ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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536話

 

 

今やVIP近界民(ネイバー)の定宿となっている「RESORT HOTEL NANAO」。

ツグミたちがホテルに到着したのは午後8時過ぎで、メノエイデスの3人を部屋まで送り届けたところでひとまず彼女の仕事は終わった。

特別に何か用事がある時にはすぐに駆けつけることになっているが、食事を終えた彼らにとってやることは入浴して眠るだけなのでよほどのことがない限りツグミの仕事は明日の朝までお休みとなる。

そんな彼女はこれから夕食の時間で、自分の部屋で折り詰めにしてもらった料理を食べようとしているとドアをノックする音がした。

 

「ツグミ、メシを食うなら一緒にどうだ?」

 

声の主は迅で、異論はないのでツグミはすぐにドアを開けて彼を部屋の中に招いた。

しかし相手が迅であったために油断をしてしまい、部屋の中に知られてはならない「秘密」が存在したことをうっかり忘れていて、その秘密が彼にバレてしまった。

 

「ツグミ…それは何だ?」

 

するとツグミではなくその「秘密」が代わって答えた。

 

〔はじめまして、ジン。私はツグミのコンパニオンマシンとして作られた自律トリオン兵のジュニアだ〕

 

黒くて丸い物体はふよふよと浮かびながら迅に挨拶をする。

 

「これはどうもご丁寧なご挨拶を…。俺は迅悠一。…で、このレプリカ先生モドキがここにいる理由は説明してもらえるのかな?」

 

動揺を隠しながら迅はツグミとジュニアを交互に見て訊いた。

 

〔ここは私が説明しよう。ただしこの話は口外無用。誰にも喋らないと約束するのであれば…だが〕

 

ジュニアの口調は元がレプリカであるためにレプリカに良く似ている。

しかし声はオリバのもので、製作者であるトリュスが気を利かせたのかもしれない。

 

「ジュニア、ジンさんなら信用できるから大丈夫よ。わたしに不利なことは絶対にしない人だから」

 

ツグミがそう言うとジュニアは彼女の方を向いて言った。

 

〔それはわかっている。しかし本人の口から聞かなければ()()納得できないのだ〕

 

「ああ、それなら絶対に誰にも言わないって約束する。俺にとっちゃツグミは世界で一番大事な女だからな」

 

はっきりとした口調で言う迅をじっと見つめるジュニア。

 

〔…承知した。では私がどのような経緯で生まれたのか、から話をしよう。しかし立ち話というわけにはいかない。そこに掛けてくれ〕

 

「ああ」

 

迅がソファに腰かけると、ジュニアは彼の正面の宙に浮かびながら説明を始めた。

自分がトロポイの技術者(エンジニア)のトリュスという女性によって作られたこと。

オリバと有吾がどのようにしてトロポイという国に関わり、なぜ国のトップシークレットである自律トリオン兵の秘密を明かしただけでなく玄界(ミデン)の人間に与えたのか。

さらにトロポイの現状となぜ他の国との交流がないのかなど手短に話し、遊真の身体のことで渡航した際にトロポイ国王エルヴィンからツグミへの感謝の気持ちとして与えられたのだということまで話した頃には迅も納得したようであった。

 

「そうか…有吾さんや遊真だけでなくツグミの親父さんもトロポイに縁があったのか。有吾さんと織羽さんのふたりがいたからボーダーが生まれ、その前にいくつもの近界(ネイバーフッド)の国で良い縁を結んできたから今があるってことなんだな」

 

〔そうだ。しかし今話した事情によってトロポイは国の存在をひた隠しにしている。また他国を侵略しないだけではなく、他国から侵略を受けず、他国の戦いに干渉しない道を歩んできた。こう言うと平和を愛する素晴らしい国民性に感じられるが、実際のところは他国の人間を信用できないから国を閉ざし、自国だけが平和で豊かであれば良いという利己主義者なのだ。ツグミは国王に面と向かって苦言を呈したのだが、逆にそこが気に入られたらしい。一歩間違えれば記憶を消されて国外へ放り出されていたかもしれないのだから無茶なことをする〕

