ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
その頃、ツグミは諏訪隊と荒船隊の攻略について考えていた。
(さて、どうしようかな? 諏訪さんと笹森くんは一緒に行動してこそ意味があり、逆に荒船さんと穂苅さんはバラけた方が良いんだけど、穂苅さんが単独の時に諏訪隊に襲撃されたら一巻の終わり。荒船隊より諏訪隊の方が先に動くだろうけど、それを待ってるのもじれったい。…う~ん、ここは面倒な諏訪隊から潰しにかかるか)
ツグミは周囲を見回して近くに敵がいないことを確認すると、バッグワームを解除して適当な場所に向けて
それを見ていた解説席の3人はわけがわからないという顔で訝しむ。
もちろん観客たちもざわめき始めた。
「これはどういうことでしょうか? バッグワームを解除したことで位置がバレてしまう上に意味のない
真木が言うとおりである。
わざわざバッグワームを解除して自分の居場所を教えている。
さらに敵はいないというのに派手に
「これは敵を誘っている…と思われます」
奈良坂が自信なさそうに言う。
「ですがなぜそんなことをしているのかまではわかりません。バッグワームを解除するだけで居場所を教えることができるわけですから、
ツグミなら荒船と穂苅、また諏訪と笹森が一緒にいるところをアイビス
しかしあえてその手を使わないのは単に「つまらない」からである。
漆間と堤の時と同じでは面白くないと、違う方法で残りの4人を倒すため「誰も想像していない手段」を実行するつもりなのだ。
フィールド内では荒船隊と諏訪隊に動きが見えた。
荒船隊は諏訪隊が、諏訪隊は荒船隊がそれぞれツグミと戦闘を始めたと判断したからだ。
これまでずっと姿を隠していた彼女がレーダーに映り、戦闘をしていると思われる音が聞こえてきたものだから「バッグワームを解除して防御しなければならない状態での戦闘中である」と錯覚しているのだ。
まさか自分たちをおびき寄せる茶番だとは思うはずがなく、諏訪・笹森と荒船がレーダーを頼りにツグミのいる場所へと向かって行った。
ツグミも
(東からの2体が諏訪隊、北から西を回っているのが荒船さんね。わたしが動けばそれに釣られて諏訪隊のふたりが動く。そうすれば北の森にいる穂苅さんが諏訪隊と
ツグミは諏訪・笹森のいる東側へと向かって走って行く。
それをレーダーで確認した諏訪がほくそ笑んだ。
「日佐人、霧科が荒船に追われてこっち来るぞ。上手くすりゃ2点イケる。だが油断するなよ。相手は荒船と霧科だ」
「わかってます。特に霧科隊長ですよね。前回の試合のログ、何度も繰り返し見ましたよ。海老名隊のふたり同時攻撃という大ピンチをいとも簡単にひっくり返したあの技、凄かったです。でも俺と諏訪さんの敵じゃありませんね」
「ああ。俺の
笹森はツグミの本部時代のことを知らないが、諏訪は彼女と何度か
その諏訪が自信満々でいるからと、笹森は安心していた。
しかしツグミが「人の想像の斜め上を行く」戦術を生み出すことを
「さて、そろそろ行くわよ…。グラスホッパー!」
ツグミは
「「「グラスホッパー!?」」」
解説席の3人が同時に声を上げた。
ツグミはグラスホッパーで大きくジャンプし、樹林帯の上に飛び出した。
続いてグラスホッパーを何枚も展開し、空中をジャンプしながら諏訪と笹森に近付いて行く。
[すわさん、ひさと、そっちに霧科隊長が真っ直ぐ向かってるよ。気をつけて]
[ああ、こちらも確認している]
ツグミが近付いていることを、オペレーターの小佐野瑠衣(おさのるい)が諏訪と笹森に知らせる。
これはオペレーターとして当然の行為であるが、もし彼女がツグミの行動に少しでも疑問を持ったのであれば結果は違ったものになったかもしれない。
ツグミの位置がわかっている諏訪たちと違い、諏訪たちはバッグワーム起動中であるからレーダーに反応することはない。
そしてツグミは「荒船から逃げている」はず。
諏訪たちがツグミのいる方向へ
偶然ということもあるが、普通ならおかしいと思うべきなのだ。
「
「了解です!」
笹森がレーダーの精度を上げると、彼らのちょうど西方向距離30メートルという場所にてツグミの反応があった。
「よっしゃ! これでやっと1点ゲットだぜ!」
諏訪と笹森はそれぞれ
移動速度と距離から彼女との
しかし彼女は現れない。
時間の経過により霧が薄くなってきていて半径15~20メートルは視界が利くようになっているというのに彼女の姿がまだ確認できないのだ。
(おかしい…。もう見えるはずなんだが、木の陰に隠れているのか…?)
