ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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491話

 

 

三門市民の関心が「第一次近界民(ネイバー)侵攻における拉致被害者市民の救出と帰国」に向けられており、ボーダーに対しての期待が高まっていく中、突然降って湧いたような大事件が起きた。

大事件といっても近界民(ネイバー)による大侵攻ではなく、大物近界民(ネイバー)によるアポなしの訪問である。

ボーダー本部基地に「あと72時間でそちらに到着する予定なので受け入れ準備をしておいてほしい」という通信が入ったのは8日の夕方で、さすがにこれはツグミであっても想定外であり大慌てで「最友好国の元首」をお迎えするために走り回った。

もちろん通常の仕事を蔑ろにはできないので帰宅することもままならず、本部基地にある総合外交政策局に簡易ベッドを持ち込んで泊まり込みまですることになってしまう。

そこまでしても近界民(ネイバー)VIPの定宿「RESORT HOTEL NANAO」はたった1泊分しか確保できず、2泊目からの宿泊場所はまだ決まっていない。

そのような中で予定どおり11日の夕方、採石場跡地の「国際港」上空に(ゲート)が開き、キオンの国旗を掲げた政府専用艇が姿を現したのだった。

 

 

 

 

超大国の元首の訪問となれば第1級のVIPであるから城戸をはじめとした上層部メンバーが勢揃いしての出迎えになるのは当然で、予定時間の1時間ほど前から待機していた。

 

「もっと早いうちに連絡があれば十分な準備ができたものを…」

 

根付が渋い顔で愚痴を言う。

それを聞いた鬼怒田も同様に不満げな表情で答えた。

 

「ああ。おまけにこの忙しい時に何でまた…。換装用トリガーの製作が大詰めという大事な時だというのに…」

 

鬼怒田の言う「換装用トリガー」とは本部基地勤務の職員に支給されているトリオン体に換装する機能だけを備えた「護身用トリガー」に近いもので、いずれ民間にも普及させようと考えている「身体強化に特化した」トリガーである。

近界民(ネイバー)やトリガー技術の存在が公になってしまった以上はボーダーがトリガー技術を独占し続けることは不可能だ。

制限なしに公開してしまえば軍事転用しようとする連中が現れるのは火を見るよりも明らかで、ボーダーが管理をしながら信頼できる組織・団体にのみボーダーで製作したトリガーを()()するという形で平和的利用を進めることに決まったのだった。

まず三門スマートシティの建設現場で作業員が使用することになり、愛信建設を含めた()()()()()()()()()建設業者の作業員約80人分を急遽製作することになって、その途中でのこの「事件」である。

鬼怒田がイライラするのも無理はない。

しかし作業員がトリオン体で作業をすることになれば生身の時に比べて身体能力が生身の状態よりも大幅に強化されるので作業効率が格段にアップするだけでなく、高所からの落下や重機の操作ミスなどによる怪我がなくなる。

そしてこの現場での試験運用が成功すれば世間のボーダーに対しての風当たりは良くなり、そういったこちら側の世界には存在しなかった技術を持つ近界民(ネイバー)との共存に興味を示すだけでなく積極的に受け入れようと考える者が増えることだろう。

もちろんトリガーの管理は厳重に行わなければならず、今のところスマートシティ内で働く作業員のみであるから、作業終了の時に必ず返還させて敷地外への持ち出しを禁じることで管理はできるはずである。

ちなみに防衛隊員用のトリガーのようにチップの入れ替えはありえないため、ホルダーを無理やりこじ開けようとすれば本部基地にあるセンサーが反応し、トリガー自体は機能停止して二度と起動しなくなる仕様だ。

製作に少々手間はかかるが分解して中を調べようとしても不可能で、ボーダーの技術者(エンジニア)であっても一度完成させたものには下手に手を出せないので、仮に盗難にあったとしてもトリガーひとつ分の損失だけで済む。

今のボーダーにとって重要なのは「自らが有利になる結果を出して、ボーダーの存在が不可欠であること証明する」ことで、拉致被害者市民の救出・帰国事業と並行して行う必要のある柱の一本なのだ。

 

城戸と忍田と林藤と唐沢はそれぞれにやるべきことはあるものの、テスタの出迎えもまた自分の仕事のひとつであると割り切っているので不満はなさそうだ。

そしてツグミは総合外交政策局長として初めて対面することになり、正装をしてテスタの到着を今か今かと待っていた。

しかしキオンの艇のドアが開いて出て来たテスタの態度はツグミの想像していたものと大きく違っていたのだった。

タラップを下りて来ると真っ直ぐ城戸の前に向かい、親しげに握手をして挨拶をする。

続いて忍田、唐沢、鬼怒田、根付、林藤と挨拶をして、最後にツグミと迅の前へとやって来た。

 

