ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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497話

 

 

玄界(ミデン)、キオン及びエウクラートン間三国同盟」締結に関わる報告会及びキオン総統テスタ・スカルキ演説会はツグミの書いたシナリオとは少々違うものとなったが、結果としては大成功となった。

おまけに天の神様も彼女に祝福を与えたのか、前夜から降り続いていた雨は報告会の終了直前に止み、おまけに虹までもが現れたのだ。

市民会館から次々に出て来る市民たちもこの虹を見て清々しい気分になり、これが三門市の将来を暗示しているのではないかと想像して喜んでいる者もいた。

市民会館のホワイエで待機していたマスコミ関係者は観客だった市民にインタビューを求め、適当な()()を得られると午後のワイドショーや夕方の報道番組に間に合うようにとプレスリリースの書類を握り締めて大急ぎで帰社していく。

中にはテスタに関する特ダネを得ようとして裏口で待機している記者もいるが、入館した時と同じように厳重に警備をしていて姿も見えないようにしているから近付くことはできない。

マスコミ関係者による特ダネ争いにならないようにするための配慮であり、テスタはそのことを不思議がっていた。

そもそも近界(ネイバーフッド)には「マスコミュニケーション」というものが存在しない。

テレビ・ラジオ・新聞・雑誌・インターネットなど大衆に情報を伝える手段はなく、あえて言えば各都市や町・村などの広場に国王や領主からの伝達事項が記載された「高札」が立てられるくらいである。

だからマスコミ関係者が競って特ダネを入手しようとしている様子を見ても理解しがたいものであったようだ。

 

このあとの予定は昼食後に三門市役所を訪問して市長と面会。

三門市議会にも出席してテスタが挨拶をすることになっている。

さらに三門スマートシティの建設現場を視察して、そこで働いている作業員に労いの言葉をかけるという流れだ。

夜は市長を含めた行政関係者やボーダーのスポンサーを招いての懇親会が本部基地の講堂で行われ、それで一連の()()はおしまいとなる。

翌18日の夜には帰国することになっていて、最終日はお約束のショッピングだ。

取り寄せに時間のかかるものは発注済みで、例の三輪自転車はすでに艇に積み込んである。

テスタの希望は本人の趣味のグッズや留守番を押し付けたサーヴァへの土産、他にはツグミがキオンに設置したものと同じタイプの蓄電式ポータブル太陽光発電機、そして大量の白米。

日本の米食文化にハマったらしく、長期保存のできる瓶詰めの佃煮や梅干、カレーのルーや炊き込みご飯の素なども一緒に購入する予定でいる。

白米好き同士で千佳とは話が合うかもしれないと思いながら、ツグミは買い物リストを作って購入場所のルートを決めたのだった。

 

 

◆◆◆

 

 

その日の夜はどのチャンネルも番組の内容を変更して三国同盟締結とテスタが三門市民に向けて演説を行ったことを伝えていた。

とはいえ各テレビ局が持っている映像はすべて同じものなので、独自性を出すにはどれだけボーダーと近界民(ネイバー)に詳しい人間をゲストに迎えるかなのだが、ボーダーや近界民(ネイバー)に詳しくて解説できる人間などいるはずがなく、したがって普通に政治や経済、戦争などの学者やジャーナリストを呼ぶしかない。

どこのチャンネルでも同じような内容の番組だけで、興味のない人間にとっては非常に退屈な夜だったことだろう。

しかし三門市民だけでなく日本中の人間がバラエティやドラマ、アニメよりも見たいと思ったようで視聴率はどこの局でも通常の番組よりも高かったのだそうだ。

よくよく考えてみれば近界民(ネイバー)とは近界(ネイバーフッド)という異世界からの侵略者であり、一昔前のSFで宇宙からの侵略者が地球に攻め込んできて地球防衛軍の若きヒーローたちが地球を守るという映画やドラマの宇宙人の部分を近界民(ネイバー)に置き換えただけ。

その悪役であった近界民(ネイバー)が戦争を放棄してボーダーという名の地球防衛軍と同盟を結んで平和を目指そうという展開になったのだから、まさに「事実は小説より奇なり」である。

それに近界(ネイバーフッド)は宇宙空間と同じようなもので、宇宙へ民間人が行くようになるのはまだまだ先のように思えるが、近界(ネイバーフッド)なら比較的近い未来に渡航が可能になりそうな雰囲気がある。

なにしろボーダーの一隊員であったツグミや迅が人類で初めて近界(ネイバーフッド)へ行ったことになっているし、アフトクラトル遠征で敵と戦って無事に帰って来ているというドラマチックな事実もあり、それを映画化したいとボーダーに申し出てきた制作会社もあるくらいだ。

