ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
ボーダーがマスコミ関係者に発送した資料とVTRはすべての社がルールを守ったことで抜けがけはなく、17時に開封されたために17時15分から20分くらいの間にどこのテレビ局でも情報番組やドラマの再放送などのVTRの上に字幕で第一報が報じられた。
「ボーダーが
流すべきVTRはボーダー側で提供しており、緊急招集された政治や経済、外交などの専門家と局アナがそのVTRを見ながらいろいろ意見や感想を述べるもので、中には街へ出て市民へのインタビューをしたり、これまでのボーダーの活動を振り返る内容のVTRを流したりと工夫を凝らしている局もあったが、どこもたいして代わり映えのしないどんぐりの背比べ状態のものだった。
さらにプライムタイムやゴールデンタイムと呼ばれる時間帯に各社が放送している報道番組では夕方のものよりも詳しくなっていて、専門家も数が増えて深く掘り下げたものになっていた。
そしてこの頃には翌日にテスタが三門市民の前で演説を行うことも知らされていて、すでに三門市民会館の正面入口には入場希望の市民が並んでいるという様子も放映された。
その途中で小雨が降ってきたため、市民会館で待機していたボーダーの係員 ── 非番のB級隊員を時給1000円で招集した ── が市民をホワイエ(劇場やホールなどの施設で出入口とホールの間にある広間)に案内して雨に濡れないようにした様子も中継されたが、これが以外に好印象を与えるものになっていた。
ボーダーといえば謎の侵略者と戦う軍隊のような組織だというイメージがあり、事実を詳しく知らないために
ところが隊員は中高生を中心とした若者が自分たちの家族や友人を守るために戦っているだけで、自分の子供や孫と同じような子供が危険を顧みずに戦場に立ち、その戦争をなくそうとして頑張っているのだと知ると味方をしたくもなってくる。
そういうイメージ戦略のために非番のB級隊員を動員したのではないが、結果的にそう見えてしまうため深夜の時間帯は18歳未満の年少者ではなく東や諏訪たち「大人組」に代わってもらうことにした。
そして市民会館で夜が明けるのを待つ市民が300人を超え、日付が変わった頃にやっと嵐の前の静けさが訪れたのだった。
◆◆◆
午前9時30分開場、10時開演という予定であったのだが、7時の段階で定員の1000人に達してしまったために受付は終了して市民を客席へと案内した。
なぜなら外は昨夜からの雨が本降りとなっていて、高齢者の姿も多く見られたために全員に市民会館の中へ入ってもらうためには当然の成り行きであったのだ。
もっとも市民が早朝から集まることは想定済みであり、前夜から待っている市民もいるために軽食と飲み物を配布したことでボーダーが三門市民のために存在する
もちろん経費はかかるが、金銭には代え難い「効果」が生まれるとなれば「損して得取れ」となる。
単純にひとり当たり500円であったとすれば1000人で50万円。
50万円で市民の好印象と応援を
朝刊はどこの社でも第一面にボーダーと同盟締結の記事が掲載されていて、ボーダー側から提供したスチール写真を使用しているのでどの新聞を読んでも情報はほぼ横並びで、どこかが抜けがけした様子はないのでトラブルも生じていない。
テレビでは早朝から情報番組で紹介され、それに続くワイドショーでは三門市にスタッフを派遣して中継を行うほどで、それだけテレビ局にとっては視聴率の上がる
その様子を寮のテレビで興味深げに見ながらテスタは言った。
「このテレビという媒体は非常に便利なものだな。遠く離れた場所の情報であっても誰もが当たり前のように得ることができ、やり方によっては都合の良いように改ざんすることも可能だ。しかしこの仕組みをキオンに持って帰ることは難しい。その点でいうと新聞の導入は簡単だが、多くの庶民の識字率を上げなければ意味はない。またテレビは情報を伝える媒体としてだけでなく娯楽的な内容も発信していて面白い。時間はかかるだろうが、ぜひキオンに…いや
朝の天気予報を見てその日の天気や気温を知り、それに合わせて服を選んだり雨具の用意をする。
ニュースを見て自分の住んでいる狭い地域だけではない世界中で起きている事件や事故などのことを知ることもできる。
子供向けの教育番組もあって、遊びながら学ぶこともできて未就学児に対しても学ぶ場があることは親にとって非常にありがたい。
テスタにとって
学ぶべきことは多く、導入すれば国民の生活が向上するものがたくさんあるために彼はぜひともボーダーとの関係を強固なものにしたいと考えているのだ。
だからキオンから提供できるトリオンやトリガーの技術は惜しげなくボーダーに譲渡し、拉致被害者市民の救出に役立つことであれば全面的に援助する方針でいる。
それを演説で三門市民に訴えるつもりでいるようだ。
