ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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492話

 

 

テスタの歓迎晩餐会を終えたツグミは忍田に寮まで送り届けてもらった。

本来ならホテルに宿泊してテスタの世話をするはずなのだが、ツグミたちの住んでいる寮に泊まりたいと言い出した彼の要望(ワガママ)を叶えるために受け入れ準備をするべく戻ったのだ。

現在は住人が6人しかいないために3部屋空いているので問題はないのだが、キオンの国家元首の宿泊施設としては相応しいものとは言い難い。

しかし本人の希望であるからせめて快適に過ごせるように掃除をして、失望をさせないことが最善の道なのである。

ジルドの分もあるので2部屋分の掃除を夜のうちにしてしまい、翌朝にベッドのマットレスと布団を干すことになっている。

シーツや寝間着は予備の品 ── この寮には近界(ネイバーフッド)からの突然の客がやって来るので常に用意をしている ── を使うことにして、残るは食材の調達であったが、こちらはテスタ本人のリクエストに応じてその都度購入するということにした。

 

スカルキ総統(あの人)が何を目的として来訪したのかはまだわからない。プライベートな旅行を装っているけど何かあるわよね。単純に玄界(ミデン)の観光をしたいってわけじゃないはず。あの人は頭の回転は早いし先を読む能力も優れているから、油断をするとこっちが利用されてしまう。わたしもあの人を利用してお互いにwin-winの関係を築いて上手くやっているけど、なんだかこっちの心の中を読まれていてそのせいでいろいろ振り回されているような気がする。やっぱりあの人の方が人生経験も積んでいて一枚も二枚も上だし、わたしみたいな小娘なんて手のひらの上で転がすのにちょうどいいって思ってるんだろな…)

 

そもそもテスタと対等にやり合おうなどと考えるのが傲慢なことで、自分が若輩者であって人生の先達から教えを乞うという態度でなければいけないといことは重々承知しているツグミ。

しかしだからといってキオン側に主導権を握られてしまえばボーダーにとって不都合な状況になる可能性も捨てきれない。

ボーダーにとって近界(ネイバーフッド)の技術は喉から手が出るほど欲しいものであるように、近界民(ネイバー)にとってトリオンを必要としない玄界(ミデン)の文明は近界(ネイバーフッド)の根幹を揺るがすものであるからぜひ手に入れたい。

それも他国よりも早く()()してしまえば近界(ネイバーフッド)の覇権を握る強力な「武器」となるわけで、その武器となりそうなものを探しに来たとも考えられる。

 

(すべてはあの人の出方次第。今やれることは全部やったんだし、後はあの人がどんなカードを切ってくるのか楽しみに待ちましょ。ゲームは相手が手強いほど勝っても負けても楽しいものね)

 

テスタとの真剣勝負を楽しみにしているツグミであった。

 

 

◆◆◆

 

 

翌日は早朝から晴れ渡っていた。

もうすぐ梅雨のシーズンとなるから、その最後の晴れ間かもしれない。

ベランダに2組のマットレスと布団を干し、それを昼過ぎに回収するようテオに頼むとツグミは寮の玄関で迎えの車を待っていた。

 

(七尾のホテルを8時半に出ると言っていたからもうすぐ着くわね。今日はどこへ行くことになるのかしら?)

 

そんなことを考えているうちに1台のワゴン車がツグミの前に停まった。

黒い車体に白でボーダーのエンブレムが描かれたその車は総合外交政策局発足時に局の専用車として与えられたもので、現在は迅しか運転免許がないために彼が専属運転手になっている。

運転席に迅、3列シートの2列目にテスタとジルドが玄界(ミデン)の服 ── ツグミが急遽用意して昨夜のうちにホテルに届けておいたもの ── を着て座っている。

 

「おはようございます。わたしたちの()()()()、レジデンス弓手町へようこそ」

 

ツグミは少々芝居がかった仕草で挨拶をする。

 

「今夜からおふたりの宿舎になりますので、先に荷物をお部屋に運んでおきますね」

 

そう言ってツグミが後部座席から荷物を降ろそうとすると、それよりも先にジルドがさっと立ち上がってテスタと自分の私物の入っているスーツケースを軽々と持ち上げて車を降りた。

そしてツグミに微笑みながら言った。

 

「キオンの男は女性の手を煩わせるようなことはしないのですよ。部屋はどこですか? 私が運びます」

 

エウクラートンの人間であり年齢も近いせいかジルドの姿がリヌスに被る。

 

(礼儀正しいし見た目も爽やかな女性受けするイケメンよね…。彼が『私はみなさんと友人になりたいと思ってはるばるやって来た近界民(ネイバー)です』なんて大勢の市民の前で公言したら、一瞬で近界民(ネイバー)全体の好感度を爆上げするんじゃないかしら。女性限定だけど)

