ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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561話

 

 

ボーダーとアフトクラトルの同盟締結調印式は王城の大広間で行われることになった。

臨席するのはボーダー側が使節団の6人と、アフトクラトル側は国王のハイレイン、宰相のランバネイン、外相のディルク、軍最高司令官のヴィザ、そして地方貴族たちから選ばれた大臣・議員たち総勢36人である。

全員が正装をしていてアフトクラトル側は中世の貴族風の衣装であり、会場もベルサイユ宮殿の鏡の間のように豪華なので映画かドラマの撮影現場のように見えなくもない。

締結調印式自体はキオンやエウクラートンやメノエイデスの時と同じ手続きをするのだが、舞台装置がこれまでと違って豪奢なものなので一層格式の高い儀式のように思えてくる。

午前中のうちに主要メンバーだけでリハーサルを行い、手順を確認した後に昼食を済ませた。

そして午後2時、世紀の一大イベントが始まった。

何度も練習してプロのお墨付きをもらった迅とゼノンがカメラマンとして重要な役目を負い、城戸とハイレインの登場のシーンから緊張した面持ちで撮影している。

ハイレインとランバネインには角のないタイプのトリオン体に換装してもらっていた。

それは三門市民にとってアフトクラトルは警戒すべき国であることには変わりはなく、全面的に信頼しているわけではないので見た目の印象だけでも良いものにしなければいけないからだ。

日本人にとって頭に角があれば鬼に見えてしまうのは当然で「鬼=悪」のイメージが染みついてしまっているのだから角はNGだ。

そしてハイレインとランバネイン以外のアフトクラトル関係者には角がない。

ヴィザやディルクのように年齢の関係で角がない者もいるが、半数近くは自ら先頭に立って戦うということをしない貴族の当主もしくはその嫡男であるから角を移植するという危険な技術に手を出さなかっただけである。

家臣に戦わせて自分は高みの見物という貴族がそれだけ多かったということだ。

中央のテーブルに城戸とハイレインが並んで座り、進行役のツグミは城戸のいる側の後方に立っている。

 

「ただ今から『玄界(ミデン)近界(ネイバーフッド)平和同盟』締結調印式を行います」

 

ツグミの司会で式は始まった。

当初はキオンとエウクラートンの2ヶ国から始めたので「玄界(ミデン)、キオン及びエウクラートン間三国同盟」であったのだが、メノエイデスが加わった3ヶ月前に「玄界(ミデン)近界(ネイバーフッド)平和同盟」へと名称を改めている。

内容に関しての説明があり、その後に城戸とハイレインが書類に署名をしてそれを交換することでひとまず儀式的なものは終わりとなる。

臨席した()()たちから拍手が沸き起こり、城戸とハイレインは固い握手をするだけでなくカメラに向かって笑顔を見せた。

普段は笑顔などほとんど見せないふたりの笑顔だからとてもレアな光景であるが、ツグミにとっては特に珍しいものではなくなっていた。

それは城戸とハイレインのふたりが彼女に対して全幅の信頼を寄せているからである。

ツグミと話をする時には自然と心を開いて他の人間には言えないことでも()()()()()()()()()という安心感からか何でも言うことができる。

そもそも彼らの本質は家族思いの優しい人間で、何よりも家族や仲間と一緒にいる時間を大切にしたいと考えているために普段は寡黙で厳しい人間を()()()いただけである。

ふたりともツグミの前では気を許して本来の姿に戻ることができるのだ。

ところが城戸とハイレインは公の場で笑顔を見せた。

その笑顔も演技ではなく自然に浮かんだもので、彼らのずっと抱えていた苦悩がこの同盟締結によって少しだけだが楽になるということの表れなのだろう。

続いてハイレインが三門市民に向けてメッセージを送る。

 

「三門市のみなさん、アフトクラトル国王ハイレイン・ベルティストンです。この場をお借りしましてみなさんへ謝罪と感謝の気持ちを伝えたいと思います」

 

ハイレインはそう言って2年前の三門市侵攻についての全責任は自分にあることを告白し、国王の名において謝罪をすると言って深く頭を下げた。

「神選び」等の詳しい説明はせず、また言い訳や自己弁護などは一切せずにただ自分が悪かったのだと言う。

そしてその蛮行を猛省し、今後は専守防衛のみに徹して同盟加入国が第三国からの攻撃を受け、さらに依頼があった時のみ()()()()()()()()()()軍を動かすと宣言した。

