ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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556話

 

 

休暇2日目、ツグミと迅と忍田は3人で十里木村にある龍王温泉へと1泊2日で()()旅行に出かけた。

この温泉は三門市から列車とバスを乗り継いで4時間ほどの山の中にある。

2日間とはいえボーダーの本部長が三門市を留守にするというのは不用心ではないかと思われるだろうし、たしかに以前の状況なら不可能だった。

しかし今では近界民(ネイバー)の出現による緊急出動もなくなり、固定給のあるA級隊員はともかくトリオン兵の討伐による出来高払いのみのB級隊員にとっては良いのか悪いのかわからない状況だ。

そこでB級隊員にも市内巡回1回につき5000円の手当が出ることになり、小遣い稼ぎくらいにはなっている。

それでもアフトクラトルの侵攻のように大規模な襲撃の可能性がないわけではなく、いざという時には司令官がいなくてはとんでもないことになるだろう。

そのために平時である今のうちに後継者を育てようということになり、ツグミたち総合外交政策局が拉致被害者市民救出計画を進めている間に忍田を中心とした「幹部候補生育成プロジェクト」では防衛隊員や職員たちの中から優れた人材を選び、専門家の指導を受けながら次代のボーダーの幹部を育成していた。

そして忍田の穴を埋めるのは東で、忍田が休暇を取っているこの2日間は彼が本部基地において有事の際には全防衛隊員の指揮を執ることになっている。

さらにゼノンの持つタキトゥスの(ブラック)トリガーを使用することによって居場所さえ確定していれば瞬時に本部基地へと帰還できるために遠出ができるようになったのだ。

20年以上も前にボーダーが創設されたことによって初期メンバーはその頃から原則として三門市を離れることはできなくなっていた。

旧ボーダー時代は少人数での活動だったし、現体制になってからはのんびりと旅行などする暇はなかったからツグミや迅にとって生まれて初めての「家族旅行」である。

忍田も小学生の頃に家族4人で行ったキャンプが最後の旅行らしい旅行であったから、慌ただしく計画して出発したこの旅行であっても感慨深いものがあった。

 

 

龍王温泉の一軒宿「龍王荘」は鬼怒田の親戚 ── 別居している奥さんの妹の嫁ぎ先 ── が経営している小さな温泉旅館である。

雪は解けたもののまだ春とは言い難い殺風景な風景が広がっていて、そのおかげで観光シーズンの前の宿はツグミたちの貸し切りとなっていた。

この宿の売りものは疲労回復、神経痛、筋肉痛、肩こり等に効く単純温泉とアレルギー、美肌に効果のある炭酸水素塩泉というふたつの異なる泉質を持つ露天風呂だ。

宿の収容人数が20人ほどしかないというのに風呂は一度に100人以上も入ることができるほど広いという無駄に贅沢な点が魅力的であるというのがツグミの弁であった。

鬼怒田の知人ということでツグミたち一行は宿の中で一番広くて景色の良い部屋を与えられ、夕食まではそれぞれ温泉に入ったり宿の周辺を散歩するなどして時間を潰した。

山の中の一軒宿だから周囲には何もなく、芽が出たばかりの木々や遠くに雪の残る山の頂などを眺めながらぼんやりとするしかないのだが、おかげで日常の忙しい時間から解放される。

特に忍田にとっては常に神経を張り詰めている状況であったから、この何もしない…と言うよりは何もできない環境は緊張を解くための最高の場所でもある。

携帯電話の電波が届かないから余計な連絡は入らずにのんびりできるというもの。

休暇中は仕事のことは忘れることにして純粋に家族旅行を楽しもうと、ツグミはわざわざここを選んだのだった。

 

夕食は素朴な料理だが山の幸満載であった。

周辺の野山で採集したフキノトウとタラの芽の天ぷら、ワラビやゼンマイのおひたし、セリが入った地鶏の鍋など野趣たっぷりのもの。

忍田と迅は瓶ビールを1本注文し、ツグミはオレンジジュースで乾杯をした。

そして寝る前にもう一度温泉に入り、忍田、ツグミ、迅の順で布団を並べて3人で眠ることにしたのだった。

 

 

 

 

「真史叔父さん、こんな機会はめったにありませんから昔の…若い頃の話をしてもらえませんか?」

 

