ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
午後2時、記者会見が始まった。
アフトクラトル遠征とC級隊員救出報告会の時以上にマスコミの取材申し込みが増えるのは想定内だったが、外国メディアの日本にある支局からの取材希望が大幅に増えたということで、記者席は前回の倍の200席にしたのだがそれすらも満席になっている。
第一次
ところが昨年のアフトクラトル遠征で
そして今回の拉致被害者市民が一度に64人も救出されたというニュースは全世界を震撼させることだろう。
これまで異世界とそこに住む人間がいることは報告されていたが、
しかしこうして情報公開することはある種の危険を孕んでいる。
以前からトリオンとトリガーに関する技術を奪おうとして複数の国のスパイが三門市に入り込んでいて、隊員や職員に危害を加える事件が起きていた。
昨年3月に起きた拉致事件の被害者がツグミであり、その際には「こちらボーダー広報室」で偽の情報を流したのだが、裏では加害国に対してキツく釘を刺しておいた。
こうした「裏の世界」の情報は広まるのが案外早いもので、それ以降はボーダーに対してスパイ行為をする国は現れなかった。
ところが
トリオンとトリガーの知識や技術は正しいことに使われる分には問題はないが、軍事関係に利用されることだけは絶対にあってはならない。
そこでこの記者会見で更なる警告をすることにしている。
「ただいまから第一次
司会の根付が開始を告げる。
「まず初めに今回の計画の実動部隊とも言える総合外交政策局の責任者である霧科局長から概要についてお話いただきます」
ツグミは幹部席のマイクを握ると観客席に向かって第一声を放った。
「着席したままで失礼させていただきます。わたしが総合外交政策局長の霧科ツグミです」
彼女が総合外交政策局長という肩書きを持っていることは周知されているがまだ知らない者も多く、彼女が大勢の観衆の視線を浴びながらも堂々とマイクを持つ姿に観客席からどよめきが上がった。
しかしそんなことは無視してツグミは話を続ける。
「今から約6年前に発生した第一次
ここでツグミは犠牲者に黙祷をし、さらに説明をした。
「ボーダーでは
「エクトス」という具体的な国名を出すことで、「敵・悪」としての
現にツグミの話をじっと聞いていた観客たちは「エクトス」という未知の国とその国に住む
「昨年の9月にヒエムスという国から脱出して帰国した男性がいたことはボーダーの広報番組でお知らせしたのでご存知の方も大勢いらっしゃることでしょう。彼の証言で彼が
ツグミはそう言ってパーティションの向こう側にいる64人の方を見た。
「彼らの希望で顔出しはNGとなっておりますのでこのようにすりガラスのパーティションでマスコミ関係者及び観客のみなさんからは顔が見えないようになっています。なにしろ彼らはこれから普通の暮らしに戻るわけですが、心無い人から誹謗中傷を受ける可能性があり、また
このあとツグミはヒエムス国王との交渉とどのような取引をしたのかを説明した。
その際にヒエムス政府はエクトスから三門市民を購入する時点で「
しかしそれは国内の労働力を得るためであり、他に手段がなかったために非人道的であることを承知しながらも人身売買に手を染めたこと。
現在では後悔しており、二度とこのような過ちは繰り返さないと約束をし、今後ヒエムスは
「ボーダーでは日本政府から
800人以上の観衆を前に怯むことなく堂々と自分の言葉で「
並の人間なら舞台に立つだけでも緊張して声が震え、聴衆に対して伝えたいことの半分も伝えることはできないだろう。
しかし彼女の「相手に自分の気持ちを
ここで聴衆に興味を持ってもらえないと「共感」を得られず、「声は聞こえているけど、話を聞いていない」状態になってしまう。
聴衆は話を聞いているつもりでいても内容が表面的にしか伝わらず、聞き終わった後に何も残っていない、つまり「心を動かされない」ままになってしまうのだ。
だからひとつひとつの言葉に
もっともボーダーのスポンサー企業の多くは彼女の言葉など聞くまでもなく
そうでなければ単なる慈善で億単位の大金をポンと出してくれるはずがないのだ。
「なおこの場をお借りしましてボーダーの活動に賛同して多額の支援をしてくださっている企業のみなさまに感謝の気持ちをお伝えしたいと思います。わたしは第一次
そう言ってツグミは立ち上がると特別に用意されているスポンサー席に腰掛けている企業の代表者たちに向かって深々と頭を下げた。
以前の一隊員また外務・営業部長補佐の彼女の言葉ではなく「総合外交政策局長」という肩書きを持つ幹部の言葉であるから彼らも言葉の重みを十分に感じていて、彼女の言葉に嘘偽りがないのであれば支援した金額の数倍の「見返り」があるという確信を得た。
そのせいなのかスポンサー席からパチパチと拍手をする音が聞こえ、それがきっかけとなってスポンサー席だけではなく一般市民席からも拍手が生まれ、会場全体に響く拍手となっていった。
それはツグミの「覚悟」に対する賛同の意味が込められたもので、この場にいる大多数の人間は彼女の視線の先にある未来絵図に期待をしているのだ。
