ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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530話

 

 

テオたちが住む家は3LDKの戸建住宅で、三門スマートシティの第1期工事で完成したエリアの中心に近い場所にある。

大型ショッピングセンターへは徒歩で5分という非常に便利な立地で、それは彼がボーダーに貢献していることへの感謝の気持ちとしてツグミが特別に指定したのだ。

テオが本国勤務となって家族と暮らすために三門市に戻って来ない可能性もあったが、家族の同意があれば三門市で一緒に暮らすという道もあったことで、ツグミはそうなることを期待して待っていたのだった。

そして彼女の期待どおりにテオは家族と共に帰還した。

ゼノンたちが帰還すれば次の拉致被害者市民救出計画が再開されるので、その時にはテオにも改めて参加してもらうことになるため、現在は新たな任務が決まるまでの繋ぎとして本部基地でC級隊員の指導を行っているという。

この日も放課後に訓練のために本部基地へやって来るC級隊員たちを相手に指導をすることになっていた。

トリオン兵の出現が激減したために防衛隊員を増やす必要はなくなり、半年前から入隊を1・5・9月の年3回で行うパターンに戻している。

さらに隊員ひとりひとりの()を向上させなければならず、正隊員だけでなく実戦経験の豊富な近界民(ネイバー)にも指導員になってもらいC級隊員の育成を進めているのであった。

2年前には近界民(ネイバー)が人間であるということはボーダー関係者であっても一部の人間しか知らないことだったが、現在では一般市民ですらその正体を知っている。

そしてボーダー側は意図して「近界民(ネイバー)には敵となる者がいるのは確かだが、争いを好まず共に手を取り合っていくことのできる隣人(ネイバー)もいる」という()()()()をし、情報の公開もボーダーに都合の良いタイミングでいくつかの嘘を交えながら行ってきたので、敵認定されたアフトクラトルとエクトスという2ヶ国以外の近界民(ネイバー)を三門市民は受け入れている。

特にキオンはC級隊員救出作戦に多大な貢献をしたことと、テスタが市民に向けて直接語りかけたことで好印象を得ているため、彼らがボーダー隊員と一緒に「悪の近界民(ネイバー)」と戦っているパフォーマンスは()()()()するのだ。

実際に2ヶ月前の三門市民へのアンケートによるとボーダーが近界民(ネイバー)と同盟を結んで近界(ネイバーフッド)における戦争を減らそうとしていることについて「大いに評価する」と「ある程度評価する」が合わせて80パーセントを超え、約10パーセントが「わからない」と「無回答」で、「あまり評価しない」と「まったく評価しない」も合わせて10パーセント弱という結果が出ている。

8割以上の市民が支持してくれているとなれば三門市や日本国政府もボーダーの進めている方策を認めて協力をせざるをえない。

そういった理由で近界民(ネイバー)との共存をアピールする意味もあって、ゼノン隊の3人は出向という形でボーダー隊員と同様の扱いを受けているのであった。

原則として総合外交政策局の局員の仕事が優先であるが、それがない時には彼らはトリガー使いとして、また諜報員としての技術や知識を防衛隊員に教えている。

これは以前のボーダーでは考えられないことであったが、ボーダー創設時の理念を継ごうとするのであれば、これこそがあるべき姿なのである。

 

 

 

 

約半年ぶりに会ったテオの姿にツグミは目を見張った。

 

「おかえりなさい、テオくん。…もしかして背が伸びた?」

 

「ただいま…って、久しぶりに会ってその話!?」

 

やれやれという顔のテオは続けて言う。

 

「たしかにこの半年で身長が10センチ近く伸びたけど、その前から少しずつは伸びてたんだぜ。ツグミが気が付かなかっただけだ」

 

そしてテオはツグミに前に立つ。

すると以前はツグミよりも低かった背がわずかに彼女を超えていた。

 

「わたしよりも大きい…」

 

「フフン、見下ろすってのは案外気分がいいな」

 

「背が伸びたのはいいけど、その分性格が悪くなった?」

 

「悔しいのか? ま、これでオレを()()呼びできなくなっただろ。ざまあみろ」

 

「そうね。これからはテオ()()って呼ぶわ。だけどこうなってしまったらもう…」

 

少しだけムッとしたツグミはわざと意味ありげな言い方をする。

 

「何だよ? オレの背が伸びたらどうなるんだよ?」

 

テオは気になるらしくツグミに詰め寄った。

 

「それは…これまで子供料金で入場していた施設や乗り物を大人料金で払わなければならないわね」

 