布団に入った状態でツグミが忍田に言う。

 

「私の若い頃の話か?」

 

「はい。でも叔父さんだけでなく他の人たち、そして父…織羽のことも知りたいです。ボーダー創設についての経緯は城戸さんから聞かせてもらいましたが、それぞれがどんな青春時代を過ごしてきたのか興味があるんです」

 

すると迅も聞きたいようで忍田の方を向いて言った。

 

「俺も聞きたいです。俺の知らない最上さんのことを教えてください」

 

忍田が枕元の腕時計を見るとまだ午後9時を少し過ぎたところだ。

さすがにまだ寝るには早い時間で、彼も久しぶりに飲んだ酒のせいか気分が昂っていたものだからふたりの期待に応えようと思った。

 

「いいだろう。少々酔っているからとりとめのない話になるかもしれないが聞いてくれ」

 

忍田は常夜灯だけが灯った天井を見上げながら20年以上も前の自分が中学生だった頃の話を始めたのだった。

 

 

「ボーダーの歴史は近界(ネイバーフッド)からふたりの男が三門市にやって来たことから始まる。ひとりはこちら側の世界の人間で、自ら近界(ネイバーフッド)へと渡った空閑有吾。もうひとりはエウクラートン人のオリバで、彼らが現れなければ今でも近界民(ネイバー)の認識は今と違ったものになっていたことだろう。なにしろ異世界の人間がこちら側の世界へ密かにやって来ていて、住民を拉致しているとは想像もできなかったからな。おまけにわけのわからない怪物が人をさらう光景を見たとして、その怪物が異世界の人間の作った兵器と理解できるはずもない。ましてトリオンやトリガーなどという得体の知れないものもSF世界の想像上のもので、それらが現実に存在する近界(ネイバーフッド)という世界に住む近界民(ネイバー)と呼ばれる人間の作ったものだと知ることになったのは有吾さんと織羽義兄さんのふたりから話を聞いたからなのだ」

 

忍田は自分がまだ何も知らずに竹刀を振って強いヤツと戦いたいと血気に逸っていた頃に出会った有吾とオリバが自分の人生を大きく変えたと言う。

 

「私と林藤は市内の道場に通っていたのだが、そこは行儀の良い()としての剣道しか教えない場所で私や林藤には不満しかなかった。そんな時に城戸さんと最上さん、そして緒方策之助…以前に会ったが覚えているか?」

 

「はい、県警の本部長さんですよね。ボーダーには入らずに近界民(ネイバー)絡みの事件を警察の側からもみ消すなど裏工作をして協力してくれているって。それとお父さんがこちら側の世界で受け入れるためにお祖父さんと緒方さんのお父さんが根回しをして戸籍を用意してくれたということも聞いています」

 

「そうだ。その3人がどの流派にも属さない言わば野良剣術のグループを作っていると聞き、私と林藤は会いに行った。そこで有吾さんと織羽義兄さんと出会ったんだが、まだその時にはこのふたりの正体は教えられなかった。まさか彼らが近界(ネイバーフッド)から来た人間で、彼らを含めて4人でボーダーなどという組織を結成して水面下で動いていたことなど知る由もない。そして私たちは城戸さんたちに認められてボーダーに入隊することになったのだ」

 

「タダの剣術バカだったらスカウトはされなかったでしょうから、当時すでにトリオン計測装置があったということですね?」

 

「ああ。有吾さんと織羽義兄さんが近界(ネイバーフッド)から持ち込んだものはいろいろとあった。特に技術者(エンジニア)としての才能があった織羽義兄さんがいたから武器(トリガー)の量産が可能となったのだし、何よりもあの人が持っていた(ブラック)トリガーを元にした疑似(マザー)トリガーがあったからこそ旧ボーダー時代におまえたちを含めて10人を超える大所帯を支えることができたと言えよう。今の玉狛支部の建物を本部としていたから当時の()()が今でも使用されている。それはおまえたちの方が詳しいだろう」

 

「はい」

 

