ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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527話

 

 

翌朝、十分な睡眠をとって晴れやかな表情のツグミと睡眠不足で少々やつれている迅、そして寝不足な上に申し訳なさそうな表情の修が朝食のテーブルについた。

彼らの姿を見たツグミは事情を知らないために「ベッドがフカフカ過ぎて逆に慣れないから寝付けなかった」のだと勘違いしてしまうが、それぞれから理由を聞いて納得すると同時に呆れてしまった。

 

「ジンさん、世の中の人間は未来のことがわからない状態で毎日を生きているんですよ。地図も羅針盤も持たずに目的地の定まらない旅をしているようなもので、それが当たり前なんです。あなたが未来視のサイドエフェクトで大勢の人の命を救ったことは事実ですしボーダーもその力を頼りにしていますが、だからって他人の人生の責任をあなたが負う必要なんてありません。人が行動するにあたって判断を下すのはその人自身。それこそ自己責任なんですからあなたが思い悩むことはないんですよ。視えないことで不安になるジンさんの気持ちも理解できますけど、わたしにとっては視えないことを喜んでいます。良い未来も悪い未来も視えないってことはまだ未来は確定していないってことです。以前は可能性としていくつもの未来が視えてしまって、その中から最善と思われるものを選んでいました。でもそれって本当に最善だったと断言できますか? これはあなたの視た複数の可能性の中から選んだだけで最善だったとは言い切れない。逆に何の手がかりがなくても大勢の人が自分にできる精一杯のことをした結果が最善になることだってありうるんです」

 

そう断言してから付け加えた。

 

「わたしとジンさんが幸せになれるという確定した未来が視えないのは、わたしの行動がまだ未来を決定させるだけの効果を出していないからだと思います。でも未来がまだ暗闇であって手探り状態でも確実に前に向かって進んでいます。もしかしたら進む先に崖があって気付けなければ真っ逆さまに落ちてしまうかもしれません。以前のあなたならその崖の存在を知ることができて避けるように教えてくれるでしょう。でもそんなサジェストがなくても足元には気を付けて歩いていますから直前に崖っぷちで足を止めることはできます。…大丈夫ですよ。あなたが気に病むことはありません。わたしは自分の力で幸せを掴みます。あなたのことを頼りにしていないのではなく、あなたのことを全面的に信頼しているからこそ、わたしは自由に自分の正しいと思う道を進むことができるんですから」

 

ツグミの言葉に迅は救われた気がした。

それは彼を慰めたり励ましているように思えるが、ツグミとしては自分の意思と覚悟を改めて自らに言い聞かせたものにすぎない。

ただそうであっても彼が重たい荷物を少しだけ下ろせたような気になったのであればそれでいい。

重い荷物を誰かに背負ってもらうことに抵抗はあっても、全部下ろしてもいいのだと許されたのだから。

 

 

そして修に対しては優しく諭した。

 

「事情はわかったわ。いつものパターンだけど、今回は自分でわかったという点は成長したと言えるわね。…たしかにハイレイン陛下はあなたとチカちゃんに対して特別に謝罪をすべきことをした。あなたはそれが正しいと思ったからアフトまで来て本人にひと言文句を言おうって意気込んで来たけど、今になってどう言えばいいのかわからないってことでしょ? 相手はアフトクラトルの国王で、本来ならあなたが面会できるような人じゃない。自分の行動がこれまで順調に進んでいる同盟締結の話に水を差すことになり、下手をすれば同盟の話はなかったことになるかもしれない。ううん、再びアフトが敵になるかもしれないと思うと自分が我慢をすればいいって考えたのよね? まあ、チカちゃんはそんなこと望んではいないだろうし、あなた自身も謝罪の言葉を引き出したところで何も得るものはないってことなら無理に謝罪を求めることはない。そうなると自分がアフトまで来た理由がなくなって、申し訳ないって思うようになったんだろうけど、あの人に会うことは無駄にはならないと思うわ。だから一緒に行きましょう」

 

 

