ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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548話

 

 

ラグナからの帰国報告記者会見には帰国者44人全員が出席することは健康診断の結果と本人たちの判断で決まった。

ボーダー側からは城戸、忍田、根付、そして修の4人で、例のごとく記者会見の様子は三門ケーブルテレビによって生放送され、その夜にも特別番組として編集された1時間番組としても放映される予定だ。

この記者会見で司会は根付の担当だが、近界(ネイバーフッド)での交渉や拉致被害者市民の状況などの説明をするのはいつもツグミの役目であった。

今回はそのツグミがいないので局長代理である修がやらなければならない。

いつもは舞台袖で様子を見物していたのでどういう流れなのかはわかっているものの、いざ自分がやるとなると何をどうしようかわからないという状況だ。

しかしそうなることは想定済みで、ツグミは国名や帰国者の人数などを書き入れるだけで完成するシナリオを作って自分の執務机の引き出しに入れておいた。

それは自分が不在でも誰かがその代役を務められるようにという意味で、さっそく修が使うことになったのだった。

さらになぜ自分が不在なのかという理由を書いたメッセージも用意しており、それを会見の際に修が読み上げることになっている。

マスコミへの連絡や会場の準備はメディア対策室に任せておけば安心ということで、修は自分の役目を完璧に果たすために専念できるようになっていた。

すでに100人以上の拉致被害者市民が帰国しているのでマスコミも市民も今回はそれほど注目していないようで、マスコミ関係者席は150席用意し、残りは市民用にすべて解放することになっている。

 

(マスコミの連中は間違いなく霧科先輩とぼくを比べるだろう。きっとぼくは先輩みたいに手際良くできないし、記者からの質問にも上手く答えられない。それにぼくは大規模侵攻でC級がさらわれる原因を作った張本人ってことにされているからマスコミからの風当たりは厳しい。先輩もそのことはわかっているからぼくを舞台上に出すことはなかったし、特に必要もなかった。だけど今回はぼくが彼らの前で先輩と同じ役目をしなければならない。先輩は注意点をふたつ教えてくれた。ひとつ目は情報を正しく伝えること。もちろん口外できないことは話さず、知らせても問題のないものだけを正確に伝えるだけでいい。ふたつ目は一度口から出てしまったことは元に戻せない。だからあの時のように軽率な発言をすればそれはぼくだけでなくボーダー全体に影響を与えるということを肝に銘じておくこと。これさえ守ればマスコミの連中がぼくのことをどんな評価をしようとも気にしなくていい。…そう、先輩の言うとおりだ。他人の評価を気にして委縮するよりも堂々としている方が信頼を得られる。だって先輩がそうなんだから)

 

そう思うだけで修の感じるプレッシャーはだいぶ軽くなる。

あらゆることにおいて他人の評価はついて回るものだが、それを気にするかしないかは本人次第だ。

 

(ひとまずできることは全部やった。これが『人事を尽くして天命を待つ』ってことかな。…とにかく明日の本番に備えて今日は早く寝よう。今のぼくのやるべきことは十分な睡眠をとって明日の記者会見を万全の体勢で臨むことなんだから)

 

ツグミによって拓かれ歩きやすいように舗装までされた道だが、そこを進むには修本人の足で一歩ずつ歩くしかない。

自分のベッドに横になった修は静かに目を閉じる。

すると張りつめていた糸がプツンと切れたのかすぐに深い眠りの中へ落ちていったのだった。

 

 

◆◆◆

 

 

記者会見は午後2時からだが、リハーサルを行うために出席者は全員午前10時に会場入りとなった。

以前は朝の6時から観覧希望の市民が整理券をもらうために体育館前に並んでいて600席分の整理券は9時に配り終えたのだが、3回目となると市民の熱もだいぶ下がってきたようだ。

また平日であり三門ケーブルテレビで夜に特別番組として見ることができるのだからわざわざ会場まで来るほど熱心なのは帰国者の家族や友人たちか近界民(ネイバー)近界(ネイバーフッド)に興味のある人ばかりとなるのは無理もない。

三門スマートシティから44人の帰国者たちは2台のバスに分乗して体育館へと向かい、裏口にバスを停めて中へ入る。

すでにステージは設置されており、椅子も並べられていて、ひとまず各人が自分の座る場所を確認する。

全体の仕切りは司会者の根付が担当し、城戸、忍田、そして修は幹部席に腰掛けた。

修が城戸たちと並んで幹部席に座るという超レアな光景をサポートのために参加している嵐山隊メンバーは感心しながら見守っている。

 

