ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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51話

 

 

夕食後、ツグミが自室で頭を悩ませていると、ドアをノックする音がした。

 

「霧科先輩、今いいですか?」

 

声の主は修で、ツグミは快く彼を招き入れた。

 

「どうぞ~」

 

修は遠慮がちに入って来ると、ツグミにICレコーダーを返した。

 

「これ、ありがとうございました。東さんの解説、とても役に立ちました」

 

「でしょ? オサムくんも戦術を学びたいって思うなら、わたしが東さんにお願いしてあげるわよ」

 

「ぼくも勉強したいと思ってますので、その時はぜひよろしくお願いします。…それで先輩に相談したいことがありまして、ご迷惑かとも思ったんですけど思い切って来ました」

 

「迷惑なんかじゃないわよ。わたしでよければいつでもどうぞ」

 

なにやら深刻な問題のようで、ツグミは一時休憩にして修の話を聞くことにした。

 

 

「師匠のキョウスケじゃなくてわたしに相談というんだから、内容はランク戦のことじゃなさそうね?」

 

「はい。実は…ぼくたちはB級になってから防衛任務に就くことになりましたし、ランク戦の関係で帰りが深夜になることも増えました。ぼくはいいんですけど、千佳は女の子だし、空閑も慣れない土地でのひとり暮しは大変だと思うんです。車で送ってくれるレイジさんにも負担になってしまいますし。そこで空閑と千佳を先輩のように玉狛支部(ここ)に住み込めるようにしてやりたいんです」

 

「うん、それはいいわね。本人たちが望むなら。あ、でもチカちゃんのご両親にはちゃんとお許しをもらわなきゃダメだけど」

 

「それはわかっています。千佳の両親にはぼくが説得して…と言いたいところですが、先輩にも手伝っていただきたいんです。以前にボーダー入隊の件で林藤支部長や迅さんと一緒に家を訪ねて来てくれた時の印象が良かったらしく、千佳の両親も先輩のことは信頼しているようなので」

 

「そうなんだ。じゃ、わたしも一緒に行ってお話しするわね」

 

「すみません。忙しい先輩の手を煩わせるようなことをしてしまって」

 

「だからそんなことは気にしなくてもいいのよ。でも、オサムくんはどうなの? 帰りの時間が深夜になることが一番多いのってオサムくんよ」

 

「ぼくは大丈夫です。男ですし、母もわかってくれていますから」

 

「わかってくれているっていっても香澄さんが心配していないわけじゃないわよ。いっそオサムくんもみんなと一緒にここで暮らせば? 本来なら中学生に深夜の任務なんてさせちゃいけないんだけど、三門市がこんな状態だから我慢してもらわなきゃならない。隊員の家族にも迷惑をかけているのは承知の上。でもそうしないと市民の安全が守れないのよね…。だからせめて隊員の福利厚生くらいはきちんとしなきゃ。ここで暮らすといっても実家にはすぐに帰れるんだし、これまでのように夜遅くなった時とか早朝からの防衛任務の時にだけ泊まるという手もある。その場合も自分の部屋があった方が便利よね。それで、オサムくんはどうしたい?」

 

「ぼくもできれば空閑や千佳、先輩たちと一緒にここで暮らしたいですけど…」

 

「それなら決まりね。まずユーマくんとチカちゃんの気持ちを確認して、支部長(ボス)にお伺いを立てる。そしてオサムくんとチカちゃんのご両親に事情を説明して許可を貰う。まあ、ランク戦があるから今すぐにってのは無理だけど、明日のRound3が終わると1週間空きがあるからその間にオサムくんとチカちゃんのご両親に会いに行きましょうか」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

悩んでいたことが解決したからか、修の顔は晴れやかだ。

 

「では、これで失礼します」

 

出て行く修を見送ると、ツグミは部屋の時計を見た。

すでに午後10時を過ぎている。

 

(いくら男の子だといってもこんなに夜遅くに中学生をひとり帰すわけにはいかないわ。途中まででも送って行ってあげよう)

 

ツグミはクローゼットからコートを取り出すと修を追いかけた。

 

 

◆◆◆

 

 

ツグミはいつものように朝食を持ってヒュースの部屋を訪ねた。

この日のメニューは珍しく洋風で、ポトフとかぼちゃサラダ、チーズトーストとホットミルクというものだ。

毎朝メニューを変えるのは食べること以外に楽しみのない彼に少しでも楽しんでもらいたいというツグミのささやかな心配りである。

 

「ヒュース、おはよう。ごはん、持って来たわよ」

 

「おはよう」

 

ツグミの根気強い教育(しつけ)により、挨拶だけはきちんとできるようになったヒュース。

挨拶するのは当然のことなのに、ツグミは嬉しいと思ってしまう。

 

