ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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529話

 

 

ツグミとハイレインの会談は無事終了し、翌日の議会に彼女が出席して演説をすることに決まった。

それまでは自由時間ということで、ツグミと迅と修は王都見学の許可をもらって出かけることにした。

王都とはその国の中枢であり、他国の人間は見学どころか中に入ることさえ厳重に管理されている場所である。

以前ならボーダーの人間が街中に出ることなど絶対に許されなかっただろうが、今では友好国の使者だということで一部の公的施設以外は自由に見て歩くことが許可されている。

そこでヒュースが案内人として同行してくれるというので夕方まで4人で散策することになったのだ。

 

ヒュースが案内したのは孤児院であった。

以前にディルクが多額の寄付をし、それが縁でヒュースは時間があると時々訪ねて来ているのだそうだ。

ここは戦争で亡くなったトリガー使いや一般兵の遺児が養育されている国営の施設で、病気や事故で親を亡くした子供のための孤児院は別にあるという。

 

「オレがここに来るのはここの子供たちを幼い頃にディルク様に拾われた自分の姿に重ねてしまうからだ。オレみたいに良い主に拾ってもらえればいいが、貴族の中には子供を消耗品のように使い捨てるヤツもいた。『神選び』が済み、四大領主制が廃止されてからは貴族連中が子飼いのトリガー使いを集めることはなくなったが、それまでは孤児院という名の家畜の飼育場だったんだ」

 

ヒュースの話によると孤児院に集められた子供たちの中でトリオン能力の高い子供はトリガー使いの適性があるとして「角」を移植され、「私設軍隊」のための兵士として貴族が養子にするという形で引き取る。

養子縁組とは単に貴族が子供を養育するために引き取るのではなく、施設側が運営費用として必要な資金を得るために子供を「売る」のだ。

さらに養子とは名ばかりで実際には家畜と同様の扱いで、屋敷の敷地に粗末な小屋を建ててそこに数人から十数人の子供たちが共同生活をさせられていたらしい。

そしてトリガー使いとしての厳しい訓練をさせられるのだが、優秀な子供とそうでない子供の扱いの差が激しいためにみんな必死になって一日でも早くトリガー使いとなって役に立つことを証明しようとする。

当然のことながら全員がトリガー使いになれるわけではなく、途中で脱落した子供は奴隷として死ぬまでこき使われるのだそうだ。

ヒュースは孤児ではなかったもののディルクにその才能を見出されたおかげで家族同様に育てられてきたわけで、「オレは運が良かった」と言っていた。

たしかに人格者で愛情豊かなディルクの養子となったことでヒュースは「自分は幸せだ」と思える人生を送ってきた。

だから孤児院の子供たちには自分と同じように愛してくれる家族のもとへ送り出したいと思っていて、つい様子を見に行ってしまうということらしい。

 

ヒュースの顔パスで施設の中に入ると、そこは玄界(ミデン)の孤児院と大差はなかった。

0歳児から15歳まで子供約20人が共同生活していて、そのうちの半数が「角付き」である。

以前は7-8歳くらいになった子供は剣の訓練をしたり、体力作りのためにランニングをしている姿などが見られたのだが、ハイレインが王になってからは一般的な初等教育を中心に行っている。

もちろんトリガー使いになりたいという子供もいるので、そういう希望者にはヴィザが時々剣術を教えていて、ヒュースもそれを手伝っているらしい。

子供たちはヒュースの顔を見るなり「ヒュース兄ちゃん」と呼んで駆け寄って来たくらいだから、彼が子供たちに慕われていることが良くわかる。

彼自身もまんざらではないようで、陽太郎と仲良くやっていたのは幼い子供が好きで彼も慕われる性格だったからなのだとわかったツグミは彼にバレないように微笑んだ。

 

