ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

518 / 721
499話

 

 

本部司令執務室へと招かれた修は緊張しながら来賓用のソファに腰掛けていた。

その向かい側には最高司令官である城戸がいつものしかめっ面で座っているのだから緊張しないわけがない。

そもそも修の入隊経緯やその後の行状 ── 近界民(ネイバー)である遊真の存在を隠匿したり、C級用トリガーを基地の外で使用したり、果てには極秘事項であった近界(ネイバーフッド)遠征を公の場で発言してしまうなど ── によって最悪の印象を抱いている相手をわざわざ呼び出してサシで話をしようというのだから不安で冷や汗が流れてしまう。

 

「きみは…ボーダーがヒエムス政府の要請で隊員を派遣することについて説明を受けているんだったな?」

 

「あ、はい…」

 

「きみの部隊(チーム)には遠征に欠かせないメンバーが揃っている。そうなるときみもまた一緒に参加するのか?」

 

修はしばらく考えてからゆっくりと言葉を選ぶように答えた。

 

「もちろんです…と言いたいところなんですが、今は心が揺らいでいます。アフト遠征の時は遠征に参加することが自分の『そうするべき』ことだと思ったことなので、とにかく参加するために形振りかまわず走っていました。そして本当なら資格のないぼくですが周囲の人たちの厚意によって参加させてもらいました。実際に参加したことで自分が分不相応なことを望んでいたのだとを思い知らされました。そのせいで今回の遠征が自分の『そうするべき』ことなのか悩んでいるんです。そしてたぶんまた前回と同じで何の役にも立たないんじゃないかとも」

 

すると話を聞いていた城戸は残酷なことを言う。

 

「そのとおりだな。アフト遠征の報告書によればきみは戦力としてまったく役に立っていなかった。きみでなくともかまわない、誰でもいいというレベルの働きしかしておらず、これならきみを参加させる必要はなかったと判断するのも無理はない結果だった」

 

「……」

 

「きみはチームメイトと一緒に近界(ネイバーフッド)へ行って()()()()()()を果たすために遠征参加に執着していたそうだが、その目的が達成したというのになぜ迷っているんだ? もう近界(ネイバーフッド)()()()行く理由はないぞ」

 

「それはそうなんですが…」

 

「ボーダーには大勢の人間が所属している。近界民(ネイバー)に恨みがある、三門市を守りたい、武器(トリガー)を使って戦ってみたいなどさまざまな理由で入隊を希望した。理由はともかく一定レベルのトリオン能力があってボーダーの規定(ルール)を守ることができる人間は()()()受け入れてきた。そうして全員が三門市民の生命と財産を守るという『大原則』に従って活動をしている。多くの隊員と職員はボーダーに所属している以上はボーダーの活動を自分の『そうするべき』ことだと考え、()()()()()()()()()()()()を精一杯やってくれている。きみは入隊して2年以上経つが、未だにボーダーの活動において()()()()()()()()()()かどうかなどと個人的な感情でいちいち悩んでいるのかね? きみはボーダー隊員なのだから『そうするべき』かではなく『何ができるか』を考えて、できることをやってもらわなければならない。こちらはできないことをやれとは命じないが、できることもやらないのであれば辞めてもらうという選択肢もある」

 

「……」

 

「まずは自分のできることを考えなさい。そのできることの中に遠征が含まれるのなら参加すればいいし、そうでないのなら諦めるんだ。主力メンバーが遠征へ行っている間、残されたメンバーが本来の役目である三門市防衛の任に就くことになるのだよ。それだってとても重要な任務で、今のきみにでも十分できるはずだ。自分のすべきこととできることに大きな乖離があるのであれば、選択肢はふたつしかない。すべきことと定めたものを完遂できる力を身に付けるか、できることを精一杯やるか、だ。ただしヒエムス遠征まで時間はない」

 

「はい。…あの、ひとつ質問してもいいですか?」

 

それまでずっとうつむきながら城戸の話を聞いていた修が顔を上げて訊いた。

 

「ああ、かまわない。何だね?」

 

「なぜ城戸司令がこんな問題ばかり起こす隊員のことでわざわざ時間を割いてくれたんですか?」

 

修が疑問に思うように、これは明らかにヒエムス遠征の参加・不参加に関わる話がしたくてふたりきりになったのだといえる。

最高司令官が末端の一隊員の悩みなどにいちいち関わって相談に乗っていたら本来の業務に支障が出てしまう。

それに特に目をかけてもらえるような優秀な隊員ではないのだから、城戸が時間を割く理由が見当たらないのだ。

すると城戸はフッと鼻で笑って答えた。

 

