ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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557話

 

 

ささやかな家族旅行を終えて三門市に戻って来たツグミと忍田はその足で玉狛支部へと向かった。

というのも新東三門駅で列車を降りるとレイジが車で迎えに来ており、そのまま有無を言わさずに玉狛支部へと連れて行かれたのだ。

4月9日、この日は迅の22歳の誕生日である。

1年前はヒエムス遠征で忙しい時期であってお祝いらしいことができなかったため、今回は派手に誕生パーティーを開こうということになったのだ。

何も知らされていなかった迅は玉狛支部の前に着くと「おや?」という顔をした。

どうやら彼は未来視(サイドエフェクト)で自分のこうなる未来を視えてはいなかったようだ。

 

玄関ドアを開けるとそこには小南が仁王立ちして待っていた。

 

「小南、何でそこに…?」

 

まだこの時点でも迅はこの日が自分の誕生日であり、ツグミたちが祝おうとしていることに気が付いていないようであった。

 

「まあ、いいから早く中へ入りなさいよ」

 

小南に促され、ツグミたち一行は食堂へと向かった。

そして食堂のドアをツグミが開け、迅に中へ入るよう促す。

 

「さあ、ジンさんからどうぞ」

 

「ああ」

 

迅が食堂の中へ入ると、部屋の中はにぎやかに飾り付けられていて玉狛支部とレジデンス弓手町のメンバー全員が勢揃いしていた。

テーブルには色とりどりの料理が並んでいて、ビュッフェ式に好きな料理を自由に食べるようになっている。

 

「なんだ? 今日は誰かのお祝いか何かなのか?」

 

迅のとぼけた発言に一同は呆れるやら困惑するやらで、サプライズパーティーだということでツグミは何も言わずに連れて来たのだがここまで鈍感だとがっかりしてしまう。

 

「ジンさん、こんな大事な日のことを忘れてしまうほど歳を取ってしまったんですか?」

 

「バカを言うな。俺はまだ21歳だぞ…って、あ…」

 

ツグミの「歳」というキーワードでようやく迅は自分の誕生日であることと、それを祝うために仲間たちが集まってくれたのだということに気が付いたのだった。

 

「みんな、俺のためにこうして…」

 

「やっとわかったんですね。気付かれないようにこっそりと連れて来ましたけど、この状況を見ても自分の誕生日だということを思い出さないなんて困った人です。でもそうさせてしまったのはわたしなんですよね…。去年の誕生日はヒエムス遠征で忙しくてそれどころじゃなかったんですから」

 

「それは仕方がないさ。でもプレゼントは貰ったし、ほら今もそれをつけているんだぜ」

 

迅はそう言って左手首にある腕時計を見せた。

それはツグミが昨年の誕生日にプレゼントしたもので、同じブランドの女性用を彼女も使用している。

 

「それはそれ、これはこれです。それにわたしだけでなく他にもあなたの誕生日を祝いたいという家族や仲間はいっぱいいるんです。だったらできる時には全力でやろうということになって計画と準備をしたというわけです。ちなみに言い出したのはわたしではなくオサムくんなんですよ」

 

「メガネくんが?」

 

迅は玉狛支部のメンバーと混ざって立っている修へと視線を向けた。

すると修はバツの悪そうな様子で言う。

 

「実はぼくと空閑と千佳は以前から迅さんに何かしらの形でお礼をしたいとずっと思っていたんです」

 

「俺にお礼?」

 

「はい。ぼくたちは迅さんがいてくれたからこそ今があるんです。特にぼくにとっては大恩人で、あの時に迅さんに助けてもらっていなければバムスターに食われていたくらいですからどんなに言葉を尽くしてもこの気持ちを表すことはできません。だから行動によって恩返しをしたいと思っていましたが、これまではずっと自分のことでいっぱいいっぱいで何もできていませんでした。でもようやくぼくは自分のやりたいこととやるべきこと、そして今のぼくにできることが一致したんです。だから何と言うか…心に余裕ができて、今こそ何かの形でお礼をしなければという気になったんです。まず空閑と千佳に相談をしてふたりともぼくと同じ気持ちだったということで、次にレイジさんに相談をしました。それで玉狛支部全員で誕生日のお祝いをしようということになったわけですが、霧科先輩たちを無視してぼくたちだけでというわけにはいきません。そして霧科先輩に話をしたのが2月の中頃で、そうしたら4月の誕生日のお祝いをみんなでやろうという話になりました。でもその頃は拉致被害者市民救出計画でラグナへ遠征するという話が進んでいて、もしかしたらタイミングが合わないかもしれないと不安になりましたが、霧科先輩は迷うことなく断言したんです。『大丈夫、わたしが4月9日には必ず全員で集まることができるようにするから』と。有言実行、さすが霧科先輩です」

