ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
「那須隊は残りひとりか…。那須くんには厳しい展開となったな」
忍田が呟くように言う。
「はい。転送位置にも恵まれ開始直後は那須隊有利に進みましたが、雨取隊員が橋を落としたことで作戦の変更を余儀なくされました。こうなると那須隊長がどれだけ粘るかがポイントとなります。それに彼女の表情にはまだ諦めの色が見えません。今日の那須隊はいつも以上に気迫が感じられます」
東岸では修と来馬・太一の3人が那須を中心にして間合いを取っていた。
遊真と村上のどちらか勝った方が川を渡って来るかもしれないので、時間をかけてはいられない。
那須は前後の敵のいずれかを素早く倒してしまいたいところで、来馬・太一を選んだ。
そこに修が那須の背後から攻撃を加え、那須の意識を散らそうとする。
修にとっては遊真が合流するまで鈴鳴第一のふたりに落ちてもらってはならないのだ。
「三雲くんの方が倒しやすそうに見えるが、どうして那須くんは彼ではなく鈴鳴第一を狙うのかわかるかい?」
唐沢に訊かれてツグミは答えた。
「たしかに三雲隊長だけでしたら彼を落とすのは簡単です。しかし玉狛第2には
フィールドでは那須の
それも隊員の間では「鳥籠」と呼ばれる
しかし太一とふたりでシールドを強化してなんとか那須の攻撃を防ぎ、
それに合わせて太一もライトニングを撃ち込み、数の優位で火力勝ちを狙う作戦に出た。
続く2撃目の「鳥籠」も来馬・太一はふたり分のシールドで防ごうとしたが、それは「鳥籠」と見せかけた
一点集中攻撃であったから、いくらふたり分のシールドだといっても破られてしまう。
すると那須の背後から修の
といっても弾速重視に
修にとっては今ここで鈴鳴第一に撤退されては困るので、威力は無視して那須の注意を自分に向けるようにした
これで鈴鳴第一にとって援護のような形になり、いくらかでも
西岸では激しいエース対決が続いていた。
弧月とレイガストで攻防完璧の村上に対し、遊真はスコーピオンの特性とグラスホッパーを上手く利用した攻撃で村上を翻弄している。
橋の下の狭い場所でモールクローや脚ブレードといった技を次々に繰り出すが、そのどれもが意味をなしていない。
なぜなら村上にとってはどれも過去に一度は経験した攻撃であり、
それでも遊真は片手というハンデがありながら懸命に村上の攻撃を凌いでいた。
彼にも
「凄まじい気迫と技の応酬だな…。どちらが勝ってもおかしくない状況だ」
須坂はモニターから視線を外せずに見入っている。
「そうですね…。空閑隊員の攻撃方法は多彩ですが、村上隊員にとっては他の
自信満々に言うツグミ。
具体的に何をするのかはわからないが「ユーマくんならやってくれる」と強く信じているのだ。
過去の自分がそうであったように。
◆
東岸では那須の
鈴鳴第一としては村上との合流のためには那須を川に近付けたくない。
そこで来馬は退くのではなく、逆に距離を詰める作戦に出た。
那須に
そして那須からの攻撃を避けるために建物の下の道を行くことにした。
来馬と太一のふたりが飛び降りたタイミングで、那須の
しかし太一はその弾速が今までのものよりわずかに遅いことに気付き、来馬を突き飛ばして弾道から外す。
さらにシールドを張ったが
もし太一が来馬を突き飛ばさなかったら一緒に爆発に巻き込まれていただろう。
彼の機転で来馬は生き残ったが、太一が落ちたことで東岸の戦況が那須隊有利に傾いた。
元々那須隊の作戦は「那須の射程で点を取る」というものだったから、東岸に限って言えば理想の形になっている。
逆に言えば、修にとっては辛い状況になったことになるわけだが。
そのうちに遊真と村上の均衡が崩れる時が来た。
遊真がグラスホッパーを起動して橋の上へ逃げると、村上が彼を追いかける。
すると遊真はグラスホッパーを村上に踏ませ、村上は空中に放り出されてしまった。
そこに遊真は攻撃を加えて組み付き川に押し出そうとしたが、村上はレイガストのスラスターで川中央の橋脚に飛び移ろうとする。
続いて千佳がアイビスで橋脚を砲撃。
その爆風で遊真と村上は一緒に川に落ちてしまった。
濁流の中では双方とも分が悪い。
しかし遊真は脚ブレードを展開し、村上の弧月を避けながら背後に回って村上のトリオン供給機関を貫いた。
ここで村上は
西岸の勝者は遊真と決まったが、このまま川を流されてしまえば
片腕片脚を失った遊真にとってはこの濁流を泳ぎ切るのは難しいだろう。
「こうなると東岸の雨取隊員と各
ツグミが解説する。