今や宇宙よりも近界(ネイバーフッド)の方が身近な存在になってきている。

やはり近界民(ネイバー)であるテスタが直接三門市民に向けてメッセージを送ったことが大きな反響となり、これまで直接関わりのなかった三門市民以外の人間にも近界民(ネイバー)近界(ネイバーフッド)の存在を印象付け「敵となる近界民(ネイバー)もいるが、友好的な近界民(ネイバー)もいる」とわかりやすい形で全世界に広めたことになった。

人間とは複雑なものより単純なものの方が飛びつきやすい。

近界民(ネイバー)=人類の敵」だったものが「エクトス、アフトクラトル=人類の敵」で、「キオン、エウクラートン=同盟国」となったことで、人類の敵を排除するには同盟国とのつながりを確かなものにすべきであると考えるようになる。

したがってエクトスとアフトクラトルにはまだしばらく敵でいてもらうしかない。

ハイレインは大規模侵攻の非を詫びて同盟国入りを希望しているが、もう少しだけ悪役を演じてもらおう。

エネドラがボーダーの職員を6人殺害した罪は事実であり、責任者であるハイレインにはしばらく生贄の山羊(スケープゴート)になってもらうくらい許されるはずだ。

 

 

◆◆◆

 

 

テスタが素顔で街へ出てショッピングをすると大騒ぎになるだろうとのことで、彼には変装用トリガーを使って日本人になりすましてもらった。

ジルドは元々日本人に良く似た容姿なので、ツグミと迅との4人であれば日本人グループにしか見えない。

ただしツグミも話題の中心にいる人物のひとりなので、彼女にもトリガーで変装してもらうことにする。

なにしろテスタが彼女を舞台上に引っ張り出して非常に友好的で信頼関係を築いていることを証明したことで、彼女もまたテレビ・新聞等で顔が世界的に売れてしまっているのだ。

そうやって周囲への配慮 ── 正体がバレた時には当人たちよりも店舗や店員に迷惑がかかるため ── をしつつ、最後の1日を楽しむことにした。

 

午前中はボーダーのスポンサーである家電量販店や大型総合スーパーで買い物をしてそのすべてを例の採石場跡地の「国際港」入口に設置した大型倉庫に運んでもらい、午後は身軽な状態で街を散策した。

スポンサーの店舗で買いものをするのは当然のことだが、それ以上に総合外交政策局の経費で購入するために必要な措置である。

店舗の末端の店員には伝わっていなくても、三門支店の店長には通達が行っているためにスムーズに買いものができ、倉庫に運んでもらうこともできるようになっているのだ。

テスタは「次回の訪問は大型の貨物艇で来るよ」と言っていて、それは即ち再び三門市にやって来て何らかのパフォーマンスをするつもりでいると暗に言っていることになる。

その時にはまたひと波乱起きそうな予感がするが、ツグミには大歓迎だ。

「大型の貨物艇で来る」とは単に玄界(ミデン)からたくさんの土産を持って帰るためだけではなく、キオンからも小型艇では運べないほどの大きさの「何か」を持って来てくれるという意味を含んでいる。

キオンが譲渡できるものといえばトリオンやトリガーに関する技術しかなく、今回の新しい高性能な艇の設計図のような鬼怒田が小躍りする品が期待されるからだ。

大型艇の倉庫でなければ入らないようなものとなれば何かの装置ではないかと考えられるため、ツグミは冗談半分にテスタに言ってみた。

 

「それならボーダーもいただいたお土産を保管するために本部基地の地下倉庫を片付けておかないといけませんね」

 

すると「おっ」という顔をして答えた。

 

「まあね。近界(ネイバーフッド)では軍事関係だけではなく庶民の日常生活にもトリオンが使われている。玄界(ミデン)で使えるかどうかは試してみないとわからないが、たぶん大丈夫だと思う。いや、むしろ人間の多い玄界(ミデン)ならばこそ効果を発揮するかもしれないな」

 

「期待しています」

 

ツグミはテスタという人間が太っ腹であらゆることにケチケチしないことを良く知っている。

義理堅いところもあって、10の贈り物をすれば11の返礼をしようとする人間だ。

だからツグミも彼に対してはケチをせずに欲しいというものがあれば惜しみなく与えることにしていて、その結果は明らかなものだから城戸たちも文句を言えない。

テスタの土産である新型の艇の設計図は今後の拉致被害者市民救出計画に大いに役立ち、最後のひとりが帰国する日まで足を止めることはないと宣言した「その日」が早まることは目に見えている。

第一次近界民(ネイバー)侵攻から6年、長い間ほとんど手つかずにいた拉致被害者市民救出計画はゼノンたちによるツグミ拉致事件をきっかけに動き出した。

いや、それだけでなく大規模侵攻でさらわれたC級隊員の救出作戦もキオンの協力あってこそで、ボーダーが自力でアフトクラトル遠征を行ったとしたらどのような結果になっていたのかはわからない。