 

「ま、それがツグミらしいと言えばそうなんだ。キオンへも危険を承知で自ら乗り込んで行って総統とサシの勝負はするし、アフトでも敵地に潜入して情報収集だけでなく敵の本拠地にアイビスを撃ち込んだりした。忍田さんなんて心臓がいくつあっても足りないって嘆いていたくらいだからな。俺もできれば自重してもらいたいと思うんだが、言っても無駄だってわかってるから俺がそばで見守ってやるしかないのさ」

 

〔私もツグミのお目付け役として作られた経緯がある。オリバの娘なら無茶をするだろうし、なによりも友人(ユーマ)を助けたいからとはるばるトロポイまでやって来るくらいだ、トリュスやイェルンはツグミの身を案じて国王陛下に私をつくる許可をもらったに違いない。私はツグミのそばにいて楽しいという感情が生まれた。元来トリオン兵には感情などというものは存在せず、人間と行動を共にして喜怒哀楽を見て触れているうちに『共有』という形で身につけていくものらしい。もちろんバムスターやモールモッドのような戦闘用の使い捨てトリオン兵には不可能だが、私のような自律トリオン兵には予め『器』となるものを装備させておき、そこに知識や経験を貯めていく。そうやって人間と経験や感情を共有することで成長していくのだが、まったく同じであればその人間のコピーとなってしまうが、あえてそれとは異なる視点で受け止めることによって私はツグミと違う人格を持つことになるのだ。だからこそその人物のサポートができるわけで、ユーゴの作ったレプリカがユーマと共に行動して培った経験を元にして私は生まれ、ツグミと共に成長して彼女をサポートする存在となるよう定められている〕

 

ジュニアはそう説明してから最後に付け加えた。

 

〔なお、ツグミがジンに私のことを内緒にしていたのはトロポイ側から口止めされていて、キド司令にのみ事情を話してあった。ジンのことを信用できないからではなく、そう約束になっていたからなのだ。だから彼女を責めないでくれ〕

 

「バカ言うな。責めるわけないだろ。…しかしツグミが『ちょっと近界(ネイバーフッド)で行きたいところがあるから、ユーマくんとレプリカを借りていくね』なんて言って、行った先がトロポイだったとは想像もしてなかったな」

 

〔レプリカの知る限りでユーマの身体をどうにかできる人間はトロポイの技術者(エンジニア)のトリュスという女性しかいないということだった。彼女は義肢装具などトリオンとトリガーを医療面で活かす研究をしていて、オリバの義手も彼女の仕事だ〕

 

「それで遊真の身体はもう心配ないって言ってたのか」

 

〔しかしユーゴの(ブラック)トリガーから供給されるトリオンを遮断したことで(ブラック)トリガーの寿命は延びたが、ユーマ自身の身体は瀕死の重傷を負ったままでいる。たぶんそちらが先に寿命を迎えることだろう。さすがにトロポイでは…いや、近界(ネイバーフッド)の医療技術ではどうすることもできないのだ〕

 

「基本的に生身の身体が負傷しない戦争をやっている世界だからな、大怪我を治す技術が進歩していないのは当然か。それでもまあできる限りのことはしたという充足感はあって、今を後悔なく生きていく…。そういう意味で心配はいらないと言ったわけか」

 

〔そういうことだ。生身の身体をトリオン体に換装するためにはトリオン器官を使うが、すでに換装してしまっているトリオン体を動かすトリオンが外部から集めることでこれ以上トリオン器官を使う必要はない。そしてトリガーに格納されている生身の身体はスリープモードになっているようなものだから、玄界(ミデン)の男性の平均寿命の約80年とまではいかぬとも戦争とは無縁で普通に暮らしていくなら十数年から数十年は生きられるだろう。…ただしトリオン体を成長させることは不可能ゆえ死ぬまで11歳の身体のままだがな〕

