ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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547話

 

 

帰国者44人の健康診断を無事終えて、彼らは講堂へと向かった。

そこには彼らの帰国を一日千秋の思いで待っていた家族が待機しており、約7年ぶりの感動的な再会に立ち会った修も胸が熱くなり、その熱いものが両目から溢れ出してくるのを感じていた。

ラグナからの帰国者は全員家族が無事であったために哀しい思いをする者はおらず、ヒエムスやレプトからの帰国者には家族が全員亡くなってしまったという人もいたから家族が無事だった人も手放しで喜ぶことができなかったのだが、今回はそんな気遣いは無用だ。

10歳で拉致された少女が母親になっているなど残された家族にしてみればショックな現実でも両親からすれば娘が立派に育ったことを喜ばずにいられない。

配偶者が近界民(ネイバー)であっても家族全員三門市で一緒に暮らしたいという希望が多く、そういった人たちに修は「全力で希望を叶える努力をします」と力強く答えていた。

 

その後、帰国者とその家族合わせて約200人を中庭へと案内し、そこで帰国祝賀パーティーを始める。

毎度のことながら基本はBBQで、その他に寿司やカレーライス、ラーメンなど懐かしいメニューも加えてあり、それぞれ自由に食べることができるようになっていた。

そして手伝ってくれた本部待機中の隊員たちも加わって賑やかな祝宴となる。

もちろんここには須坂家の4人もいて、須坂は自社製品の清涼飲料水を喜んで飲んでいる帰国者の笑顔を眩しそうに見ながら美桜の運んで来た料理を一緒に楽しんでいた。

近界(ネイバーフッド)には庶民が楽しむための清涼飲料水など存在せず、炭酸や果汁入りの飲料は子供の頃の楽しい思い出の味であるから喜ぶのは無理もない。

逆に言えば子供の小遣い程度で簡単に買えるものが近界(ネイバーフッド)にはないということで、そんな点も近界民(ネイバー)たちが玄界(ミデン)に魅力を感じる一因となっていた。

修はパーティーを楽しんでいる人たちの様子を見ながら感じていた。

 

(家族や親しい友人と飲食を楽しむというごく当たり前のことが近界(ネイバーフッド)では贅沢なことになっている。ぼくが見たり経験した近界(ネイバーフッド)はほんの僅かなものでしかないけど、そこにいた近界民(ネイバー)たちは毎日を生きることに必死で余裕がないように感じた。ラグナはともかくヒエムスやレプトでは長い間戦争が行われていて国も国民も疲弊していた。トリガー使いは一般人に比べて食事については恵まれていたけど常に戦場に送り出されるという不安や緊張があってストレスが溜まっていたようだし、一般人は慢性的な食糧不足で嗜好品どころか一日に1食しか食べられないという厳しい環境に置かれた人たちもいた。ぼくたちはそういう意味で幸せだし恵まれている。ただこちら側の世界だって戦争はどこかで起きているし、内戦で同じ国の人間同士が争っていてその被害を受けるのは一般人だ。それでも国連や民間組織などが人道援助をしていて被害をできるだけ減らそうと努力をしている。でも近界(ネイバーフッド)には組織がないどころかそういった概念すらない。自国さえ良ければそれでいいという考え方しかなくて、だからアフトみたいな国が軍事力で弱い国を蹂躙して従属させてきたんだ。そうなると国力を上げて豊かな生活をしたいと思うと自国よりも弱い国を見付けてアフトのように侵攻するしかないと考えてしまう。それじゃあ負のスパイラルに陥ってしまって逃れられなくなる。霧科先輩はそれを止めさせたいから他国から奪うという安易なやり方ではなく外交という平和的な手段で相手国を説得し、国の()()を高める方法を授けているんだ)

 

戦って奪わなければならないという弱肉強食な価値観を持つ近界民(ネイバー)であっても好き好んで戦争をしたいわけではない。

戦闘狂(バトルジャンキー)なトリガー使いでも家族や友人と楽しく語り合っている方がいいだろうし、普通の人間なら特に戦争なんかに駆り出されたくはないはずだ。

ならば戦争をしなくて済む世界の可能性を示してやればいい。

戦争につぎ込んでいたトリオンを国民の生活レベルの向上にシフトさせるのはそう難しいことではない。

「どこかの国が攻めてくるかもしれない」という危機感があるから防衛のためにトリオン兵を大量に造り、武器(トリガー)を作り、トリガー使いを増やすことになる。

(マザー)トリガーから抽出するトリオンの量を増やすか、もしくは国民生活に必要な分を減らすしかないとなると、どの国の指導者も後者を選んでしまうから、国民は貧しくて日々生きていくだけで精いっぱいとなるのだ。

ここで「敵が攻め込んでこない」という保証が得られたならどうだろうか?

