ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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528話

 

 

「遠路はるばる、よくぞ参られた」

 

ハイレインは威厳ある態度でツグミたちを玉座から見下ろしながら声をかけた。

その隣には国王補佐のランバネインが堂々とした様子で立っている。

謁見の間は幅が約15メートルで奥行が約50メートル、バスケットボールコート2面分くらいの広さがあるのだが、そこにはハイレインとランバネイン、そしてツグミたち一行4人の合計6人しかいないのでしんと静まり返っている。

 

「クククッ………ワッハッハッハッ………」

 

小さいがはっきりとした含み笑いが聞こえ、続いて愉快だとばかりに大笑いをしながらランバネインはハイレインの肩をポンポンと叩いた。

 

「兄者、ツグミたちの前でカッコつけたところで何の意味もないぞ。ここは俺たちしかいないのだ、もっと肩の力を抜いて()の自分に戻ったらどうだ」

 

するとハイレインは怒ることはなく、ゆっくりと立ち上がると頭上の王冠を外して玉座に置いた。

 

「おまえの言うとおりだな。彼女たちは国賓だがその前に友人だ。わざわざアフトのために来てくれた友人を堅苦しく迎えるのは性に合わん」

 

ハイレインはそう言って階段を降りてツグミの前までやって来ると、お辞儀(カテーシー)をしている彼女の手を取って甲にキスをする。

手の甲にキスをするのは、男性が女性に対して尊敬や敬愛の意味をあらわすためで、海外ではそう珍しいことではない。

海外の映画で騎士が貴婦人にキスをするシーンをよく見るし、西洋では単なる挨拶として好きな人の手の甲にキスをする場合もある。

近界(ネイバーフッド)の国々の多くが中世ヨーロッパに似た文化を持つことから慣習も似たようなものが多いので、キス自体に特別な意味がないと理解しているツグミは平然としていた。

しかしそれを知らない迅と修はハイレインのツグミに対する()()()()()()態度に驚き、ハイレインに対してツグミが微笑んでいるので迅はあからさまに嫌な顔をする。

それに気付いたツグミはハイレインに対して失礼のないようにさり気なく手を引き、深くお辞儀をして真面目な顔で言う。

 

「ハイレイン陛下におかれましてはご機嫌麗しく恐悦至極に存じます」

 

あえて形式張って堅苦しい挨拶をするものだから、ハイレインは少々残念だという顔になった。

 

「陛下、手の甲にキスをすることに尊敬や敬愛の意味があることは存じておりますが、わたしたちの国では馴染みがございません。陛下から直々に御言葉を賜るだけでも恐れ多いというのに、このようなご挨拶をいただいたことで慣れていないわたしは表情こそ平静を装っていますが心臓が止まってしまいそうなほど緊張してしまいました。このようなことはもうなさらないでください」

 

「…わかった。これからは気を付けるとしよう」

 

叱られた(ワンコ)のようにシュンとしてしまうハイレイン。

様々な事情によってツグミに頭が上がらないだけでなく、少しでも機嫌を損ねたら嫌われてしまうのではないかという()()()()があるために彼は非常に従順だ。

近界(ネイバーフッド)の軍事大国アフトクラトルの国王を手懐けてしまったツグミはある意味近界(ネイバーフッド)最強かもしれない。

そしてフォローも忘れてはいない。

 

「わたしは国賓待遇よりも遠くに住んでいる友人が会いに来た…という気持ちで接していただけたら嬉しいです。もちろんわたしはボーダーの代表代理として来たのですからそちらの役目は完遂しなければなりません。なにしろ近界(ネイバーフッド)玄界(ミデン)というふたつの世界がどちらも利益を得る同盟にアフトクラトルが加わってもらえるかどうかの大事なお話ですから、わたしは絶対に失敗することはできないのです」

 

ツグミが力強く言うと、ハイレインが意味ありげな目をして訊いた。

 

「おまえのことだから素晴らしい提案をしてくれるのだろうな?」

 

「はい。誰も不幸にはならないすべてが丸く収まる方法を…と申し上げたいところなのですが、世の中そう甘いものではありません。それに陛下が三門市に多大な被害を与えたことは紛れもない事実。被害者である三門市民の心情を鑑み、それでなお陛下とアフトクラトルの名誉を守らなければならないのですから非常に難しい問題です。そこでわたしの描いたシナリオですが、陛下には悪者になっていただきます」

 

悪者という言葉を聞いた瞬間、ハイレインの顔が険しくなった。

 