 

近界(ネイバーフッド)では女性の数が少ないために男性から大事にされるのが普通となっている。

生まれた時からの環境によるものだが、ごく自然に女性を尊重する所作ができるのは近界民(ネイバー)男性にとって非常に便利な()()だと言えよう。

初対面の女性がジルドやリヌスに「女性にそんな重い荷物を持たせるわけにはいきません。私が持ってあげましょう」などと優しく微笑まれたら一発で()()()にちがいない。

若いからとかイケメンだからというのではなく、テスタやゼノンのような30代であろうとサーヴァのように60代であろうと男性の魅力は年齢を経ても衰えることはなく、むしろ年を重ねたことによって醸し出す「落ち着き」や「包容力」などにも女性は惹かれるのだ。

それに人間的に優れているのであれば男女関係なく魅力を感じるもの。

テスタがその若さで総統というトップの座に就くことができたのも彼の持つ魅力に多くの国民が惹かれ、そして支持をしたからである。

 

近界民(ネイバー)に対する印象を良いものにするにはふたりにも協力してもらうのが一番なんだけど、さすがに国家元首にお願いできることじゃないわよね…)

 

そんなことを考えながら寮の玄関ドアを開けると、正面にある階段をバタバタと下りて来るテオと鉢合わせしてしまう。

 

「テオくん、そんなに慌てなくても大丈夫よ。アレ? 着替えてきたの?」

 

テオは普段着ではなく正装とまではいかないが軍服を着ている。

 

「そりゃそうだよ、総統閣下をお出迎えするのに普段着ってわけにはいかねえだろ。で、そっちの人は?」

 

ツグミの後ろで荷物を運んでいるジルドの姿を見つけたテオが訊いた。

するとジルドは自ら進み出て挨拶をする。

 

「スカルキ総統付護衛官のジルド中尉です。しばらくこちらに滞在しますので、どうぞよろしくお願いします」

 

「中尉」と聞いてテオはヤバいという顔になる。

テオは少尉で、軍では階級がひとつ違うだけで大きな差があるのだ。

見た目でエウクラートン人だと判断したのだが、純粋なキオン人のテオからすればエウクラートン人はいろいろな面で格下であるという刷り込みがある。

長い間リヌスと一緒に仕事をしていて「リヌスはオレたちの仲間だから特別」という考えであったが、初対面ではやはり差別的な目で見てしまう癖が抜けていないようだ。

 

「これは失礼いたしました! オレはテオ少尉です。こちらこそよろしくお願いします」

 

上官に対して失礼があってはならないと、テオは敬礼までしてジルドに挨拶をする。

するとジルドはリヌスと同じような笑みを浮かべながら言った。

 

「気にすることはありません。こちらではきみの方が先輩なのですから。外に停まっている車に総統閣下がいらっしゃいますので、ご挨拶をしていらっしゃい。私はこの荷物を部屋に運んでおきますので」

 

「了解です」

 

テオはそう言って外へ飛び出して行った。

その姿を見送るジルドはクスクス笑っている。

 

「いえ、キオンにいる弟のことを思い出してしまったものですから、つい…」

 

「弟さんがいらっしゃるんですか?」

 

「はい。幼年学校を2年前に卒業し、今はトリガー使いとして首都の警備任務に就いています。兄の私が言うのもなんですが、優秀ですけど少々落ち着きがなくて…。顔は全然似ていませんが、彼の雰囲気がなんとなく似ているんですよ。同じ街に住んでいる軍人だというのに卒業式以来2年以上も会っていないんです。なにしろエウクラートン出身者はいろいろと制約があるものですから」

 

エウクラートンがキオンとの戦争に負けて従属国となったのは20年以上も前のことで、自治は認められているものの長い間ずっとキオンに搾取され続けてきた。

それでもテスタが総統に就任するとだいぶ改善されたものの、未だにエウクラートンの立場はキオンよりも低いものとされているから、エウクラートン出身者には制約がある。

そういったものを跳ね除けてリヌスやジルドは尉官になった。

並大抵の努力では叶わなかったことだろう。

彼らが努力するのは自分のためだが、それだけでなくキオン国内のエウクラートン出身者の権利向上になればと考えて滅私奉公した結果でもある。

おかげで軍の中でエウクラートン出身者の優秀な兵士が活躍するようになり、リヌスのように玄界(ミデン)との外交の最前線に配属されたり、ジルドのように総統の側近になるなど以前に比べてずっとその存在が注目されるようになっていった。

 