こうして迅と修は予定どおりハイレインとの謁見に臨むことになった。

 

 

◆◆◆

 

 

ツグミ、迅、修の3人はディルクと共に登城した。

ツグミは2回目だが迅と修は王城どころか王都に入ることさえ初めてであった。

それは前回の訪問時にはまだツグミとボーダーに対して警戒感を抱いていたハイレインは面会を彼女ひとりに指定し、護衛という名の監視役にヴィザをつけて案内をさせたくらいである。

しかし今回は友好国の使者という立場であるから迅と修が国王(ハイレイン)に会うことが可能となったのだ。

 

10ヶ月前の訪問の際に見た王城の警備兵の表情は暗く、嫌々ながら働いているといった様子であった。

しかし今の彼らは王城の警備という自分の仕事に誇りを持っていて、以前とは明らかに表情が違う。

ハイレインが王になったばかりの頃は彼が前王やその一族、そしてライバルだった貴族を一掃して独裁を布こうとしているように思える行動をしていたものだから、兵士たちは彼のやり方に納得できずにいた。

ところが彼は地方貴族の当主を議員とした議会を開き、民意を汲み取ろうとする姿を見せているので国民からの支持を得られるようになっている。

それはツグミと交流をすることで彼が本来の姿を取り戻したからで、アフトクラトルという国の未来がどうあるべきか考えた結果「国民ひとりひとりを大事にする」という原点にたどり着いたからである。

権力や武力などなくとも人心を掌握することができる。

ツグミがそれを実際に証明したことで、ハイレインは力で押さえつけて従わせるから反発を買うのであり、国王とは国民を大事にして寄り添うことでひとつにまとめるべきであると悟ったのだった。

目的のためなら手段を選ばず重臣であっても必要とあれば切り捨てることができる冷徹な人間だと思われていたが、それは彼が大切なものを守るために必要であったからで、守る力を得た今では自分を偽ることはない。

家族や穏やかな暮らしを大切にし、猫が好きなごく普通の人間に()()()彼だからこそツグミは共に歩めると確信しているのだ。

 

前回の訪問ではツグミを近界(ネイバーフッド)の某国の皇女として新王就任のお祝いを言うための訪問で非公式なものと偽っていた。

当時はまだ「玄界(ミデン)からの公式な使者」が来たなどと知られてはならないためであったが、今回は彼女を国賓として迎えることができるようになっている。

そのため謁見の間において玉座のハイレインと会うことになり、ツグミたちは正装をしてディルクの案内で城内を歩いていた。

城や神殿などの畏まった場所にツグミは慣れたものだが、修はその厳かな空気にのまれてしまっている。

 

「霧科先輩、緊張のしすぎで口から心臓が飛び出しそうです」

 

冷や汗をかきながら修がツグミに言うと、ツグミは苦笑しながら答えた。

 

「大丈夫。心臓が口から飛び出すことは絶対にないから。それにトリオン体なんだもの、心臓が爆発しても換装が解けて生身の身体に戻っちゃうだけ。その生身の身体だって今はスリープ状態。いくらドキドキしても健康被害はありえないわよ」

 

「だけど…」

 

「こればかりは慣れるしかないわ。10ヶ月前に来た時はまだハイレイン陛下がボーダーに対して疑心暗鬼の状態だったから、わたしに対しても警戒心の塊だった。ヴィザ翁に監視されながら登城した時はさすがにわたしも緊張したわね。だけど今回は向こうが心を開いてくれているから何の心配もいらない。むしろ友人に会うって感覚でいられるし、アフトが同盟に加わることはわたしの計画が一歩進むってことだから、わたしは期待と嬉しさでワクワクが止まらないくらいよ」

 

「不安はないんですか?」

 