これまではキオンやアフトクラトルのような国から自国を守ろうとして国防にトリオンを多く割いてきたが、敵が攻めてこないのであれば割合を減らすことができるようになる。

強い国から身を守るためにハリネズミのように武装しなければならないのだから、そんな国が攻めてこないとなれば武装する必要はなくなってトリオンを別の用途に使うことができるようになるわけだ。

トリオン兵や武器(トリガー)の開発に携わっていた技術者(エンジニア)は失業してしまうだろうが、日々の生活を豊かにする道具を作るという道は残っている。

現にトロポイでは20年以上前から行われていて、かつて兵器として開発された自律トリオン兵が今では人に寄り添うコンパニオンマシンとして転用されているくらいだ。

さらにキオンとアフトクラトルがボーダーの主宰する同盟に加わるということは広く知れ渡っていて、その同盟に加わればキオンとアフトクラトルが味方になっていざという時に守ってくれるとなれば文字どおり「百万の味方を得た思い」となるのだ。

それもボーダーに媚びを売って自国のプライドを捨てるのではなく、ボーダー側は対等な立場で手を結ぼうと言うのだからその話を聞いてみようと思う気にもなる。

ツグミはまずキオンを仲間に引き入れ、キオンの支援を得てアフトクラトル遠征を成功させた。

その噂が近界民(ネイバー)たちの間に広まり、()()キオンが玄界(ミデン)と手を組んだとなれば()()メリットがある。

それがトリオンを必要としない玄界(ミデン)の技術や知識を入手することとなれば興味を示すのは当然だ。

さらにアフトクラトルがボーダーと()()()をしたとなればキオン・アフトクラトルの二大軍事国家が玄界(ミデン)に味方することになり、玄界(ミデン)はこの両国に技術支援を行う。

玄界(ミデン)から支援を受けるためには同盟に加わり、その条件は他国を侵略しない ── 専守防衛はOK ── というものだから他の国々は二大軍事国家が攻めてこないという保証を得たようなものなのだ。

同盟に加われば第三国が攻めてきてもキオンやアフトクラトルが味方になってくれるのだから同盟加入はほぼノーリスクでリターンは非常に大きいものとなる。

おまけに同盟へ加入した国は国の大きさや人口などに関わらずすべて同格であるため、同盟の中ではキオンとエウクラートン、さらにアフトクラトルは同格の国として扱われるということ噂で流しているので、小国ほど同盟加入を考慮に入れていた。

「寄らば大樹の陰」というところで、ヒエムス、レプト、そしてラグナも現在調整中である。

 

(アフト遠征に成功して以降、ボーダーの活動は順調で第一次侵攻でさらわれた市民の救出も今のところ計画どおりに進んでいる。もし遠征に失敗していたらボーダーはどうなっていただろうか? C級32人の救出が失敗しただけでなく遠征部隊のメンバーにも被害が出ていただろう。アフトの捕虜になってしまったり大規模侵攻の時のぼくみたいに大怪我をする人もいたかもしれない。そうなったら遠征のことを公言してしまったことで一般市民にも遠征の失敗が大きく知れ渡ってしまい、ボーダーに対する信頼度はがた落ちになっただろう。そうなったら第一次侵攻の拉致被害者を助けに行くどころか組織の存続も難しくなっていた可能性もある。ひとつの成功が次の成功につながるように、ひとつ失敗しただけでもそれに続くものがすべて悪いように転がってしまうことは多い。その成功への流れは霧科先輩がキオンへと行ったことから始まっている。自分を拉致しようとした近界民(ネイバー)と一緒に敵の本国へ向かうなんて誰だって反対する。それを説得して正当な手段でキオンへ行き、スカルキ総統を口説き落として味方にした。そのおかげでアフト遠征は成功したと言って過言じゃない。キオンの協力なしに遠征を強行したとしても成功したかもしれないけど、キオンと良好な関係を結ぶことはできなかったわけだから、その後のボーダーの近界民(ネイバー)に対する影響力は全然違っていた。キオンが味方に付いているというだけでどの国もボーダーに一目置くし、アフトだってもう三門市に攻め込むような愚かなことはしなくなった。ボーダーだけでなくキオンの軍が迎撃するとなれば勝ち目はないもんな。先輩の勇気ある行動が未来を変えたんだ。だけど先輩だってこうなる未来を知っていて行動したわけじゃない。それに誰からも教わることなく自分で考えて成功する道を見付け出したんだからすごいとしか言えないな)

 

そんなことを考えていると肩をポンと叩かれて修は我に返った。

 

「よう、メガネくん、楽しんでるか?」

 