「先ほどの空閑隊員の戦いぶりですが、スコーピオンの特性をフルに活用していました。スコーピオンの特徴は自由に出し入れできるというもので、手以外からでも出すことができます。弧月の攻撃力や耐久力には敵いませんが、様々な使い方ができるという点では非常に優れています。西岸での攻防ではモールクローや脚ブレードいった技を展開しました。B級になってまだ日が浅いというのに、なかなかのキレを見せてくれましたね。続く水中戦ですが、これは偶然ではなく、村上隊員を『不利な状況』に追い込んで戦おうとした空閑隊員の計略だと思われます」
「だが水中では空閑くんも不利になるんじゃないのかね?」
須坂が訊く。
「たしかにそのとおりですが、空閑隊員は村上隊員ほど不利というわけではありませんでした。村上隊員は想定外の状況に陥り、冷静に次の行動を考える余裕などありませんでした。一方、空閑隊員は片腕片脚を失っていますが、激しい水流の中でも体勢を立て直し、スコーピオンの特性を上手く利用して脚ブレードで決めることができました。このまま川を流れていって
現時点でのスコアは玉狛第2が2得点、ノーアウト。鈴鳴第一が1得点、ツーアウト。那須隊が1得点、ツーアウト。
これだけ見れば玉狛第2優勢なのだが、那須の戦闘力は他を圧倒する。
だから射撃戦となる東岸の戦いにおいて、那須の動き如何でこの試合は逆転も十分可能である。
さらに修が千佳を上手く動かし、適切な指示を出すことができるかどうかで玉狛第2の明暗が分かれるというものだ。
「先ほどの砲撃で雨取隊員の居場所が判明してしまいました。そこで那須隊長は撃ち合いを止め、障害物を盾にして機動力で獲物を追い詰める
ツグミの解説が一段落したところで、フィールドでは状況が大きく変化した。
千佳のアイビスが上流の堤防を破壊し、増水した川の水を東岸の市街地へと引き込んだのだ。
「これはまた派手なことを…」
須坂が目を丸くしてモニターを見つめている。
「これは堤防を意図的に決壊させることにより、土地を水浸しにしてボートで進むには浅すぎ、歩いて進むには困難な沼地とし、敵軍の侵攻を阻むというオランダ独自の国土防衛方法『洪水線』を模した手法です。こうなると地上にいる那須隊長と来馬隊長は機動力を削がれ、水を避けようとするなら建物の屋根や屋上に上がらなければなりません。すると三雲隊長の射線が通るようになり、例の
那須と来馬は戦闘を長引かせまいとして、地上戦で片をつけようとしていた。
那須は建物で身を隠しながら
しかし1発では仕留められず2発目を合成するが、その僅かな時間で来馬は
それを見た修はここが勝負所だとし、一気に距離を詰める。
那須が2発目の
同時に修も那須に向けて
来馬は那須の
ところが来馬が撃った
この来馬の
修もこの
彼女のダメージ具合を見て、これ以上は反撃されることはないと踏んだのだろう。
修は
そんな彼に那須の背後から飛んできた
那須はこうなるを想定していて、来馬に撃った
修は防御もままならず
那須は生き残ったものの満身創痍の状態だ。
これでは無傷の千佳を追うことはできそうにない上、トリオン漏出過多での
さらに彼女の目は川を渡りきった遊真の姿を捉え、悔恨の念にかられながら
結果、玉狛第2が生存点を含め4得点で勝者となったのだった。
◆
試合終了まで解説役を忘れてしまったツグミ。
それだけ気迫のこもった素晴らしい試合だったということなのだ。
観覧室では解説者の総括が始まり、ツグミもそれに倣って須坂たちに自分なりのまとめをする。
「この試合のポイントは『暴風雨の河川敷』という特殊な状況の中、ステージを選んだ那須隊だけでなく玉狛第2の三雲隊長が最大限に利用したことですね。それに那須隊はこの試合に対する気合の入れ方が序盤からいつもと違っていました。日浦隊員は
ツグミの解説に須坂だけでなく忍田や唐沢も頷いている。
「続いて村上隊員と空閑隊員の
さらにツグミは続けた。
「そして東岸の戦いですが、那須隊長はひとりで3得点を上げました。彼女はマスタークラスの
ツグミの解説はここで終わり、太刀川と迅の総括も同じタイミングで終了していた。
4得点で勝利した玉狛第2。
夜の部の試合結果次第だが、上位グループ入りの可能性が出てきたのだ。
その夜の部にはツグミの玉狛第3が出場する。
こうなるとますます夜の部の試合に期待が集まり、ツグミ自身のモチベーションも上がるものだから、自然に笑みが浮かんでしまう。
それを須坂が目ざとく見つけ、彼女に言う。
「その様子だと夜の部も面白いものになりそうだな。それが見られないのはなんとも残念だ」
すると唐沢が提案した。
「それなら試合を録画しておきますから、ご自宅でごゆっくり鑑賞してください。残念ながら解説は付きませんが、それでも彼女の勇姿は堪能できるはずですよ」
須坂はボーダーの大口スポンサーだから唐沢も特別扱いするわけで、これで支援額がアップするようなことになれば万々歳ということになる。
当然須坂は喜び、上機嫌で帰ったのだった。