ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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50話

 

 

忍田が幹部会議に出席する時間となり、ツグミと修は玉狛支部へと帰ることにしたのだが、その途中で城戸に出会ってしまった。

会議室や本部長室と同じフロアに本部司令執務室があるのだから、このタイミングで城戸と遭遇するのはごく自然なことである。

いくら苦手だとはいえさすがに本人の前であからさまに回れ右するわけにもいかず、ふたりは立ち止まって敬礼した。

そして城戸が横を通り過ぎた次の瞬間に早足で去ろうとする。

 

「待ちたまえ」

 

「「…!」」

 

城戸に声をかけられて足を止めるツグミと修。

そしてゆっくりと振り向いた。

 

「きみたちのランク戦を見せてもらった。今のところ善戦しているようだな、ツグミ」

 

城戸はいつもと変わらない表情と口調で言う。

 

「…はい」

 

「あれだけのことを広言したのだ、無様な姿を見せるのではないぞ」

 

「もちろんです。目に物見せて差し上げます」

 

ツグミが意気揚々と答えると、城戸はうそ笑む。

修は城戸が笑うところなど見たことがないものだから、この微笑みは衝撃的なものだった。

 

「三雲くん、きみも頑張りたまえ。きみの目的が果たせるように」

 

「は、はい!」

 

ツグミと修は敬礼をしながら城戸の後ろ姿を見送った。

そして城戸の姿が見えなくなったところで修が緊張を解く。

 

「はあ…まさか城戸司令に会うなんて…。それにしてもぼくたちのランク戦のことを気にしてくれているなんて驚きました」

 

「だってボーダーの最高司令官だもの、自分の手駒がどういう状況なのかは知っておかなきゃ。だからランク戦の状況は逐一チェックしているでしょうね。まあ、わたしたちが順調に勝ち進んでいることが城戸司令にとって喜ばしいことなのか悔しいことなのかわからないけど」

 

「それにしても意外でした。城戸司令と先輩は仲が悪そうな感じでしたけど、先輩のことを下の名前で呼んだりして」

 

「公の場では呼ばないけど、今みたいに名前で呼ばれることはけっこうあるわね。旧ボーダー時代、城戸司令にはずいぶん可愛がってもらっていたわ。林藤支部長や最上さんと同じようにわたしのことを娘みたいに思ってくれていたし、ボーダー隊員としても期待してくれていた。そんなわたしが隊務規定違反、最高司令官であるあの人に逆らうという大罪を犯したものだからとても悔しかったでしょうね。可愛さ余って憎さ百倍ってとこかしら」

 

「……」

 

「言っておくけど、わたしは城戸司令のことが嫌いではないわよ。わたしとあの人とは考え方が違うだけなの。お互いに己の信ずるところがあるから、意見の相違については絶対に相容れない。そういう相手と話すのってなかなか難しいでしょ? だから自然と疎遠になってしまうだけ。わたしが三輪さんを苦手としているのも同じこと。彼は第一次近界民(ネイバー)侵攻でお姉さんを亡くしていて、その憎しみの気持ちがボーダーで戦う理由と原動力になっている。わたしも最上さんやたくさんの仲間を失って一時期彼と同じように近界民(ネイバー)を憎んだことがあるんだけど、それではいけないと考えを改めることにしたの。でも同じような境遇の彼にわたしがおいそれと近界民(ネイバー)を憎む気持ちを捨てなさい、なんて言えるはずがない。だって家族を失う気持ちはすごくわかるもの。特に自分の無力さで大切なものを失ったわけだから、他人の慰めや助言なんて耳に入るはずがない。むしろ逆効果。彼はわたしのことを裏切り者の玉狛の一員だと言って忌み嫌っているからなおさら何を言っても聞く耳持たない。だから周囲からわたしたちは絶交中ってカンジに見えるというわけ」

 

「……」

 

「話を元に戻すけど、城戸派も忍田派も玉狛支部も目指すものは三門市民を守ることで、それに至る道筋が違うだけ。近界民(ネイバー)を全部滅ぼしてしまえばこちら側の人間が襲われることはなくなるけど実際には絶対に無理。積極的に戦うつもりはないけど、襲って来るなら迎え撃つという忍田派が一般的よね。玉狛支部みたいに近界民(ネイバー)と仲良くしようという考え方は、理想論であって現実的ではないと思う人が多いわ。でもわたしたちは実際に近界民(ネイバー)を仲間として受け入れている。周りはそのことを知らないだけ」

 

「はい…」

 

「この3つの考え方の中でどれかひとつが正しくて、それ以外は間違っているというわけではないの。それぞれの考え方にはきちんとした理由があるから。城戸司令は5年前の遠征で多くの仲間を失ったから、近界民(ネイバー)を憎むのは仕方がない…というか当然のことだわ。でもわたしはあの人が憎しみだけで近界民(ネイバー)を敵視しているのではないと思ってる。人型近界民(ネイバー)が敵として目の前に現れた時に、同じ人間なのだからという考えが油断につながりそれが命取りになりかねない。だから二度とあの時のような悲劇が起きないようにと徹底した『近界民(ネイバー)=絶対悪・敵』という思想を胸に刻ませているんじゃないかな」

