ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
忍田が幹部会議に出席する時間となり、ツグミと修は玉狛支部へと帰ることにしたのだが、その途中で城戸に出会ってしまった。
会議室や本部長室と同じフロアに本部司令執務室があるのだから、このタイミングで城戸と遭遇するのはごく自然なことである。
いくら苦手だとはいえさすがに本人の前であからさまに回れ右するわけにもいかず、ふたりは立ち止まって敬礼した。
そして城戸が横を通り過ぎた次の瞬間に早足で去ろうとする。
「待ちたまえ」
「「…!」」
城戸に声をかけられて足を止めるツグミと修。
そしてゆっくりと振り向いた。
「きみたちのランク戦を見せてもらった。今のところ善戦しているようだな、ツグミ」
城戸はいつもと変わらない表情と口調で言う。
「…はい」
「あれだけのことを広言したのだ、無様な姿を見せるのではないぞ」
「もちろんです。目に物見せて差し上げます」
ツグミが意気揚々と答えると、城戸はうそ笑む。
修は城戸が笑うところなど見たことがないものだから、この微笑みは衝撃的なものだった。
「三雲くん、きみも頑張りたまえ。きみの目的が果たせるように」
「は、はい!」
ツグミと修は敬礼をしながら城戸の後ろ姿を見送った。
そして城戸の姿が見えなくなったところで修が緊張を解く。
「はあ…まさか城戸司令に会うなんて…。それにしてもぼくたちのランク戦のことを気にしてくれているなんて驚きました」
「だってボーダーの最高司令官だもの、自分の手駒がどういう状況なのかは知っておかなきゃ。だからランク戦の状況は逐一チェックしているでしょうね。まあ、わたしたちが順調に勝ち進んでいることが城戸司令にとって喜ばしいことなのか悔しいことなのかわからないけど」
「それにしても意外でした。城戸司令と先輩は仲が悪そうな感じでしたけど、先輩のことを下の名前で呼んだりして」
「公の場では呼ばないけど、今みたいに名前で呼ばれることはけっこうあるわね。旧ボーダー時代、城戸司令にはずいぶん可愛がってもらっていたわ。林藤支部長や最上さんと同じようにわたしのことを娘みたいに思ってくれていたし、ボーダー隊員としても期待してくれていた。そんなわたしが隊務規定違反、最高司令官であるあの人に逆らうという大罪を犯したものだからとても悔しかったでしょうね。可愛さ余って憎さ百倍ってとこかしら」
「……」
「言っておくけど、わたしは城戸司令のことが嫌いではないわよ。わたしとあの人とは考え方が違うだけなの。お互いに己の信ずるところがあるから、意見の相違については絶対に相容れない。そういう相手と話すのってなかなか難しいでしょ? だから自然と疎遠になってしまうだけ。わたしが三輪さんを苦手としているのも同じこと。彼は第一次
「……」
「話を元に戻すけど、城戸派も忍田派も玉狛支部も目指すものは三門市民を守ることで、それに至る道筋が違うだけ。
「はい…」
「この3つの考え方の中でどれかひとつが正しくて、それ以外は間違っているというわけではないの。それぞれの考え方にはきちんとした理由があるから。城戸司令は5年前の遠征で多くの仲間を失ったから、
「……」
「ボーダーは創設時からしばらくの間は各地の
そこまで言いかけてツグミは口を閉じてしまった。
「霧科先輩?」
「…わたしたちが目指したゴールへ至る道はとても長くて険しい。わたしたちがゴールにたどり着くより先に別のゴールが見つかって、それが
「別のゴール…ですか?」
「例えば
「ボーダーが解散、か…。戦わずに済むならそれでもいいとぼくは思います。でも
修の言いたいことがわかり、ツグミは表情を曇らせた。
「その時が来たらユーマくんの意思を尊重するだけよ。それにジンさんじゃないけど、未来は無限に広がっているんだもの、わたしたちにとっての最善の未来をみんなの力で掴み取ればいいだけ。そんな先のことの心配よりも、わたしたちは明日のランク戦の心配をしなきゃ。わたしたちはどっちも追われる立場で、ステージ選択権もないんだから」