「はぁっ!? そんなことしてたのかよ!?」

 

「冗談に決まってるでしょ、テ・オ・さ~ん」

 

「うわっ、キモ。いいよ、前みたいに()()呼びで」

 

ツグミが甘ったるい声で名前を呼んだものだから、あからさまに嫌な顔をして言った。

するとツグミはしてやったりと言わんばかりの顔で笑う。

 

「フフッ、やっぱテオくんはテオくんが一番しっくりくるわね。…それはそうとご家族のみなさんはお元気かしら?」

 

「ん、家族? もちろんさ。そうだ、一緒に昼飯食おうぜ。キオンであったことを話すからさ」

 

「いいの? じゃ、ご馳走になろうかしら」

 

ツグミはテオの家族に挨拶をするために訪問をしたのだから、この誘いは大歓迎だ。

テオに誘われるままに家の中へ入り、彼の家族と久しぶりの対面となったのだった。

 

 

テオは両親と弟妹と5人で暮らすことになり、玄界(ミデン)暮らしの先輩として家族のフォローをしながらボーダーの仕事を続けている。

43歳の父親と37歳の母親はまだ就職先が決まっておらず、当面は玄界(ミデン)の暮らしに慣れるために他の近界民(ネイバー)たちと同様に三門市生活サポートセンターの主催する様々な教室 ── 日本の法律や習慣など暮らしていく上で必須な知識を勉強したり、就職のための技術指導などを受ける ── に通っているそうだ。

10歳の弟と7歳の妹はそれぞれ来年4月の新学期から学校に通えるように、読み書きなど基本的なことを学ぶフリースクールへと通っていて、すでにヒエムスやレプトの子供たちと友達になったという。

スマートシティに最も近い三門市立第二小学校と同第二中学校では近界民(ネイバー)の受け入れ態勢が整い、新年度から近界民(ネイバー)の子供たちは玄界(ミデン)の子供たちと一緒に勉強をするようになる予定だ。

 

テオが半年近くキオンにいた理由は本国の技術者(エンジニア)玄界(ミデン)で使用されている道具や機械の使い方だけでなく修理ができるように詳しい構造などをレクチャーするためであった。

テスタが土産として持ち帰った3輪自転車は近界民(ネイバー)たちに超人気で、自国で生産して普及させたいと武器(トリガー)の作製をほったらかしにして自転車の複製に挑戦をして、約1ヶ月後にはほぼ同等のものを作り上げてしまったそうだ。

使用者のトリオンをエネルギーとするアシスト自転車で、ハンドルを握るとそこからトリオンを吸収して動力に変えるものであり、玄界(ミデン)の電動アシスト自転車のように充電しなくても走るという点で優れているといえよう。

さっそくその技術を()()()し、トリオンアシスト自転車を玄界(ミデン)で広めようと画策している。

他にも上下水道や学校・病院・ゴミ処理施設などのインフラについてもレクチャーし、現在では首都・マーグヌスで出たゴミを燃やして発生した熱を利用した温浴施設を建設中だということだ。

テスタは国民の生活水準の向上を最優先としており国民の政府への支持率は90パーセントを超えているそうだから、日本国の政府は羨ましいかぎりであろう。

今後は同盟国への経済支援やインフラ設備の建設などの協力を公式に行うようになるだろうから、民間人の近界(ネイバーフッド)渡航もそう遠くない未来に現実となるはずだ。

そのためには近界(ネイバーフッド)の平和が保証されなければ安心して民間人を送り出すことはできないため、アフトクラトルを同盟に加入させてボーダー及び玄界(ミデン)に危害を加えようとする敵性近界民(ネイバー)を寄せ付けないようにしてからのこととなるだろう。

しかしアフトクラトルの同盟加入は決定事項で、あとは公式に調印を済ませてからタイミングを見計らって発表をするだけである。

 

 

◆◆◆

 

 

調査隊が帰還するまで拉致被害者市民救出計画が中断しているため、ツグミはこの機会にエウクラートンへ行くことを決めた。

キオンの衛星のような軌道を持つ国であるから、キオンが玄界(ミデン)に接近しているということはエウクラートンも同様に近付いているということである。

女王の体調は回復に向かっているという連絡は定期的に届いているために心配はいらないのだが、ツグミに会いたがっているという。

エウクラートンは同盟国であるためボーダーの公式な使者として御機嫌伺いに訪問するということですんなりと許可が下りたのだ。

そして迅や忍田たち家族や仲間と一緒に年末年始を過ごし、三が日が終わった1月4日にツグミと迅のふたりだけでエウクラートンへと出発した。

 

