ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
役目を終えた使節団はアフトクラトルでの滞在時間が72時間という短時間で発つことになった。
ハイレインは個人的にもツグミたちを歓待したかったのだがボーダー総司令官が長時間三門市を留守にすることは好ましくないということも理解していて、特に引き留めるようなことはしなかった。
ただし近いうちにツグミたちが再訪することを約束し、ディルクとランバネインの見送りを受けてボーダーの艇は
復路は約5日間の旅となり、その間にツグミは今後のスケジュールの一部変更を行っていた。
(アフトの技術が手に入れば鬼怒田さんたちは大喜びするわね。できるなら鬼怒田さんと寺島さんのふたりにはアフトに行って現地の
「
そこでツグミは彼らを「
「
だからツグミは彼らに重要な仕事を任せ、安心して
(オサムくんとチカちゃんにも同行してもらう方がいいけど、あまり学校を休ませるわけにはいかない。特にオサムくんは3年だもの、大学進学を希望しているなら仕事よりも勉学優先でないとね。ボーダー推薦という手もあるけど、それでも無事に高校を卒業できなきゃそれどころじゃない。チカちゃんだって進路を決めて2年の新学年を始めたばかりなのに欠席ばかり。それじゃあクラスメイトと馴染む暇もない。せっかく友達付き合いが上手くできるようになったというのに、友人がボーダーの人間だけじゃダメ。もっと広い交友関係を持たなきゃボーダー以外で生きていくことができなくなる。このふたりには今回は普通の高校生として学校へ行ってもらおう。そうなるとユーマくんは今回チームから外して、そして勉強の方で問題があったら麟児さんにフォローしてもらう。…ということでレプリカ、ゼノン隊長、リヌスさん、テオくんの4人で回してもらい、学校がない時と放課後にはオサムくんたちにも参加してもらえばいいわね)
六頴館を中退したツグミにとって学校で勉強できることは羨ましく幸せなことだと考えている。
だから後輩たちには可能な限り登校して勉強や同級生たちとの交流をしてもらいたいのだ。
学生の本分である学業を疎かにしてはいけないということで、ツグミは学生をやめることでボーダーの仕事一本に絞ったのだった。
それを後悔はしていないが修たちが後悔をするようなことにはさせたくはないと、次のアフトクラトル行きはもちろんのこと拉致被害者市民救出計画からもメインスタッフから下りてもらうことにした。
艇のトリオン補給には少々苦労するが、往路は事前に満タンにしておけば途中での補給はせずに済むだろうし、復路はアフトクラトル側に協力を求めることで何とか解決するだろう。
(それにしてもハイレイン陛下はどこまで機密事項を教えてくれるというんだろう? 祝賀パーティーの時に訊いたけど教えてはくれなかった。たぶん閣議や国会で審議してからということでまだ決まっていないだけだと思うけど、全部というわけにはいかないよね。…それにしてもあの人が国会を召集して審議をし、多数決で物事を決めるというんだから驚きだわ。アフトに限らず多くの国では国王が絶対的な権力を持っていて、すべてその人の決断で国が動く。
ツグミは三国同盟締結の際にキオンとエウクラートンと交わした条約の条件をあえて一部を削除した内容のものをテスタとリベラートに渡して、彼らの方から追加をしてもらうという形にして条文を完成させた。
それはボーダー側が一方的に押し付けたのではなく関係者全員で納得する内容にしたという「アリバイ」を作るためであった。
後になって文句を言わせないためで、結果が同じでもそれに至る「経緯」が重要なのだということをハイレインはツグミから教えられた。
だから国王としての絶対的な権力を持ちながらも家臣たちの意見を無視することなく選択肢に加え、その中で最善の答えを
もちろん敵の多いハイレインのことだから自分の意見を通すのは難しいだろう。
