ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
ヒエムス遠征と第2回拉致被害市民救出レプト遠征がリンクするということで、忍田を中心としたヒエムス防衛戦の計画と、ツグミを中心としたレプト軍にいると思われる三門市民のトリガー使いの救出作戦の会議は一緒に行われることになった。
エヴァルドから受け取ったレプト軍の情報を元に派遣する人員の人数と遠征の期間、そして遠征に伴う諸々の物資の手配や三門市に残る隊員たちの任務のローテーションを組むなどやるべきことは多い。
遠征参加者は想定されていたように太刀川隊(唯我を除く)、風間隊、三輪隊、二宮隊、玉狛第1でA級
やはりB級ランク戦の中盤という大事な時期にランク戦が不戦敗となってしまっては期間が短くても命取りになってしまう。
だから東たちは不参加を表明したのだった。
他には機関員として寺島と千佳、実戦経験豊富な
玉狛第2のメンバーのうち3人が遠征参加となればB級ランク戦に挑むのは無理であるから不戦敗となるのは仕方がない。
ならば修が遠征に参加してもしなくてもB級ランク戦の結果には何の影響もないのだが、彼は自分の意思で不参加を決めた。
それはこのヒエムス遠征が自分の「そうするべき」こととは思えず、千佳のそばにいて守ってやる必要もなくなってしまった以上は参加する理由がないのだ。
戦闘員としても実力不足であることは誰よりもわかっていて、B級上位
しかしだからといって彼にボーダーを辞めるという選択肢はない。
彼にはボーダー隊員でいることは自分が「そうするべき」と思ったことであり、遊真や千佳の事情とは関係なくボーダーにいる理由がなくなったからと言って放り出すことは逃げることと同義であるのだ。
自分のやりたいこととやるべきこと、そしてやれることをそれぞれ考え、その中から「そうするべき」ことを見付けようとしている修の姿を見て遊真は「オサムがそう決めたなら、それでいいじゃん」と、千佳は「修くんならきっと見付かるよ」、麟児は「おまえにはちょうどいい休暇のようなもので、留守番をしながら自分の道を探せ」と言っていた。
誰も修の決断に反対はせず、温かく見守ってくれているのは彼に期待をしているからで、その期待に応えたいと彼は「戦闘員ではない自分」を探すために玉狛第2としての活動は解散ではなく小休止ということにしてチームメイトとは別行動をすることになった。
◆◆◆
ヒエムス遠征出発は7月23日と決定し、参加メンバーはそれぞれ個人的な準備を始めた。
夏休みと重なったために学生にはちょうどいいタイミングであったようで、三門市に残る隊員たちの防衛任務のローテーションも組みやすくなっている。
B級ランク戦は日程の変更などなく進められるが、暫定1位である玉狛第2は遠征隊が帰国するまで不戦敗となることが発表されると残念がるC級隊員たちやこのチャンスに巻き返そうというB級
ツグミたち総合外交政策局もキオンへ行っているテオを除いた4人全員で参加することになっているが、林藤から今回のヒエムス遠征に局員見習いとして修を参加させてほしいとの申し出があった。
それは修の希望というのではなく、遠征に参加しないと彼が林藤に報告したところ「だったら戦闘員以外の仕事を経験してみろ」ということになり、連れて来られたのが総合外交政策局事務室であったのだ。
事前に何の話も聞かされていなかったツグミは驚いたが、それ以上に修自身が知らされていなかったことなので驚いて冷や汗を流している。
「いや、まあ
林藤はそう言って修の肩をポンと叩いた。
「別に林藤支部長の保証がなくてもちゃんとわかっています。だけど見習いとはいえ本部職員の仕事、本人が承知していないように思えるんですけど」
ツグミがそう言うと、林藤は修に訊く。
「修、おまえはボーダーの中で自分にできることを見付けたいって言ったよな? だから俺はここに連れて来たんだが、不服か?」
「いえ、そんなことはありません。ただ意外なことだったので驚いているだけです。…ぼくは自分に遠征に参加する資格がないって思うから不参加を申し出たのに、霧科先輩たちと一緒に行くというだけで同じじゃないかって」
修はそう言ってツグミの方をチラリと見た。
「先輩もぼくが遠征に参加できるほどの力はないって知っているから、ぼくを連れて行こうだなんて思うはずがありません」
すると林藤が修に喝を入れるように言う。
「だから言っただろ、
「はい」