 

「……」

 

「ボーダーは創設時からしばらくの間は各地の近界民(ネイバー)と交流をしている組織だったという話は覚えてるわよね? 有吾さんが目指したボーダーのあり方は玉狛支部が引き継いでいる。なぜならわたしたちはその考えに賛同し、実現が不可能ではないと信じているから。ただし主流の城戸派の人たちから見れば玉狛支部は異端の存在で、ユーマくんの入隊の時のようなトラブルも起きる。でも玉狛支部(わたしたち)はそんなことで挫けない。いくら崇高な目標を掲げようとも強い意志と成し遂げようとする努力なしではただの妄想でしかないわ。だから誰もが理想を現実に変えようと日々努力している。わたしたちの歩みはとても遅いけど、確実に一歩ずつ前に進んでいると思う。だから歩みを止めなければいつかはゴールにたどり着く。ただ…」

 

そこまで言いかけてツグミは口を閉じてしまった。

 

「霧科先輩?」

 

「…わたしたちが目指したゴールへ至る道はとても長くて険しい。わたしたちがゴールにたどり着くより先に別のゴールが見つかって、それが最善(ベスト)だということになればそれを受け入れなければならないでしょう。その時にわたしたちはそれを受け入れられるかしら…?」

 

「別のゴール…ですか?」

 

「例えば(ゲート)が開かないように近界(ネイバーフッド)とこちら側の世界を完全に隔ててしまう方法が見つかるとか。ラッド事件の時に短時間だけどトリオン障壁で(ゲート)を強制封鎖したことがあったでしょ? あれが恒久的に可能となれば三門市民の安全は確保されるわ。そして近界民(ネイバー)がこちらの側の世界に来なければ戦う必要もなくなって、ボーダーは解散することになるだろうけど」

 

「ボーダーが解散、か…。戦わずに済むならそれでもいいとぼくは思います。でも近界(ネイバーフッド)とこちら側の世界を完全に隔ててしまうことになったら空閑がどうするのか気になります。空閑にとって近界(ネイバーフッド)は故郷で、戻るのであればぼくたちはもう二度と会えなくなる。こちら側の世界に残ってくれるのなら嬉しいですけど、その場合…」

 

修の言いたいことがわかり、ツグミは表情を曇らせた。

 

「その時が来たらユーマくんの意思を尊重するだけよ。それにジンさんじゃないけど、未来は無限に広がっているんだもの、わたしたちにとっての最善の未来をみんなの力で掴み取ればいいだけ。そんな先のことの心配よりも、わたしたちは明日のランク戦の心配をしなきゃ。わたしたちはどっちも追われる立場で、ステージ選択権もないんだから」

 

「…そうでした。隊長会議のことで頭がいっぱいですっかり忘れてました」

 

「オサムくんたちの次の対戦相手は鈴鳴第一と那須隊だったわね。そういえばユーマくんが鈴鳴第一の鋼さんと個人(ソロ)戦をしたらしいじゃないの。本部でウワサになってたわよ」

 

「そうなんですけど、村上先輩のサイドエフェクトのことを知らなくて…。睡眠中に行われる記憶の定着や整理が極端に高くなるサイドエフェクトで『強化睡眠記憶』と言うらしいんですけど、空閑の戦い方を知られてしまいましたからとても不利な状況だといえます。そうなると空閑と村上先輩をぶつけるんじゃなくて、前回みたいに那須隊の攻撃手(アタッカー)である熊谷先輩と村上先輩をぶつけて、その隙を狙うとかしないと難しいかもしれません」

 

修が消極的な作戦を口にしたので、ツグミは修を咎める。

 

「ずいぶん消極的じゃないの。オサムくんらしくないわね。次のステージ選択権は那須隊にあるのよ。たぶん那須隊も面倒な鋼さんとユーマくんを戦わせようと考えているんじゃないかな? まあ、ユーマくんならたぶん大丈夫だと思うけど」

 

「先輩がそう考える根拠は何ですか?」

 

「わたし、1年くらい前に鋼さんと模擬戦をしたことがあるの。彼は入隊してわずか半年でメキメキと腕を上げてきたっていうし、わたしと同じ弧月とレイガストを使う攻撃手(アタッカー)だというからちょっと興味があって、荒船さんに紹介してもらったのよ。荒船さんは鋼さんの弧月の師匠だから。そして模擬戦をやってわたしは勝った。でもその次の狙撃手(スナイパー)の合同訓練で本部へ行った時に鋼さんから再戦を申し込まれたわ。それで結果はどうだったと思う?」

 

「それは…普通に考えたら霧科先輩の戦い方を学んだ村上先輩が勝ったということになるんでしょうけど、そう言うってことは霧科先輩が勝ったんですよね?」

 

