ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

544 / 721
525話

 

 

アフトクラトルの同盟加入を進めることとなり、ツグミはアフトクラトルへの渡航の準備を始めた。

今回は担当責任者であるツグミと艇の操縦士として迅、そしてどうしても同行したいという修の3人で行くことに決まった。

修にとってハイレイン(とミラ)は瀕死の重傷を負う原因となった人物で憎くて絶対に許せない相手のはず。

それでもアフトクラトルへ行きたいと言うのは何かしらの強い信念と覚悟があってのことだろう。

もちろんツグミは彼に外交を学んでもらいたいと考えているから断る理由もなく、本人の意思を尊重した。

そして準備が完了したのは11月22日で、翌23日には出発できるはずであったのだが2日後の25日の出発となった。

ツグミは少しでも早く出発したいと考えていたのだが、迅や修、それにエリン家の家族からも25日でなければダメだと強く言われたためにそう決まったのだった。

 

理由は実に簡単であった。

11月24日はツグミの誕生日であり、迅たちは彼女にバレないようにこっそりと彼女の18回目の誕生日を祝おうと準備をしていたのだ。

本人は忙しさのあまり自分の誕生日のことなどすっかり忘れていて、なぜ周りの人間が25日出発にこだわるのかわからなかった。

普段の彼女ならすぐに気付くはずのことなのだが、それが気付けなかったということはそれだけアフトクラトルとの同盟締結のことしか頭になかったということで、15日に来訪したマーナが「最低でも10日は滞在するわよ」と言っていたのはそういう意味だったのかとようやくここで気付いたのだった。

レクスが夕食後すぐに自分の部屋に戻って何らかの作業をしていたことを学校の宿題だと勘違いしていたのだが、陽太郎が寮で暮らすようになると今度はふたりで一緒にやっていたことさえ疑問に思わなかった。

迅はディルクやマーナの外出に付き合うことが多かったが、それは単にアフトクラトルへ持ち帰る土産を購入するために運転手をしているだけだと考えていた。

修と遊真と千佳は学校のない日には総合外交政策局の仕事の雑務を手伝ってツグミの作業の負担を軽くしてくれたことで、アフトクラトル渡航の準備は順調に進んでいった。

これは23日までには準備を終えたいという理由があったからで、彼女の知らないうちにパーティーの計画は順調に進んでいたのだった。

 

 

 

 

そして当日24日の夕方、ツグミは何も知らされていない状態で古巣の玉狛支部へと連れて行かれた。

その時でさえ彼女は自分を祝ってくれる仲間たちが集まっているなどと夢にも思わず、食堂のドアを開けた瞬間にようやく自分の誕生日であることを思い出したのだった。

 

「ハッピーバースディー、ツグミ!」

 

ツグミの登場を合図に祝福の言葉が彼女に投げかけられ、続いて派手にクラッカーが鳴って色鮮やかな紙テープや紙吹雪が彼女の頭の上に降ってきた。

そこには修、遊真、千佳、陽太郎、林藤、レイジ、小南、京介、ゆり、クローニンという玉狛支部のメンバーだけでなく、ディルク、マーナ、レクス、ヒュースのエリン家の家族、そして忍田と唐沢、さらにこともあろうか城戸までがいた。

城戸が玉狛支部を訪ねたのは彼が旧ボーダー時代に仲間と袂を分かってここを出て行って以来初めてのことで、彼の脳裏にはいろいろな思いが去来していることは間違いない。

部屋の隅で目立たないように立っているが、それは未だに彼の()()()を許せずにいる者に対する配慮だろう。

本人の意思で来たとは思えないから、迅か林藤あたりがツグミを祝うためだと言って無理を言って引っ張ってきた可能性もある。

それぞれに思うところはあるだろうが、今日は過去の因縁は忘れて純粋に楽しもうということなのだ。

もっとも楽しめるかどうかは本人の気持ち次第で、その仲立ちをするのがツグミの存在であった。

 

