ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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56話

 

 

その頃、ツグミは諏訪隊と荒船隊の攻略について考えていた。

 

(さて、どうしようかな? 諏訪さんと笹森くんは一緒に行動してこそ意味があり、逆に荒船さんと穂苅さんはバラけた方が良いんだけど、穂苅さんが単独の時に諏訪隊に襲撃されたら一巻の終わり。荒船隊より諏訪隊の方が先に動くだろうけど、それを待ってるのもじれったい。…う~ん、ここは面倒な諏訪隊から潰しにかかるか)

 

ツグミは周囲を見回して近くに敵がいないことを確認すると、バッグワームを解除して適当な場所に向けて通常弾(アステロイド)を撃ち始めた。

それを見ていた解説席の3人はわけがわからないという顔で訝しむ。

もちろん観客たちもざわめき始めた。

 

「これはどういうことでしょうか? バッグワームを解除したことで位置がバレてしまう上に意味のない通常弾(アステロイド)の乱射。これでは敵に居場所を教えているようなものです」

 

真木が言うとおりである。

わざわざバッグワームを解除して自分の居場所を教えている。

さらに敵はいないというのに派手に通常弾(アステロイド)を撃ち、その弾が木々を倒す大きな音は遠くにいる荒船隊や諏訪隊にも聞こえるはずだ。

 

「これは敵を誘っている…と思われます」

 

奈良坂が自信なさそうに言う。

 

「ですがなぜそんなことをしているのかまではわかりません。バッグワームを解除するだけで居場所を教えることができるわけですから、通常弾(アステロイド)の無駄撃ちをする意味が理解不能です。しばらく様子見しましょう」

 

ツグミなら荒船と穂苅、また諏訪と笹森が一緒にいるところをアイビス(カノン)で撃てば楽に倒せる。

しかしあえてその手を使わないのは単に「つまらない」からである。

漆間と堤の時と同じでは面白くないと、違う方法で残りの4人を倒すため「誰も想像していない手段」を実行するつもりなのだ。

 

 

フィールド内では荒船隊と諏訪隊に動きが見えた。

荒船隊は諏訪隊が、諏訪隊は荒船隊がそれぞれツグミと戦闘を始めたと判断したからだ。

これまでずっと姿を隠していた彼女がレーダーに映り、戦闘をしていると思われる音が聞こえてきたものだから「バッグワームを解除して防御しなければならない状態での戦闘中である」と錯覚しているのだ。

まさか自分たちをおびき寄せる茶番だとは思うはずがなく、諏訪・笹森と荒船がレーダーを頼りにツグミのいる場所へと向かって行った。

ツグミも強化視覚(サイドエフェクト)を使用して自分に近付いて来る戦闘体3体を確認する。

 

(東からの2体が諏訪隊、北から西を回っているのが荒船さんね。わたしが動けばそれに釣られて諏訪隊のふたりが動く。そうすれば北の森にいる穂苅さんが諏訪隊と遭遇(エンカウント)する可能性がなくなるから、荒船さんも安心してわたしを追って来られるってわけ。まんまとわたしの作戦に引っかかってくれたわ…)

 

ツグミは諏訪・笹森のいる東側へと向かって走って行く。

それをレーダーで確認した諏訪がほくそ笑んだ。

 

「日佐人、霧科が荒船に追われてこっち来るぞ。上手くすりゃ2点イケる。だが油断するなよ。相手は荒船と霧科だ」

 

「わかってます。特に霧科隊長ですよね。前回の試合のログ、何度も繰り返し見ましたよ。海老名隊のふたり同時攻撃という大ピンチをいとも簡単にひっくり返したあの技、凄かったです。でも俺と諏訪さんの敵じゃありませんね」

 

「ああ。俺の散弾銃(ショットガン)とおまえの弧月ならやれる。霧科と荒船が連携してこなきゃ俺たちの勝ちだ」

 

笹森はツグミの本部時代のことを知らないが、諏訪は彼女と何度か個人(ソロ)ランク戦をしたことがあるくらいだから良く知っているはずである。

その諏訪が自信満々でいるからと、笹森は安心していた。

しかしツグミが「人の想像の斜め上を行く」戦術を生み出すことを()()にしているというところまでは諏訪も気付いておらず、それが油断となってしまったのだった。

 

