ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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533話

 

 

メノエイデスのフーガ外相が護衛のウェルスを伴って三門市へとやって来た。

首相であるマヌエルから城戸に宛てた親書を持って来たのだ。

親書の内容は同盟加入の件で、メノエイデス政府が正式に同盟加入を承認したことを告げるものである。

この国は玄界(ミデン)に常に近い軌道を持つ国で、片道2-4日もあれば行き来できる場所にあるため頻繁に交流を行っていた。

ツグミもマヌエルとは2度面会をし、日頃のお礼と同盟加入のメリット・デメリットについて詳しく説明をしている。

近界民(ネイバー)である彼にとってそれは意外なものであったらしい。

そもそも近界民(ネイバー)たちの間に国家間の「契約」は存在しないのだ。

あるのは強者が一方的に都合の良い内容を弱者に強制するもので、それが交易であっても強者側が価格を決めてそれが妥当なものではなくても弱者側に従わせることが通例である。

それなのにボーダー側からお互いにとって利益となる道を示し、同盟に加入することによって生じるメリットだけでなくデメリットまで説明することなど考えてもいなかった。

近界民(ネイバー)たちなら都合の悪いことは隠していて、後でそれが明らかになったとしても「そんなことは想定していなかった」などと取り合おうとはしない。

ボーダーがあらゆることを想定し、良いことばかりではなく悪いこともありうると正直に言うことは近界民(ネイバー)にとって()()なようで、マヌエルもボーダーとツグミのことを信用しても大丈夫だと判断したらしい。

もっとも同盟加入についてデメリットが存在してもそれ以上のメリットがあるのだから特に気にするほどのものでもないのだが。

そしてボーダー側からアフトクラトルも正式に加入することが決定したことを告げると、フーガは帰国後すぐにマヌエルが三門市を訪問して調印式を行いたいと言い出した。

どうやらメノエイデス政府はアフトクラトルよりも先に加入することにこだわっているらしい。

アフトクラトルより先に加入したからといって特にメリットはないのだが、メノエイデスとしては玄界(ミデン)との繋がりが強いのだと()()近界(ネイバーフッド)に知らしめたいようだ。

たしかに玄界(ミデン)とは最も近い国であり、ボーダーが遠征をする際には経由地としていて、メノエイデス政府はそれを黙認してくれていた。

過去に一度だけトラブルになったこともあったが、ツグミとウェルスのふたりの間に生まれた友情が双方の関係を良好なものに導き、今では近界(ネイバーフッド)側の玄関口となり遠征の際には経由地として隊員の休息や物資の補給、さらに近界(ネイバーフッド)の最新の情報の提供などに協力してくれるようになっている。

そうなるとメノエイデスの希望をのむのは当然で、さっそく調印式の準備を始めることになった。

 

メノエイデスという国は三門市民にとって友好的な国であることは広く知られている。

第一次侵攻で拉致された鳩原智史を救出して三門市に連れて帰ったのがウェルスであり、C級隊員救出のためのアフトクラトル遠征でも協力してくれたことになっているため、その国が同盟に加わることは三門市民にとって歓迎することはあっても反対することはありえない。

そこで今回の調印式は三門市民の立ち会いのもとで行うことになった。

前回のキオンとエウクラートンとの同盟締結調印式はいろいろな事情があったためにボーダー関係者のみで行い、公式発表もボーダーに都合の良いタイミングで行っている。

しかし今回のメノエイデスのケースでは三門市民に隠しだてする必要はない。

それにこれまで何人もの近界民(ネイバー)を受け入れていて、彼らが良き隣人(ネイバー)であることを証明している。

ならばここは玄界(ミデン)近界(ネイバーフッド)が共に手を取り合って平和な世界にしようとしているボーダーの活動の「成果」の一部を実際に見てもらうことは必要であり、トラブルが生じる()もないということで上層部メンバーも納得してくれた。

そして双方の事務的な手続きの関係などもあり、調印式は2月14日の日曜日に三門市民会館で行われることに決定し、三門市民700人に「証人」になってもらうために募集することにした。

ただし希望者が定員を超えることは容易に想像できるため、市内の小学生から高校生までの枠を200人、一般枠を500人と別枠で募集をして抽選ということにする。

児童・生徒を別枠扱いするのは彼らが将来近界民(ネイバー)と交流をする()()()となる人材であるからだ。

中には第一次近界民(ネイバー)侵攻で家族や友人を失った子供もいるだろうが、観覧したくて応募するのだから少なくとも近界民(ネイバー)に憎しみや恨みの感情を抱いてはいない。