ツグミは諏訪たちの至近距離にいるのだが、彼らは気付いていない。
レーダーでは位置はわかっても標的の高度まではわからないという弱点があるのだが、そこを彼女は上手く利用していた。
空中にいる彼女の姿は霧だけでなく木の葉や幹に隠れて、まったく見えないからだ。
高い建物でもあればその上にいる可能性を考えるが、周囲はすべて樹木であるから彼女は地上にいる…と思い込んでしまうのも無理ない。
「
ツグミは最後のグラスホッパーの板を蹴って高くジャンプすると、
まさか頭上からの攻撃を受けるとは露知らぬふたりは
仮に
「グラスホッパーを使って空中を移動し、頭上からの
真木が興奮気味に叫ぶ。
ここで奈良坂はツグミの意味不明の行動の理由が理解できた。
「なるほど…さっきのバッグワーム解除と
「どういうことですか?」
「はい、霧科隊長があのような行動をしたのは、彼女が敵に『自分たち以外の
それは真木も木虎も同じことで、3人で頭を抱えてしまった。
しかしいくら考えてもわからないので、そのことは後回しにして先に進むことにした。
◆
これで諏訪隊は全滅し、残るは荒船隊の荒船と穂苅、そしてツグミの3人だけとなった。
ツグミの位置は荒船たちに知られているものの、ツグミは彼らの位置がわからない…ということになっている。
荒船とツグミの距離は約50メートルで、荒船を引き離されなければツグミは
おまけに他の
間違いなく積極的に攻めてくるはずだ。
「ここで玉狛第3は5点ゲットしているわけですから勝利は確定しています。ならば荒船隊長から逃げ切って
真木が木虎に訊く。
「そうですね、普通に考えればこれ以上点を取りに行く必要はありません。それに穂苅先輩の援護を受けて荒船先輩が斬り込んで行くという荒船隊の得意の戦法に正面からぶつかるのは非常に危険です。私が彼女の立場ならなんとか逃げ切る道を選ぶでしょう。しかし彼女がそんな消極的なことをするはずがありません。しかし荒船隊に戦いを挑むとなればそれなりの覚悟と戦術が必要です。ツグミ先輩と荒船先輩のふたりだけなら互角であっても、穂苅先輩の援護が加われば勝機は荒船先輩に傾きます。ですから荒船先輩と戦うにしても先に穂苅先輩を倒すか、または穂苅先輩の援護射撃ができない場所で戦うしかありません。どちらにしろ難しいですね。残り時間もあと僅かですから」
「ここで各隊員の位置関係を整理しましょう。中央の池の北側の森の中に穂苅隊員、池の西側を迂回して南側の森の中へ回った荒船隊長、そして荒船隊長から南東約50メートルの距離に霧科隊長というように3人ともバラバラになっています。そしてレーダーに映っているのは霧科隊長だけです」
真木の状況説明が終わるのとほぼ同時にフィールド内ではツグミが次の行動を開始した。
彼女は森の南東側の方へ走って行き、それを荒船が追いかける。
しかし彼女は逃げるようでいて、それで荒船から離れすぎないように一定の距離を保っている。
「さて…そろそろいいかな?」
ツグミは頃合を見てグラスホッパーを起動して大きくジャンプした。
そして穂苅の潜伏している北側の森へと向かって空中を飛んでいく。
当然この動きは荒船もキャッチした。
(しまった! これは罠か! 俺を穂苅から引き離す作戦だったか! しかしそうはいかねぇぞ!)
荒船は穂苅に通信を送る。
[穂苅、霧科がそっちへ行く。俺が着くまでなんとか生き延びろ]
[穂苅、了解]
荒船は慌てて穂苅との合流を目指すが、ツグミによってかなり引き離されてしまっている。
森の中を走り、池を迂回しながら進むとなれば、一直線に向かうツグミの速度に勝てるはずがない。
ならば穂苅自身が上手く立ち回って逃げ切るしかないのだ。
ツグミの行動を見ていた奈良坂が腑に落ちたという顔をして口を開いた。
「霧科隊長の行動は
すると木虎が加わった。
「この分だと孤立した穂苅先輩に接近して討ち取るという作戦ですね。穂苅先輩と荒船先輩との距離は直線距離で約400メートルですが森の中を抜けて、さらに池を迂回しながら行くとなると5分以上はかかりそうです。一方、ツグミ先輩は空中を飛んでいきますからあっという間に着くでしょう。ただし穂苅隊員は初めからバッグワームを起動していて一度も解除していませんから位置がわかるはずがないのですが、もしかしたら…」
木虎はある仮説を持ち出した。
「ツグミ先輩には『強化視覚』というサイドエフェクトがあります。簡単に言うと目が良いということで、普通の人間の視力の何倍もあるそうです。ですから通常では見分けのつかないほど小さいものとか遠い場所のものを見つけることができるとのことで、その能力を生かせる狙撃を学んだと聞いています。菊地原先輩の『強化聴覚』が単に耳が良くて小さな音が聞こえるというだけでなく、非常に精密な聞き分けによって音から材質・重量・状態などの情報を得ることができるということですから、もし『強化視覚』に別の能力があったとして、それがトリオン体でできているものを
「しかしバッグワームはトリオン体の反応を消すオプショントリガーですから、トリオン体を
真木が訊く。
「それはそうですが、トリオン反応は消えていても実際にはそこに存在するわけですから、彼女には見える…のではないかと私は推測しました。もっとも証拠があるわけではありませんから仮説に過ぎませんけど」
木虎の仮説は奈良坂や真木だけでなく観客たちにも衝撃を与えた。
ツグミの
彼女が味方になるなら心強いが、バッグワームやカメレオンが通用しないという非常に厄介な
特にいずれ彼女と戦うことになるであろうB級隊員にとっては頭の痛い問題なのだ。
そしてメインモニターに映るツグミが何の迷いもなく穂苅に向かっているのを見て、誰もが木虎の仮説は真実ではないかと思えてきた。
一方、ツグミの能力に気付かない荒船と穂苅は大きな過ちを犯していた。
自分たちは試合開始から一度もバッグワームを解除していないのだから、ツグミに位置がわかるはずがない。
つまり彼女は当て推量で動いている。
だから意識して
そして最大の失敗は、荒船と穂苅が霧科ツグミという人間を知らなさ過ぎたこと。
彼らが知っているツグミは、彼女の一面に過ぎない。
彼女には普段の礼儀正しく、正義感が強くて真面目な行動から察することができないブラックな部分がある。
霧科ツグミという人間は目的のためなら手段を選ばない狡猾さを持つ奸智に長けた人間なのだ。