 

「さて、そろそろ行くわよ…。グラスホッパー!」

 

ツグミは通常弾(アステロイド)を撃つのを止め、頭上を見上げて邪魔な木々がない場所でグラスホッパーを起動した。

 

「「「グラスホッパー!?」」」

 

解説席の3人が同時に声を上げた。

ツグミはグラスホッパーで大きくジャンプし、樹林帯の上に飛び出した。

続いてグラスホッパーを何枚も展開し、空中をジャンプしながら諏訪と笹森に近付いて行く。

 

[すわさん、ひさと、そっちに霧科隊長が真っ直ぐ向かってるよ。気をつけて]

 

[ああ、こちらも確認している]

 

ツグミが近付いていることを、オペレーターの小佐野瑠衣(おさのるい)が諏訪と笹森に知らせる。

これはオペレーターとして当然の行為であるが、もし彼女がツグミの行動に少しでも疑問を持ったのであれば結果は違ったものになったかもしれない。

ツグミの位置がわかっている諏訪たちと違い、諏訪たちはバッグワーム起動中であるからレーダーに反応することはない。

そしてツグミは「荒船から逃げている」はず。

諏訪たちがツグミのいる方向へ()()()()向かうことができるのは当然なのだが、ではなぜツグミは居場所の()()()()()の諏訪たちのいる方向へ()()()()に向かうことができるのか。

偶然ということもあるが、普通ならおかしいと思うべきなのだ。

 

通常弾(アステロイド)が止んだということは荒船からの攻撃から逃れたようだが、そうなりゃこっちのもんだぜ! 日佐人、レーダーの精度を上げて詳しい位置を確認しろ」

 

「了解です!」

 

笹森がレーダーの精度を上げると、彼らのちょうど西方向距離30メートルという場所にてツグミの反応があった。

 

「よっしゃ! これでやっと1点ゲットだぜ!」

 

諏訪と笹森はそれぞれ武器(トリガー)を構えてツグミが現れるのを待った。

移動速度と距離から彼女との遭遇(エンカウント)のタイミングを計り、諏訪が散弾銃(ショットガン)型トリガーで通常弾(アステロイド)を撃ちまくり、笹森が弧月で斬りかかるという得意の戦法でいくことにする。

しかし彼女は現れない。

時間の経過により霧が薄くなってきていて半径15~20メートルは視界が利くようになっているというのに彼女の姿がまだ確認できないのだ。

 

(おかしい…。もう見えるはずなんだが、木の陰に隠れているのか…?)

 

ツグミは諏訪たちの至近距離にいるのだが、彼らは気付いていない。

レーダーでは位置はわかっても標的の高度まではわからないという弱点があるのだが、そこを彼女は上手く利用していた。

空中にいる彼女の姿は霧だけでなく木の葉や幹に隠れて、まったく見えないからだ。

高い建物でもあればその上にいる可能性を考えるが、周囲はすべて樹木であるから彼女は地上にいる…と思い込んでしまうのも無理ない。

 

両攻撃(フルアタック)!」

 

ツグミは最後のグラスホッパーの板を蹴って高くジャンプすると、両攻撃(フルアタック)(トリオンキューブ)の雨を諏訪と笹森の真上から降らせた。

まさか頭上からの攻撃を受けるとは露知らぬふたりは防御(ガード)する間もなく、戦闘体は活動限界を迎えて緊急脱出(ベイルアウト)

仮に両防御(フルガード)で対抗しても、ツグミの火力の前には膝を屈するしかなかっただろう。

 

「グラスホッパーを使って空中を移動し、頭上からの通常弾(アステロイド)両攻撃(フルアタック)とは…。地上ばかりを警戒していた諏訪隊長と笹森隊員はなすすべもなく緊急脱出(ベイルアウト)で、霧科隊長は一気に2点ゲット! 一方的に得点を重ねていく玉狛第3。強い、強すぎです!」

 

真木が興奮気味に叫ぶ。

ここで奈良坂はツグミの意味不明の行動の理由が理解できた。

 

「なるほど…さっきのバッグワーム解除と通常弾(アステロイド)の無駄撃ちの意味がわかりました」

 

