ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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516話

 

 

第一次近界民(ネイバー)侵攻における拉致被害者市民の救出計画は順調に進んでいるようだが、第3回目となる国の選定に苦労していた。

残る7ヶ国についてはゼノンたちですら詳しい情報を持っておらず、麟児も該当する国には行ったこともないということで現地の最新の情報は皆無と言っていいだろう。

そうなると事前に諜報部隊を送り込んで国情を調べ、交渉材料を手に入れてからでないと本隊を送り出すことはできない。

また単純に玄界(ミデン)から近い国を選べば良いということにもならず、まずは7ヶ国すべてを調査してから次の国を決める必要がある。

そこでゼノンとリヌスと麟児の3人が部隊(チーム)を組んで潜入調査を行うことに決まった。

情報の少ない国に潜入しての諜報活動であるからプロが行うのは当然で、ツグミたち居残り組には他にもやることが山ほどあった。

さらにそれとは別に「遊真の延命の手段」を探すという重要なミッションがある。

現在の彼は瀕死の状態の生身の身体をトリオン体に置き換えて()()()()命を繋いでいるというレベルである。

換装を解いて治療を行うことはほぼ不可能だろうから危険な「賭け」をするよりも別の道を探した方がいい。

有吾が命を賭して(ブラック)トリガーになり遊真(我が子)の命を救おうとしたことは()()()()()()最適解で他に道はなかった。

しかし今なら何らかの手立てを講じる道はあるはずで、拉致被害者市民の救出計画の次の国が決まるまでの時間にそれぞれができることをしようということになったのだ。

 

(ブラック)トリガーにも寿命があるということはほぼ間違いはないと判断して可能な限り(ブラック)トリガーを使わないようにしているけど、生命維持のためにトリオンを抽出しているのだからいずれは尽きるはず。生身の身体が寿命を迎えるよりも先になる可能性もあるわけで、生身の身体の方は最新の医療技術でも難しいんだから、せめて(ブラック)トリガーの寿命を延ばす方法を考えないといけない。ここまでは全員一致した意見だと思う」

 

ツグミがそう言うとそこに集う面々は黙って頷いた。

面々とは迅、修、千佳、そして遊真である。

 

「そこで(ブラック)トリガーから供給されるトリオンを最小限に抑え、日常生活を送る上で必要なトリオンを外部から得る…というのが一番現実的だと考えたんだけど、そのためにはわたしたちだけでは不可能。そこで技術面で頼ることができるのは鬼怒田さんとなる。でも常に忙しいあの人に追加の仕事をお願いすることになるわけだから門前払いをされるに決まってるんだけど、あの人が快諾してくれる方法がひとつあるって気付いたのよ」

 

意味ありげな目をしながら千佳を見てから続けた。

 

「チカちゃん、あなたにお願いしたいの。と言うよりもあなたにしかできないことだから、ぜひお願い」

 

「わたし…ですか? もちろんやりますけど、どうしてわたしなんですか?」

 

「それはもちろん鬼怒田さんがチカちゃんのことをお気に入りだからよ。ここにいるチカちゃん以外の4人の誰が頼んでも引き受てくれはしないけど、あなたがお願いすればたぶん首を縦に振ってくれるはず。あの人が引き受けてくれないと、こっちがいくらアイデアを出しても意味のないものになっちゃうからね。トリオンを集める手段は見当が付いているけど、集めたトリオンををどうやってユーマくんに与えるかが問題なのよね…。いろいろな国の近界民(ネイバー)に訊いてみたけどそういったケースに心当たりがないからわからないって言っていた。でも不可能だとは断定できない。たとえばトリオンを錠剤にして服用するとか、点滴のように静脈に注射して体内に入れる方法なんてものも考えられる。ボーダーのトリガーに細工をして、換装するとアフトのラッドみたいに近くにいる人間からトリオンを集めて自身のエネルギーにする方法も可能じゃないかな。他にも考えればアイデアは出てくるだろうけど、それを実現化するのは鬼怒田さんにしかできないことだからね」

 

「わかりました。上手くいくかわかりませんが頑張ってみます」

 

対鬼怒田戦略に最も効果があるのは「千佳のお願い」だということは誰もが承知している。

だから異論はなく、千佳も納得しているので話合いはスムーズに進んだ。

するとそこまで遊真の指輪の中でじっとしていたレプリカが「にゅー」と現れた。

 

〔ツグミ、ちょっといいだろうか?〕

 

「レプリカ、あなたが出てくるなんて珍しいわね」

 

