ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

554 / 721
535話

 

 

調印式は無事に終了し、関係者は市内のホテルのバンケットで祝賀パーティーを開いていた。

キオン・エウクラートンとの同盟締結調印式は事情によって昨年の1月に行われたものを6月だと偽って公式に報告している。

そのために祝賀パーティーもボーダー関係者の内輪だけのデリバリー料理の立食で、ボーダー本部基地の講堂でささやかに行われた。

しかし今回は大勢の人間の前で調印式は行われ、スポンサーや三門市長を始めとしたお偉方も招待した大規模なものであったからパーティー自体もそれなりの形式を伴ったものにしなければならない。

そういった意味で避けては通れない()としてツグミは総合外交政策局長という立場で出席していた。

このパーティーの主役はメノエイデスの3人だが、彼らとボーダーを結びつけた一番の功労者が彼女であることは間違いないので城戸よりも注目されていて、来賓客たちは入れ代わり立ち代わり彼女から話を聞こうとするのでひと息つく暇さえない。

それでも彼女がまだ18歳なので酒を勧められないだけマシなのだが、3日前からほとんど休む暇もなく業務に専念していてさすがの彼女でも少々お疲れ気味である。

まだ明日に控えているマヌエルたちの市内訪問というイベントにも付き添わなければならないので、彼らが帰国する夕方までは気が抜けない。

 

一方、同じ総合外交政策局でも平局員である修は会場の隅でパーティーの様子を眺めていた。

修と遊真と千佳は一防衛隊員として入隊しているので近界民(ネイバー)と戦うことが役目であったが、総合外交政策局員となってからは執務室で書類を作成したり関係部署への連絡などツグミの仕事の補佐をしている。

そういった()()な仕事の積み重ねがあると思えばこのような華やかなパーティーに出席することも仕事のひとつであるため、これまでボーダーという組織の一面しか知らなかった彼らには驚きの連続であった。

嵐山隊が防衛隊員でありながら広報の仕事をしていることは知っていたが、実際にどちらも両立させている彼らのことを修は改めて尊敬してしまう。

特に彼はこれから自分がこの仕事を続けていくのだと決めているから人一倍真剣に考えを巡らしていた。

 

(霧科先輩はこの仕事の方がぼくには合っていると言って特別に近界(ネイバーフッド)に同行させて勉強する機会を作ってくれている。ぼく自身も武器(トリガー)を使って戦うよりもこっちの方が合っていると思う。だけど今は先輩の指示どおりに動いているだけ。そのうちに自分の判断で行動しなければならない時が来るはずだ。もちろん自分勝手にやるのではなく城戸司令や他の幹部の人たちと足並みを揃えて上手くやっていかなければならない。だけどこれまでのぼくは自分が『そうするべき』と思ったことから逃げたくはないと無茶なことばかりしていた。自分が正しいと思えばルールを無視したことも何度かあって、その度に叱られていた。霧科先輩はやりたいことがあるなら()を持ってからやるように何度もぼくを叱責したけど、たしかにそのとおりだ。先輩が枠を外れた行動をしても許されるのはそれだけの()を持っていて、それで相手に認めてもらえるだけの結果を出しているから。単に()だけ持っていてもそれを振りかざすだけとか結果を出せずにいればすぐにその()は取り上げられてしまう。そうならないためにも()を持つ者はそれに応じた責任や義務を負う覚悟が必要だ。ぼくはこのままボーダーで働くつもりでいるんだから先輩みたいにならなきゃ)

 

修は()()()()()ボーダーに入隊したものの、自分のしたいことが見付かってこのままボーダーの職員として腰を据えるつもりになったようだ。

しかし具体的に何をすればいいのかなどわかるはずもなく、今はただツグミのそばで彼女のやることを見て学ぶことが必要だと感じたらしい。

ツグミも教えるというよりは見て覚えさせること、そして自分で考えさせることに重点をおいていて、その方が彼の成長を促すと理解していた。

だから自分の行動の際には常に同行させているのである。

このパーティーでも総合外交政策局長であるツグミの出席は必須で局員たちは特に出席の必要はなかったのだが、こうした()()()()()を覗く機会は滅多にないのでツグミは修たちを誘った。

()()というのは遊真と千佳と麟児がいれば安心するだろうし、慣れない仕事を手伝ってもらった慰安の意味もあって4人全員に出席してもらったのだった。

遊真や千佳はそれなりに楽しんでいるようだが、修は真面目に仕事の一貫だと考えているからそれどころではないらしい。

 

