ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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502話

 

 

ツグミたち総合外交政策局員による先発隊がヒエムスに到着した時点でレプトの姿はなかった。

敵よりも先に到着できたことは戦闘において有利に働くため、1日遅れで出発した本隊が明日到着するとなれば余裕で戦闘準備ができそうである。

いつものように港で待機しているとピリピリとした雰囲気の兵士が現れ、艇を別の安全な場所への移動を指示された。

そこがヒエムス国内で最も(ゲート)が開きやすい場所で、だからこそ港を設置しているのだ。

つまりレプト軍が現れる際にもここに(ゲート)が開くと予想されるため、艇を停泊させたままでは真っ先に攻撃を受けてしまうとのこと。

したがって軍総司令部の中に停めさせてもらうことになっていて、本隊の大型艇も同様に城郭都市の中という安全な場所に停泊する予定となっている。

そうなると緊急脱出(ベイルアウト)も可能となり、アフトクラトル遠征よりもはるかに安全に戦うことができるだろう。

レプトにはバドやイルガーのような上空から攻撃するトリオン兵がいないということで、城壁さえ破壊されなければ中にある街や政庁・神殿は攻撃を受けない。

そこで王都を中心とした半径10キロメートル以内の土地に住む住民はすべて城壁の中に避難して、いつ侵攻があっても大丈夫なように4日前から政府が用意した宿舎で暮らしているそうだ。

現在は農閑期であるために比較的容易に避難が完了し、いつレプトが攻めて来ても人的被害に及ぶことはないとのこと。

ヒエムス軍も準備は完了しており、あとはボーダー遠征部隊本隊との連携を上手く行うための作戦会議を行うのみ。

そこでツグミは事前の打ち合わせを行うために修ひとりを連れて軍総司令部の司令官室へと向かった。

他の迅を含む総合外交政策局員には自室で仮眠をとってもらうことになっている。

ゼノンとリヌスは艇のエネルギーとなるトリオンの抽出、迅は艇の操縦でずっと休みなしの状態であったのだから身体を休めてもらわないと今後の任務に差し障る。

その点でツグミと修は特にやることもなく、ツグミは修に自分がボーダー隊員として得た近界(ネイバーフッド)近界民(ネイバー)についての情報を可能な限り教えてやっていた。

修は優秀な生徒で、鍛え方によっては総合外交政策局員として立派にやっていける人材となるだろうとツグミが確信したほどだ。

だからヒエムスの軍総司令官との作戦会議の場に彼を同席させることにしたのだった。

 

 

アシッドが追放されて新しい総司令官となったのはニクラスというエヴァルドの盟友である。

ヒエムスで史上最高のトリガー使いと称され、かつてレプトとの戦争では英雄として大勢の兵士たちから尊敬されていたのだが、彼を目の敵にするアシッドによって不遇な目に遭わされてきた。

ところがアシッドが失脚したことでエヴァルドがニクラスを総司令官に相応しい人材であるとして推し、フランコが承認したのだった。

ニクラスが総司令官になったことで兵士たちの士気は上がり、このタイミングでのレプト戦であるから負ける気がしないとやる気満々だ。

そんなトリガー使いや一般兵の視線を一身に受けながら、ツグミと修は総司令官執務室へと案内された。

 

「なんだかヒエムスの人ってぼくたちのことを見てますよね。歓迎されている…んでしょうか?」

 

ツグミの後ろを歩きながら修が訊く。

 

「わたしたちがボーダーの人間だということはみんな知っているから、歓迎というよりは期待されているってカンジかな。なにしろフランコ王がボーダーを頼りにしていて、優秀なトリガー使いを大勢派遣してくれるってことになっているからね」

 

「まさかぼくもその優秀なトリガー使いのひとりに思われているとか…?」

 

「当然。だからもっと胸を張って堂々としていなさい。嘘とかハッタリだって使いようによっては有効な武器になるのよ。相手を騙すのはあまり気分がいいものじゃないけど、向こうが勝手に勘違いをしているだけだもの気にしなくて大丈夫。それにオサムくんが戦場に立つことはないから、彼らの期待を裏切ることにもならないし。逆に今あなたが不安だとか自信がないって顔をしていたら彼らはボーダー自体への信頼を失ってしまうことにもなりかねない。対話とか交渉というものは誠実であればいいってことにはならない。多少の見栄や虚勢なんかも利用して、相手に見下されないことは重要よ。相手を見下ろしてもダメ。対等な立場で双方がwin-winになれるように歩み寄る。こっちだけ得をして相手が損をするというんじゃ、そんな関係はすぐに破綻してしまう」

 

「はあ…」

 