 

修がツグミの名を出したものだから、その場にいる大勢の視線が彼女に向けられた。

 

「ラグナ遠征ではわたしの計画外の長期滞在に冷や汗を掻いた人もいるかもしれませんが、わたしは一度約束したことは必ず守ります。もちろん自分の意思に関わらず不可能な状況に陥ることはあるでしょうが、そんなことを恐れていては何もできませんからね。低い志で低い目標を定めたところで達成感はありませんし、何よりも努力をせずに叶ってしまったら面白くないです。それよりも達成が難しい高い目標を定めてそれに向かって頑張る方がずっと楽しいです。だからこれからもわたしが普通の人には無理だとか無茶だと思うことをしようとするでしょうが、どうかそれを見守ってください。また今回のようにみなさんの協力を求めることがあれば遠慮なく頼みますのでどうぞよろしくお願いいたします」

 

そう言ってツグミは皆に頭を下げた。

この誕生日パーティーは始まりこそ修の「迅へのお礼がしたい」というものであったが、実際にはそのずっと前から計画されていたものだ。

もちろん拉致被害者市民救出計画を優先しなければならないのでタイミングを外せば昨年と同じように特別なことはできなくなる。

そこで綿密な計画を立てていて、会場を玉狛支部の食堂として決めたことから林藤とレイジたちが中心となって準備をしてくれていた。

ところがラグナ遠征が大幅に時間がかかったことから林藤たちは慌てた。

なにしろ主役がいないであればパーティーどころではない。

しかし無事に開催できるとなり、会場設営や料理や準備を始めることになった。

例によって部屋の飾りは陽太郎とレクスの手作りで、料理は前日からレイジと小南とゆりが中心になって用意をしてくれた。

京介はバイト先のレストランで賄い料理を分けてもらっていて食卓が少しだけ豪華になっている。

これはツグミたちには内緒の話だが、迅の誕生日を祝おうとしてツグミや玉狛支部のメンバーが計画していることを林藤と忍田がさりげなく城戸に伝えていて、それもあって彼は総合外交政策局員に特別休暇を与えたのだった。

おかげで迅を市外へと連れ出して、残るメンバーが会場設営や料理などの準備をすることができた。

修たちに実家へ帰れと言ったのは家族団らんの時間を過ごすことと同時に平和で穏やかな時間がどれだけ大事なのか、そのために今自分に何ができるのかを考えさせる時間を与えるためであった。

その甲斐もあってか修、遊真、千佳の3人は迅に対して単にボーダー入隊のきっかけを作ってくれたというだけでなく、ツグミと共に導く者として自分たちを成長させてくれたことを改めて感謝することとなる。

玉狛第1のように直接武器(トリガー)の取り扱いを教えるようなことはなかったが、迅の存在は修たちにとって師匠でも先輩でもなく「恩人」という言葉がピッタリ当てはまるのだ。

これまでの迅の果たした功績は未来視(サイドエフェクト)によるものが大きいが、それ以上に彼自身の人間性がなせるものであった。

過去に何度も辛い目に遭ってきた彼だから、そしてすぐそばに守りたいものがあったからこそ周囲の羨望や中傷など気にせず自分のやるべきことをやってきたのだ。

その「守りたいもの」こそがツグミである。

彼女が「迅が苦しむ未来を視せないように自分が未来を変える」と言って頑張ってい姿を間近で見ていれば愛おしさも倍増する。

そんな彼女の気持ちのおかげか、自分自身の気持ちによるものかわからないが、日々「トロッコ問題」を突きつけていた忌まわしい副作用(サイドエフェクト)が消えつつあった。

おかげで城戸たちは彼の未来視(サイドエフェクト)に頼ることはできなくなったものの、彼が望まぬ能力によって苦しむことがなくなったことを喜んでいる。

未来が視えないことが普通であり、未来視(サイドエフェクト)などなくても最善の未来を目指して突き進むツグミを見ていれば、これこそが本来あるべき人としての姿なのだと誰でも思うものだ。

だから迅の誕生日を祝うと同時にツグミへの感謝の気持ちを表すための会食となり、準備も彼女抜きということになった。

ツグミは自分と忍田が迅を市外へ連れ出したと思っているが、実際には忍田が林藤たちとグルで、忍田がツグミと迅を三門市から遠ざけたのである。

さすがのツグミもそこまでは気付いていないようだ。

 