 

「それでも遊真(本人)が納得するならそれでいいんじゃないのか? 俺にはどうすることもできないが、せめてあいつ()が楽しい毎日を過ごすことができるよう陰ながら応援してやるさ。…ところで俺はツグミとメシを食おうと思って来たんだが、残りの話はメシの後でいいかな?」

 

迅はテーブルの上に置きっぱなしになっている折り詰めの箱を指さした。

 

〔これは申し訳ない。そういえばツグミも食事をしようと支度をしていたのだったな。ツグミ、きみにも空腹のままでいさせたこと、申し訳ない〕

 

ジュニアはベッドの端に腰かけているツグミに言う。

 

「別にかまわないわよ。ジンさんの分も温めてあげますね」

 

ツグミは迅の折り詰めを手にすると部屋の一角にあるミニキッチンへと歩いて行った。

この部屋は長期滞在向きの部屋で、簡単な料理なら作ることができるようIH調理器や電子レンジに冷蔵庫、調理道具が常備されている。

調理はしないが外部から持ち込んだものを温める客が多いことから、このホテルでは各部屋に電子レンジは設置されているそうだ。

それを使ってまず自分の折り詰めを温め、続いて迅の分も温めた。

その間に電気ポットで沸かした湯でお茶を淹れるとそれらをテーブルへと運ぶ。

そしてツグミは迅の向かい側のソファに座り、ふたりで折り詰めの箱を開いた。

中にはきれいに盛り付けられた料理が美味しそうなにおいを漂わせている。

 

「さあ、冷めないうちに食べてしまいましょう。…いただきます」

 

ツグミは両手を合わせていただきますを言うとシーフードグラタンをひと口食べる。

その瞬間、彼女は至福の笑顔になった。

 

「美味しい…。さすがはシェフご自慢の料理だわ。ジュニアもひと口どう?」

 

ツグミがジュニアに声をかけると、ジュニアは口をパカッと開いてそこから索状の物体を伸ばして彼女がスプーンですくったグラタンに先端部を刺した。

 

〔…分析完了。成分は小麦粉、牛乳、バターによって作られたソースと具材は玉ねぎ、マッシュルーム、ブロッコリー、エビ、イカ、アサリ。調理方法は…〕

 

ジュニアは見てきたかのように調理方法について詳しく説明をした。

レプリカは戦闘中に敵の武器(トリガー)やトリオン兵を分析してコピーをするという離れ技を見せたが、ジュニアにも同様に分析能力はあるようだ。

 

〔…と、この料理についてはレシピを覚えた。これでツグミでもこの味を完璧に再現することができるだろう〕

 

「ありがとう、ジュニア。この料理はフランス南東部のドーフィネ地方が発祥の地とされる郷土料理から発達したもので、オーブンなどで料理の表面を多少焦がすように調理する方法のことを言うのよ。こうしたホワイトソースだけでなくブラウンソースを使ったものだけでなくフルーツを使ったデザート用のものもあるわ」

 

〔なるほど、料理ひとつとっても奥が深いものだ。近界(ネイバーフッド)玄界(ミデン)の大きな違いのひとつは食事だ。生命維持の行為にも文化があり、美味しいものをより美味しく食べたいという欲求が近界民(ネイバー)よりも強いのだろうな〕

 

「ええ。だって食事する時に美味しいものを仲の良い人たちと食べると楽しいものなのよ。寮での食事だってそれぞれが自分の好きなものを自分の部屋で作って食べてもいいんだけど、ミーティングルームでわたしが作ったりゼノン隊長たちが交代で作ったものをみんな一緒に食べているのは同じものを食べるという経験を得るため。ただ食べるよりも美味しく感じるし、連帯感も生まれる。まあ、みんな忙しいから別々に作って食べるよりも効率が良いし、個人が自分の好物ばかり食べていると栄養バランスが悪いというのもあるから一緒の方が良いだろうってことになったのよ」

