ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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523話

 

 

「どうしても話さなければいけない場合、信用できる相手ひとりだけならいい」というトロポイ政府との約束で、ツグミはその「ひとり」を城戸に選んだ。

彼がボーダーの最高司令官である以上は彼に隠し事をするのは都合が悪いから仕方がないといえるのだが、仮にそうでなかったとしても彼にだけ事実を話したことだろう。

それだけ城戸のことを信頼しており、有吾とオリバの盟友であった彼には話す義務があると判断したのだ。

別に忍田や迅のことを信じられないのではなく、また話す義務がないというわけではない。

むしろ彼らに言えない秘密を抱えて胸が苦しい状態になり、罪の意識を抱いてしまっている。

しかし彼女はこれが後悔をしないための選択で正しいと信じているので、いつか話せる時が来たらふたりに謝ろうと決めた。

 

ツグミが何かを隠しているということは忍田と迅もわかっていた。

しかし彼女が言わないということは何か言えない理由があるのだとも理解しており、あえて何も訊かずにいていつか言ってくれる日が来るのを待つことにした。

 

 

 

 

真実を話せないという点では遊真も同じで、修と千佳にも自分がトロポイへ行ったことを内緒にしておかなければならない。

しかしこれまで(ブラック)トリガーから供給されていたトリオンを遮断し、別のトリガーで集めたトリオンによってトリオン体の維持をすることに成功したという報告だけはできた。

遊真の延命に効果があるとなれば修と千佳にとっては喜ばしいことなのだが、(ブラック)トリガーだけでなくノーマルトリガーが使用できなくなりもう防衛隊員として戦うことができないと知って玉狛第2の解散を覚悟しなければならなくなった。

B級ランク戦には参加しないが部隊(チーム)は存続しようと決めていたものの遊真抜きの玉狛第2などありえない。

そこでチームメイトの麟児が帰国次第事情を話して解散届を提出すると3人で決めたのだった。

 

 

◆◆◆

 

 

ツグミがアフトクラトルへ訪問をしなければならないと考えている矢先、タイミング良くアフトクラトルからの来訪者があった。

ディルク・エリン ── 彼はハイレイン王によって外相に任じられ、ボーダーと正式に同盟を結ぶために使者として派遣されたのだ。

ベルティストン家の配下の一貴族であるエリン家の当主の彼は「神選び」の際に生命の危機に見舞われたが、ボーダーが彼とその家族を保護したことによって事なきを得た。

新しい「神」が決まってハイレインが王になったことで彼はその才能を見込まれて外相に選ばれた。

元々広い視野を持って物事を正しく見極めることができる公平無私の人物であったから政府の要職を務めるに相応しいが、やはりボーダーとの()()()つながりがあるための人事ともいえよう。

もっともハイレイン自ら動きたいと思っても三門市民からすれば彼は「侵略者の親玉」である。

したがってボーダーは敵性近界民(ネイバー)と手を組んで世界征服を企んでいるなどというくだらないデマを流す輩が現れるかもしれない。

そこで苦肉の策としてボーダー内では親玄界(ミデン)派と考えられているディルクを送り込んだのだった。

 

アフトクラトルの国旗を掲揚した艇から降りて来たのはディルクとマーナ、そして護衛のヒュースの3人である。

昨年の12月に帰国して以来なのでレクスとは約11ヶ月ぶりの再会だ。

3日前に艇から連絡があり、ディルクたちが来ると知ったレクスはずっと嬉しい気持ちを抑えきれずにいた。

自分で望んで三門市に残ったとはいえ、10歳の少年が親と離れて外国に留学しているようなものなのだから当然のこと。

そしてまだ日が昇る前の薄暗い時間から「国際港」で眠たい目をこすりながら艇の到着を待ち、両親と兄と慕うヒュースの姿を見たとたんに艇に向かって駆け出した。

感動の()()再会の邪魔はしたくないとツグミと迅は少し離れた場所でドラマのワンシーンのような光景を見守っていた。

 

しばらくするとディルクはヒュースを伴ってツグミたちのいる場所へと歩いて行く。

 

「久しぶりだね、ツグミ、ジン。元気だったかい?」

 

「はい、おかげさまで。みなさんもお元気そうでなによりです」

 

「長旅お疲れさまでした。寮の部屋はいつでも使えるように整えてあります。ゆっくりと身体を休めてください。午後になったら本部基地へとご案内します」

 