まず記者からの質問に答える帰国者の代表を3人ほど決めて彼らには根付がいる舞台下手に近い場所に座ってもらう。

そしてシナリオに沿ってひと通り流れを確認し、特に問題なしと判断されると控え室へ移動して昼食を取り、午後1時30分に舞台への移動を開始した。

すでに客席には観客やマスコミ関係者が集まり始めていて、開始時間の10分前には約8割の席が埋まっていた。

リハーサルどおりに修は城戸と忍田と並んで幹部席に腰かける。

すると忍田は隣にいる修に声をかけた。

 

「三雲くん、緊張していないかい?」

 

「あ、はい、大丈夫です」

 

修は正直に答える。

これまでの彼であれば数百人の観客やマスコミ関係者を前にして緊張しないはずがないのだが、それはいつも準備不足で「もしこうなったらどうしよう」などというくだらない心配ばかりしていたためであり、今回は人事を尽くしたという()()()を感じているので不安がないのだ。

 

「霧科局長がどうすればいいのか全部指示してくれて、ぼくはそれに従って行動しました。だから心にも余裕があり、想定される事態に対して対処の方法も完璧…とまではいきませんが準備はできています。ただしあの人みたいに上手くはできないとは思っています。なので上手くやろうとは思わず、帰国者の人たちやここに来ている観客の人たち、そしてマスコミ関係者の人たちに対して誠実でありたいと考えています。もちろん極秘事項は絶対に漏らしませんが、どこまで話してもかまわないかはきちんと把握していますので、その範囲内でみなさんに理解してもらうつもりです」

 

「そうか、それなら何かあった場合には私たちもきみを全力でフォローしよう。頑張ってくれ」

 

「はい、どうぞよろしくお願いいたします」

 

定時の午後2時になったところで根付が舞台の下手から姿を現した。

 

「ただいまから第一次近界民(ネイバー)侵攻における拉致被害者市民の帰国報告会を始めます!」

 

 

 

 

司会の根付が開始を告げる。

 

「まず初めに今回の計画の実動部隊の責任者である総合外交政策局長の霧科ツグミから…と言いたいところなのですが、今回は彼女が不在ですので局長代理の三雲修から概要について話してもらいます」

 

修は大規模侵攻後の記者会見の際に一躍有名人になったがそれは「隊務規定に違反して本部基地外で武器(トリガー)を使用し、そのせいで訓練生が大勢さらわれた」という被害の原因を作った人物としてで、そんな問題児の彼が幹部席にいるということで会場はざわめいていた。

修は幹部席のマイクを握ると観客席に向かって第一声を放った。

 

「着席したままで失礼します。総合外交政策局長代理の三雲修です。本来なら霧科局長がこの場でみなさんにご説明をするはずなのですが、彼女は現在ラグナに滞在して政府との交渉に当たっています。そこで彼女からみなさんへのメッセージを預かっていますので、それを代読させていただきます」

 

そう前置きをしてから修はツグミのメッセージを読み始めた。

 

「三門市民のみなさま、マスコミ関係者のみなさま、ボーダー総合外交政策局長の霧科ツグミです。本来でしたらこの場でわたしが責任者として自らの口でご説明すべきなのですが、現在わたしはラグナ政府との交渉を続けていて拉致被害者市民の方々と一緒に帰還することはできません。通常であれば交渉を終えてから全員で帰国するのですが、今回は交渉が長引きそうであり一日でも、いえ一分一秒でも早く三門市で帰りを待つ家族のみなさまと再会をしていただきたいと考え、ラグナ政府の厚意によって拉致被害者市民の方々には帰国もしくは一時帰国して家族との再会を果たしてもらうことができました。一時帰国者の方々は再びラグナに戻ることになりますが、近界民(ネイバー)の家族と共に三門市で暮らすことも選択肢のひとつとなっています。彼らの希望を叶えるためにはボーダー側がラグナ政府を納得させるだけの代価を支払うことになりますが、その交渉をわたしが担っているのです。重要な仕事であり他人には任せられないためにわたしがひとりでラグナに残りました。そこで局員の三雲修にわたしの代理を務めてもらうことになります。彼はまだ17歳と若いですが、わたしが局長に就任したのも17歳ですから『若い』というだけで力不足だとは考えずに彼の仕事ぶりを見守ってあげてください。どうぞよろしくお願いいたします。…以上です」

 