「おまえたちが入隊するかなり前に有吾さんはボーダーを離脱した。しかし時々近界(ネイバーフッド)から土産を持って顔を出していたからおまえたちの会ったことがあるはずだ。あの人は『自分は近界(ネイバーフッド)の方が性に合う』と言っていたからいずれはあちらの世界で家族を作って骨を埋めるつもりなのだろうと思っていた。だからしばらくしてこちら側へ来なくなったのはどこかの国で家族と穏やかな暮らしをしているものだと想像していたのだが…。まあ本人は後悔などしていないだろうが、私はもう一度あの人に会いたかった。良き先輩であり、誰よりも近界(ネイバーフッド)玄界(ミデン)のふたつの世界を楽しんでいた人だったからな」

 

忍田は有吾のことを慕っており、遊真が三門市へやって来てから城戸が彼の(ブラック)トリガーを強奪しようとしたあの事件に関して玉狛支部側に味方したのは当然のことだったと改めて感じられた。

得体の知れない近界民(ネイバー)ならともかく有吾の息子である可能性のある少年ならば無茶なことをするよりも直接会って話をすべきであったのだ。

それを城戸は問答無用でA級トップチームと三輪隊を向かわせた。

仮にここで遊真がボーダーを敵と認識してしまったらアフトクラトルによる大侵攻で大きな犠牲が出ていたかもしれない。

そう思うと城戸の近界民(ネイバー)に対する激しい敵意はボーダーにとって危険な思想であったと言えよう。

一歩間違えればボーダーという組織は内部から分解されてしまった恐れもあるからだ。

もっとも彼の近界民(ネイバー)に対する意識はその後大きく変わった…いや、ツグミによって変えられたことでボーダーの空中分解の不安はなくなったのだが。

 

「有吾さんと最上さんは剣のライバルだった。どちらも正当な流派というものはなくすべて自己流で、荒々しい中に精密で美しい太刀筋が見えて私にとって非常に魅力的なものだった。だからボーダーに入隊してからはふたりが競って剣の腕を上げていく姿を見て憧れ、特に有吾さんの近界(ネイバーフッド)での戦いによって磨かれた実戦剣術を私は見様見真似で覚えたものだった。しばらくしてからあの人は私に稽古をつけてくれるようになり、そういった点ではあの人は私の剣の師匠だと言える。林藤は最上さんに懐いていて、あいつの剣は最上さんの流れを汲んでいる。そして城戸さんが私たちにも武器(トリガー)を持たせてくれるようになったのは私が高校に入学した春だった。高校入学祝いという意味だったのだろう。今のように高校生活とボーダー活動を両立するのは難しく、部活動などできる状況ではなかったからな。それでボーダー活動に力を入れてもらおうとモチベーションを上げるために武器(トリガー)を持たせたのだと思う。…しかし城戸さんはその直後に後悔をしただろうな。なにしろ私は武器(トリガー)を与えらえて有頂天になり、駐車場で武器(トリガー)の稽古をしていてあの人の車を真っ二つにしてしまったのだ。あの時の城戸さんの青ざめた顔は今でもはっきりと覚えている。文蔵氏…おまえのお祖父さんが新しい車を用意してくれて、その車というのが城戸さんが今乗っている車だ」

 

「ずいぶんと古い車に乗っているとは思っていましたが、そういう経緯があったんですね。それにしても駐車場で武器(トリガー)の稽古だなんて無茶をしますね。停めてある車の近くで(ブレード)を振るなんてうっかりし過ぎですよ」

 

「いや、十分離れた場所でやっていたのだが、なぜか刀身が伸びたのだ。実はこの時何が起きたのか私自身も理解できていなかったのだが、当時の(ブレード)トリガーは弧月の元になったもので、刀身が伸びたという旋空と同じ効果を持つ攻撃を私は無意識に行っていたらしい。理由は未だ解明できていないが、(ブレード)トリガーを使用する際に自らのトリオンを刀身に込めていて、その効果で攻撃範囲が広がる能力を持っていたのではないかということで片付けられた。当時は射程のある攻撃方法はなく、全員が(ブレード)トリガーを使用していたので私のこの能力を他の人間が使うことができれば戦力アップとなると考え、そしてできたのが旋空なのだ。ただし完成したのは第一次侵攻後なのはおまえたちも知っていることだろう。それよりもずっと前に弾トリガーが完成して射程は伸びたからな。林藤は早々に弾トリガーの訓練を始めて、今でいう万能手(オールラウンダー)へと転向してしまった。私は不器用なものだから弾トリガーの扱いが下手で(ブレード)トリガー一筋でいくことにしたのだ」

