ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
王城に到着したボーダー使節団はすぐに謁見室へと案内された。
それが意味するものはハイレインがボーダーからの
現在の
ハイレインにとってはプライドを傷つけられたはずなのだが、今の彼にはボーダーに対する憎しみや恨みの感情はない。
これまでアフトクラトルは「神」となる人間を厳選して
それは
ところが国民の数が増えない理由の根本的な解決手段を持たないため、安易に「足りないなら他国から奪おう」ということになるのだ。
そこで国民の生活レベルを蔑ろにしてトリオン兵や
そのせいで国民は苦しい生活を強いられるが、多くの国では貴族階級の人間が支配しているため不満を言えば最悪命を失うので皆我慢をするしかない。
アフトクラトルが「神の国」とか「軍事大国」と呼ばれるのはこの国の社会構造に大きく影響しているものと思われる。
この国は「神」を見付けてきた者が王となり、その王家の一族がずっと支配をしているのだが、四大領主と呼ばれる有力貴族の一角であるから残りの3領主が数十年後か数百年後かわからないが次の「神」を選ぶ時には我こそと王座を狙うという状態が続く。
ハイレインが王となる前はコヴェリ家の人間が専制政治を行っていて、彼のベルティストン家はコヴェリ家と非常に仲が悪かったために不遇な扱いを受け続けていた。
だからハイレインはどんなことをしてでも国王になりたくて優秀なトリガー使いである家臣たちを自ら引き連れていくつもの国へと侵攻し、勢力範囲を広げていったのだった。
もちろんコヴェリ家と残りの2領主も次の「神」を探してハイレイン同様に他国へ侵攻していくわけだが、それぞれが大量のトリオンを投じて戦争を行うためにいくら
事実、本来なら「神選び」はもっと先になるはずだったが、コヴェリ家のせいで
ひとつの国の中で4つの勢力が直接戦うわけではないが対立してライバルの弱体化を願っていたのだから愚かだとしか言いようがない。
しかし千年以上もこのシステムで国が保たれてきたのだから多くの人間が
ところがハイレインの考え方は少々違っていた。
彼は戦争を好む人間ではなく、むしろそんなものは放棄して家族と穏やかな暮らしをしたいと願う普通の人間である。
その願いを叶えるために彼は自分がアフトクラトルの王となり、
そうして各国の戦争をなくそうと考えていたのだ。
戦争を否定するために戦争を利用するというのは矛盾しているが、彼が育った環境が「力こそ正義」であったからやむをえないと言える。
そのためにずっと戦い続けていて、三門市への侵攻もその一環であった。
ボーダーとは三門市防衛戦及びC級隊員救出遠征部隊との戦いの2回とも煮え湯を飲まされてしまう。
それは彼にとって想定外のことであり、「神」選びの際には忠臣であるミラを生贄にしなければならなかったくらいだ。
だが大きな犠牲を払ったおかげで彼は国王となる。
この段階ではまだ武力によって
それはキオンと手を組んでいるボーダーに手を出すことはハイリスクであり、何よりも滅びかけている国を再興することが最優先であったからだ。
そのうちにランバネインを通じてボーダーと交流をするようになり、ツグミの口からキオンのテスタが武力に頼らない
キオンとアフトクラトル ── 双方とも強大な軍事国家であるからその「看板」だけで他国をおとなしくさせることができると考え、やり方こそ違うが目指すものは同じであったのだ。
テスタがボーダーと手を結んだのはトリオンを使わない文明を広めることで武力による支配せずとも
武力を行使して力でねじ伏せるよりもキオンのやり方がトリオンを無駄遣いしないで済むだけでなく、他国の国民の印象も大きく違ってくるというもの。
もしこのままアフトクラトルが武力統一を目指せば
過去にキオンと直接対決したことはないが、仮に戦争となればトリオンを無限に生み出すことのできる
それがわからないほど馬鹿ではないし、何よりもハイレイン自身が戦争を好んでやっていたわけではないのだからボーダーとは和解したいと考える。
プライドの高い彼がアフトクラトル国王としてボーダーに謝罪するくらいだから本気であったのは間違いない。