さらに三門市民への償いとしてアフトクラトルの持つトリガーの技術を供与すると言い出したものだから、事情を知らない大臣や議員たちは驚いてざわめき始めた。

これはボーダー側も初耳のことで、ハイレインが独断で行ったことだということは明らかだ。

国王である彼が公式の場で言ったことだから今さら前言撤回はありえない。

もちろん撮影したものをリテイクとすることで三門市民にはなかったことにするという手はあるが、ハイレインが大臣や議員の反対を承知で発言したのだから尊重すべきである。

ハイレイン隊が三門市に与えた被害は甚大なもので、その補償となると金銭で解決する手段はない。

そもそも近界(ネイバーフッド)での通貨が玄界(ミデン)で通用するものでなく、また価値のあるものといったらトリガーの技術しかないのだから当然だろう。

ボーダー側から何らかの償いをするようにと打診したことはなく、あくまでもハイレイン自身の謝罪をしたいという気持ちの表れなのだ。

ハイレインはざわめく近界民(ネイバー)たちを一喝して黙らせ、三門市民へのメッセージを続けた。

彼は自分の犯した罪がこのようなものでは贖いきれないとは承知しているが、自分にできる最大限の貢献がトリガーの技術を供与である。

玄界(ミデン)技術者(エンジニア)であればトリガー技術の解析や再現は容易であり、さらに近界民(ネイバー)には想像もつかない使用方法を考え付くであろう。

近界(ネイバーフッド)玄界(ミデン)というふたつの世界の技術と融合させることによってさらなる発展が見込めるだけでなく、ボーダーであればその技術を平和利用してくれると信じているからこそこれが最善の選択であると考えていると断言したのだった。

このハイレインのメッセージには単純に謝罪と補償だけではなく、別の意味が含まれている。

それは「トリガーの技術を供与する」と言ってもアフトクラトルの持つすべての技術であるとは限らないのだし、「玄界(ミデン)技術者(エンジニア)であればトリガー技術の解析や再現は容易」と褒め上げておいて働いてもらい、その「成果」は同盟国で共有することになる。

つまりアフトクラトル側は情報提供をして()()()()()()()だけいただくという都合の良いやり方なのだ。

そうなるとハイレインは償うどころかボーダーを利用するということになるのだが、ボーダー側も損はしないのだから拒絶する理由はない。

 

実はこのハイレインによる衝撃発言は城戸たちには知らされてはいなかったのだが、ツグミとディルクの打ち合わせの段階で決めていたことであり、それをハイレインに上申して認められたものであった。

つまりこの3人による策略で、事情を知っているツグミとディルクも驚いたフリをしていたのだった。

なぜこのようなことをしたのかというとそれは単純に「双方にとって最大の利益を得る」ためで、サプライズになってしまったのはアフトクラトルの国会で審議している時間がなかったので国王の独断ということにしてしまっただけである。

玄界(ミデン)の民間人技術者(エンジニア)をアフトクラトルに送り込むことは不可能だし、三門市に近界民(ネイバー)技術者(エンジニア)を招くにはまだ市民の抵抗があるために実現は先になってしまう。

しかし技術を玄界(ミデン)へと持ち込んでボーダーが認めた技術者(エンジニア) ── ボーダー職員の技術者(エンジニア)だけでは人員不足であるので民間からも登用する ── に協力してもらい兵器や武器など軍事利用以外のものへ利用してもらうことは可能だ。

そして完成したものを同盟国同士であればお互いに安全だという保証があるのでアフトクラトルへ提供する。

もちろん同じものをキオンやその他の同盟国も手に入れることになるわけで、同盟国を介して近界民(ネイバー)たちに玄界(ミデン)の影響力を高めることができるようになるだろう。

そんな玄界(ミデン)に侵攻して支配しようと考える国があってもキオンとアフトクラトルが睨みを利かせてくれていれば安心だし、同盟に加わりたいと言う国が現れたら加入させることでテスタとハイレインが考えている「近界(ネイバーフッド)統一」が近付くことにもなる。

ボーダーからすればどのような手段を講じても近界民(ネイバー)が三門市に攻め込んで来なくなれば万々歳で、その上近界民(ネイバー)の技術を利用できるのだから大歓迎。

誰も傷つかず、無駄にトリオンを消費することもなく、それでいて近界(ネイバーフッド)玄界(ミデン)の双方に利益がある。

もっとも見栄や矜持などというものを捨てても国民の利益を優先しようとするハイレインの強い意思があればこそなのだが。

彼が権力を欲したのはそれが自分の願いを叶えるための「道具」であるからにすぎず、それを手に入れた以上は最大限に利用して目的を果たそうとすることも、またそのために「名を捨てて実を取る」のも当然のことだ。

