ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
「城戸司令はボーダーの最高司令官だからとても忙しい人で、拉致被害者市民の救出計画が本格的に動いているからますます忙しくなっている。だけど隊員や職員ひとりひとりのことを気にかけていて、特に要注意人物の動向には気を配ってくれているのよ」
「つまりぼくは要注意人物で、直接話をして警告しなければならなかったということですか?」
「だってあなたは入隊試験で落ちた時、ペンチで有刺鉄線を切ってボーダーの敷地内に侵入したくらいだもの。他にも学校でC級トリガーを使ったんだから当初の印象は最悪だったのは確かね。だけど要注意人物というのはそう言う意味だけじゃないのよ。問題を起こす隊員だけでなく優秀な隊員であってもこのまま放っておくことはできないって人は何人もるから。たとえば三輪さんなんて
「……」
「あなたの場合は問題行動を起こすからというだけでなく、あなたの行動がとても危ういから心配になるのよ。あなたが問題行動に見えることをするのって、それは自分が『そうするべき』と思ったことから一度でも逃げてしまえば、本当に戦わなければいけない時にも逃げるようになるというあなたの行動原理によるもので、そうと決めたらその行動の先に何が起きて、それに対する責任を負わなければならないという点を考えていないから。本部基地に侵入して上層部の人間に直談判をしようとしたみたいだけど、
「……」
「それに城戸司令が気にしているのはアフトの大規模侵攻であなたは戦場だというのに換装を解いて生身で特攻をした。それはわたしにも責任はあるんだけど、あの時にあなたは死んでいた可能性もある。そういった危険回避のために
「……」
「ユーマくんと三輪さんのおかげでハイレインとミラには戦う力はほとんど残されていなかった。チカちゃんのキューブは安全な場所に隠しておいたのだから探し出されてアフトに連れて行かれる心配はない。冷静になってシオリさんと情報確認をすればアフト勢6人のうち3人が無力化され、ジンさんがヒュースの足止めをしていたことはわかったはず。この状況であなたが無理に行動をせず安全を第一に考えて
「……」
「その後の記者会見でもあなたはボーダーが極秘に進めていた遠征計画を暴露してしまった。城戸司令が上手くフォローしてくれたから大事には至らなかったから良かったけど、あなたはボーダーの機密を民間人にバラしたという隊務規定違反でクビになっていてもおかしくはなかったのよ。だけどあの人はそうさせなかった。鬼怒田さんや根付さんなんてものすごく怒っていたけど、城戸司令がふたりを宥めてくれたんだから。あの人はあなたを切り捨てることができたけどそうしなかったのよ。記者会見であなたを
「城戸司令がぼくのことをそこまで…」
「あなたのお父さまは留守がちで、あなたに対して厳しく言ってくれるのは香澄さんだけ。その香澄さんだってボーダーのことを詳しく知っているわけじゃないから、あなたの悩みや迷いに適切な助言はできない。できるのは城戸司令に会ってあなたのことを頼むとお願いをするだけだったわ」
すると修は驚いて目を丸くした。
「母さんが城戸司令に会ったんですか!?」
「それは当然じゃないの。大規模侵攻であれだけの大怪我をしたのに忍田本部長のお見舞い程度で済ませようだなんてありえない。城戸司令は大規模侵攻の後始末を終えると真っ先にあなたの家に行って香澄さんの前で土下座して謝罪したんですって。わたしが彼女から教えてもらった時、城戸司令らしいって思ったわ。冷徹そうに見えて本当は誰よりも思いやりのある温かい心の持ち主。厳しいけれどそれは相手のことを大事に思っているからこそ、死んだり傷ついてほしくないって心から願っているから
「……」