「気遣いありがとう、ジン。遠く離れた玄界(ミデン)に家族同様の友人がいると思うと早く会いたいと思って少々無理をしてしまったよ。もっとも私ではなくヒュースに負担をかけさせてしまったのだがね」

 

ディルクは傍らで控えるヒュースの頭をポンポンと叩いて言う。

トリガー使いの達人であるヒュースもディルクにとってはレクスと同じく可愛い息子であり、ヒュース自身も恥ずかしいのか顔を赤らめているものの嬉しいという気持ちも隠せずにいた。

 

「お疲れさま、ヒュース。あなたもゆっくり休んでね。あとで玉狛支部へと行ってヨータローたちと会えるように時間も作ってあるから」

 

ツグミがそう言うとヒュースが訊く。

 

「ヨータロー…タマコマの連中はオレたちが来ることを知っているのか?」

 

「ううん。この件はまだ上層部メンバーだけが知っている極秘情報で、玉狛支部で知っているのは林藤支部長だけ。だからあなたが訪ねて行けばみんな驚くわよ~」

 

「そうか…」

 

ヒュースは安堵したのか微笑みながらそう呟いた。

陽太郎の迎えがなかったために自分のことを忘れてしまったのかと寂しく思っていたのだろう。

 

そしてレクスと長い間話をしていたマーナが近付いて来た。

 

「ツグミ、ジン、お久しぶりね。レクスのこと、どうもありがとう。この子から話を聞かせてもらったわ。おふたりにはいろいろご迷惑をおかけしたみたいだけど、あなた方のおかげでこんなに立派になって…すごく嬉しい。玄界(ミデン)に残したことで寂しい思いをしたけど、あの時の判断は間違いなかった。本当に感謝しているわ」

 

そう言って頭を下げるマーナにツグミが声をかける。

 

「いえ、わたしたちは大事なご子息をお預かりしているのですから当然のことをしたまでです。それにわたしは留守をしていることが多くて、玉狛支部に預かってもらっていた期間も長かったですから、わたしよりもジンさんの方が頑張ってくれました」

 

するとそばでツグミたちの会話を聞いていたレクスが言う。

 

「お母さま、さっきも話したようにツグミやジンといったボーダーの人だけでなくミカド市の人たちもみんなぼくに優しくしてくれて快適に過ごしているよ。だけどもしぼくが近界民(ネイバー)…アフトクラトルの人間だって知ったら態度が変わるかもしれない。でもいつかぼくの故郷はアフトクラトルだって堂々と言えるようになりたい。だからぼく自身がどこの誰であってもみんなが受け入れてくれるようにぼくは頑張っているんだ」

 

息子にそう言われただけでマーナは涙ぐんでしまう。

アフトクラトルで暮らしていた時にはサイドエフェクトのせいで他人との関わりを極力避けて屋敷の外に出ることがほとんどなかったレクス。

他人が自分に対して否定的な感情を向けていればそうなるのは無理もないが、ツグミが「ありのままでいい」と教えて自分に理解のない連中に怯えるよりも受け止めてくれる人間に心を開けば強くなれると諭したことで彼は大きく変わった。

三門市に来てからはあらゆるものに興味を持ち、ツグミ以上の知識欲の塊の彼は玄界(ミデン)の文化や知識などを貪欲に吸収していったのだった。

今では10歳とは思えないほど博識となり、周囲の大人たちと論戦できるほどのしっかりとした考え方も持てるようになっている。

母親として息子の目覚しい成長は嬉しいし玄界(ミデン)に残して正解だったとは思うのだが、自分たちが手元に置いて育てていたらここまでしっかりとした少年にならなかっただろうし、自分の目でその成長を見守ることができないのは残念で寂しいと思ってしまうのだ。

彼女の涙にはそんな意味もあるにちがいない。

 

「こんなところでいつまでも立ち話するよりも早く行きましょう。ミーティングルームに朝食の支度がしてあります」

 

「お、それは嬉しいな。しばらく保存食ばかりでいたから温かい料理に飢えているんだ。それにツグミの手料理は久しぶりだ」

 

ディルクは嬉しそうに言うと3人の家族を連れて車の停まっている方へと歩き出した。

彼らの後ろ姿を見ながらツグミは迅に言う。

 

「みんな元気そうで良かった。特にヒュースの表情が柔らかくなったわね」

 