 

ツグミと迅はこれまでに何度も近界(ネイバーフッド)へ渡航しているのだが、ふたりきりでの旅は今回が初めてであった。

以前に迅はリヌスから艇の操縦方法を学んでおり、彼がいればツグミはどこへでも行くことができるためにこのようにふたりだけで渡航が可能となっている。

公式なものとはいえツグミが女王であり大叔母であるエレナに会うだけのことなのでボーダーの()()に直結するわけではないが、同盟国の元首のための訪問であれば城戸たち上層部はNOとは言えない。

したがって最小限のメンバーでの訪問となり、ツグミは艇の操縦ができないのだからと迅が同行することになった。

エウクラートンへの航路を設定して自動操縦に切り替えている間は迅も暇になるため、ふたりにとって誰にも邪魔されない時間を過ごすことができるということである。

艇の中で起きたことは誰にも知られることはないのだから、ツグミと迅のふたりの間に何が起きたとしても咎められることはないし知られることもない。

つまりR-18に該当する行為があったとしてもそれはふたりだけの秘密で、合意のもとであればなんら問題もないということになる。

しかし忍田にふたりの交際を認めてもらう際にツグミが20歳の誕生日まで忍田姓のままでいたいと言ったため、法的に婚姻できるのは2年後になる。

そしてそれまで性的交渉をしないと約束をしていたから、ふたりはまだ清い関係であった。

ただツグミはそれでいいと考えていても男である迅にとっては少々辛い状況にある。

チャンスさえあれば…などと考えており、いつそのチャンスが来ても大丈夫なように準備は常に万全だ。

今回もツグミには内緒だが私物の中に潜ませてあった。

 

(チャンスは航海中の往復8日間。ツグミ(あいつ)()()()になってくれりゃあ俺はいつでもOKだ。だが、忍田さんとの約束はあるし、あいつがその約束を破ろうだなんて考えもしないだろうからな…)

 

迅は操縦室でひとり悩んでいた。

その頃、ツグミも同様に悩んでいた。

 

(ジンさんとは時々ハグしたりキスするだけでわたしは十分だけど、たぶんジンさんは満足していないと思う。だってジンさんも心身共に健康な成人男性で、Hな本やDVDとか寮の自室に隠していて、遠征の時にもこっそり持ち込んでいることは知っている。別に不潔だなんて思わないけど、ジンさんがそういうものを使ってひとりで()()()()と思うと申し訳ない気持ちになっちゃう。真史叔父さんと約束したことだから絶対に守らなきゃって思うけど、それってわたしが自分自身に言い聞かせているだけだし黙っていればバレないこと。いっそのこと…って思うけど、やっぱり勇気が出ないな…)

 

お互いに顔を合わせている時にはそんな素振りは見せないが、居室で休憩している時などひとりきりになると悶々としてしまうのだった。

 

 

そしてふたりの間に何も起きることはなく、予定どおりにエウクラートンに到着した。

 

 

◆◆◆

 

 

突然の訪問であったが、エレナとリベラートはツグミたちを大歓迎してくれた。

エレナは医師に言われたとおりに治療と生活習慣の改善を行っていたため、自分の足で歩いてツグミたちを出迎えることができるくらい健康を取り戻している。

精神的な面でも別人かと思えるほど回復していて、この分ならまだしばらく女王としての役目を十分に果たしてくれることだろう。

 

「ツグミ、良く来てくれた」

 

エレナはそう言うとしっかりとした足取りでツグミに近付き、両腕を大きく広げて彼女を抱きしめた。

 

「エレナ大叔母さま、お元気そうでなによりです。ボーダーの仕事が忙しくてご無沙汰して申し訳ありません」

 

「いいのじゃ、ツグミ。こうして会いに来てくれたのだから詫びることなどない。さあ、長旅で疲れているのだ、まずはゆっくりと休むといい。そして疲れが癒えたら神殿の庭を散歩しよう。そなたが植えたサクラの木が花を咲かせておるぞ。まだ小さいが、そなたのように元気に育って花を咲かせたのじゃ」

 

エレナの言う「サクラの木」とは約1年前にツグミが城戸と忍田と一緒に訪問をした際に苗木を持ち込んでおり、神殿の庭に植えたものだ。

神殿で孤独に生きているエレナの慰めになるようにと植えたものなのだが、玄界(ミデン)の植物が近界(ネイバーフッド)でも育つのかの実験的な意味を持つもので、それが咲いているとなれば見たくなるし、どのように育ったのかを見て確認する義務もある。