「キオンとエウクラートンとボーダーで同盟を結んだのも単に文化交流とか技術支援ってだけじゃなく、他国に対するプレッシャーにもなるからだ。ボーダーのバックにはキオンがいると知っていれば無闇に攻めて来なくなる。
「はい。林藤支部長のお考えは良くわかりましたし、オサムくんに異存がないのならわたしは局長として入局を認めます。もちろん城戸司令の承認済みっていうことが前提ですけど、そこは抜かりないですよね?」
「もちろん。城戸さんも修のことは気にしてるから、いろいろ勉強させたいっていう俺の意見に賛成だった。…これからのボーダーは
林藤は修の頭を軽くポンポン叩いていう。
「たしかにオサムくんには戦局を変えるほどの奇策を思いつく才能があります。その才能を活かすには前線に立って戦う一兵士よりも戦場の全体像を掴みやすい後方で指示を出す方が向いているとわたしは思います。それにヒュースを玉狛第2に入れるための交渉を城戸司令相手にできるくらいですから、これから
「だろ? だから今回はおまえの仕事っぷりをそばで見せてやってくれないか? いつかおまえにも後継者が必要になる。こいつが使えるかどうかも重要だが、本人がやりたいかどうかの方がもっと重要だ。だから今回は見習いってことで連れて行ってほしいんだ。そしておまえみたいに自分のやりたいこととやるべきこと、そしてやれることが一致する人間に育ててやってくれ。頼む」
そう言って林藤はツグミに頭を下げた。
「頭を上げてください、林藤支部長。オサムくんさえ良ければこっちは人員が増えて大助かりなんですから大歓迎です。…それでオサムくん、やってみる気はある?」
ツグミに尋ねられ、修は自分の意思をしっかりと表明した。
「ぼくにできることかどうかわかりませんが、やってみなければ判断はできません。ぜひ、ぼくもヒエムスへ連れて行ってください」
「うん、いい覚悟だわ。そう決まったら本隊の出発する23日の1日前にわたしたちは出発するから、それを承知して準備を進めておいてちょうだい」
「1日前に出発するんですか?」
「そうよ。ヒエムスの人たちと馴染みのわたしが先乗りして向こうの状況を聞いて、こっちの説明をしておくという仕事があるからね。本隊の遠征艇をどこに停めるのかは重要。
「はい、わかりました」
「じゃあ、冬島さんのところに行ってレクチャーしてもらってちょうだい。わたしが事情を説明しておくから。あとはあなたが自分で冬島さんと打合せしてやってね」
「はい。あまり自信はないですけど、総合外交政策局員としての仕事なら、それは今のぼくにとって『そうするべき』ことなんですから」
「よ~し、いい覚悟だわ。それで香澄さんに事情を説明して承諾をもらうことはひとりでできるわね?」
「もちろんです。今度は先輩に面倒をかけずに済みます」
「林藤支部長、三雲隊員をしばらくお預かりいたします。その代わり…ではないですが、レクスくんのことはまた支部長とゆりさんにお任せすることになります。どうかよろしくお願いいたします」
ツグミが林藤に頭を下げると、その頭に林藤が手を載せて言った。
「
「それじゃあ、今夜の夕飯にはカニクリームコロッケを作ります。少し多めに作って冷凍して、ゆりさんに預けておきますね」
「それでいい。で、俺の用事はこれで終いだ。じゃあな、気ぃ付けて行ってこいよ。たぶんおまえたちの出発には見送りに行けそうにないから、今言っておく」
「お気遣いありがとうございます。三門市のことはよろしくお願いしますね」
「おう、任せとけ。…修、行くぞ」
「あ、はい」
林藤は修を連れて部屋を出て行った。
ツグミの想像もしていなかった展開だが、修にとって良い経験になるだろうという予感がして胸がワクワクしてきたのだった。
◆◆◆
ヒエムス遠征はアフトクラトルの時のように情報操作や隠密行動といった水面下で行動するものと違い正面から敵と戦うことになる防衛戦だ。
敵レプト軍の戦力はアフトクラトルに比べたら「恐るるに足らず」という評価だが、ヒエムス軍も大差ないということである。
どちらもほぼ拮抗した戦力であったために長い間戦争が続き、エクトスから高い金を払ってまでトリガー使いを買ったのだ。
そしてわずかにレプトに攻め込んでいたヒエムス側が有利であったために勝利したが、どちらもかなり疲弊していたのでヒエムス軍は早々にレプトから撤退している。
そもそもヒエムスとレプトとの戦争に国王フランコは反対していたのだが、当時の宰相セルジョと軍総司令官アシッドがレプトに攻め込んだために不毛な戦争を延々と続けることになった。