そしてボーダーの進める同盟への加入という話になり、ようやくテスタと足並みを揃えて
「ようやくこれで俺も国王として国民を正しく導くことができるようになるはずだ」
ハイレインは自分がこれまでに踏み潰してきた路傍の花のことを振り返り、覚悟を決めて謁見室という戦場へ足を踏み入れた。
◆
「ボーダーのみなさん、ようこそアフトクラトルへ」
本来なら玉座に腰掛けて見下ろしながら声をかけるものなのだろうが、ハイレインはそうせずに室内で待っている使節団のそばに歩み寄って来た。
そして城戸に握手を求める。
「長旅お疲れさまでした、キド司令。遠くまでご足労いただきありがとうございます」
これがかつて三門市に侵攻して来た敵性
どの国であっても国王や女王といった元首が玉座を離れるということはありえない。
それはその国の威厳や矜持といったものを示すために重要なことであるからだ。
アフトクラトルであっても同様のはずなのだが、ハイレインはその慣習を破るだけでなくあまつさえ客に握手を求めてきた。
これは相手がボーダーの人間であるからに過ぎず、他国の人間であれば国賓であろうとも通常の態度であったはずだ。
「突然の来訪に対してご気分を害するどころかこうして歓迎いただき恐悦至極に存じます」
城戸はハイレインの手を握り返した。
「いやいや、本来ならこちらから
「…はい。ですが三門市民は貴国の同盟加入につきまして賛成であるという判断を下しました。それはすなわち帰国の蛮行を許したということにはなりませんが、過去は過去として受け入れて未来こそ共に歩もうという意思の表れなのです。ところが大多数の人間は貴国と友好的な関係を築きたいと考えているというのにごく少数の連中は暴力によって自らの意見を通そうとする。そんな状況で陛下をお迎えするわけにはいきません。そこでこのアフトクラトルの地で同盟加入の締結式を行いたいと準備をしてまいりました。この式典が貴国と
ツグミは微笑みながらふたりの様子を見守っていた。
(かつて
「ひとまず今日はゆっくりと身体を休めてください。今後のことはこちらに任せていただきたい」
ハイレインはそう言うとツグミの方を向いて言った。
「ツグミ、疲れているところを申し訳ないがディルクと話を進めてもらいたい。きみにばかり負担をかけさせるが、きみの願いを叶えるためには必要なことだと思って我慢してくれ」
「いいえ、そのようなお気遣いは無用です。陛下のおっしゃるようにわたしはこの日をずっと待っておりました。やっとそれが叶うというのですから疲れなどすっかり忘れていました。むしろ早く話を進めたいとうずうずしております」
するとハイレインは少し目を細めて微笑んだ。
「相変わらずだな、きみは。ならば遠慮なくきみにアフトクラトルの未来を委ねよう。きみなら…きみの目にはきっと輝かしい我が祖国の未来が視えているのだろうからな」
「そこまで信頼してくださっているのですね」
「俺がこのような考えを持つようになったのはきみに感化されたことが大きい。敵同士として出会ったきみが俺に人としてあるべき姿を示してくれた。過去の過ちに囚われずに未来を見据えて生きろと俺を正してくれたきみを俺は誰よりも信頼しているのだ」
「光栄の至りに存じます」
そう言ってツグミは
◆
そして使節団一行はディルクに案内されて迎賓館へと向かった。
その道すがら修がツグミに声をかける。
「霧科先輩、ハイレイン…陛下はずいぶんと雰囲気が変わりましたね。出会いは最悪で悪魔のように思えました。その時と比べると今は穏やかな紳士という感じです。以前の印象だと目的のためなら手段を選ばず、冷酷で無慈悲な男というイメージだったんですが今はそんな雰囲気はまったくありません。これまでいくつかの国の元首やそれに準ずる立場の人に会ってきましたが、そういった人たちとあまり変わりませんね」
「そうね。ハイレイン陛下も元々は家族を大切にする優しい人だったのよ。だけどアフトクラトルの貴族の嫡男としての義務を果たさなければならず、自分の思い描く未来を手に入れるにはどうしても国王にならなければいけなかった。だからそのために必要だと思えることは何だってやった。それが人の命を奪うことであってもね。そして多くの犠牲を払い国王になったことで自分の覇道を邪魔する存在は消えた。そうなれば家族や国民を第一に考えて国を豊かにしようとする。…ただあの人が武力による
