ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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550話

 

 

ボーダーの艇がラグナに到着すると、その報告を受けたツグミは王城の玄関へと向かって一行を出迎えた。

その中に唐沢がいるのを見付けて驚くが、それは城戸が許可をしたということであり、それだけ城戸がボーダーの近界(ネイバーフッド)における()()()が強くなってきていることを感じている証拠だ。

ラグナまでの往路では途中2つの国を経由するのだが、そのどちらの国もボーダーの寄港を容認していた。

以前にはこういう場合「黙認」であり余計な手出しをしてトラブルを生じるよりも害はないと判断して黙っていたのだが、最近ではボーダーの艇が入国することを公式に認めるようになっているのだ。

まだ積極的に接触することはないが、玄界(ミデン)の人間が近界(ネイバーフッド)へやって来るのは侵略ではなく同胞を救出することと近界民(ネイバー)と平和的に交流をするためであることが知れ渡ってきたので「ボーダーは危険ではない」とわかればそのうちに相手側から交流を持とうとするだろう。

そして安全に航行できると判断するに至るなら、今後の民間人の近界(ネイバーフッド)渡航も可能となるはずで、これは重要な一歩である。

 

「みなさん、お疲れさまでした。そしてようこそ近界(ネイバーフッド)へ、唐沢部長」

 

ツグミはまるで近界民(ネイバー)の代表のように言う。

彼女が近界民(ネイバー)との混血(ハーフ)であることを知っている唐沢は「当然かな」と思い苦笑した。

 

「初近界(ネイバーフッド)、楽しませてもらっているよ。信頼できるボディーガードがいるから安心していられて、おかげでいろいろ珍しい経験もしている。それにどの世界であっても戦争がなければ誰もが穏やかで慎ましく幸せに生きることができるんだと改めて感じさせられたね」

 

唐沢には近界民(ネイバー)による侵攻で被害を受けた経験はない。

彼がボーダーにスカウトされたのは第一次近界民(ネイバー)侵攻後であり、三門市民ではなく親戚や友人も三門市にはいなかったから親しい人を亡くしたということもない。

だから近界民(ネイバー)に対して特別な憎しみや恨みなどはないが、大勢の「近界民(ネイバー)は敵だ」と考える人間と接してきた。

アフトクラトルによる大規模侵攻でも直接戦闘している様子は見ておらず、ハイレインたちが去った後の人命救助や被災者の支援などに力を尽くしただけであった。

そんな彼にも近界民(ネイバー)に対して()()()()いろいろ感じるものがあったらしく、ツグミが防衛隊員としての範疇を超えて活動していることを容易に受け入れ公私ともに協力してきた。

近界(ネイバーフッド)へ行きたいと言い出したのも彼女が近界(ネイバーフッド)でどのような()()をしているのか見てみたくなったからなのだ。

 

「本来人間なんてものは親しい人と一緒にお腹いっぱい食べることができればそれで十分満足できる単純な生き物なんですよ。でもそれが満たされてしまうと他の欲が生まれてしまい、ろくでもないことになってしまいます。近界民(ネイバー)の庶民階級の人たちはその変な欲がない状態で、日々の食料を得るために必死になって働いていて、それが達成すれば満足するという一番人間らしい姿だとわたしには思えてきたんです。わたしは近界(ネイバーフッド)から戦争がなくなればいいと思っていくつかの国に働きかけていますが、それが正しいのかどうか迷うようになってしまいました」

 

「どうして?」

 

「もし玄界(ミデン)の先進国の人間…わたしたちのように生活に余裕ができてもっと美味しいものが食べたいとか良い暮らしがしたいなどという欲を出してしまったら、またどこかの国に侵攻して奪おうとするかもしれませんから。ひとつの欲が満たされれば次の欲へ…と考えてしまうのもまた人間です。ならば贅沢の味を知らなければ求めようともしなくなる」

 

「……」

 

「どうすべきかなのかはまだわかりませんが、このラグナに滞在している間にこんなことを考えるようになりました。たぶんしばらく近界民(ネイバー)目線で生活していたからだと思います。他にも現地の人たちと交流していていくつかの『仮説』を立ててみたので、帰ったらそれを検証してみようと考えています」

 

「仮説、とは?」

 

「詳しいことは後でお話しします。立ち話でずいぶん時間を取ってしまいました。お疲れでしょうから夕食の時間までお部屋で休んでください。ゼノン隊長たちは前回使用したお部屋をお使いください。唐沢部長とジンさんのお部屋はわたしがご案内します。それとダフネ女王と側近のみなさんとは歓迎晩餐会の時にお会いいただきます」