「わたしは若輩者だけど国王陛下や巫女様と会見して三門市民を返すことでヒエムスにどのようなメリットがあるかを説いて納得してもらったわ。だからボーダー総合外交政策局の局長は若い娘だが国王陛下が信頼する有能な人物ということになっている。おまけにキオンとの同盟締結に尽力した事実とミリアムの(ブラック)トリガーの使い手という()()もわたしという人間の格を上げている。そしてそんなわたしがあなたという補佐官を同行させているとなれば、あなた自身も有能な人物だって想像したくなる」

 

「……」

 

「だから逆にここであなたが無能っぷりを披露してしまったら、そんなあなたを側近にしているわたしの格が下がってしまうことにもなる。だからせめて有能な補佐官役を演じてみせなさい。別に何かをしろというのではなく、自分はタダのトリガー使いではなく対外交渉においても認められている人材だというフリさえしていればいい。そしてわたしがやっていることをそばで見ながら学びなさい。いいわね?」

 

「はい、わかりました」

 

修はそう言って姿勢を正すと周囲の視線を気にしないようにしてツグミの堂々とした後ろ姿を見つめた。

 

(ぼくよりもひとつしか年上じゃないのに城戸司令から近界民(ネイバー)との外交を一手に任されている。1年半前に玉狛支部の先輩として出会った時にはA級レベルの実力を持つすごいトリガー使いだと思っていたけど、本部に異動になってからはタダの防衛隊員としてではなくアフト遠征の試験や訓練など忍田本部長がやるような仕事を任され、それを見事に勤め上げた。近界(ネイバーフッド)へも度々出かけて行って国の元首クラスの人たちと直接会って城戸司令の代わりに交渉をして、さらわれた三門市民を帰国させるという偉業を成し遂げた。武器(トリガー)は使わないけど玉狛支部にいた時よりもずっとたくさん戦っているんだな。これは努力と結果の積み重ねによって上層部の信頼を勝ち得たからこそ、こんな重要な仕事を任されているんだ)

 

改めてツグミの他者にはない並外れた才能に感心し、同時に自分と比べて反省をした。

 

(霧科先輩がぼくに厳しくなったのは、アフトの大侵攻後の記者会見の時からだ。あの時にぼくは勝手な言い分をぶちまけて、おまけに勢いで遠征のことを暴露してしまったことでアフト遠征を急がなくてはならない状況に追い込んだ。記者に訓練生が本部基地以外でトリガーを使ったことを責められ、それが正論だったというのにぼくはそれを認めたくなくて言い訳じみたことを言った)

 

記者会見で修は「運命の分かれ目はこちらの都合とは関係なくやってきます。準備が整うまで待っていたらぼくは一生何もできません。ぼくはヒーローじゃない。誰もが納得するような結果は出せない。ただその時やるべきことを後悔しないようにやるだけです」と公言している。

その時は本気でそのとおりだと考えていたのだが、振り返ってみると彼は準備が整うどころかまったく手を付けてさえいなかったことに気付いた。

入隊することはできたものの熱心に訓練をしたとは言えない。

最低限の合同訓練には参加していたが個人(ソロ)戦に参加せず、B級ランク戦を観戦することもなかった。

もしこの時に正隊員になりたいという熱意があったなら、同期や先輩となる隊員たちとの交流ができ、その後のB級ランク戦では敵となる部隊(チーム)の情報も掴んでいたことだろう。

それなのに何もしないでいたから「運命の分かれ目」が来ても何もできずにいた。

これが努力した結果C級止まりであったなら修の言い訳も仕方がないと思えるが、何もせずにいて()()()が来てしまった。

「準備が整うまで待っていたらぼくは一生何もできません」というのは準備をする努力をしていた者だけが言っても良い言葉であり、自分の愚行を正当化しようとした身勝手な言い分であったことを認めざるをえなかったのだ。

 

