ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
記者会見の後半は質疑応答となる。
ボーダー側が一方的に話をするだけではなく、一般市民やマスコミ関係者が疑問に思っていることを答えるという形にすることで納得してもらうためである。
だから前半ではあえて
まずは前もってボーダー側に提出されている質問の分を順に答えていく。
帰国者に対して久しぶりに見た故郷の変貌についてや、
しかしそれだけではボーダー側は自分に都合の良いものだけを選んで答えていると思われるため、中にはボーダーに対しての不満や疑念などの含まれた質問…と言うより批判のようなものに対しても誠意ある回答をする。
そして質疑応答は予定調和のうちに進んでいくが、ここからがツグミの本領を発揮する場面となる。
「読朝新聞の板垣です。帰国者の水戸さんにお聞きします。水戸さんは第一次侵攻でご両親を亡くされ、妹さんも行方不明だということですが、ボーダーがもっと強ければ家族全員が無事だったかもしれないですよね? その件に関してボーダーに対する不満や怒りの気持ちはないんでしょうか? ボーダーの幹部がいる前では言いにくいかもしれませんが正直な気持ちを教えてください」
こういった質問してくるマスコミ関係者がいると確信していたツグミ。
マスコミ側が指名するとすれば名前のわかっている青木か涼花のどちらかを選び、その中でも両親が亡くなっている涼花の方がボーダーに対して不信感を抱いているだろうから彼女を選ぶ確率が一番高いと考えていた。
しかし念の為に帰国者全員に誰が指名されても答えられるように準備をしておくようにとも伝えてあったのだが、やはり涼花が指名されたのだった。
涼花は根付からマイクを受け取ると自分の言葉で正直な気持ちをハッキリとした口調で言った。
「記者さんがこんな質問をするのはわたしがボーダーに対して恨みを持っているんじゃないかと考えてなのだと思います。ですからここでわたしがボーダーを非難するようなことを言えばボーダーを叩くことができ、擁護するような発言をすればボーダーに言わされているのだと邪推して好き勝手な記事を書くつもりなんでしょうね? でもわたしたちは誰が指名されても自分の正直な気持ちを話すようにと霧科さんから言われています。それは何も知らない無関係な人間にいくら非難されようとも自分たちの行動に後ろめたいことがないからなんだそうです。だからこの記者会見が終わって記者さんがどんな記事を書こうとも、ボーダーの人たちは痛くも痒くもないと思います。そして彼女たちのやっていることは過去の償いではなく、また被害を受けたわたしたちに元の生活に戻ってもらおうというのでもありません。過去は過去として真摯に受け入れ、その結果生じた現在を精一杯生きることで、自分の描いた理想の未来を掴もうという霧科さんの考え方にわたしは共感しました。だからわたしは家族と一緒に三門市で暮らし、わたし自身は次々と帰国するはずの同じ境遇の女性たちを支援する仕事をしたいと考えています。そんなわたしにボーダーに対する不満や怒りの気持ちなんてあるはずがないでしょ?」
涼花はほんの少しだけ板垣を馬鹿にするような言い方をした。
もし顔が見えていたならば軽蔑の視線を向けていたことだろう。
そして「同じ境遇の女性たちを支援する仕事をしたい」という彼女の言葉にツグミは驚いていた。
涼花からそんな話は聞いていなかったからだ。
彼女は半年前にヒエムスから帰国していて三門市での生活に戻っていたから、彼女なりに将来のことを深く考えていたのだろう。
まだカルーロとリンダの存在を公にできなかったために放棄地区にある実家でひっそりと暮らしていたのだが、この分なら近いうちに「
この言葉で彼女が「
これは彼女にとっても予想外のことで、涼花もまた力強い仲間に加わってくれることを確信したのだった。
板垣も涼花を追求しても無駄だとわかったらしく、そのまま力なく座って会場スタッフにマイクを返した。
