ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

517 / 721
498話

 

 

順調に進んでいるかのように思えた近界(ネイバーフッド)玄界(ミデン)の関係だが、ボーダーと接触した国の近界民(ネイバー)はともかくそうでない連中は相変わらず戦争をやめられずにいる。

何百年もの間ずっと「強者と弱者」「奪う者と奪われる者」が存在するのが当然で、強者側にならなければ生きていくのにもままならないという厳しい世界であるから、少しでも自国よりも弱い国があれば攻め込んで支配してしまおうと考えてしまうのは仕方がないのかもしれない。

そしてヒエムスが玄界(ミデン)のトリガー使いをボーダーに引き渡したことは近界(ネイバーフッド)の国々にも知れ渡り、それはボーダーが次の遠征地として決めたレプトも例外ではなく、レプト政府はヒエムス侵攻の準備を始めていた。

レプトはヒエムスとの戦争で敗戦国となったため国土の一部が焦土と化し、国内生産がかつての3分の2に減少して国民は疲弊している。

そこで一気にトリガー使いが40人近くも減ったヒエムスに攻め込むには今しかないと判断し、かき集められるだけの数のトリガー使いとトリオン兵を用意して侵攻開始のタイミングを図っていた。

もちろんその情報をヒエムス側も入手しており、ボーダーに救援を求める使者を派遣したのはボーダーの艇が帰国する市民を乗せて発った10日後だった。

 

 

◆◆◆

 

 

三門市に到着した12人の三門市民女性とその家族35人の合計47人はキューブ化の解凍を行った後に問診と血圧や心電図、血液検査などの健康診断の結果問題なしとして三門スマートシティ内にある彼女たちのために用意された住宅に連れて行かれた。

12人の三門市民女性のうち夫婦ふたりが2組、夫と子供がひとりという3人家族が8組で、残りは子供ふたりの4人家族と、夫の両親と子供という5人家族である。

ひとまずファミリー用の3LDKの戸建と集合住宅内に2LDKの部屋を用意して適宜振り分けることにした。

ボーダーが近界民(ネイバー)と同盟を結んだことは多くの三門市民に受けいられ、近界民(ネイバー)であっても玄界(ミデン)のルールを守ることができるのなら受け入れても良いというムードになっている。

三門市(行政)も拉致被害者市民の配偶者と子供であれば三門市民として登録し同等の権利と資格を与える旨を決めた。

ただし近界民(ネイバー)である夫の両親については想定外であったらしく、扱いをどうするかで改めて討議されることなったのだった。

 

住む場所は用意してもらったが働く場所や働くに際して子供をどうするかなど問題は残っている。

ひとまず当座の生活費として一時金が支給されたが、それも質素な生活をして約2ヶ月分といったところだ。

そこでスマートシティ内にある「三門市生活サポートセンター」がそういった近界(ネイバーフッド)からの帰還者及びその家族の生活相談に乗ることになっているのだ。

すでに帰国している元トリガー使いの男性たちはボーダー提携校に編入したり、ボーダーのスポンサーである企業に就職するなど新しい生活を始めており、三門市民は彼らを自然に受け入れている。

しかし近界民(ネイバー)男性の就職は困難を極めると思われる。

まずは玄界(ミデン)の暮らしに慣れてもらわなければならず、ひとまずカルーロのようにスマートシティ内の建設現場で荷運びや簡単な肉体労働に従事しながら自分のやりたいことを見付けてできることをやってもらう。

農業従事者が多いようなので市内の農家で作業の手伝いをやってもらうことも考えているが、それも農繁期のアルバイトに限るので定職は必要だ。

ひとまず専門家に任せることにして、問題が生じたのならボーダーに連絡が入るのでその時に総合外交政策局が動けばいい。

 

今のツグミの仕事は「第2回拉致被害市民救出レプト遠征」に向けての準備で、週1回の定例幹部会議の他に緊急性のあるものに関しては城戸の招集で臨時幹部会議が行われる。

防衛隊員の時に比べて給料はアップしたがそれ以上に仕事と拘束時間が増え、その分武器(トリガー)を使って訓練をする時間がなくなってしまった。

自分はまだ現役のトリガー使いだという自負があるので腕が鈍らないように訓練を続けたいとは考えているのだが、なかなか時間が取れないのだ。

朝稽古は欠かしていないが最後に彼女が武器(トリガー)を使用したのは1月にキオンでサーヴァと模擬戦をした時で、もう半年以上も武器(トリガー)は使っていないことになる。

