ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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507話

 

 

レプト軍が現れたのは王都の南方約3000メートルの平原であった。

通常では王都に近い場所に(ゲート)を誘導して入国してもらう「港」が用意されているが、レプト軍が攻めて来るということなので離れた場所に(ゲート)が開くよう操作したのだ。

このシステムはボーダーで使っている(ゲート)誘導装置と似ているが、ボーダーでは無人の警戒区域内に(ゲート)が開くよう誘導するのだが、こちらは逆に王都から遠ざけるように妨害電波のようなものを発生させているのだそうだ。

その効果範囲が王都を中心とした半径3000メートルで、そこからの進軍となれば少しは時間を稼ぐことができる。

おまけに途中には森林地帯と一部崖が迫っていて幅が約20メートルしかない場所があり、そこを大型のトリオン兵が通ろうとしても一度に通れる数は限られるのでさらに時間がかかるだろう。

そうなると比較的小型のモールモッドを先行させるだろうから、そこで先行するトリオン兵を片付けるために広くなった場所に地雷が仕掛けられた。

地雷は王都へ向かう通り道に何ヶ所か仕掛けてあるのだが、それでも予測されるトリオン兵の全体の4分の1を減らせればいい方だ。

 

ツグミと修が見張り台へと到着すると、まだ敵の姿は見えないのだがそこにいる哨戒の兵士の様子からすでに戦闘が始まろうとしていることがわかった。

そして南門から200メートルくらいの場所に(ゲート)が開かれ、そこからヒエムス軍のトリオン兵が100匹ほど現れる。

バムスター、バンダー、モールモッドという馴染みのトリオン兵で、いつもなら敵となる存在が味方として戦うというのだからツグミたちは不思議な気分であった。

 

「なんだか妙なカンジですね。トリオン兵といえば倒すべき敵の尖兵だというのに、今回は力強い味方なんですから」

 

修の正直な感想にツグミは同意とばかりに頷いた。

 

「そうね。でもボーダーがトリオン兵を使わないだけで近界民(ネイバー)たちはトリオン兵を多く使用しているから、こうした戦争でもまずトリオン兵で戦わせる。そしてどちらかが劣勢になると、今度はトリガー使いを出撃させるみたい。人的被害をできるだけ出さないようにということらしいけど、どっちもトリオン兵で戦わせるってことは単なる消耗戦にしかならず、性能の良いトリオン兵を多く持っている方が有利になるってだけ。だから戦争ばかりやっている国は常にトリオンが足りない。トリオン兵は消耗品だからね。ボーダーみたいにトリガー使いを増やせばいいと思われるけど、人口が10万単位って国も多いからそれは難しい。だから(マザー)トリガーを酷使して大量のトリオンを抽出し、それでトリオン兵を作る方が効率が良いと考えるのね。バカバカしいことだけど」

 

戦争を続ける近界民(ネイバー)たち。

戦争をするためにトリオンを大量消費するから国民の生活が疲弊してしまうというのに、国民は「勝てば生活が楽になる」と政府に信じ込まされているから我慢をする。

どの国も戦争なんかに無駄なトリオンを使わず、(マザー)トリガーを操作して土壌を肥やし、気候を生産する作物に合ったものにすることで食料を増産できるようすれば人口増は見込めるではないかとツグミは言う。

さらに人口が増えればその中から経済や軍事以外の科学・技術の発展に寄与する優秀な人材も見付かることだろう。

せっかく優れたトリオン技術があるというのに軍事にばかり利用されていてトリオン兵や武器(トリガー)開発に力が注がれている。

トリガーとは武器に限らずトリオン技術によって生まれた道具であるから人がより良く生きるために使うべきであり、人を苦しめる戦争にばかり使うのは間違っているとツグミは考えていた。

だから国民の暮らしを圧迫して作ったトリオン兵や武器(トリガー)で他国に攻め込もうとするレプトのことを絶対に許せない。

しかしレプト国民に対して憎しみや恨みはまったくないので、可能な限り被害を出さずに済む方法を考えて、その上で出来上がった作戦をこれから実行しようとしている。

本隊の到着が遅れた時のことも考えて別の作戦を用意してあるため、そちらを実行することにした。

 

「オサムくん、本隊の到着を待っていることができなくなったからB案でいくわよ。ただこの風だとドローンを飛ばすのが難しいから、ドローンなしでやるしかなさそう。地上からの撮影はジンさんたち別働隊に任せるから、あなたにはここで待機してわたしの指示に従ってちょうだい。艇の中で説明したから機械の操作はわかるわね?」

 

ツグミがそう言うと、修は大きく頷いた。

 