 

「修、そんなところで突っ立ってないでおまえも料理を楽しんだらどうだ?」

 

修に声をかけたのは麟児である。

彼は料理を載せた皿をふたつ両手に持っていて、そのうちのひとつを修に渡した。

 

「ありがとうございます、麟児さん。なんだかこんなパーティーに出席したことがないんでちょっと気後れしちゃって…。それに霧科先輩がぼくたちをここに連れて来たのは総合外交政策局の仕事にはこういうものもあるんだって教えたいからだと思うんです。だから学ぶべきものは学ばないと ──」

 

「たしかにそんな意味もあるだろうが、それだけじゃないはずだ。彼女がおまえの立場だったならきっとパーティーを楽しみながらも勉強するんじゃないかな。そういうのが得意そうだから」

 

「…そうですね。霧科先輩ならそうするでしょう。ぼくたちには想像もできないことを思い付いて実行しちゃう人ですから」

 

「それに『腹が減っては戦はできぬ』だ。玉狛支部に戻れば夕飯の残りはあるだろうが、せっかく一流ホテルの料理が食べられるんだ、遊真や千佳みたいにおまえも楽しめ。ほら、このシーフードグラタンなんてこのホテルの名物なんだぞ」

 

そう言って麟児は自分の皿のグラタンを口に入れた。

 

「麟児さんって近界民(ネイバー)なのにこちら側の世界のことに詳しいですよね。『腹が減っては戦はできぬ』なんて言葉、良く知っていましたね?」

 

「馬鹿にするなよ。俺はエクトスの諜報員だったんだ。標的(ターゲット)の国のことを詳しく知るのは当然のこと。その街に溶け込んで情報収集するんだから、現地の人間から怪しまれてはおしまいだ。俺はおまえに中学の勉強を問題なく教えることができたんだぞ。それにおまえよりもずっと三門市のことは詳しく知っている。たぶんキオンの連中も同じだ。あいつらもかなりの腕利き諜報員だってことはその雰囲気でわかる」

 

「さすがですね。それがプロフェッショナルか…。霧科先輩もいろんなことを知っていて、必要な時にさっとその知識と経験を役立てることができる。麟児さんたちと同じですね。ぼくも頑張っていろんなことを知ろうと思います。まずはこの料理から…」

 

修はそう言うと麟児と同じくグラタンを口に入れた。

 

「美味しい! 母さんの作る料理も美味しいけど、やっぱりプロの料理人の味は違いますね。…たぶんこれはホワイトソースに秘密があるんじゃないかと思います」

 

修がそう言うと麟児がニコリと笑って言う。

 

「ひとつためになることを教えてやろう。この料理のベースとなるソースはベシャメルソースといって小麦粉とバターを加熱して混ぜたルーに牛乳を少量ずつ加えながら溶いて煮詰め、塩・胡椒などで調味したものでフランス料理の基本的なソースのひとつだ。ホワイトソースとはベシャメルソースを含む白色のソースの総称のことを言う。日本においてはホワイトソースとベシャメルソースが同義語として使われることが多いが、ここの料理長はフランスで修行したそうだからベシャメルソースを使っていると言うだろうな。ま、ホワイトソースでも間違ってはいないが、知っておいて損はない」

 

「へえ…ベシャメルソースって言葉さえ知りませんでした。なんかホワイトソースって言うよりも高級な感じがします」

 

「それに誰かとの会話の時に『このホテルのグラタンに使われているベシャメルソースは…』なんて言えば、相手は『おおっ、この少年は物知りだな』って思ってくれるだろう。ちょっとした知識を持っているかどうかで印象も変わってくる。ツグミはそういうところが得意で、初対面の人間であっても上手く会話ができて相手を()()()()()しまう。彼女と話していると楽しいと思う人間が多いのは、相手に合わせて適切な話題で会話ができるからなんだ。特にオジサン連中に受けがいいのはそのせいだろうな」

 

