祖国に帰ることができるとわかればトラブルも起きないだろう。

ツグミの言葉は彼らに安心を与え、希望と期待を抱くことになったのだが、彼らには残酷な現実を知らせなければならない。

彼らの知っている三門市はもう存在せず、彼らを待っている家族や友人が必ずいるとは限らないのだということを。

できることなら黙っていたい現実であっても、彼らが帰国するのであれば避けては通れない道である。

ツグミは自分が局長という肩書きを持つにあたって「行動の自由」や「権限」が与えられたが、同時に「責任」と「義務」も負うこととなった。

彼らのほとんどが家族や家を失っており、帰国しても待っている人がいないというケースもある。

それを伝えれば絶望するかもしれないのだが、その辛い現実を伝えることと、そうであっても彼らをひとり残さず帰国させることがツグミの仕事なのだ。

 

ボーダーという組織について、そしてどうやって帰国するのかという手順を簡単に説明すると一旦解散となった。

 

 

◆◆◆

 

 

簡単に昼食を済ませたツグミは拉致被害者の確認作業を始めることにした。

ひとり当たり5分としても3時間以上かかる作業であるから手際良く進めなければならないのだが、36人それぞれに事情があるためそう簡単には済まないだろう。

ツグミは作業をするために食堂の一角を借りていて、迅がひとりずつ連れて来て確認作業を行う。

まずひとり目の青年が食堂へやって来た。

 

「お待たせしました。さあ、こちらへどうぞ」

 

ツグミは青年に声をかけ、テーブルを挟んで向かい側の椅子を指し示した。

少し緊張している青年に対して彼女は柔らかな笑みを見せる。

 

「お名前と誕生日、そしてさらわれた時の年齢を教えてください」

 

「僕は青木知之(あおき ともゆき)、誕生日は8月10日で、さらわれた時は14歳でした」

 

ツグミは資料の該当するページを開いて本人確認をする。

 

「青木知之さんですね。ご本人かどうか確認するためにいくつか質問をします。三門市での住所を教えてください」

 

「三門市弓手町○-△-□です」

 

「当時の家族構成をお願いします」

 

「両親と祖父の4人です」

 

「はい、ありがとうございました。こちらの資料と照らし合わせて本人と確認できました。…では、まずはじめにあなたにお伝えしたいことがあります。あなたが近界民(ネイバー)にさらわれた時、三門市は大きな被害を受けました。特に東三門地区はほぼ壊滅してしまいました。そしてあなたのように近界民(ネイバー)に拉致された市民は約400人ですが、死者は1200人を超える大災害となったのです」

 

青木の顔が青ざめた。

これから聞きたくはない話を聞かされるのではないかという不安によるものだが、だからといって逃げたところで何の意味もないことをちゃんと理解しているようだ。

 

「あなたのご両親は重傷を負いましたが辛うじて命は取り留めました。おじい様はその時は怪我こそしなかったのですが、避難生活の中で体調を崩してしまい持病の糖尿病が悪化して5年半前にお亡くなりになっています」

 

「……」

 

「住んでいた家は半壊し、この地域は放棄地区となって人が住めない状態になってしまいましたので、ご両親はお父様のご実家のある四塚市に引っ越されました。ですがおふたりともお元気で、あなたの帰りをずっと待っていらっしゃいます。ご無事でいてくださってありがとうございました」

 

そう言ってツグミは深く頭を下げた。

彼女は第一次近界民(ネイバー)侵攻で戦った人間のひとりだが、被害者に対して「申し訳ない」という意識はない。

力不足によって被害が拡大したとしても、その時点における全力で戦ったという自信があるから自分の行動に落ち度や過失などないと考えているからだ。

しかしそれによって生じた被害が現実に存在し、青木のように長い間苦労した人間がいることは事実である。

だから苦労をさせたことに対して謝罪の気持ちはないのだが、彼は今まで生きるために頑張っていてその努力に対しては感謝をしているから心からの感謝の言葉は自然と口にできたのだった。

 

「今日はこれで結構です。出発の目処が立ちましたらご連絡をしますので、それまで待機していてください。また何か質問や気になることなどがありましたらこの寮の責任者の方に言ってもらえばわたしか先ほどあなたをご案内した迅という局員が対応します。よろしいですね?」

 