「でも考えが変わった」
「ええ。キオンのスカルキ総統も
「…はい」
「あの人も自分の願いを叶えるために『力』を欲した。…ねえ、あなたはアフトのトリガーホーンのことについてどれくらい知ってる?」
「あまり詳しくは知りませんが、子供の時にあの角をつけることによって後天的にトリオン能力を向上させる…というくらいです」
「そう。でもあれはかなりヤバいシロモノだわ。エネドラのように脳と同化して人格に影響したり、死期を早めたりしてしまうこともあるらしい。そういうリスクを伴う技術だというのに貴族の嫡男であるあの人はハイリスクな技術に手を出した。それはどうしても強大な力が欲しかったから。危険だとわかっていてもその力がなければ欲しいものは手に入らない。たとえ命を縮めることになっても欲しいものがあった。それが戦争のない平和で穏やかな世界。誰もが家族や親しい友人たちと笑い合える優しい日々。それを得るために大勢の人間を犠牲にしてきたけど、あの人にとってはそれがやむを得ない犠牲で、国王という『力』を得たことによって解放されて、ようやく本来のあの人に戻ることができたということね」
「……」
「わたしは人間というものは幸せになりたいという本能だけを持って生まれてくると思うの。それが成長していく段階でいろいろな出来事を経験して、それが元になって人格というものを形成していく。だから貧しい環境に生まれて欲しいものがあれば他人から奪うことを当然と思う大人たちの中で生きていればその子供も同じように欲しいものがあれば他人から奪うようになる。非常に恵まれた環境に育って他人に与えることを当たり前だとする大人を見ていれば自分も与えることを歓びとするようになる。生まれつきの善人も悪人もいなくて周りの環境に影響されるわけだけど、そもそも善とか悪とかの判断基準だって絶対的なものはない。『
「ぼくはそんなこと考えたこともありませんでした。たしかに
修はそう言ってから何かを思いついたようでツグミに言う。
「あ…でもぼくが行ったどの国でもそれほど治安が悪いとは思えませんでした。貧富の差はあっても貧しい人たちが仲間同士で少ない食料を奪い合うなんてことはなかった気がします。むしろ貧しいながらも協力し合っていたように見えました」
「そうね。それは
「なるほど、それでボーダーがキオンという強国を味方にしたことでアフトも
「そういうこと。以前に三門市で三国同盟締結を行った時、スカルキ総統とハイレイン陛下は国の壁や立場を抜きにして話をしたことでお互いのこともある程度は知って認めている。だから同盟加入についても受け入れたんだと思う。これから一緒に大仕事をやろうというんだから、相手のことを信頼できなきゃ不可能だもの。キオンとアフトが手を組んだと知れば他の国の選択肢は限られる。だって同盟に加入するかしないかのどちらかであれば前者の方が圧倒的にメリットがあるから。もちろん他の国と足並みを揃えて進むというのが嫌だという国もあると思うけど、だからといって敵になるということはありえない。同盟に加わっている国に手を出そうとすればキオンやアフトの軍が攻め込んで来るってことになる。さすがにこの連合軍に攻め込まれたらひとたまりもないものね」
ツグミと修はこの調子で迎賓館の玄関に着くまでずっと話をしていた。
その様子を城戸は見守っていて思うところがあったようだ。
(ツグミは三雲くんを自分の後継に据えようとしてこのような形で教育をしているのだな。彼は自分のすべきことであればそれがたとえ規律違反であってもかまわないという独善的な人間だ。隊務規定違反であっても自分が正しいと思うことはやるという点ではツグミに似ているが、ふたりの大きな違いは行動をするための『力』の有無だ。三雲くんにはその時に必要な力を持っていなかった。第三中学では訓練生の立場で
そして城戸は空を見上げる。
(私は約束を果たすことはできなかったが、織羽の娘が私たちの志を継いでくれている。この分ならおまえたちと再会した時に美味い酒を酌み交わすことができそうだぞ)
遠い昔に共に未来を語り合った友に心の中で呼びかけた。