「はい。ですがまだ時間があるのでもう一度確認しておきます」

 

「ええ、お願いね。わたしがここで見張りをしていて、()()()()見えたタイミングで作戦開始だから」

 

ツグミの視力は常人の20倍であり、途中に遮蔽物があったとしてもトリオン体であれば検索(サーチ)できる。

おまけに彼女オリジナルの武器(トリガー)であるスラッシュを使えば2000メートル先のトリオン兵でも狙撃できるので、ちょうど崖が迫って道が狭くなっている場所にトリオン兵が現れたところで狙撃すればレプト軍に動揺を与えることができるはずだ。

というのも近界民(ネイバー)武器(トリガー)で遠隔攻撃用のものはあるがその射程はせいぜい500メートルといったところで、その4倍の射程があるということは圧倒的に有利なのである。

そして狙撃されたとなれば、それは狙撃手(スナイパー)が500メートル以内にいると思わせることができ、兵士たちは王都への進軍の勢いを落とすことになる。

少しでも勢いを落とすことができればそれだけ時間稼ぎができ、本隊到着を待つことができるわけだ。

本隊を欠いてヒエムス軍と先発隊だけでも対応できるようなプランもあるのだが、可能な限り被害を出したくはないために最悪の場合を除いて時間稼ぎ案を適用するつもりでいる。

 

ツグミはスラッシュを起動していつでも狙撃できるよう準備をしておく。

すると見張り台にいたヒエムス兵士が総司令部からの通信を受信して、その内容をツグミに報告した。

 

「斥候の報告によるとバムスター、バンダー、モールモッドなどの大型トリオン兵の数は約800。さらに小型の飛行トリオン兵の姿もあり、とのことです」

 

「ありがとう。かなりの数だけど抑えきれないことはなさそう。それにしても飛行型のトリオン兵が運用されていたというのは初耳だわ」

 

「はい。小型ではあっても飛行型のトリオン兵はバムスターやモールモッドよりも戦闘力が低い割に製造する際にトリオンを多く使うためにアフトやキオンのような大国でなければ持っていないはずなんですが、どこから手に入れたのかはわからないですね」

 

「その2ヶ国から流出したとは思えないから、他にも製造している国と入手する手段があるんじゃないかしら。…もしかしたらまたエクトスが関係しているのかもしれない。あの国ならやりかねない。どこかの国で軍の関係者がトリオン兵の横流しをしているとすれば、レプトでも金さえ出せば購入できるもの」

 

「それはありえますね。エクトスみたいな隊商国家はあらゆるものを売買していますが、戦争・軍事関連の商品の方が利益率は高いですから」

 

「まさに死の商人だわ。でもそうなると数は限られていそう。それに偵察用だろうから、見付け次第撃ち落としてしまえば脅威にはならない。これはわたしの得意分野だものね」

 

ツグミたちの推理は当たっていた。

ヒエムス軍の装備では飛行型のトリオン兵への対策が不十分であると考えたレプト軍は大枚をはたいてバドを購入していた。

弾丸トリガーの射程は500メートルが限界であるから、地上からの迎撃はあまり効果なく、王都上空からの爆撃を匂わせればおとなしく降参するというのがレプト側の考えであった。

兵器開発ではボーダーよりはるかに進んでいる近界(ネイバーフッド)でも弾丸トリガーの射程が500メートルというのは短いような気がする。

しかしトリオン兵を多用する戦闘がメインであるから、長距離狙撃の必要がなかったのだろう。

だからこそボーダーは新体制に移行してから狙撃手(スナイパー)用トリガーの開発と使い手の育成を急いだのかもしれない。

 

ツグミはスラッシュをイーグレットモードにすると、射程を1500メートルに設定した。

 

「バドを使うということはまず偵察として想定しないほどの高度から近付いてくるはず。そもそも飛行型のトリオン兵に関してヒエムス側はまったく警戒していないと思っているだろうから、撃ち落とされたらかなり動揺するでしょうね」

 

敵の攻撃が開始されるというのに楽しそうに微笑むツグミ。

その様子を見ている修はトリオン体だというのに冷や汗をかいている。

 

(ぼくは直接戦うわけじゃないのに敵が接近していると聞いて緊張している。それなのに霧科先輩は余裕たっぷりだ。先輩は米屋先輩や緑川みたいに戦闘狂(バトルジャンキー)ではない。だけどB級ランク戦で戦っている時の顔は楽しそうだった。先輩にとって戦うことはどういう意味を持つんだろう?)