「詳しいお話はランバネイン閣下のおっしゃったように肩の力を抜いた状態でしませんか? お土産に玄界(ミデン)の美味しい茶葉と焼菓子を持って来ましたので、それを楽しみながらお話をすればきっと有意義な時間が得られますよ」

 

「よかろう。それなら畏まった場ではなく、俺が執務の合間に寛ぐお気に入りの場所に茶会の席を設けよう。たぶんおまえも気に入ることだろうからな」

 

「それは楽しみです」

 

そう言ってツグミが微笑むとハイレインも表情が和らぎ、そんなふたりのやりとりを迅と修はただ黙って見守るだけであった。

 

 

◆◆◆

 

 

ハイレインの「お気に入りの場所」とは屋上庭園で、広さは40坪くらいで一面が花畑になっている。

季節が春ということもあり玄界(ミデン)でも見かけるチューリップやパンジーに似た花が咲いているが、ツグミは別の花に視線を向けた。

それはシロツメクサで、白くて小さな花が屋上庭園の大部分を占めていて、人工的な庭でありながらも自然の一部のように感じられる。

ツグミはキオンを訪問した際に自らこの花の種をまいている。

近界(ネイバーフッド)の大地でも玄界(ミデン)の植物が育つことを確認するためと、シロツメクサを土と一緒に耕すことで畑が肥えることを期待してのことであった。

アフトクラトルでも同じように育つだろうと、ハイレインが1月に三門市を訪問した際にツグミが種を託したものである。

その一部を屋上庭園にまき、それが育って花開いたということなのだ。

その花畑の一角に東屋があり、ハイレインはツグミたちをそこへ案内した。

 

玄界(ミデン)の植物はこの国の土と相性が良いのかもしれない。エリン家の領地の畑にまいた種の残りをここにもまいてみたのだが、ここまで育つとは思わなかった。似たような花はアフトにもあるが、このような質素な花でも人を癒す効果があるとは知らなかった。いや、知ろうとしなかったしそんな余裕もなかったからな。この庭園は俺が国王ではなくただの人間に戻ることのできる唯一の場所だ。本来なら公務の場所として相応しくないのだろうが、おまえは会議室や執務室よりもここの方が気持ち良く話すことができるだろう。さあ、ここに掛けるといい」

 

ハイレインはそう言ってツグミに上座を勧めた。

それは彼が自分を国王ではなくただの友人としてツグミを歓迎しているという意味で、ツグミもその意味がわかっているので遠慮なく勧められた席に腰掛けた。

その隣に迅と修が座り、テーブルを挟んだ向かい側にハイレインとランバネインが座る。

するとツグミは思い出したかのように言った。

 

「ハイレイン()()、ランバネイン()()、遅くなりましたが総合外交政策局の新人をご紹介します。彼の名は三雲修。…さあ、オサムくん、ご挨拶を」

 

ツグミが修に促すと、修は上がって挨拶をする。

 

「総合外交政策局の三雲修です。局員になってまだ日が浅いため、このように霧科局長と行動を共にして勉強させてもらっています。どうぞよろしくお願いします」

 

「おう、こっちこそよろしくな」

 

フレンドリーに声をかけるランバネイン。

一方ハイレインは修の顔を見ると少し間を置いてから口を開いた。

 

「おまえは金の雛鳥の…」

 

「はい、そうです」

 

修はハイレインに対して怖気づくことなく答える。

するとハイレインはすっと立ち上がると修に対して深く頭を下げた。

 

「あの時は悪かった。あれからまもなく2年が経とうとしていて今さら謝罪したところで許してはもらえないだろうが謝らせてくれ」

 

ハイレインが自分のことを覚えており、自ら謝罪までするとはまったく思いもよらなかった修は慌ててしまう。

 

「い、いえ、そんな…あれは…」

 

修は言葉に詰まってしまうが、隣に座っているツグミが彼の袖を引っ張る。

すると修はツグミと視線を合わせ、ツグミは黙って「大丈夫」と言いたげに小さく頷いた。

それで安心したのか修は深呼吸をひとつすると丁寧に言葉を選びながら自分の正直な気持ちを語り始める。

 

「陛下、実はぼくがアフトクラトルまで来たのはあなたから謝罪の言葉を聞くためです。ぼくはあなたと戦って瀕死の重傷を負い、千佳…あなたが金の雛鳥と呼ぶ少女は一歩間違えれば(マザー)トリガーの生贄にされていたわけですから、謝罪をしてもらいたいとずっと思っていました。ですがその機会はなく、こうして直接お会いできることになったというのに直前になってそれが正しいのかどうかわからなくなってしまいました。あなたから無理矢理に謝罪の言葉を引き出そうとすればこれまで霧科局長たちが苦労して築いた友好関係に水を差すことになり、あなたは激怒して再び戦火を交えることにもなりかねません。ぼくさえ我慢すればいいと考えていましたが、こうして陛下自ら謝罪をしてくださるとは思ってもいませんでしたので驚いてしまいました。それで今のぼくの正直な気持ちですが…やはりあなたを許すことはできません。それだけのことをあなたはしたのですから」