「さあ、せっかくの料理が冷めないうちに食おうぜ。さ、主役はこっちこっち」

 

林藤が迅を引っ張って上座に立たせ、その間にそれぞれがテーブルの上に置いてある飲み物を好き勝手に取る。

成人は多いが未成年者もいるために全員がノンアルコール飲料なのはちょっと残念ではあるが、それでも皆の迅の誕生日を祝いたいという気持ちは本物だ。

 

「みんな、飲み物は持ったな? じゃあ、僭越ながら最年長者として乾杯の音頭をとらせてもらう。…迅、誕生日おめでとう!」

 

「「「「迅さん、お誕生日おめでとう!」」」」

 

「そして乾杯!」

 

「「「「乾杯!」」」」

 

照れくさそうな迅を囲みながらパーティーが始まった。

 

 

始めのうちはそれぞれが自分の皿に料理を盛って好き勝手に食べていて、ある程度空腹が満たされてくると今度は歓談となる。

修と遊真は迅に声をかけた。

 

「迅さん、今いいですか?」

 

「メガネくんと遊真か。いいぞ、何だ?」

 

「さっきも少し言いましたけどぼくと空閑と千佳は迅さんに感謝しています。この気持ちを言葉にするのは難しく、こういう形でしか表せないのがもどかしいです」

 

「いや、そんなこと気にすることはないよ」

 

「たぶん迅さんはそう言うと思ってました。でもそれではぼくの気が収まりません。だからこのパーティーはぼくの自己満足でもあるわけで、自分のために開いたようなものです。それで迅さんが喜んでくれたらなお良し。これってまるで霧科先輩の考え方と同じだって気付いたら何か嬉しくなってしまい、それで迅さんに話したくなったんです」

 

「俺も同じようなもんさ。ツグミは自分に厳しく他人にも厳しい。同時に自分に正直で他人にも正直だから一緒にいて心地良いんだな、これが。だからいつの間にか考え方や行動があいつに似てくる。俺もまず自分ありきで、その後にあいつやおまえたち後輩や仲間のことが後から()()()()()。考えてもみろ。自分をそっちのけで他人のために何かするっていう自己犠牲的なことできるか? できるって言う奴がいたらそれは信頼できないな、俺は。ツグミみたいに『全部自分のため』と断言する方が正直で信頼できる。そして俺もそうありたいと思うんだ」

 

「はい、ぼくにもその気持ちわかります。…アフトの大規模侵攻直前、ぼくが中学で訓練用トリガーを使ってモールモッドを倒そうとした時のことです。規定(ルール)違反だと承知していたし自分の力では倒せないこともわかっていました。でも自分が『そうするべき』と思ったことから一度でも逃げてしまえば、本当に戦わなければいけない時にも逃げるようになるという信念で凝り固まっていたぼくには逃げるという選択肢がなかったんです。たしかにあの時は正隊員の到着を待っている余裕はありませんでした。でもだからといってぼくが戦う必然性もなく、逃げたとしてもそれは正しい判断であったはず。でも逃げずに戦い、力足らずでぼくは空閑に助けられることになりました。力のないぼくが身の丈に合わないことをしようとして命を落としかけたのは2回目で、ここでぼくは自分が愚かであることを知るべきでした。ここでの最適解は空閑と力を合わせてみんなが逃げるための時間稼ぎをすることだったと思います。もちろんこの答えは今だから言えることですが、その答えをその時に導き出すことができなければダメなんです。ぼくは訓練生でしたから戦うのではなく逃げるという選択でも間違いではなかったでしょうし、むしろぼくの実力ではそれが正解だったかもしれません。それなのに僕が逃げなかったのは本当に『そうするべき』であったからなのか。今になってみると違っていた気がします」

 

「どういう意味だ?」

 

「もしあの事件で犠牲者が出たとします。そしてあの場に訓練生とはいえぼくがいたのに何もしなかったと知られてしまったら、きっと周りの人たちはぼくを責めたに違いありません。第三中学には正隊員・訓練生含めてぼくしかいませんでしたから、何もしなかったぼくに責任を押し付ける。ぼくが戦っていたら犠牲者は出なかっただろうと責め立てたんじゃないかと。それが怖いから無謀であっても戦いに挑んで頑張ったんだというアリバイを作りたかった…という気がしてきたんです」

 

「……」

 