 

まだ戦闘が開始されるまで少しは時間があるだろうと、修はツグミに訊いてみた。

 

「先輩、なんだか楽しそうですね? 余裕もあるみたいで、どうしたらそんなにリラックスしていられるんですか?」

 

「楽しそうに見えるのは、この戦いがわたし自身の夢を叶える過程のひとつであって、これをクリアすれば次のステップに進めると思うからかな。それに最近は武器(トリガー)を使った戦いをしていなくて、久しぶりに使えるから嬉しいのかも。それと余裕があるというのは自分の力を信用しているからよ。総合外交政策局の仕事に専念していても可能な限り訓練は欠かさないようにしているし、これまで積み重ねてきたものがここにあるから」

 

そう言ってツグミは自分の右腕を左手でポンと叩いた。

 

「何をするのであっても心に余裕がなければダメ。戦いにも余裕とか遊び心とかなければつまらないわ。オサムくんが緊張しているのはこれから戦いが始まるからというよりも、自分の戦闘力に自信がないから不安なのよ。戦闘に参加しなくてもいいってわかっていても、いざとなれば戦わなければならない。その時にどうすればいいのかわからないんでしょ? だから心に余裕がなく、不安で緊張してしまう。でも大丈夫よ。オサムくんが戦うことになる時ってヒエムス軍が押されっぱなしでこの城壁の下がトリオン兵で埋め尽くされてしまった時くらいだから。そんなことになる前にわたしが片付けてしまうわ。今回のトリガー構成は中遠距離のトリオン兵を標的(ターゲット)にしてレイガストとスラスターを外して炸裂弾(メテオラ)とリザーブを入れておいたから」

 

「心に余裕…。それは先輩が常に自分を鍛えているという自信から生まれるものなんですね。ぼくにはそれがないからいつも緊張したり不安になってしまう。その場しのぎの技を覚えてB級ランク戦でしか通用しない戦い方をしていたから、それ以外での戦闘になるとほとんど意味がなくて自信を失ってしまう。いや、初めから自信なんてないからいつも心に余裕がない」

 

修はそう言って俯いてしまう。

 

「それがわかっているのなら、どうすればいいのかもわかるわよね?」

 

「はい。以前に先輩に言われたようにまずはトリオン器官を鍛えます。トリオンを使った戦いである以上はトリオン能力の低さは致命的。木虎もトリオンが少なくて苦労したけど今では平均内となっているということですから、ぼくも正しい鍛え方をすれば少しだけでも増えるはず。そうすればぼくにもできることが増え、それが自信へと繋がると思うんです。もし正式に総合外交政策局の局員となっても武器(トリガー)を使う可能性もあるんですから、ボーダーにいる間はずっとトリオン器官を鍛え続けようと思います」

 

「いい心がけだわ。その時にはわたしが訓練の相手になってあげるわ。玉狛支部にいた時みたいに」

 

「ぜひお願いします!」

 

「そうと決まったら早く三門市に帰りたいわね。そのためにはレプトにいる拉致被害者市民の救出を完了させなきゃ」

 

「はい。…機材のチェック終わりました。いつでもOKです」

 

「了解。では敵が現れるまで…って、待っている暇はなさそう。バドが現れたわ」

 

「本当ですか!?」

 

ツグミの視線の先を修は凝視するが何も見えないので眼鏡を掛け直してもう一度見てみる。

 

「見えなくて当然よ。2000メートルも離れているあんな小さいもの、普通の人じゃ見えないわ。わたしだから見えるの」

 

ツグミはそう言ってスラッシュの銃口をバドに合わせた。

 

「今のところ3匹しか見えないわね…。まあ、高い買い物をしたんだから大事に使いたいってところかしら」

 

バドは飛行しているから地雷原を越えて王都へと近付いて来た。

 

「さて、そろそろ射程に入ったとこかな。…発射(ファイア)!」

 

ツグミの指がスラッシュの引き金(トリガー)を引くと、次の瞬間3匹並んで飛んでいたバドの1匹を見事に撃ち抜いていた。

 

「すごい…。あんな遠くのトリオン兵を撃つことができるなんて…」

 

彼女のそばにいたヒエムスの兵士が驚いたようで感嘆の声を上げる。

 

「ボーダーの武器(トリガー)の中で一番射程が長い上に視力が普通の人よりもいいからこうした芸当ができるのよ。さあ、次いくわよ!」

 

残りの2匹も簡単に撃ち落としてしまうとバドはもう現れなくなってしまった。

 

「もうおしまい…なんでしょうか?」

 

修がポツリと言う。

 