「はい、正解。再戦の時に戦っていて『ああ、彼はわたしの戦い方を完全にマスターした上で、自分なりの戦い方を生み出したな』ってすぐに感じたわ。だからわたしはすぐに戦法を変えたの。いくら凄腕の攻撃手(アタッカー)だとしてもボーダーに入隊して半年の新人と、実戦経験3年半のわたしでは積み重ねたものの厚みが違う。そしてその時の戦いでわたしのレイガストの使い方を学んで、鋼さんはレイガストをただの(シールド)として使うだけでなく、斬りかかってきたブレードを引っ掛けたりスラスターで相手を吹っ飛ばしたりといった使い方をするようになったのよ」

 

「う~ん…話を聞いていたらますます不利なんじゃないかって思えてきたんですけど」

 

不安げな修にツグミは断言した。

 

「たしかに鋼さんは強いわよ。攻撃手(アタッカー)ランク4位だし強化睡眠記憶(サイドエフェクト)もある。でもユーマくんの経験と戦いの才能(センス)は鋼さんのそれを上回るとわたしは考えている。ユーマくん自身が同じ戦い方では勝てないってことを知っているから大丈夫だって言うの。わたしの未来視(サイドエフェクト)がそう言ってるわ」

 

ツグミの本気なのか冗談なのかわからない言葉に、修は笑うしかなかった。

 

「先輩がそう言うのなら心配はいりませんね。ぼくも空閑のことを信じて次の試合も積極的に点を取りにいきます」

 

「うん、その意気よ。でもその場合、一番大切なのは心の余裕。遠征部隊選抜まであまり時間がないからって焦りは禁物。点をたくさん取ればそれだけ順位はアップするけど、それよりも確実に勝つことが大事ね。そして勝っても負けてもひとつの戦いは次の戦いへの糧となる…なんてことはキョウスケから言われていることだと思うけど。まあ、わたしとしてはより強くなったあなたたちと戦いたいから、中位グループくらいで負けちゃダメよ」

 

「はい、わかりました! …あ、そういえばひとつ気になっていたことがあるんですけど、三輪先輩は大規模侵攻で風刃の所有者になったはず。それなのに今日の隊長会議に三輪隊隊長として出席していたんですけど、どうしてか先輩は知ってますか?」

 

「ああ、それね。三輪さんは大規模侵攻の際に風刃を使ったけど、その後すぐに城戸司令に返したんですって。風刃は攻撃に特化されすぎていて対応力に欠けるという理由よ。(ブラック)トリガーだから緊急脱出(ベイルアウト)の機能もないし。でも一番の理由は彼がS級になったら三輪隊が解散になっちゃうからだと思う」

 

「そういうことだったんですか…。たしかに風刃は普通のボーダーのトリガーとはまったく違うものらしいですからね。迅さんから聞いた話だと、3年前に争奪戦が行われた時に適合者が20人以上いて、その中に霧科先輩もいたってことですけど」

 

「そう。風刃は弧月に似たブレードで、切れ味と耐久性は弧月以上。おまけにスコーピオンより軽いという高性能だけど、その真価は遠隔斬撃にあるの。風刃を起動すると帯のようなものが現れて、その本数が斬撃の数となる。トリオン能力の高い人ほどその数が増えて、わたしは18本だった。適合者の中では一番多かったわね」

 

「迅さんは9本だったということですから、さすがは霧科先輩といったところですね」

 

「そしてわたしは他の隊員よりも有利な点があったわ。風刃はこのブレードから物体に斬撃を伝播させ目の届く範囲どこにでも攻撃ができるってことで、わたしは強化視覚(サイドエフェクト)を使うと他の隊員よりはるかに遠くの敵にも斬撃を当てることができるし、建物などの陰に隠れて姿が見えなくてもわたしなら居場所を確定できるから。そしてジンさんは敵の動きを先読みして事前に斬撃を仕込むことができるという利点があった。だから風刃の所有者はジンさんかわたしのどちらかになるだろうって言われていたわ。でも適合者全員でバトルロイヤルってことになって、わたしはジンさんと戦いたくなかったから早々に辞退した。元々風刃にそれほど執着はなかったし、最上さんの形見はジンさんが持つべきだと思っていたから。今は城戸司令が管理をしていて、基本は今までどおり部隊(チーム)で戦い、戦況に応じて適宜投入する形になったらしいわよ。まあ、風刃が投入されるような戦いが起きないように祈っているけど」

 

「…そうですね」

 

通常の防衛任務では風刃を使うことはまずない。

よって風刃(ブラックトリガー)を持ち出すことになるということは、すなわち先の大規模侵攻のような近界民(ネイバー)の襲来を意味する。

仮に前回と同様の大規模な侵攻があれば、現在進んでいる遠征・奪還計画を大幅に変更せざるをえなくなり、千佳が兄と友人に、そして遊真がレプリカと再会する時期が遅れるということにもなるのだ。

 

「ま、近界民(ネイバー)が来るか来ないかはわたしたちの力ではどうしようもないから、来た時には万全の態勢で戦えるように力をつけておくだけね。ということで玉狛支部に帰りましょう。明日に備えてやるべきことはたくさんあるから」

 

「はい、わかりました」

 

 

 

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