しかし彼が王として相応しい人物であれば周りが彼を認めざるをえなくなり、いずれはアフトクラトルだけでなく
彼にはその覚悟はあり、そのために多くの犠牲を払ってまで「力」を手に入れたのだからきっと彼は目的を成し遂げてくれるとツグミは信じていた。
しかし自分の言動がハイレインに大きな影響を与えているとは露程も思っていないのだが。
(
ツグミが考えるように
また
そんな上下関係が気が遠くなるほど長い間続き、現在のような「強者と弱者」が生まれ「強者は奪い、弱者は奪われる」ことが当然だという
しかしこれはトリオン至上主義による価値観であり、
トリオンに頼らなくても良いとなればトリオン能力が高いとか低いとかは関係なくなり、
これは
それにいち早く気が付いたのはテスタで、それもツグミがキオンまではるばるやって来て
その一端に触れたことでテスタはボーダーと手を組むことにした。
そしてアフトクラトルもハイレインが同盟に加わることを決め、それによって平和裏に
戦争を愚かな行為だと誰もが考えていながらも他に国力を上げる手段を知らない
だからこそ
彼らは自分こそが
異なる考え方ではあるが目指すものは同じであり、接点のないふたりは別々の道を歩み、ことによっては対立することになったかもしれない。
そこにツグミという
彼女の破天荒な行動があってこそ、ふたりの
(これで三門市民が
そんなことを考えていると居室のドアをノックする音がして、続いて千佳の声がした。
「ツグミさん、ご飯の支度ができました。ミーティングルームに来てください」
「は~い、わかったわ。今、行く」
ツグミはそう返事をしてノートPCの電源を切ってから席を立った。
◆
遠征中の食事は1日2回で、その時のメンバーの中で若手が交代で準備をすることになっている。
この日の夕食の当番は千佳であった。
(チカちゃんの当番の時は白米メインの食事なのよね。本人は白米だけで十分みたいだけど、他の人のためにおかずを用意しなきゃならない。でも料理はあまり得意じゃないってことで冷凍食品を使ってばかり。せっかくアフトで新鮮な食材を仕入れたのにちょっと残念ね。まあ、明日の夕食でわたしが腕によりをかけて美味しいものを作ってあげるわ)
ツグミは玉狛支部所属の頃に千佳と一緒に食事当番をやったことがあった。
家では母親の手伝いをしていなかった…と言うよりもあまり親子関係が良好ではなかったために料理をすることはなかったようだ。
そのため指示されたことは丁寧にやるのだが自分でメニューを考えてやることは苦手らしい。
ツグミの料理の手伝いで野菜を適当な大きさに切るとか煮込みの時には焦げ付かないように丁寧にかき混ぜるなど与えられた役目は完璧にやるが、彼女がメニュー決めからやろうとすると段取りが悪くて時間がかかってしまうために誰か手の空いている人が手伝ってしまう。
それが悪いとは言わないが、玉狛支部の人間は後輩を厳しい態度で育てるのが苦手のようにツグミには感じていた。
仲間意識が強いというのが玉狛支部の強みなのだが、それが本部や他の支部の人間との交流をしなくても済んでしまうという弊害を生んでしまう。
さらに玉狛支部に帰れば母親の懐にも似た優しい空気が漂っているので、本部で何か嫌なことがあってもここに逃げ込めば守ってくれるという安心感を与えてしまった。
ツグミが2年近く
玉狛支部のメンバーを家族同様に思う気持ちは変わらないが、家族とはいつでも一緒にいるべきだという考え方から解放されたことでこれまで自分で自分に履かせていた「枷」を外して自由になったのだ。
もっとも鬼怒田や根付は自由すぎると呆れているが、ツグミが「結果」を出している以上は何も言えない。
千佳はツグミのように結果を示すことで周囲から一目置かれるようなことにはならないが、ボーダーになくてはならない存在になっている。