「たった3匹ということはないと思うんだけど…。たぶんレプト軍も作戦変更を余儀なくされたのかな? バドが撃ち落とされるなんて想定外だったんじゃないかしら。それにバドが使えないならバムスターやモールモッドを使うはず。…もしかしたら警戒をしてこちらの動きを監視しているのかも?」

 

ヒエムス側が斥候を出して敵の様子を調べているのであれば、レプト側だって同様に斥候を出しているはずだ。

 

「ちょっと調べてみるわね」

 

ツグミはそう言うとゴーグルを外して裸眼になると、精神を集中して周囲の様子を伺った。

 

「あ…いるいる。ここから1時の方向、約800メートル。森の中にトリオン体を確認。…ふたり、いるみたい」

 

トリオン体でできているものなら遮蔽物の陰であっても見えるという能力はここでも活かされている。

 

「たぶん城壁の上(ここ)からの狙撃でバドが墜とされたってことは本隊に伝わっているでしょうね。斥候を捕まえてしまってもいいんだけど、もうしばらく放置しておいて敵の動きを注視してみましょう。レプト軍もヒエムス軍を倒す自信があるだけのトリオン兵とトリガー使いを用意して来ているはず。決死の覚悟でやって来たんだからこのまま何もせずに引き返すことはないだろうし、なによりもトリガー使いが出て来なきゃこっちの計画が白紙になっちゃうものね」

 

戦争はすでに始まっており、バドを3匹落とされたからといって撤退するようなことになればレプトはバド3匹分の金を無駄にし、周辺国に恥を晒すだけで終わってしまう。

ヒエムスに爪痕ひとつ残すことなく逃げ出したと噂が流れたら、他の国から軽んじられるのは目に見えている。

ならばせめてヒエムス側に何らかのダメージを与えなければ帰国もできないと、遠征部隊の司令官は作戦の変更を余儀なくされるはずである。

ツグミはそう推測していた。

そして実際にレプト軍の仮司令部では大騒ぎになっていた。

ヒエムスには存在しないはずの()遠距離攻撃用トリガーが使用され、偵察と威嚇用のバドを撃ち落とされてしまったのだから当然だ。

ここで考えられるのはふたつ。

ひとつはヒエムスが新たな武器(トリガー)を開発して運用を始めたこと。

もうひとつはヒエムスに協力する国がいて、そこから武器(トリガー)の供給を受けているということ。

前者の可能性は低く後者であると考えられるのだが、では協力する国がどこなのかが問題である。

遠征部隊の司令官であるボスマンはヒエムスが玄界(ミデン)の軍事組織と接触し、エクトスから購入したトリガー使いたちを全員引き渡したという話を耳にしていた。

数年前まではトリガーの技術や知識のない玄界(ミデン)はトリオン能力者の()()だとされていたが、現在ではアフトクラトルと対等に戦い、キオンと同盟を結ぶほどの存在感のある国になっていた。

したがってヒエムス軍に遠距離攻撃用トリガーがあるのは玄界(ミデン)が同胞との引き換えに渡したのではないかと推測できる。

しかし玄界(ミデン)は同胞を連れ帰った後はもうヒエムスに関心はなく、キオンのように同盟を結んで利益となる国以外とは交流を持たないという嘘の噂が流れていて、ボスマンもそれを信じていた。

近界民(ネイバー)たちの頭には「強者=奪う者・虐げる者」「弱者=奪われる者・虐げられる者」という考えがあり、同胞を取り返した以上は玄界(ミデン)が同盟国ではないヒエムスに対して援助をすることはありえない。

つまり警戒すべき武器(トリガー)は存在するが、玄界(ミデン)の援軍はないということだ。

もしボーダー側の窓口がツグミでなかったら、ボスマンの判断で正しかったことだろう。

ところが彼女の考え方は彼女のことを知らない人間にとって理解しがたい部分が多い。

近界民(ネイバー)たちには売買などの取引であっても自分が得をすれば相手が損をしてもかまわない。

強者や頭のいい奴が得をして弱者やバカな奴が損をするのは当然だと考えているから、ツグミのように「win-win」という双方が得をする方法を考えようという習慣はないのだ。

城戸であったら用のなくなった国とは敵にはならないが味方でもないという方針でいただろうが、ツグミであったからヒエムスとの関係は良好なものとして続いている。

だからボスマンは価値のなくなったヒエムスに玄界(ミデン)が援軍を派遣しているとは露ほども思わず、交換で手に入れた武器(トリガー)の数もたかがしれていると判断していた。

その判断ミスが致命的なものであるとも知らずにいて、作戦の変更についてもヒエムス側の戦力を過小評価しているのだった。

 

 

 

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