 

ツグミとジュニアの会話を迅は不思議そうに見ていて、それに気付いたツグミが袖を引っ張って手首のバングルを見せて説明をした。

 

「これはジュニアとわたしの情報の共有を行うために毎日やっていることなんです。通常はわたしが着けているこのバングルの中にいて、わたしの経験することを一緒に見たり聞いたりしたものについては情報を蓄えていくことはできるんですけど、知識や感覚については補わないと理解できない部分があるので、こうしてわたしが説明するんです。このグラタンについてもジュニアは材料や作り方は現物を分析して理解できるんですが、その由来とか人間が食べた時に感じる気持ちなどはわからない。だからわたしが思ったままを教えることで疑似体験したことになり、グラタンという料理を食べることはできなくてもどんなものかを()ることができるわけです。もちろん食事に関することだけでなく、あらゆることでわたしたちはこうして()()をしています。たとえばジンさんの人物像についてですが、ジュニアはレプリカのコピーなので彼の知るジンさんのことしかわかりません。ここにわたしの知る迅悠一がどんな人間なのかを教えることでジュニアはジンさんの一面しか知らなかったのに別の面も見えてきてより立体的な迅悠一像を作り出すことができるというわけです」

 

ツグミがそこまで話したところでジュニアが加わってきた。

 

〔ツグミはジンのことを婚約者だと言っていた。婚約…つまり結婚の約束をしていて生涯を共にする覚悟があるということ。そこまで強い絆を生む経験を積んできたことはわかるが、その情報はレプリカにはなかった。しかし私はツグミからいろいろな話を聞かされ、なぜツグミがここまでジンのことを信頼して一生を共に生きることを選んだのかが理解できた。たぶん私は世界中でツグミの次にジンのことを良く知っていることになるだろう。それだけ毎日のように聞かされ続けてきたということだ。まあ、半分以上が()()話ではあったのだがな〕

 

「ジュニア、余計なことは言わないの!」

 

ツグミがジュニアを叱ると、ジュニアは反論する。

 

〔どうして余計なことなのだ? ツグミは事あるごとにジンがどれだけ優しい人間であるか、また勇気があって逞しいとかいろいろ褒めちぎっていたではないか。良い話なのだから本人に伝えても問題はないと思うのだが〕

 

「それはそうだけどジンさんに言わなくてもいいことじゃない。本人の前で言われたら恥ずかしいじゃないの…」

 

〔恥ずかしい? その感情は私には理解できない。本人に知られたくないことを私に話をしたのはどんな理由があってのことなのだ?〕

 

「それがジュニアにジンさんのことをもっと知ってもらいたかったからなんだけど…。ああ、もういい! AIには人間の機微までは理解できないってことはわかったわ」

 

ツグミはそう言って顔を背け、黙々とグラタンを食べ始めた。

迅はというとツグミが毎晩のように自分のことを楽しそうにジュニアに教えている姿を想像してにやけてしまう。

そんな彼にジュニアは訊いた。

 

〔ジン、ツグミは誰よりもきみのことを大切に思っている。…いや、大切に思うというのは正確ではない。大切に思うというのであればキド司令やシノダ本部長たちも同じだが、きみはそれとは違う。もっと別の何かに惹かれ、共にありたいと心から願う気持ちが強い。ツグミはきみに対して世界でただひとり特別な感情を抱いていると私は理解しているのだが、きみも同じ気持ちなのか?〕

 

「ああ、そうだ」

 

〔ならば私もきみを信頼することにしよう。ツグミのことをこれからもよろしく頼む〕

 

「もちろんだ。約束する」

 

ツグミのことを守りたいという同じ気持ちを持つ男ふたりが心を通わした瞬間であった。

 

 

◆◆◆

 

 

簡単な食事を終えるとツグミはジュニアをバングルの中に戻し、腕から外すとそれを小さな箱に収めた。

そして部屋に戻ろうとする迅に声をかける。

 