「わたしもそんな城戸司令のことを勘違いしていた時があった。本当の父親を亡くした時からずっと父親のように接してくれていたから、わたしは甘えてしまっていた。家族なんだからわたしのやることや考えを理解してくれるのが当然だって思っていたから、ボーダー最高司令官としてのあの人の立場ややり方に反することをしてしまったわ。そこで対立して2年近くも疎遠になってしまったんだけど、いろいろあって和解した。わたしは家族っていつも一緒にいて何も言わなくてもわかってもらえるものだと勘違いしていたの。だけど家族といっも所詮は他人なの。血のつながりがあっても自分以外の人間という意味では親も他人になる。言葉にしなければ相手に通じないし、相手のことを知ろうとしなければ相手の気持ちはわからない。そうわかった時、わたしは玉狛支部を巣立つことができたのよ。そして城戸司令の親心が理解できて、あの人が最高司令官であると同時にボーダーの隊員や職員の父親の気持ちでいることも知ったから、アフト遠征の試験や訓練ではかなり厳しくした。だって誰にも傷ついてもらいたくないもの。万が一のことがあればあの人は哀しむし、最高司令官としての責任も取らなければならない。それなのにあの時にあなたは自分が遠征に参加したいというエゴだけで視野が狭くなっていた。アフト遠征に参加すれば
「…はい」
力なく答える修にツグミは追い打ちをかけるように言う。
「だったらB級ランク戦で勝つだけじゃなく、遠征において必要な能力を身に付ける努力をすべきだったのに、あれから1年経ってもあの頃とほとんど変わっていない。麟児さんのおかげで玉狛第2という
「……」
「わたしはあなたがさっき城戸司令に言われたことと同じことをそのまま言うつもりでいて、それであなたを探していたわ。だけど城戸司令に先を越されたのは、たぶんあの人はわたしの気持ちと行動を察して自ら悪役になってくれたんだと思う。いつもわたしはあなたに厳しいことを言ってばかりだった。いわゆる苦言を呈するってことだけど、アレって言う方もかなりしんどいのよ。嫌われたくないという気持ちもあるけど、相手のことを傷つけないように言葉を厳選して、言い方も相手が拒絶せず聞いてくれるように話さなければならないからけっこうストレスが溜まる。それでもあえて言わなければいけないと思うのはその人のことが大切だから。城戸司令が厳しいと思えるのなら、それと同じだけあの人は自分のことを大切に思ってくれているのだと考えてもらいたい。わたしと城戸司令は似ているんだと思う。だからわたしがやろうとしていることをあの人が先回りして、わたしが苦しまないようにと気遣ってくれたんだわ」
「…そうですね。こんなぼくに優しくしてくれる人は大勢いますけど、厳しく言ってくれる人はほとんどいません。たしかに城戸司令と霧科先輩は似ています。ぼくの本質を見抜いていて、ヒエムス遠征の話が出たことでぼくがくだらないことで悩むだろうと判断したのは正解です。一緒に暮らしている玉狛の先輩たちですら気付きませんから。いえ、気付いても見て見ぬふりをしているのかもしれません。誰だって嫌われ役にはなりたくないですからね。ぼくは千佳の撃てないという問題で霧科先輩が千佳を責めた時にはひどいと感じました。千佳の過去を知っていればレイジさんや宇佐美先輩のようにもっと優しく接してくれてもいいのにと正直思いましたが、今振り返ってみるとあの荒療治が効いたように思えます。他人を傷つけるのが嫌だと言いながら、保身のために他人の気持ちを傷つけていたことは間違いなく、本人も自分が卑怯な人間だと反省していました。でも自分自身を第三者の厳しい目で見て指摘してもらわないと、自分の嫌な面から目を逸らせて見ようとしないから気付かない。その点ヒュースは千佳のことにすぐ気付き、歯に絹を着せずに指摘した。あいつには千佳に対する仲間意識なんてないから平気で言ったんだろうけど、あれがきっかけとなったことは事実です。ぼくだけでなく玉狛のみんなは千佳のことを大切に思うあまり腫れものに触れるような感じでデリケートに接していました。…ううん、そうじゃない。厳しく接することで嫌われたくなかったのかもしれません。嫌われたくないから本質に触れず、時間が解決してくれるのを待つといった感じで放置していたんです。遠征選抜まで時間がないのに」
「……」
「
「それに気付いたなら今まで迷ったり悩んだりしたことも意味のあるものになるわ。それでヒエムス遠征についてだけど、あなたは参加したいの? したくないの?」
「それは…」
「参加はしたいけど、自分にはその資格がないって?」
「はい」