「アフトで幸せに暮らしてんだろな。新しい『神』が決まってハイレインが王になってからは国内は平定され、他国への侵攻もストップしたからトリガー使いも戦場に立たずに済む。ディルクさんが外相になったってことだから、あいつもその秘書兼護衛とかやってんじゃないかな」

 

「かもね。さあ、わたしたちも行きましょう。そしていっぱいご飯を食べて、()()()()()()()()の準備をしなきゃ。なにしろ総合外交政策局の仕事は体力がなければやっていけないものね」

 

「ああ」

 

ツグミと迅はディルクたちを追うようにして歩き出した。

 

 

◆◆◆

 

 

午後になってからツグミと迅はディルクを連れてボーダー本部基地へと向かった。

ディルクの目的はハイレインの代理としてボーダーと同盟を結ぶための調()()である。

ボーダーとキオンが同盟を結んだことによって、近界(ネイバーフッド)の勢力図が大きく変わっていくことは火を見るよりも明らかで、そんな中いつまでも軍事大国として力で支配しようとするやり方に限界を感じたハイレイン。

他国を侵略してその国からトリオンを強奪するという方法ではなく、玄界(ミデン)のトリオンを使わない文明を広めるという手段を選んだキオンの判断が正しいと彼は考えたのだ。

トリオンが生体由来のエネルギーであり、あらゆるものにトリオンを使用する近界(ネイバーフッド)の文明には限界がある。

それもくだらない奪い合いで無駄に消費しているなど愚かの極みで、他に道があるのならそちらにシステムを移行した方が賢いというもの。

それにいち早く気が付いて行動を開始したテスタをハイレインは()()()男と考えた。

彼を敵に回して戦うことは無意味だと判断しただけでなく、キオンが近界(ネイバーフッド)における主導権を握ってしまわないよう今のうちにアフトクラトルもこの同盟に加わってしまおうということらしい。

しかしそう簡単にできるものではない。

キオンは三門市に侵攻したことのない国であっただけでなくアフトクラトルに連れ去られたC級隊員救出の陰の立役者であったからこそ三門市民に受け入れられたのだ。

ところがアフトクラトルは三門市に大きな被害を与えた張本人であり、この期に及んで「仲間に入れてください」などと口が裂けても言えない。

そうなるとアフトクラトルの同盟加入は非常に困難で、そもそもボーダーやキオンが承知しても三門市民が受け入れるはずがないのだ。

必要とあらばハイレインが三門市民に向けて謝罪するというと言うが、それは避けたいとツグミは考えている。

なぜならどんな蛮行も謝罪ひとつで許してしまい、その後は何の後腐れもなく仲良くやっていけるのかというとそれば無理だからである。

許しを与えることは大切だが、被害を受けた市民の感情の方がもっと大切だというのが彼女の意見だ。

ただし総合外交政策局長としての彼女は()()()()()()()アフトクラトルが歩み寄ってくれたことは大歓迎だし、同盟に加わってもらうことは重要だと考えているから、この問題を何とか解決しなければと悩んでいる。

 

城戸に挨拶をして用件を伝えることは済んだため、明日の午前の幹部会議で改めて他の幹部に事情を説明して審議が行われることになった。

ディルクも長期戦は覚悟の上だから双方が納得できる方法を考える時間はたっぷりとある。

それに彼にとっては長く滞在すればそれだけレクスと一緒にいる時間が増え、マーナは「最低でも10日は滞在するわよ」と言っているくらいだから、むしろゆっくりと吟味すべきなのだ。

 

 

その夜はディルクたちの歓迎会を開き、玉狛支部からは修、遊真、千佳、陽太郎が加わってくれた。

陽太郎はヒュースと再会できたことで大感激し、しばらく滞在することになると聞くとその間はずっと寮で暮らしてヒュースと一緒にいるのだと宣言したくらいだ。

それだけヒュースに会えたことが嬉しいということで、同時に彼が帰国してしまって寂しい思いをしていたということでもある。

アフトクラトルが同盟国となり、いつか自由に渡航できるようになればお互いに行き来して会うことは楽になるわけで、そのためにもまずはアフトクラトルの同盟加入を必ず成功させなければならない。

そう思うと気合の入るツグミであった。

 

 

◆◆◆

 

 

