ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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490話

 

 

記者会見の後半は質疑応答となる。

ボーダー側が一方的に話をするだけではなく、一般市民やマスコミ関係者が疑問に思っていることを答えるという形にすることで納得してもらうためである。

だから前半ではあえて()()()()でいたことがいくつかあり、その点を質問してもらって答えるのだ。

 

まずは前もってボーダー側に提出されている質問の分を順に答えていく。

帰国者に対して久しぶりに見た故郷の変貌についてや、近界(ネイバーフッド)での日常など差し障りのないものが続いた。

しかしそれだけではボーダー側は自分に都合の良いものだけを選んで答えていると思われるため、中にはボーダーに対しての不満や疑念などの含まれた質問…と言うより批判のようなものに対しても誠意ある回答をする。

そして質疑応答は予定調和のうちに進んでいくが、ここからがツグミの本領を発揮する場面となる。

 

「読朝新聞の板垣です。帰国者の水戸さんにお聞きします。水戸さんは第一次侵攻でご両親を亡くされ、妹さんも行方不明だということですが、ボーダーがもっと強ければ家族全員が無事だったかもしれないですよね? その件に関してボーダーに対する不満や怒りの気持ちはないんでしょうか? ボーダーの幹部がいる前では言いにくいかもしれませんが正直な気持ちを教えてください」

 

こういった質問してくるマスコミ関係者がいると確信していたツグミ。

マスコミ側が指名するとすれば名前のわかっている青木か涼花のどちらかを選び、その中でも両親が亡くなっている涼花の方がボーダーに対して不信感を抱いているだろうから彼女を選ぶ確率が一番高いと考えていた。

しかし念の為に帰国者全員に誰が指名されても答えられるように準備をしておくようにとも伝えてあったのだが、やはり涼花が指名されたのだった。

涼花は根付からマイクを受け取ると自分の言葉で正直な気持ちをハッキリとした口調で言った。

 

「記者さんがこんな質問をするのはわたしがボーダーに対して恨みを持っているんじゃないかと考えてなのだと思います。ですからここでわたしがボーダーを非難するようなことを言えばボーダーを叩くことができ、擁護するような発言をすればボーダーに言わされているのだと邪推して好き勝手な記事を書くつもりなんでしょうね? でもわたしたちは誰が指名されても自分の正直な気持ちを話すようにと霧科さんから言われています。それは何も知らない無関係な人間にいくら非難されようとも自分たちの行動に後ろめたいことがないからなんだそうです。だからこの記者会見が終わって記者さんがどんな記事を書こうとも、ボーダーの人たちは痛くも痒くもないと思います。そして彼女たちのやっていることは過去の償いではなく、また被害を受けたわたしたちに元の生活に戻ってもらおうというのでもありません。過去は過去として真摯に受け入れ、その結果生じた現在を精一杯生きることで、自分の描いた理想の未来を掴もうという霧科さんの考え方にわたしは共感しました。だからわたしは家族と一緒に三門市で暮らし、わたし自身は次々と帰国するはずの同じ境遇の女性たちを支援する仕事をしたいと考えています。そんなわたしにボーダーに対する不満や怒りの気持ちなんてあるはずがないでしょ?」

 

涼花はほんの少しだけ板垣を馬鹿にするような言い方をした。

もし顔が見えていたならば軽蔑の視線を向けていたことだろう。

そして「同じ境遇の女性たちを支援する仕事をしたい」という彼女の言葉にツグミは驚いていた。

涼花からそんな話は聞いていなかったからだ。

彼女は半年前にヒエムスから帰国していて三門市での生活に戻っていたから、彼女なりに将来のことを深く考えていたのだろう。

まだカルーロとリンダの存在を公にできなかったために放棄地区にある実家でひっそりと暮らしていたのだが、この分なら近いうちに「近界民(ネイバー)の家族と一緒に暮らす」ことを隠さずに済むようになるはずだ。

この言葉で彼女が「近界民(ネイバー)との共存」を心から望んでいて、それを自身の力で叶えようとしている強い意思を誰もが感じたようにツグミには見えたからだ。

これは彼女にとっても予想外のことで、涼花もまた力強い仲間に加わってくれることを確信したのだった。

板垣も涼花を追求しても無駄だとわかったらしく、そのまま力なく座って会場スタッフにマイクを返した。

すると何人か手を挙げて質問をしようとしていた記者たちもまた黙りこくってしまった。

板垣同様にボーダーを叩くネタを探していたが、どんな質問をしたところで()()()()()()()回答が得られないとわかったのだろう。

これまでの「結果」によってボーダーは市民から強い支持を受けていて、他所者のマスコミの人間が反ボーダーの報道をしても流れを変えることは不可能だ。

むしろ市民と同調してボーダー支持を訴えた方がテレビの視聴率は上がるだろうし、新聞や雑誌の販売数が増えるのは火を見るよりも明らかで、市民の意見に手放しで賛同せずとも反対はしない方が良いと判断したに違いない。