三門市民もマスコミ関係者もツグミが総合外交政策局長として立派な「結果」を出していることは認めている。

当初は若い女性が海千山千の近界民(ネイバー)との交渉など無理だという()()()()があって市民の支持を受けられるか疑問視されたが、彼女は三国同盟締結の立役者であり、近界民(ネイバー)側が彼女との交渉であれば自然に応じるので、城戸は拉致被害者市民の救出を積極的に進めるために総合外交政策局を設けて彼女を局長に任命した。

そして実際に100人を超える拉致被害者市民を帰国させ、今回も彼女は不在だが44人の帰国を果たしたのだから彼女の「力」はもはや誰も疑うことはない。

ツグミのメッセージは「彼女が修を自分の代理にしているのだから大丈夫だろう」という安心感を与え、会場内も静かになった。

 

「では、今回のラグナ遠征についての経緯について説明いたします」

 

修は書類を見ながらではあるが遠征先がなぜラグナに決まったのか、ラグナという国について、元首が17歳の少女だが政府の中枢がしっかりとしているので国政は安定して食糧事情も悪くはないなど説明をした。

そして他の国と同様に戦争で国民生活が疲弊していた時代はあったものの、現在では諸外国との関係よりも国政を優先している親玄界(ミデン)の国であることを印象付ける。

しかしこの国も大枚をはたいて三門市民を購入したのだからそう簡単に手放したくはないと考えていて、その代価となる物資や情報・技術について調整をしている途中であると話すとツグミがラグナに残って交渉を続けていることにも納得してもらえたようであった。

 

続いて帰国者の代表によるラグナでの経験について話してもらう。

例のごとくすりガラスのパーティションでマスコミ関係者及び観客からは顔が見えないようになっているが、彼らのプライバシーを保護するためには必須であるから誰も文句は言わない。

これまでヒエムスとレプトからの帰国者の話では戦争をしている2ヶ国であったから戦争に駆り出されたことや、そのために生産力が落ちて食料を得ることが難しくなって苦労したことなど涙を誘う話が多かった。

しかしラグナでは例の事故の後にダフネが善政を布いていて国民の生活を第一に考えており、食料不足で喘ぐようなことはなく貧しいながらも家族と共に平穏な暮らしを営んでいたことを話すと観客たちは安堵したのか表情も穏やかなものである。

3人の代表者がそれぞれの立場で経験した話を終えると会場からは万雷の拍手が沸き上がり、修は自分がやっていることが多くの市民のために役立っていることを実感した。

 

(ぼくのやっていることなんて霧科先輩の10分の1にも満たないものだけど、こんなにも大勢の人が喜んでくれるんだと思うとやりがいが出てくる。ボーダーに入った理由は自分の手で千佳を守りたいというものだったが、それが必要なくなった今でもボーダーを続けていられるのは防衛隊員とは違う別の道を示してもらえたから。玉狛支部に異動してから先輩にはいろいろお世話になって導いてもらったけど、時には反発したこともあった。でも結果としてぼくは正しい道を進んでいる気がする。それにこの仕事は学ぶところが多い。いつかボーダーを辞めて別の仕事をやることになってもここでの経験は活かせるだろうからもっと先輩のそばにいて学べるものは何でも学ぼう)

 

 

記者会見の後半は質疑応答となる。

ツグミがいる場合はあえて前半で説明をせずにおいてマスコミ側からの質問に答えるスタイルにするのだが、修には器用にできるとは思えないため公開できる内容はすべて話してしまっている。

それでなおマスコミ側から詳しい説明を求められた場合には「まだわかっていません」「ぼくには話す権限がないため局長が帰国してから説明してもらいます」などと返事をし、それでもダメな場合には城戸がマスコミ側に睨みを利かせて「答えられない」と一蹴するという流れになっていた。

しかしこれまでの流れで親ボーダーのマスコミ関係者が増えてボーダーに対して悪意ある質問をする輩はいないので、以前のように修がマスコミから叩かれる心配はないとツグミは考えていて彼に記者会見も任せたのだった。

実際に修個人を攻撃するバカな記者はおらず、質疑応答は無事に終了した。

 

 

記者会見は滞りなく進み、最後に城戸がマイクを握った。

 

「これでようやく国の数でいうと3分の1、そして人数ならば約35パーセントの拉致被害者市民を救出することができました。ここまで順調に進んでいたのは総合外交政策局員たちの苦労の賜物です。彼らは自分に与えらえた役目を果たし、みなさんの期待に応えてくれました。しかし彼らの働きだけではこの結果は得られません。彼らが近界(ネイバーフッド)へ行くことができるのは三門市防衛というボーダー本来の責務を任せることのできる仲間たちがいるからです。ところでみなさんはここしばらく三門市で近界民(ネイバー)出現の警報が鳴らなくなったことをお気付きでしょうか?」