「それは千佳が人を撃てないと言っていた問題と根っこは同じです。他人の目を気にして自分を偽り、周りから嫌われたくないから頑張っているフリをする。本当のぼくは卑怯で矮小な人間だったんです。そんなに周囲の目を気にするくらいなら努力して正隊員になるべきだったのに、その努力から逃げていたのはぼくの心が弱かったから。一番逃げてはいけないものからぼくは逃げていました。そんな弱いぼくに霧科先輩は厳しかった。でもそれはぼくたちが近界(ネイバーフッド)遠征に参加したいという分不相応な願いを叶えるためで、ダメダメだったぼくでもようやくアフト遠征に参加することができました。それで自分の『そうするべき』と思ったことから一度でも逃げてしまえば、本当に戦わなければいけない時にも逃げるようになるといういかにも正論的な言い訳を改めることにしたんです。たしかに逃げることに慣れてしまえば何でもかんでも逃げて解決するようになるかもしれません。でも『逃げ』も戦いの手段のひとつであり、自分が『そうするべき』ことと思って逃げたくないのなら力を身に付けさえすればいい。実力もないのにそれ以上のことを求めようとするから危険なのであり、B級隊員になったばかりの玉狛第2がA級の人たちと一緒に遠征に参加したいという無茶苦茶なことを願って周囲の人たちを振り回していました。そこを深く反省しています。そしてこんなぼくを導いてくれた霧科先輩と見捨てずにいてくれた迅さんには心から感謝していて、おふたりを見本としているうちに考え方が似てきた気がするんです。今のぼくのやりたいことは総合外交政策局の仕事でそれがやるべきことであって今のぼくにできること。全部が一致したのもおふたりと一緒にいたことで感化されたからだと思います」

 

自信満々で言う修の姿を見ていて、迅はこの2年半での成長が目覚ましいものだと感じた。

 

(バムスターに驚いて腰を抜かしていただけのメガネくんがずいぶんと大人らしいことを言うようになったもんだ。ボーダーの未来のために必要な()だというだけの存在だった彼を俺は失いたくないからいろいろ面倒を見てやった()()なんだが、それを知らない彼は俺を恩人と思って感謝をしてくれている。ここで本当のことを言えば彼はがっかりするだろう。だから真実を言う気はないが、少々申し訳ない気もするな。これも全部自分のためにやっていることで、結果的に彼のためにもなっているという『ツグミ理論』そのものだ。自分のために他人を犠牲にするというのは論外だが、自分が自分のために生きて何が悪い。いや、自分のために生きてこその自分の人生だ。そしてメガネくんが良かったと思うならそれでいい。恩人の役を最後まで演じてやろう)

 

そんなことを考えていると修は続けた。

 

「特別休暇の3日間、ぼくは空閑を家に連れて帰っていたんです。ほら、玉狛支部にはいられないからという理由で、行く当てのない空閑を友人として招待しました。出会って2年以上も経つのにまだ一度も家に呼んだことがなかったんです。こうしてみるとぼくは玉狛支部以外の人たちとの接点が少なくて、親友と呼べるのは空閑くらいしかいません。そんな彼を家に呼んだこともないなんておかしいですよね? それで急なことだったので単身赴任中の父に会ってもらうことはできませんでしたが、母とぼくと空閑の3人で一緒に買い物に行ったり食事をしたりと家族っぽいことをたくさんしました」

 

「それでどうだった、遊真?」

 

迅が遊真に訊くと、彼はニコニコしながら答える。

 

「おれのオフクロはおれが物心つかないうちに死んでしまったから母親ってもんがどういう存在なのか良くわからなかった。でも香澄さんの料理は美味しいし、おれが近界民(ネイバー)だってことを知っていても全然気にしないで普通に接してくれた。優しくて実年齢よりもずっと若く見えるあの人が平均的な母親でないことはわかってる。でもとても楽しかった。それで十分だと思う」

 

「そうだな。俺だって家族と呼べる対象はもういない。でも新しい家族が周りにいっぱいいてくれる。それが世間で言う家族とは違うものであっても、俺が家族だと思うんだからそれで十分だと思っている。それに遠くない未来に本当の家族もできる。今そのことで胸がいっぱいだ。失ったものは大きいが、それ以上に手に入れたものが大きくて愛おしい。大事にしたいと思う。今におまえやメガネくんにも同じような相手が見付かり、その時になれば今の俺の気持ちもわかるだろうな」

 

「その日が来るのが楽しみだ」

 

遊真はそう答えて意味深な目で修の顔を見た。

修本人はそれに気付いておらず、そのとおりだと言わんばかりに迅の言葉に大きく頷いていた。

 

 

 

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