謝罪や賠償についての方法を宣言した彼の態度は彼のことを知る人間からすると意外…というよりも想像できないはずである。

大多数の人間は彼のことを冷徹で目的のためならあらゆる手段を講じ、たとえ忠臣だろうと婚約者であろうと犠牲にすることを厭わないというイメージを持っていた。

しかし今の彼はそういった()()を外して本来の姿を見せている。

家族と仲間と動物を愛する心優しい少年だった頃に戻った彼は祖国アフトクラトルを豊かで力強い国にするために「力」を欲した。

そのやり方が苛烈であったために彼のことを批判する人間は多いものの、「力」を手に入れた以上は本当の姿を見せたところで怖いものはない。

むしろ今後は融和政策を進める以上、彼の本性が垣間見える自然体でいてくれた方が良いのだ。

 

ハイレインの三門市民へのメッセージは関係者にも大きなサプライズとなり、その衝撃が収まらないうちに城戸がそれに応えるように三門市民へのメッセージを送った。

 

「この度の同盟締結に関しましてはアフトクラトルが三門市に大きな被害を与えた国であるということで市民のみなさんにも手放しで歓迎できないと言う方がいらっしゃることは承知しております。どのような理由があるにせよアフトクラトルの蛮行は許しがたいものです。ですが過去は過去として受け止め、現在できることを考え、平和な未来のためにボーダーは活動しております。ハイレイン陛下の申し出はボーダーにとって非常に歓迎すべきことであり、お互いの世界の優れた要素を合わせることによってかつては軍事に利用されていた技術を日常生活に役立てることになることでしょう。国家最高機密であるトリガーの技術を提供してくださるというハイレイン陛下の覚悟は並大抵ものものではありません。それだけ陛下は三門市民に対して償いをしたいと考えているということの証であります。私は陛下のお気持ちを汲み、アフトクラトルのより良き未来を目指す陛下と手を結んでともに誰もが安心して暮らすことのできる世界を築いていきたいと思います」

 

そう締めくくるとアフトクラトル側から拍手が沸き上がった。

きっかけはディルクの拍手で、それからランバネイン、ヴィザという順に拍手をし、大臣や議員たちも続けて拍手をしたのだ。

それぞれ本心から喜んでいるとは限らず、ハイレインの機嫌を損ねないようにという意味があったと思われるが、それでも彼らの心の中までは映像に映らないのでとりあえずアフトクラトル国内が一枚岩ではないことはバレずに済みそうだ。

 

 

こうして同盟締結調印式はつつがなく終了し、大役を務め終えたハイレインと城戸は舞台から退場した。

その時のハイレインの表情は清々しいもので、これまでずっと胸の中にあった()()を吐き出してスッキリしたというような感じに見える。

城戸も自分のなすべきことをやり遂げたためかわずかだが頬が緩んでいるように見え、ツグミだけでなく迅も心の底から良かったと感じていた。

 

(城戸さんも過去の()()()から解き放たれ、最上さんたちとの約束を果たすことができると思えば表情も緩んでくるのも当然だな。あの人は誰にも話さないが俺は知っている。ボーダー創設メンバーで交わした約束と、()()遠征が決まった時に城戸さんと最上さんのふたりの間で交わされた約束。それを守るためにたったひとりで戦っていたんだよな。どうすればいいのかわからずにいたが、ツグミが父親たちの約束どころか自分の出生の秘密さえ知らずにいた時からボーダーを近界(ネイバーフッド)玄界(ミデン)の友好の架け橋となる組織にしたいと行動していた。そんなあいつに希望の灯を見い出して、城戸さんはあいつにその年齢にそぐわない『力』を与えた。まあ、年齢には合ってなくてもこれまでの()()と周囲の信頼があいつに『力』を持つことを許したんだ。城戸さんはあいつに期待をし、その結果に満足しているからあんな顔ができるようになったんだよな…)

 

迅の言う「ボーダー創設メンバーで交わした約束」とは「近界(ネイバーフッド)玄界(ミデン)の友好の架け橋となる組織を作ろう」というもので、それが容易なものでなく険しい道のりになることは承知していた。