「私もこんなことをしている暇はないのだが、ある人物に頼まれて一度話をしてみてくれと言われたのだ」

 

「ある人物、ですか? それは誰なんでしょうか?」

 

「きみのことを心から心配している人、とだけ言っておこう。…きみは玉狛支部に所属していて林藤支部長や玉狛第1の先輩たちからいろいろ面倒をみてもらっているようだな。あそこの連中はみないいヤツだが、面倒見が良く優しい。それだけだ。何かトラブルが起きたり壁にぶち当たったりしてもヤツラが手を貸して解決してしまう。ただそれも根本的な解決には至らず、きみは同様の問題で何度も躓いているのではないか?」

 

「それは…」

 

「きみは『苦言を呈する』という言葉を知っているかね? 意味は『言われる人が不愉快に感じる可能性があるが、その人のためにあえて忠告をする』というもので、悪口ではなく助言やアドバイスの類だ。しかしこれができる人間はそう多くない。苦言を呈するということは、もしかしたら関係を悪くしてしまうかもしれないということを覚悟の上で相手のためにと勇気を出して『耳にしたくない言葉』を言うということ。残念なことに玉狛支部にはそれができる人間はいない。あそこは旧ボーダー時代に同じ傷を負った者たちが集まって作った自分たちだけが居心地の良い狭い世界で、そんなぬるま湯に浸かった状態ではそこで停滞してしまう。きみがそれを望むならそれでもかまわないが、そのせいで前に進めずに悩んでいるのであれば滑稽だな」

 

「……」

 

「しかし同じ玉狛第2のメンバーでもきみのチームメイトは自分の『そうするべき』ことをきちんと認識できているようだな。それがなぜかわかるかね?」

 

「…いいえ、わかりません」

 

「彼らに自信がある。自信があるから迷わない。自分の判断に自信があるのは自分にできることとできないことをしっかり認識していて、その判断の根拠となっているからだ。いや、彼らだけでなく多くの隊員が同じように自分で決断できている。できないことはできないと受け入れ、できる範囲で全力を尽くす。もしくはできないならできるようになってから挑戦する。そこの見極めがしっかりできているのだよ。ところがきみはアフト遠征に参加して自分が分不相応なことを望んでいたとを思い知らされのだと言いながら、それを改善しようと努めただろうか? しかしアフト遠征以来あのような大規模な遠征は1度も行われていない。そしてきみたちの目的はきみたちの行動とは関係のない場所で解決してしまった。A級昇格も、遠征参加も今となっては意味のないものとなり、きみにはボーダー隊員でいる理由すらもなくなってしまったのではないか?」

 

「……」

 

「これは結果論だが、遠征を行う予定がなかったためにきみには1年前のアフト遠征を終えた時と大きく変わったとことは見られない。きみは以前よりもポジション別合同訓練にも積極的に参加し、模擬戦なども行っているようだが明白な『結果』は出ていない。それはきみが努力をしていても他の隊員の方がもっと努力しているから相対的に追いつけないということ。個人(ソロ)ポイントがすべてではないが、本人の技量と戦闘に対する自信の根拠になっているのは確かだ」

 

「……」

 

「玉狛第2のB級ランク戦の結果は見事なものだ。それはきみの隊長としての采配の結果でもあるが、きみは自分が隊長でいるからこそ良い成績を出しているのだと自信持って言えるかね? …その顔だとそうではないようだね。きみは自分自身の弱さを良く理解しているらしい。ならば迷う必要はないだろう。きみにはきみにできる範囲でやれることをやればいいだけだ。人には向き不向きというものがあり、向いているものは鍛えれば鍛えただけ伸びるものだが、不向きなものをいくら鍛えたところであまり伸びはしない。ボーダーNo.1である太刀川は攻撃手(アタッカー)だからこそ1位だが、彼に射手(シューター)狙撃手(スナイパー)のトリガーを与えても期待はできない。それは彼が攻撃手(アタッカー)の訓練しかしていないからだが、ならば射手(シューター)狙撃手(スナイパー)の訓練をすれば同じように1位になれるだろうか? まあ、無理だろうな。そしていくらきみが射手(シューター)の訓練を死に物狂いでやったとしても、そのトリオン能力に頭打ちされてある程度のレベルで限界を迎える。トリオンを使って戦うとはそういうものだ。B級ランク戦では頭を使ってチームメイトとの連携で勝ち抜いているが、きみ単体での戦闘力は近界(ネイバーフッド)へ行って無事に帰国できるかどうか怪しい。実戦の恐ろしさはきみ自身が一番良くわかっているはずだ。アフトクラトルとの戦いできみは自ら換装を解き大怪我を負って死にかけたが、生還できたのはすぐに適切な治療を受けられたからだ。遠征にも医師は同行するが、近界(ネイバーフッド)で同じような重傷を負った場合には助からないと考えてくれ。私はもう若者が死ぬような戦いを見たくはない」