(やっぱり小さな成果の積み重ねが重要よね。わたしが近界民(ネイバー)と上手く付き合っていけるのはボーダー隊員だからじゃない。きっかけはボーダーにいたからなんだけど、相手を理解しようとする意思があるかないかが重要。キオンと友好関係を築くことができたのはスカルキ総統が同じ考えを持つ人で、積極的に玄界(ミデン)とわたしたちのことを知ろうとしたからだもの。もちろんお互いに相手を利用しようとしているのは否定できないけど、両者の間には相手を陥れたり騙そうという悪意はないことは断言できる。従来の奪うか奪われるかという関係しか考えられない古いタイプの近界民(ネイバー)には無理だけど、スカルキ総統みたいに自分たちの持っていないものを補い合うという考えを持てばそう難しいことじゃないわ)

 

4階の空き部屋に荷物を運び込み、ツグミとジルドが玄関前に戻って来ると、テオの表情がついさっきと打って変わって神妙なものになっていた。

 

「テオ少尉、私たちが帰国するまでに考えておいてくれ。きみにとって決して悪い話ではないのだからね」

 

「…はい」

 

どうやらツグミたちがいない間にテスタがテオに何らかの提案を持ちかけ、それはテオの判断に任されているといった感じである。

彼の表情を見れば難しい内容であることは間違いなく、それも選択肢の中のひとつを選べば残るものを犠牲にしなければならないというような深刻なもののようだ。

そして彼はツグミたちがそこにいるというのに目も合わさずにトボトボとひとりで寮の中へ戻って行った。

 

「閣下、テオくんに何の話をしたんですか?」

 

ツグミが車の中にいるテスタに訊くと、テスタは大したことはないといった顔で答えた。

 

「彼の今後の任務についてだよ。彼には本国に家族がいる。その家族と一緒に暮らせるように本国に戻り、首都勤務に変更してやると言っただけだ。彼にとっては悪い話ではないはずだが、やはり即答はできなかったみたいだね。それだけゼノン隊と玄界(ミデン)に未練があるってことだ」

 

「それって…」

 

それはテオが家族同様に大事にしているゼノンとリヌスのふたりと別れ、本当の家族の元に帰るという意味であった。

家族の生活を向上させるために軍人になり、その目的は果たせたものの一緒に暮らしたいという願いは叶わずにいた。

ところがその願いが叶うというのに、今度はゼノン隊を辞めなければならないという板挟みの状態になってしまったというわけである。

テオにとってはゼノン隊のメンバーと一緒にキオンへ帰国できることがベストなのだが、今のボーダー…いやツグミにとって彼らを失うことは非常に痛手となるのでテオは帰国するとしてもゼノンとリヌスには残ってもらいたい。

それにテオはツグミたちの仕事が順調に進み始めたところで自分ひとりが抜けることを後ろめたく感じていて、ツグミと目を合わせることもできなかったのだ。

彼は自分のたったひとつの願い ── 家族と一緒に楽しく暮らすこと ── を叶えるために頑張ってきただけなのだが、いつの間にか大切なものを両腕からこぼれ落ちるくらいたくさん抱え込んでしまっていた。

もう全部を抱え込むことは無理だろう。

ならばどうしても捨てられないものだけをしっかりと掴んで、それ以外のものは諦めるしかない。

そして周りの人間、特にツグミのような関係者の助言は逆に判断を見誤る原因となりうるため見守ることしかできないのだ。

 

「テオ少尉のことは本人に任せ、私たちはそろそろ出発しよう」

 

テスタに促され、ツグミは助手席、ジルドはテスタの隣の席に座る。

 

「さあ、今日は庶民の生活を中心にいろいろ見て回ろう。できることなら食文化について詳しく知りたい。ツグミ、きみのオススメの場所を案内してくれないか?」

 

「オススメ…ですか? ファストフード店やフードコート、生魚が大丈夫なら回転寿司とかビュッフェスタイルの食べ放題なんかもいいと思いますけど…」

 

ツグミがいくつか提案すると、テスタは最後の「食べ放題」に()()()()()

 

「食べ放題だって? …そういえばホテルの朝食もたくさんの料理があって、それを自分で皿に盛って好きなだけ食べることができる形式だったな。玄界(ミデン)の人間はそんなにたくさん食べるのかい?」

 

「そういうわけではないんですが、このビュッフェスタイルという形式の料理の提供は客だけでなく店側にもメリットがあるために多くの店で導入しているんです。興味がおありなら昼食は隣町の蓮乃辺にあるショッピングモール内のレストランにしましょう。そこなら和洋中なんでもあり、デザートも種類豊富ですから」

 

「それはいい。ぜひ連れて行ってくれ」

 

「わかりました。では午前中はショッピングモール内の視察をしましょう。特に何か買うという目的はなくとも商品を見ながら散策をするという『ウィンドーショッピング』もなかなか楽しいものですよ」

