ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
「遠路はるばる、よくぞ参られた」
ハイレインは威厳ある態度でツグミたちを玉座から見下ろしながら声をかけた。
その隣には国王補佐のランバネインが堂々とした様子で立っている。
謁見の間は幅が約15メートルで奥行が約50メートル、バスケットボールコート2面分くらいの広さがあるのだが、そこにはハイレインとランバネイン、そしてツグミたち一行4人の合計6人しかいないのでしんと静まり返っている。
「クククッ………ワッハッハッハッ………」
小さいがはっきりとした含み笑いが聞こえ、続いて愉快だとばかりに大笑いをしながらランバネインはハイレインの肩をポンポンと叩いた。
「兄者、ツグミたちの前でカッコつけたところで何の意味もないぞ。ここは俺たちしかいないのだ、もっと肩の力を抜いて
するとハイレインは怒ることはなく、ゆっくりと立ち上がると頭上の王冠を外して玉座に置いた。
「おまえの言うとおりだな。彼女たちは国賓だがその前に友人だ。わざわざアフトのために来てくれた友人を堅苦しく迎えるのは性に合わん」
ハイレインはそう言って階段を降りてツグミの前までやって来ると、
手の甲にキスをするのは、男性が女性に対して尊敬や敬愛の意味をあらわすためで、海外ではそう珍しいことではない。
海外の映画で騎士が貴婦人にキスをするシーンをよく見るし、西洋では単なる挨拶として好きな人の手の甲にキスをする場合もある。
しかしそれを知らない迅と修はハイレインのツグミに対する
それに気付いたツグミはハイレインに対して失礼のないようにさり気なく手を引き、深くお辞儀をして真面目な顔で言う。
「ハイレイン陛下におかれましてはご機嫌麗しく恐悦至極に存じます」
あえて形式張って堅苦しい挨拶をするものだから、ハイレインは少々残念だという顔になった。
「陛下、手の甲にキスをすることに尊敬や敬愛の意味があることは存じておりますが、わたしたちの国では馴染みがございません。陛下から直々に御言葉を賜るだけでも恐れ多いというのに、このようなご挨拶をいただいたことで慣れていないわたしは表情こそ平静を装っていますが心臓が止まってしまいそうなほど緊張してしまいました。このようなことはもうなさらないでください」
「…わかった。これからは気を付けるとしよう」
叱られた
様々な事情によってツグミに頭が上がらないだけでなく、少しでも機嫌を損ねたら嫌われてしまうのではないかという
そしてフォローも忘れてはいない。
「わたしは国賓待遇よりも遠くに住んでいる友人が会いに来た…という気持ちで接していただけたら嬉しいです。もちろんわたしはボーダーの代表代理として来たのですからそちらの役目は完遂しなければなりません。なにしろ
ツグミが力強く言うと、ハイレインが意味ありげな目をして訊いた。
「おまえのことだから素晴らしい提案をしてくれるのだろうな?」
「はい。誰も不幸にはならないすべてが丸く収まる方法を…と申し上げたいところなのですが、世の中そう甘いものではありません。それに陛下が三門市に多大な被害を与えたことは紛れもない事実。被害者である三門市民の心情を鑑み、それでなお陛下とアフトクラトルの名誉を守らなければならないのですから非常に難しい問題です。そこでわたしの描いたシナリオですが、陛下には悪者になっていただきます」
悪者という言葉を聞いた瞬間、ハイレインの顔が険しくなった。
「詳しいお話はランバネイン閣下のおっしゃったように肩の力を抜いた状態でしませんか? お土産に
「よかろう。それなら畏まった場ではなく、俺が執務の合間に寛ぐお気に入りの場所に茶会の席を設けよう。たぶんおまえも気に入ることだろうからな」
「それは楽しみです」
そう言ってツグミが微笑むとハイレインも表情が和らぎ、そんなふたりのやりとりを迅と修はただ黙って見守るだけであった。
◆◆◆
ハイレインの「お気に入りの場所」とは屋上庭園で、広さは40坪くらいで一面が花畑になっている。
季節が春ということもあり
それはシロツメクサで、白くて小さな花が屋上庭園の大部分を占めていて、人工的な庭でありながらも自然の一部のように感じられる。
ツグミはキオンを訪問した際に自らこの花の種をまいている。
アフトクラトルでも同じように育つだろうと、ハイレインが1月に三門市を訪問した際にツグミが種を託したものである。
その一部を屋上庭園にまき、それが育って花開いたということなのだ。
その花畑の一角に東屋があり、ハイレインはツグミたちをそこへ案内した。
「
ハイレインはそう言ってツグミに上座を勧めた。
それは彼が自分を国王ではなくただの友人としてツグミを歓迎しているという意味で、ツグミもその意味がわかっているので遠慮なく勧められた席に腰掛けた。
その隣に迅と修が座り、テーブルを挟んだ向かい側にハイレインとランバネインが座る。
するとツグミは思い出したかのように言った。
「ハイレイン
ツグミが修に促すと、修は上がって挨拶をする。
「総合外交政策局の三雲修です。局員になってまだ日が浅いため、このように霧科局長と行動を共にして勉強させてもらっています。どうぞよろしくお願いします」
「おう、こっちこそよろしくな」
フレンドリーに声をかけるランバネイン。
一方ハイレインは修の顔を見ると少し間を置いてから口を開いた。
「おまえは金の雛鳥の…」
「はい、そうです」
修はハイレインに対して怖気づくことなく答える。
するとハイレインはすっと立ち上がると修に対して深く頭を下げた。
「あの時は悪かった。あれからまもなく2年が経とうとしていて今さら謝罪したところで許してはもらえないだろうが謝らせてくれ」
