ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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53話

 

 

「那須隊は残りひとりか…。那須くんには厳しい展開となったな」

 

忍田が呟くように言う。

 

「はい。転送位置にも恵まれ開始直後は那須隊有利に進みましたが、雨取隊員が橋を落としたことで作戦の変更を余儀なくされました。こうなると那須隊長がどれだけ粘るかがポイントとなります。それに彼女の表情にはまだ諦めの色が見えません。今日の那須隊はいつも以上に気迫が感じられます」

 

東岸では修と来馬・太一の3人が那須を中心にして間合いを取っていた。

遊真と村上のどちらか勝った方が川を渡って来るかもしれないので、時間をかけてはいられない。

那須は前後の敵のいずれかを素早く倒してしまいたいところで、来馬・太一を選んだ。

そこに修が那須の背後から攻撃を加え、那須の意識を散らそうとする。

修にとっては遊真が合流するまで鈴鳴第一のふたりに落ちてもらってはならないのだ。

 

 

「三雲くんの方が倒しやすそうに見えるが、どうして那須くんは彼ではなく鈴鳴第一を狙うのかわかるかい?」

 

唐沢に訊かれてツグミは答えた。

 

「たしかに三雲隊長だけでしたら彼を落とすのは簡単です。しかし玉狛第2には狙撃手(スナイパー)の雨取隊員がいます。たぶん彼女の狙撃を警戒しているのでしょう。先ほどの空閑隊員のように()()を得意とする玉狛第2ですから、三雲隊長の動きに惑わされて雨取隊員に狙われる可能性が高い。ならば三雲隊長からの攻撃は防御に徹し、鈴鳴第一を先に片付けてしまおう、と。雨取隊員はここぞという時に良い仕事をしてくれますから、那須隊長にとってもっとも注意すべき人物が雨取隊員なのです。ですがわたしは彼女の狙撃はないと思います。居場所がバレてしまえば那須隊長だけでなく鈴鳴第一からも狙われるのは間違いありませんから」

 

 

フィールドでは那須の変化弾(バイパー)が炸裂していた。

それも隊員の間では「鳥籠」と呼ばれる変化弾(バイパー)の全方位攻撃で、来馬は防ぎきれずトリオンを削られていった。

しかし太一とふたりでシールドを強化してなんとか那須の攻撃を防ぎ、突撃銃(アサルトライフル)型トリガーで反撃する。

それに合わせて太一もライトニングを撃ち込み、数の優位で火力勝ちを狙う作戦に出た。

続く2撃目の「鳥籠」も来馬・太一はふたり分のシールドで防ごうとしたが、それは「鳥籠」と見せかけた両攻撃(フルアタック)であった。

一点集中攻撃であったから、いくらふたり分のシールドだといっても破られてしまう。

すると那須の背後から修の通常弾(アステロイド)が襲った。

といっても弾速重視に調律(チューニング)した弾だからダメージを与えることはない。

修にとっては今ここで鈴鳴第一に撤退されては困るので、威力は無視して那須の注意を自分に向けるようにした()()()()なのだ。

これで鈴鳴第一にとって援護のような形になり、いくらかでも()()()()になったはずである。

 

 

西岸では激しいエース対決が続いていた。

弧月とレイガストで攻防完璧の村上に対し、遊真はスコーピオンの特性とグラスホッパーを上手く利用した攻撃で村上を翻弄している。

橋の下の狭い場所でモールクローや脚ブレードといった技を次々に繰り出すが、そのどれもが意味をなしていない。

なぜなら村上にとってはどれも過去に一度は経験した攻撃であり、強化記憶睡眠(サイドエフェクト)によってすべて自分のものとしている彼に通用するはずがないのだ。

それでも遊真は片手というハンデがありながら懸命に村上の攻撃を凌いでいた。

彼にも近界(ネイバーフッド)で積み上げてきた経験があり、それは村上の強化記憶睡眠(サイドエフェクト)による経験をはるかに上回るものなのだから。

 

 

「凄まじい気迫と技の応酬だな…。どちらが勝ってもおかしくない状況だ」

 

須坂はモニターから視線を外せずに見入っている。

 

「そうですね…。空閑隊員の攻撃方法は多彩ですが、村上隊員にとっては他の攻撃手(アタッカー)と戦ったことのあるものですから通用しないのは当然です。しかし空閑隊員も村上隊員には新しい技を使わなければ勝てないことは百も承知。これからあっと言わせる戦いを見せてくれるはずです」