それはたぐいまれなるトリオン能力はもちろんのこと、彼女の我慢強く真面目で物事をコツコツとやる性格は戦闘員よりも裏方に向いていると思われ、修や遊真と一緒に総合外交政策局へ異動となった。
最近の様子を見ているとそれは正しい判断であったようで、指示のあったものは丁寧かつ完璧に仕上げるし、誰かに言われなくても自分で必要だと思われることは自ら考えて行動するようになっていた。
特段の友人もなく引っ込み思案だった彼女はボーダー入隊以来大勢の人間に囲まれて嫌が応でも他人との交流を強いられた。
そのために悩んだり苦しんだりもしたのだが、結果的には人間として大きく成長したと思われる。
ツグミも一度は玉狛第2を見守る立場から
(チカちゃんには本格的に料理を教えてあげた方がいいかもね。普通の女の子なら母親の手伝いをしながら覚えるものだけど、チカちゃんはそのチャンスがなかったんだもの。今からでも遅くはないけど実家に帰る暇もないようだから、玉狛支部での料理当番の時にメニューの組み立て方から調理までゆりさんに指導してもらえば一人前に育ててもらえるはずだものね。わたしがそうだったもの)
ツグミがミーティングルームに着くと千佳がひとりで出来上がった料理をテーブルに並べていた。
そのメニューは想像していたように白米に主菜は冷凍の煮込みハンバーグ、副菜はこれも冷凍食品の温野菜、味噌汁はインスタント、デザートは缶詰のフルーツミックスのヨーグルトをかけたもの。
つまり手をかけた料理はひとつもなく、彼女のやったことは炊飯器で米を炊き、冷凍食品を加熱して、お湯を沸かして、パックのヨーグルトとフルーツの缶詰を開けただけなのだ。
艇の中なので本格的な調理道具や調味料はないものの、保存食ばかりでは飽きてしまうということで最低限のものは用意してある。
しかしそれを上手く使うかどうかは本人次第だ。
(でも自分の役目を果たそうと頑張っているチカちゃんを見ていると応援したくなっちゃう。『人を撃てない問題』の時には厳しい態度で接したし、わたしが過去に
「あ、ツグミさん、よかったら運ぶのを手伝ってもらえませんか?」
6人分のご飯茶碗と箸と湯呑茶碗をお盆で運んで来た千佳がツグミにお願いをする。
「いいわよ。じゃあ、炊飯器とポットを持って来るわね」
ツグミは厨房から一升炊きの大きな炊飯器を抱えてミーティングルームへと戻って来る。
今回の人員は6人だけだが千佳がひとりで1回2合は食べるので大きな炊飯器が必要なのだ。
また炊飯器は8割を目安としているので、一升炊きといっても8合までしか炊くことはないために
そして再び厨房へ行ってポットを運んで来てそれぞれをテーブルの端に置いた。
するとそのタイミングで迅たちがやって来て、最後に城戸が席に着くと全員で食事となる。
「いただきます」
みんなで一緒に「いただきます」を言うと静かに食事を始めた。
城戸は何も言わないのだが年齢のせいか脂っこい肉料理よりもさっぱりとした魚料理の方を好むようになっていて、デミグラソースで煮込まれた牛肉100パーセントのハンバーグは胃にもたれるので苦手である。
それでもせっかく作ってくれた千佳に気を遣って何も言わずに黙々と食べてくれている城戸に合わせ、本当のことを知っているツグミや迅も黙って食べていたのだった。
(明日の夕飯は冷凍しておいた塩サバを焼いて、アフトで仕入れた鶏肉と根菜で筑前煮を作ろう。往路で作った豚汁の残りの大根とゴボウもあるし、干しシイタケを戻しておけばいい。ジャガイモもたくさんあるからポテトサラダも作ろうかな)
ツグミはそんなことを考えながら米を一粒も残さずに全部きれいに食べた。
しかし千佳はまだ食べ終わってはおらず、山盛りの白米を美味しそうにもぐもぐしている。
(頬をいっぱいにして食べているから、なんだかリスやハムスターみたいに見えてきた。ちっちゃくて可愛いけど16歳の高校2年生なのよね。彼女だってもう結婚できる年齢なんだもの、可愛いって言ったら失礼かな?)
千佳の幸せそうな表情を見ながら、ツグミはデザートに口をつけた。