 

続いて市民から質問の手が挙がった。

それは50代くらいの女性で、マイクを受け取るとゆっくりと立ち上がった。

 

「ボーダーの方に質問します。お話を聞いていて近界民(ネイバー)にも良い人と悪い人がいるということは理解できました。そして近界民(ネイバー)の家族がいる人は一緒に三門市で暮らしたいという希望があることも。ですが異世界の人が三門市でわたしたちと上手く付き合っていけると本気で考えているのでしょうか? こちら側の世界の外国人でさえ文化や習慣が違うということでご近所トラブルが発生しています。ですから近界民(ネイバー)が近所に住むとなると不安です」

 

「それではこの質問にわたしがお答えします」

 

そう言ってツグミがマイクを握った。

 

「同じ人間といっても近界民(ネイバー)はわたしたちと違う文化を持ち、文明の発展の仕方もまったく異なる人たちです。考え方や価値観なども大きく違いますが、だからといって共存できないとは限りません。彼らは言葉が通じるのですから会話という手段でお互いの考え方や気持ちを伝えることができます。…ここにいるみなさんの中でご近所に外国人が住んでいる方はいらっしゃいますか? もしかしたらゴミの分別や回収日を守ることができないとか、毎日決まった時間にお祈りをしてその声が大きすぎてうるさいとか、彼らが住んでいた国では普通のことも日本では問題になるということが理解できずにトラブルになるというケースは珍しくありません。ですがすべての外国人が迷惑をかけるとは限らず、日本のルールを守って仲良く暮らしている地域もあるはずです。逆に日本人でもルールを守れない人間はいます。近界民(ネイバー)だからといってトラブルを起こすとは限りません。むしろ近界民(ネイバー)である自分が三門市で暮らしていくのであれば家族に迷惑をかけたくないと考えて積極的にこちら側の世界のルールを覚えて守ろうとするでしょう。そしてボーダーでも三門市で暮らしたいという近界民(ネイバー)に対しては『郷に入っては郷に従え』の言葉を教えてそれが守れないのなら強制的に帰国させるという厳しい約束をさせるつもりでいます。実際に日本の法律を守れない外国人は強制送還させられるという例がありますからね。それと同じです。それから現在建設が進んでいる『三門スマートシティ』はご存知でしょうか? 近界(ネイバーフッド)から帰国された人で住む場所がない方にはここに建設された住居に住んでいただくことになっています。また近界民(ネイバー)の家族がいる場合には原則としてスマートシティ内に住むよう指示をしますので、それ以外の地域にお住まいの市民の方々にはご迷惑をお掛けすることはないはずです。これでご理解いただけましたか?」

 

「はい、わかりました。ありがとうございました」

 

そう言って女性は椅子に腰掛けた。

彼女は板垣記者のようにボーダー批判をしたかったのではなく純粋に「近界民(ネイバー)との共存」に不安があっただけで、その不安が解消されたことで顔に笑みが浮かんだ。

 

それからいくつか市民からの質問や意見が挙がり、それに対してツグミだけでなく城戸たちも適切な回答を示したことで記者会見は滞りなく進んでいった。

そして最後に城戸がマイクを握って宣言をするかのように言い放った。

 

「第一次近界民(ネイバー)侵攻での行方不明者はまだ350人もいます。彼らは近界(ネイバーフッド)のどこかで帰国できると希望を捨てずに迎えが来ることをずっと待っているはずです。今の時点ではレプトという国に何人かがいるということだけは判明しましたが、それ以外のことはまだわからないことだらけです。ですがボーダーは次の遠征先をレプトに定め、ヒエムス政府と交渉して全員を無事に取り戻したようにレプトにいる市民も全員救出したいと準備を進めております。具体的にいつ決行するのかなど詳細は決まっておりませんが、ヒエムスの国王が協力することを約束してくれましたのでそう遠くない未来に再びこのような報告会を開くことになるでしょう。ボーダーは行方不明者の最後のひとりが無事に帰国するまでこの歩みを止めることは決してありません。もちろん三門市防衛に関してもこれまで以上に力を入れ、二度とあのような悲劇を繰り返さないことをここに誓うものであります」

 