〔私の原動力はユーゴの持つトリガーから供給されていたのだが、ユーゴが(ブラック)トリガーになってしまったことでその時から私のトリオン供給源は(ブラック)トリガーからとなった。つまり私が活動すればその分ユーマに供給されるトリオンが減ってしまうことが判明したのだ、可能な限りおとなしくしているべきであろう〕

 

「それでおれが呼んでも出て来ない時があったんだな」

 

遊真が納得という顔で言う。

 

〔私もユーマと話をしたいが、そのせいでトリオンが減ってしまうと思えば我慢するしかなかったのだ〕

 

表情は変わらないがレプリカの心の中は寂しかったに違いない。

 

〔しかしユーマのことはいつも見守っていた。それでユーマの命のこととなれば黙っていることはできぬと、こうして姿を現したわけだ。ツグミ、以前に私がトロポイで修理をしてもらった時のことを覚えているだろうか?〕

 

「ええ、覚えているわよ」

 

〔そのことでツグミにだけ話しておきたいことがある。このあと私とユーマと3人だけで話がしたい〕

 

レプリカがそうツグミに言うと、修と千佳は怪訝そうな顔をする。

 

「オサム、チカ、悪ぃ。これはきりしな先輩にしか話せないことなんだ。そんなに長い時間にはならないだろうけど、どこかで待っててくれ」

 

遊真の言葉に修と千佳は頷いた。

 

「じゃあ、ぼくたちは部屋を出て廊下にいるよ。終わったら呼んでくれ」

 

 

修は千佳を連れて迅と一緒にツグミの執務室を出て行った。

するとレプリカは時間が惜しいとばかりに話を始める。

 

〔では早速だが話をしよう。ユーゴが私を作った時、ユーゴのトリガーに格納されることでユーゴのトリオンが私に自動的に供給されるというシステムにした。だから今でもユーマの指輪の中に格納されている間にトリオンが供給されるのだが、私自身がスリープモードになっているとトリオンの消費は非常に少なくて済む。逆に指輪…つまりユーゴの(ブラック)トリガーの寿命が尽きるとユーマだけでなく私もいずれトリオンがなくなって機能停止することだろう。私はユーマとともにある存在だからそれでもかまわないのだが、やはりもっとユーマやみんなと一緒にいたいと思う。本来トリオン兵には感情など生まれるはずがないというのに、ユーマとともに旅をしている間にユーマの成長を楽しみにしている自分がいることに気付いた。いや、それだけではない。私はユーゴが亡くなった時に哀しくて辛いと感じたのだが、その時にユーゴの父親としての人格が(ブラック)トリガーを経由して私の人工頭脳に乗り移ったのかもしれないと思えてきたのだ〕

 

「……」

 

〔ボーダーでは機密を守るために保護した一般人の記憶を消去するというが、その記憶封印措置にトリガーを使用しているのはまず間違いない。そしてそのトリガーの出自はトロポイの可能性がある。今から10年以上も前になるが、ユーゴはユーマとユーマの母を残して玄界(ミデン)へ赴き、キド司令やモガミに近界(ネイバーフッド)を旅して手に入れたトリガーを渡していた。ツグミがユーゴに会ったのはその頃だと思う。仮にユーゴがトロポイの技術を無断で譲渡したとなれば契約違反だが、ユーゴが必要だと考えたのであればそれも致し方ない〕

 

「……」

 

〔トロポイはトリオンとトリガーに関しては近界(ネイバーフッド)ではトップレベルの国である。しかしこの国は過去の悲惨な経験から戦争を永久に放棄し、トリガーは平和利用に限定して使用されている珍しい国だ。兵器や武器としてのトリガーを封印し、人々がより良く生きていくための道具としてトリガーを開発している。私のような自律型トリオン兵は本来兵器ではなく、使用者の日常生活におけるサポートの役割を持っている。したがって製造された時点では戦闘に関する知識や技術は持っておらず、私はユーマのサポートをするためにユーゴから様々なデータを与えられた。トリオンに由来するトリガーやトリオン兵などの技術を瞬時に解析・分解・複製を行うことができるのは元々備わっているシステムにユーゴが手を加えたものなので、トロポイで修理された時にそのことがバレてしまった。そのせいで現在では戦闘に関わる技術…『印』や敵のトリガーを複製する能力などは消去された。もっともユーマが戦闘でユーゴの(ブラック)トリガーを使うことがないのであれば問題はない〕

 

「…そんなことを話すってことは、もしかしてトロポイにはユーマくんを助ける技術があるかもしれないってこと?」

 