「悠一さん、もしよかったらこの部屋についている露天風呂に入りませんか?」

 

「この部屋には露天風呂があるのか。さすがは局長の部屋だな。俺の部屋はユニットバスだけだからな、後で大浴場へ行こうと思ってたんだ。じゃあ、自分の部屋に戻って着替えを取って来る」

 

迅はそう言って自分の部屋に行くとすぐに戻って来た。

 

「露天風呂は内風呂の外側のドアを開けるとありますから先に入っていてください」

 

「わかった」

 

迅はこの時にツグミの「先に」という言葉を聞き逃していた。

彼はテラスにある檜の露天風呂に入って手足を伸ばしていて、身体にバスタオルを巻いただけのツグミがドアを開けて姿を見せた時に心臓が止まりそうになり、同時に下半身の一部が硬直してしまったのだった。

 

「わたしも一緒に入っていいですよね?」

 

「あ、ああ…」

 

慌てて下半身を押さえながら反対側を向いてツグミの姿を見ないようにする迅。

一方、ツグミはバスタオルをさっと剥ぐと当然のように全裸で湯船に浸かった。

もちろん迅も全裸である。

 

「あ~、気持ちいい~。ちょうどいい温度ですね、悠一さん?」

 

「そ、そうだな…」

 

「何で背中を向けているんですか?」

 

「そりゃ…おまえの身体が見えないようにって」

 

「見えたらまずいんですか?」

 

「当然だ」

 

「何を言ってるんですか? これまで何度もえっちなことしてきたじゃないですか。お互いの裸だって見たことあるんだし、恥ずかしいってことはないですよ」

 

「でもこんなシチュエーションは初めてで、もう勃っちまったんだよ」

 

「まあ…。でもこうして一緒にお風呂に入るのってわたしのささやかな願いだったんです。それが叶ったんだから許してください。今さら恥ずかしがる関係でもないんだし、いいですよね?」

 

ツグミは迅の返事を待たずに彼の背中に自分の背中を当ててお互いに寄りかかるようにした。

 

「…ねえ、昔はこうして一緒にお風呂に入ったことがありましたよね?」

 

「入ったって言ってもおまえがまだ小学校低学年だった時だろ」

 

「そうですけど、あれからもう10年以上も経ったんだなぁ、って。その間にいろいろなことがあって、その経験のひとつひとつが今の自分を構成するパーツとなっている。そう思うと苦しかったことも悲しかったことも全部必要なことだったように思えてくるんです。どれかひとつでも欠けてしまったら、今あなたと一緒にいられなかったかもしれない。時にはあなたの未来視(サイドエフェクト)によって最悪の展開を免れたからで、あなたにとっては望まぬ力だったでしょうけどそのおかげでわたしは今あなたと一緒にいて愛し合うことができるんです」

 

「……」

 

「わたしが悠一さんと出会って10年以上経ちましたが、これから何十年も一緒にいることができると思うとワクワクしてしまいます。今も一緒にお風呂に入って、同じ夜空を眺めています。わたしはすごく幸せですが、あなたはどうですか?」

 

「俺だって最高に幸せさ」

 

「悠一さん、今日って何の日か覚えていますか?」

 

「今日? 何かあったっけ?」

 

「今日は2月14日、バレンタインデーですよ。今年は調印式と重なって何もできなかったのでちょっと心苦しく思っていたんです。だけどあなたにだけは何かしてあげたいと思って…。だから背中を流してあげます。さあ、洗い場に行きましょう」

 

「ああっ、ちょっと待てって」

 

ツグミは迅の腕を掴み、問答無用で洗い場まで引っ張って行く。

その時も迅は股間をしっかりと押さえており、檜でできた風呂椅子に腰かけるとツグミの裸を見ないようにと目をつぶった。

 

「わたしの裸には興味ないんですか?」

 

「そういうことじゃなくて…」

 

「冗談です。いいですよ、そのままで。楽にしていてください」

 