 

「わかった」

 

「それでは迎賓館へまいりましょう」

 

ツグミはまるでラグナ側の人間のように振る舞うが、それはそれだけダフネと個人的にも親しくなり、信頼されて自由に王城やその周辺を()()()()()歩き回れるようになった証拠だ。

 

ツグミは唐沢を自分の使っている部屋の隣 ── 迎賓館にあるふたつの特別室は隣り合っているため ── に案内し、迅を自分の部屋へと招いた。

 

「悠一さん、あなたはこの部屋を使ってください。寝室はふたつありますので心配ありませんよ」

 

ツグミは意味深な笑みを浮かべながら言う。

 

「ラグナでは婚前交渉は認められていませんけどそれは表向きのことで、貴族階級はともかく庶民レベルでは普通に行われているんですって。だから同じ部屋で一緒に過ごすことは公認されています。密室の中で何があったとしても当事者以外誰にも知られることはないですからね。それに人口を増やしたくて他所から人間を買うくらいですから、どんどん子作りをしてもらった方が国家としてはありがたいはず。昔は認められなかったことでも今は本人たちの判断で、ということらしいです。むしろ婚約者同士が別々の部屋で過ごすということの方がおかしいとのことで、ダフネ…女王陛下が同じ部屋を使いなさいって指示をしたんです。女王陛下の命令ですもの従わなきゃダメですよ。…さあ、荷物を寝室へ運びましょう」

 

しばらく見ないうちに逞しくなったツグミに少し驚きながらもホームシックにならず元気でいてくれたことを喜ぶ迅であった。

 

 

◆◆◆

 

 

女王主催の晩餐会において迅と唐沢は正式に女王と謁見を果たした。

ダフネは事前にツグミから迅が婚約者であり、唐沢は交渉術の師匠であることを教えらえていたのでこのふたりにとても興味を抱いていて彼らを大歓迎してくれた。

そして和やかな雰囲気で会食は進み、最後にツグミが昼間に農作業を手伝ってその対価として貰ったイチゴを使ったタルトをデザートとして出した。

このタルトは彼女が千佳に頼んで三門市から運んでもらったグラニュー糖や生クリームなどを使用したもので、ラグナの無農薬栽培の新鮮なイチゴを至高の味へと変えてしまった。

生で食べても十分に美味しいものだが、それに玄界(ミデン)の食材とレシピを合わせることで価値は数倍にも上がるということをラグナ側・ボーダー側双方に知ってもらいたいという彼女の考えによるものであった。

そしてこれには彼女の「仮説」に興味を持ってもらうためでもあり、食後の紅茶 ── ラグナではコーヒーは手に入らず、また好まれていないために紅茶を飲むのが習慣である ── を飲みながらダフネのサロンでさっそくそれが話題となったのだった。

 

 

「わたしがこのラグナにひとり残って約半月、この間にわたしは貴重な経験をいくつもさせてもらいました。特に農家の人たちに交じって農作業を行い、そこで気付いたことがあります。それはまだ科学的な根拠もなく検証もされていない状態なので仮説でしかないのですが、それでも『そんなバカげたことがあるはずがない』と一蹴してしまうこともできないものですので、ぜひとも近界(ネイバーフッド)玄界(ミデン)の専門家に協力してもらって検証をしたいと考えています。ひとまずわたしの妄想ともいうべき仮説をお聞きください」

 

ツグミはそう前置きをしてから説明を始めた。

彼女の仮説とは「個人のトリオン能力にはその食生活が大きく影響を与えている」というもの。

近界(ネイバーフッド)の大地がトリオンで創られ、そこで育つ植物は土壌のトリオンを吸収しているのだから作物にもトリオンが含まれており、トリオンが豊富なものを食べ続けることでトリオン器官が発達するにちがいない」と彼女は考えている。

もちろん例外もあるだろうが原則としてトリオン由来の食物を継続的に摂取することでトリオン器官はより一層成長するのではないかということなのだ。

 

「わたしが訪問した国を大きく分けると『積極的に戦争をしている国』と『戦争とは無縁かもしくは軍備にトリオンを多く割くことはない平和的な国』になります。前者はアフトクラトルやかつてのヒエムスやレプトなどの国で、後者はエウクラートンやメノエイデス、そしてこのラグナなどに当たります。ゼノン隊長たちから聞いた近界(ネイバーフッド)の国々の様子やわたしが直接それぞれの国の人たちから受けた印象や聞いた話から判断すると、戦争をしていない国の人たちは比較的トリオン能力が高く、常に戦争をしている国の人たちは逆に低い傾向になるのです。これはあくまでもわたし個人の印象ですので正しいかどうかはわかりませんが、それでもまったく根拠がないものではないのです」