この日も午前中に定例幹部会議に出席し、城戸たちに8月中旬までにレプトへの調査隊の派遣をしたいと提案をし、具体的な計画案を提出した。

ヒエムスでの成功によって世論が盛り上がっているうちに次の行動を起こさなければ、逆に市民から「次はどうなった?」とせっつかれるのは目に見えている。

救出には時間がかかるのは民間人でも理解はできるが、何らかの行動をしていないとまだ300人以上も残っている拉致被害者市民の家族や友人は気が焦ってしまう。

それがボーダーに対しての希望や期待であり続ければいいのだが、いずれそれは不安や裏切りの気持ちに変わってしまうだろう。

そうならないために市民に報告できる「結果」を示さなければならず、それが調査隊の派遣ということなのだ。

ヒエムスから市民が帰国して、それを発表したのが5月30日。

今のところ三国同盟の件もあって盛り上がっているためにボーダーへの期待度は上昇中であるが、こういったものは熱しやすく冷めやすいので「鉄は早いうちに打て」ではないが早く行動すべきである。

ツグミは上層部メンバーにそう訴えて、城戸たちもその重要性は十分に理解しているため調査隊の派遣は可能であれば7月中、遅くとも8月10日までに出発できるようにすることを決定した。

調査隊メンバーはヒエムスの時と同じく太刀川、風間、二宮の3人と総合外交政策局からはゼノンとリヌスという5人で、場合によってはツグミも同行することとなった。

場所によっては女性の方が情報を得やすいという点が指摘されており、遠征に耐えうることと普段から近界民(ネイバー)と上手く付き合っている彼女しか適任者がいないということで彼女が選ばれるのは当然の成り行きだ。

レプトに関してはヒエムスを訪問した時にエヴァルドからいくつかの情報を得ていたがそれだけでは不十分で、現在の国の内情を詳しく知ることで交渉の場で優位につくことができるというもの。

情報とは使い方によっては武器(トリガー)よりも強力な力を発揮する。

それを良く理解しているツグミだからこそ調査隊の派遣に力を入れているのだ。

そして同時にエクトスへの調査隊も編成して派遣するという「偽」のシナリオを作っていて、「こちらボーダー広報室」で発表することを提案した。

なぜなら第一次近界民(ネイバー)侵攻の犯人がエクトスという国であることは拉致被害者からの情報で知ったことになっている。

ならばエクトスへ行けば残りの人間がどの国に売られたのかがわかるはず。

この情報は麟児からすでに得ておりエクトスへ行く必要はないが、関係者以外はそのことを知らない。

エクトスのリンジという近界民(ネイバー)の存在は闇に葬られたのだから、ボーダーの誰かがエクトスに行って入手したことにしなければならないのだ。

こちらは実際に行くわけではないので、ツグミが考えたシナリオを元に調査隊派遣の第1報から調査結果の最終報告まで架空の話で進める。

記者会見ではなく「こちらボーダー広報室」での報告だからいくらでも誤魔化せるしボロも出にくい。

麟児が帰国した時に事情聴取で得たエクトスまでの行程や国の様子などかなり詳しくわかっているが、写真がないのは残念であった。

 

 

◆◆◆

 

 

ところがツグミの計画したレプトへの調査隊派遣は内容を大きく変更せざるをえなくなった。

レプトがヒエムスに侵攻するという情報がボーダーにもたらされたのだ。

ヒエムスからやって来たのはエヴァルドの忠臣であるルッツで、彼は軍備縮小したヒエムスの情報を知ったレプトが復讐を兼ねた侵攻をする気配を見せていて、ぜひともボーダーにトリガー使いの派遣をしてくれと懇願した。

軍備縮小とはエクトスによって売られた三門市民のトリガー使いが全員帰国したためであるから、このレプトによる侵攻はボーダーにも無関係とはいえない。

もちろん責任もないのだが、同盟は結んでいないものの友好国の危機となれば駆けつけるのが当然である。

そしてこの2国が戦争を始めてしまえばレプトへの調査隊や拉致被害者市民返還の交渉どころではなくなる上に、レプトにいる26人の三門市民のトリガー使いが戦場へ送り出されてヒエムス軍と戦わされることになるのだ。