「どういうことですか?」

 

「はい、霧科隊長があのような行動をしたのは、彼女が敵に『自分たち以外の部隊(チーム)と戦っている』と勘違いさせるためではないかと。彼女は荒船隊には諏訪隊と戦っているように思わせ、穂苅隊員を安全な場所で待機させて荒船隊長が霧科隊長を追う。諏訪隊には荒船隊長と戦っているように思わせ『戦闘中の霧科隊長もしくは荒船隊長、あるいは両者を倒すことができる状況』を錯覚させたように思えるんです。戦闘中の人間は周囲に気を配ることが難しくなります。そこで諏訪隊は荒船隊長に追われている霧科隊長を奇襲するつもりだったのでしょう。ですが実際には霧科隊長は戦闘などしておらず、自分を狙って来るであろう諏訪隊に攻撃を仕掛ける準備は万全でいました。しかし諏訪隊長と笹森隊員はバッグワームを起動していましたからレーダーでは位置がわからないはず。それなのに霧科隊長はピンポイントで彼らの真上から通常弾(アステロイド)両攻撃(フルアタック)で同時にふたりを沈めました。彼女の火力なら可能ですが、どうすれば見えない敵に正確な攻撃ができたのか不思議です」

 

それは真木も木虎も同じことで、3人で頭を抱えてしまった。

しかしいくら考えてもわからないので、そのことは後回しにして先に進むことにした。

 

 

 

 

これで諏訪隊は全滅し、残るは荒船隊の荒船と穂苅、そしてツグミの3人だけとなった。

ツグミの位置は荒船たちに知られているものの、ツグミは彼らの位置がわからない…ということになっている。

荒船とツグミの距離は約50メートルで、荒船を引き離されなければツグミは緊急脱出(ベイルアウト)もできない。

おまけに他の部隊(チーム)の邪魔も入らないというのだから、この状況は荒船隊にとっては絶好のチャンスである。

間違いなく積極的に攻めてくるはずだ。

 

「ここで玉狛第3は5点ゲットしているわけですから勝利は確定しています。ならば荒船隊長から逃げ切って緊急脱出(ベイルアウト)するのが良いかと思うのですが…木虎さんはどうお考えですか?」

 

真木が木虎に訊く。

 

「そうですね、普通に考えればこれ以上点を取りに行く必要はありません。それに穂苅先輩の援護を受けて荒船先輩が斬り込んで行くという荒船隊の得意の戦法に正面からぶつかるのは非常に危険です。私が彼女の立場ならなんとか逃げ切る道を選ぶでしょう。しかし彼女がそんな消極的なことをするはずがありません。しかし荒船隊に戦いを挑むとなればそれなりの覚悟と戦術が必要です。ツグミ先輩と荒船先輩のふたりだけなら互角であっても、穂苅先輩の援護が加われば勝機は荒船先輩に傾きます。ですから荒船先輩と戦うにしても先に穂苅先輩を倒すか、または穂苅先輩の援護射撃ができない場所で戦うしかありません。どちらにしろ難しいですね。残り時間もあと僅かですから」

 

「ここで各隊員の位置関係を整理しましょう。中央の池の北側の森の中に穂苅隊員、池の西側を迂回して南側の森の中へ回った荒船隊長、そして荒船隊長から南東約50メートルの距離に霧科隊長というように3人ともバラバラになっています。そしてレーダーに映っているのは霧科隊長だけです」

 

真木の状況説明が終わるのとほぼ同時にフィールド内ではツグミが次の行動を開始した。

彼女は森の南東側の方へ走って行き、それを荒船が追いかける。

しかし彼女は逃げるようでいて、それで荒船から離れすぎないように一定の距離を保っている。

 

 

「さて…そろそろいいかな?」

 

ツグミは頃合を見てグラスホッパーを起動して大きくジャンプした。

そして穂苅の潜伏している北側の森へと向かって空中を飛んでいく。

当然この動きは荒船もキャッチした。

 

(しまった! これは罠か! 俺を穂苅から引き離す作戦だったか! しかしそうはいかねぇぞ!)