パーティーは和やかな雰囲気で始まった。

テーブルの上にはホームパーティーらしくカナッペやプチトマトのカプレーゼといったオードブルや何種類ものピザや手巻き寿司などの料理が並んでいる。

それらの料理は前日にディルクとヒュースと迅が京介のバイト先のスーパーで購入した食材を当日の朝から半日かけてレイジとゆりとマーナが調理した。

部屋を賑やかに彩る折り紙の輪飾りやフラッグガーランドはレクスと陽太郎が作っていたもので、それを小南や修たちが飾り付けたのだった。

ツグミがこうした本格的な誕生日パーティーで祝ってもらうのは7年ぶりであった。

11歳の時には旧ボーダーの仲間たちに祝ってもらったが、その直後の遠征で仲間の半数が犠牲になるという悲劇に見舞われた。

自分が弱いせいで遠征に参加できず、しかも自分の誕生日を祝うパーティーの直後に仲間が帰らぬ人となってしまったという事実が長い間トラウマとなって彼女を苦しめていた。

毎年誕生日がくるたびに遠征に行って命を失った仲間たちのことが思い出され、記憶の奥底に封印してしまうこともできたが、それをしてしまうと彼らのことを忘れて自分だけが生きていることを罪だと感じてしまう。

だから家族や仲間たちが祝ってくれる気持ちは嬉しいのだが単にひとつ年を取るだけのことに対して能天気にパーティーなどしてはいけないと自分に言い聞かせ、それをわずかではあるが贖罪としていたのだった。

ところが彼女は自分で過去の自分を許すことができるほど強くなり、そんな彼女の心の成長をそばで見守っていた城戸や忍田たちは彼女を祝ってやりたいと考え、昨年の誕生日には織羽の親友であった緒方を引き合わせて会食の場を設けた。

今年も家族や仲間の祝福を受けてツグミは純粋にこのパーティーを楽しむことができ、そしてこのささやかな幸せを守るために自分が「そうするべき」と思ったことを全力でやるのだと改めて心に誓うのだった。

 

 

◆◆◆

 

 

パーティーが終わったのは午後8時すぎで、明日の出発に備えて参加者は早々に解散するが、ツグミと迅にとってはこれからがふたりにとって特別な時間である。

レイジと唐沢が玉狛支部以外の参加者を車で送り届け、ツグミと迅は寮に徒歩で戻ることにした。

特別に何かをするというのではなく、ただふたりだけで話をしながら夜道をあるくだけなのだがそれでも十分幸せなのだ。

 

「みんなにお祝いをしてもらえて心の底から嬉しいって思いました。まさか城戸さんまで来てくれるなんて…。あの人にとって玉狛支部は複雑な思いがあって足を踏み入れるのに迷ったんじゃないかしら?」

 

「ああ。俺が玉狛でやるって言った時、城戸さんはなかなか承諾してくれなかったんだ。いくらおまえの誕生日を祝いたいという気持ちがあってもあの場所は楽しい思い出と哀しい思い出がたっぷりと詰まっている宝箱みたいなもんだからな。楽しい思い出だけを取り出したいと思っても哀しい思い出が目に入ってしまうから開けたいと思ってもためらってしまう。でもあれだけの人数が入る場所は玉狛支部の食堂しかなかったから仕方がないんだ」

 

「それで最終的にどうやって城戸さんを口説いたんですか?」

 

「いや、昨日の昼にあの人が出席するって連絡をくれてさ。どういう心境の変化があったのかはわからないけど、あれからそろそろ7年も経つんだから心の整理ができたって言うか、あの頃の自分に戻りたいという気持ちになったのかもしれないな」

 

「…あの人はボーダー創設時のメンバーの最後のひとりになってしまったから責任を感じて全部自分ひとりで背負い込んでしまっていた。『近界(ネイバーフッド)玄界(ミデン)の友好の架け橋になる組織を作る』って誰よりも理想に燃えていたからこそ、友人となるべき近界民(ネイバー)に裏切られたって感じたんじゃないかって思うんです。その憎しみや哀しみが癒えないうちに第一次侵攻が起きてしまった。あの被害を見てなお近界民(ネイバー)と友好的な関係を結ぶなんてあの人でなくても無理だって考えてしまう。そしてボーダーの界境防衛機関としての役目が重要となったのに『ボーダーは近界民(ネイバー)と仲良くしたい組織です』なんて言えば市民から袋叩きにあうに決まってる。組織を拡大するためには市民に支持される大義名分が必要。だから近界民(ネイバー)を悪とみなして徹底的に殲滅する方針を打ち立てた。その方が多くの市民の支持を得て、入隊してくれる人も増えるもの。実際にそれは成功して、ボーダーは順調に強い組織になっていった。アフトの大侵攻の被害を最小限に抑えることができたのは城戸司令のおかげだと思う。城戸司令のやり方は強硬で創設時の方針と180度違うものだったけど、今はちゃんとかつての理想に向かって進んでいる。あの人の判断は正しかったってわたしは自信を持って言えます」