 

ツグミはその「根拠」なるものを話す。

それは自分の周りにいる近界民(ネイバー)たちのトリオン能力をボーダーの基準で表すとエウクラートン出身のリヌスやエウクラートンから多くの食料を入手しているゼノンやテオは非常に高い。

以前に調べたところリスヌは33、ゼノンは24、テオは18という数値で、ボーダー隊員と比べると規格外の千佳の38はともかく、ツグミは18、二宮は14、出水は12であるから高いと言える。

そういった数値は不明だがキオンのテスタやサーヴァ、メノエイデスのウェルスたちもかなりのトリオン能力者であることはトリガー使いとしての功績から推測される。

一方、アフトクラトルは軍備に力を注いでいて「(ホーン)トリガー」という技術によって個人のトリオン能力を底上げしているものの、それがなければ大したことはないと思われる。

ヒュースは(ホーン)トリガーを用いてもトリオン値は18とツグミのノーマルトリガー使用時と変わらない数値であり、彼らが(ホーン)トリガーによって強化しなければならないほど生まれつきのトリオン能力が低いからではないだろうか。

またガロプラのガトリン隊メンバーは国内でも精鋭部隊のひとつであるのだが、最強のガトリンですら長年の経験による高い戦略・戦術・戦闘力を持っていることと処刑者(バシリッサ)という特殊な武器(トリガー)を使用しているからこそボーダーの精鋭たちと互角に戦えたのであり、他のメンバーも含めてボーダーのノーマルトリガーレベルのものを使用していたらあそこまで粘ることはできなかっただろう。

またヒエムスやレプトの軍に所属するトリガー使いもボーダーの正隊員と大差ないレベルで、エクトスからトリオン能力者を買おうとするのも無理はないと思えた。

これらはツグミが接したごく一部の近界民(ネイバー)から得た情報の一部ではあるが事実であることに変わりはない。

 

「国の違いによってトリオン能力の差が生じているのだとすればどこに違いがあるのか…ということになり、『(マザー)トリガーから抽出するトリオンをどのように割り振っているか』ではないかとわたしは考えました。エウクラートンでは軍備に使用するトリオンを極力減らし、大部分を国土の維持に使用しています。それによって豊かな土壌から良質な作物をたくさん収穫することができ、それをエウクラートン国民はもちろんのことかなりの量をキオンに輸出しているのでキオン国民もエウクラートン産のものを食べています。もしトリオンをたっぷり注ぎ込んだ大地から生まれるトリオンが豊富な野菜や果物を摂取することによってトリオン器官が自然に鍛えられていたとしたらどうでしょう? 逆に軍備にトリオンの多くを使用してしまう国では農地が瘦せていて収穫されるものは貧相なものばかりで、それも量が少ないので十分に食べることもできません。アフトクラトルなんて『神』の寿命が潰えるギリギリまで新しい『神』が決まらなかったために国土はボロボロの状態でした。作物も収穫できず、他国から()()という状態に追いやられていたくらいです」

 

ツグミの話を聞いていた迅たちは心当たりがあるという表情でいる。

玄界(ミデン)ではトリオンなどというものの概念すらなかったのだから誰もその正体を知らないしこれまでの出来事から推測するしかないが、それがツグミの仮説を裏付けるとまではいかないまでもその可能性を信じたくなってきた。

 

「このラグナでは9年前の事故以前は軍備にトリオンを多く割いてきましたが、事故後は国力を高めるために農地を豊かにし、そこに住む国民の生活レベルの向上を目指し、農民にはトリオン体を使用しての作業を勧めてきたそうです。多くの農民がトリオン体に換装できるだけのトリオン能力を持って生まれていて、トリオン体での作業なら生身よりも効率良く作業ができます。そして労働人口不足を補うことができたことで収穫量は労働力の割には多いと言える状態にあります。これらの良質な作物を毎日食べていることで、ますますトリオン能力が高くなる…としたらどうでしょうか? わたしはこの仮説を検証してみたいと考えています。というのも現状では近界(ネイバーフッド)の国々は交流が戦争か交易かのふたつしかなく、たくさんの国のデータを集めるにはボーダーのようにいくつもの国と平和的な手段で交流を持つ組織でなければ不可能だからです。まずはデータの収集で、同盟に加わってくれた国はもちろん、未加入であっても友好国となった国ならば可能です。帰国したらさっそく城戸司令に相談してみたいと思います」