テスタはボーダーの存在が三門市民の支持によって存在し、市民がそっぽを向けば組織自体が崩壊するほど脆いことに気付いていた。
ボーダーは自力で立っているのではなく、市民の信頼という土台の上に立ち、スポンサーが提供してくれる資金によって支えられている。
したがって彼らがボーダーを見放してしまえば存続することは不可能で、組織が維持できなければこれまでに蓄えた
ボーダーは正義の味方であり、市民の期待に応えられるヒーローでなければ存在は許されない。
その点でボーダーの最大の弱点は「市民の信頼」と言えよう。
ボーダーを
「スカルキ総統、何を思い出し笑いなんかしているんですか?」
ツグミがテスタの様子に気付き訊いた。
「いや、これから私の大舞台だというのに緊張するどころか意外にワクワクしている自分がいるものだから笑ってしまっただけさ」
「
「何を他人事言っているんだい? きみだって主人公のひとりじゃないか。きみがいなければこの同盟締結はありえなかったことだよ」
当然じゃないかと言わんばかりの顔でテスタは言った。
実際にツグミが各方面に働きかけ、さまざまな工作をしたからこそこのタイミングで良い報告ができることになったのだから彼の言っていることは間違いない。
「でも今日の主役は閣下ですよ。わたしは裏方に徹するつもりです」
ツグミがそう答えるとテスタは子供が何かイタズラを思いついたかのように含み笑いをした。
その笑いの意味がツグミにはわからなかったが、後に思い知ることになる。
◆◆◆
三門市民会館はすでに定員の1000人の市民が席に着いていて、主役の登場を今か今かと待っていた。
ゼノンたちが広報の番組に出演したり街の中で買い物をしている姿を見かけるなどはあっても公式の場で
それが同盟国の元首が直接語りかけてくるというのだからぜひとも生で見てみたいと思うもの。
入ることのできなかった市民に対しては三門ケーブルテレビで生中継をする番組を見てもらうことで勘弁してもらった。
希望者全員を収容するには某ドーム球場並の場所を確保しなければならず、三門市にはそのような場所はないのだから誰もが納得するしかないのだ。
それに天気が良ければテスタの姿をひと目見ようとして会場の周りに集まっているだろうが、幸か不幸か昨夜からの雨が本降りになっているので全員が素直に帰宅したようであった。
しかしそんな雨の中でもマスコミ関係の人間がチラホラ見られ、演説会の取材は無理でも何らかの特ダネを掴もうとしているのだ。
会場内での取材は禁止だが外でなら問題ないと踏んだのだろう。
そこはボーダー側も承知の上で、裏口に人員を配置して完全に外部の人間を排除した形でテスタを入館させている。
あとは定時の10時を待つのみである。
◆
大ホールの舞台袖ではツグミとホーダー上層部の面々が最終打ち合わせをしていた。
「…という流れで進めてまいります。同盟締結式典が成功したように、この報告会並びに演説会を必ず成功させましょう」
これは
戦闘員であったなら敵に斬られたり撃たれても
しかし
今の彼女は後者の戦いと同じで、失敗をすればそこで命運が尽きるというもの。
正真正銘の「真剣勝負」で緊張はするが、それが心地良い緊張だとツグミは言う。
その時点でやれるだけのことをやったという実感があるから自信はあるし、万が一失敗したとしても後悔はしないと決めているからだ。
そもそも失敗をする要素はなく、テスタの自信満々の顔が彼女を安心させてくれる。
ツグミとテスタは舞台の緞帳の向こう側にいる市民の気配 ── 未知のものに対する好奇心や不安、ボーダーに対する期待など ── を感じ取り、お互いに顔を見合わせて微笑んだ。
◆
緞帳が上がって客席から舞台が見えるようになったが、そこには何もなく誰もいない。
いつもなら上座にボーダーの幹部がいるのだが、今日に限って舞台上は無人である。
その代わりに舞台奥には巨大なスクリーンが下りていて、プロジェクターを使った映像投影ができるようになっていた。
そこに舞台下手から根付が姿を現して第一声を上げた。
「三門市民のみなさま、大変お待たせいたしました。これより『
そして続けて言う。
「まずは15日に行われた同盟締結式典の模様をご覧いただきます。この映像は昨日マスコミ関係者にお送りしたものと同じもので、テレビの報道番組を視聴された方には同じものを二度見ることになりますが、まだご覧になっていない方のためにも少々お時間をいただきたいと思います」
根付が一旦下がると館内の照明が落とされ、スクリーンに映像が投影された。
それは1月28日にボーダー本部基地の講堂で行われたものを修正して6月15日に行われたと
その時には講堂の舞台中央に城戸、テスタ、リベラートの席が設けられており、下座にボーダー上層部のメンバーの忍田、林藤、鬼怒田、唐沢、そして根付が司会としてマイクの前に待機していた。