次の瞬間、会場内はしんと静まり返ったのだが、どこからともなく拍手の音が聞こえ、それがきっかけとなって拍手の渦となった。

市民はもちろんのことマスコミ関係者の中からも拍手をする者が大勢いて、その拍手に混じって「頑張れ!」とか「期待しているぞ!」といった声援も上がっていた。

まるで人気アーティストのライブのフィナーレのようで、司会の根付がどう収束させようかオロオロする様子が面白かったものだからツグミはつい声を出して笑ってしまうほどであった。

そのうちに潮が引くように拍手の音は小さくなって再び会場は静まり返る。

すると根付が報告会の終了を告げた。

 

「これにて第一次近界民(ネイバー)侵攻における拉致被害者市民の帰国報告会を終了させていただきます。市民のみなさん、マスコミ関係者のみなさん、どうもお疲れさまでした」

 

そう言って舞台の下手の袖に姿を消した。

帰国者たちは彼に続いて移動を始め、最後にツグミたち幹部4人が舞台上からいなくなった。

会場の設営は手の空いている隊員や業者に依頼をしており、片付けも根付の指示で彼らが行うことになっている。

したがってツグミの仕事は帰国者たちを「家」に帰すことで、来た時と同じように体育館の裏口に停めたバスに乗ってもらう。

帰国者たちを誘導して裏口まで行くと、目隠し用のブルーシートの外側にいる市民たちの声が聞こえた。

そこにいるのは帰国者の家族や友人でもない赤の他人なのだろうが、それでもまるで自分の身内のように温かい言葉を投げかけてくれていた。

 

「お帰りなさい」

「よく頑張ったね」

「ずっと信じて待っていたよ」

「早く元の生活に戻れるといいね」

「応援しているよ」

 

見ず知らずの人たちからの優しい言葉に帰国者たちは目頭が熱くなってしまい涙ぐむ人がいれば市民に感謝の言葉を述べる人もいて、全員が乗車するまで15分もかかってしまったほどだ。

さらにバスの進行方向の沿道にも大勢の市民が並んでいて、それぞれが応援の言葉をかけてくれた。

車内が見えないようにとすべての窓にカーテンを引いているのだが、市民の声援に応えようとカーテンの隙間から手を出して市民に向けて振る人もいる。

帰国者たちはいわゆる犯罪被害者であり彼らには何の落ち度もないのだから、過酷な6年間を過ごしてきた彼らを市民が受け入れるのは難しいことではない。

しかしその配偶者が近界民(ネイバー)となると事情が少し変わってくる。

地元民と転入者とのトラブルは日本人同士でも普通にあることで、それが外国人どころか近界民(ネイバー)という異世界の人間であれば不安にならないわけがない。

上手く付き合っていけるかどうか不安だという市民がいるのは当然で、そのためにゼノンたちが近界民(ネイバー)であり何ヶ月も前から三門市で生活していることを公表した。

彼らと市民は上手くやっているようで、そのことを知っている市民ならヒエムスやその他の国の近界民(ネイバー)であっても大丈夫だと思ってくれるのだが、そうでない人に対しては「実例」を示して理解を求めるしかなさそうだ。

 

 

通路を挟んで反対側の席にひとりで座っている涼花の姿を認めたツグミは席を立ち上がると彼女に声をかけた。

 

「涼花さん、少しお話したいんですけどいいですか?」

 

「え? ええ、もちろんいいですよ」

 

「じゃあ、そっちの席に移動しますね」

 

そう言ってツグミは立ち上がり、涼花の隣のシートに腰掛けた。

 

「さっきの報告会でのあなたの堂々とした態度には驚いてしまいました。あなたが将来のことを具体的に考えていて、家族と一緒にこの街で暮らしていきたいという意思を感じました。たぶん観客席にいた市民のみなさんも同じだったと思いますよ」

 

ツグミに褒められたことで涼花は顔が赤くなってしまう。

 

「だってわたしたちの家族はもう受け入れてもらえていますから。誰もカルーロとリンダが近界民(ネイバー)だと思わないからなんでしょうけど、一緒に買い物に行っても他人の視線を感じることはありませんし、さっきあなたが言っていたように『郷に入っては郷に従え』とこちら側の世界のルールさえ守ればトラブルなんて起きることはないんです。あなたが愛信建設の小笠原社長にカルーロのことを紹介してくれたおかげで就職でき、今はスマートシティの建設現場で働いています。リンダにも友達ができ、わたしたち家族はこの街に根を下ろして生きていくことを許されたのだと信じています。そして彩花と一日でも早く再会するために自分に何ができるのかを考え、そこでわたしと同じ境遇の女性のサポートをする仕事ができたらいいなと思ったんです。霧科さんに相談もしないであんなことを大勢の人の前で言っちゃいましたが、わたしは本気ですから」

 

「ええ、わかっています。それで提案なんですけど、あなた方もスマートシティ内のファミリー用の家に引っ越しませんか?」

 