「それに敵だった近界民(ネイバー)に対しても許すのではなく相手の事情を理解して受け入れることができるんです。キオンの人たちなんて先輩を拉致して(ブラック)トリガーを要求したくらいなんですから、ぼくだったら絶対に許せないです。だけど先輩は彼らの話を聞いてどうしたら誰も傷つかずに済むかを考え、危険を承知でキオン本国まで行きました。その命懸けの行動がキオンという近界(ネイバーフッド)に大きな影響を与える国を味方につけることになり、キオンが同盟国になったという事実は今後の拉致被害者市民救出計画が進めやすくなっています。たぶん先輩はこうなることを見越していたわけじゃなく、ただ目の前にいる友人を助けたかっただけで、先輩の行動力や相手を理解しようとする姿勢、そして優しい気持ちが相手を動かす。その結果が次へのステップになる。先輩は旧ボーダー時代に大勢の仲間を失い、第一次侵攻では多くの市民に犠牲が及んだわけですから近界民(ネイバー)を許せないという気持ちはあると思います。アフトのハイレインなんて絶対に許してはいけない相手ですが、許しはしなくても受け入れることはできるのだと行動で示しています」

 

「……」

 

「ぼくがアフトへ行った時、ハイレインは大規模侵攻の件でぼくに謝罪をしようとしました。国王である彼がぼくに対して頭を下げようとしたんです。それは霧科先輩の気持ちや行動がハイレインを変えたからだと思います。でもその時に先輩は公式の場ではなくプライベートな場でできるよう配慮をしてくれました。公式の場であれば国王の謝罪ということになりアフトという国が公式に玄界(ミデン)の一個人に対して謝罪したということになります。でもプライベートな場であればハイレイン・ベルティストンという個人がぼくという個人に対してのものとなって国の体面を傷つけることはありません。そういう細かな心配りも先輩が好かれる理由のひとつなんだと思いました。ですが大規模侵攻で与えた被害は大きなものですし職員が6人犠牲になっています。そのことを先輩は許してはいません。いくら謝罪したところで元に戻すことはできないんですから。許すということはきれいさっぱり水に流すというイメージですが、被害を受けた方にとってはなかったことにできるほど軽いものではありません。でも前に進むためには相手の謝罪する気持ちを受け入れ、二度とこのような悲劇を起こさないためにはどうするかを考えて共に歩むしかないと考えたんでしょう。もし怒りに任せてアフトを敵国としていつまでも憎むのであれば第二次三次という大侵攻が起きる可能性がありましたがその心配はなくなりました。正式な同盟締結はもう少し先になりますが、アフトは二度とぼくたちの敵にはならないって確約を得たんですから。『許さない』と『憎む』は別物で、許せなくても相手を認めることはできるんだと先輩は言っていました。そして謝罪とは受け入れた側の気持ちではなく、受け入れることによって謝罪した側の気持ちを安らかにするものだとも。たしかにぼくはハイレインの謝罪によって何ひとつ変わっていません。でもあの人の気持ちは救われたことでしょう。ただぼくにも変わったところはあります。人は変わろうと思えば変わることができるってことを知りました。絶対に許せないと思っていたハイレインのことを許すことはできませんが共に同じ道を歩むことはできる。相容れない2本の道だと思っていたものが重なることもあると認めるようになったのは自分が変わったからです。ぼくはもう以前の独りよがりで無力な子供のままではいたくない。だから学び、経験を積んで()を手に入れ、その()を正しく使いたいと思うんです」

 

修の決意表明と思える言葉に麟児は驚き、そして同時に嬉しくなった。

自分の()()のせいで雨取家の家族共々巻き込んでしまった罪の意識をずっと抱いていた麟児だったが、そのせいで修は傷つきながらも成長していった。

家庭教師と教え子という関係でしかなかったのだが、修の真面目で面倒見のいい性格を見込んで…いや、利用して麟児は目的を果たした。

内向的で他人を信じることのできない千佳が唯一心を開いていたのが修であったことで、麟児は自分の不在の間()()()()()()()()千佳の支えになってもらいたいと考えていた。

ところが修が「千佳を守らなければ」と思い込み、ボーダーに入隊することを決めたのだがトリオン能力が基準を満たしていない彼は試験で不合格になった。

ここでオペレーターや技術者(エンジニア)といった非戦闘員になることを勧められても納得しなかったのは、自分の手で千佳を守らなければいけないという自分自身に課した義務であったわけだ。

修を精神的に追い込んでしまったと知った麟児は深く後悔したが、結果として最後に会った時と比べてたくましくなっていて、なによりも千佳を守ってくれたことが嬉しかった。

家族でも友人でもなく単に利用しただけだった修のことを今ではかけがえのない仲間として認識している麟児。

だからその成長がとても嬉しいのだ。

 