 

自信満々に言うツグミ。

具体的に何をするのかはわからないが「ユーマくんならやってくれる」と強く信じているのだ。

過去の自分がそうであったように。

 

 

 

 

東岸では那須の変化弾(バイパー)が来馬・太一を少しずつ追い詰めていた。

鈴鳴第一としては村上との合流のためには那須を川に近付けたくない。

そこで来馬は退くのではなく、逆に距離を詰める作戦に出た。

那須に圧力(プレッシャー)をかけ守りに入らせることで、時間稼ぎをしようというもの。

そして那須からの攻撃を避けるために建物の下の道を行くことにした。

 

来馬と太一のふたりが飛び降りたタイミングで、那須の変化弾(バイパー)が彼らを目指して飛んできた。

しかし太一はその弾速が今までのものよりわずかに遅いことに気付き、来馬を突き飛ばして弾道から外す。

さらにシールドを張ったが(トリオンキューブ)は太一を爆発に巻き込んで緊急脱出(ベイルアウト)させてしまった。

変化弾(バイパー)だと思われたものは炸裂弾(メテオラ)と合成した変化炸裂弾(トマホーク)だったのだ。

もし太一が来馬を突き飛ばさなかったら一緒に爆発に巻き込まれていただろう。

彼の機転で来馬は生き残ったが、太一が落ちたことで東岸の戦況が那須隊有利に傾いた。

射手(シューター)銃手(ガンナー)である修・那須・来馬の中で、実力は那須が一番である。

元々那須隊の作戦は「那須の射程で点を取る」というものだったから、東岸に限って言えば理想の形になっている。

逆に言えば、修にとっては辛い状況になったことになるわけだが。

 

 

そのうちに遊真と村上の均衡が崩れる時が来た。

遊真がグラスホッパーを起動して橋の上へ逃げると、村上が彼を追いかける。

すると遊真はグラスホッパーを村上に踏ませ、村上は空中に放り出されてしまった。

そこに遊真は攻撃を加えて組み付き川に押し出そうとしたが、村上はレイガストのスラスターで川中央の橋脚に飛び移ろうとする。

続いて千佳がアイビスで橋脚を砲撃。

その爆風で遊真と村上は一緒に川に落ちてしまった。

濁流の中では双方とも分が悪い。

しかし遊真は脚ブレードを展開し、村上の弧月を避けながら背後に回って村上のトリオン供給機関を貫いた。

ここで村上は緊急脱出(ベイルアウト)

西岸の勝者は遊真と決まったが、このまま川を流されてしまえば戦闘区域離脱(エリアオーバー)となる。

片腕片脚を失った遊真にとってはこの濁流を泳ぎ切るのは難しいだろう。

 

 

「こうなると東岸の雨取隊員と各部隊(チーム)の隊長のアクションで決まりますね」

 

ツグミが解説する。

 

「先ほどの空閑隊員の戦いぶりですが、スコーピオンの特性をフルに活用していました。スコーピオンの特徴は自由に出し入れできるというもので、手以外からでも出すことができます。弧月の攻撃力や耐久力には敵いませんが、様々な使い方ができるという点では非常に優れています。西岸での攻防ではモールクローや脚ブレードいった技を展開しました。B級になってまだ日が浅いというのに、なかなかのキレを見せてくれましたね。続く水中戦ですが、これは偶然ではなく、村上隊員を『不利な状況』に追い込んで戦おうとした空閑隊員の計略だと思われます」

 

「だが水中では空閑くんも不利になるんじゃないのかね?」

 

須坂が訊く。

 

「たしかにそのとおりですが、空閑隊員は村上隊員ほど不利というわけではありませんでした。村上隊員は想定外の状況に陥り、冷静に次の行動を考える余裕などありませんでした。一方、空閑隊員は片腕片脚を失っていますが、激しい水流の中でも体勢を立て直し、スコーピオンの特性を上手く利用して脚ブレードで決めることができました。このまま川を流れていって戦闘区域離脱(エリアオーバー)となる可能性が高いですが、2得点及び村上隊員への借りを返すことができたということで仕事をきっちり終えたと言っていいでしょう」

 

