ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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559話

 

 

記者会見の場で城戸がアフトクラトルを同盟に加入させる旨を発表してからボーダーの市民窓口と三門市役所では市民の意見を4月20日まで募集していて、その寄せられた意見と賛否のアンケート結果を元にして市議会において審議をすることになった。

驚くべきことは寄せられた意見の数で、年齢は10歳から97歳までと幅広い層にわたり、総数は約12万2600件で市民の約44パーセントというからその関心度の高さがうかがえる。

なぜこのように意見の数が多かったのか…それは意外なものであった。

市内の小学校、中学校、高校に通う生徒たちの約65パーセントが意見を投じてくれたからである。

また小学5年から高校3年までそれぞれ「近界民(ネイバー)との共存」についての特別授業を行い、それに伴い課題として自分の意見を原稿用紙2枚程度にまとめて提出し、それを学校単位でまとめて三門市役所に届けたというのだ。

子供たちがそれだけ関心を持っているとなれば大人たちも無関心ではいられず、子供が学校で行った授業の内容を聞いた親も自分たちの住む三門市の未来のことだとして意見を投じたのだった。

そしてその結果だが「大いに賛成」が約26パーセント、「賛成」が約45パーセント、「どちらかと言うと反対」が約11パーセント、「絶対に反対」が約6パーセント、「わからない」「どうでもいい」が約12パーセントというものになった。

ただしこれはアフトクラトルの同盟加入についての賛否である。

同時に近界民(ネイバー)との共存について意見を訊くと「大いに賛成」と「賛成」で約88パーセント、「絶対に反対」と「どちらかと言うと反対」が7パーセントなので「友好的な近界民(ネイバー)と暮らすのはかまわないが、三門市に大きな被害を与えたアフトクラトルの人間を仲間にするには抵抗がある」ということであろう。

とりあえず市民の意見を踏まえた上で三門市議会が25日と26日の2日間開催されて「市民の総意」が採決されることになり、その内容がボーダーに伝えられる。

しかし「市民の総意」によってボーダーの方針が変わるわけではない。

ボーダーは近界民(ネイバー)と友好的な交流を進めるためにアフトクラトルをこちら側の陣営に組み入れることを計画に入れているため、いくら市民が反対しようとも計画の変更はありえないからだ。

つまり市民の意見を汲み取るというのは茶番なのだが、だからといって彼らの意思を無視するということはない。

彼らが近界民(ネイバー)に対してどのような()()()()()を求めているのかを知る材料にはなるし、ボーダーが三門市民のために存在する組織である以上は彼らに対して不利益を生じるようなことは絶対にありえないのだから。

そして三門市議会にはツグミが出席することになり、そのことが「こちらボーダー広報室」で知らされたからなのかどうかわからないが傍聴希望者が定員の4倍となってくじ引きが行われたという。

当然のことだが議会の様子は三門ケーブルテレビで中継される。

普段のなら議会の様子など見向きもしない市民も今回ばかりは無関心ではいられないようだ。

 

 

 

 

午後1時、三門市役所本庁舎大会議室で市議会は始まった。

傍聴席は満席となっており、市民の近界民(ネイバー)絡みの案件の関心の高さがうかがえるというものだ。

またツグミは18歳でボーダーの総合外交政策局長という肩書を持ち、人類初の近界(ネイバーフッド)往還を果たしただけでなく何度も渡航して近界民(ネイバー)と交流をし、そして第一次近界民(ネイバー)侵攻の拉致被害者市民を100人以上も帰国させている立役者。

彼女をひと目見てみたいというだけの人もいるだろうが、多くは三門市が対近界民(ネイバー)政策をどのように考えているのかを知りたいという真面目な市民だ。

ツグミの役目は「参考人招致」の参考人で、ボーダーの代表として議員たちに詳しい説明をすることである。

こうした場面はキオンやエウクラートンの国会で経験済みであり、彼女は緊張するどころか「今回は聴衆が少ないな」などと思いながらアフトクラトルを同盟に加入させることによるメリットとデメリットについてわかりやすく説明した。

メリットに関しては軍事国家として名を馳せたアフトクラトルが仲間になれば他国への()()効果が高まる。

さらに同盟加入の条件は「相互尊重、相互不可侵、相互内政不干渉」であるから、近界(ネイバーフッド)で現在確認されている国の中で最も注意すべき国が敵にならないどころか味方になるということは非常に安心できるという2点をアピールした。