 

「……」

 

「不安や迷いは刃を鈍らせてしまう。近界(ネイバーフッド)とは一瞬の判断ミスや油断が命取りになる世界だときみは認識しているようだから、今の自分が行けばどうなるか想像できるはずだ。きみには正しい判断を下してもらいたい。そしてこの判断は遠征に参加するかしないかの二択ではない。この機会にボーダー隊員を続けることが自分が『そうするべき』ことなのか良く考えるのだな」

 

「…はい」

 

「では、もう行ってよろしい。わざわざ引き止めて悪かったな」

 

「いえ、こちらこそ自分のために時間を割いてくださってありがたいと思っています。…では、失礼します」

 

修は肩をがっくりと落とした状態で本部司令執務室を後にした。

 

 

◆◆◆

 

 

隊室に戻った修は落ち込んでいた。

城戸から自分の迷いについて見透かされていただけでなく、一番痛いところを突かれたとなれば誰だって平気でいられるわけがない。

おまけに城戸の言っていることは事実で、末端の一隊員のことをそこまでしっかりと見ていて心配してくれているのだと知って驚いたと同時に少しだけ嬉しかった。

なかなか成長しないことに苛立ち、何かをしなければいけないと焦って先輩たちに頼るものの根本的な解決には至らないからいつまで経っても効果は現れない。

修のトリオン能力の低さは入隊試験に落ちるほどだから、トリオンを使う戦闘に不向きであることは明らかだ。

ならばトリオン器官を鍛えてトリオン量を増やすことを考えるべきで、その点では木虎がトリオンの少なさで苦労したが今では平均の範囲内まで伸ばしたことで嵐山隊のエースになったという「結果」を出した良い見本がいる。

彼はそんな木虎を見習うべきなのだが、周囲の誰もそう助言してはくれない。

少ないトリオンでも戦える手段はレクチャーしてくれたが、それはB級ランク戦という集団戦においてチームメイトのサポートとしての役目を担うだけのものである。

熟知しているマップの中で、敵のメンバーと武装と戦術がわかっている上に()()得点をするために制限時間内に攻撃をしてくるのであれば、修のワイヤー陣はある程度効果はあるだろう。

ではこの彼の技は遠征先で近界民(ネイバー)相手に通用するだろうか?

城郭都市の中にいる敵を攻撃する攻城戦では都市内に入らなければワイヤーを張る場所はなく、都市内に入ったとしても不案内な土地ではホームである敵側に地の利があってワイヤー陣に適している場所を探すのも大変だが、罠だとわかっているところに敵を誘い込もうとしても無駄だ。

トリオン兵を相手にしようとしてもモールモッドの刃で簡単に切られてしまうから時間稼ぎにもならないだろう。

そもそも高い城壁に囲まれた都市内に入ることが非常に難しいということはツグミが実施したアフトクラトル遠征の訓練で身に染みているはずで、戦闘を前提とした遠征に参加するのなら(ブラック)トリガーに対抗できるという条件以前に「自分の身は自分で守ることができる」のでなければ死ぬだけ。

修のようにトリガー使いとして役に立たないレベルのトリオン能力であれば、敵は彼を捕虜にすることはなくトリオン器官を引き抜いてそれでおしまいだ。

城戸が修に対して暗に「遠征には参加するな」と言っているのは本人のためでもあるが、ボーダーという組織の最高責任者として隊員から犠牲者を出したくないからである。

特に世間に名前と顔が知られている彼が遠征先で殉職したとか捕虜になったということになれば、これまで築いた市民のボーダーに対する信頼は大きく崩れてしまうだろう。

トリオン体での戦闘によって隊員たちの安全を確保していると言ってもそれが100パーセントではない以上は不測の事態によって犠牲が出ることもある。

戦場で戦闘体が破壊されて緊急脱出(ベイルアウト)ができない状態になった時、誰か仲間がいれば助けてくれるかもしれない。

しかしそれぞれが自分の戦闘で手が離せないという場合もある。

いつでも遊真がヒーローとして颯爽と現れ、修のことを助けてくれるとは限らないのだ。

 