「ここでわたしの総合外交政策局長としてヒエムスで行った交渉についての話はおしまいです。あとで質疑応答の時間を用意してありますので、マスコミ関係者のみなさんはもちろん、市民のみなさんからの質問もお受けいたします。ここにいらっしゃるみなさんはわたしの話よりも帰国した64人の
そう言ってツグミはアイコンタクトで根付に合図をした。
「えー、それでは帰国した方々の代表から
根付はパーティションの後ろにいる帰国者代表にマイクを渡した。
その代表とは青木で、代表者を決める時に彼は自らすすんで経験を語ってくれると立候補してくれたのだった。
「僕は青木知之といいます。さらわれた時は中学3年、14歳でした」
青木は自分がトリオン兵に捕らえられた時からのことをわかりやすい言葉で語り出した。
内容は以前に帰国した鳩原智史や篠山郁太郎の経験とほぼ同じものだが、それは誰もが
トリガー使いとなるための厳しい訓練に耐えたことや、ヒエムスに売り払われた時には周囲に同胞がおらず
ここでは感情を込めるよりも事実を伝えることのみに専念すべきだというツグミの助言によるものだ。
しかし後半は違っていた。
奴隷のような扱いを受けるのだろうと覚悟していたのだが、同僚となるヒエムスの兵士たちは非常にフレンドリーであり、食料が乏しい国であっても腹を空かせて辛い思いをすることはなかった。
そして戦争に駆り出されてもトリオン体で戦うために命の危機を感じることはなかったため、いつの日にか三門市に帰ることができるという希望を捨てることはなかったという内容は心を込めて、少々芝居がかった表現で伝えることにより聴衆の涙を誘うことになった。
もちろんそれもツグミの指示で、彼は真実を伝えているだけで言葉に嘘は欠片もない。
ただ抑揚、強調、間を取り入れながら話し方に変化をつけることによって話し方の表現力が飛躍的に高まり、聞き手の印象に残りやすく同調を得られやすくなる。
これを
それを青木に
「僕は人生の中で14歳からの6年間…学生として友人と共に学び、遊び、語り合う貴重な時間を理不尽な暴力によって奪われてしまいました。おまけに大事な家族である祖父の死に目にも立ち会えず、それがとても辛くて悲しいです。ですが
青木がそうハッキリと言い切ると、帰国者席から拍手が起きた。
それは自分たちも同意見であるという証で、それを聞いた観客席からもその数十倍もの拍手が湧き上がり、体育館の中は拍手の嵐となって拍手が止むまでの数分間進行が途絶えてしまうほどであった。
過酷な経験をした青年が無事に帰国し、新しい人生を前向きに生きようとしている気持ちが観客の心に届いたのだ。
マスコミ関係者ですら仕事をしばし忘れ、惜しみない拍手を贈った。
続いて女性の代表として水戸涼花がマイクを受け取った。
「わたしは水戸涼花といいます。さらわれた時は16歳でした。第一次
涼花はエクトスでトリガー使いとしての訓練を受けたものの使い物にならないと判断され、花嫁としての女性を求めているヒエムスに売られたことを話すと観客席がざわめいた。
それは彼女が意に沿わぬ結婚を強いられ、労働力としてだけでなく子供を産む「道具」としての酷い扱いを受けたのだろうと想像した女性たちの怒りや哀しみによるものである。
中には涙を浮かべている女性もいる。
たぶん自分の娘と同じくらいの歳の彼女のことを思うと耐えられなくなったのだろう。
しかし涼花の話は続いた。
「わたしを買った男性はカルーロという名前で、素朴で優しい人です。裕福ではありませんが年収の約半分という価格のわたしを買ったのですから、わたしは彼からどのような酷い扱いを受けても我慢するしかないと考えていました。ですが彼はわたしのことをとても大事に扱ってくれました。わたしの意思を優先し、花嫁として買ったというのにまるでお姫さまに従う家臣のようで、わたしはそんな彼を信頼し心を開いていったのです。正式な夫婦になったのは半年後で、それもわたしが彼と結婚をしたいと思うようになったからです。…ただその時のわたしは他に頼れる人がおらず、彼だけがわたしの味方であったという環境に影響されたことは否定できません。ですが後悔はしていません。出会いこそ最悪なものでしたが、わたしは彼と結婚できたことを心から喜んでいます。4歳になる娘もいて、ヒエムスではいろいろ不自由なことはありましたがとても幸せに暮らしていました」
その言葉を聞いて涙を流していた観客の涙は乾いて安堵の笑みが浮かんでいる。
「そんなささやかな日々がずっと続くものだと信じていたある日、ボーダーという組織の方が現れて三門市に帰ることができると言ってくれたんです。ですがわたしが帰国するとなれば
涼花は切なる願いを込めて訴えた。
彼女の気持ちは十分に観客に伝わっているようで、その証拠に青木の時以上に大きな拍手の嵐が湧き上がったのだった。
ここまでの流れで「悪いのはエクトス」「ヒエムスの人間は三門市民に対して非常に好意的に接してくれた」と何度も繰り返してきて、ある意味「洗脳」した状態になっている。
だから「ヒエムスの人間なら受け入れてもいいのではないか」という気持ちに傾き始めていた。
これで三門市は近いうちに市民に対して「