逆にデメリットに関してはアフトクラトルがどれだけ信用できる国なのか根拠となる点が少ないという部分で、今のところ彼らが約定を必ず守るという保証はない。

ただしボーダーがアフトクラトルの侵攻を阻んだという「結果」を出している事実があり、同盟国であればアフトクラトル本国に駐在員を送り込んで監視をすることができるのでそのデメリットもだいぶ軽減される。

そして国王であるハイレインと直接話をして個人的にも親交のあるツグミが「彼は信用しても大丈夫」だと判断したと言えば彼女の説明にも説得力が増すというものだ。

もちろん彼女に対する市民の信頼度が低いなら信じてはもらえないのだが、これまでの彼女の働きが認められているために「デメリットよりもメリットの方がはるかに大きい」という認識を植え付けることに成功したようであった。

ツグミが多くの人間を魅了するのは彼女が相手に対して()()()()()()()()()を良く知っているからだ。

自然体でいても十分なのだが、さらに効果を高め相手に自分の考えや意思を理解してもらうにはプレゼンの能力が必要だ。

基本的なことは唐沢から教えられたものの、ツグミは彼の想像以上の力を数々の場で発揮した。

伝えたいことがあっても相手が興味を示さないのであれば彼らの耳には届かない。

したがって興味を持ってもらうことが重要であり、さらに興味を持ってもらっても伝え方によって理解度が変わってくるというもの。

そこで「ストーリーテリング」を用いる。

ストーリーテリングとは語り手が相手に伝えたいことを、それらを連想させるような印象的な体験談あるいはエピソードなど、つまり「ストーリー」として聞き手に聞かせて印象付ける手法のことだ。

子供の頃から本を読むことが大好きで、数々の過酷な経験をしてきた彼女はこの手のストーリーを作ることが得意である。

さらに自分で書いたシナリオを全部暗記していてカンペなしに堂々と女優のように演じてしまう。

これだと観客と目を合わせてコミュニケーションをとり、抑揚をつけて話すことも可能であるために観客はそれに魅せられてしまうのだ。

今回も彼女が自分の目で見て肌で感じた近界(ネイバーフッド)での話を聞いているうちに武器を持って争うことがいかに愚かであるかということを観客は自分が経験したことのように感じて彼女の言葉に納得してしまった。

そしてアフトクラトルを同盟に加入させることによって三門市に平穏な日常が戻ると言われるとそれを()()()()気持ちが大きくなり、これまでのボーダーの活躍とツグミ個人への信頼によってすべて任せようという気になる。

それに万が一アフトクラトルが同盟加入後に約定を反故にしたとしても、ボーダーが守ってくれるという安心感があってほとんどリスクなしに利益だけ享受できるとなれば賛成するのは自然な流れだ。

ツグミの「一人舞台」を見終えた観客は彼女の最後のセリフ「ご清聴ありがとうございました」を聞いた瞬間、舞台上の主演女優に惜しみない拍手を送ったくらいである。

議会が始まるまでボーダーのやり方に疑問や不満を持っていてアフトクラトルの同盟加入に反対していた議員たちも「面倒くさいことは全部ボーダーにやらせておいて、万が一トラブルが生じたら全責任を負わせればいい。もちろん利益は全部いただく」という流れになっていった。

もちろんこれはツグミの想定内…と言うかそういう連中を利用することを前提としたシナリオを書いているので、彼らの腹の内も承知の上だ。

無事に役目を終えたツグミは舞台から下り、人事を尽くしたとばかりに後は高みの見物となる。

そして翌日表決が行われ、賛成25、反対1、棄権2という結果でアフトクラトルの同盟加入に関して「三門市としては賛成である」という結論になったのだった。

これで三門市のお墨付きをもらったと同然であるから、ボーダーは堂々とアフトクラトルの同盟加入の手続きを進めることができる。

 

「次の拉致被害者市民救出計画の前にアフトに行くことになるわね。これでまたしばらく忙しくなりそう」

 

総合外交政策局の執務室のテレビで市議会の中継を見ていたツグミは楽しそうな顔をしてそう呟いた。

 

 

◆◆◆

 

 