ならば彼らにはこの同盟締結を自分たちが大人になった時にもうあのような悲劇を繰り返さないための「礎」とすべきだと考えてもらいたい…と城戸が感慨深く言ったことで幹部全員の賛成で決まったのだった。

 

旧ボーダー時代の悲劇が未だに城戸を苦しめているのは明らかで、自分のような敗残者こそ身を砕き、二度と若者が犠牲になることはあってはならないと彼は心に決めている。

だからこそ新体制となったボーダーでは「近界民(ネイバー)は殲滅すべし」という強硬な姿勢で強い防衛隊員を鍛え上げ、アフトクラトルによる大規模侵攻を最小限の被害に留めた。

旧ボーダーのメンバーと袂を分かったと思える彼の行動には自分の後悔の念が強く根付いていて、そうせざるをえなかったというのが真相であろうとツグミは想像している。

顔の大きな傷跡のせいだけでなく寡黙な様子の城戸からは、過去に彼が饒舌で仲間たちとの語らいが好きであったことなど想像もできない。

しかし時折ツグミの前ではその片鱗を見せることがある。

それは彼女にだけ心を許しているというよりも、彼女にはお見通しで今さら憎まれ役を演じていても意味はないと考えているからにちがいない。

城戸にもその素顔を見せる心の安寧があっても許されるはず。

なにしろ己の姿を偽ってでも次代に「負債」を残すわけにはいかないとひとりで戦っているのだから。

ツグミがボーダーを「近界(ネイバーフッド)玄界(ミデン)の友好の架け橋になる組織」として完成させようとしているのは父親の遺志を継ぐためだけではない。

志半ばにして散っていった最上たちのためだけでもなく、後悔の念を胸に抱きながら今を生きる城戸や忍田たちの魂を救うため…などと大それたことは言わないが、それで救われるものがひとつでもあれば報われる。

ただこれがツグミにとって「自分が『そうするべき』と思ったこと」であり、それを実現するために力を蓄えてきたのだ。

そういう事情もあるため、城戸の意見に真っ先に賛成したのがツグミであった。

そして調印式の現場責任者に名乗り出て、ラグナ遠征の準備と並行してますます忙しい日々を過ごすことになる。

 

 

◆◆◆

 

 

三門市民会館の大ホールの手配、観覧希望者の募集と抽選及び当選者への入場整理券の配布、メノエイデスからの来賓はマヌエル首相とフーガ外相と護衛のウェルスの3人で彼らの宿泊場所の予約などやるべきことは多い。

広報関係はメディア対策室に丸投げしてあるので問題はないが、他のことは全部総合外交政策局の仕事だ。

今までのツグミであれば全部自分でやろうと躍起になっただろうが、今では頼れる仲間たちが大勢いて彼らに頼ることを覚えたので上手い具合に仕事は回っている。

ゼノンとリヌスとテオの3人にはラグナ遠征を担当してもらい、ツグミと迅と修たち玉狛チームの6人で調印式の準備を進めることに決めた。

局長のツグミが適切な指示をすれば局員たちは直ちに動いてくれる。

ツグミは一度倒れて周囲に心配と迷惑をかけたことを反省しているため無茶はせず、以前のように城戸や忍田がツグミの健康や睡眠時間を心配することもなくなった。

 

 

観覧希望の応募者は小・中・高生枠が372人、一般枠が1326人と予想以上に多かった。

つまりそれだけ関心があるということで、本当なら希望者全員に立ち会ってもらいたいのだが座席数に限りがあるためやむをえないのだ。

外れてしまった人には三門ケーブルテレビで生中継をすることになっているのでそちらで我慢をしてもらうしかない。

当初生中継では何か不測の事態が起きた時に対処しきれないと根付から警告されたが、歴史が動く瞬間を包み隠さず見てもらいたいということで強行することになった。

今のツグミにはそれができるだけの「力」があるのだ。

彼女がひとつの仕事を成し遂げる度に周囲の評価がアップし、総合外交政策局長という幹部に取り立てられたのもその結果が目覚しいからである。

ただの防衛隊員のままであれば彼女の言葉も上層部に認められるどころか届くこともなかっただろう。

自分のやりたいことをやるためには「力」が必要で、その力がないにも関わらず修がアフトクラトル遠征に参加しようとしたからこそ彼女は周囲の誰よりも厳しく接した。

結局のところ修の可能性に賭けて実動部隊ではないが遠征艇の防衛という役目を課して遠征に参加させたのだった。

そのために彼女は香澄に頭を下げて修の遠征参加の承諾を得たが、それも普段から香澄の信頼を得ていたためである。

日頃の行い、周囲の信頼、自分の今の()できることを精一杯やる…といったものの積み重ねが重要であると修もようやくわかり、武器(トリガー)を使わない戦いに身を置いている。