「あ、はい。どうもありがとうございました。そしてどうぞよろしくお願いします」

 

青木は会釈をしてから食堂を出て行った。

 

 

これでやっとひとり終わった。

このやり取りがあと35回行われるわけだが、まだ青木のケースは楽なものである。

家族のひとりが亡くなったものの、両親は健在であるから彼は両親が引き取ることになるだろう。

しかし36人中7人は同居家族全員の無事が確認されているものの残り29人は何らかの犠牲者が出ている。

関連死を含め両親や祖父母、きょうだいなどのうち誰かが亡くなっている青木のようなケースが21人いて、8人は家族全員の死亡が確認されている。

また29人のうち6人はきょうだいが同様にエクトスに拉致されていて、生存の可能性は高いが死亡している場合もありうる。

したがって少なくとも8人には「あなたには待っている家族はもういない」という()()をしなければならないという辛い役目があった。

もちろん彼らにはボーダーと三門市が保障や生活のサポートを全力で行うことになるが、家族という最も大切なものを失った人の心の穴を埋めることは他人にできるものではない。

ツグミにとっては他人事であって関心のないことなのだが、彼女がボーダーの人間である以上は無関係だとは言えず、特に総合外交政策局局長ともなれば親身になって接しなければならないのだ。

その覚悟があって彼女は局長という役職を引き受けた。

だから辛い役目であっても自分の仕事としてやらなければいけないのだと自分に言い聞かせ、食堂の隅で待機している迅に声をかけた。

 

「ジンさん、次の方を呼んでください」

 

 

 

 

4時間近くかけて36人全員の本人確認と彼らの置かれた現状についての説明を終えたツグミは心身ともに疲弊していた。

 

(想像以上にしんどかったな…)

 

家族全員の死亡が確認された22歳の青年が彼女の前で泣き出してしまい、ツグミにはどうすることもできなかった。

 

(大人の男の人があんなに泣くなんて初めて見た。最上さんを喪ったジンさんだって辛かったのに人前で大泣きしたことはなかったもの。…ああ、でもそうか。ボーダーの人間なら覚悟というものができていたけど、民間人にとっては突然現れた異形の侵略者に日常を奪われたんだから、これが当然の反応なのかもしれない。篠山さんは家族3人が全員亡くなったと聞かされた時には取り乱すことはなかったけど、きっと心の中では悲しくて大泣きしていたわね。女性の涙が苦手という男性は多いけど、女性だって男性が泣く姿を見て平気でいられるわけないじゃない。それが大人の人で子供に慰められたら余計に辛くなるだろうし。明日は女性ばかりだけど、やっぱりしんどいな…)

 

明日は丸一日かけて27人の女性と面会し、本人確認と今後どうするかの相談をすることになっている。

こちらも27人のうち家族全員の死亡が確認されている人が4人いて、同様に残酷な現実を告げなければならないのだ。

 

(でも新しい家族と上手くいっているなら多少は救いとなるはず。ヒエムスに残るのであっても三門市で一緒に暮らすのであっても精一杯のことはしてあげよう)

 

 

一方、ツグミにだけ辛い仕事を押し付けているように思える迅は彼女と違う意味で胸を痛めていた。

 

(俺には指をくわえて見ているしかできないのか? ツグミ(こいつ)が辛い思いをしているというのに、俺は黙ってこいつの指示に従っているだけ。そりゃこいつが局長で俺は局員でしかないのだから指示以外の余計なことはできない。だが俺はこいつの恋人なんだぞ。その恋人が目の前で辛そうにしているのに何もできないなんて、俺はなんて不甲斐ないんだ!)

 

迅は自分を責めるが、ツグミの気持ちを尊重するのなら彼女が頼ってくるまで待つのが最善の策である。

 

(いや、ツグミなら本当に俺の力が必要な時には頼ってくるはずだ。それまで見守っていてやろう。もし無理をしているような様子が見えたら問答無用で休ませる。今はそれで十分か…)

 

するとツグミが迅に声をかけた。

 

「ジンさん、今日はこれくらいにしておきましょう。あと1時間半くらいで晩餐会の時間だから。一度部屋に戻って着替えをして待ちましょう」

 

「そうだな」

 

ツグミと迅は迎賓館の部屋に戻るときっちり1時間の仮眠を取り、正装に着替えると王宮からの迎えを待つのだった。

 

 

 

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