これまでのキオンやエウクラートン、メノエイデスとの同盟締結はボーダーの主導であったために代表者を三門市に招いて本部基地で行っていた。

しかし今回はボーダーの関係者がアフトクラトルへ行って、アフトクラトルの王城で締結式を行うことになっている。

この措置はアフトクラトルが三門市民にとって憎しみの対象であり、ハイレインを三門市に招くことは市民感情を逆撫ですることにもなりかねない。

せっかく消えつつある憎しみの火が再燃してしまわないように彼を賓客として招待することを避けることにしたのだ。

その代わりにボーダーは城戸を代表とした使節団をアフトクラトルに派遣して締結式を行い、その様子を撮影しておいて後日マスコミを通じて報道することになる。

もちろんアフトクラトル側は異論を唱えることはできない決定事項で、アフトクラトル側に不利益とならない範囲でボーダー側の要求をのむことが同盟加入の条件のひとつとなっていた。

もっとも締結式をアフトクラトルで行うからといってハイレインたちが不利益を被るはずもなく、むしろ三門市に赴いて市民から石を投げられるよりははるかにマシだ。

市民の意見を参考にした上で市議会によって採決されたことに対して大多数の人間は反対しないがそれでもごく少数の反対派はいるもので、その反対派の中には暴力によって自分たちの意見を通そうとする輩がいることは否定できない。

どんなに崇高な目的があったとしても何の罪もない一般人をも犠牲にすることを厭わないテロリズムは絶対に許されるものではなく、ハイレインの三門市訪問によって三門市民が()()()()()危険に晒される可能性がわずかでもあるのならそれを回避するために行動するのは当然である。

現にボーダーだけが近界民(ネイバー)のテクノロジーを独占していると考えている連中がいて、これまでにも何度もスパイを送り込もうとしたり隊員や職員を拉致し武器(トリガー)を奪おうとした事件はあった。

ツグミ自身も拉致事件に巻き込まれたこともあり、民間人は当然だがボーダー関係者、近界民(ネイバー)であっても危険に晒すことは絶対にあってはならないと考えている。

つまりそういったテロリストたちが追って来ることのできない場所であれば誰もが安心できるというもの。

現在のところ近界(ネイバーフッド)へ渡る手段を持っているのはボーダーだけなので、ボーダー側の城戸がアフトクラトルへ行くことがベストなのである。

次の遠征の準備を進めるまでの比較的時間に余裕がある期間に締結式をしてしまおうということになり、5月6日に三門市を発つことに決まったのだった。

 

 

◆◆◆

 

 

アフトクラトルへの使節団の団長は城戸で、その他には総合外交政策局からツグミと迅、ゼノン、修と千佳の5人の合計6人となる。

6人とは少ないと思われるが派遣人員を必要最低限としたためで、これはアフトクラトル政府を信頼しているという目に見える証でもあるのだ。

団長の城戸はボーダーの代表として、ツグミはアフトクラトル政府との窓口役、迅とゼノンは艇の操縦士兼護衛役、修はツグミが自分の後釜にしようということで教育中、そして千佳はトリオン補充員として不可欠である。

そして記録映像が必要となるため、迅とゼノンには三門ケーブルテレビのカメラマンから機材の使用方法を学んでもらい現地では撮影をすることになっている。

まだ民間人を渡航させるまでには近界(ネイバーフッド)の情勢が安定していないためにボーダーの人間がすべてやらなければならないのだ。

渡航目的先の国の治安が良くても途中で停泊する国が戦争中であるというケースは多々ある。

できる限り避けてはいるものの今後の拉致被害者救出計画において避けては通れないのだから、安全策としてしばらくの間はいかなる場合でも民間人の渡航を禁じるしかない。

 

アフトクラトルへの使節団のメンバーはそちらを優先して準備をしているが、残る者たちにもそれぞれに役目はある。

総合外交政策局員のリヌス、テオ、麟児、遊真とレプリカはそれぞれの持つ近界(ネイバーフッド)の情報を総合してこれまで以上に精密な軌道配置図を、さらに様々な国に潜入して調査した人口や社会情勢、軍の規模や(ブラック)トリガーの有無などのリストを作成している途中であるからその仕事を仕上げてしまわなければならない。

これらが完成すれば今後の遠征も安全かつスムーズに行うことができるだろうし、何よりも「情報」こそが場合によっては最強の武器となりうるからだ。

積極的に戦うことはないが敵が攻撃してくるのであれば迎え撃たなければならないわけで、その時に敵の情報があれば有利に動くことができるというもの。

アフトクラトルによる大規模侵攻も迅の未来視(サイドエフェクト)と遊真及びレプリカの情報によって助けられた部分が大きく、これまでに得た情報はすべてレプリカが整理して必要な時にすぐに使えるようになっている。