「ハイレイン陛下が国民の支持を得られるようになったのは前王のトリオン能力至上主義を撤廃したからだ。トリオン能力が低くても国家のために働くことはできる。愚かな戦争に大量のトリオンを注ぎ込むよりも国内での生産力を高めることを優先し、食料と人口の増加が叶えばおのずと豊かな暮らしができるようになる。そして子供たちを教育して将来の指導者となるべき人材の確保をすれば()()()になれるのだとディルク様が上申したのだ。おまえたちが知るハイレイン陛下は冷徹で非道な人間だが、他の3領主に比べればはるかに聡明で温厚な人間だ。そもそもベルティストン家は代々当主が領民のことを一番に考えて善政を布いてきた。当主自ら戦場に立ち、積極的に戦う姿が部下の信頼を得ていたのだ。ハイレイン陛下は次期当主でありながら(ホーン)トリガーを移植されたが、これは当時の当主である父親と本人共に覚悟を決めて行ったもの。エネドラの例を見るまでもないがトリガー使いとして強化されても(ホーン)トリガーが脳に作用し人格が崩壊してしまうというリスクも生じるくらいだから、他の領主は息子に(ホーン)トリガーを移植するなどという危険なことはしない。他国への侵攻でも当主は安全な場所でのんびり構え、部下を戦わせているだけだ。ベルティストン家の人間は領民のために戦うことを当然と考えて、それを全国規模で行うためにはハイレイン陛下が王になる必要があったのだ。だからこそディルク様は陛下の家臣でいて、最悪の場合は自分が人柱になるとまで覚悟を決めていた。地方貴族を含め国民が陛下を支持するようになったのも、王となったことで苛烈な面は消えて本来の温厚で慈悲深い姿を見せているからだ。だからこのような結果に導いてくれたツグミやジンには感謝している。…ありがとう」

 

ヒュースは顔を赤らめながら遠慮がちにそう言って頭を下げた。

大規模侵攻で迅にひどい目に遭わされたヒュースは彼のことを嫌っていた。

ところが素直に迅に礼を言えるようになったのだから、今となってはよほど感謝をしているにちがいない。

 

それから小一時間ほど施設の中を見学させてもらい、子供たちと一緒におやつの時間を過ごしてからエリン家の屋敷に戻った。

 

 

 

 

ツグミたちが孤児院の見学をしていた頃、ハイレインに()()に謁見を許されたレクスが父親と共に登城していた。

レクスは自分が玄界(ミデン)で経験したことやいろいろと見聞したことをハイレインに説明し、なぜ自分がトリガー使いではなく医師になろうと決めたのか、そしてそのために親元を離れて暮らしているのかなどを話した。

その考え方や使う言葉は10歳の子供のものとは思えず、生来の賢く勤勉な面が適切な教育を受けることによってさらに磨きがかかったと言える。

ハイレインも彼の話に興味があるらしく、子供相手であっても対等に向かい合って話を聞いていた。

その中でレクスの考え方やものの例え方、そして話し方がツグミに似ていることに気付き、アフトクラトルの未来を託せる人材となることを確信したのだった。

 

 

◆◆◆

 

 

翌日の午後、ツグミは再び登城した。

それはハイレインが招集した議会が開かれるためで、彼女はその場で同盟加入に関する()()を行うことになっている。

こういった公式の場はキオンで経験済みなので緊張することはないが、付き添いの修は冷や汗をかきながら人という字を手のひらに書いて飲み込んだり、遊真と千佳から手渡されたお守りを握り締めて深呼吸をするなどして緊張をほぐそうとしている。

 

「オサムくんが登壇するんじゃないんだからそんなに緊張することはないのよ」

 

「そんなことを言われても、霧科先輩がアフトの国会で演説するんですから見ているだけでも緊張しますって。逆に先輩の動じない態度が不思議です。どうして冷静でいられるんですか?」

 

ツグミはお茶を飲みながら普段と変わらない様子で言った。

 

「どうしてって言われてもね…。これはもう()()、ね。だけど大勢の人間の前で自分の意思を表明することってそれほど難しいことじゃないと思うわよ。オサムくんなんて大規模侵攻の記者会見で悪意ある記者を相手に堂々と自分の意見を述べていたじゃない。もっとも近界(ネイバーフッド)遠征っていう極秘事項をバラしちゃったけど」

 

「それは…深く反省しています。あの時は勢いでつい…。たしかにぼくも大勢の人の前で話すことは何回かやってますけど、やっぱりまだ慣れません」

 

「まあ、無理して慣れる必要はないけど、苦手だって意識を持っちゃうと総合外交政策局の仕事は難しいわね。城戸司令たちボーダーの上層部を相手にするだけでなく、近界民(ネイバー)との交渉がメインだから。コミュニケーション能力を高める訓練が必要かな?」

 

「…頑張ってみます」

 

そんな会話をしていると議会事務局の事務員がやって来て、ツグミたちを議場へと連れて行く。

そこは日本の国会議事堂の衆議院議場に似ていた。

約60人の議員と十数名の大臣しかいない小規模なものだから議場も小さいが、半円形の議席や議長席・国務大臣席の配置などはほぼ同じであり、議長席の上部には天皇陛下の御傍聴席と同じような厳かな席があってそこにハイレインが座ることになるらしい。