〔いや、私の知る限り生身の身体を治療する方法はトロポイにもない。あくまでトリオンとトリガーに関する技術では玄界(ミデン)よりはるかに上だが、単純な医療技術は玄界(ミデン)の方が上だろう。私が考えているのはトロポイの技術ならユーマのトリオン体に外部からトリオンを供給する方法があるかもしれないということで、キヌタ室長に頼むよりも現実的ではある〕

 

「それなら…」

 

〔たしかにトロポイに一縷の望みを託したいという気持ちは理解できるが、それだけのトリガー技術大国がアフトやキオンに侵攻されずに済んだのかわかるか? それはトロポイという国に関わった者は一部を除いてすべて記憶封印をされてしまい何も覚えていないからだ。場所だけでなくトロポイという国の存在自体が伝説のようなものになっている。ヴィザはその噂を耳にしたことがあったのだろう。キド司令もトロポイの名は知らなかったようだから、ユーゴは約束を守って内緒にしていたのだろうな〕

 

「……」

 

〔ユーマの延命を頼むとしてトロポイへ行く許可をもらうためにはキド司令に事情を話さなければならないが、トロポイとの約束で話すことはできない。ただひとりだけという条件でツグミに話してしまったのだからな。そこでトロポイに行くためにツグミの立場を利用してキド司令たちには内緒で行くことができるよう方法を考えてはもらえないだろうか?〕

 

レプリカはそう言うとペコリと頭を下げた。

頭を下げたといっても炊飯器のような本体だから、それを大きく前に傾けただけである。

それは()が遊真のことを助けたいと願っている「人間としての心」を持っている証拠で、ツグミは彼に在りし日の有吾の姿を見た気がした。

 

「わかった。総合外交政策局長としての立場を使って何とかするわ! ユーマくんが有吾さんの息子だからというのではなく仲間のためなんだから、それが蜘蛛の糸だって掴んでみせるわよ」

 

〔感謝する、ツグミ。しかし無茶はするなよ〕

 

「ええ、わかってる」

 

〔それでは私は()()としよう。しばし、さらばだ。ツグミ、ユーマ〕

 

そう言い残してレプリカは遊真の指輪の中へと戻って行ったのだった。

 

 

残されたふたりは顔を見合わせて難しい表情で黙り込んでしまう。

それぞれが考えていることは同じなのだが、そのハードルが高くてどうすべきか迷っているのだ。

 

「きりしな先輩、おれはそう遠くない未来に必ず死ぬ。本当ならあの時におれは死んでいたのに親父が自分の命と引き換えに生きながらえさせてくれたんだから、今まで生きていられたのはおれにとって()()()の人生だって考えてる」

 

遊真はそうハッキリと断言するが、寂しげな笑みを浮かべて続けた。

 

「もちろんもっと長生きしてオサムたちと一緒にいたいけど、そのために周りの人に迷惑をかけたくはない。そう思うとこのままでもかまわない。いつ死んでも後悔しないように今を精一杯生きるようにしようって考えてきた。…でもやっぱり死ぬのは怖いんだ。あの時は死ぬってことを良くわかっていなかったから親父の言いつけを守らずにこんなことになったけど、今なら死ぬということがわかる。単なる命の消滅ではなく、これまで生きてきた間に出会った人たちとの永遠の別れなんだ。おれも親父みたいに最期には笑って逝きたいけど、まだおれはそんなことはできそうにない。オサムたちに会えなくなると思えば哀しいし寂しい。他に道はなかったのかと考えてしまいそうだ。だからもっと生きたい。人間誰だって必ず死ぬけど、それがおれは他の人よりも時間がちょっと短いってだけで、その間にやれることを精一杯やればきっと親父みたいに後悔のない最期を迎えられると思う」

 

そして言った。

 

「親父みたいな死に方はするつもりはないけど死ぬ時に笑って死にたいと思うのは、死んで親父に会った時に親父に後悔させたくないからなんだ。もしおれが馬鹿な死に方をしたり後悔する生き方をしたなら、きっと親父はおれを生かしたことを後悔するだろうから。もしわずかでもチャンスがあるなら、おれはトロポイへ行きたい。それできりしな先輩に迷惑をかけることになるなら、おれはボーダーを辞めてもかまわない」

 