「じゃあ、何であなたは参加したいの? この遠征が自分が『そうするべき』ことと思ったのならアフト遠征の時のように資格があろうとなかろうとがむしゃらにしがみつこうとしたでしょうに。それをしないで悩んでいるってことは遠征自体に価値を求めているのではなく、チームメイトが参加するのに自分だけ留守番するのは寂しいから…なんて言わないわよね?」
「もちろんです! …ただぼくだけ役立たずな感じでいたたまれないんです」
「それは仕方がないわね。あなた以外の3人には遠征参加の資格があるもの。チカちゃんは人を撃てるようになっただけでなく、
「……」
「キョウスケはあなたの師匠だというのに忙しいからと稽古を他人任せにするし、
「やっぱり先輩もそう考えるんですね」
「当然。人には自分のやりたいこととやるべきこと、そしてやれることが上手く噛み合わさらなくて不幸になる人もいるわ。むしろ全部の条件が合致した人は幸せね。太刀川さんみたいに剣を振り回して強敵と戦いたい人がいて、彼はその才能もあったから三門市に住んでいてとてもラッキーだった。キトラちゃんの場合はボーダー隊員の
「はい…」
「そして自分が『そうするべき』ことが見当たらない。アフト遠征の時のように分不相応だろうが自分が必要とされていないとわかっていても絶対に行きたいという強い意思がないから迷っている。迷うことは悪くない。それは自分の進むべき道を一所懸命考えているからだもの。でも今のあなたみたいにやりたいと思ってもそれまでに準備ができていなかったり、それが本当に自分のやるべきことなのかもわからないって状態じゃどうしようもないわね。あなたは大規模侵攻後の記者会見で『運命の分かれ目はこちらの都合とは関係なくやってきます。準備が整うまで待っていたらぼくは一生何もできません』『ただその時やるべきことを後悔しないようにやるだけです』って大口叩いたことを忘れてはいないわよね? それなのに全然準備できていないじゃないの。それじゃたしかに一生何もできないわよね」
「……」
「さあ、ここで質問です。城戸司令とわたしに厳しいことを言われたあなたはこれからどうしますか? 玉狛支部の先輩たちに話をして慰めてもらい、彼らに協力してもらって遠征に参加する? レイジさんたちは後輩には甘いから厳しいことは言わない。きっと味方になってくれるわよ。それとも遠征以外に自分のできることを探してそれをやる? 念のために言っておくけど、今からじゃ自力で遠征に参加しようとしても間に合わないわよ」
「それはわかっています。まだどんな答えを出すのかは決まっていませが、少なくとも逃げるようなことはしません」
「ええ、今はそれで十分。じゃあ、わたしの用事はこれで済んだから帰るわね。お邪魔しました」
そう言って立ち上がるツグミに修は訊く。
「最後にひとつだけ教えてください。城戸司令は『ある人物に頼まれて一度話をしてみてくれと言われた』と言っていましたが、それって先輩のことですよね?」
「そうよ。あの人はあなたのことを気にしていたから、それだったら一度話してみたらいかがと言ったの。会って話をしてようやく相手の気持ちがわかり、自分の気持ちを伝えることができるんだもの。わたしがそうだったように。ただし相手の気持ちがわかったところで、それがあなたにとって良いことなのかそうでないのかはあなたの受け取り方次第。…あ、そうだ。言い忘れていたけど、ヒエムス遠征はレプトにいる拉致被害者市民の救出計画とリンクしているので総合外交政策局も協力することになっているのよ。というわけでわたしもヒエムスには行くわ。非戦闘員としてだけど、いざという時には戦う覚悟よ。わたしはトリガー使いとしてまだ現役は引退していない。でも職員側に回ったのはそれがわたしの『そうするべき』ことだと思ったことだから。オサムくんもそういうものが見付かるといいわね」
「はい。相変わらず先輩の言葉には胸に突き刺さるものがあって少し胸が痛いですけど、いつもそのおかげで正しい道を歩けている気がします」
「わたしもあなたに苦言を呈する時はいつも胸が痛むけど、あなたにとって役に立っているならこの苦しみも無駄じゃなかったわね。じゃ、もし用事があったら会議室と同じフロアにある総合外交政策局事務室にいらっしゃい。しばらくは日勤で毎日その部屋にいるから」
「はい、わかりました」
ツグミと話したせいか修の表情はスッキリとしていた。
もしかしたら闇の中に一筋の光明を見付けたのかもしれない。