現時点でのスコアは玉狛第2が2得点、ノーアウト。鈴鳴第一が1得点、ツーアウト。那須隊が1得点、ツーアウト。

これだけ見れば玉狛第2優勢なのだが、那須の戦闘力は他を圧倒する。

だから射撃戦となる東岸の戦いにおいて、那須の動き如何でこの試合は逆転も十分可能である。

さらに修が千佳を上手く動かし、適切な指示を出すことができるかどうかで玉狛第2の明暗が分かれるというものだ。

 

「先ほどの砲撃で雨取隊員の居場所が判明してしまいました。そこで那須隊長は撃ち合いを止め、障害物を盾にして機動力で獲物を追い詰める()()()()戦い方に切り替えたようです。この様子ですと三雲隊長の()()は無視して来馬隊長を先に落とすつもりでしょう。足を削られた来馬隊長が援護なしで那須隊長の変化弾(バイパー)を凌ぐのは厳しいです。来馬隊長が落ちるのは時間の問題で、三雲隊長はここで来馬隊長を援護して延命させたいところです」

 

 

ツグミの解説が一段落したところで、フィールドでは状況が大きく変化した。

千佳のアイビスが上流の堤防を破壊し、増水した川の水を東岸の市街地へと引き込んだのだ。

 

「これはまた派手なことを…」

 

須坂が目を丸くしてモニターを見つめている。

 

「これは堤防を意図的に決壊させることにより、土地を水浸しにしてボートで進むには浅すぎ、歩いて進むには困難な沼地とし、敵軍の侵攻を阻むというオランダ独自の国土防衛方法『洪水線』を模した手法です。こうなると地上にいる那須隊長と来馬隊長は機動力を削がれ、水を避けようとするなら建物の屋根や屋上に上がらなければなりません。すると三雲隊長の射線が通るようになり、例の()()()()通常弾(アステロイド)が撃てるようになります。このアイデアを思いついた三雲隊長はなかなかの曲者ですね」

 

 

那須と来馬は戦闘を長引かせまいとして、地上戦で片をつけようとしていた。

那須は建物で身を隠しながら変化炸裂弾(トマホーク)を来馬に向けて撃つ。

しかし1発では仕留められず2発目を合成するが、その僅かな時間で来馬は追尾弾(ハウンド)をほぼ真上に撃った。

それを見た修はここが勝負所だとし、一気に距離を詰める。

那須が2発目の変化炸裂弾(トマホーク)を来馬に向けて撃ったタイミングで、来馬は再び追尾弾(ハウンド)を撃った。

同時に修も那須に向けて通常弾(アステロイド)を撃つと、那須は2方向から来る追尾弾(ハウンド)通常弾(アステロイド)を2枚のシールドで防御。

来馬は那須の変化炸裂弾(トマホーク)をまともに受けてしまい、戦闘体活動限界で緊急脱出(ベイルアウト)してしまう。

ところが来馬が撃った追尾弾(ハウンド)が那須のトリオン反応を追尾して戻って来たのだ。

この来馬の()()()()により、那須は初めてまともにダメージを食らってしまう。

修もこの好機(チャンス)を見逃さず、レイガストで那須に斬りかかった。

彼女のダメージ具合を見て、これ以上は反撃されることはないと踏んだのだろう。

修は通常弾(アステロイド)で追加攻撃を仕掛けようとした。

そんな彼に那須の背後から飛んできた変化炸裂弾(トマホーク)が襲いかかる。

那須はこうなるを想定していて、来馬に撃った変化炸裂弾(トマホーク)の外れ弾が戻って来るように設定してあったのだ。

修は防御もままならず緊急脱出(ベイルアウト)

那須は生き残ったものの満身創痍の状態だ。

これでは無傷の千佳を追うことはできそうにない上、トリオン漏出過多での緊急脱出(ベイルアウト)も時間の問題である。

さらに彼女の目は川を渡りきった遊真の姿を捉え、悔恨の念にかられながら緊急脱出(ベイルアウト)してしまう。

結果、玉狛第2が生存点を含め4得点で勝者となったのだった。

 

 

 

 

試合終了まで解説役を忘れてしまったツグミ。

それだけ気迫のこもった素晴らしい試合だったということなのだ。

観覧室では解説者の総括が始まり、ツグミもそれに倣って須坂たちに自分なりのまとめをする。

 