「おまえの覚悟は良くわかった。俺にはおまえを導くなんて大層なことはできないが、見本となる人間がいるのだからおまえはそれを見習って多くを学ぶといい。しかしそれがひとつの正解かもしれないが、他にも正解はあると俺は思う。だからひとつのことに囚われずにいろいろなものに目を向けろ。そしてボーダーの仕事に限らず何かを成すためには焦ってはいけないということだ。俺がエクトスから玄界(ミデン)に派遣された時、時間をかけてこの三門市に馴染むよう努力した。それには数年を要したが、そのおかげで任務は成功した。もっともそのせいで多くの市民に犠牲を出し、街を破壊してしまったわけだがな。だから焦らずにゆっくりと進め。それともうひとつ。おまえの修という名前に込められた意味を考えろ」

 

「ぼくの名前に込められた意味…」

 

「そうだ。『修』という字には『正しくする、学ぶ』という意味があるそうだ。たとえば『修理』とか『修正』といった『修』という字を含む熟語は知っているだろ? それには『問題点を改善して良い状態にする』という意味があり、きっと親御さんは『失敗しても改善ができ、その失敗を活かして高みを目指すことができる子』になってほしいと名付けたんじゃないかと思う」

 

麟児が難しい話をするものだから修は目を丸くして驚いてしまった。

 

「麟児さんってすごいですね。漢字の持つ意味についても良く知っていて驚きました。ぼくなんて全然知りませんでしたから」

 

すると麟児は困ったような顔で言った。

 

「ハハハ…これはツグミの受け売りだよ」

 

「霧科先輩の?」

 

「そうだ。前に話をしていた時におまえのことが話題になって、修という名前がおまえに似合っていると彼女は言っていた。『名は体を表す』という言葉もあるらしいな。ならばおまえは親御さんの期待に応えられる人間になれ。おまえは自分の判断と行動で進むべき道を決めた。その道は平坦なものではないが、道標となるものは確実に存在する。時にはうっかりその道を踏み外すことがあるかもしれないが、道標を見失わなければ大丈夫だ。なにしろおまえにはたくさんの仲間がいて、期待してくれている人がいる。彼女を裏切るような行為をしなければ必ずおまえを見捨てずにいてくれるだろう」

 

「はい!」

 

「いい返事だ。じゃあ、もっと料理を楽しもう。彼女がおまえをここに呼んだのは勉強させるためもあり、これまで頑張ってくれたおまえに対する慰安の気持ちもあるんだと思う。だから遠慮せずにたくさん食べろ。そうすれば彼女も満足するだろう」

 

「わかりました」

 

修と麟児は皿の料理を全部食べてしまうと、新しい料理を取るためにバンケットの中央へと一緒に歩いて行った。

 

 

 

 

修と麟児の間にそんな会話があったことなど知らないツグミは入れ替わり立ち代り彼女と話をしようとする来賓客の相手をしていた。

それも仕事と言えば仕事であって仕方がないことなのだが、美味しい料理を前にしても手を出せず、ただ行政のお偉方やスポンサーのオジサンたちに愛想笑いをしながら彼らの話題に合わせて会話を盛り上げていくのは18歳の少女には酷だ。

それでも彼女だからできることで、お腹の虫の鳴く音を聞かれないように上手く誤魔化しながら2時間のパーティーをジュースだけでやり過ごしたのだった。

しかしこうなることは想定内で、自分の分だけでなく城戸や忍田たちの分の「折り詰め」をホテルスタッフに依頼しておいた。

客に出した料理を少しずつテイクアウト用の容器に入れておいてもらい、持ち帰って家で温めて食べられるようにというもの。

名物のシーフードグラタンも当然持ち帰ることができるように小分けされていて、それがあるからこそツグミは空腹に耐えることができたのだ。

 

来賓客が帰ってしまうとバンケットにはボーダー関係者だけとなった。

ホテルのスタッフが折り詰めを運んで来てくれて、それを城戸や忍田たちにひとつずつ手渡していく。

玉狛メンバーの分はツグミが渡そうとして手持ち無沙汰で部屋の隅に立っている修たちに声をかけた。

 

「みなさん、渡すものがあるからこっちへ来てくださ~い」

 

ツグミに呼ばれた修と遊真と千佳と麟児は彼女のいる場所へと歩いて行く。

 