 

「……」

 

「しかしあなたのことを憎む気持ちはもうありません。…言葉にするのは難しいのですが、過去の不幸な出来事をいつまでも引きずって生きていくことができるほど人間とは強い生き物ではないとぼくは考えます。だから自分の意思とは違うところで憎しみとか哀しみといった負の感情の自浄作用が働いていて、傷ついた部分を癒すだけで心には傷跡がはっきりと残っている。傷跡を見るたびに思い出すわけですから忘れることはできませんが、もう痛みは感じません。今のぼくの気持ちを表現するとこんなカンジです。だから許さないと言ったぼくの言葉は気にしないでください」

 

要点がはっきりとせず取り留めのない話をする修だが、だからこそ自分の気持ちを伝えたいと必死になっていることが良くわかった。

修から「許すことはできません」と言われた瞬間、ハイレインはそれが当然であって自分がしたことはそれだけ罪深いのだということで観念したが、続く言葉に救われた気がしたのだった。

 

「ありがとう、オサム。その言葉で俺は救われた」

 

ハイレインはそう言って再び深く頭を下げた。

続いて彼はツグミに視線を移して言う。

 

「おまえが彼を俺に引き合わせた意味が理解できた。お世辞にも彼のトリガー使いとしての能力は高くないが、武器(トリガー)を使わない戦い方であれば戦力となるだろう」

 

「ええ、これからのボーダーには必要な人材です。もちろん非常時に備えてトリガー使いは一定数必要ですし、彼らの訓練は欠かせません。ですがアフトクラトルがボーダー(わたしたち)の理念に賛同して同盟に加入したとなれば、他国が注目することは明らかです。玄界(ミデン)に手を出そうとした国はボーダーと戦うよりも先にキオンとアフトクラトルという二大軍事国家を敵に回すことになると考えて思い止まるにちがいありません。それを見据えての人材の育成です。わたしごときが後進の育成などおこがましいですけど。…外交に限らず交渉事は自分と他人の違いを正しく理解して、自分だけでなく相手のことも思いやり、両者にとって有益となる方法を()()()考えることができるようになれば十分だとわたしは思うんです。それでボーダーの中で総合外交政策局の仕事と一番相性が良いのが彼だと判断しました」

 

ツグミの言葉を聞いていた修は驚いていた。

 

(ぼくのことをそこまで評価してくれていたなんて知らなかった…。単にトリガー使いとして役に立たないぼくに何かさせようとして総合外交政策局に誘ってくれただけだと思ってた。だけどぼくに才能がある。それもボーダーで一番相性が良いって…。ぼくが玉狛支部で霧科先輩に出会ってからもうすぐ2年になる。それからずっと先輩はぼくにダメ出しばかりしていたけど、絶対に見捨てるようなことはなかった。先輩の指摘は適切なもので、ダメな点に対しての解決策もぼくが自分で気付くように上手く誘導してくれた。ぼくの能力では絶対に叶わなかったアフト遠征でも戦闘部隊ではなく遠征艇の守備という役目を与えて参加できるようにしてくれた。おかげでぼくは自分がやりたいことがあってもそれだけの力がないという現実を正しく理解できるようになったんだ。千佳を守るためにボーダーに入隊したけど、自力で正隊員になれるだけの力を蓄えることはできなかった。遠征に参加したいと願ってもその条件を満たす能力は持っていなかった。やりたいことがあるならそれを叶えるだけの力を持つようにと言われていたけど、具体的に何をすればいいのかぼくはわからないでいた。そんなぼくがここにいるのは先輩がぼくに期待をしていて、厳しいながらも導いてくれたから。ようやくぼくは先輩の期待に応えられるようになった。いや、そうじゃなくて、そのスタートラインに立つことが許されたんだ!)