 

「買い物をするわけではなく見るだけで楽しいのか? まあいい、きみがそう言うのなら試してみる価値はあるな」

 

「では、まいりましょう」

 

 

◆◆◆

 

 

「蓮乃辺テラスモール」でのウィンドーショッピングと食事を済ませた一行は再び車に乗って移動をする。

ツグミは車中でテスタにビュッフェ形式のシステムとメリットについて説明をした。

 

「なるほど、複数で食事をする場合に好みがバラバラであっても同じ店でいろいろなものを自由に選ぶことができる点は注目すべきだな。それに決まった金額でどれだけ食べてもかまわないとなると、腹一杯になったという満足感も得られる。さらに人件費を抑えられるという店側のメリットは大きい。客と店どちらも得をするというのは商売をするに当たって理想的ではないか」

 

テスタは「近界(ネイバーフッド)にはない価値観」に触れていくらか興奮気味である。

 

「キオンに限らず腹いっぱい物が食べられるというのはごく一部の貴族や金持ちに限られ、庶民階級では生存していく上でギリギリの食事しかできないのが現実だ。それが玄界(ミデン)では誰でも楽しむことができる。それだけ豊かであるという証拠であり、食事という生命維持の行為すら娯楽にしてしまう考え方が素晴らしいと思う。特に小さな子供を連れた家族がそれぞれ自分の好きなものを好きなだけ食べて幸せそうにしているのを見たが、人として何よりも大切なのが家族という最も基本的な共同体が幸せであってこそだ。そしてその小さな幸福が集まって村や町、そして最終的に国の幸福が成り立つということを改めて感じたよ」

 

そして続ける。

 

「私は国を豊かにするにはトリオンに代わるエネルギー資源の導入を最優先すべきだと考えていたが、それよりも国民ひとりひとりに十分な食事を与えることが重要だ。私は彼らがキオンに生まれて良かったと思えるようになってほしい。これまで国民のために国を強大なものにしようと歴代の総統は軍事力によって他国へ侵攻して対象国を力でねじ伏せ、彼らが収穫した農作物やトリオン能力の高い人間を奪ってきた。近界(ネイバーフッド)では強者が弱者から奪うことは当然のことであり、キオンはそれを国是としてきたのだから誰も否定はしなかった。しかし誰かの犠牲の上に成り立つ()()()()豊かさなど私には何の魅力も感じない。もちろん精神的な豊かさだけでは食ってはいけないとも承知している。自らの手で畑を耕して作物を収穫し、商人はそれらを売買し、そして軍人は彼らを守るために日々鍛錬をする。そんな自分のためであり同時に誰かのために役立つという精神的に満たされ、そして物質的にも満足できる暮らしを私は()()()()に与えたい。玄界(ミデン)の…ボーダーの協力があればそれが叶うと確信しているからこそ私は()()たちを信用して協力をすることにしたんだ。そしてきみは真面目だし縁を結んだ人間を裏切ることは絶対にない。私ときみは同じ種類の人間だ」

 

「……」

 

「きみなら私が何を言いたいのかわかるだろ? とにかく今日は面白いものを経験させてもらった。このあとはスーパーマーケットとやらで夕食の買い物をするのか。私は自分で料理を作ることを趣味にしているから時々買い物をするために市場へ行くことがある。その市場のようなものが巨大な建物の中にあるというのだからぜひ買い物をしてみたい。さっきのショッピングモールも様々な種類の店が1ヶ所にあって、きみが言うように買わずとも見ているだけで楽しいものだった。玄界(ミデン)では買い物という日常生活に必要な行為も娯楽にしてしまうのだから驚きだよ。入浴も単に身体を清潔に保つためだけでなく、風呂にゆっくり入ることで疲れを癒したり鋭気を養ったりするためのもの。あの露天風呂とかいう屋外にある広い湯船にひとりで浸かっていると、こんなに簡単に贅沢ができるものなのだとつくづく感心した。玄界(ミデン)の魅力は貧富の差なく誰でもその恵まれた環境を享受できるところにある。私はそんな庶民の暮らしを体験したいと思っている。協力してくれるだろ、ツグミ?」

 

「はい、もちろんです。わたしたちにとって当たり前のことが近界民(ネイバー)のあなたにとっては物珍しく目に映るのでしょうね。あなたが興味を持ったことでしたらできる限り満足していただけるよう尽力します。何でも言ってくださいね。…そうだ、たぶんおふたりにとって興味深いと思えるものを売っている店へ行きましょう。きっと気に入っていただけると思いますよ」

 

何か名案を思いついたらしいツグミは迅に()()()()()へ行くようにお願いするのだった。

 

 

 

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