近界民(ネイバー)と戦う組織なのだから誰かが志半ばで消えることもありうる。

そうなっても残った者が命ある限り前に進み、後に続く若者たちを守り育てるというものが城戸、最上、有吾、織羽の4人で交わした約束。

そして「()()遠征が決まった時に城戸さんと最上さんのふたりの間で交わされた約束」の「あの遠征」とは当時の仲間の半数を失うことになり、城戸の顔と心に大きな傷を残すことになった7年と少し前の遠征のことで、迅の未来視(サイドエフェクト)によって大勢の人間が死ぬと承知で城戸たちは近界(ネイバーフッド)へ発った。

その時に城戸と最上はふたりだけで約束をしていた。

それはどちらかが死んだなら残った方がボーダーの責任者となって亡き親友たちとの約束を守るというもの。

結果として最上が死んで城戸が生き残ったために城戸が総司令官となってボーダーを支えている。

最上が(ブラック)トリガーになったのも城戸や若い後輩たちを死なせたくないとい強い意思があったからで、城戸は最上との約束を守るために近界民(ネイバー)を徹底的に敵視する政策でボーダーを拡大していった。

迅はそんな城戸の「真の目的」 ── 今は亡き朋友たちとの約束を果たすこと ── を知っており、そのためには遊真のボーダー入隊が必要だと考えて風刃を手放した。

遊真が入隊して修と千佳と一緒に「玉狛第2」を結成したわけだが、それが「真の目的」達成に直接関与するのではなく、「ツグミの変化」を促すために必要なきっかけ(トリガー)が彼らであった。

実際にずっと停滞していたツグミの変化が見られたのは玉狛第2結成の直後で、彼女が修たちと深く関わっていくことでボーダーという組織が変わっていった。

もし彼女が玉狛支部で家族に囲まれて本部 ── 城戸の方針に無関心でいたら大規模侵攻は凌げても、それに続くアフトクラトル遠征の成功や第一次侵攻の拉致被害者市民救出計画には至らなかっただろう。

ツグミを()()()ためには玉狛第2という部隊(チーム)が必要不可欠であり、紆余曲折あったものの現在では全体が最善の未来へと進んでいた。

 

城戸の笑顔はツグミにとっても喜ばしいことであった。

 

(城戸()()がいつか城戸()()に戻る日が来て、その時に過去を振り返って哀しい思い出よりも楽しい思い出の方が多かったと言ってくれたら嬉しい。人生の半分以上をボーダーに捧げているのはこの人だけじゃなく忍田本部長も林藤支部長も同じで、このふたりにもボーダーに関わったことを後悔するようなことにはなってほしくない。…ううん、わたしがそんなことには絶対にさせない。そして昔みたいに心の底から笑うこの人の顔を見たいもの)

 

幼いツグミにとって当時の城戸は「優しくて朗らかなお父さん」で、ボーダーに入隊したばかりの時には忍田よりも城戸の方が面倒を良くみてくれていた。

両親を同時に失った少女の戸籍上父親となったのは忍田だったが、彼女の認識では忍田は「カッコよくて世界で一番大好きなお父さん」で、最上は「強くて物知りなお父さん」、林藤は「面白くて頼りになるお父さん」だった。

城戸のことは一番頼りにしていて、城戸も彼女のことを実の娘のように可愛がっていた。

その良好な関係が壊れてしまったのはメノエイデスでの捕虜逃亡幇助の一件で、それも城戸が厳しい処分をしたのは組織の秩序を守るためであり彼女のことが憎くてやったのではないことは明らかだ。

そしてツグミが小南のように城戸のことを「裏切り者のオッサン」だとは思わず、城戸の()()と自分の()()が違うものだったと考えていたので決定的な関係の破綻には至らなかったのだった。

それから時が経ち、再び旧ボーダー時代のように同じゴールに向かって同じ道を肩を並べて歩むことができるようになったのだから嬉しいに決まっている。

それは城戸も同じで、ツグミが近界民(ネイバー)との交流のために積極的に働いてくれている姿を見ると織羽とともに夢を語っていた頃のことを思い出して胸が熱くなってくるのを感じていた。

容姿は母親の美琴に似てきたが中身は織羽とそっくりなツグミ。

彼女が両親に似ていればそれだけ昔の毎日が楽しくて夢を追い求めていた若い頃を思い出すらしく、彼女がやることはどんなことでも無関心ではいられずにドキドキしたりハラハラしたりと毎日が慌ただしい。