 

玄界(ミデン)では桜が咲くまでまだ3ヶ月以上もかかりますから、ここで一足早く春を感じられるなんてすごく嬉しいです。…そうですね、少し休ませていただいて、お昼ご飯の時にご一緒させてください」

 

「そうか、それは楽しみじゃな」

 

嬉しそうなエレナの姿にツグミは来て良かったと心から思った。

続いてリベラートがツグミに近付いて来て言う。

 

「ツグミ、久しぶりだな」

 

「はい。リベラート殿下もご健勝でなによりです。あの、イレーネ妃殿下はいらっしゃらないようですけど…?」

 

リベラートの後妻となったイレーネの姿がないものだからツグミはそう訊いたのだ。

イレーネは地方領主の娘で王宮勤めをしていた19歳の女性である。

リベラートが子供のできなかった夫人を離縁して、再婚したのがイレーネだ。

だから皇太子妃としてリベラートと共にいるとツグミは考えていたのだが、その姿が見えないので気になったということだ。

 

「それについては後で話そう。さあ、ジンと一緒に昼食の時間まで休んでくれ。部屋は用意してある」

 

リベラート付きの使用人に案内され、ツグミと迅はそれぞれ迎賓館にある客間に通された。

そしてツグミは昼食の時間までぐっすりと眠ってトリオンの回復に努めたのだった。

 

 

 

 

神殿の庭の一角にツグミが持ち込んだ桜の木がある。

高さはまだ2メートルにもならない小さな枝ぶりだが、それでも春が来たことを告げるために精一杯花を咲かせていた。

エレナはその桜をツグミと同じように慈しみ、蕾がまだ固い頃から花が開くのを毎日見守って待っていたそうだ。

そして4日ほど前からわずかに花が開き始め、今ではすべての蕾が開いているというツグミのエウクラートン来訪を待ちかねていたかのようだとエレナは言う。

もちろんそれは偶然なのだが、冬が終わってようやく春が訪れたのと同じタイミングでツグミが来たのだからエレナの喜びは2倍にも3倍にもなったように周囲の目には映っていた。

厨房で作ってもらったサンドウィッチと紅茶、そしてイチゴのタルトという軽食での昼食をとりながら、エレナとツグミ、そして迅の3人は心地の良い午後のひと時を過ごしたのだった。

 

 

その後、ツグミはリベラートから呼び出しがあって彼の私室へと向かった。

そこにはリベラートと一緒にゆったりとしたドレスを着たイレーネがツグミを待っており、ツグミはイレーネの姿を見た瞬間に彼女が()()()()であることを察した。

もし彼女が無事に出産してそれが女児であれば女王後継者候補となるわけで、ツグミにとっては大歓迎な慶事でもある。

 

「イレーネ妃殿下、このたびはおめでとうございます」

 

ツグミが心を込めてお祝いの言葉を贈ると、イレーネは幸せそうに答えた。

 

「ありがとう、ツグミ。まさかこんなに早く殿下の御子を身ごもるとは思っていませんでした。だからまだ不安で、それで少し体調を崩してしまっていたのよ。お出迎えできなくてごめんなさいね」

 

「いいえ、お気になさらずに。それで何ヶ月なんですか?」

 

「お医者さまの見立てだと5ヶ月ですって」

 

「それでは安定期に入ってはいるようですね。丈夫で健康なお子さまがお生まれになるよう、どうか今はお身体をご自愛くださいませ」

 

「ありがとう」

 

イレーネはツグミよりひとつ歳上なだけなのだが、母親になるという覚悟のためか自分よりも大人びているとツグミは感じていた。

そして同時に不思議な気持ちにもなった。

 

(おじいさまの子供ということはわたしにとって叔父か叔母ってことになるのよね…。もし女の子で女王になれる資格の持ち主だったら、わたしが一旦女王を引き受けてからその子に女王の座を譲るということになるわけだし、なんだか変な気分ね)

 

イレーネが妊娠したということはリベラートと彼女の間に性交渉があったということなのだが、リベラートは63歳でイレーネは19歳という祖父と孫娘くらいの年齢の差がある。

それを考えると男性と女性の性差を改めて思い知らされることとなった。

 

 

そして夜にはツグミと迅の歓迎晩餐会が内輪で行われ、宴が終わるとツグミは迅を誘って夜の散歩に出かけることにした。

 

 

 

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