 

荒船は穂苅に通信を送る。

 

[穂苅、霧科がそっちへ行く。俺が着くまでなんとか生き延びろ]

 

[穂苅、了解]

 

荒船は慌てて穂苅との合流を目指すが、ツグミによってかなり引き離されてしまっている。

森の中を走り、池を迂回しながら進むとなれば、一直線に向かうツグミの速度に勝てるはずがない。

ならば穂苅自身が上手く立ち回って逃げ切るしかないのだ。

 

ツグミの行動を見ていた奈良坂が腑に落ちたという顔をして口を開いた。

 

「霧科隊長の行動は緊急脱出(ベイルアウト)を狙っているように見せかけて荒船隊長をフィールドの端へとおびき寄せるためのものだったようです。そういえば彼女は荒船隊長との距離を約50メートルという緊急脱出(ベイルアウト)できそうでできないという微妙な距離に調整していたように見えます。本気で緊急脱出(ベイルアウト)する気でいたならバッグワームを使って行方をくらませることもはずですから」

 

すると木虎が加わった。

 

「この分だと孤立した穂苅先輩に接近して討ち取るという作戦ですね。穂苅先輩と荒船先輩との距離は直線距離で約400メートルですが森の中を抜けて、さらに池を迂回しながら行くとなると5分以上はかかりそうです。一方、ツグミ先輩は空中を飛んでいきますからあっという間に着くでしょう。ただし穂苅隊員は初めからバッグワームを起動していて一度も解除していませんから位置がわかるはずがないのですが、もしかしたら…」

 

木虎はある仮説を持ち出した。

 

「ツグミ先輩には『強化視覚』というサイドエフェクトがあります。簡単に言うと目が良いということで、普通の人間の視力の何倍もあるそうです。ですから通常では見分けのつかないほど小さいものとか遠い場所のものを見つけることができるとのことで、その能力を生かせる狙撃を学んだと聞いています。菊地原先輩の『強化聴覚』が単に耳が良くて小さな音が聞こえるというだけでなく、非常に精密な聞き分けによって音から材質・重量・状態などの情報を得ることができるということですから、もし『強化視覚』に別の能力があったとして、それがトリオン体でできているものを検索(サーチ)できるのだとしたら、敵がバッグワームを起動していても位置がわかるのではないでしょうか。そうすると漆間隊長と堤先輩がアイビス(カノン)で撃たれたことも説明できます」

 

「しかしバッグワームはトリオン体の反応を消すオプショントリガーですから、トリオン体を検索(サーチ)できるというのは無理があるのではありませんか?」

 

真木が訊く。

 

「それはそうですが、トリオン反応は消えていても実際にはそこに存在するわけですから、彼女には見える…のではないかと私は推測しました。もっとも証拠があるわけではありませんから仮説に過ぎませんけど」

 

木虎の仮説は奈良坂や真木だけでなく観客たちにも衝撃を与えた。

ツグミの強化視覚(サイドエフェクト)のこと自体を知らない隊員は多く、さらに知っていた者も「トリオン体でできているものを検索(サーチ)できる」能力があると聞けば驚くのも無理ない。

彼女が味方になるなら心強いが、バッグワームやカメレオンが通用しないという非常に厄介な(ライバル)となる場合もある。

特にいずれ彼女と戦うことになるであろうB級隊員にとっては頭の痛い問題なのだ。

そしてメインモニターに映るツグミが何の迷いもなく穂苅に向かっているのを見て、誰もが木虎の仮説は真実ではないかと思えてきた。

 

 

一方、ツグミの能力に気付かない荒船と穂苅は大きな過ちを犯していた。

自分たちは試合開始から一度もバッグワームを解除していないのだから、ツグミに位置がわかるはずがない。

つまり彼女は当て推量で動いている。

だから意識して遭遇(エンカウント)しないようにすることは可能で、戦闘状態になるにしても自分に都合の良いタイミングを選ぶことができる…と考えて行動していることだ。

そして最大の失敗は、荒船と穂苅が霧科ツグミという人間を知らなさ過ぎたこと。

彼らが知っているツグミは、彼女の一面に過ぎない。

彼女には普段の礼儀正しく、正義感が強くて真面目な行動から察することができないブラックな部分がある。

霧科ツグミという人間は目的のためなら手段を選ばない狡猾さを持つ奸智に長けた人間なのだ。

 

 

 

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