議長席の一段低いところに演壇があって、これからツグミはそこで友好国の使者として演説をする。

かつて彼女がベルティストン家の敵となってアフトクラトルの大地の上で戦ったことは周知の事実ではあるが、ボーダーはハイレイン隊のメンバーと最小限の戦闘のみであったためにアフトクラトル国民や彼らの財産に被害を与えることがなかった。

だからアフトクラトル国民から恨まれてはいない。

したがってツグミに対して怨みや憎しみの感情はないので、議員たちが彼女に向ける視線は好奇心や興味本位のものが多い。

()()ハイレインを打ち負かして、さらに()()()()()少女」を品定めしようとしているのだ。

しかし彼女にとってそんなものは取るに足らないもので、むしろそういう人間に()を見せつけて相手にひと泡吹かせることを楽しみとしているくらいなのでやる気まんまんでいる。

 

演壇に立ったツグミは自己紹介から始め、アフトクラトルの同盟加入がどれだけの利益が得られるのかを説明し、そのために必要な条件とそれを踏まえた上でどのような手順を踏むのか、そしてボーダーと玄界(ミデン)近界(ネイバーフッド)に関わるのは自国防衛のためであって近界(ネイバーフッド)への進出は考えていないということを最後に念押しして演説を終えた。

聴衆は始終黙って彼女の話に聞き入って、舞台を去る彼女に惜しみない拍手を送ったのだった。

 

ツグミの演説を修は議場後方の傍聴席でその様子を見ていて、彼女の()()()()()に感動していた。

 

(すごい…。先輩が登場した時にはほとんどの人が先輩のことを軽く見下していたようだったけど、最後には夢中になって話を聞いていた。後ろから見ていてもその反応の違いはわかる。ぼく自身も初めて聞いた話じゃないというのに熱心に耳を傾けてしまったくらいだ。近界民(ネイバー)は自分が得をすれば相手が損をするのは当然だという考え方でいるらしい。交易でも力の強い方が得をする取引をして、弱い方は損をするのは仕方がないという。だからどちらも得をするwin-winという考え方はすぐには受け入れられないのは当然で、特に常に強者であったアフトには馴染めないはず。それなのに先輩の話に興味を持ったのはその巧みな話術で人を魅了するからだ。生まれつきの才能なのか、どこかで覚えた後天的なものなのかはわからないけど、この()()を…たったひとりで近界(ネイバーフッド)玄界(ミデン)の関係を大きく変えるという点では戦場における(ブラック)トリガーみたいなものだ。城戸司令が全面的に対外交渉を任せるのも頷ける。いつかぼくにこんなことができるようになるんだろうか…?)

 

修は不安になるものの、トリガー使いとして役に立たないからからというのではなく、外交の仕事の才能があると見込んで総合外交政策局員にスカウトしたというツグミの言葉に支えられている。

 

(霧科先輩が期待してくれているのにここで自分を疑うのは先輩のことを疑うことと同じだ。やれると信じて一歩ずつ前に進めば必ず何かできるはず。誰だって初めから何でもできるわけじゃない。先輩だっていろいろ試行錯誤しながらここまでやってきたはずなんだから)

 

ツグミが退場したことを確認すると、修は傍聴席を立って彼女と合流するために議場を後にした。

 

 

そして翌日の午前の議会で満場一致によって同盟加入とそれに関わる手順について承認されたのだった。

 

 

◆◆◆

 

 

任務を終えた以上はすぐにでも帰国をしなければならないツグミたち。

できることならエリン夫妻とレクスをもっと長く一緒にいさせてあげたいと思うのだが、ディルクがアフトクラトルを長く留守をするわけにはいかず、またレクスも勉強をするために三門市で暮らしているのだから学校へ行かなければならない。

そこでアフトクラトルが玄界(ミデン)に接近している期間なので、レクスは一度三門市に帰るがまもなくやって来る冬休みに里帰りをすることに決めた。

最接近するのが12月中旬から1月下旬で、2年前にハイレインが偵察用ラッドを三門市に送り込んで情報収集を始め、侵攻した当日(1月20日)までが約1ヶ月間なので、その期間中なら片道1-3日くらいで往復できて行き来が楽になるためだ。

名残惜しそうなエリン夫妻に対して「またすぐに戻って来るからそれまで元気でいてください」などと立派に別れの挨拶をするレクスの姿にツグミは感動するが、艇が(ゲート)を抜けると涙を見られなくないとばかりにひとりで居住室へと行ってしまったことで年相応の子供らしいと感じたのだった。