本来ならここに総合外交政策局長としてのツグミの姿があるべきなのだが、この時点ではまだ幹部ではなかったために同席していない。
さすがの彼女でも自分が幹部として忍田たちと肩を並べることになるとは想像していなかったのだから仕方がない。
もっともそこに違和感を覚えて突っ込まれることはないだろう。
そして上座にはハイレインとフーガが座っているのだが、その時点でアフトクラトルの国王であるハイレインが同席していると「矛盾」が発生してしまうために、彼には変装用トリガーで角のないトリオン体に換装してもらっていて身分はキオンの外相ということにしてある。
舞台下にはA級
隊員たちの防衛任務のローテーションの関係で、その場にいないはずの人間が映っていたら面倒なことになるからだ。
「お待たせしました。時間となりましたのでただ今から
根付の司会によて式典は開始された。
まずは関係者の紹介が行われ、テスタとリベラート、そしてゲストとしてメノエイデスのフーガ外相とキオンのモレリ外相(ハイレインの変装)、サーヴァといった
そして城戸が今回の同盟締結についての意義を説明し、「国際連合憲章」を元にして作成した「
最終的に目指すものは現在の国際連合の理念であるが、まだ
3国のうちいずれか1ヶ国が現在戦争に関係していない国から攻撃を受けた場合に相互援助義務が生じるものの、原則として「第三国に対して武力を行使せず」となっている。
今のところ簡単なものではあるが、いずれアフトクラトルやメノエイデスなどの国々が加盟するだろうから、その時に改めて条文を再考するということになっている。
簡単に言えば
これは三門市民やこちら側の世界の人間のためだけに作成された映像ではなく、今後
だから従来の
なにしろ
自国にないものを手に入れるために他国と交易をすることはあるが、手っ取り早く相手国に侵攻して従属させてしまえばいいと短絡的な手段をとるために各地で大なり小なり衝突が起きているのが現状だ。
それを終わらせるためには「話し合い」が必要で、そのために国際連合のような組織をつくるきっかけがこの三国同盟となる。
もちろんどの国もキオンのように
城戸による条文の読み上げが終わると3者による批准書への署名、交換が行われた。
これによって
わずか15分程度の映像だが、これは
ここで式典の映像は終了し、館内に照明が点ると舞台中央に演壇が用意され、上座にはテスタ、城戸のふたりの席が用意された。
本来ならリベラートがいて然るべきなのだが、あえてテスタだけが登場するのでは市民が不審に思うだろう。
そこも承知しているので前もって準備は完璧である。
そして城戸がテスタを案内するような形で舞台に登場すると、再び観客席から大きな拍手がテスタに送られ、それに応えるようにテスタは高く手を挙げて観客に向かって手を振った。
彼はキオンで「第一等正装」と呼ばれる衣装を着ている。
これは同盟締結式典でも着用していたもので、
テスタのような涼しげなイケメンがレトロなダブルブレストのフロックコートを着ているとそれだけで男前が2-3割アップする…というのがツグミの考えであり、キオンでも
事実、観客席のあちこちから若い女性の熱い視線を感じたテスタは自然な感じで彼女たちに微笑み返していた。
第一印象はバッチリで、舞台中央でマイクを握って自己紹介をした。
「ミカド市のみなさん、そして
そう言って城戸の隣の椅子に腰掛けると、スクリーンにキオンで撮影した映像が映し出された。
これはツグミたちが何度も訪問してキオンの「キオンらしい」姿を数時間分撮影したものを10分ほどに編集したものである。
「雪原の大国」らしく見渡す限りどこまでも続く真っ白な世界や、広大な畑で農民が農作業をしている様子、また街の中で商売をしている男性や市場で買い物をしている女性、子供たちが元気に遊んでいる光景など「
そして映像が終わると照明が点き、再びテスタが中央の演壇に立つ。
「このように私の国は1年の4分の3は雪に覆われるものですから農作物の収穫は限られてしまいます。ですから過去の指導者たちは他国へと侵攻していろいろなものを
観客たちはテスタの話を聞いていて、
そして同時にそんな負のスパイラルを断ち切ろうとして立ち上がった彼に惹きつけられてしまう。
聴衆に興味を持たせることは話をする上で重要である。
彼はキオンという国の状況を見せたが、これは他国の人間に「情報漏洩」したことになるわけで、本来ならあってはならないことだ。
しかし同盟国である
「私が総統に就任して以降はあえて軍備を減らすことはしていませんが増やしてもいません。その
テスタはそこまで言うと舞台袖にいるツグミの方を向いて彼女を呼んだ。
「ツグミ、ここに来てくれ」
これはツグミのシナリオにはなくテスタのアドリブである。
当然のことながら打ち合わせはしていない「ぶっつけ本番」の舞台となるが、彼女は臆することなくテスタのいる舞台中央へと歩み出た。