そこで「レプト遠征」を前にして厄介事を片付けてしまおうということになり、まずは友好国(ヒエムス)を救援するための遠征として遠征部隊の編成を決めることとなった。

戦闘を前提とした訓練や遠征に関わる準備などはアフトクラトル遠征の時に作ったマニュアルがあり、今回は緊急性があるため原則としてアフトクラトル遠征に参加したメンバーをのみを参加させることになった。

今回は防衛戦となりヒエムス軍への援軍であるから戦って勝つことよりも負けないことを優先するだけでなく、レプト軍にいる三門市民のトリガー使いを無力化、つまりレプト軍を裏切ってヒエムス側に逃亡させることに成功すれば26人分の戦力を削る上にそのまま救出できる。

レプトはボーダーがヒエムス支援をするほど親しいとは考えていない。

なぜならボーダーは同胞を救出してしまったのでヒエムスという国にはもう興味はないという噂を流して情報操作しておいたからだ。

だからヒエムスに侵攻して戦う際にはトリガー使いが減少したヒエムス軍とだけ戦えばいいと考えているはずである。

ところがそこに玄界(ミデン)から援軍が到着したとなればレプトの遠征軍は大混乱になるだろう。

場合によっては撤退しなければならなくなり、この機に乗じてレプトにいる女性たち15人を返してもらう交渉にもっていくことができるかもしれない。

ツグミはこれを好機と考え、「第2回拉致被害市民救出レプト遠征」の計画を大きく書き換えることにしたのだった。

 

 

◆◆◆

 

 

アフトクラトル遠征に参加した隊員には緊急招集がかかり、太刀川隊(唯我を除く)、風間隊、三輪隊、二宮隊、玉狛第1、玉狛第2、東、影浦、村上、冬島、寺島が会議室に集められた。

忍田からヒエムスがレプトからの侵攻を受ける可能性が高まり、ほぼ確実に戦争になると説明されると誰もが何のために自分たちが招集されたのかすぐに理解できたようであった。

 

「今回は同盟国でもないヒエムスの支援要請にボーダーが応じるという理由のため、ボーダーにとって特にメリットはない。ところがレプト軍には拉致被害者市民がトリガー使いとして所属しており、彼らが祖国と無関係な国同士の戦いに()()巻き込まれてしまう。彼らは我々が救出に行くことを信じて待っている同胞だ。おまけに次の遠征計画先がレプトであったことからも、今回の支援要請に応じてヒエムスへ赴くことは重要であると判断した。レプト軍として攻めて来た彼らに投降を促し現隊離脱を試みてもらおうと思うのだが、そのためにもヒエムス軍に援軍として我々が参加する必要がある。基本的に戦闘は回避するつもりだが、必要だとなった時には戦ってもらうことになる。突然のことで特別訓練をしている暇はないが、きみたちはアフトクラトル遠征に参加した経験者として()()()()()()()()()を持っていると確信している。…ところが現在はB級ランク戦の真っ只中で、B級隊員にはランク戦を犠牲にしてもらわなければならないため強制はできない。したがって参加の有無を確認したいのだが、今すぐに答えを出すのは無理だと承知している。こちらもまだ遠征期間がどれくらいになるのかなど不明な点が多い。そこで3日後の16日のこの時間に再び集まってもらい、その時に答えを聞きたいと思う。みんな、いいだろうか?」

 

忍田は会議室に集まっている隊員たちの顔をひと通り見回すと、隊員たちは黙って頷いた。

それぞれに事情があるから考えていることはさまざまだ。

最近はトリオン兵の出現も減り、訓練や模擬戦でしか戦うことができなくなった戦闘狂(バトルジャンキー)たちはようやく実戦ができるとやる気まんまんでいるし、遠征に参加すれば特別手当が出ると期待している者もいる。

しかしB級隊員は参加したいと思ってもB級ランク戦の途中で抜ければ不戦敗となってしまうため、チームメイトに迷惑はかけられないからと欠席すべきだと考えているように見える。

そんな彼らの中で玉狛第2だけは様子が違った。

修と遊真は千佳の願いを叶えるために遠征に参加したいからとA級昇格を目指していただけで、麟児と青葉が帰って来たのだからその目的は果たされた。

アフトクラトルに連れ去られたレプリカも無事に戻って来ているのだから修と遊真にも遠征に参加する理由はない。

彼らの当面の目的は遊真の()()()()の身体を治療したいという点だが、それは医療面で進んでいる玄界(ミデン)の技術でも光明は見えないのだから近界(ネイバーフッド)へ行ったところで解決するとは思えないのだ。