「やあ、ツグミ。ちょっと会わないうちに大人っぽくなったんじゃないか? ジンもたくましくなったみたいだ」

 

迅は苦笑いをして会釈をするが、ツグミは毅然とした態度で言う。

 

「スカルキ総統におかれましては益々ご健勝のことと ──」

 

「そんな堅苦しい挨拶なんて私たちの間では野暮というものだよ。今回の訪問は公務じゃなくて私的なものなんだ。やっと念願の玄界(ミデン)旅行が叶ったよ」

 

「え?」

 

ツグミだけでなく城戸たちも目を丸くした。

 

「なんだ、驚いているのかい? いくら私がキオンの総統だからって公務とは限らないぞ。以前に仕事抜きで玄界(ミデン)へ行きたいという話をした覚えがあるけど忘れてしまったかな」

 

「いえ、覚えてはいますけど、それは自分が総統という立場だからそう簡単に国を離れられないからと…」

 

「うん。だから信頼できる人物を副総統に任命して彼に全部任せてきた」

 

あっけらかんと言うテスタに半ば呆れながらツグミは訊いた。

 

「その副総統という方は…まさか…!?」

 

ツグミにはひとりだけテスタが信頼してすべてを委ねることのできる優秀な人物に心当たりがあった。

 

「そう。きみが想像している人物さ。サーヴァは軍総司令官を退任してから非公式に私の補佐役をしてくれていた。だから正式に副総統という椅子を与えて座ってもらうことにしたんだ。これもきみのおかげだな」

 

以前にツグミはキオンでサーヴァとの模擬戦を行い、「不敗のトリガー使い」と称されたサーヴァに対して相討ちに持ち込んだ。

光の鎧(インドゥエリス)という特殊な武器(トリガー)を使用してもツグミの持つボーダーのノーマルトリガーに相討ちが精一杯だったものだから、彼は自ら現役を引退すると宣言したのだ。

ついでに最高司令官の座も返上し、近界(ネイバーフッド)玄界(ミデン)を行き来して調整役をやりたいと言っていたのだが、いつの間にかテスタに留守番役を押し付けられていたらしい。

 

「留守番がいるからといっても現在のキオンの位置はかなり遠いはず。往復するだけで何十日もかかってしまうんですよ。せめていらっしゃるならふたつの世界が近付いている時期に ──」

 

「待った! その心配はもういらないぞ、ツグミ」

 

「え? それはどういう意味ですか?」

 

「実はこの艇のエンジンなんだが従来の2.5倍の出力が可能となって、トリオンタンクは大きさを変えずに容量を従来の1.75倍にした。おかげで途中寄港の回数も半分以下になって、玄界(ミデン)まで10日しかかからなかったんだぞ。すごいだろ?」

 

テスタがまるで子供が自分の玩具を自慢するように目を輝かせて言うものだから、ツグミはつい笑ってしまった。

 

「フフッ…あ、失礼しました。軍事国家の元首という立場でありながら、自分の艇を自慢する姿が子供みたいだったもので」

 

「自慢もしたくなるだろ。…ああ、それからその軍事国家という呼び方はもうやめてもらおうかな。私は総統の座に着任してから軍備は増強していないし、これまで武器(トリガー)やトリオン兵の開発に携わっていた技術者は全員別の仕事をしてもらっている。そして彼らの仕事の結果がこの艇だ。今後近界(ネイバーフッド)玄界(ミデン)の行き来が多くなるだろうからそのためにも艇の改良は必須であり、キオンの優れたトリオンとトリガーの技術はこうした平和的利用にこそ大いに貢献すべきなのだ。きみもそう思うだろ?」

 

「はい! 本来なら国内の経済活動に利用したいと考えていても国が豊かになると軍備を整えた他国から攻め込まれてすべてを奪われてしまうと、どの国も軍備に多くのトリオンを注ぎ込んでしまいます。だからいつまで経っても国が貧しいままで、貧しいから他国から奪おうと考えて軍備を強化する、そういった負のスパイラルに陥ってしまっている近界(ネイバーフッド)ですが、誰かがそれを断ち切らなければいけません。その勇気ある決断をしたのがスカルキ総統だったことがとても嬉しいです」

 

「嬉しい? それはどういう意味だい?」

 

テスタはツグミの顔に自分の顔を近付けて訊いた。

 