「別に。すべてが上手くいくとは思っていないけど、予定外の事態になっても対応できるよういろいろ考えているから何の不安も心配もないわよ。よく『想定外のことだったから対応策を考えていなかった』って言う人がいるけど、わたしは想定外って言葉が好きじゃないの。この言葉って責任逃れをしようとする卑怯な人間が使うことが多いから。まさかそんなことが起きるとは想像もしていなかったって言うけど、単にその人の想像力の欠如が原因だってことだと思うのよ。たとえば地震による津波の被害で、これまで最大でも5メートルの高さの津波しか来なかったから防潮堤を6メートルにしました。これなら安全ですと言っている行政の人。もしかしたら10メートルの津波が来るかもしれないってなぜ想像できないのかしら? 過去最高が5メートルであってもそれ以上の高い波が来ないという保証はない。保証がないのに6メートルの防潮堤を作ったからこれで責任は果たしたって考える。だから10メートルの津波が襲ってきた時に何も対応できなくて大きな被害が出てしまうのよ」

 

「たしかに過去最高の波の高さを超える波が押し寄せてくる可能性はゼロじゃありませんよね」

 

「そう。ただ行政側にも言い分があって、高い防潮堤を造ればいいとしてもその財源を生み出すことは至難の業。だから実際には防潮堤の高さは6メートルのままってことが多い。でも他に手段がないわけじゃないのよ。たとえば防潮堤を乗り越える大津波が来たとしても住民が高い場所に逃げてくれさえすれば家や車が流されても人命は失われずに済む。人間って自分が被害を受けるとは思わないっていう正常化バイアスという心理が働いて、被害を受けた時に自分が悪かったとは思わずに低い防潮堤しか造らなかった行政に責任があるって考える。そのためには行政が定期的に避難訓練を行って住民が自分の命は自分で守るという意識を身に付けることが必要だし、住民も被害の責任を行政に押し付けず被害に遭わないように自分自身で努力するべきだとわたしは思うのよ。だからわたしは想定外という言葉で責任逃れをする気はない。そうなるとあらゆる事態を想定してその対応を常に考えておく。準備万端だから不安も心配もいらないってこと」

 

「なるほど…。学校のテストの時にも普段からしっかり勉強して、試験前に十分復習しておけば当日慌てずに受けられますからね。可能な限り準備をしておくことが重要、ということですね?」

 

「そのとおり。さすがにこれはないだろうという事態についても想定して対応策を考えるんだけど、無駄になってしまうことも多い。ただそれを『損した』と考えてしまってはダメ。次から損をしたくないから考えないというのは思考停止への第一歩。思考停止は川の水の流れが止まってしまうようなもので、水が澱んでしまえばその水は腐ってしまう。わたしはそれが嫌だから常に考えることにしているの。そして自分が時間をかけて考えた末に出した答えに沿って進めばブレることもない。さらにそこまでやってもダメだったなら素直に諦められるし。逆に手を抜いたことで失敗をしたなら後悔の気持ちで胸がいっぱいになってしまう。わたしはそうならないために自分にやれることは全部やりたいのよ。特に人の命が関わっているものに関しては取り返しのつかないことにもなりうるから」

 

ツグミと修の会話 ── 実際には一方的にツグミが話しているだけだが ── を聞いていたディルクはツグミという少女に対してますます興味を抱いた。

 

(この少女は考えるということが苦痛ではないのだ。私を含め多くの人間は考えることは他者から強制されたことのように受け取りがちだ。考えて答えを出さなければいけないという追い込まれ感が苦痛に感じてしまう。しかし彼女は苦痛どころか楽しんでやっているように思える。そういう思考の持ち主だから自分を拉致したキオンの諜報員を味方にし、本国まで乗り込んで行ってスカルキ総統まで()()()()なんて誰にもできないことを成してしまうのだ。そしてハイレイン陛下に対しても同様に懐に飛び込んで行き、陛下は彼女のことを信頼してこの国の未来を彼女に託そうとしている。…まあ、私自身が彼女と出会って主君である陛下を裏切るようなことをしてしまったのだが。しかしそれを後悔していないのはその選択が正しかったからで、延々と他国を侵攻する愚かな行為を止めるきっかけになったのは事実。トリオンは万能であり、強者こそ正義であるという近界民(ネイバー)にとっての真理をひっくり返した彼女は近界(ネイバーフッド)における革命家と言えるだろう)