戦争に勝ったものの国民の生活が楽になったわけではなく、ヒエムスが隣国との戦争に勝った強い国であることと宰相と軍総司令官が優秀であったからこそ勝てたのだと国民にアピールしたかった
国民のために使うトリオンをくだらないことに大量に注ぎ込んだのだから国民にとっては大迷惑だったが、それを口にすれば罰せられるからと皆が黙っていた。
そこにボーダーがヒエムス王家と関わりを持ち、それがきっかけでセルジョとアシッドを追放したものだから、フランコ王とボーダーへの好感度は高まっている。
これから国は良くなっていくだろうという時にレプトの侵攻は国民の不安を煽ることになり、フランコとしては絶対にレプトの侵攻を許してはならないとしてボーダーに援軍を頼んだのだった。
レプトによるヒエムス侵攻は青天の霹靂というわけではない。
ヒエムスから大勢のトリガー使いが一気に減ったとなればレプトがそれを好機として侵攻してくることは容易に想像できる。
エヴァルドはその可能性を考慮して予備役に招集をかけるなど軍の再編成を行っていたが、敵は彼の想定以上の兵力を動員して総攻撃を計画していると知ってボーダーに救援を求めてきたのだった。
そしてヒエムスに何か起きればフランコがボーダーを頼ることは既定事項となっていたのだが、そのことは密約となっている。
このことを公にすることはボーダーにとって得策ではないということで当事者間の秘密とした。
ボーダーは
ならばこの「勘違い」を利用すべきだと判断し、ボーダーが同盟を結ぼうとすれば
そして同盟国とは親しくするがそうでない国とは交流をしないという大きな「格差」を生むことによって、同盟国ではないヒエムスは
だからレプトはボーダーが駆けつけるなどと想像もしていないわけで、現地で援軍が突然現れたとなれば指揮系統は混乱するだろう。
そういったことを事前に想定して、都合が良くなるよう情報操作を行うことをツグミは諜報のプロであるゼノンたちから学んだ。
敵の情報を入手することだけでなく未来に起きるであろう出来事を想定して、その時に備えていくつもの罠を仕掛けたり嘘と真実を上手い具合に織り交ぜたいかにも本当のことであるかのような偽の情報を流したりと、こちらの都合が良くなるように工作するのも諜報部隊の仕事である。
次の遠征先をレプトに定めたのは単に距離が近いというだけでなく、ヒエムスとの関係から何らかの行動に出ると推測したからで、それが侵攻であったことはやはり
ヒエムスと同じようにボーダーと平和的に取引をして三門市民を返してしまうという手もあるのだが、
いずれボーダーがやって来て三門市民を返せと言ってくるだろうと考えたレプト政府は今のうちにヒエムスを攻めてしまおうと侵攻を急いだのだとツグミは推測している。
そしてヒエムスに勝利すれば自分たちはヒエムスとは違って高い代価を支払って購入した
ただし逆に負けてしまえばさらに国力が低下し、ボーダーに食いものにされるという可能性もあるものだからかなり慎重に事を進めているにちがいない。
「戦術で勝負する時は、敵の戦術レベルを計算に入れること」という東の教えを常に頭の片隅に置き、ツグミは可能な限り敵味方双方に人的被害が出ない作戦を考えていた。
現在想定できる範囲内で一番恐ろしいのは追い詰められた側が
ヒエムスとレプトのどちらにも
もちろん援軍のボーダー側にも攻撃を仕掛けてくるだろうから、場合によってはボーダーも
遠征部隊には三輪に風刃を預け、遊真には状況に応じて
しかし遊真の
そうなると風刃だけが頼りとなるのだが、これも
そうして
そんな愚かな泥仕合だけは避けなければならず、したがってレプトに「勝ち負けどころではなく、これでは戦争として成立しない」と思わせる作戦が最善だとツグミは考えている。
戦争は将棋のような盤上のゲームに例えられる。
ならば飛車・角行や金将・銀将あたりまでを序盤で敵から奪い取れば、残りの桂馬・香車・歩兵だけで戦わなければならず、またレプトから奪った駒をボーダー・ヒエムス連合軍が持ち駒として使えば戦力は倍増することになり、こうなったらゲームとして成り立たないものとなる。
レプト軍のトリガー使いの半数以上が三門市民であり、レプトのトリガー使いは数人で残りは一般兵だということ。
そうなると早期に三門市民のトリガー使いに呼びかけて全員投降させれば、そこで勝敗が決まらずとも戦闘は終了となるはずだ。
この作戦案は忍田によって承認され、レプト軍の無力化を最優先として戦闘が行われることになった。