緊急幹部会議が開かれ、ツグミを含めた幹部メンバーが勢揃いした場でディルクは前日に城戸に説明をしたことと同じ内容を話した。

アフトクラトルが同盟に加わることに対して反対意見はないのだが、やはり市民感情をどうするべきかが問題となる。

これが玄界(ミデン)の国同士の問題であれば加害国が被害国に対して賠償金の支払い等で和解することが多い。

ところが相手が近界民(ネイバー)となるとそうはいかない。

アフトクラトルで流通している通貨で支払われたところで三門市では意味はなく、これまでエクトスなど近界(ネイバーフッド)の国との交渉でも技術支援や物資といったものを渡すことで拉致被害者市民を帰国させていたくらいだ。

そうなるとアフトクラトルのトリオン技術…ということになりそうだが、武器や兵器としてのトリガー技術の供与を受けるとなれば平和を目指した同盟の理念とは逆になるし、他の有益な技術となればキオンから同等の支援が受けられる。

他に価値のあるものが存在しないとなれば玄界(ミデン)には何の利益もなく対等な関係を結ぶことはできないということになるわけで、まったく別の方法を考えなければならない

その方法が納得できるものであればツグミがアフトクラトル本国へ行って直接ハイレインに説明をして承諾してもらう、というところまで話し合いが進んだところで会議は終了したのだった。

 

 

 

 

「アフトが同盟に加わることは明らかに三門市にとってメリットはあるわけだけど、それって目に見える形ではないからみんなに認めさせるのは難しいのよね…。キオンの場合は最初から味方で協力者という立場だったからすんなりと認められたけど、アフトが侵略者だってことは広く知れ渡ってしまったから、今さら仲良くしようなんて言っても信じてもらえない。せめて街の破壊だけで済んでいたら大騒ぎにはならなかったけど、C級を拉致したことでアフトクラトルって国の名前がクローズアップされてしまった。『アフト=敵』だとアピールして三門市民の機運を盛り上げてきたけど、それが今となっては裏目になってしまったわね。アフトと同盟を結ぶなんて道はその時に考える余地なんてなかったから仕方がないんだけど。はぁ…」

 

迅の運転する車の助手席に座るツグミがため息をつきながら言う。

そんな彼女に後部座席のディルクが慰めるように声をかけた。

 

「ツグミ、きみには申し訳ないと思っている。すべて我が国が一方的にミカド市に攻め込んで大きな被害を与えたのだから、本来ならハイレイン陛下がここまで足を運んで市民に頭を下げるべきことなんだ。しかしそんなことをすれば陛下の外聞が悪くなってしまう。もちろんそうなっても当然の蛮行をしたのだから謝罪すべきなのだが…」

 

途中まで言いかけて口を噤んでしまった彼にツグミが代わって答えた。

 

「ですがそんなことをすればアフトクラトルという国が他国から非難を浴びるどころか疎んじられるようになり、ガロプラで起きたような反乱が発生するかもしれない、ですよね?」

 

「ああ」

 

「謝罪をしたからもういがみ合うのはやめて仲良くしましょうなんてこちらも簡単には言えません。だから『謝罪をしたから許して仲間入りさせる』という安易なパターンではダメなんです。別の方法を考えてはいるんですが、近界(ネイバーフッド)におけるアフトの権威を下げず、三門市民にはこの同盟加入が合理的であると思わせるための()()()…って、これはなかなか難しいです」

 

難しいと言いながらも彼女の表情は楽しそうだ。

彼女は他人が「壁」と思うような困難を「山」にたとえ、その山が高いほどその山頂から見える光景は遠くまで広がっていると言って喜んでチャレンジする。

このアフトクラトル同盟加入はこれまでになく難しい問題だが、だからこそ彼女はやる気まんまんで楽しそうに見えるのだ。

 

 

ツグミは気分転換にとエリン家の家族と迅、そして陽太郎を加えた7人でスイーツバイキングに行くことにした。

以前にマーナとふたりで行った時に彼女が非常に楽しかったと言っていたことを思い出し、「難しいことを考えると糖分が欲しくなる」というちょっと強引な理由でみんなを連れ出したのだった。

時間いっぱい好物のスイーツとフルーツを堪能したツグミはその糖分の甲斐があったのかどうかは不明だが()()()名案を思いつく。

 

(これなら上手くいくかも…。漠然と頭に浮かんだだけだからひとまず内容を整理して()()()()を書いてみよう)

 

ツグミは机の上に置いてあるPCの電源を入れると、さっそく思いつくままのアイデアを文字にすることで整理していった。

 

 

 

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