 

その修は総合外交政策局室でツグミと一緒に調印式の最終チェックを行っていた。

外部からの電話に出た修が焦りながら言う。

 

「霧科先輩、昼食用の弁当の配達が予定よりもかなり遅れることになりそうだと弁当屋から連絡が来ました」

 

「遅れるですって? 理由を聞いてちょうだい」

 

「はい。…理由は………あ、それは大変ですね、ちょっと待ってください」

 

修がツグミに伝える。

 

「パートの従業員が大勢インフルエンザで休んでしまい、明後日の当日までに回復できそうにないということです」

 

するとツグミも重大事ということで自分の仕事の手を止めずに指示をする。

 

「このままだと弁当の到着が何時になってしまうのか、また足りなくなった人数を訊いてちょうだい」

 

「はい」

 

修が弁当業者に詳しい話を聞くと、それを正しくツグミに伝えた。

 

「わかりました。一旦電話を切ってこちらからすぐに連絡を入れると伝えてちょうだい」

 

そこで電話を切ると、ツグミは突然のトラブル解決に時間を割くことになった。

 

「まいったわね…。でも仕方がないわ。先週から市内でもインフルエンザが流行っているってことで休校になっている学校もあるくらいだもの」

 

「はい、ぼくの行っている第一高校も昨日から今週いっぱい休校になりました。…で、どうします?」

 

修がツグミに判断を仰ぐと、ツグミは逆に修に訊いた。

 

「お弁当の数は来賓とボーダー幹部用の黒毛和牛のビーフシチュー弁当で数は予備を含めて48個、来賓の接待、観客の誘導と会場周辺の交通整理要員及び報道関係等スタッフ96人の分はから揚げ&ハンバーグ海苔弁当でこっちも予備を含めて110個。当初の予定では一一三〇時までに市民会館裏口まで配達してもらい、幹部たちは一二〇〇時に全員で揃って食事。警備要員の方は交代で食べてもらうことになっている。来賓客は個別に対応。調印式は一四〇〇時からなので一三〇〇時には開場して観客を入れるからそれまでには少なくともスタッフの半数は食事を終えて来賓と観客の対応をしてもらわなきゃならないわね」

 

「……」

 

「業者さんの話だと調理と箱詰めを行うパートさんが8人病欠ということ。これだけ足りないと早朝からの作業を深夜から始めないと間に合わない。だけどそれだと出勤できる人が限られてしまうので、結局納品できるのがどんなに早くても一二〇〇時以降になってしまう。だとするとこちらの手順が滅茶苦茶になってしまうわね。…さて、ここで問題です。あなたならこの問題をどう解決しますか?」

 

「ええっ!?」

 

ツグミが解決策を求めたものだから、修は驚いてしまう。

 

「手が足りないので作業が間に合わないというのであれば、今から急いで別の弁当業者を探して ──」

 

「ストーップ。業者さんは食材の手配を済ませていて納品を待つだけになっているのよ。ボーダー側からキャンセルをするとなればこちらがキャンセル料を払わなければいけないけど、そんなことはわたしが許可しません。食材だって無駄になってしまうでしょ? それに別の業者を探して頼むとなると今からじゃ間に合わないわよ。数が数だから」

 

「…ですよね」

 

悩む修にツグミが言う。

 

「あなたはこのトラブルの原因を口にしたのに、どうして気付かないかな?」

 

「原因? …それは人手が足りない…って、あっ!」

 

何か名案が思い付いたらしく、修の表情が変わった。

 

「それなら臨時で働いてもらえる人を探して手伝ってもらうというのはどうでしょう?」

 

「正解。だとするとどこに手配をするの? 人材派遣会社でもいいけど、それよりも手っ取り早く人員を確保できる手段に心当たりがあるわ。こっちはわたしに任せなさい。8人が欠勤ということだから素人さんでも12-3人もいれば大丈夫かな…」

 

そう言いながらツグミはとある番号をダイヤルする。

 

「…あ、こんにちは、ボーダーの霧科です。実は…」

 

ツグミは誰かに電話をかけてトラブルの内容と事情を話していて、その様子を修は黙って見守っていた。

 

「…ということですのでお願いできる人を集めてもらえますか? …はい、緊急ですので今そこにいる方に声をかけてもらえると助かります。そう難しい作業ではありませんので誰にでもできると思います。条件は午前6時から11時までの5時間で時給1100円でどうでしょう? ()はこちらで用意しますから心配はいりません。…ええ、お返事を待っています」