「引っ越しですか? せっかく今の家があるんですから…」

 

「でも引っ越せばカルーロさんは職場が近くなりますし、あなた方の()()()があれば他の帰国者たちは新しい生活への不安はなくなります。ヒエムスに家族を残してきた女性たちは今すごく悩んでいるはず。彼女たちの相談相手になってもらえたらすごく助かります」

 

「それなら今夜カルーロに話をして、どうするか決まったらあなたに連絡しますね」

 

「はい。お願いします」

 

ツグミと涼花は顔を見合わせて微笑んだ。

 

ヒエムスは農業を主産業とした国であるから、農業従事者が多い。

花嫁として三門市民の女性を買った男性たちも多くが農家で、カルーロのように鍛冶屋だとか商人や荷運びなどいろいろな職に就いている人もいる。

もし家族全員で三門市に来て永住することになっても、彼女たちの心配は就職である。

特に農業しか経験のない男性では畑仕事以外に働くことができないと思い込んでしまっているのだ。

だから愛信建設のようにボーダーのスポンサー企業で近界民(ネイバー)でもできる仕事があれば採用してもらいたいと考えていくつかの会社に打診はしてあった。

また職業訓練を受けられるようにすれば経験のない職種でも就職は可能となるわけで、涼花の家族がスマートシティ内で普通に暮らしているという「実績」があれば、()()()に光が見えてくるというもの。

涼花がボーダーに協力したいという意思があるのだから、これは彼女とツグミにとって最善の方法なのだ。

 

 

◆◆◆

 

 

報告会の様子はテレビで生放送されたことで「第一次近界民(ネイバー)侵攻で近界民(ネイバー)にさらわれた三門市民414人のうち64人が近界(ネイバーフッド)から生還した」という()()が全世界に知れることとなった。

その直後から各支部へ電話・メールなどで「市民の声」が殺到し、メディア対策室や唐沢の携帯電話にはスポンサー企業からの問い合わせが届き始めた。

それだけ多くの人間に衝撃を与えた証拠であり、夜には三門ケーブルテレビで編集された特別番組がゴールデンタイムに放映されため、翌日にはさらに大勢の人間からの反応があった。

それがボーダーや帰国者にとって好意的なものばかりであれば良いのだが、近界民(ネイバー)を受け入れようとすることに対しては否定的な意見も多い。

こういったことは想定内の範囲であり大騒ぎをする必要はないものの、何らかの手立てを考えなければ悪意ある者によって利用されてしまう恐れもある。

その何らかの手立てというものを考えるのはツグミたち総合外交政策局だけでは無理で、メディア対策室と合同で「近界民(ネイバー)イメージアップ作戦」を計画することになった。

嵐山隊による市民向けのイベントにゼノン隊の3人がゲストとして参加するとか、嵐山隊メンバーがリヌスやテオとプライベートでも仲良くしている様子を()()()()()市民に見せるなど、近界民(ネイバー)であっても仲良く暮らしていくことができるのだということを市民に自分の目で確認してもらうのだ。

さらに以前ツグミが取材に応じた月刊誌「ボーダー・タイムズ」でゼノン隊の日常を紹介してもらいたいと担当の日下に連絡をすると、彼は大喜びでその日のうちに本部基地へと駆けつけてくれた。

そしてゼノンの諜報員としての知識や技術を教える特別講座の様子や狙撃手(スナイパー)合同訓練で指導をするリヌス、緑川や米屋ら攻撃手(アタッカー)たちと模擬戦をするテオの姿などを取材して翌月発売の「ボーダー・タイムズ」に特集として載せてくれることに決まったのだった。

 

 

 

 

そして6月5日の夜、一時帰国をしていた女性たち27人がヒエムスへ戻るために再び艇に乗り込んだ。

彼女たちはヒエムスの家族と相談し、その中でヒエムスに残るか家族全員で三門市に戻るのかを決める。

1ヶ月後にボーダーの艇が迎えに行くことになっていて、それまでに決めてもらわなければならないのだが、女性たちの気持ちはほぼ固まっていて家族を説得するだけになっているようだ。

三門市・ボーダー側もそれまでに受け入れ態勢を完璧に整えておくと約束しており、すべては彼女たちの「勇気ある決断」にかかっているのである。

ボーダー側からはゼノンとリヌスのふたりが付き添い、ツグミは三門市に残ることになった。

彼女がいなくても済む仕事であれば、彼女が身を削って動く必要はないという城戸の判断である。

ツグミには彼女にしかできないことをやってもらわなければならない。

レプトとの交渉準備、帰国者のサポートなど彼女にしかできないことや彼女が最適だと思われる仕事は山ほどあるのだ。

 

 

 

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