すると何人か手を挙げて質問をしようとしていた記者たちもまた黙りこくってしまった。
板垣同様にボーダーを叩くネタを探していたが、どんな質問をしたところで
これまでの「結果」によってボーダーは市民から強い支持を受けていて、他所者のマスコミの人間が反ボーダーの報道をしても流れを変えることは不可能だ。
むしろ市民と同調してボーダー支持を訴えた方がテレビの視聴率は上がるだろうし、新聞や雑誌の販売数が増えるのは火を見るよりも明らかで、市民の意見に手放しで賛同せずとも反対はしない方が良いと判断したに違いない。
続いて市民から質問の手が挙がった。
それは50代くらいの女性で、マイクを受け取るとゆっくりと立ち上がった。
「ボーダーの方に質問します。お話を聞いていて
「それではこの質問にわたしがお答えします」
そう言ってツグミがマイクを握った。
「同じ人間といっても
「はい、わかりました。ありがとうございました」
そう言って女性は椅子に腰掛けた。
彼女は板垣記者のようにボーダー批判をしたかったのではなく純粋に「
それからいくつか市民からの質問や意見が挙がり、それに対してツグミだけでなく城戸たちも適切な回答を示したことで記者会見は滞りなく進んでいった。
そして最後に城戸がマイクを握って宣言をするかのように言い放った。
「第一次
次の瞬間、会場内はしんと静まり返ったのだが、どこからともなく拍手の音が聞こえ、それがきっかけとなって拍手の渦となった。
市民はもちろんのことマスコミ関係者の中からも拍手をする者が大勢いて、その拍手に混じって「頑張れ!」とか「期待しているぞ!」といった声援も上がっていた。
まるで人気アーティストのライブのフィナーレのようで、司会の根付がどう収束させようかオロオロする様子が面白かったものだからツグミはつい声を出して笑ってしまうほどであった。
そのうちに潮が引くように拍手の音は小さくなって再び会場は静まり返る。
すると根付が報告会の終了を告げた。
「これにて第一次
そう言って舞台の下手の袖に姿を消した。
帰国者たちは彼に続いて移動を始め、最後にツグミたち幹部4人が舞台上からいなくなった。
会場の設営は手の空いている隊員や業者に依頼をしており、片付けも根付の指示で彼らが行うことになっている。
したがってツグミの仕事は帰国者たちを「家」に帰すことで、来た時と同じように体育館の裏口に停めたバスに乗ってもらう。
帰国者たちを誘導して裏口まで行くと、目隠し用のブルーシートの外側にいる市民たちの声が聞こえた。
そこにいるのは帰国者の家族や友人でもない赤の他人なのだろうが、それでもまるで自分の身内のように温かい言葉を投げかけてくれていた。
「お帰りなさい」
「よく頑張ったね」
「ずっと信じて待っていたよ」
「早く元の生活に戻れるといいね」
「応援しているよ」
見ず知らずの人たちからの優しい言葉に帰国者たちは目頭が熱くなってしまい涙ぐむ人がいれば市民に感謝の言葉を述べる人もいて、全員が乗車するまで15分もかかってしまったほどだ。
さらにバスの進行方向の沿道にも大勢の市民が並んでいて、それぞれが応援の言葉をかけてくれた。
車内が見えないようにとすべての窓にカーテンを引いているのだが、市民の声援に応えようとカーテンの隙間から手を出して市民に向けて振る人もいる。
帰国者たちはいわゆる犯罪被害者であり彼らには何の落ち度もないのだから、過酷な6年間を過ごしてきた彼らを市民が受け入れるのは難しいことではない。
しかしその配偶者が
地元民と転入者とのトラブルは日本人同士でも普通にあることで、それが外国人どころか
上手く付き合っていけるかどうか不安だという市民がいるのは当然で、そのためにゼノンたちが
彼らと市民は上手くやっているようで、そのことを知っている市民ならヒエムスやその他の国の
通路を挟んで反対側の席にひとりで座っている涼花の姿を認めたツグミは席を立ち上がると彼女に声をかけた。
「涼花さん、少しお話したいんですけどいいですか?」
「え? ええ、もちろんいいですよ」
「じゃあ、そっちの席に移動しますね」