「ああ、迅さん。…楽しむってよりも仕切る側ですから何か落ち度がないかとか、次は何をしなければいけないとか考えていっぱいいっぱいです。それを霧科先輩は難なくやっていたと思うと改めてすごい人だなって思いました」

 

すると迅は笑いながら言う。

 

「たしかにツグミはすごいと俺でも思うよ。だけどあいつだって普通の人間さ。ただ考えに考えを重ねて、それで想定できる事柄に対して可能な限り善処できる道を見付けたり自分で作ったりするのが()()()()得意だってだけ。やれることをやらないでいて将来そのことで後悔するのが嫌だから、やれることは全力でやってあらゆることに準備をしておくんだ。もちろん不要なこともたくさんあるだろうが、それは実際にその時にならないとわからない。だから俺みたいに未来が視えなくても対応できるようにしているから全部成功しているように見えるだけさ。それと難なくやっているように見えても本当はあいつも余裕なんてないんだぜ。周囲に心配かけたくなくて演技をしている。それは昔から変わらない。俺やレイジさんみたいな旧ボーダーのメンバーな知ってるけど、メガネくんたちみたいに今のあいつしか知らない人にはすごいって目に映るんだろう。俺がすごいと思うのは努力していることを誰かに認めてもらいたいという気はなく、全部自分のためにやっていることだと断言するその根性さ。自分を利己主義者(エゴイスト)だって言って偽悪ぶっているように思えるけど、あいつは本気で自分のため()()にやっている。その結果が周囲にも良い影響を与えているだけで、あいつは自分にとっての最高に幸福な未来を勝ち得るために戦っている。俺も自分のために戦っているし、メガネくんだって他人の幸福のためじゃなくて自分が望む未来を実現させるために戦っているんだろ? それと同じさ。人は誰だって多かれ少なかれ利己主義者(エゴイスト)だ。だって誰のためではなく自分のために生きているんだからな」

 

「そうですね…。他人の笑顔のために頑張るって人はいますが、それだって他人の笑顔を見て自分は誰かから必要とされているという欲求を満たすためでしょうし、そもそも『誰かのために』なんて本気でできるとは思えません。そう思えるようになったのはボーダーでいろいろな経験を積んでいるからで、特に大規模侵攻で死にかけた時のことを思い出すと自分の愚かさを反省するばかりです」

 

「命がけで千佳ちゃんを守ろうとしたことを愚かだと思うのかい?」

 

「いえ、それ自体は間違っていないんですけど、自分の行動が愚かだったということなんです。空閑や千佳のように入隊してすぐというわけではなく、ぼくには戦う力を身に付ける時間はたっぷりとあったというのに何もせずにいて、正隊員になったのに力足らずのまま戦場に立ちました。もしぼくが自力で正隊員になっていたならばそれなりの力は身に付けていたはずで、もっと別の戦い方ができたと思うんです。それにあの時もぼくはいっぱいいっぱいで余裕がなく、戦場の真っただ中で換装を解いてしまったから大怪我をしてしまいました。ハイレインの卵の冠(アレクトール)がトリオンにしか効かないということもあって生身ならという短絡的な判断をしたためにあんなことになったんです。千佳のトリオンキューブを隠して偽物を本物らしく見せていたことで結果的に千佳を守ることはできました。でもぼくがC級時代に他の訓練生と切磋琢磨して戦う力を持ってさえいれば他に道はあったはず。そしてぼくが死んでしまったらその後どうなるかなんて想像もしていませんでした。両親は哀しむでしょうし、千佳は自分のせいでぼくが死んだとますます自分を責めて人を頼ろうとしなくなったと思います。そのことで霧科先輩には叱られました。自分が『そうするべき』と思ったならそれができるだけの力を持たなければダメだ、と。それが正論なんでぼくは言い返せませんでした」

 

「……」

 

「『力』とは単に敵を倒すために必要とする『戦力』だけではなく何かを成すために必要なもの、例えば良い学校に入学するための『学力』とか他人を動かすための『権力』などいろいろあって、ぼくが自分で何かをしようと思ってもその時のそれに必要な『力』を持っていなければダメなんです。さらにそれを維持することも重要で、霧科先輩は防衛隊員を辞めましたがトリガー使いとして戦う可能性があると考えて毎日の鍛錬を怠りません。近界民(ネイバー)たちの世界に行くんですからいざという時に戦えないと死ぬだけでなくボーダーという組織の存続にも影響するんですから『あの時もっと鍛錬しておけば良かった』なんて悔いてもそれではもう遅いんです。ぼくも防衛隊員は辞めましたが、先輩を見習って時間に余裕がある時には玉狛支部の訓練室を使わせてもらって訓練をしています。遠征に参加するためには(ブラック)トリガーに対応できるだけの力がないとダメだという理由にも実際に近界(ネイバーフッド)へ行ってみて納得がいきました。今ラグナにいる先輩は言わば孤立無援の状態で、周りが全員敵になって戦わなければならないという可能性もあります。それでも先輩がひとりで滞在しているのはラグナの人たちが敵にならないという自信と、万が一の時には戦って生き延びることができるという自信があるからだと思います。その自信も何かを成功させるための『力』で、すべてが日々の積み重ねが重要なのだとしみじみ感じました」