ハイレインが自分のことを覚えており、自ら謝罪までするとはまったく思いもよらなかった修は慌ててしまう。
「い、いえ、そんな…あれは…」
修は言葉に詰まってしまうが、隣に座っているツグミが彼の袖を引っ張る。
すると修はツグミと視線を合わせ、ツグミは黙って「大丈夫」と言いたげに小さく頷いた。
それで安心したのか修は深呼吸をひとつすると丁寧に言葉を選びながら自分の正直な気持ちを語り始める。
「陛下、実はぼくがアフトクラトルまで来たのはあなたから謝罪の言葉を聞くためです。ぼくはあなたと戦って瀕死の重傷を負い、千佳…あなたが金の雛鳥と呼ぶ少女は一歩間違えれば
「……」
「しかしあなたのことを憎む気持ちはもうありません。…言葉にするのは難しいのですが、過去の不幸な出来事をいつまでも引きずって生きていくことができるほど人間とは強い生き物ではないとぼくは考えます。だから自分の意思とは違うところで憎しみとか哀しみといった負の感情の自浄作用が働いていて、傷ついた部分を癒すだけで心には傷跡がはっきりと残っている。傷跡を見るたびに思い出すわけですから忘れることはできませんが、もう痛みは感じません。今のぼくの気持ちを表現するとこんなカンジです。だから許さないと言ったぼくの言葉は気にしないでください」
要点がはっきりとせず取り留めのない話をする修だが、だからこそ自分の気持ちを伝えたいと必死になっていることが良くわかった。
修から「許すことはできません」と言われた瞬間、ハイレインはそれが当然であって自分がしたことはそれだけ罪深いのだということで観念したが、続く言葉に救われた気がしたのだった。
「ありがとう、オサム。その言葉で俺は救われた」
ハイレインはそう言って再び深く頭を下げた。
続いて彼はツグミに視線を移して言う。
「おまえが彼を俺に引き合わせた意味が理解できた。お世辞にも彼のトリガー使いとしての能力は高くないが、
「ええ、これからのボーダーには必要な人材です。もちろん非常時に備えてトリガー使いは一定数必要ですし、彼らの訓練は欠かせません。ですがアフトクラトルが
ツグミの言葉を聞いていた修は驚いていた。
(ぼくのことをそこまで評価してくれていたなんて知らなかった…。単にトリガー使いとして役に立たないぼくに何かさせようとして総合外交政策局に誘ってくれただけだと思ってた。だけどぼくに才能がある。それもボーダーで一番相性が良いって…。ぼくが玉狛支部で霧科先輩に出会ってからもうすぐ2年になる。それからずっと先輩はぼくにダメ出しばかりしていたけど、絶対に見捨てるようなことはなかった。先輩の指摘は適切なもので、ダメな点に対しての解決策もぼくが自分で気付くように上手く誘導してくれた。ぼくの能力では絶対に叶わなかったアフト遠征でも戦闘部隊ではなく遠征艇の守備という役目を与えて参加できるようにしてくれた。おかげでぼくは自分がやりたいことがあってもそれだけの力がないという現実を正しく理解できるようになったんだ。千佳を守るためにボーダーに入隊したけど、自力で正隊員になれるだけの力を蓄えることはできなかった。遠征に参加したいと願ってもその条件を満たす能力は持っていなかった。やりたいことがあるならそれを叶えるだけの力を持つようにと言われていたけど、具体的に何をすればいいのかぼくはわからないでいた。そんなぼくがここにいるのは先輩がぼくに期待をしていて、厳しいながらも導いてくれたから。ようやくぼくは先輩の期待に応えられるようになった。いや、そうじゃなくて、そのスタートラインに立つことが許されたんだ!)
それが真実かどうか確認はしていないが、そう思うことで修は目の前に漂っていた霧が一気に晴れたような気になった。
そんな彼の表情の変化を見逃すことはなく、ツグミは彼が自分の期待どおりの「結果」にたどり着いてくれたことを確信するとアフトクラトル訪問の
「ハイレイン
ちょうどお茶と菓子が運ばれて来たタイミングでツグミはアフトクラトルが同盟加入するための茶番劇のシナリオについて説明を始めた。
一方、
「被害を受けた三門市民のアフトクラトルに対するイメージは最悪です。二度と攻め込んだりはしないとハイレイン陛下が約束をしたところで信じてはもらえません。そこで遠征で勝利したボーダーがアフトクラトルを
ハイレインに謝罪の意思があるといっても本人が好き好んで頭を下げるというのではなく、そこまでしてでも同盟に加わりたいという強い意思によるものだ。
だから公式謝罪を行わずに済めばそれは非常にありがたいので異論などありえない。
それにこれ以上の好条件はないので、ツグミのシナリオを受け入れるのは自然な流れだ。
「わかった。明日の午後に臨時議会を招集してある。そこで審議し、遅くとも明後日の昼までには答えを出せるだろう」
「期待してお待ちしております」
ツグミが微笑みながらそう言うと、ハイレインは微笑み返した。
(ツグミは俺とアフトクラトルの立場や面子まで考慮した上でこのような提案をしてくれたのだ、その気持ちに応えなければ一国の王としてだけでなく彼女の友人として失格だ。この内容なら議会でも審議するに値するものだし、まず間違いなく賛成多数で承認されるだろう。…
ハイレインは気が付いた。
それはツグミが修を紹介したタイミングで、謁見の間において面会した時には紹介せず屋上庭園に着いてからようやく紹介をした。
彼女がそういった点をうっかり忘れているということは考えられず、あえてタイミングをずらしたのだと推測できる。
(なるほど…わかったぞ。謁見の間で俺が謝罪をすればそれはアフト国王が
ハイレインにとってミラとは別の意味でツグミはオンリーワンの女性であることは間違いないようだ。