「今朝はすごく冷えたでしょ? だから温かい具沢山のポトフにしてみたわ。…どうぞ召し上がれ」

 

テーブルの上に置かれた料理を見たヒュースは何かを発見したかのような驚いた表情になり、恐る恐るポトフを口に入れた。

 

「これは…!」

 

気に入ったのか、ヒュースはポトフを一気に食べてしまう。

その様子を見ていたツグミは少し驚いた。

これまでこれほど文字通り食いつきの良かった料理はなかったからだ。

 

「おかわりする?」

 

ヒュースが空になった皿を名残惜しげに見ているので、ツグミは訊いてみた。

 

「いいのか? オレは捕虜だぞ」

 

「何言ってるの? 捕虜だって食事のお代わりくらいしたってかまわないわよ。そもそも捕虜というのは本部への建前。そう言っておかないと本部の上層部がうるさいからね。まあ、敵国の兵士を捕らえたんだから捕虜というのは間違いないけど、少なくともわたしはあなたを捕虜扱いしてるつもりはないから」

 

そう言いながらツグミは空の皿を受け取る。

 

「おかわりを持って来るから、少し待っててね」

 

ツグミは部屋のドアの鍵を開けたままで出て行く。

そして戻って来ると、ヒュースはおとなしくチーズトーストを食べていた。

 

「鍵、開けといたんだから逃げようと思えば逃げられたのに、そうしなかったのね」

 

「当然だ。祖国に帰るあてもなく、玄界(ミデン)でひとり生きていくこともままならぬ。だとすればここにいるしかなかろう」

 

「それはそうね。…ポトフのおかわりよ。さあ、どうぞ」

 

皿を直接ヒュースに手渡しすると、さっきと同じように貪り食う。

 

「そんなに喜んでもらえるとは思わなかったわ」

 

ベッドの端に腰掛けて微笑みながらヒュースの食事の様子を見ているツグミ。

いつもならそんな彼女をヒュースは邪険にするだが、今日に限っては黙々とポトフを食べている。

そして2皿目を空にすると、穏やかな表情になって言った。

 

「主の家で食べたスープに似ている。懐かしい味だ…」

 

ポトフのような野菜と肉の煮込み料理はどこにでもあるものだからアフトクラトルにあってもおかしくない。

きっとポトフの味が幸せな記憶をよみがえらせたのだろうと感じ、ツグミは自然と笑顔になってしまう。

 

「気に入ってくれたみたいだから、また近いうちに作ってあげるわね」

 

「本当か?」

 

「もちろん。他にも食べたいものがあればできるかぎり要望に応じるわよ。あまり快適な場所じゃないから、せめて食事くらいは楽しんでもらいたいもの」

 

「どうせおまえはそうやってオレを懐柔し、近界(ネイバーフッド)の情報を手に入れようというのだろ? オレは絶対に何も言うつもりはないからな」

 

せっかく心を開いてくれたと喜んでいたツグミだったが、ヒュースの言葉に落胆する。

 

「もちろん近界(ネイバーフッド)の情報は欲しいわよ。だけどあなたが話したくないことを無理やりに聞こうなんて思ってないわ。やろうと思えば拷問とか自白剤とかいろんな方法はあるけど、玉狛支部(ここ)の人間は近界民(ネイバー)を敵視していないからそんなことはしない。あなたの仲間がこちらの世界の人間を襲って殺害したりC級隊員を拉致ったことは絶対に許せないことだけど、戦争である以上は末端の兵士であるあなたひとりに責任を負わせたりしないわよ。あなた自身は誰も殺していないし傷付けることさえなかったんだもの」

 

「……」

 

「わたしが知りたいのはあなた個人のこと。どんなものが好きなのかとか、趣味は何なのかとか、そういうこと。あなた個人のことなら祖国(アフトクラトル)の情報を漏洩することにはならないから裏切り者にもならないと思うけど」

 

「なんでおまえはオレのことを知りたがる?」

 

「だってせっかく知り合いになれたんだから、ここにいる間だけでも仲良くしたいじゃないの。いずれ本部があなたの処遇について何らかの判断をするでしょうけど、それまでは玉狛支部(ここ)の客人。あなたが快適に暮らせるように努めるのっておかしいかしら?」

 

「…ああ、おかしなヤツだ、おまえは。おまえにとって何の得がある?」

 

「損とか得とかじゃないのよ。…まあ、いいわ。あなたが玉狛支部(ここ)でどう暮らすのかはあなた自身の問題。引きこもって孤独でいるのも自由だし、自らすすんで交流しようとするのも自由。好きにするといいわ。じゃあ、全部残さずに食べてしまうのよ」

 

そう言うとツグミはまたドアに鍵をかけずに行ってしまう。

 

そしてこの日以降、ヒュースの()()のドアに鍵がかけられることはなくなった。

 

 

 

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