 

「オプショントリガーのない時代に旋空の効果を持つ技を無意識に使っていただなんて初めて聞きました。真史叔父さんって天才だったんですね!?」

 

ツグミが感心したとばかりに言うものだから、忍田は嬉しかったがすぐに否定した。

 

「いや、そうではない。何しろその旋空を使えたのはあれ1回だったからな。偶然、もしくは武器(トリガー)の一時的な誤作動だったと考えるのが無難だ。あの一件で城戸さんを怒らせることにはなったが、おかげで新しい武器(トリガー)の開発のきっかけになった。昔の…おまえたちが入隊する前のボーダーは設備が不十分で、技術や知識は織羽義兄さんに頼ってばかりだった。だから有吾さんは近界(ネイバーフッド)へ行っては新しい武器(トリガー)を手に入れて来てくれたのだろう。だから有吾さんはボーダーの…三門市民の大恩人だ。しかしあの人の功績は公にすることはできない。あの人に関わったことの多くは民間人に知られてはならないことばかりだからな。せめて私たちだけでも記憶に留めておかなければならない。あの人を覚えている人はずいぶん減ってしまったが、それでもあの人の輝きは永遠に褪せることはないだろう」

 

ボーダーの過去については公にできないブラックな点が多いために、ツグミが書いた「歴史」を正史として発表としている。

そこで城戸たち初期メンバーについては名前を明らかにしている者もあれば、非公開にしている者もいる。

故人となっている最上については「M」とイニシャルのみで公開していて、ボーダーの根幹に関わることはすべて彼の()()としている。

それは今となっては本人に確認することが不可能なことであるからで、城戸たち存命メンバーは与り知らぬこととして済ませるための方便だ。

織羽と有吾は故人であっても近界民(ネイバー)であったり、近界(ネイバーフッド)へ何度も渡航していたなどとは絶対に知られてはならないことで名前だけでなくどのような人物なのかも伏せている。

特にこのふたりにはツグミと遊真という血縁者もいるため、万が一正体がバレたら彼女たちにも影響が及ぶことになり公にしないことにした。

ボーダーの創立やそのメンバーのプライベートなことは三門市民の安全のためであれば隠しておく方が良い。

嘘をついている「罪」は全部自分が背負うという城戸の言葉は本物で、ツグミも彼の気持ちに打たれて()()となる道を選んだのだった。

 

「最上さんは有吾さんの話す近界(ネイバーフッド)の世界に興味を持っていた。近界民(ネイバー)である織羽義兄さんよりもこちら側の世界の人間だというのに自ら近界(ネイバーフッド)へ渡った有吾さんの方に惹かれたらしい。エウクラートンの技術者(エンジニア)だった織羽義兄さんよりも傭兵として数々の戦場を渡り歩いた有吾さんの話の方が面白かったしな。私も同じく有吾さんの話す数々のトリガー使いとの戦いを目を輝かせて聞いていた覚えがある。最上さんと有吾さんがお互いを剣のライバルと認識していたのは同じ()()()を感じ取ったのだろう。現に遠征の度に最上さんは現地で生き生きとしていた。近界民(ネイバー)と仲良くすることに異論はないが、自分と大切な仲間のに仇なす敵となるならば絶対に容赦はしないという意思が誰よりも強かったのが最上さんだったのだ。一方、林藤は織羽義兄さんの技術者(エンジニア)の話に魅力を感じたようで、訓練よりも武器(トリガー)作成の手伝いばかりしていたな」

 

「なあ忍田さん、ひとつ聞いてもいい?」

 

迅が口を挟んだ。

 

「何だ?」

 

「俺の母さんが近界民(ネイバー)に殺された時、孤児になった俺を最上さんが引き取ってくれた本当の理由を教えてもらえないか?」

 

まだ近界民(ネイバー)の存在を迅さえも知らなかった頃、迅の母親はトリオン兵に殺された。

拉致をしようとしたところ抵抗をされて意図せずに死なせてしまったというところだろう。

詳しい話は迅に教えられず、ただその時にいち早く駆け付けた最上が彼を保護してそのまま養育することになったのだった。

 