さらにそれとまったく同じものがツグミのジュニアにもコピーされていて、未完成ではあるもののツグミが近界(ネイバーフッド)へ渡航する時には使用している。

ジュニアは作られてまだ間もないが、レプリカのデータが反映されているのでとても役に立ってくれていた。

 

こうして準備万端の状態で使節団は近界(ネイバーフッド)へ旅立ったのだった。

 

 

◆◆◆

 

 

三門市を発って7日目の昼過ぎにボーダーの艇はアフトクラトルに到着した。

アフトクラトルでは国防のために王都から半径約10キロメートル以内に(ゲート)を開くことができないので、かなり離れた場所に国際港が設けらている。

そこで(ゲート)が開く反応があると警備兵が王都に知らせて対応を求めるようになっていて、ボーダーのエンブレムをつけた艇が現れると警備兵はすぐさま外相であるディルクに連絡をした。

そして1時間半ほど待つとヒュースを護衛として従えたディルクがツグミたちを迎えに自らやって来た。

 

「ボーダーのみなさん、お久しぶりです。遠路はるばるようこそいらっしゃいました」

 

ディルクが挨拶をしてから前に進み、城戸と握手をする。

 

「ハイレイン陛下がお待ちになられています。お疲れでしょうが王城までお越しください」

 

ツグミたちは2台の馬車に分乗して王城へと向かった。

ディルクの乗る馬車には城戸とツグミと迅とゼノン、ヒュースの乗る馬車には修と千佳が乗っている。

年齢や立場などを考えれば当然のことだが人数のバランスが偏っているのは修と千佳とヒュースの3人には久しぶりに会った友人ということで積もる話もあるだろうという配慮でもある。

王都まで1時間くらいはかかるであろうから、上司に気兼ねなくお互いの近況報告をするにはちょうど良いだろう。

そしてツグミはディルクにレクスの日常を写した動画を見せながら、その目覚ましい成長について話しをしていた。

 

「レクスくんは10歳なので小学校5年生のクラスで勉強をしています。同級生の子供たちとも上手く付き合っているようで、最近では剣道を習いたいと言うので忍田本部長の紹介で町の道場へと通っているそうです。わたしが忙しくて面倒をみてあげられないので玉狛支部に預かってもらっていますが、むしろそちらの方が彼にとって良い環境のようです。玉狛支部には必ず誰か大人がいてくれますし、陽太郎という比較的年齢の近い()もいますから。学校の成績も常に上位で、いずれはもっと勉強に専念できる私立中学へ通わせたいと思っています。医師になりたいというのであればそれに適している学校に通うべきですから」

 

レクスが両親と別れてでも三門市に残ると決めたのは医師になりたいという希望があってのこと。

それは1年以上経った今でも変わらない。

幼いながらにも現在のアフトクラトル…いや近界(ネイバーフッド)の国々に必要なのはトリオンではなく医師であると自分自身で気付いた。

近界(ネイバーフッド)の医療面のレベルは玄界(ミデン)の数百年前のそれで、細菌やウィルスというものの存在や栄養素という概念など玄界(ミデン)では子供でも知っているようなことであっても近界民(ネイバー)たちは専門家の医師ですら何も知らないのだ。

だから適切な治療を受けられずに死んでいく者は多く、予防医学というものも彼らには想像ができないらしい。

戦争がトリオン体で行われるために死亡者は少ないことによって医療の知識や技術が発展しなかったのだと思われる。

人口を増やしたいと言いながら病気や怪我で命を失う者たちを助ける手段がないというのは矛盾しており、とりあえず拉致被害者救出計画では代価として大量の医薬品等の譲渡で急場を凌いでいる現状だ。

そのような中でレクスが医師の重要性に気が付いたのは彼が生まれつき聡明で大局を見る目が自然と養われていたからかもしれない。

そして学ぶ環境を整えてもらったことでその才能は開花することであろう。

そうなるとエリン家の次期当主が医師というわけにはいかず、ヒュースが正式にエリン家の養子となってヒュース・エリンが当主の座を受け継ぐことになる。

ヒュースとしては臣下としてエリン家に仕えたいという気持ちであったが、レクスの希望を叶えようとすれば他に道はないとディルクに説得されたことで養子になったという。

未だにディルクのことを「父上」と呼ぶことに躊躇いがあるようで、ヒュースが彼を父と呼べる日が来た時には本当の家族となれるはずだ。

 

 

 

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