 

城戸が会場にいる市民に問いかけると、少しだが客席がざわめいた。

「そういえばそうね」「たしかに鳴らないな」などという言葉も聞こえ、市街地に第一次近界民(ネイバー)侵攻以前のように街に平穏が訪れていることを改めて意識した。

つまり市民は敵性近界民(ネイバー)のことが頭に浮かぶこともないほど平和な日々を送っているということだ。

 

「ボーダーの活躍は近界民(ネイバー)たちにも知れ渡っています。軍事大国アフトクラトルの遠征部隊を撤退に追い込み、我々ボーダーの遠征部隊が敵地に乗り込んで仲間を救出したことは我々の評価をグッと高めました。そのおかげで以前のように三門市にやって来る敵性近界民(ネイバー)はよほどの準備と覚悟がなければ返り討ちになると理解したのでしょう。さらに現在我々はそのアフトクラトルを同盟へ加えようと行動しています」

 

城戸がアフトクラトルを同盟に加えると言った瞬間、観客席からどよめきが起こった。

なにしろ三門市に大きな被害を与えた敵国を仲間に加えると言うのだからこの反応は当然だ。

しかし城戸は話を続けようと、騒がしい会場内を一喝した。

 

「みなさん、ご静粛に! 話の続きを聞いてからご意見等がある場合は後ほど質疑応答の時間を設けますので、今はご清聴くださいませ」

 

城戸の()()迫力のある顔で言われたら黙るほかなく、一瞬にして静寂が戻る。

 

「アフトクラトルを同盟に加えると言えば驚くのは無理もありませんし、中には怒りを覚える方もいらっしゃるでしょう。我々も仲間を失い、様々な感情が渦巻いていますがこれは三門市に利益になると確信しているからです。たしかにアフトクラトルは我々の敵でした。しかし軍事面で近界(ネイバーフッド)に大きな影響を与えるこの国を味方にしてしまえばもう他の国が侵攻してくることはなくなり、近界民(ネイバー)の脅威に怯えることなく元の平穏な生活を取り戻すことができるのです。事実、三門市に近界民(ネイバー)が現れなくなっているのはアフトクラトルがボーダーと手を組んだという噂が流れているからです。これは我々が意図的に流した嘘ですが、それだけで十分効果があったわけです。かつてのアフトクラトルならばこちらの要求を突っぱねて再び侵攻して来たでしょうが、それがないということは我々の軍門に下ったと考えられます。またアフトクラトルは我々と戦って負けた後に国王が代替わりし、新しい王は武力で支配するやり方を捨てて平和的な手段で国際交流をすると表明しています。もちろんそれを全面的に信じることはできませんが、少なくとも同盟に加わることがアフトクラトルにとっても利益のあることだと信じさせればおとなしくこちらの意思に従うことでしょう。なにしろここで『NO』と言えばアフトクラトルはボーダーとキオンの軍隊を敵に戦わなければなりません。そんなリスクを背負うよりも仲間になってしまった方がいいと判断するだけの頭はあるはずですから」

 

観客たちは城戸の話を聞いて「なるほど、そういう手もあるな」という顔をして頷いていた。

 

「アフトクラトルの同盟加入につきましてはキオン、エウクラートン、そしてメノエイデスというすでに同盟国となっている国々の政府にも理解を求め、すべての国が納得した場合のみ進めていくことになりますので、正式に決定したわけではありません。またこのタイミングでみなさんにお話ししたのはみなさんの意思を尊重すべきと考えたからです。かつての敵国を仲間にする…我々ボーダーが勝手に決めてしまう内容ではありませんので、今後市民のみなさんのご意見をうかがいましてどのようにするかを決めたいと考えております。流れとしましては一定期間を設けてみなさんのご意見を集め、それを三門市議会で討議してもらいます。その結果アフトクラトルの同盟加入を進めるか否か決定いたします。ですのでみなさんの忌憚のないご意見をどんどんお寄せください。ボーダーは三門市民のみなさんのために存在する組織であり、三門市の未来に貢献することを第一に考えております。どうかよろしくお願いいたします」

 

そう言って城戸は頭を下げた。

そして当然のことながら質疑応答の際にはマスコミ関係者だけでなく一般市民からもいくつか質問の手が挙がり、以前にツグミが用意してあった「回答」を城戸がさも今自分が考えたかのように言った。

特に大きな騒ぎにもならず、根付の締めの挨拶を最後に記者会見は終了したのだった。

 

 

 

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