少なくともあそこまで迅速に解決したとは考えられず、あの悲劇を招いた同盟国への遠征の時のように大勢の犠牲が生じていたかもしれない。

そう思うとツグミがキオンへ()()()()という決断をしたのは正解であったと言えよう。

彼女の勇気がなければキオンは敵ではないものの味方でもないという第三国のままであったはずで、これまでに得たキオン由来のトリオンやトリガーの技術がない状態では拉致被害者市民救出計画どころではなかった。

それにキオンを味方にすることができたからこそアフトクラトルがボーダーに報復をすることもなく、逆に擦り寄ってきているくらいである。

この分ならいずれアフトクラトルにも同盟に加わってもらい、近界(ネイバーフッド)における第三国から玄界(ミデン)を守る「防波堤」になってもらえるだろう。

もちろんこの2ヶ国が同盟を破棄しないということが前提だが、アフトクラトルが裏切ろうとしてもキオンがいるし、その逆の可能性はまずない。

では万が一にも両国が手を組んで玄界(ミデン)へと攻め込もうとした時にはどうするのか?

その心配はいらない。

アフトクラトル大侵攻のタイミングでキオンも三門市へ近付いていたのだから、やろうと思えばキオンもに攻め込むチャンスはあった。

ボーダーの全戦力を投入しても軍事大国2ヶ国分のトリオン兵の大群と(ブラック)トリガー使いを同時に相手にはできなかったわけで、昨年の1月にボーダーは壊滅して三門市は滅びていたはず。

さらに近隣の市町村にまで被害は及び、第一次近界民(ネイバー)侵攻の数倍いや数十倍の犠牲者が出ていたことは容易に想像できる。

そうならなかったのはテスタが本気で武力を使わない近界(ネイバーフッド)の平定を目指しているからで、守ることはあっても攻めることは絶対にありえないからだ。

つまり今さら心変わりするはずもなく、ましてやアフトクラトルと手を組むことなど絶対にないと断言できるのである。

それにアフトクラトルもハイレインが国王になってから四大領主の3家をほぼ無力化してしまったことで独裁が可能となったが、その結果かつて四大領主に仕えていたトリガー使いがそのままベルティストン家の家臣として召し抱えられたが、求心力の弱いハイレインに従うかどうか怪しいものだ。

ディルクはベルティストン家の忠臣だが、三門市に息子がいるとなればボーダーと刃を交えようとはしないわけで、彼が戦わなければヒュースも参戦するはずがない。

そうなると戦力として頼りになるのはランバネインとヴィザのふたりしかいないことになり、さすがにその状態でボーダーとキオンの連合軍と戦おうという気にはならないだろう。

そしてせっかく手に入れた国王の座を失うわけにもいかないし、ボーダーと戦うよりも手を組んだ方がはるかに有益であると理解しているから同盟を結んでしまえばボーダーに対しては敵意を見せることはなく完全に無力化できるというものだ。

 

 

◆◆◆

 

 

送別会を兼ねた夕食会を済ませたテスタとジルド、そしてテオはキオンの艇の倉庫に積み込めるだけの土産を持って祖国へ帰還する。

テスタから本国帰還の打診をされていたテオは当初悩んでいたが、ツグミの助言があって一度帰国してから家族と相談して答えを出すように決めたものだから表情は清々しいものとなっていた。

テオ本人にはもう答えが出ているのだが、家族に何の相談もなしに決めてしまいたくないということらしい。

彼がどのような判断をするのかツグミにはまだわからないが、キオンと三門市の距離は大きく縮まったのだから結果がどうであれ誰も不幸にはならないはずだ。

彼もそれがわかっているからもう悩むこともなく、自分の未来を自身で決める時が来たのだと腹をくくったに違いない。

見送る側のツグミもゼノン隊に残ってくれるならそれは嬉しいしありがたいが、彼が本国勤務になったとしても会いにいくことはできるのだから寂しくはないと割り切っている。

しかし彼を兄のように慕っていたレクスは少し寂しそうでいて、それでも心配かけたくはないと無理に笑おうとしていた。

両手の拳をギュッと握り締めて寂しさに耐えている彼をツグミが後ろから抱きしめてやると大きく頷き、艇のタラップを上がって行くテオに向かって手を振りながら叫んだ。

 

「いってらっしゃい、テオお兄ちゃん!」

 

この別れが「さよなら」ではないと意識し、素直にこの言葉が口から出たのだ。

 

「おう、ちょっと行ってくるからいい子にして待ってろよ!」

 