 

それが真実かどうか確認はしていないが、そう思うことで修は目の前に漂っていた霧が一気に晴れたような気になった。

そんな彼の表情の変化を見逃すことはなく、ツグミは彼が自分の期待どおりの「結果」にたどり着いてくれたことを確信するとアフトクラトル訪問の()()に入ることにした。

 

「ハイレイン()()、ランバネイン()()、貴重なお時間をいただいているのですから、さっそくお仕事の話を始めましょう」

 

ちょうどお茶と菓子が運ばれて来たタイミングでツグミはアフトクラトルが同盟加入するための茶番劇のシナリオについて説明を始めた。

近界(ネイバーフッド)側にはアフトクラトルはボーダーがキオン・エウクラートンとの同盟締結の際に用いた条約 ──相互尊重、相互不可侵、相互内政不干渉を原則とした協定 ── をそのまま承認するという合意に至ったと発表する。

一方、玄界(ミデン)側にはボーダーがアフトクラトルに二度と侵攻をしないようにということで、アフトクラトルを同盟に()()()()加入させることにしたと()()()()()()内容で発表することで三門市民に納得をさせるつもりであると話した。

 

「被害を受けた三門市民のアフトクラトルに対するイメージは最悪です。二度と攻め込んだりはしないとハイレイン陛下が約束をしたところで信じてはもらえません。そこで遠征で勝利したボーダーがアフトクラトルを()()()()()()()()()()ということにして三門市民に納得してもらおうというのです。アフトクラトルにはボーダーの命令に従わざるをえなかったという茶番に付き合っていただきたい。陛下は三門市民に公式に謝罪をしてもかまわないとおっしゃっていますが、陛下が三門市民の前で土下座したところでボーダーや市民にメリットはなく、アフトクラトルに対する感情が和らぐというものでもありません。さらにあなたが敗戦国の代表として玄界(ミデン)に謝罪したという内容で近界(ネイバーフッド)中に噂が広まれば、あなたとアフトクラトルの面子は台無しになってしまいます。そんなことにならないようにするためには、あなたは謝罪をしてボーダーの主催する同盟に()()()()()()のではなく、ボーダーが提示した内容に納得して対等な立場で加わったことにしなければならないのです。アフトクラトルはキオンと同様に軍事大国の看板を下ろさず、近界(ネイバーフッド)の他国に睨みを効かせる役目を負ってもらわなければこの同盟の意味が半減してしまいますから。…と、このような内容でいかがでしょうか?」

 

ハイレインに謝罪の意思があるといっても本人が好き好んで頭を下げるというのではなく、そこまでしてでも同盟に加わりたいという強い意思によるものだ。

だから公式謝罪を行わずに済めばそれは非常にありがたいので異論などありえない。

それにこれ以上の好条件はないので、ツグミのシナリオを受け入れるのは自然な流れだ。

 

「わかった。明日の午後に臨時議会を招集してある。そこで審議し、遅くとも明後日の昼までには答えを出せるだろう」

 

「期待してお待ちしております」

 

ツグミが微笑みながらそう言うと、ハイレインは微笑み返した。

 

(ツグミは俺とアフトクラトルの立場や面子まで考慮した上でこのような提案をしてくれたのだ、その気持ちに応えなければ一国の王としてだけでなく彼女の友人として失格だ。この内容なら議会でも審議するに値するものだし、まず間違いなく賛成多数で承認されるだろう。…玄界(ミデン)侵攻の際には事前に情報を収集して綿密な作戦を立てたが、想定外の事態がいくつも重なって撤退を余儀なくされた。特にツグミとオサム、このふたりの連携によって金の雛鳥を捉え損ねたことが痛かったな。この俺の顔に泥を塗った張本人だが、今はこうして共に茶を飲みながら近界(ネイバーフッド)玄界(ミデン)の未来について語っている。なんとも不思議な巡り合わせだ。もし敵味方ではなく出会っていたら、別の道があったのかもしれぬ。今さらそんなことを考えたところで意味はないというのにな。無意味だとわかっていながらも考えてしまうのは、ツグミのそばにいると心地良いからだ。彼女の思いやりの気持ちがキオンのベテラン諜報員の心をも動かしたくらいだからそれも当然か。…待てよ。もしかしたら…)

 

ハイレインは気が付いた。

それはツグミが修を紹介したタイミングで、謁見の間において面会した時には紹介せず屋上庭園に着いてからようやく紹介をした。

彼女がそういった点をうっかり忘れているということは考えられず、あえてタイミングをずらしたのだと推測できる。

 

(なるほど…わかったぞ。謁見の間で俺が謝罪をすればそれはアフト国王が玄界(ミデン)の少年に公式に謝罪したことになるが、ここでのやりとりであれば非公式な場であってツグミの友人に対する個人的な謝罪として済ませることができる。俺の立場を考えて配慮してくれたにちがいない。そういう気遣いができるからこそ常にそばにいてもらいたいと思うのだがな…)

 

ハイレインにとってミラとは別の意味でツグミはオンリーワンの女性であることは間違いないようだ。

 

 

 

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