だがそれが嫌ではなく自分の代わりにやってくれていると思うとまるで自分が若返っていくように感じられ心地良いのだ。

城戸がツグミに総合外交政策局長の肩書を与えたのは自分のやろうとしていたことを彼女にやってもらうために必要なことで、それがこうしてアフトクラトルとの同盟締結にまで至った。

そういった点で城戸はツグミに心の底から感謝をしており、信頼もしているから総司令という立場が持つ「力」が彼女の役に立てるのだ。

 

 

◆◆◆

 

 

夕方からは祝賀パーティーが開かれ、立食パーティー形式でそれぞれが好きな料理や飲み物を楽しみながら歓談している。

その中でハイレインはタイミングを見計らってツグミを誘いテラスへと出た。

 

「ツグミ、これで大きな節目となる同盟締結調印式を無事に終えることができた、これもすべてきみのおかげだ」

 

「そんなことはございません、陛下。陛下の勇気ある決断がこの大成功という結果を招いたのです。三門市民に謝罪する姿は本物で、映像を見た人たちはきっと陛下のお気持ちを理解してくれることでしょう。それに調印式は始まりにすぎません。これから先が長く険しい道のりになります。目指す先がまだ誰も見たことのない()()にあるんですから、油断をせずによりいっそう気合を入れていきましょう」

 

「ああ。頼もしい友人がいると思うと心強い。玄界(ミデン)侵攻の際に戦ったきみがこうして友人として俺の隣にいるなど、あの時には想像もできなかった」

 

「それはわたしも同じです。でももうわたしたちが戦うことは永遠にないことでしょう。戦うことよりももっと大切で有意義なことを見付けてしまったのですから。これからは事務的なことでこちらへ来ることも多くなると思いますが、わたしの代理で別の職員が来ることもあると思います。その時には彼らにもわたし同様によろしくお願いします」

 

「別の職員というと、もしかしてきにと一緒に金の雛鳥を守り抜いたメガネの少年のことかな?」

 

「はい、そうです。でもどうしておわかりになったのですか?」

 

ツグミが訊くと、ハイレインは微笑みながら答える。

 

「それはわかるさ。きみはいつもあの少年を連れていて自分の仕事を見て覚えさせるようにしているだろ? 半年ほど前に来た時にも彼はいた。そして今回も彼はきみの従者のように常に付き添っていて、きみのやることをじっと見ている。真面目な生徒のようだな?」

 

「はい。いずれはわたしの後釜に据えようかと考えています。彼自身もやる気満々で、そのための()を得るために彼も必死になって修行中です。彼は力を持たずにいて、それでも自分のやるべきことだというだけで大きな()に立ち向かうという無茶ばかりしていました。ですので時間をかけて『やりたいことがあるならそれに相応しい力を持つように』と教育してきました。目先のことだけに夢中になり大局を見ることのできないようではダメだということも理解できたようで、出会った頃比べてずいぶんと成長しましたから今後が楽しみです」

 

「きみがそれだけ期待をしている少年なら俺も期待してみよう。なにしろ俺との戦いで換装を解くという無茶をしたが、結果として遠征艇を強制帰還させるという方法で俺たちを退けた張本人だからな」

 

「彼は死ぬ気で仲間を守れと先輩に言われたそうなんです。『死ぬ気で』という言葉は良く使われますが、意味を誤解している点があるのは事実です。実際に死ぬ気でやって、死んでしまう人が出てしまうこともありますから。この『死ぬ気で』というのは目標を達成させるためには死んでも良いという()()でやり抜けという意味ですが、戦場で換装を解くなどという本当に死んでしまうかもしれないことをやるのは愚かです。わたしは死んでしまったら目的を達成できないので絶対に死にたくはないと考えて、死なないようにする『力』を持つまで無茶はしませんでした。ですから彼に無茶なことをしないように戦える『力』を持たせることにしました。と言ってもわたしがやったのは武器(トリガー)を上手く扱えるようになる訓練ではなく、知恵や知識を使って危機を切り抜ける方法や、そもそも戦わずに済む手段を身に付けることです。そのおかげでトリガー使いとしては未熟な彼ですがこうして近界(ネイバーフッド)へ連れて来ることができるようになったのです」

 

「だがこれからはそんな戦う力などなくとも近界(ネイバーフッド)を旅することもできるようになるだろう。専守防衛でいる以上は敵となる近界民(ネイバー)が現れない限り武器(トリガー)を使うこともなくなるだろうからな」

 

「はい。わたしはそんな日が一日も早く実現するよう戦うのみです」

 

ツグミはそう言って静かに微笑んだ。

 

 

 

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