「ボーダー隊員でないなら自由に行動できるものね。だけどわたしはあなたがボーダーを辞めないでも済む案を考えて実行するからそんな心配は無用よ。トロポイのことは誰にも話すことはできないけどあなたの延命の手段がそこにあるのなら行くべきで、その結果ボーダーに利益があるとなれば反対されることはないはず。どうやってトロポイ行きを実現させるかがわたしの腕の見せどころってこと。レプリカがわたしにだけ教えてくれたってことはユーマくんがボーダーを続けるにあたってわたしが一番の協力者になるって判断したからだと思う。トロポイのことをひとりだけにしか話すことができないということならオサムくんでも城戸司令でも良かったはず。レプリカの判断は正しかったと思うわよ。わたしなら後輩のために上司を()()()くらいの力は持ってるし、レプリカがわたしにだけ話した理由がなんとなくわかるから」

 

「それっておれが修理の終わったレプリカを連れて帰ったことを説明する理由を考えてもらうためじゃないの? トロポイが自分の国に情報を他の国の人間に知られないためにおれの記憶からトロポイの情報を消してしまっておれ自身は何も説明できないってことで。それで先輩に()()()を考えてもらおうと」

 

「ええ。でも他に理由があると思うのよ」

 

アフトクラトルの大侵攻の際に連れ去られたレプリカを救出した後、エクトスへの潜入調査のついでと称して遊真をトロポイへ行くことができるよう配慮したのがツグミである。

レプリカがトロポイの技術者(エンジニア)でなければ修理できないのであれば行くしかないが、ボーダーという組織にとっては優先順位が低い。

そこでツグミが城戸たちに内緒で遊真をトロポイへ行かせた。

そしてレプリカが修理が終わった状態で帰って来たのだから()()()理由が必要だ。

その理由を考えるためにレプリカはトロポイとの約束の「どうしても話さなければいけない場合、信用できる相手ひとりだけならいい」ということでツグミに事情と経過を話した。

オサムたちを人払いしたのも他の人間に聞かれては不味いことだからだ。

レプリカの判断は正しく、城戸たちへの報告は矛盾のないものとなったことでツグミの()()は怪しまれてはいない。

ただレプリカがツグミを信頼して話した理由は他にもあると彼女は考えていた。

 

「その理由というのはトロポイの情報が他国に漏れないように秘密にしなければならないからというだけでなく、トロポイの思想を正しく汲み取ってくれる人間には知ってもらいたいという気持ちがあるんじゃないかって思うの」

 

「トロポイの思想を正しく汲み取ってくれる人間には知ってもらいたい…ってどういう意味? トロポイは自分たちの国の存在を隠しておきたいんじゃないの?」

 

「うん、さっきのレプリカの話だとトロポイはトリオンとトリガーに関しては近界(ネイバーフッド)ではトップレベルの国で、過去に戦争経験によって武器としてのトリガー使用を放棄し平和利用に限定しいるってことでしょ。人々がより良く生きていくための道具としてトリガーを開発していて、レプリカような自律型トリオン兵は使用者の日常生活におけるサポートの役割を持っている。今の近界(ネイバーフッド)の国々は自国を豊かにしようと考えて戦争ばかりしている。もちろん中には他国への侵攻なんて考えずに自国だけで平和にやっていこうと考える国もあるけど、アフトみたいな国がいるから防衛のために武装しなければならない。トロポイは軍事国家の標的(ターゲット)となりうるから情報を漏らさず、国の場所さえ曖昧な状態にしているんじゃないかと思うのよ。たぶんいざとなれば敵を倒すだけの軍備は整えているだろうけど、それは最終手段で最悪の状態にならないかぎり武器としてのトリガーは使わないでしょうね。でもいくらトロポイという国だけでトリガーを戦争に使わないようにしようと決めたところでいつまで経っても近界(ネイバーフッド)から戦争はなくならない」

 

「そうか! だからきりしな先輩みたいに戦争という手段を使わずに味方を増やして平和な世界にしようとする仲間がいれば一緒に力を合わせて()()()ということなんだ」

 

「そういうこと。そしてその判断はトロポイ製のレプリカに任されて、彼のお眼鏡に適ったのがわたし…なんじゃないかと考えているの。だからわたしもトロポイへ行きたいなって思っているのよ」

 

「先輩がトロポイへ!?」

 

驚く遊真にツグミは言う。

 

「もちろんレプリカが納得してくれなきゃ不可能だけどね。だからまずはわたしとあなたとレプリカの3人でトロポイへ行く正当な理由を考えることから始めるわね。現在のトロポイの位置関係にもよるけど、拉致被害者救出計画がしばらく中断しているから何とかなると思う。対外的にはわたしが近界(ネイバーフッド)へ行くために護衛としてユーマくんとレプリカが同行してくれるというシナリオにしようと考えているわ」

 

「頼りにしてるよ、先輩」

 

「任せておきなさい」

 

ツグミはそう言って微笑んだ。

 

 

 

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