テオはそう言い残して艇の中へ入って行く。

そしてドアが閉まり、上空に(ゲート)が開くと艇はその中へ飲み込まれるように消えていったのだった。

(ゲート)が閉まるとそこには初めから何もなかったかのように静まり返り、見送り人のツグミと迅とレクス、城戸、忍田、鬼怒田はそれぞれ2台の車に分かれて市内への帰途についた。

その車内で迅がレクスを気遣ってある提案をする。

 

「レクス、次の日曜日に3人でプラネタリウムを見に行こうか。ツグミも日曜日くらいは休み取れるだろ?」

 

レクスが三門市で暮らすようになってすぐにツグミが三門市民文化センター内にあるプラネタリウムに連れて行き、それ以来何度も訪れるようになっていた。

近界(ネイバーフッド)の国々が宇宙空間に浮かんでいる惑星のようなものなので、プラネタリウムを見ていると懐かしく感じるらしい。

実際に夜空を眺めることも好きで、寮の周辺は人が住んでいないので星が良く見えるのだが、梅雨の時期はそれもできない。

したがってプラネタリウムを見に行こうというわけだ。

 

「ボク、行きたいです!」

 

レクスは元気に返事をする。

しかしツグミはちょっと考えてから答えた。

 

「うん、特に急ぎの仕事も入っていないし、月曜日の会議の資料はできあがっているから大丈夫そう。久しぶりに3人でお出かけしましょう」

 

「やったぁ!」

 

後部座席で嬉しそうな声を上げるレクスにツグミは助手席から振り向いて微笑んだ。

 

「朝の時点で雨の心配がないとわかったらお弁当を作って行って芝生広場で食べて、空模様が怪しかったら近くにある回転寿司にしましょうね」

 

「わ~い、お寿司大好き~! …でもツグミのお弁当も食べたいな」

 

三門市で暮らすようになって初めて生の魚を食べることになったのだが、マーナはなかなか馴染めなかったもののレクスはすぐに気に入ってしまった。

特にマグロの中トロとサーモンが好物で、回転寿司へ行くとそればかり頼んでしまうくらいだ。

ただしツグミの作る弁当専用メニューも捨てがたいらしく、どちらにも決め難いという顔をしている。

ツグミがボーダーの仕事で留守がちになっているため、弁当を持って遊びに出かける機会もずいぶん減ってしまった。

レクスに寂しい思いをさせたくないとできる限り彼の相手をしていたのだが、寮に住むメンバーが全員総合外交政策局員になってしまったために近界(ネイバーフッド)へ行っている間は玉狛支部で預かってもらうことになっている。

それをツグミはなんとか改善したいと考えていて、福利厚生に関する改善案を城戸に提出してあるのだが、上層部は拉致被害者市民救出計画に業務を集中しているためになかなか答えが出ていない状態だ。

ならばせめて自分にできることだけでもと、レクスに寂しい思いをさせないようにしていた。

彼がテオに懐いているために任せっぱなしにしていたが、そのテオがしばらく留守をすることになったのだから自分がやらなければとツグミは気合を入れている。

それを察した迅が3人で遊びに行くことを提案してくれたのだった。

 

当日の天気はどのようなものであってもレクスには楽しい1日になることだろう。

 

 

◆◆◆

 

 

その頃ヒエムスでは玄界(ミデン)で暮らすことを希望する女性とその家族が三門市に向けて旅立つ準備をしていた。

27人の女性のうち帰国をするのが12人と半数以下であったことは本人の希望というよりも家族の事情による理由が大きいらしい。

残りの15人には夫と子供の他にも夫の両親やきょうだいがいて、彼らがヒエムスに残ることを望んだことで帰国することを諦めざるえなかったのだ。

もちろん事情が変われば帰国は可能だし、ヒエムスでの環境が玄界(ミデン)の支援で改善されるとなれば今さら故郷に帰る必要はないと言うのだから今回は帰国しないという道を選んだ。

家族や友人を失って頼る者がいない三門市よりもヒエムスの方が暮らしやすいと考えるのも無理はないこと。

帰国しないからといって三門市による被害者支援が受けられないということにはならず、残る15人の三門市民にはボーダーがヒエムス政府に適切な支援をし、それを間接的に受けられるようにすることになっている。

帰国する12人の三門市民とその家族35人の合計47人は原則としてヒエムスへ帰ることはできないが、いずれ出入国管理が整って一般人でも近界(ネイバーフッド)との往来が可能となれば彼らも帰省ができるようになると説明してある。

それがいつになるかはわからないが、こればかりはボーダーを信用してもらうしかない。

故郷を離れるにあたってこれまでの生活のすべてをリセットしなければならないのでその()()に時間はかかったものの、それぞれが新しい土地での新しい暮らしに希望を胸に抱いていた。

 

 

 

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