「いいだろう。別に口止めをされてはいなかったし、今となっては話したところで当事者はもういないからな。…実はおまえの父親と最上さんは親友だったのだ」

 

「俺の父さんと最上さんが?」

 

「そうだ。おまえの両親が結婚した時には式にも出席したそうだし、それ以降も付き合いは続いていた。しかし不慮の事故でおまえの父親は死亡し、残されたおまえと母親をこっそりと支援していたらしい。おまえの小学校の入学式の時の写真を見せてもらったことがある。たぶん母親が最上さんに渡したのだろう。親友の遺児であれば我が子のように育てようと決心し、()()遠征でもおまえだけは絶対に守ろうとして(ブラック)トリガーになったのではないかと私は考えている。自分の剣術のすべてをおまえに託し、自分の果たせなかった願いをおまえに叶えてもらおうとしたからこそ、あの人の最期は潔かったのだと思う」

 

「…全部初耳だ」

 

「特に言う必要がないとあの人は考えていたんだろう。本人が言わないことを私のような他人が言うことでもないしな。秘密にしていたわけではないのだ」

 

「わかっています。それにしても俺の父さんと最上さんが親友だったというのは意外でした。俺の記憶にある父さんは物静かな柔らかい感じの人で、最上さんとは全然違うタイプの人間でしたから」

 

「自分とは違う人間に惹かれるということは良くある。最上さんから聞いた話だと中学と高校が一緒で、知り合ったきっかけは些細なものだったそうだ。そのきっかけとは何だと思う?」

 

「さあ? 想像もできません」

 

「掃除当番だった最上さんはその日どうしても早く道場へ行かなければならず、それまで一度も口を利いたこともないおまえの父親に頼んで掃除当番を代わってもらった。なぜ仲の良い友人ではなく口を利いたこともないタダのクラスメイトに頼んだのかを訊くと、最上さんは『なんとなく』と答えた。そしておまえの父親は『これまで関わりのなかった自分に頼むくらいだから本当に困っていたのだろうから』と最上に言ったらしい。もし最上さんが『なんとなく』でも声を掛けなかったら未来は全然違うものになっていたかもしれないな」

 

「人の出会いや別れは面白いものですね。行動するかどうかは当事者の意思によるものですが、それが将来どんな影響を与えるかなんて想像もできない。だから勝手に運命だとか必然だったなんて言うんです。俺にはほんの少しですけど未来が視えていて、この力をより良き未来になるよう役立てていたつもりですが、結局そんなものがなくても自分が正しいと思った道を邁進していくツグミには敵いませんでした」

 

迅がそう言うと、ツグミは彼の方を向いて言った。

 

「だってその時の行動の結果は未来にならないとわからないじゃないですか? だったら後悔しないように今を正しく見据えて未来がどうなるのかを考えて行動するしかありません。あらゆるものはどれも繋がっていて、どの糸を切るか手繰り寄せるか選択することで未来は変わるんですもの。運命の糸を全部手繰り寄せることは不可能ですし、全部切ってしまったら何も残らない。どの糸をどうするのか選ぶのは本人次第で、その結果は自分が招いたもので全部自己責任です。誰にも文句は言えません。わたしはそうやって生きてきました。もし仮にこの宿が夜中に火事になってしまって3人とも死んでしまったとしましょう。でもわたしは後悔しないと思います。ここに来ようと思ったことも実際に来たこともわたしの選択ですから。ただ未練は残るかもしれません。でもあの時あれをやっておけばよかったと言うものではありません。わたしは自分にできることを最善と考えるタイミングでやっていますから、やれることは全部やってしまっています。未練というのは玄界(ミデン)の人間と近界民(ネイバー)がお互いに手を取り合ってより良き未来を創ろうとする姿を見ることができないことです。もっとも死後の世界からでも見ることができるのなら未練はないですね」

 

とんでもないことを平然と言ってのけるツグミに迅と忍田は「相変わらずだな」と苦笑するしかなかった。

 

それから1時間ほど忍田から城戸を含めたボーダー創設期メンバーのエピソードを聞き、遠くからフクロウらしき鳥の声が聞こえてそれに耳を傾けているうちにツグミは深い眠りの中へと落ちていった。

 

 

 

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