(霧科先輩は玉狛第2(ぼくたち)が遠征に行きたいという願いを叶えるために応援してくれると言ってくれた。でもそれは1年後2年後を見越してのことで、アフト遠征は時期尚早だと判断した。だけどぼくたちはB級になったばかりだというのにA級になることと遠征部隊に選ばれること()()しか頭になく、B級ランク戦で勝つこと()()に必死になっていた。アフト遠征に参加できるだけの実力がないと証明されたのに、それでも先輩はぼくにチャンスをくれた。訓練が厳しかったのはぼくを死なせないため。本隊よりも危険の少ない遠征艇防衛に回したことも、部隊(チーム)として参加したいというぼくたちの希望を叶えるための精一杯の策だった。玉狛の先輩たちはいつでもぼくたちに優しいし頼りになる人たちばかりだ。だから玉狛はとても居心地がいい。でもそれじゃダメだって気付いて霧科先輩は本部への異動を希望したんだろうな。千佳のことは単なるきっかけにすぎなくて、きっとぬるま湯に浸かったような心地良さに慣れてしまったことで自分の成長が見込めないと思ったんだ。実際に本部に異動してからの先輩の活躍は目覚しい。並の防衛隊員ではできないようなことを次々とやり遂げて、その結果が次へのステップとなってどんどん上っていく。今では忍田本部長や林藤支部長と同じ幹部で、それまでは越権行為となることであっても今なら許されるようになった。先輩は規定(ルール)を守って自分が『そうするべき』と思ったことをやっている。そこがぼくとは大きな違いだ。ぼくは自分が『そうするべき』と思ったことから逃げてはいけないと、規定(ルール)に違反してでも平気でやってしまった。そのせいでどんな影響を与えるかなど考えずに。もし学校にモールモッドが現れた時にぼくが正隊員だったら何の問題もなく済んでいたはずだ。それに空閑に協力してもらってみんなを逃がすための時間稼ぎはできた。そんなことすら頭に浮かばず、自分が戦わなきゃみんなが死んでしまうと思い込んで突っ込んで行ってしまった。あの時は空閑のおかげで命拾いしたけど、あいつがいなかったら…たぶんぼくは同じように突っ込んで行って死んでいたかもしれない。それはぼくが何も努力をしなかったせいで生じた結果で、誰のせいでもなく全部自分の怠慢の結果なんだ)

 

修にとって敵とは近界民(ネイバー)ではなく自分自身であり、トリオン能力の低さが致命的な欠陥だとわかっていながらトリオン器官を鍛えようとはしなかった。

それには時間がかかり、目の前に迫っているアフトクラトル遠征に参加しようとしても間に合わないからだ。

そしてレプリカを自分の手で取り戻したいという気持ちが焦りを生み、修の頭からは大事なことが消えてしまっていた。

それは記者会見で自分が「C級隊員を取り返す」と宣言したというのに、修のアフトクラトル遠征の目的はC級隊員の救出ではなく自分のせいでアフトクラトルへ連れ去られたレプリカを取り戻すことにすり替えられていた。

ボーダーの役目、公の場で約束したことよりも彼自身の個人的な「後悔」を乗り越えることが「そうするべき」ことになっていたのだった。

焦っていたのは事実だが、遊真に残された時間が少ないからというのは理由にはならない。

時間があろうとなかろうと修は「C級隊員の救出」を第一に考えるべきであったのだが、結局彼の行動原理は「レプリカの救出」となってしまい、それすらもできずに自己嫌悪に陥ってしまった。

そんなことで悔やむくらいなら自分にできることをしっかりと把握し、できないことはできないと認識してできるようになるべきであった。

修はB級2位という結果に「ぼくは戦闘員として戦える」と誤認した。

玉狛第2という部隊(チーム)ならできるだろうが、修単独でラービットのようなトリオン兵やヒュースのようなトリガー使いを相手にして無事で済むとは考えられない。

そんな自分が遠征などおこがましい。

ならばボーダーに残る以上は自分にできることを探してやろうと考えた結果、林藤に促されて総合外交政策局の仕事を手伝うことになった。

 

(この仕事はぼくにできることなのかわからないし、やるべきことなのかもわからない。だけど心の中で『やってみたい』と思った。城戸司令から『そうするべき』かではなく『何ができるか』を考えて、できることをやってもらわなければならないと言われた。そのことを霧科先輩に伝えたら、先輩は笑ってアドバイスしてくれたな)

 

ツグミは「『何ができるか』よりも『やってみたい』ことを探してみなさい。その方が楽しいから。もちろんやってみたいならできるようになる努力は必要よ」と助言した。

その時のことを思い出した修は苦笑してしまう。

 

(多くの近界民(ネイバー)と交流すれば空閑の身体のことが解決する方法が見付かるかもしれない。だから総合外交政策局の仕事をやってみたいと言ったら『理由はともかく規定(ルール)さえ守ってくれるなら大歓迎。でもわたしの命令に従えないなら辞めてもらうからね』って。霧科先輩らしいって感じたな。たしかに規定(ルール)を守っていれば誰にも文句は言わせない。規定(ルール)が必ずしも正しいというわけじゃないけど、だからって個人が勝手に判断してもいいことじゃない。ぼくは自分が『そうするべき』だと決めて何度も規定(ルール)違反を犯した。霧科先輩は自分が『そうするべき』と決めたら規定(ルール)の中でやろうとするし、場合によっては規定(ルール)を変えさせてやろうとするだろう。それだけの()を持っているから。その()は先輩が積み上げた『結果』によるもの。ぼくも『結果』を出して自分のできることを増やせるようになるかな?)