 

もしこの仮説が正しいということになれば、近界民(ネイバー)たちに影響を与えるどころか近界(ネイバーフッド)の根本を大きく変えてしまうことにもなりかねない。

近界(ネイバーフッド)の根幹がトリオンであり、そのトリオンを生むのが人間である以上はトリオンを多く必要とするには人間が増えなければならないが、まずは誰もが飢えることなく十分に食べることのできる量を確保する必要がある。

欲しいと思えば他国から奪うという短絡的な考え方が蔓延していた近界(ネイバーフッド)だが、自国で十分な量を生産できるとなればわざわざ他国に行って奪おうとはしない。

他国の侵攻がないというのなら軍備にトリオンを多く割く必要はなく、農地を肥やすためにトリオンを注ぐことで栄養(トリオン)の豊富な作物を収穫できるようになり、それを食べ続ければトリオン器官がより一層成長する。

その身体でトリオン体に換装して作業を行うことでますます作業は楽になって収穫量は増えるという良いスパイラルが生まれ、それを続けることで少しずつだが国力は上がっていくだろう。

もちろん病気や怪我といった医療面の充実は必須でボーダーの支援は必要だが、それ以前に近界民(ネイバー)たちが自分たちでもできることをやろうとする「やる気」がなければ始まらない。

ツグミが熱心に説明して相手に理解させることはその「やる気」を起こさせるためで、本当に欲しいものならば他人から奪うのではなく自力で勝ち取れと説得しているのであり、それに感化されたハイレインはアフトクラトルの進む道を大きく変更したくらいだ。

これもすべてツグミの「自分と自分の親しい人間が幸せになるため」に行っていることにすぎない。

近界民(ネイバー)玄界(ミデン)に対して干渉することがなくなれば、三門市民だけでなくすべての玄界(ミデン)の人間は近界民(ネイバー)の襲撃に怯えることなく安心して暮らすことができるというもの。

自分が幸せになってもどこかの誰かが不幸であっては嫌だという欲深い彼女だからこそ、自分のことを後回しにしてでも()()()環境を整えようとしているのだ。

「個人のトリオン能力にはその食生活が大きく影響を与えている」などという突拍子もない考え方は玄界(ミデン)で生まれ育って近界民(ネイバー)と交流している彼女だから考え付いたもの。

近界民(ネイバー)たちの実情を知らない玄界(ミデン)の人間はもちろんのこと、近界(ネイバーフッド)で生まれ育った近界民(ネイバー)では気付きもしないことだろう。

両方の世界に接し、想像力豊かな彼女だからこその「仮説」で、検証してみる価値は十分にあると唐沢は判断した。

 

「ツグミくん、おれもできる限り協力させてもらおう。それに必要な人材や資金のことならおれに任せてくれ」

 

「ありがとうございます、唐沢部長。あなたがそう言ってくれると鬼に金棒。…いえ、(ブラック)トリガーですね」

 

「おれが(ブラック)トリガー?」

 

「はい。だってあなたを使()()()()にしても誰でもいいわけではなく使用者は限られ、その使用者の能力を数倍数十倍にもしてくれて、普通(ノーマルトリガー)ならできないようなことでも可能にしてしまうんですから。そして(ブラック)トリガーは単独では何もできません。使用者の()()があって、やっとその能力を存分に披露してくれる。違いますか?」

 

そう問われて唐沢は思い返してみた。

 

(たしかにおれはボーダーに入ったのも城戸さんに乞われてだし、外務・営業の仕事もボーダーの活動に必要だからということでやっている。自分自身が金集めをしたいのではないし、下げたくもない頭を下げるのも全部ボーダーのためだ。おれの能力はおれ自身のためではなくおれを必要としてくれている人のためにこそ役立てることができる。前にいた組織でもそうだ。おれを評価してくれる人間がいてこそ活躍の場があったのであり、自分から積極的に何かをしようとしたことはないな。ツグミくんは面白い。おれを(ブラック)トリガーだというのなら、その期待に応えられるだけの働きをしてやろう)

 

ニコニコしているツグミに唐沢も笑みを返した。

 

「わかった。(ブラック)トリガーの名に恥じない働きを見せてやろう。期待していてくれ」

 

唐沢の()()を聞いたツグミはラグナで過ごした時間を認めてもらえたように思え、自分の判断が正しかったことを確信したのだった。

 

 

 

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