 

「旧ボーダーのメンバー…玉狛支部の誰もが城戸さんのやり方を正しいとは言わず、そして他に道はなかったから仕方がないんだと言って何もしない自分を肯定していた。やったことといえば近界民(ネイバー)にもいいヤツはいるから仲良くしようなんて言いながらも、本部で扱うことのできない近界民(ネイバー)を預かって匿うくらいだな。おまえみたいに積極的に近界民(ネイバー)の世界に飛び込んで行こうなんて考えもしなかった。ボーダー創設理念の逆のスタンスでいる城戸さんを裏切り者だなんて言うのは小南くらいだが、それだって自分が何もできないという無力さを棚に上げてあの人の哀しみや苦しみを理解しようとしなかっただけ。自分で何かをするよりも他人の行動を非難する方が楽だからな。だがおまえが行動することによって小南も自分の無力さに恥じるところがあったんだろう。そして子供の頃には理解できなかった城戸さんのことも認められるようになった。だからさっきのパーティーでも部屋の隅で所在無げにしていたあの人に飲み物や料理を持って行ってやるなど気を遣ったんだ、きっと」

 

パーティー会場で初めのうちは城戸、忍田、唐沢、林藤の「大人組」がひとかたまりになって部屋の一角にいたのだが、そのうちに各自バラバラになって城戸ひとりが積極的に輪の中に入って行くことができないためにボッチ状態になってしまった。

ツグミはその様子を見て飲み物を持って行って話をすることはあったが「主役」が輪の中から長時間抜けることはできず、彼を()()せざるをえなかった。

するとその様子に気付いた小南が彼に飲み物や料理を持って行ってやった。

城戸は少し驚いたようだったが、素直に皿を受け取って彼女に礼を言っていた。

それでふたりの長い確執が解けたかどうかはわからないが、以前のように小南が城戸を一方的に嫌悪している状態ではなくなったようだ。

なぜ小南がそんな行動に出たのかはわからないが、少なくとも彼女が少し大人になって城戸の気持ちに寄り添うことができるようになったのではないだろうか。

他人の心の領域(テリトリー)にどこまで足を踏み入れて良いのか悪いのかが判断できるようになり、ツグミがそうであったように小南も相手との()()を測って上手く接するようになったにちがいない。

 

「もしかしたら林藤支部長がふたりに和解のきっかけを作ってあげたのかもしれませんね。城戸司令はいつも本部基地にいてコナミ先輩は滅多に本部基地に行くことはないから接触する機会さえない。コナミ先輩は城戸司令のことを裏切り者だと公言するくらいだからあの人を否定している。これは昔の城戸さんのことが好きだった彼女だからこそ裏切られたと思って憎んでいるわけで、それは城戸さんの近界民(ネイバー)に対する感情と同じ。本気で嫌っているわけじゃなく、そう思うことで気持ちのバランスを保っているだけだったとわたしは思うんです。だから林藤支部長が気を遣って…。今日のパーティーに城戸さんに出席してもらおうって言い出したのは林藤支部長でしょ?」

 

「当たり。俺はどうかと思ったんだが、支部長(ボス)…いや、林藤さんが『俺に任せろ』って言ってさ。城戸さんは表情があまり変わらないからはっきりとはわからなかったが、それなりに楽しんでいたようだぜ。ここのシワも少し浅くなっていたからな」

 

そう言って迅は自分の眉間を人差し指で軽く擦った。

 

「フフッ、そうですね。みんなが気分良くなってくれたらそれで十分です。近界民(ネイバー)とも仲良くしようっていうのに同じ日本人の中で仲違いしていてはダメ。それも家族同様の人といがみ合うなんて哀しすぎます。城戸さんは自分の気持ちを吐き出すことなく全部飲み込んじゃう人だから勘違いされやすいんですよ。それに相手に対して察してくださいとか忖度してくださいではなく、わかってもらえないなら仕方がないって考えてしまう。昔はひとりでいることなんてなくていつも誰かと一緒にいた人なのに、今は総司令執務室でひとりぼっち。ホントは寂しがり屋で誰よりも家族のことを大切に思っている人。その家族同様の仲間たちをあんな形で失って、その辛さも全部自分で抱え込んでしまって周囲に心配かけないようにしていた。自分の気持ちを誰かに聞いてもらえれば、哀しいことや苦しいことは半分に減って嬉しいことは倍になるって良く聞くけど、わたしだったら誰かに話して哀しいことや辛いことで自分が半分楽になることよりも、周りの人に同じような気持ちを味あわせたくなって考えちゃうから黙ってる。城戸さんも同じなんだと思うんです」