 

などと考えているうちに総司令官執務室に到着した。

 

 

◆◆◆

 

 

「俺が総司令官のニクラスだ。よろしくな」

 

初対面のニクラスはツグミでも驚くほどフレンドリーな態度で接してきた。

これが不快であれば「馴れ馴れしい」になるのだが、彼には武人として佇まいが漂っていてランバネインのような清々しさが好感を持てるのだった。

 

「初めまして。ボーダー総合外交政策局長の霧科ツグミです。こちらは補佐官見習いの三雲修。どうぞよろしくお願いします」

 

そう言ってお辞儀をすると、修もそれに倣って礼をした。

 

「肩っ苦しい挨拶はこれくらいにして楽しい話をしたいところなんだが、お互いにいろいろ忙しい身だ、さっさと始めようか」

 

ニクラスはそう言ってツグミと修を奥にへと招いた。

そこには2メートル四方の大きさの机が置かれていて、ニクラスがスイッチを入れるとそこに王都を中心とした地図が投影される。

 

「これが王都を中心とした半径10キロメートル以内の地図だ。この範囲には王都の他に小規模な町や村がいくつかあるが、住民は全員城郭内に避難してもらっている。この地図ではわかりにくいがほとんどが平地で、一部森林地帯がある程度で複雑な地形じゃあない」

 

ニクラスが地図を見ながら王都周辺の地形の説明をする。

地形というものは戦争を行う際に重要なファクターであり、事前にしっかりと把握していないと戦況を有利に運ぶことは不可能だ。

 

「今回の戦いは防衛戦で、レプトが攻撃するのであればこの王都を標的とするのは間違いない。遠征には大量のトリオンを必要とするから短期決戦で挑んでくるのは明らかだ。地方の小都市を陥落させたところで何の意味もないからな。攻撃側は有効な攻撃を行うためには防衛側の3倍の兵力を必要とするが、こちらで想定するレプト軍の規模は我がヒエムス軍の約4倍だ。だからきみたちボーダーに援軍を求めた。しかしいくら兵士の数を増やしたとしてもこちらに有利である状況を利用しなければお互いに無駄に兵力を削り合うだけで、かつて愚かな戦いを延々と続けていたあの時の二の舞になってしまう。そうならないためにもボーダー(きみたち)という敵の想定外の兵力を効果的に使いたい」

 

「はい。そこでこれが必要ですね。…オサムくん、例のものを出してちょうだい」

 

「はい」

 

修はツグミから預かっていたブリーフケースから遠征部隊本隊メンバーの資料を取り出して彼女に手渡した。

 

「ありがとう。…ニクラス総司令、これは今回の遠征における戦闘部隊の名簿です。ただ今から戦力のご説明をいたします」

 

そう言ってツグミは本隊メンバーひとりひとりの使用する武器(トリガー)部隊(チーム)の得意とする戦術など説明をし、さらに敵戦力の一部を無力化する方法について話した。

 

「う~ん…たしかにそれができるなら簡単に敵兵力をかなり削ることができるだろうな。しかし戦場の真っ只中でそんなことができるのか?」

 

「もちろんです。むしろ戦場であるからこそ効果があるんです。それに対象者は三門市から連れ去られた市民ですから、彼らにだけ届けばそれで十分。そして一時的にでも行動を止めることができればあとはそう難しいことではありません」

 

「きみがそう自信を持って言うのならやってみる価値はあるな」

 

「ええ、お任せください。仮にこの作戦が失敗した時には第3案まで考えて準備もできています。後で機材を設置する場所を下調べしておきたいので、どなたか案内をしてくださるよう手配をお願いします」

 

「それなら俺が直々に連れて行ってやろう」

 

ニクラスがさも当たり前のように案内を買って出たものだから、ツグミは慌てて丁寧に辞退しようとした。

 

「いえ、総司令官にそのような雑事を ──」

 

「雑事なんかじゃないさ。玄界(ミデン)からお越しいただいた客人を案内するのは大事な仕事だよ。それに俺だって気分転換はしたいさ。このところずっとレプトのことで兵士たちが緊張していて、気を抜くことができないでいたからな。きみたちが来てくれたことでようやく兵士たちにも余裕が見えてきた。やはりアフトの連中と戦って勝ったという玄界(ミデン)のトリガー使いが援軍になってくれるというのは心強いんだろう」

 

「はあ…そうなんですか。でしたらお願いします。わたしも閣下とお話したいことがありますからちょうどいいです」

 

するとニクラスが意味深な笑みを浮かべ、納得したとばかりに大きく頷いた。

 

「なるほどな。エヴァルドがきみのことを面白いと言っていた意味がわかった気がする。きみは興味深いね、ツグミ」

 

「そうですか? 年長の男性によくそう言われますけど…なぜでしょうね?」

 

そう言ってツグミは微笑みながら首を傾げた。

 

 

 

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