「みなさん、パーティーを楽しんでもらえましたか? まあ、慣れない場所で緊張もしていたかと思います。それで十分に料理を楽しめなかった時のためにお持ち帰り用の料理を用意しておきました。持って帰って玉狛で食べてください」

 

ツグミはそう言ってひとりひとりに折り詰めを手渡した。

 

「先輩、ぼくたちは十分に料理を堪能しましたから別にこれは…」

 

遠慮がちに言う修にツグミは言う。

 

「それじゃあレイジさんたちへのお土産にすればいいわ。このホテルのシーフードグラタンは絶品よ」

 

「ええ、知っています。料理長がフランスで修行した人で、ベシャメルソースに特に手をかけているそうですね」

 

するとツグミは驚いた。

 

「オサムくん、料理に詳しいのね。ベシャメルソースなんて言葉、普通はあまり使わないのに。だいたいの人はホワイトソースって言うわよ」

 

遊真と千佳も修を尊敬の眼差しで見ながら言った。

 

「オサムは物知りだな。おれは食って美味いとは思ったが、それがどんなものを使っているかなんて考えたこともない」

 

「わたしも感心しちゃいました。修くんは前にもここの料理を食べたことがあるの?」

 

「えっと…」

 

修は正直に言おうかどうか少し迷い、隠しておきたくないと告白することにした。

 

「実は麟児さんから教えてもらっただけなんだ」

 

そう言ってツグミたちの反応を見る。

修はがっかりされると想像していたのだが、ツグミの意外な言葉に驚いた。

 

「そっか、麟児さんに教えてもらったのね。麟児さんって意外なところで凄腕諜報員だったってことを思い出させるわ。ちょっと調べれば簡単に知ることができるものであっても、普段の生活で関わってこないことは誰もすすんで知ろうともしないから無知のままってことは多い。別に料理のソースの名前なんて知らなくてもいいことだけど、知っているとちょっとだけすごいなって感じる知識だわ。無駄と思えるような知識でもどれだけ持っているかで人としての幅と奥行が違ってくるとわたしは考えているの。そういう点でオサムくんは良い先生がいて恵まれている環境にあるってこと。そばにいる時間が長いんだから、いろいろ教わるといいわ」

 

ツグミは修にがっかりするのではなく麟児のことを褒め、さらに彼から学ぶよう勧めた。

ついさっき麟児がツグミから学ぶようにと言われたばかりで、修はツグミと麟児に似たものを感じた。

 

(このふたりは似ているんだ…。どちらも教師として人に教養や知識を与えるという立場の人間じゃないけど、ぼくみたいな未熟な人間を導いてくれる存在。そして互いに相手をリスペクトしていて、ぼくもこのふたりから学びたいことがたくさんある。先輩のいうとおりぼくは恵まれた環境にあるんだ。だったらそれを最大限活かさなきゃもったいないぞ)

 

修がそんなことを考えているうちにツグミは話を進めていた。

 

「では明日の確認をします。明日はメノエイデスの方々と一緒に市内視察と買い物タイムになります。お客様の発つ時間は一七〇〇時を予定しています。スケジュールは以前の渡したものに変更はありません。オサムくん、あなたにはもう1日だけ頑張ってもらいますから、どうぞよろしく。玉狛支部には〇八〇〇時にジンさんが迎えに行ってくれるそうなんで、それまでに準備をして待っていてください」

 

「はい、わかりました。それで先輩は?」

 

「わたしとジンさんはこれから七尾のホテルに同行してお客様のお世話をすることになっています。昨夜は城戸司令と忍田本部長にお願いしてしまったので、今夜くらいはわたしがしなきゃいけないもの。それじゃあ、今日はこれで解散。お疲れさまでした」

 

ツグミと迅はメノエイデスの3人をホテルまで送り届けてそのまま宿泊することになっている。

ホテル側には客が近界民(ネイバー)であることを知らせてあり、他の客とのトラブルが生じないよう()()をするためにボーダー側の人間が付き添う契約なのだ。

前夜は城戸と忍田と迅の3人であったが、調印式が終わったので今夜はツグミが交代してその役目を果たすのである。

まあ、何事もなければ高級リゾートホテルに宿泊して温泉に入ることができる()()()()仕事なので断る理由はない。

 

こうしてボーダー側の人間も解散し、それぞれ帰って行った。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。