「…そうでした。隊長会議のことで頭がいっぱいですっかり忘れてました」
「オサムくんたちの次の対戦相手は鈴鳴第一と那須隊だったわね。そういえばユーマくんが鈴鳴第一の鋼さんと
「そうなんですけど、村上先輩のサイドエフェクトのことを知らなくて…。睡眠中に行われる記憶の定着や整理が極端に高くなるサイドエフェクトで『強化睡眠記憶』と言うらしいんですけど、空閑の戦い方を知られてしまいましたからとても不利な状況だといえます。そうなると空閑と村上先輩をぶつけるんじゃなくて、前回みたいに那須隊の
修が消極的な作戦を口にしたので、ツグミは修を咎める。
「ずいぶん消極的じゃないの。オサムくんらしくないわね。次のステージ選択権は那須隊にあるのよ。たぶん那須隊も面倒な鋼さんとユーマくんを戦わせようと考えているんじゃないかな? まあ、ユーマくんならたぶん大丈夫だと思うけど」
「先輩がそう考える根拠は何ですか?」
「わたし、1年くらい前に鋼さんと模擬戦をしたことがあるの。彼は入隊してわずか半年でメキメキと腕を上げてきたっていうし、わたしと同じ弧月とレイガストを使う
「それは…普通に考えたら霧科先輩の戦い方を学んだ村上先輩が勝ったということになるんでしょうけど、そう言うってことは霧科先輩が勝ったんですよね?」
「はい、正解。再戦の時に戦っていて『ああ、彼はわたしの戦い方を完全にマスターした上で、自分なりの戦い方を生み出したな』ってすぐに感じたわ。だからわたしはすぐに戦法を変えたの。いくら凄腕の
「う~ん…話を聞いていたらますます不利なんじゃないかって思えてきたんですけど」
不安げな修にツグミは断言した。
「たしかに鋼さんは強いわよ。
ツグミの本気なのか冗談なのかわからない言葉に、修は笑うしかなかった。
「先輩がそう言うのなら心配はいりませんね。ぼくも空閑のことを信じて次の試合も積極的に点を取りにいきます」
「うん、その意気よ。でもその場合、一番大切なのは心の余裕。遠征部隊選抜まであまり時間がないからって焦りは禁物。点をたくさん取ればそれだけ順位はアップするけど、それよりも確実に勝つことが大事ね。そして勝っても負けてもひとつの戦いは次の戦いへの糧となる…なんてことはキョウスケから言われていることだと思うけど。まあ、わたしとしてはより強くなったあなたたちと戦いたいから、中位グループくらいで負けちゃダメよ」
「はい、わかりました! …あ、そういえばひとつ気になっていたことがあるんですけど、三輪先輩は大規模侵攻で風刃の所有者になったはず。それなのに今日の隊長会議に三輪隊隊長として出席していたんですけど、どうしてか先輩は知ってますか?」
「ああ、それね。三輪さんは大規模侵攻の際に風刃を使ったけど、その後すぐに城戸司令に返したんですって。風刃は攻撃に特化されすぎていて対応力に欠けるという理由よ。
「そういうことだったんですか…。たしかに風刃は普通のボーダーのトリガーとはまったく違うものらしいですからね。迅さんから聞いた話だと、3年前に争奪戦が行われた時に適合者が20人以上いて、その中に霧科先輩もいたってことですけど」
「そう。風刃は弧月に似たブレードで、切れ味と耐久性は弧月以上。おまけにスコーピオンより軽いという高性能だけど、その真価は遠隔斬撃にあるの。風刃を起動すると帯のようなものが現れて、その本数が斬撃の数となる。トリオン能力の高い人ほどその数が増えて、わたしは18本だった。適合者の中では一番多かったわね」
「迅さんは9本だったということですから、さすがは霧科先輩といったところですね」
「そしてわたしは他の隊員よりも有利な点があったわ。風刃はこのブレードから物体に斬撃を伝播させ目の届く範囲どこにでも攻撃ができるってことで、わたしは
「…そうですね」
通常の防衛任務では風刃を使うことはまずない。
よって
仮に前回と同様の大規模な侵攻があれば、現在進んでいる遠征・奪還計画を大幅に変更せざるをえなくなり、千佳が兄と友人に、そして遊真がレプリカと再会する時期が遅れるということにもなるのだ。
「ま、
「はい、わかりました」