 

受話器を置くツグミの表情には「手応えあり」といった様子が見受けられる。

修はツグミに訊いた。

 

「どこに電話をしていたんですか?」

 

「サポートセンターの女性支援担当の人よ。近界(ネイバーフッド)から帰還した拉致被害者の女性を対象とした就職支援のための訓練や講座を行っていて、ちょうどこの時間は就職活動に向けた面接対策とかパソコン講習なんかをやっているから大勢集まっていると思ってね。単発のアルバイトだからやってくれる人もいるだろうと考えて声をかけてほしいと頼んだのよ」

 

ヒエムスとレプトから帰国した拉致被害者市民は6年以上も三門市を離れていたことでその「欠落した時間」を補うことで元の生活に戻ってもらう必要がある。

そこで復学の希望がある者はボーダーの提携校へと編入して勉強をしていて、就職を希望する者は行政主体のサポートセンターで就職斡旋や就職に役立つセミナーを開いて参加してもらっている。

女性の場合は子育てをしながら働くという点で男性よりも大変で、在宅ワークを含めてできる限り彼女たちの希望に沿うことができるよう支援をしているのだ。

ツグミはその講習会に出席している女性に臨時で働いてもらおうと考えて、担当者に電話をしたのだった。

 

10分後、ツグミの携帯電話に着信があり、修にはその詳しい内容はわからないもののツグミの表情で「上手くいった」ということはすぐに理解できた。

 

「オサムくん、こっちはOKよ。あとはわたしがやっておくから、あなたは観客の誘導と会場周辺の交通整理要員の隊員たちに一斉メールで連絡を入れておいて。内容は自身の健康管理についてで、少しでも体調が悪いならすぐに連絡をくれるように言ってちょうだい。交代させるにも当日だと間に合わないこともありうるから、ヤバイと思ったら無理をしないように、って。非番の隊員で足りなければC級にも声をかけるから」

 

「わかりました」

 

修はツグミに指示されたとおりの内容でメールを作成し、該当する隊員の携帯に一斉メールを送る。

その間にツグミは弁当業者に連絡を入れて人員の確保ができたことを報告し、当日は予定どおりに納品を完了させることを確約させたのだった。

 

騒ぎが収まると、修が感心した口ぶりで言った。

 

「すごいですね…。トラブルの電話があって30分もしないうちに全部解決させてしまうなんて、ぼくひとりだったら焦って何もできずにいたと思います」

 

「まあ、いきなり弁当が届かないなんて言われたら自分ではどうしようもないから焦るわよね。だけどトラブルの原因とその解決策がわかっていたんだから、冷静になればそう難しいことじゃない。初めは別の業者を頼むなんて言い出したけど、そっちの方が難しい。明後日のお昼までに納品する弁当だもの、あと40時間もないわけで今から160個近い弁当の注文をしたところで食材の手配ができないわ。人手が足りないならそこを補充すればいいだけ。調理は無理でも指示されたとおりに箱詰めするのなら素人でもある程度はできるし、おかずやご飯の量に多少差が出ても注文したこっちが文句を言わないってことで解決する。緊急事態だからね、それくらいは大目に見なきゃ。それにそう難しくない作業で5時間働いて5500円は女性たちにとって臨時収入としてまあ納得できる金額だわ。最低賃金に少し上乗せした時給だから不満はないはず。おかげですぐに集まったでしょ?」

 

ツグミは微笑みながら大したことはないといった感じで言う。

それに対して修はますます感心してしまった。

 

(たしかにゆっくりと順序建てて考えて動けば誰にでもできることだ。だけどこの短時間で手際良くやってしまうところが先輩らしい。人手の確保だってぼくは人材派遣会社に頼めばいいと考えたけど、それだと時間はかかるし手続きとかも面倒くさい。だけど拉致被害者でまだ就職先が決まっていない人が大勢いて、その人たちなら直接声をかけることができるから来てもらえる人を探すのは簡単だし金額も妥当なところだ。たぶん本当なら時給はもっと安いはず。でも業者の側に原因があって契約不履行になりそうな時にこっちが手助けしているんだから、多少上乗せした金額で支払ったとしても全体から見れば損はしていない。両者にとってこれが最善の策であったことは間違いない。やっぱすごいな先輩は…)

 

総合外交政策局の仕事は修の抱いていたボーダーの役目のイメージとはまったく違うものである。

これが武器(トリガー)を使わない戦いのひとつであり、この戦いに()()することで三門市民にとって大きな利益が得られる状況を作り出すのだと理解でき、自分に合っている()()だと修は実感したのだった。

 

 

 

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