 

修の変化には目覚ましいものがあり、バムスターに襲われて腰を抜かしている彼を助けた時に比べてずいぶんと成長したなと迅は感じていた。

迅には修が「ボーダーの将来に必ず必要になる人物」だという未来が視えたので、強引な方法ではあったが彼を入隊させたという経緯がある。

トリガー使いとして大成するようには見えなかったしトリオン能力で入隊試験に不合格になるくらいだから自分の未来視(サイドエフェクト)だというのに疑問を感じた迅であったが、こうして職員として立派に役目を果たしている姿を見て納得がいった。

 

(ツグミにもメガネくんにも『人を惹きつける』才能がある。それはトリオン能力みたいに数値には表れないし、本人にはそんな意識はないけど確実に存在するものだ。あいつがメガネくんのことを気にかけていたのも自分と似ている部分があって、それを無意識に気付いていたからなのかもな。もっとも誰に対しても面倒見は良いんだが、メガネくんのことは特に気にしていたからな。今回の局長代理の件もメガネくんの成長を促すと判断したんだろう。玉狛第2の隊長の時とは違って焦っているような雰囲気はないし、何よりもやりたいことと向いていることが一致したことでやりがいを感じているにちがいない。遊真の身体のことはひとまず現状維持の期限を延ばすことができたし、千佳ちゃんの兄さんと友人を探したいという件も解決した。それが気持ちに余裕を与えたんだろうな)

 

後輩の成長は迅にとっても喜ばしいことだ。

 

「メガネくん、さっき城戸さんに会った時にきみのことを褒めていたぞ」

 

「城戸司令がぼくのことを?」

 

「ああ。第一印象が最悪だったのに今では個人的に認めてわざわざ俺に教えてくれるくらいだから目覚ましい成長だな。それはきみが言うように日々の積み重ねが重要で、その積み重ねを評価しているということだ。だから今の気持ちを忘れずに確実に一歩ずつ前に進め。そうすれば必ず自分だけでなく周りの人たちをも幸せにすることができるはずだ。俺が出会ったばかりの頃のきみは停滞していた。でも今は違う。自分で荒波をかき分けて進むことができる力を持っている。頑張れよ」

 

迅はそう言って修の頭を軽くポンと叩き、その場を立ち去った。

残された修は迅の背中を見ながら思った。

 

(迅さんはぼくをボーダーに入れてくれた恩人だ。あの人には未来視(サイドエフェクト)でぼくがボーダーのために役立つという()()が視えていたにちがいない。だけどぼくはその期待に応えられているんだろうか? …少なくとも今のぼくは迅さんたちが見捨てずに導いてくれるだけの()()はあるということ。それなら絶対にあの人たちを裏切らない行いをしなけれないけないんだ!)

 

修は改めて決意を胸に刻みつけた。

そして今できることを精一杯やろうということで、お腹一杯料理を食べて午後の仕事に向けて気合を入れた。

 

 

 

 

帰国祝賀パーティーも無事に終え、修は帰国者たちと家族を引き離す申し訳なさに耐えながら彼らを三門スマートシティ内にある宿舎へと連れて行った。

ここで約2日間滞在してもらい、その間に今後のことを決めてもらうことになる。

実家があればそこで家族と一緒に暮らすことになるが、就職や就学の相談をしなければならない。

または家族と一緒にスマートシティ内の家で暮らすとしても就職・就学については行政に頼る必要がある。

一時帰国者もそのままラグナで暮らす選択肢もあれば、家族と三門市で一緒に暮らすという道もあり、そういった自分と家族の未来を考える時間が必要だ。

スマートシティ内には三門市の出張所があってそこでサポートセンターの職員に相談できるようになっていて、2日もあればそれなりに進む道を選ぶことはできるはずである。

今回は家族を失い天涯孤独の身の上という人はいないため、修はサポートセンター職員にすべてをお願いしてから本部基地へと戻った。

彼にはまだやるべきことが山のようにあり、それをひとりで平然とやっていたツグミのすごさに改めて感心しながら黙々と作業を進めるのだった。

 

 

 

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