「だって他の誰でもない、わたしの友人が後の歴史に名を刻むようなすごいことをやろうとしているんですもの。それにその最新鋭の艇に乗って()()()()()()()()()()()()んですよね?」

 

「そうだよ。私は一番にきみに会いたくてここまで来たんだ。きみはわたしにとってタダの友人なんかじゃない。総統になって戦争のない世界を作りたいと考えながらも迷っていた私に行くべき道を示してくれた恩人でもあるんだよ、きみは」

 

「恩人だなんて大げさです」

 

「でも私にはそれくらいに感じているんだ。だからきみが喜ぶと思ってお土産も用意した。…といってもきみよりもこちらの開発室長さんの方がより喜ぶかもしれないね」

 

そう言ってテスタが指をパチンと弾いて合図をすると、護衛の青年がスーツケースのようなカバンから書類一式を取り出してテスタに手渡した。

それをテスタがツグミに見せる。

 

「これが新しい艇の設計図だ。定員が10人までの小型艇と30人までの大型艇の2種類ある。そしてこれと同じものをエウクラートンのリベラート殿下にも渡した。あの国でも新しい艇を建造するくらいの余裕はあるはずだから、完成したら彼もきみに会いに来るかもしれないな」

 

自国で開発した技術であっても信頼できる相手であれば惜しげもなく分け与える器の大きさや気前の良さにはツグミも感服している。

もちろん見返りを期待していないというわけではなく、ボーダーに新しい艇の設計図を渡すことも「帰国の際には同等かそれ以上の土産を持ち帰る」ためであった。

設計図を受け取ったツグミはそれを城戸に渡し、続いて鬼怒田が城戸から受け取るのだが、メカに関してプロの鬼怒田はひと目見ただけで興奮状態になる。

 

「これは…! 従来の設計思想とは大きく違っているな。…そうか、ここにこれを持ってくるとは誰もなかなか思い付きもしない。それにこのトリオン供給管をこう経由させることでエンジンのトリオン効率をアップさせるのか。…うん、理論上矛盾はない。さっそくこれを元に…」

 

根っからの技術者(エンジニア)の鬼怒田であるから、もう艇の設計図以外のことに頭が回らなくなってしまっている。

 

「スカルキ総統、どうもありがとうございました。ボーダー代表としてお礼申し上げます」

 

城戸がテスタに深々と頭を下げて礼を言う。

 

「いいえ、玄界(ミデン)にはこんなものよりもはるかに価値のあるものがたくさんありますからね。私は案外強欲なものですから、この()()で国民が喜びそうな土産をたくさん持って帰るつもりです。そこでひとつお願いがあるのですが、滞在は7日間を予定していてその間ツグミくんをお借りしたい。よろしいでしょうか?」

 

「もちろんかまいませんよ。今の彼女は総合外交政策局長で、近界民(ネイバー)のお客様のお相手をするのも仕事のひとつですから。それに総統閣下にご満足いただける案内ができるのは玄界(ミデン)広しと言えど彼女しかいませんからね」

 

「同感です。…ということでよろしく頼むよ、ツグミ」

 

城戸の命令であればツグミに断ることはできない。

 

「わかりました。ですがわたしは車の運転ができませんので、迅局員に同行してもらいます」

 

「もちろんかまいませんよ。彼はきみが最善の行動をするために欠かせない大切な人ですからね。ところで私が滞在中に宿泊する場所なのだが…」

 

「今夜は前回いらっしゃった時のホテルに泊まっていただく予定ですが、明日からの宿がまだ決まっていないんです。急いでどこかの ──」

 

ツグミの言葉を遮ってテスタが言った。

 

「それはちょうどいい。今回の旅行で私は玄界(ミデン)の市井の人々の暮らしを経験したかったんだよ。だからきみの住んでいる寮に空き部屋があったらそこに泊めてもらえないか? それで食事はきみの手料理で、その料理の材料を一緒に買い物に行くのも楽しそうだな」

 

どうやら初めからそのつもりでいたようで、NOと言っても聞き入れてくれそうにない雰囲気を感じたツグミは仕方がないといった顔で答える。

 

「わかりました。今夜はホテルに泊まっていただき、明日までに使う部屋を整えておきます。そうなるとわたしはお世話役ができなくなりますので、ホテル滞在中は用事があれば迅局員に頼んでください。それでいいですよね、ジンさん?」

 

ツグミの隣でずっと黙って様子をも守っていた迅は頷いた。

 

「ああ。今の俺は総合外交政策局員だ、どんな内容であってもおまえの指示に従う」

 