 

 

◆◆◆

 

 

三門市に戻ったツグミは休む間もなく本部基地へと向かうと城戸にアフトクラトルでの経緯を()()()報告し、その内容に満足した城戸はハイレインからの親書を読み終えるとツグミの労をねぎらった。

 

「今回も良くやってくれた。おまえばかりに負担をかけさせている私はなんとも不甲斐ない大人だな」

 

「いえ、城戸司令がいてくださるからこそわたしは自由に動けるんです。…違いますね。城戸司令だけではなく唐沢部長がいてくださるから資金や行政との折衝などの心配はしなくて済みますし、鬼怒田室長がいてくださるから艇の改造やメンテナンスのことをお任せでき、根付室長が市民に対して上手い具合に情報操作をしてくださるので安心して近界民(ネイバー)と交渉ができます。そしてなによりも忍田本部長がいてくださるからこそ三門市防衛というボーダーの最重要任務をお任せしてわたしは近界(ネイバーフッド)で活動できるんです。人には誰でもその人に見合った役割があって、この組織は適切に機能しています。ボーダーには不甲斐ない大人なんてひとりもいませんよ」

 

当然のように話すツグミの言葉に城戸は表情を緩めた。

 

「フッ…人は言葉ひとつで生かされもするし殺されもするというのは本当だな。特におまえの言葉にはそれを感じる。胸が暖かくなるよ」

 

「そう言っていただけるとわたしも嬉しいです。では正式な報告書は明日の午前中に提出いたします」

 

「わかった。しかしおまえが艇の中で報告書を仕上げていないとは珍しいな。何かあったのか?」

 

「レクスくんの補習です。学校を休んでいる間の分はわたしが教えて、明日の放課後に小テストを行うことで出席扱いにしてもらうことになっていますから」

 

「そういえばそうだったな。それでテストは大丈夫なのか?」

 

「はい。彼は医師になりたいというだけあって算数と理科には特に力を入れていて、同級生に追いつくまでは大変でしたけど、今では学年でも1-2位の成績です。さすがに国語と社会は苦労しているようですが、勉強に対する意欲は感心するほどですから心配はいりません。玄界(ミデン)の子供は勉強を義務として捉えていてやりたくないものをやらされているという感覚ですが、近界民(ネイバー)の子供は恵まれた環境でなければ学校へ通うことができませんので、勉強ができるというだけで嬉しいようです。ディルクさんが自領に建てた学校ではどの子供も意欲的に勉強しているそうです。いつかレクスくんのように玄界(ミデン)に留学できる制度ができたらアフトのために役立つ人材が育つでしょう。できればそんなお手伝いをしたいとわたしは思っています」

 

「そうだな。第一次侵攻の拉致被害者市民の救出が完了したら、近界民(ネイバー)との交流を積極的に進めることになるだろう。それもおまえに任せることになるからその時は頼むぞ」

 

「はい、承知しました」

 

 

城戸への報告はそこで終わり、続いて城戸からツグミたちが留守をしている2週間の間に三門市で起きたことについて話を聞くことになった。

そしてその中でキオンへ一時帰国していたテオとその家族が三門市に来ていることを知り、ツグミは当然だという顔で頷く。

半年前にテスタが三門市を訪問した際、テオに本国勤務を勧めたのだが本人は即答できずにいて、一時帰国をして家族と相談をして決めるということになっていた。

その答えは家族と共に三門市で暮らすというものであり、ツグミにとって大歓迎であるから全力でサポートするつもりである。

三門スマートシティ内の戸建住宅を彼のために確保してあったので、そこに入居してもらったそうだ。

ツグミたちがアフトクラトルに旅立って3日後に到着したということで、もう10日以上そこで生活しているのだが周囲の住民が彼らと同じ近界民(ネイバー)なので国の違いはあっても上手くやっているという。

ツグミたちが推し進める同盟の大原則「相互尊重、相互不可侵、相互内政不干渉」のうち相互尊重と相互不可侵はスマートシティ内で暮らす住人が守るべきルールの中にも不文律となって存在しているのでトラブルは滅多に起きない。

それは境遇が同じ拉致被害者市民とその家族だからであるが、なによりもお互いに相手を憎んだり恨んだりする理由はなく、困ったことがあれば行政のサポートがあって簡単に解決できるからでもある。

 

ツグミはさっそく午後にテオの家族に会うために三門スマートシティを訪問することにした。

 

 

 

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