したがって玉狛第2にはB級ランク戦も遠征も積極的に参加したいという理由はなく、近界民(ネイバー)と戦いたいわけでも特別手当が欲しいわけでもない。

ただし千佳には遠征艇のトリオンタンクの役目を果たしてもらいたいという()()()()()()()()がある。

上層部は彼女に強制はしていないが、麟児の罪を免除してもらう代償でもあるから彼女は自分も参加しなければならないと考えていた。

麟児は罪滅ぼしの意味もあって参加したいと思っている。

そうなるとふたり抜けた玉狛第2は今後行われるB級ランク戦に参加するのはほぼ不可能だ。

ならば全員で参加するという手もあるしそれが当然なのだが、今の修には自分が(ブラック)トリガーに対応できるどころか遠征に耐えうるだけの力を備えていないことが身に染みて良くわかっている。

アフトクラトル遠征では()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と勝手に思い込んでB級ランク戦で()()()()()()()()()()()()()()()()()と、小手先の技とランク戦のルールを上手く利用して2位になった。

遠征参加は可能となったが、修は本隊メンバーの足手まといになるだけだということで遠征艇防衛を担うことになったが、それも本隊と居残り組の千佳の活躍があって修の出番はなかった。

その後のA級昇格試験で不合格だったために一度解散した玉狛第2だが、自分を見つめ直す良いきっかけとなり、その後に麟児を加えた新生玉狛第2として再出発。

以前とは違って心に余裕ができたことでB級ランク戦は順調に勝ち抜き、前期のB級ランク戦では見事1位を記録したのだった。

遊真と麟児は実戦経験豊富な近界民(ネイバー)であり、トリオンモンスターの千佳が人を撃てるようになったことで玉狛第2は無敵なように見えるのだが、ここに修という「weakest link(ウィーケスト・リンク)」つまり弱い鎖が存在し、超チート部隊(チーム)であってもその弱い鎖を狙われてしまってはどうしようもない。

修以外の3人が活躍すればするほどそれが目立ってしまう。

B級ランク戦でも転送位置が悪いと修は速攻で落ちてしまうのだが、残りの3人で得点をして勝利するというパターンとなる。

いくら強くなろうとして訓練をし、先輩たちに協力してもらって鍛えても、他の隊員たちがそれ以上に鍛えていれば追いつけるはずがない。

以前彼が出水に合成弾を教えてもらおうと太刀川隊の隊室へ行った時、唯我と1対1で100勝したら教えてもらえるということになったのだが、未だに達成できていない。

それは唯我も訓練を重ねて腕を上げているからで、追いつくどころかおいて置かれてしまっているという状態だ。

B級ランク戦という部隊(チーム)戦であればチームメイトのフォローがあってなんとか隊長としての面目を保っているが、個人(ソロ)となれば彼自身の実力がそのまま出て誰もフォローしてくれないから所詮B級中位レベルが限界の防衛隊員…と本人が嫌というほど思い知らされてしまった。

現に今期のB級ランク戦は上位グループにありながらも()()()()満足のいく試合は数回しかなかったのだった。

 

 

◆◆◆

 

 

会議が終わると玉狛第2のメンバーはそれぞれ用事があって解散となった。

遊真は個人(ソロ)ランク戦、千佳は狙撃手(スナイパー)の合同訓練、麟児は鬼怒田に呼ばれてトリガー解析の手伝い。

ひとりだけ残った修は思い悩みながら廊下を歩いていると、向かい側から城戸がひとりで歩いて来た。

修は廊下の端に寄って城戸に会釈をしてやり過ごそうとするものの、城戸が修に声をかける。

 

「三雲くん、少しいいかな?」

 

「あ、は、はい!」

 

慌てて背筋をピンと伸ばして姿勢を良くする修。

それを見て城戸は言った。

 

「そう緊張しなくてもいい。…ここで立ち話もなんだ、私の部屋へ来ないか?」

 

「城戸司令の部屋…ですか?」

 

「ああ、すぐそこだ」

 

「…わかりました」

 

何の意図があって自分と話をしたいというのかわからない修だが、断る理由が見つからずに素直に従うことにした。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。