「じゃあ、決定です。今夜はわたしの代わりにホテルに泊まってスカルキ総統のお世話をしてください。わたしは寮で空き部屋を掃除して快適な空間を作っておきます。寮にはテオくんとレクスくんがいますから、ふたりに手伝ってもらえば明日は朝からお供できるはずです」

 

「あれ? ゼノンとリヌスのふたりはいないのかい?」

 

「彼らにはヒエムスへ行ってもらっています。ヒエムスから一時帰国した女性たちを送り届けるためなので、今回はわたしが同行する必要がありませんから彼らに任せました」

 

「そうか…。まあ、別に彼らがいなくても問題はない。彼…ジルドも優秀なトリガー使いだからね」

 

テスタが護衛の青年をチラリと見て言う。

すると彼が前に一歩出て挨拶をした。

 

「ジルドと申します。階級は中尉。どうぞよろしくお願いします」

 

「わたしは総合外交政策局の霧科ツグミです。こちらこそよろしくお願いします」

 

「あなたのことは閣下からいろいろと教えていただきました。それとコンプソス元総司令とあなたの模擬戦を拝見いたしました。トリガー使いとしての腕前もなかなかとお見受けしました。ですから初対面のようには思えません」

 

礼儀正しく言葉遣いも丁寧なジルドの顔を見てツグミは訊く。

 

「間違っていたらお詫びいたしますが…もしかしたらあなたはエウクラートンの方ですか?」

 

ジルドの黒い髪とスッキリした面立ちがなんとなく日本人に似ているとツグミは感じたのだ。

すると彼は微笑みながら頷いた。

 

「はい。エウクラートンからキオンに移住した両親の間に生まれましたので、国籍はキオンですが血統は純粋なエウクラートン人です」

 

「そうですか。それならわたしとも縁があるということですね。なんだか嬉しいです」

 

そう言ってツグミが微笑むと、ジルドは照れくさそうに下を向いた。

いや、ツグミはそう思ったのだが実は彼の反応には別の意味があった。

彼はテスタからツグミがエウクラートン王家の血筋で、次期女王候補であることを知らされていたために畏れ多いと恐縮してしまったのだ。

 

「では、ここでの立ち話もこれくらいにしてホテルへまいりましょう。歓迎晩餐会まで少し時間がありますから、温泉にでも浸かって寛いでください」

 

こうしてツグミにとって慌ただしい7日間が始まった。

 

 

◆◆◆

 

 

テスタはプライベートな旅行で三門市へやって来たと言っているが、政府専用艇でいくつかの国に寄港しているのだからその情報はあっという間に近界(ネイバーフッド)の国々に伝えられた。

国家元首が外遊をするということは何らかの意味を持つもので、それがキオンという大国であれば他の国々が関心を示さないわけがない。

特に玄界(ミデン)と同盟を結んだという事実はキオンが玄界(ミデン)とその防衛組織であるボーダーを対等だと認めていることを意味し、近界民(ネイバー)たちにとって玄界(ミデン)はキオンが仲間に引き入れるだけの価値を持つ国であることを証明したようなものなのだ。

同盟を結んだのが約4ヶ月前のことで、再びテスタ自らが玄界(ミデン)を訪問するとなればその意図をいろいろ推測したくもなる。

キオンが玄界(ミデン)との結びつきを一層強固なものとするために訪問したのであれば、今後の近界(ネイバーフッド)のパワーバランスが大きく変わることも考えられ、彼らの注目は玄界(ミデン)へと向けられていた。

そしてアフトクラトルもその例に漏れずハイレインもテスタの動向に興味を示しており、国王就任直後は混乱の多かった国内も治安が安定してきたことからもう一度玄界(ミデン)へ行きたいと考えていた。

そうなるとハイレインも傍観しているだけでは済まされず、テスタに先を越されたとしてもそれを挽回すればいいと、自らも()()をするために行動を開始した。

 

(まずは連中の同盟に加わることから始めるべきだが、ボーダーや玄界(ミデン)に対して俺が正式に謝罪せねば話にならないだろうな。いちおうボーダーに対してはランバネインが謝罪をしてはいるが、民間人はそのことを知らぬ。それに言葉だけで許されることではない。ならば形あるもの…トリオン技術を一部譲り渡すことで勘弁してもらうしかないか…)

 

手ぶらで訪問できるような場所ではないことを承知しているからこそ、そこで悩むハイレインであった。

そしてツグミはハイレインがそのようなことを考えているなどとは露知らず、おまけにテスタの訪問の「真の理由」にもまだ気付かずにいたのだった。

 

 

 

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