「この試合のポイントは『暴風雨の河川敷』という特殊な状況の中、ステージを選んだ那須隊だけでなく玉狛第2の三雲隊長が最大限に利用したことですね。それに那須隊はこの試合に対する気合の入れ方が序盤からいつもと違っていました。日浦隊員は緊急脱出(ベイルアウト)すべき状況であっても最後まで全力で戦い、熊谷隊員は格上の村上隊員に対して一歩も退かず、普段は使わない射手(シューター)用トリガーまで使って戦いました。どちらも得点できずに緊急脱出(ベイルアウト)してしまいましたが、那須隊長のための時間稼ぎをしたのは確かです。彼女たちがすぐに落ちてしまっていたら、西岸の決着はもっと早く着いていて、那須隊長が3点取るのは難しかったでしょう」

 

ツグミの解説に須坂だけでなく忍田や唐沢も頷いている。

 

「続いて村上隊員と空閑隊員の攻撃手(アタッカー)対決ですが、これは明らかに村上隊員の優勢で進んでいました。ですが東岸で別役隊員だ落ちたことで村上隊員は気を散らしてしまったようです。早く来馬隊長と合流をしたいと気が急いてしまい、空閑隊員の誘いに乗ってしまいました。一方、空閑隊員は劣勢に見えても村上隊員よりはずっと冷静でした。東岸のことは三雲隊長に任せ、三雲隊長も空閑隊員のやりたいようにさせる。これは彼らが仲間のことを深く信頼しているからこそできたもの。わたしは彼らの日常を知っていますから『ああ、やっぱり』という感じを受けました。ですが空閑隊員があそこまで捨て身でやることまでは想像できませんでしたね。水中戦に持ち込むなどと、誰ひとり考えつかなかったはずです。最後に川を泳ぎ切って東岸にたどり着くことができたのも、三雲隊長の信頼に応えたかったからだとわたしは感じました」

 

さらにツグミは続けた。

 

「そして東岸の戦いですが、那須隊長はひとりで3得点を上げました。彼女はマスタークラスの射手(シューター)ですから来馬隊長や三雲隊長が敵う相手ではありません。しかし来馬隊長には別役隊員が、三雲隊長には雨取隊員がいましたから、なんとか均衡を保っていました。しかし鈴鳴第一は別役隊員が落ち、村上隊員の合流が望めないという最悪な状況に陥りました。鈴鳴第一の特徴は『一心同体』ですから、東岸と西岸に分断されて合流が難しいこのステージではその良さを生かしきれませんでしたね。最後に来馬隊長は那須隊長に追い込まれてしまいましたが、追尾弾(ハウンド)の置き土産により彼女へダメージを与えて1得点。不屈の執念と言いますか、とにかく格上の那須隊長に一矢報いたという感じですね。そして三雲隊長は雨取隊員を隠すという保険をかけておいて、自分でも点を取りに行きました。彼は序盤で『自分の実力では那須隊に勝てない』と察し、まともに撃ち合うのは無理だと判断しました。そこで時間稼ぎのために鈴鳴第一を()()()()()ように那須隊長に()()()()を続け、結果的には来馬隊長に1点与えてしまうことになりましたがこの作戦は成功だと言えます。自分でも得点しようとして立ち向かった気合は認めますが、わたしは彼が点を取りに行くことよりも、隊員を動かして点を取らせることに徹した方が彼の良さを活かせると思います」

 

ツグミの解説はここで終わり、太刀川と迅の総括も同じタイミングで終了していた。

4得点で勝利した玉狛第2。

夜の部の試合結果次第だが、上位グループ入りの可能性が出てきたのだ。

その夜の部にはツグミの玉狛第3が出場する。

こうなるとますます夜の部の試合に期待が集まり、ツグミ自身のモチベーションも上がるものだから、自然に笑みが浮かんでしまう。

それを須坂が目ざとく見つけ、彼女に言う。

 

「その様子だと夜の部も面白いものになりそうだな。それが見られないのはなんとも残念だ」

 

すると唐沢が提案した。

 

「それなら試合を録画しておきますから、ご自宅でごゆっくり鑑賞してください。残念ながら解説は付きませんが、それでも彼女の勇姿は堪能できるはずですよ」

 

須坂はボーダーの大口スポンサーだから唐沢も特別扱いするわけで、これで支援額がアップするようなことになれば万々歳ということになる。

当然須坂は喜び、上機嫌で帰ったのだった。

 

 

 

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