 

ディルクがそんなことを考えているとは知らず、ツグミは修と会話を続けていた。

そのおかげで修の緊張もだいぶ解けたようである。

 

(彼女の恐ろしいところは彼女の言葉がいかにも真実であってそれに従うことは正しいことなのだと()()()()()()()()ことだ。若干18歳の少女が世界のすべてを知っているわけではないのに、その言葉には説得力がある。彼女の言葉を疑うことは彼女を信用していないことと同じで、それは自分を信用してくれている彼女に対し罪の意識を抱いてしまうことになり、結果彼女の言葉を信じて従ってしまう。もちろんそのとおりにして正解だったと思える結果を出しているし彼女が自分と友人のために散々考え抜いて正しいと判断した答えだから後悔するようなことにはならない。ただし彼女の言葉は正しいのだからそのとおりにしていればいいと手放しで従ってしまったらそれこそ彼女が嫌う思考停止であり、彼女がいなくなった時に我々は何もできなくなってしまう。それではいけない。人間は楽をしようとする生き物だ。だから自分で考えて行動するよりも信頼できる他者の言葉のままに受け入れてしまえば楽ちんだし、何か不都合があればその相手を非難して自分は悪くないのだと保身に走る。しかし彼女は他者からの働きかけを待たずに自らすすんで考えたり行動することを好む。他者に従いたくないのではなく、誰かの答えを待っていて時機を失するのが嫌なのだ。自分が最適だと思う瞬間に行動することで後悔をしない人生を歩む。それが大事なことだと誰から教わるでもなく自然とそんな考えにたどり着いたのだろうな)

 

ディルクの背後を歩いているツグミの表情は見えないが、明らかに自信満々で軍事大国の元首との謁見を前にして萎縮する気配はない。

 

(彼女の強さは『自信』にある。それも根拠のないものではなく、これまでの経験や蓄えた力が根底にあってのこと。生まれ育ちや現在の立場など大きく違っていても相手のことを理解しようとする姿勢が好ましく思え、相手に対して礼を失することのない謙虚な態度も好感を得られる。相手に気に入られようとして媚を売ったり心にもない世辞を言うヤツは多いが、彼女はそんなことはせず相手への敬意のみによって心を開かせてしまう。それは彼女にだからできる特技とも言うべきものだが、それができるのは自分と他人の違いをはっきりと意識し、自分にはなく相手が持っているものに対して劣等感を抱くのではなく純粋に相手のことを羨望しているから。羨ましいと思っても妬ましいという気持ちにはならず、欲しいと思えば自身の力で得ようとする根性はあるしそれだけの力もある。それが彼女の自信に繋がっているにちがいない)

 

ディルクの推測はほぼ当たっている。

彼自身が人を見る目があって冷静に判断しているからなのだが、ひとつだけ見落としている点があった。

それはツグミの自信たっぷりな姿は虚勢であり、相手に弱気なところを悟られないように()()()()()だけであること。

国家元首やそれに準ずる老練な相手に彼女が年相応の姿を見せれば侮られるだけで、対等に話をするためには自らを相手のステージまで引き上げなければならない。

そうなると相手に対する礼節をわきまえることはもちろんのこと、幅広い知識を持ち柔軟なものの考え方ができることをアピールしなければならず、そのための努力は惜しまない。

しかしそれだけでは不十分で、()()で補っている部分は大きいのだ。

彼女の本当の姿を知っているのは迅だけで、それ以外の人間は忍田を含めて彼女を誇大評価しているだけである。

これは彼女の()()としては成功で、彼女の描いたシナリオをハイレインに認めさせることができれば近界(ネイバーフッド)の勢力バランスが大きく変わることは明らかで、それがボーダーと玄界(ミデン)にとって最善の未来へ続く道をさらに一歩前に踏み出したことになるはずなのだ。

 

 

 

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