そう言いながらツグミはボディスポンジに液体ソープをつけて泡立てて迅の背中を洗ってあげる。

 

「昔は真史叔父さんの背中もこうして洗ってあげたんですけど、さすがに叔父さんの方が恥ずかしがってしまってできなくなっちゃいました。男性ってこういうの苦手なのかしら?」

 

「嫌いじゃないけど恥ずかしいに決まってる。むしろおまえの方が女だっていうのに裸で接することが恥ずかしくないのか?」

 

「ええ。恋人になら見せてもかまわないから。叔父さんも昔は恋人みたいなものだったから平気だったんだと思います。だから他の人だったら絶対に嫌、ダメ、お断りです。悠一さんだからできるんですよ」

 

「じゃあ、こうしておまえに背中を洗ってもらえるのは世界でただひとり俺の特権ってわけか。そう思うと嬉しいな」

 

「喜んでもらえて光栄です。…さあ、今度は前を洗ってあげますね」

 

「い、いや…前は自分で洗えるから大丈夫」

 

慌てて拒絶する迅だがツグミはかまわずに彼の前に回った。

 

「これはバレンタインのチョコレートの代わりなんですから、ちゃんと受け取ってください。それに目をつぶっていれば大丈夫なんでしょ?」

 

ツグミは首から肩にかけて、そして胸と腹というように上から順に丁寧に洗っていくが、迅は股間の手をどけようとはしない。

 

「そうしていると洗えないんですけど」

 

「わかっていてそんなことを言うか?」

 

「ええ、わかっていて言っています。でもどうしても嫌だと言うのなら無理強いはしません。じゃあ、お湯をかけますから立ち上がってください」

 

ツグミは迅を立たせるとシャワーで身体の泡を流してやる。

 

「さあ、終わりました。湯船にゆっくりと浸かってください。今度はわたしが身体を洗いますから」

 

迅は湯船に戻ると湯に肩まで浸かる。

そしてツグミが身体を洗い始めたのを確認すると、興奮状態のソレを宥めるために手で扱く。

正直言えばツグミの柔らかい手で()()()もらいたいのだが、そこまでスケベな男だとは思われたくない。

湯船の中で抜くと攪拌するように湯をかき混ぜて何事もなかったかのように振る舞う迅。

そこにツグミが戻って来たので慌てて目をつぶる。

 

「悠一さんたら、やっぱり目をつぶってるんですね。それじゃ不用心ですよ」

 

そう言うやいなや、ツグミは自分の唇を迅のそれに押し付けた。

 

「わたしは先に出ていますから、あなたものぼせないうちに出てくださいね」

 

気配でツグミが部屋の中へ入ってしまったことを知ると、迅は目を開けた。

 

(なんだかあいつに手のひらの上で転がされているような気分だったな。だいたいジュニアがいるっていうのにこんなことをしていいのかよ?)

 

迅はジュニアがツグミと経験を共有していると聞いていて、自分とツグミが精神的なものだけでなく肉体的にも接触していることを知られたくはないと我慢をしていたのだった。

しかしツグミだってさすがにジュニアには知られたくはないからと、その点は考えて行動している。

だからこそ風呂に入る前にバングルを外してご丁寧にも箱の中に入れて完全に隔離している。

そうでなければジュニアがいるとわかっていてあのような大胆なことはできるはずがない。

 

風呂から上がった迅にツグミは言う。

 

「このままこの部屋に泊まってもかまいませんよ」

 

「いや、自分の部屋に戻るよ。気分が高まって襲いかかるとマズいからな」

 

迅はツグミを怯えさせるつもりで言ったのだが効果はなかったようだ。

 

「襲われてもいいですよ。悠一さんになら」

 

風呂上りで顔が紅潮していた迅だが、さらに顔が熱くなってしまう。

 

「冗談に決まってるだろ。じゃあ、おやすみ」

 

そう言って迅は部屋を出て行った。

 

 

 

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