 

「……」

 

「そしてわたしが誰かの力になりたいって思うように周りのみんながわたしの力になりたいって思っているとわかったから、わたしはみんなを頼るようにした。わたしが無力だってことはみんなが知っている。だから無理をしてひとりで頑張っているのを見ると心配になってしまう。実際に自分のキャパ以上のことをやろうとして倒れてしまったものだから、ジンさんを含めて大勢の人に心配をかけてしまった。城戸司令はボーダーの責任者としてとても重い荷物を背負っているようなもの。それを誰かに…特にわたしたちのような若者に背負わしたくはないと考えていて、いつものしかめっ面で大変だとか苦しいとかそういう気持ちを誰にも悟られないようにしている。でもそんな無理がいつまでも続くはずがない。そのうちに潰れちゃうわ。わたしはそんなあの人を見たくないから自分にできることを全力でやっているんです。あの人はわたしに自分の責任(荷物)を背負わしたくないんでしょうけど、それは半分をわたしが引き受けるって考えるからなんです。だからわたしは考え方を変えてみました」

 

「考え方を変える?」

 

「そう。城戸さんとわたしのふたりだけなら重量100の荷物を50ずつにするだけになるけど、わたしが背負っている重量50の荷物を49人の仲間に等分に委ねることでひとり当たり重量1の荷物になる。同じようにあの人も49人の仲間に委ねることができたなら、昔のいつも人の輪の中心にいた城戸さんに戻れるんじゃないかって。別に49人でなくても4人いればひとり当たり重量10の荷物になって、元の10分の1の重さになる。それだけでも楽になるんだからそう難しいことじゃない。わたしはジンさんを含めて大勢の仲間たちに手伝ってもらっているから重荷が重荷に感じられない。それをあの人にもわかってもらえれば…って願っています。だって城戸さんもわたしの父親のひとりなんですから」

 

そう言って微笑むツグミの目は真っ直ぐに未来を見つめていた。

自分が幸せで、迅も幸せで、周りの家族や仲間も幸せな「誰もが幸せな世界」は自分自身の手で掴み取ることができるのだと信じている目であった。

 

 

◆◆◆

 

 

翌日、ツグミと迅と修の3人が乗った艇と、ディルク、マーナ、ヒュース、レクスの4人が乗った艇が(ゲート)を抜けて近界(ネイバーフッド)へと旅立った。

当初の予定ではレクスが同行する計画ではなかったのだが、ツグミはハイレインにレクスを会わせて三門市での彼の経験を聞いてもらおうと考えたのだ。

まだ11月なので冬休みではないため、授業を欠席する分はツグミが教えることにして帰国後に簡単なテストで補うという方法で解決するよう担任教師に頼み込んである。

まだ彼が近界民(ネイバー)であることは担任教師にも内緒で、約2週間の欠席の理由は祖国のカナダにいる病床の祖母が孫に会いたいと言っているためにお見舞いに行くということにしてあって怪しまれてはいない。

 

 

アフトクラトルに新しい王が誕生して1年以上経ったことで国内の政情は平定し、太陽や大地の復活で国民の生活も安定してきている。

ハイレインが目指す彼の理想の未来を阻むものはもうないように思えるが、近界(ネイバーフッド)全体を見ればまだ安心できる状態ではない。

だからこそボーダーとの同盟に本格的に乗り出したのだ。

ボーダーとの戦いに負けたことで不利な条件を押し付けられるかもしれないと不安を抱きながらも、ツグミという少女の存在に一縷の望みを託していた。

 

(彼女ならアフトにとって一方的に損にならない方法を見出すことができるはずだ。敵であった俺を友人と認め、その細き(かいな)に抱いてくれたのだから…)

 

以前三門市を訪問した際、ツグミにすべてを告白して()()()()時のことを思い出して穏やかに微笑むハイレイン。

その彼女がやって来ることを信じて今はただ待つのみであった。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。