そう言ってツグミは立ち上がり、涼花の隣のシートに腰掛けた。
「さっきの報告会でのあなたの堂々とした態度には驚いてしまいました。あなたが将来のことを具体的に考えていて、家族と一緒にこの街で暮らしていきたいという意思を感じました。たぶん観客席にいた市民のみなさんも同じだったと思いますよ」
ツグミに褒められたことで涼花は顔が赤くなってしまう。
「だってわたしたちの家族はもう受け入れてもらえていますから。誰もカルーロとリンダが
「ええ、わかっています。それで提案なんですけど、あなた方もスマートシティ内のファミリー用の家に引っ越しませんか?」
「引っ越しですか? せっかく今の家があるんですから…」
「でも引っ越せばカルーロさんは職場が近くなりますし、あなた方の
「それなら今夜カルーロに話をして、どうするか決まったらあなたに連絡しますね」
「はい。お願いします」
ツグミと涼花は顔を見合わせて微笑んだ。
ヒエムスは農業を主産業とした国であるから、農業従事者が多い。
花嫁として三門市民の女性を買った男性たちも多くが農家で、カルーロのように鍛冶屋だとか商人や荷運びなどいろいろな職に就いている人もいる。
もし家族全員で三門市に来て永住することになっても、彼女たちの心配は就職である。
特に農業しか経験のない男性では畑仕事以外に働くことができないと思い込んでしまっているのだ。
だから愛信建設のようにボーダーのスポンサー企業で
また職業訓練を受けられるようにすれば経験のない職種でも就職は可能となるわけで、涼花の家族がスマートシティ内で普通に暮らしているという「実績」があれば、
涼花がボーダーに協力したいという意思があるのだから、これは彼女とツグミにとって最善の方法なのだ。
◆◆◆
報告会の様子はテレビで生放送されたことで「第一次
その直後から各支部へ電話・メールなどで「市民の声」が殺到し、メディア対策室や唐沢の携帯電話にはスポンサー企業からの問い合わせが届き始めた。
それだけ多くの人間に衝撃を与えた証拠であり、夜には三門ケーブルテレビで編集された特別番組がゴールデンタイムに放映されため、翌日にはさらに大勢の人間からの反応があった。
それがボーダーや帰国者にとって好意的なものばかりであれば良いのだが、
こういったことは想定内の範囲であり大騒ぎをする必要はないものの、何らかの手立てを考えなければ悪意ある者によって利用されてしまう恐れもある。
その何らかの手立てというものを考えるのはツグミたち総合外交政策局だけでは無理で、メディア対策室と合同で「
嵐山隊による市民向けのイベントにゼノン隊の3人がゲストとして参加するとか、嵐山隊メンバーがリヌスやテオとプライベートでも仲良くしている様子を
さらに以前ツグミが取材に応じた月刊誌「ボーダー・タイムズ」でゼノン隊の日常を紹介してもらいたいと担当の日下に連絡をすると、彼は大喜びでその日のうちに本部基地へと駆けつけてくれた。
そしてゼノンの諜報員としての知識や技術を教える特別講座の様子や
◆
そして6月5日の夜、一時帰国をしていた女性たち27人がヒエムスへ戻るために再び艇に乗り込んだ。
彼女たちはヒエムスの家族と相談し、その中でヒエムスに残るか家族全員で三門市に戻るのかを決める。
1ヶ月後にボーダーの艇が迎えに行くことになっていて、それまでに決めてもらわなければならないのだが、女性たちの気持ちはほぼ固まっていて家族を説得するだけになっているようだ。
三門市・ボーダー側もそれまでに受け入れ態勢を完璧に整えておくと約束しており、すべては彼女たちの「勇気ある決断」にかかっているのである。
ボーダー側からはゼノンとリヌスのふたりが付き添い、ツグミは三門市に残ることになった。
彼女がいなくても済む仕事であれば、彼女が身を削って動く必要はないという城戸の判断である。
ツグミには彼女にしかできないことをやってもらわなければならない。
レプトとの交渉準備、帰国者のサポートなど彼女にしかできないことや彼女が最適だと思われる仕事は山ほどあるのだ。