(ぼくにはヒエムスへの遠征に参加する意味がない。いや、ボーダー隊員でいる理由すらもなくなってしまった。千佳を守るためにボーダーに入隊したが、もう麟児さんがそばにいてくれるのだからぼくは必要なくなった。空閑を元の身体に戻す方法を探すのであればボーダーを続ける理由にはなるが、その場合は遠征に参加しなければ手がかりを掴むことは不可能だ。それなのに遠征に参加する最低限の条件さえクリアできず、アフト遠征の時には周りの人がぼくの希望を叶えてくれただけで、自分の力でチャンスを掴んだのではない。おまけにアフト遠征で自分の未熟さを知ったというのにあれから1年経ってもほとんど成長していない。それは自分が一番わかっているんだ。…ただ、わかっていてもそれに触れたくないから見て見ぬふりをし、B級ランク戦で上位をキープしていることで自分は強くなったのだと思い込んでいた。その結果は全部空閑と千佳と麟児さんのおかげなのに…)

 

机に突っ伏しながら自虐的になる修。

玉狛第2として出した結果は彼の結果でもある。

「三雲修はB級上位部隊(チーム)の隊長として立派に結果を出している」と評価され、周囲からも好意的に受け取られているのは事実だ。

しかし「彼単品では使()()()()」という声も聞こえ、それをひどく気にしていた。

そもそも射手(シューター)は自分で点を取らなくてもかまわない、チームメイトをアシストするためのポジションなのだから一定レベルの戦力があれば十分なのだが、それはB級ランク戦だからであって実戦となれば別物だ。

もちろんそばに遊真や麟児がいれば彼らをサポートして有利に戦えるようにすることはできるが、孤立無援の状態になった時にはどうしようもない。

B級中位・上位の射手(シューター)ならば仮に単独で危機を切り抜けられるだろうが修には無理な話だ。

 

(たしかにこの遠征はぼくにとって『そうするべき』と思えることじゃない。アフトの時にはレプリカを救出しなければと思って強引に参加させてもらったけど、結局自分の手で助けたのではなくヒュースが連れ戻してくれた。あの時は自分の無力さが情けなくてたまらなかった。みんなはぼくにはぼくの良さがあって、部隊(チーム)をまとめる隊長としてのぼくがいるからこそ玉狛第2はB級上位で活躍していると言ってくれる。でもそれってぼくは空閑や千佳や麟児さんがいなければぼくは評価されないってこと。玉狛第2を解散した時にはぼくはタダのB級個人(ソロ)射手(シューター)で、誰にも見向きされなかった。あの時は合同訓練で嫌というほど思い知らされたな)

 

 

そんなことを考えながら自己嫌悪に陥っていた時、隊室のドアをノックする音がした。

 

「はい、どうぞ」

 

相手が誰なのか確認もせず、修は客に声をかけた。

するとドアが開いて、思いがけない人物が入って来たものだから慌てて立ち上がって客を出迎えた。

 

「霧科先輩、お久しぶりです。どうしてここに?」

 

「お久しぶり、オサムくん。何度も携帯に電話をしたのに繋がらないから来てみたのよ」

 

ツグミがそう言うと、修は思い出したかのようにソファの上に置きっぱなしになっていたカバンの中から携帯電話を取り出した。

確認するとそこにはツグミからの着信履歴が10件以上も入っている。

その時間は本部司令執務室で城戸と話をしていた頃であった。

携帯電話をカバンに入れたままで説明会へ出席して、そのままうっかりしていたのだった。

 

「すみません、先輩。すぐにここに戻って来れば良かったんですけど、途中で城戸司令に会って少し話をしていたんです」

 

するとツグミは少し驚いたらしく、修に訊いた。

 

「城戸司令が特定の隊員と話をするなんてすごく珍しいことよ。どんな話をしたのか教えてもらえる? もちろん無理にとは言わないけど」

 

「それは…」

 

修は言いにくそうだがこのままではますます落ち込んでしまうと考えてツグミに話すことにした。

同情や具体的なアドバイスが欲しいというのではないが、話すことによって何か問題解決のヒントが得られるかもしれないと考えてのことだった。

修が話をしている間ツグミはずっと黙って聞いていて、そして最後まで聞き終わったところですべて納得したといった感じで小さく頷いた。

 

「城戸司令はわたしの代わりに悪役を買って出てくれたのね」

 

「悪役を買って出る…って、どういう意味ですか?」

 

不思議そうな顔をして修はツグミに訊く。

 

「それはね、城戸司令が話したことはわたしがあなたに話そうとしていたことと同じだから」

 

「…?」

 

わからないという顔でいる修にツグミは説明した。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。